人類愛のほか   作:中島何某

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四文字

 

 第三特異点オケアノスは、通常悪と見做される海賊の、その在り方が心強い旅だった。11の命を持つ大英雄ヘラクレスの途方のなさにも、触れれば死す決定事項を持つ『契約の箱』にも、未だに一瞬の怯えを思い出す。

 心尊い怪物、ひとたびも歪むことのない女神、捩じれた定めを持つ民の安寧を求める男。確かにみな美しい心の持ち主だった。

 まあ、信念の通った心の持ち主たちとはいえ、ツンデレ、聖域、スイーツ脳、ヒモ、残念お姉さん、限界オタク、百合ップル、成功したワカメ、ナンパ男、などとネタにもなりかねないメンバーが集合していた、とも言い換えられるのだが。……なんだかイベントを騒がせそうなメンツだなあ。

 

 例の如くスーさんの召喚術の効果か、オケアノスで会ったサーヴァントは順調にカルデアに集まってきている。召喚にはマスターとサーヴァント、どちらの同意もなければいけないから、無理矢理呼ばれることはない、むしろ呼べたのは俺の成果だとは聞くものの、オケアノスから帰ってからの英霊召喚は非常に高い頻度でオケアノスで出会った英霊ばかりが呼ばれる。もしかして俺の見えないところでピックアップ的な構造になっていたりするのだろうか……。

 

「マスター」

 

「あっ、スーさん」

 

 珍しくカルデア内で実体化した彼女に声を掛けられる。返事をするのと一緒に体もかたりと揺れ、皮膚がぴん、と引っ張られる違和感に僅かに表情を固めた。

 

「お体の具合如何ですか?」

 

「へーきへーき。予防だってロマンも言ってたから」

 

 彼女は心配そうな顔でベッドに寝そべっている俺の額にかかった、伸び始めた髪をさらりと掻き分ける。えへへ、と笑うと困った顔を返された。その後ろのロマンも怒ったような困ったような顔をしているし、スーさんが来るもう少し前にはマシュや他のサーヴァントも顔を覗かせて似たような表情をしていた。

 

 実は今、医務室でロマンに点滴をしてもらっているのだ。度重なる激戦が続き、普段からサプリメントで体のバランスを保っていたとはいえ体調を崩してしまって、今は風邪の引き始めのような状態だ。カルデア内でサーヴァント同士に何かあると駆けつけてしまうため、動けないように、と経口摂取よりこちらが選ばれた背景もある。

 

「ねー、ロマン、あとどのくらい?」

 

「あと一時間くらいかな」

 

「うえー」

 

 医務室には雑誌もないし、小さい時に病院で案内された子供部屋みたいにテレビもビデオもない。しかもひと眠りしたあとで目が覚めてしまっているのだ。

 

「そうだスーさん。一回寝た後で目が覚めちゃったんだ。なにかお話ししてくれない?」

 

 彼女はきょとんとした後ロマンの方に振り返った。彼は「構わないけどリツカくんがあんまり興奮しない話で頼むよ」と言った。彼女は笑って頷いて、奥に押し込まれていた丸椅子を引っ張って腰をかけた。

 

「どのような話がよいでしょう?」

 

「英雄譚、とまではいかなくても英霊の話がいいなあ」

 

「マスターは勉強熱心ですね」

 

 枕元に置かれたタオルで寝汗を拭かれ、病人ってみんなに優しくされるからちょっとの間だったらいいよなあ、なんて思ってしまう。取り敢えずはこの体調不良も第四特異点が見つかる前で良かった、といったところか。

 

「あっ、そうだ、ソロモンがいい。72柱の悪魔はゲームとか漫画なんかでうっすら記憶にあるけど、ダビデが父親だってことも知らなかったし。どう関わっているのであれ、知っておいて損はないと思うんだ」

 

「ソロモンのこと、ですか」

 

 彼女は穏やかに言いながらタオルを元の位置に戻し、少しばかり思案する。

 

「彼の伝承は非常に多く、加えて魔術書レメゲトンの第一部、ゴエティア……ゲーティアとも言いますが、それに列挙された多くの悪魔は召喚方法だけでなく背景も持ちます。一時間ばかりでは終わりませんから、元気になってから書庫の文献を読んでみては如何でしょう」

