「うん?」
およそ日本の都市部には似つかわしくない雰囲気、見た目の青年とまた会ってしまって、手持無沙汰でそう話しかける。
決まって実家と高校の中間にある公園の風景で出会う彼は、先にブランコに乗ってぼんやりしていた自分に合わせて隣のブランコに腰掛けた。お伽噺から出てきたような青年と、ガタが来ているブランコ……うーん、ミスマッチだ。
お伽噺とは言っても、この青年が王子様だったらお姫様も浮かばれないだろう。まさか壁にぶつけたら情緒豊かで精悍な青年になるとかいうオチだろうか。/――いや、蛙の方がまだ誠実だ。彼は老人のような印象を受けるにも関わらず、事実老人だけれど、その実、肉体のどこにも成熟した感情の在り処は無し。機械が人間の姿形を持って勝手に人間を好いているような、存在そのものがトラブルメイカーなのだから、一個人に対する好意など悪徳に過ぎぬのだ。/
「ドラゴンボールって漫画知ってるかい? 私はあの大団円って感じ、結構好きなのだけれど。やっぱり王道はいいよね」
「へあ?」
いきなり国民的有名漫画が話題に出てきて、変な声が出る。いや、知ってるけど。7つの玉を揃えれば願いが叶うアレでしょ。途中で地球の神様交代とか本場流とか色々あって叶う願いが1つから3つに増えたりとか。
ていうか、急にドラゴンボールの話とか、漫画・アニメ好きの外国人なのか? その恰好はコスプレだったり? やけに縫製がしっかりしてるけど。
「まあ、知ってるけど」
「なら主人公悟空のライバル・ベジータの子供、トランクスが未来から来た話は?」
「ああ、大人のトランクス。セルとか人造人間編で出てきたよね」
あれだけ頑張って倒した、私の戦闘力は53万です、で有名なフリーザ様がメカになって強化復活したのを、スパッと倒しちゃって更なるインフレの口火を切っちゃったのでも有名だよね。……ピッコロの戦闘力が最初300くらいだった話はやめておこう。
「彼が未来から来た理由を覚えてるかい?」
「えーと……未来の人たちがいっぱい死んじゃったんだっけ」
「そうそう。人造人間によって人類が数万人規模まで殺された未来を変えるためだね」
ああ、細かいとこ思い出してきた。悟空は心臓病で死んじゃってて、ベジータもピッコロもクリリンも、最後には悟飯も人造人間に負けて死んじゃってるんだよね、確か。17号と18号にみんな殺されちゃってる、そういう未来から来たはずだ。
「問題が解決して、トランクスがタイムカプセルで訪れた世界は大虐殺が阻止された。青年が救った世界は、青年を育てた世界に繋がることはない。では、その荒廃した世界は、生き残った人々は、大きな絶望は、小さな希望は、忘れ去られ、消えていくと思うかい。リツカくん」
「――イヤ、だな」
思ったよりも、強い意思を持って言葉は出ていた。腰掛けたブランコがぎい、と音を立てて、足元が浮いて不安定になる。体も心もそんな感覚だ。
「本当は、沢山の人が死んでしまう事実を無かったことにしてしまったら、もう誰も傷付かない。でも、無くなってしまうのは、イヤだ」
忘れてしまうのも、忘れ去られてしまうのも、悲しく感じてしまう。だから、自分だったら、覚えておきたいと思うのだ。
自分の答えに隣の青年は綺麗に笑っている。望んだ答えだったのか、滑稽に見えたのか、若さに微笑ましさを覚えたのかは笑みを見せる表情からは分からない。もしかして今も、何も思ってないのかもしれない。でも、彼がどう思おうと自分はそう感じた。それだけだ。事実と事実がぶつかり合うだけなのは、会話として不適切だろうけれど、彼の返答を聞いていない今はそれも致し方ない。
「それに、悟空とかクリリンとか、覚えていてくれるかもしれないし」
「例えばキミのように、読者が覚えていてくれるかもしれないしね」
その言葉に、うん、と頷く。彼の表情は微笑みと称するにふさわしい形をしているけれど、穏やかにまたたく瞳はなんだが落ち着かなくさせた。
「青年のトランクスが訪れた、という『事実』。それこそが世界が滅びかけたことの証明に成り得る」
「まあ、確かに。そう言えなくもないだろうけど」
「人造人間の問題を処理し、大虐殺が行われなくなった世界と、彼が育った滅びかけた世界。二つはパラレルワールドの関係にある」
