先生、もとい諸葛孔明に夢に関してのレポートを課せられたのは先日のレイシフトでのことだ。今までも英霊たちの過去、或いは葛藤という名の夢にお邪魔した経験はあるが、最近俺が見ている夢とそれは多少位相が異なるように思う。
困難、葛藤というならば確かに。怒り、苦しみというなら確かに。断続的に見てきた夢の宿主から感じられる憐れさは確かに英雄や反英雄たちの華々しい活躍、宿命の裏に隠れた一面とよく似ている。そういう英霊たちの説話と同じように、その夢は過去に終結を迎えたものだ。それが再生されているに過ぎない。
――ひたり、と。背筋が冷たくなって思考を遮断される。
首を振って強張った表情を隠すように顔を手で覆って椅子に座ったまま身を屈める。産気づいた女性のような恰好で、俺は想像上の恐怖を頭に孕んで肥大させた。目を瞑れば時が毒素を押し出すように怖気を除いてくれる。そんなに大したことではない。自分の信念――大それた物言いだ。生き方と言った方がまだ恥ずかしくない――とそりが合わない、それだけの話だ。変えることも出来ず、盲目することも出来ないその生き方と、“他人”の生き方が、そう、お互い剥き出しの部分が触れ合う不快さに耐えられないだけなのだ。それも、想像上の。だから、まったく大したことではない。
「うーん、とは言っても」
少しして平生に戻った精神状態でテーブルに向かい直す。夜の7時にもなれば教室の形態に近いこの多目的ルームに殆ど人は寄り付かず、現在俺の他には誰もいない。節電のため端っこで一部の電灯だけつけて白紙のレポートと向き合っているのだが、全然文言が浮かんで来ないのだ。スーさんの教え方が高等学校教育の形を取っているとしたら、孔明の教え方は多分大学教育の形に近いと思う。習い方そのものに大きな違いはないのだが、宿題の形が異なるのだ。
孔明だけが求めるレポートというものが結構曲者で、小論文もあまり得意でなかった俺は習い始めの頃などひっきりなしにうめき声を上げていた。「なにが言いたいんだこれは」「何故最後に教訓めいたものを紡いでいい話風にする」「せめて結論を書け」「三段論法すら知らないのか」……思い出すだけでも呆れた先生の顔が印象深い。
そこでアドバイスをくれたスーさん曰く、取り組んだ課題の明記・仮定・何かを試みた場合方法の詳細、結果・考察・結論の流れを汲むと形式自体は安定するということだった。ゼロから創造するのは難しいので、文献を引用して比較するといいとも。その工程を思い浮かべて、仮定や参考にする文献が浮かんでこないことに目をつける。じゃあ取り敢えず、方法・結果の部分から手を付けてみようか、と頷いた。この場合の方法・結果とはつまり夢の内容で、それを纏めることで何かしらの要因が見えてくるかもしれないという希望であり、そこが一番重要だしそこくらいしか今のところ手を出せるところがないという判断だ。
夢日記などもつけていないので、俺は取り敢えず思い出せるところから散文を連ねることにした。後でレポート調に纏めよう、と樹系図の形をとってペンを走らせる。
まず恐らく、この夢のさいしょ。気付くと俺は夢の中で女の子になっていた。そこでキャスターのクー・フーリンにしきりに驚かれた。ラノベみたいな呑気な話だ。
いちばん多く見る夢は、女の子のすすり泣き。姿は判然としない。ただ声だけが強く響いていた。自分を不出来だとひどく責めていて、その様は狂う寸前の人間を見ているようだった。しかし、彼女が己の不出来さを呪いながら叫ぶように謝っている時は、思う存分狂えるとでも言うかのようだった。或いは狂気で壊れる前に己をどう上手く使うか冷ややかに考えている均衡状態にも思えた。
「アナタのそれは病です」
赤い服に黒いスカートを穿いた、現代に近い時代の軍服っぽい衣装の女性に強い口調で断じられる夢。最初のように動ける時と泣き続けるのを聞く際のように動けない時、パターンはふたつあるがこの時は動けず、俺の意識が入っている体は笑ったように思えた。
女の子の体が俺の意思で動くとき。よく、キャスターのクー・フーリンとカルデアを用もなくほっつき歩いた気がする。俺が喚んだ彼とは違い、諦めた瞳が印象的でよく覚えている。頑是ない子供の我儘を聞き続けて、そんなに言うんだったらしかたない。お前が意思を貫き通す限り俺も付き合ってやるよ。とでも言うような、破滅を前に味方のために笑う姿は、彼から諦めなんて見たことないのに、それでもよく知るキャスター・クー・フーリンの豪放磊落さを見事に表していて、少しだけ恐ろ、し、かっ た…………