 

 少し長いとはいえ読みやすく纏めたものもありますから、と言いつつ彼女はベッドサイドのレバーを回し聞きやすい体勢に体を起こしてくれる。

 

「んー……ロマンってソロモンのファンなんだよね?」

 

「え!? あー……うん、まあ、そうだね」

 

 口ごもる姿に、よっぽど好きで人理焼却に関わっているのがショックだったのかな、と推測する。しかし、ファンになるような人が居るとなると更に気になるものだ。父親のダビデが王様っぽい姿で召喚されていないのもあって、俺の中でソロモンはかなり謎な人物だ。

 

「じゃあ出生だけでも聞きたいな。それなら一時間に収まるよね?」

 

 尋ねると彼女はそれならば、と頷いた。

 

「古代イスラエル2代目の王ダビデには、旧約聖書『サムエル記』などに名が語られているだけでも20人ほど子供がいます」

 

「さ、さすが昔の王様」

 

「王族の義務でもありますし、創世の際の生めよ、増えよ、地に満ちよとの言葉もありますからね。過去娯楽が少なく夜が長かったのもありますが。8人の息子をもつエッサイの末子であるダビデは、羊飼いの少年であった時に、先代の王サウルが神に背いたため預言者サムエルに油を注がれます」

 

「油を注ぐ?」

 

「大司祭や王の即位の際の儀式のことだね。オリーブを中心につくった香油を頭にかけられたそうだよ」

 

 ロマンに説明され、なるほど、と頷く。それにしても、スーさんがさらっと言った娯楽が少なくて夜が長いって、なんかえっちだな。

 

「……あれ、というか、そのサウルさんが神様に背いたって何したの?」

 

「アマレク人を老若男女、家畜に至るまで聖絶せよという神の言葉に背いたのです」

 

「アマレク人ってのは、時のファラオに圧制をしかれて奴隷同然だったイスラエル人がモーセに導かれ脱出した際襲い掛かってきた遊牧民族で、イスラエル民族の敵と見做されているね」

 

「サウル王はアマレク人と暮らしていたケニ人を、かつてイスラエル人によくしてくれたから、と逃がします。また、アマレクの王アガグを生け捕りにし、家畜は神に全焼のいけにえにするためいっとうよいものは殺しませんでした」

 

「人を助けて罰されたの?」

 

 眉根に皺がより、二人に尋ねる。すると瞬く間に彼らは書物の内容を諳んじる存在から身近な存在に戻っていった。俺は気付くと縮こまっていた手足の力を抜き、安堵に知らず知らずのうちに息を吐いていた。

 

「サウル王は神の言葉ではなく己の正当性を重んじる高慢な者になってしまった、という解釈が可能です。教徒にとって神と同じく聖書は絶対的なもので、疑うものではありませんが、現代に近い思想の中には、ユダヤ系哲学者による、天上からの命令と地上の規則を混同するべきでない。聖書であろうとも外的権威への妄信を受け入れない、という考えもありますから、恐れずにマスター自らの正しさを追求して下さい」

 

 おだやかに微笑みながら彼女はさて、と一区切りつけた。

 

「ダビデ王がヘブロンで即位したのは30歳のときです。ヘブロンに居たのは7年半、その後の33年間はエルサレムで統治をなしました。ソロモンはエルサレムで、晩年のダビデ王とバト・シェバという女性との間に生まれます」

 

「あぁー……」

 

 スーさんの背後でロマンが小声で呻いて顔を覆っている。

 

「ど、どうしたのロマン」

 

「なんでもない、なんでもないよ……」

 

 訝し気に首を傾げるが、ロマンからそれ以上の返事はない。不思議に思いスーさんを見ても彼女はロマンの状態について言及しなかった。

 

「実はこのバト・シェバ、人妻でして」

 

「お、おお……色っぽい話になってきたな」

 

「色っぽい話で済めばよいのですが。バト・シェバはダビデの家臣ウリヤの妻なのです。当時から人妻と関係を持つということは主が許さぬ罪ですから、事は重大です」

 

「うわ」

 

「水浴中のバト・シェバを屋上の散歩の際ダビデ王が見初めたのが始まりです。彼は人妻であることを知りながらも彼女と関係を持ち、終に子供まで出来てしまいます。しかし罪は送り出した勇士の留守中になされた、人妻との姦淫に留まりません」