パラレルワールド。並行世界ともいう、ある分岐点によって別たれた世界。/例えば飛行機に乗り遅れ、現地の到着が遅刻ギリギリになってしまったら。或いは乗り遅れず予定通りに着いたら。例えば○○が生き残らなかったら。生き残ったら。/そういうifによって変化した世界のことだ。
「彼が過去に来なければどちらのパラレルワールドも人類は大量殺戮が為された、という『事実』が存在することになるだろう」
「そうだけど、でも、トランクスが来たから悟空は未来で発症する病気の薬を貰ったし、トランクスも強くなって未来に帰って行ったじゃん」
「勿論。『彼』は来たし、帰っていった。でも、彼が誰かに覚えられている限り、数多の人類が滅びる可能性が存在した『事実』の証明は消え失せないんだ」
「ん、んんー……。なんか、漫画に対して難しいこと言うね」
「あはは、大層なこじつけに見えるかな。でも、『彼』は
「いいことしたのに?」
「いいことしたのに」
「なんか納得いかなくない?」
「人間の生殖活動って案外そういうものさ」
「ええー……」
もやもやする、とこぼして眉を顰めた自分の隣で、彼はブランコをきいこきいこ童心に返ったように漕いだ。異様なほど長い、虹色の光彩を放つ髪が地面のすれすれを揺れる。やはり、どこか現実離れした光景だ。ブランコを漕ぐのに楽しそうな様子に、釈然としない心持ちが解消、というよりかは脱力と一緒にどうでもよくなってしまう。この青年、憎めないというよりしようがないというか、腐れ縁に恨みを買っていそうだ。
「さて、今日も顔を見せないようだしそろそろおいとましようかな。サイトの運営とか進捗状況とかの確認もあるし、おっとそろそろ補給もしておかないと」
……やっぱりただの外国人のオタクなお兄さんなんだろうか。ていうか結局、待ち合わせの人はどんな人なんだ。
「おはようございます、先輩。朝ですよ」
「んあッ、寝過ごした!?」
「通常の起床時間から15分オーバーですが、急げば焼きたてほかほかのパンに間に合います……先輩? どうしました? お体の具合が優れないのですか?」
「そういうワケじゃないんだけど、なんか最近変な夢見るんだよなー」
「夢見が悪いのですか? でしたら、先日女性サーヴァントのみなさんと一緒に作ったサシェをお貸ししましょうか。枕元に置いてみてはいかがでしょう」
「いや、悪い夢ってワケじゃないんだけど。んー……なにかあったら、貸して貰おうかな」
「はいっ! いつでもお申し付けください」
「おい、待て」
「…………なに」
先日、此度の未曾有の大災害の黒幕が判明した特異点でマスター・藤丸立香と縁が結ばれたキャスターのサーヴァントが、やや不機嫌そうに一人のサーヴァントに声を掛けた。と、いうよりこの男、いつも下唇で上唇をむっつりと押し上げているものだから、これで平素と変わりない様子だ。
彼――ハンス・クリスチャン・アンデルセンがその表情である理由が、本当に不機嫌なのか、甘やかな童子の造形を覆すほどの強い信念なのか、或いはその身を侵す大衆の夢想の体現なのか、声を掛けられたサーヴァントのアサシンは知らない。知ろうともしない。
「なに、そう睨むな。穴があくだろう」
「睨んでない」
オルレアンの人理修復直後に召喚されたセイヴァー・スーとよく似た相貌のアサシンはそう切り捨てた。
アサシンはこのアンデルセンのことを深く知らないけれど、話したくない、という様子で閑散とした無機質な廊下に視線を落とした。少女は
アンデルセンはひとまず、自分の都合のいいように、即席で狂って場をやり過ごせない少女の愚鈍さには何も言わず言葉をつづけた。
「マスターのことだ」
「私に聞くより適任が居るでしょ。それに、私、アナタみたいに人のスッピンを見破るような碌でもない男、嫌い」
「ふん。醜い素顔の上に虚偽を厚く塗ったところで隠せるなどという自意識過剰は、実に女らしい言葉だ」
マスターである少年、リツカについて詳しいのは、リツカ本人であったり、後輩であり相棒のマシュであったり、他者を幻視する狂気・精神汚染の中一筋の怜悧さを持つ清姫やファントム・オブ・ジ・オペラであったり、サポーターであるロマニやダ・ヴィンチだ。アンデルセンがついこの前来たばかりとは言え、やはり最近来たアサシンにマスターのことを尋ねるのは不可解なことだ。幾ら第三スキルまで解放しているからと言って、不適切なことには変わりない。彼女はその第三スキルの解放と共にかぶったフードをキュ、と手持無沙汰にかぶり直した。
