人類愛のほか   作:中島何某

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「認知して! 認知! にーんーちーしーてー!」

「うわあ!? 物理法則が定着してから異種交配でキメラが生まれる確率は大幅に引き下げられたと思ったのに!」

「誰がライライガーだ」


唐辛子ピクルス

「よーし、じゃ、オートマタを狩りにいこうか」

 

「まあ、マスター。また歯車が足りなくなったのね? 行き先はオールドストリートかしら!」

 

「その通りです……」

 

 マスター・藤丸立香の発言に、砂糖菓子のように甘やかな声で返事をしたのは、つい先日童話の姿から少女の姿に霊基再臨したナーサリー・ライムだった。傍には他にも幾人かのサーヴァントが控えており、これからレイシフトという様子だ。

 既に計算は終了しており、現在中央管制室にいるスタッフでレイシフトを実行する、というタイミングであったのだが、指令室の扉はバターンと勢いよく開かれ、そこから絶世の美女が現れた。

 

「ごめ~ん、リツカくん。技術部が戦闘服に新たな機能を追加したから、今日はそっちを試して貰いたいなーって」

 

「……レオナルド。そういうのはもっと早くに言ってくれないか」

 

「ごめんごめん、さっき出来たばかりでね」

 

 呆れ顔で諫めるロマ二に、ダ・ヴィンチはさして悪びれた様子なく謝った。次からはよしてくれよ、とロマ二のついた溜息を皮切りに局員たちは休憩モードに入り、談笑など始めだした。新しいアイディアを得たのかここ最近猛然と試行錯誤を繰り返していた技術部が、ようやく出来た試作品のデータが欲しくてうずうずして駆け出して来たのだろうというのが、技術部を遠巻きに眺める、レイシフトに関するコントロールや存在証明を担う局員たちの概ねの見解である。

 畑が違う上に三桁はいた局員が十数人程度になった今、レイシフト関係を受け持つ局員は技術部署の局員を、専門もあるだろうにやることが絞られて大変そうだなあと眺めていた。自分の頭脳が助けにならないのならば眺める他ないのだ。逆に技術部署の局員は人数が大幅に減って 労働時間(シフト)が増えている上に、定礎復元を一度成すまでマスターたる少年は毎秒命の危機に瀕しているのだから、絶対に失敗出来ないというのは責任重大で大変そうだなあと思っていた。自分たちが研究に睡眠時間を割いているのはまあ、院生だった時に比べればまだマシ、という感じである。逆に睡眠時間を削りすぎると絶世の美女に「効率が落ちてるからもう寝なさい」とベッドに投げ込まれるので、そこまで苦労している感覚もないのだ。

 

「えーっと、着替えてくるからちょっと待ってて」

 

「部屋のノブに掛けてあるからよろしくー」

 

 サーヴァントたちに断りをいれるカルデアの制服を着たリツカ少年にマイクを通してダ・ヴィンチはそう告げると、空いている席に腰を降ろしてパソコンの個人設定を幾つか弄りだした。やれやれ、という感じでサーヴァントたちもまた待機命令に大人しく従った。

 先ほどマスターとおしゃべりしていたナーサリー・ライムは今日の戦闘メンバーをきょろきょろと眺め、あら、と感嘆に似た声をあげた。

 

「こんにちは、はじめまして」

 

「はじめまして、可愛い絵本のナーサリー・ライム」

 

「あら、あたしを知っているのね!」

 

 うふふ、と口元を手で覆い嬉しそうに笑った少女の絵本は、キラキラした目で興味深そうに初対面のサーヴァントを見つめた。対するサーヴァントは赤ん坊が笑っただけで喜ぶ大人のように、少女の絵本が愛くるしいのを満足げに眺めている。

 

「先日戦闘に同行したシェイクスピアに聞きました。アンデルセンの次に召喚されたそうですね」

 

 流れとしては、シェイクスピアが召喚され、立て続けにアンデルセンが召喚され、それから二人の立ち合いの元ナーサリー・ライムが召喚されたという、運なのかサーヴァントそのものが触媒として効果を発揮したのか微妙なラインナップである。

 