 

「当時イスラエルの全軍はラバという都市を包囲していたんだけど、その年の冬を越す前に優位に立っていたから春に王がわざわざ向かうほどではない、ということでダビデ王は司令官のヨアブなどに任してエルサレムに留まっていたんだ」

 

「春? 季節が関係あるの?」

 

「昔は冬に戦争するのが困難だったからね、休戦して春になったらまた戦争を開始する。だから春は王様たちが戦地に向かう季節だったんだ」

 

「春、ウリヤもラバ包囲作戦に参加していましたが、ダビデは司令官ヨアブを介して彼を一時帰還させました。そうして謁見の際に兵の無事や戦況を報告させます。それが終わると家に帰って足を洗うがよい、と贈り物を持たせます」

 

「足を洗え……?」

 

 3000年以上昔の話だし、文化も違うから独特な言い回しが多いなあ、と思いながら尋ねる。というか、昼ドラもかくやというドロドロ感だし、聖書って思った以上にインパクトあるんだな。ホテルにあるのをチラ見したこともあるけど、たしかそれと二人が語ってる聖書っていうのは違うんだったよな。……聖書って旧約と新約が1冊ずつ存在するってことじゃないの? ??? 悩んでもわかんないな。後で確認しておこう。うん。

 

「つまり、家で妻とくつろぎなさい、という意味です。ダビデはこの時ウリヤとバト・シェバに一夜を過ごさせ、自らの罪を隠そうとします」

 

「あわわ」

 

 ちょっと待って、とんでもないことになってきたぞ。

 

「しかし実直な男であったウリヤは主人のヨアブや仲間が戦場で野営しているのに自分だけが家に帰って飲み食いをしたり妻と床を一緒にしたりは出来ない、と王宮の入り口でダビデ王の家臣と共に眠り家に帰りませんでした」

 

 もっととんでもないことになってきたぞ。

 

「ダビデ王はそれを聞き、戦場に向かわせるのを一日伸ばし、宴席を設けました。しかしたんと酒を飲まされてもウリヤは先日と同じく王宮の入り口で眠ります」

 

「そ、それでどうなったの?」

 

 作戦に一区切りついて帰ってきたウリヤにばれたりするんだろうか。それとも神様にバレて怒られるとか? うう、どっちにしろ聞くのが怖い。

 

「ダビデ王は翌朝司令官ヨアブに手紙をしたためます。手紙の内容は、ウリヤを戦死させよ、というものでした。これをウリヤ本人に持たせたのです」

 

「 、 ……、」

 

 言葉が出てこず口を魚のようにぱくぱくさせる。血の気が引いてるのが自分でも分かる。

 

「当時から書記官という仕事はあったけど、庶民の識字率は低かったからウリヤは中身を見ても理解出来なかっただろうね」

 

「ヨアブは命令通りウリヤを前線に送り込み戦死させました。バト・シェバは喪が明けると王宮に引き取られ、ダビデ王の妻となりました。しかしある日、預言者ナタンが王の元へ現れます。彼は豊かな男が貧しい男から唯一つの子羊を奪った話をします」

 

「これにダビデ王は憤るけど、するとナタンはこの豊かな男とはアナタのことだと告げるんだ」

 

「詩篇ではダビデ王は懺悔し深く後悔したといいます。ナタンは主は王の罪は取り除かれ死ぬことはないが、未来に王の妻たちが白昼堂々奪われること、また、主を軽んじたが故に生まれてくる子は死すことを告げます」

 

「なにもしてない子供が死ぬの?」

 

「神とは、日本人にとってはアミニズムから自然の脅威を齎す存在ですし、創造主であれば妬む神と自らを称しています。加えて『主は怒るのにおそく、恵み豊かである。咎とそむきを赦すが、罰すべき者は必ず罰して、父の咎を子に報い、三代、四代に及ぼす。』とあるように親が返しきれない罪は子供にまで及ぶと述べられています」

 

「ちょっ、と、混乱してきた」

 