「
まろい頬からは想像も出来ないほど低い、地を這うような声に、アサシンは表情こそ変わりなく、しかし瞳は冷たく少年をねめつけた。
「己のためだけに他者に献身するいかれっぷりは呪いでありお前の長所だろう。苦しくて辛くても、苦しくて辛いからこそ安心できる。己の不幸を己が最も喜ぶ破綻者に偽造したナルシストマゾめ。感知能力と聞いたが、その滑稽さは後天性だな? 例えば、死に瀕して目覚めた超能力といったところか。
その独擅場は最早行き過ぎて観客の一人も居ない。アサシンはアンデルセンの人間観察や皮肉を褒めそやす気も、言い合う気も、呆れる気もなくそこに突っ立っていた。その姿はこうなることが想定内だと言わんばかりだが、なにも口にすることはない。
「だが、マスターはそこまでいかれていない」
忠告の鋭さを持って、看視するように碧眼を眇めて彼は己の演説に一呼吸置いた。
「アレは世界を救う戦いに献身している気もない朴念仁だ。お前が他者のために働き己を慰撫するのであれば、アレは己のために働き他者を慰撫する」
カルデアの外は轟々と吹雪いている。廊下にその音は響かず、寒さも無い。元よりサーヴァントには些末な感覚だ。けれど冷たさだけは無機質な施設装飾が視界に訴えかける。
「しかし、お前たちについて元より浅慮な思考を巡らせることを
お前“たち”、とは、アンデルセンの目の前のアサシンと、よく似た相貌のセイヴァーのことだ。彼女たちの宝具は、かの騎士王と聖杯の呪いに侵されたオルタナティブのように同一の宝具とも言える。セイヴァーが旅の終わりを昇華した、星が救われる願いを形にした
それを、現代の英霊である彼女たちが聖杯探索、或いは崇高な命令の名をもって展開するとなれば、2015年現在で活動した禍災と年代は推測しやすい。
「言葉で教えてあげろとでも言いたいの?」
「そんなことは言わん。幾ら怯えようが、避けようが、ゆくゆくは直面することになるだろう。お前は兎も角、セイヴァーの方は放っておけば――いや、その為にお前が居るのか? 最終降臨させているとはマスターも意外と先見の明が……いいや、あの女の助言に乗せられただけか?」
口に手を当てブツブツと呟くアンデルセンに、アサシンはもう三度は読んだ小説をまた1ページめから捲るように、怠惰そうに言った。
「マスターの健康的な情動のためには確かに今の状態は好ましくないだろうね。でも、アナタが言うように、それからあの女が言うには、イベントが用意されてるって話だから、その時に何かしら進展があるんじゃない?」
「バカめ! 用意されたイベントに期待するなど愚の骨頂! 最終章以外の元から宣言しているイベントで望んだ進展を期待するなどトーシロのすることだ。関係ないと装ったイベントで重大な設定を明かしてニヤニヤする性悪な根性をしているのが作家という生き物だからな!」
「……書きたいもの書いてるときとか、アナタ楽しそうだね」
「楽しくて仕方ないに決まっているだろう!」
破綻者が笑う様子を眺めるアサシンは、アンデルセンの笑いが収まった頃に、ぽつ、と告げた。
「持ってないよ」
「……なに?」
「それを聞くついでに牽制したんでしょ。少なくとも私はひとつだって持ってない」
アサシンの発言にアンデルセンはくっきりと眉を顰め、つまらん、とぞんざいに言い放った。何を持たぬかわざわざアサシンが告げる必要もあるまい、ここで会話している二人はお互いに何が無いのか分かっている。
「想定内というか、想像通りだと思うんだけど」
「それが一番つまらん! ええい、殺人事件にオランウータンが犯人だと名乗る方がまだ面白いぞ! チャイニーズが秘薬だの拳法だの使った推理小説の方が断然評価できる!」
ヒートアップする饒舌さに、これ以上付き合ってられないとばかりにアサシンは霊体化して一人アンデルセンを廊下に残した。
「あったらあったで問題だが、
絶叫するアンデルセンに、狂っていることを除けば実に“誠実な”アサシンは声をかけることなく、毒舌で厭世家の美少年の地団駄はカルデアを少しも揺らすことはなかった。
取り敢えず今のところここまでとなります。続きはぼちぼち。
アンデルセンっぽく書けるか不安だったんですが、書きはじめたら脳内で勝手に喋りまくってくれたのでぽいかどうかは兎も角書いてて楽しかったです。