「おはよう、藤丸立香くん。君は今まで、気弱な人間や、逆になんでもできる人間に嫌われた経験が無いかな?」
嗚呼、また夢だ。そう思ったのにいつものように柔らかな肢体やたわわな膨らみをこの体は持たなかった。英傑たちのように機能的な筋肉を持たず、明晰な頭脳も持たない、よく知る男の体だ。
「藤丸くん?」
「 ぁ… …」
目の前で本当に嬉しそうに笑っている(笑えていない)少女、は――
「こんにちは、藤丸くん」
「……あ、こんにち、わ」
場面も人も変わらない。けれど瞬きの間に時間が流れたようだ。俺はベッドの上に居て、彼女は側の丸椅子に腰を降ろした。
「点滴生活も終わったんだって? 最初のご飯はなんだったの?」
「重湯、でした」
「あらら、病人食だね。食堂のご飯おいしいから楽しみにしとくといいよ」
少女は清爽とした物言いで慰めた。実にほがらかで人好きな声色。それなのに、あまりにも無表情。紙に書いた一枚絵のようにのっぺりとしていた。俺は紙でも噛むように、もそもそと言葉少なに物を返した。
「ドクターから聞いたかな、現状について」
人は変わらないが場所が変わっている。どうやらマイルームのようだ。ベッドと観賞用植物以外何もないがらんどうの部屋で、俺はじっとりと汗をかいていた。
「あ、の」
「どうかな、マスターになれそう?」
この時の俺は目の前の少女がじきに死ぬことを知っていた。敵の仕業の呪いがよくよく肥え、肉体の質量よりも呪いの魔力量が勝っているにも関わらず生への呪いという執念だけで生きていると聞いた。目に見えてそれが分からない俺でも、彼女の存在そのものが歪んでいる、ということだけははっきりと分かった。
「不安そうだね」
ぐにゃぐにゃした存在が表情も変えずそう言う。彼女の十数年分の人生を絵画に例えるなら、今や絵具が削ぎ落とされたキャンパスのような存在になり果てていた。それでも死ねないのは。
「本当は私もちょっと不安だったんだ。どんな子なんだろうって」
彼女が俺の右手に手を添える。俺の右手には何もない。ただ、彼女の右手には赤く刻まれた痕が浮かんでいる。彼女がまだ死ねないのは。
「でも、大丈夫そう」
ぱちり、と瞳がまたたく。こんなに嬉しそうな瞳は見たことがない。いつかは暁に見紛うばかりに輝いていたのであろう色彩は、夜に落ちる寸前の夕闇のようにとろけていた。
彼女がまだ死ねないのは、令呪を俺に委託していないからだ。
「だって私たち、こんなにそっくりなんだから」
ぴくりとも筋肉の動かない顔で、ぽかり、と少女が笑った。
「唐揚げ、おいしかったね」
目まぐるしく景色が変わる。
「体力は落ちたって言うけど、きちんと走れてたよ。ドクターやマシュも喜んでた」
目の前の少女は変わらず無表情で本当に嬉しそうに瞳を細めている。
「――うん、お疲れ様。おんなじものの筈なのに、形が違うんだね」
どうしてこの子ばかりがこんなに不幸になってしまうのだ。
「いいや、お前こそが不幸だね」
恰好ばかりが悪辣で、その実本音を言っている。本当にこの子は俺を不幸だと思っている。……いや。“この俺”は自分を本当に不幸だと思っている。
「『誰も
悲劇のヒロインみたいな声で大仰な手ぶりをつけて彼女は演じてみせる。もし表情があればシェイクスピアに比類する役者になったかもしれない、なんて考えて。それは違うぞ、と“俺”は頭の中で否定する。
きっと彼女自身演じているのか心のままの行動なのか境界がぼやけて分からなくなっている。それからきっと、こんな状態に彼女自身がうんざりしているのだ。そこから這い上がるには誰かが手を貸してやらなければならないだろう。誰もまだ
「責められてる、なんて自意識過剰だよね」
「キミには、分からないよ……ッ」
「ううん、私いっとう分かるよ。私が責めてるんじゃない。お前がお前を責めてるんだ。だからお前は不幸だ」
皆が困窮していたとしても、誰もが不幸であったとしても、不幸であるならば幸福になれるということだ。不幸でなければ幸福になれない。彼女の言う通り、“この俺”は己が定めた不幸の定義から抜け出せない、正真正銘の不幸者だ。だからこそ、何かをすることによって、何かをしないことによって、何かをされることによって、幸福に『成れる』ということだ。