「そうなのだけれど、アンデルセンったらいじわるなのよ! あの人ったらお口も悪いし、人魚姫だって『リア充爆発しろ!』だなんて言ってハッピーエンドに書き直す気はないって言うの!」

 

「アンデルセンは、あの通りの人ですから」

 

「むう。ひどいわひどいわ!」

 

 唇を尖らせる姿は実に愛くるしい。微笑んだままサーヴァントはちらとシェイクスピアと同行した戦闘を思い出した。実際はアンデルセンと、その上モーツァルトまで一緒に戦闘に参加させたので、嫌味、演説、冗談の大合唱で地獄絵図この上無かった。モニター越しにロマ二まで絶句と苦笑いを繰り返していたし、ダ・ヴィンチに関しては抱腹絶倒でその後数時間脇腹を痛めていた。

 何でそんなある意味極悪サーヴァントたちと、しかも最悪の組み合わせで戦闘に同行したのかと言えば、マスターにドラえもん感覚で頼られたからだ。曰く、 戦闘(仕事)を頼んでも、その舌でのらくら躱されて全然性能が分からない、と。全員反抗するならば、むしろ反抗を一度に纏めてしまえというのが頼られたこのサーヴァントの弁であった。結果として複数回に及ぶ戦闘から性能は分かったが、マスターの少年は大変胃が痛そうだった。そして頼まれたサーヴァントは芸術系のサーヴァントの抗議を鳥の囀り以下のレベルで気にも止めていなかったし逃げようとするそばからとっ捕まえていた。

 

「そうだ、あなたのお名前を聞いていなかったわ。教えてちょうだいな」

 

「スー、とお呼びください。今のところ唯一のセイヴァーですから、クラス名でも構いません」

 

「おばさまの愛称かしら? 本名はスーザン? スザンヌ?」

 

 近くで待機していた他のサーヴァント――メディアなどはナーサリー・ライムの発言にぎょっとした顔をした。10にも満たない少女の形をしたナーサリー・ライムからすればハタチ前後のセイヴァーは確かに『おばさま』に当て嵌まるだろう。孫も居ないのにおばあちゃんと呼ばれるのは奇妙だというご婦人もいれば、子供が出来なかったから孫が出来たようでうれしいという老爺も居る。しかしハタチ前後は花盛りと称される現代、フェイトシステムから授かった現代の常識もありメディアはちょっと目が虚ろだ。恐らくオケアノス定礎復元の後召喚されたリリィの存在も大きいのだろう。14歳がなによぅおのれ小娘百合の花言葉が純粋無垢だというならリリィじゃない私は純粋無垢じゃないっていうのあー……キャスター、それは被害妄想というものではないかねおだまりなさいアーチャー!アナタもどうせ近々過去の己がカルデアを闊歩して胃を痛めるのよ!キャスター、彼は既に投影魔術やリミテッド/ゼロオーバーに胃を痛めていますからそこら辺にしておいてあげて下さいあらそうねライダーところでどうしてオートマタ討伐に?マスターの護衛役に専念しつつ絆上げでも、と思いましてとかなんとかわちゃわちゃしている横で当のセイヴァーとナーサリー・ライムは穏やかだ。

 

「それを尋ねるのは野暮というものです」

 

「ミステリーみたいだわ」

 

「ミステリーというほど難しい問題でもありませんよ」

 

「でも、もう起こってしまったものを隠す人みたいだわ、スーのおばさま」

 

 書いてあることを読み上げるように残酷なまでに怜悧に、少女の絵本はサファイアの瞳をまたたかせた。

 

「私の物語ではご満足いただけませんか?」

 

 セイヴァーは怒らない。むしろ、実に愉快そうな瞳を微笑みの表情になんとか落とし込むようにナーサリー・ライムと歓談を求めている。その作り込まれたような狂気が本当に作られたものであるとすれば、ナーサリー・ライムはそんなもの見慣れている。物怖じひとつせず彼女は悲しそうに目を伏せた。

 

「悲しい運命の人が、自分の身を犠牲にしてみんなをしあわせにしたお噺みたい。幸福の王子様なんてぜんぜんハッピーエンドじゃないのだわ。どうしてそのことを隠してしまうの?」