 それを絶対的なものとして数千年信仰が続いてきたのか。訥々と言うと、「道教に学び、成人式を神社で、結婚式を教会で、葬式を寺院で執り行うのが日本人のマジョリティですから、少し難しいですね」とのんびり同意を示された。今思えば確かに冠婚葬祭だけで神道、キリスト教、仏教と人生ぶれまくりである。

 

「カルチャーショックってヤツだね。ボクらはあんまりどれがいい、悪いとは言えないけど、書庫には中立に専念して宗教を紹介した本もあるから、機会があれば読んでみるといい」

 

「宗教を信ずることも、信じないことも、批判することも、批判しないことも、いずれもそれ自体は思考停止ではありません。ですが、英霊には宗教があってこそ英霊となり得た人物も居ます。それを頭の片隅で覚えておくとよいでしょう。意識して考えてみる、というのはとても難しいことではありますが」

 

 慈しみに、その顔は似ていたと思う。信仰をすすめるでも、哲学をすすめるでもない、導いているわけでもない。現在に至るまでに存在したものを並べ立てているだけなのだ。

 耳障りのよい言葉に改変しようとも、どこが劣っていると批判したりもしない。ただ、目の前の彼女と、彼は、過去が存在したことを認めているだけだ。

 己は経験豊富なワケではない。二十年にも満たない人生で、閉鎖的な機関に大方の時間身を委ねてきた。果たしてこの認知が正しいものなのか、平等なものなのかも分からない。

 しかし、この在り方は。

 異質を極めるのではないだろうか。

 悟っているというより、何かを成し遂げるための器官。世界に必要とされながらも己で己を必要としない非人間。結果が正体を意味する機能上の単位。

 目の前に居る人たちが、途端知らない世界の生き物に思えて背筋が凍る。人間という構造に役割を持たせたらこうなるのではないだろうか、などと。そんなことを真面目に考えた。

 

「――バト・シェバが生んだ子は弱っていきました。ダビデ王は断食し、地面に横たわり、神に願い、七日間を過ごします。しかし子が亡くなったのを聞くと、身を清め礼拝を行い、食事をしました。この際ダビデ王は臣下に子が生きている時は断食して泣いていたのに、亡くなったら起きて食事をするのは何故かと聞かれ、

 

「子がまだ生きている間は、主がわたしを憐れみ、子を生かしてくださるかもしれないと思ったからこそ、断食して泣いたのだ。だが死んでしまった。断食したところで、何になろう。あの子を呼び戻せようか。わたしはいずれあの子のところに行く。しかし、あの子がわたしのもとに帰って来ることはない」

 

と答えました。その後バト・シェバとの間に出来た第二子こそがソロモン王です」

 

「待って待って途中聞き流してたけど最後凄いシステマチックの鬼みたいなこと言ってなかった!?」

 

「本人も自らの性格をそう語っていますからね」

 

 起き上がりかけた俺に彼女は額に一本指を差して制し、落ち続ける点滴の中身をちらりと確認した。スーさんが来た時からまだ半分も減っていないようだった。

 

「後でノートに参考文献を書いておきますね」

 

「いつもありがとう、ごめんね」

 

「とんでもない。マスターの糧になればそれで満足なのです」

 

「んー、ねえ、なにか小話とかある?」

 

「小話ですか?」

 

「うん、神様については後で本読んでからまた聞くから、スナックみたいなヤツ」

 

「個人の立ち入った話、ということでしょうか」

 

「そんな感じ」

 

「では、ちなみに、ソロモンには700人の妻と300人の愛人がいたとされています」

 

「ひえっ」

 

「ダビデの長男であるアムノンは妹タマルを犯し、それに激怒したタマルと母を同じくする三男のアブシャロムはアムノンを殺します。数年後アブシャロムは反旗を翻し国内は内戦状態、その際、バト・シェバの祖父アヒトフェルの進言でアブシャロムはダビデの妾を10人白昼公然と犯します」

 

「ぎええ」

 

「一応これは、支配者の交代を示す行為といいましょうか、謀反軍ではなく正規軍になったと示す行為ですから、士気がまったく異なってくるでしょう」

 

「きょ、今日はもうやめよう。心臓に悪い」

 




クズって言われてるけど大袈裟に言われてるだけだろ~wwwという考えを覆す圧巻のクズ。いや旧約聖書の方もキャラの方も好きですが。あと四文字のキレ芸も好きです。
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