なら、“この俺”とよく似ているという彼女だって幸福に『成れる』、その考えはきっと間違えてなんかいない。誰もが幸福で、誰もが満たされ、誰もが安穏な世界なんてきっとない。今がそれを証明するその極致。でも、幸福に成れず、満たされず、せわしくあやういままである世界もきっとない。今がそれを証明できるその極致。偶然、必至、豪運、奮励努力、
「私と相似すると不安で不安で仕方がないよね。分かるとも」
不幸の路頭に迷って口がきけない“この俺”に、彼女は続ける。
「でも、きっとキミなら乗り越えられるよ。藤丸くん」
「リツカちゃん……」
無表情のまま、ふと彼女は揺るがない信念を瞳に映して言う。もしや既に誰かが手を差し伸べてくれていて、彼女は自身が嵌った虚ろから抜け出す方法について光明が差しているのかもしれない。呪いに侵されてもその生を呪うという荒業で生き延びている彼女ならきっと、或いはそれが彼女の命に敵の関心がないことの現れであったとしても、抗い続けた先には何かがあるはずだ。きっと――
「藤丸くん、いいかい。よく聞いてくれ」
場面が変わる。今までずっと目の前には少女が居たのに、深刻な顔のロマンがあらわれてぎょっと驚く。
「リツカちゃんが死んだ」
「――――は?」
は?
死んだ?
なんで?
え?
「実行犯はキャスター・クー・フーリンだ。首謀者は藤丸立香、彼女自身。夜勤のシフトがない昨夜10時から今朝5時の間に霊子筐体を不安定な状態で使用しレイシフトを実行した。通常シフト成功率95%を下回った際ブレーカーが落ちるようになっているが、キャスターはカルデアの炉から伸びている導線にルーンで細工しブレーカーが落ちるシステムそのものを停止させたようだ。現在彼女は意味消失し、レイシフト先も人理が焼失したところだったことから生きている可能性はまず無い。例え生きていても死んでいても既に以前の藤丸立香と数値が異なるIF存在だ。カルデアに連れ戻すことは不可能だと考えてくれ」
どうして。
なぜ。
「確かにリツカちゃんは難病に侵された患者が狭い病室で追いつめられるように精神的にキていた。その上この未曾有の大災害だ。グランド・オーダーを発令して彼女をあそこまで追いつめたのはこの僕だ。……ただ、責任逃れにも聞こえるかもしれないが、最近の彼女を思い出すと、僕にはこれが、彼女がいかれて錯乱して行ったこととは思えない」
ロマンの声が耳を滑ってうまく思考が紡げない。ただ、ああ、そうだ。寸前の時間軸で見た彼女の瞳にははっきりと信念が宿っていた。だからこそ、どうして彼女は自ら死んだのか。なにが彼女を駆り立てたのだ。
「加えて、レオナルドのように現在正式なマスターを持たないキャスターが考え無しに元マスターに手を貸したとも考えられない。サーヴァントにはサーヴァントしか対抗できないから現在レオナルドに監視してもらってるけど、自らの耳で事情を確認したいならシールダーを伴って彼本人に聞いてくれ。ただ、これは伝えておくけれど、幾ら今のカルデアにマシュ・キリエライト、レオナルド・ダ・ヴィンチ、クー・フーリンしかサーヴァントが居ないからと言って、キャスターに不安あり、扱いきれないと感じたら今後の計画にあったといっても無理に契約を検討しなくていい。願望機の報酬を用意できない現状で扱いきれないという理由で座に還すのは悪いことじゃないんだから」
「……いや、」
その時の“この俺”は打算的だった。冷静さには些か欠いていたと思うが、少なくともその瞬間不幸の沼から片足を上げていた。彼女の死が俺の背を押したのは間違いようのない事実だった。
「マシュちゃんは守りに長けているけど、クー・フーリンのように前線は張るには経験がない。ダ・ヴィンチちゃんにはカルデアを留守にされるとサポーターの精神面からもいざという時に困る。それに、ドクターの話を聞く限り、クー・フーリンは人理救済に嫌気が差したようには思えない。反抗しているようにも」
沸騰しすぎて頭がいかれたのが逆に脳味噌にガンガンと静寂を齎した。
「話が本当なら彼はとんでもない罪を犯した。でも、気の迷いじゃない。きっと覚悟がある。おそらく人理救済には俺を使えばいいという打算もある。――なら、」