 

 駄々をこねる稚児のように、或いは理不尽な大人に憤る子供のように、ぷんぷんとナーサリー・ライムはセイヴァーを詰った。甘い紅茶を好み、甘いお菓子を好む子供の甘やかな唇から発せられたからこそ気に入らないという感情すら耳障りがいいが、これがアンデルセンの口から語られたとしたら「お前の自己犠牲を見ていると他人は気分が悪くなるのに気付かないのか、馬鹿め! その上隠し通せない能無しか? 慰めて欲しいなら洗いざらい吐くことだな毒婦めが」といったところだろう。

 セイヴァーはしゃがんで、手でおいでおいでと少女の絵本を極めて近くに寄んだ。少女の絵本は笑わなければ毒気もないセイヴァーの意図を何となしに掴んだ様子で軽やかに近寄った。セイヴァーは ナーサリー・ライム(アリス)に親近感を示すように、彼女の耳元に手を添えて囁く。

 

「とってもこわいの」

 

 自分が物語の主人公だったら、という心象風景を現実に持ち込んだ、元となる哀れな少女(ありす)を今でも現実に映し続ける ナーサリー・ライム(アリス)に、相似を隠し切れずこっそりと秘密を打ち明けるように。生まれ直した ナーサリー・ライム(アリス)に私もなのよと前世を打ち明けるように。セイヴァーは秘めやかに、繊細に、恥ずかしそうにひっそり告げた。

 それを聞いたナーサリー・ライムはきょとん、とまたたきして、そっとセイヴァーを見た。穏やかだが、照れてでもいるように、自分の頬にそっと手を当てて彼女は微笑んでいる。

 

「だったら私とあそびましょう! あそんでいればこわいことなんて忘れちゃうわ。かくれんぼがいいかしら、オニごっこがいいかしら、おままごとがいいかしら!」

 

 うふふ、と笑ってセイヴァーの手を取りくるくると回るナーサリー・ライムに、身長差から下半身を軸に上半身ごと振り回されるセイヴァーはされるがままに中央管制室を回り続けた。「あはは」「うふふ」「楽しいわ楽しいわ楽しいわ!」周りはなんだなんだと怪訝そうに眺めたが、ナーサリー・ライムが実に嬉しそうなのでそのままにさせていた。

 

「お待たせー。って、あれ、スーさんとナーサリー仲良くなったの?」

 

「ふふ。そうだわマスター、今度マスターとスーのおばさまで一緒にお茶会しましょう?」

 

「おばっ……!? わっとっ、」

 

 ナーサリー・ライムはリツカの手も取り、今度は三人でくるくる回ってみせた。一人人間で三半規管が弱いマスターの顔が青くなり始めたのを見計らって、エミヤがこほん、と円の外側で咳ばらいをした。

 

「ナーサリー・ライム、そろそろマスターとオールドストリートに行かなければ」

 

「そうだったわ! ……あら? マスター、だいじょうぶ?」

 

「ひれ、ほろはら世界がまわるぅ」

 

 足をがくがくさせて地に蹲るリツカの背を無言でさするメドゥーサと、SUSHI然り偏った知識で「こういう状態のマスターに棒を持たせてスイカにアタックするのがスイカ割りなのよね」と呟くメディアと、やれやれと溜息をつくエミヤを意識する余裕も無く世界を回しているリツカは視界の端で少女のように笑うセイヴァーを見た気がした。

 

「あー、じゃあ、15分休憩を継続するから、レイシフトまでに緊張感を取り戻しておくように」

 

 多くのコフィンが別の部屋に移動し、だだ広い印象を受ける中央管制室で、ロマニが気の抜けた声で指示をだし、気の抜けた返事がぽつぽつとあがった。彼は肩の力をフッと抜いて、手慰みに控えておいたペットボトルの容器をぱきぱき握って背凭れにだらり、と疲れたように垂れた。

 

 

 




本当は進行的にはマーリン、お勉強会小話的にはアルジュナの予定だったのですが、伏線とか示唆に関する話だけ書いてたらこれまでもこれからも男性サーヴァントばっかりだったので息抜きに。
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