喉が渇く。カラカラと灼熱の砂漠にひとりぼっちで取り残されたような寂寥さに心細くなった。
「――なら、利用しない手はない」
この燃え上がる熱量を、最初義憤と勘違いした。いいや、違うとも。“俺”も“この俺”も、駆り立てられるのはただの自分勝手さだ。
「リツカちゃんとクー・フーリンを共犯者にしたのは信頼関係だ。きっとあの男は、俺が死にたいと言ったら引き摺ってでも戦場に送り出して生きて返してこさせる。女の子の思いを通すため、アイツ野郎には甘っちょろいこと言わせるつもりないんだ。ドクター、俺、自信があるよ。キャスター・クー・フーリンはこのグランド・オーダーで格別に役に立つ」
自分勝手に、生きたいと思う。それが俺を奮い立たせている。キャスターのクー・フーリンが彼女に対して寄せる親愛は、俺が“この俺”を通すように目の前でまざまざと見てきた。親か兄のような親しみは、戦士として子を殺す生き物にとって果たして情と呼べるほど温かいのかはさておき、その手で『殺してやる』程度には深いものだろう。彼女からキャスターのクー・フーリンに寄せる思いは、マシュが人間時代からの知り合いで同性同士心の通う先輩後輩の仲であることを考えれば、彼は主従関係において『最初の男』で『唯一最後の男』であるのだから親愛に足りずとも絆と言って余りあるのだろう。
「キャスターに話を聞きにいくよ。教えてくれてありがとう、ドクター」
ロマンは笑おうか顰めようか決めかねた表情をしていた。きっと彼がこのカルデアで一番人の感情に振り回されているのだろう、と思えば喉の渇きはいつの間にか止んでいた。
「マスター、我が■■■よ。俺を召喚に共だったところで大した結果は得られんと思うが?」
景色が変わる。スーツに身を包み帽子に冷たい相貌を隠し切れない男性と共に居たここは召喚室か。
「まあ、ただの日課だからそんなに構えなくても」
答える“この俺”は少なくともいつもより肩の力は抜けているようだ。青白い光が次々と部屋を包み、俺の縁や素養だけで召喚は行われる。――気付くと、ひとつもまじろげず一枚のセイントグラフを見詰めていた。クラスコモンの暗殺者だ。どうしてもそれから目が離せなかった。
「サーヴァントアサシン、召喚に応じました」
俺を見た瞬間、それは花開いた。
「嗚呼! やっと呼んでくれたのね、
既視感。デジャヴ。誰かが同じ言葉を吐いていた。一瞬前まで無表情だったソレは隣の青年の姿も確認して喜色を浮かべて俺に笑いかける。暁とも夕闇ともとれる瞳は、結局どちらなのかと問われれば、見る者の解釈に寄るとしか答えられない。
「私は呪いを乗り越えた。アナタも呪いを乗り越えた」
これが仕合せとでも言うかのように、可憐に笑う彼女を“この俺”は初めて見た。生きていた時より生き生きとした様子。――嗚呼、確かにいつか彼女が言った通りだ。『俺が彼女に抱く感情で自然体を取る』。信念のために抗って、抗って、抗った末に得た成果に礼賛せずにいられない。
“この俺”にはよく分かる。人々は、気弱な人間や、逆になんでもできる人間に嫌われ続けた経験があるだろうか? 俺は、それからきっと彼女は、それを当たり前に許すだろう。“俺”はまだ人に好かれていたいと思う。けれど“この俺”は自分の
――ただ、お互いの剥き出しの部分が触れ合う不快さに耐えられないだけなのだ。信念……人間の表層たる生き方、その貫き通し方を生理的に受け入れられない。
彼女は生きている人間を認めようと腐心する。俺は人間が生きていることを認めようと腐心する。その違いが巡り合わせによるものだとしたら、運命は俺たちを交じり合わせることはないのだろう。
「
おそらくこの少女も俺と決定的にすれ違う感覚を肌骨に感じているだろう。それでも無防備に背を預ける少女の行いを健気ととるか気狂いととるかは、観測者の価値観に寄る、としか俺は答えられないのだ。
「――ハッ……ぁ、?」
深海から吊り上げられた魚の如く、内臓が口からぎゅるっとでるような不快感に体を震わせる。みみずがのたうったような線が描かれた紙に頬を寄せて、どうやら俺は居眠りをこいていたらしい。
起き上がって景色を反芻する。
そうだ、あの夢は。セイヴァーとよく似たアサシン――藤丸立香という名の少女の過去だ。何の因果か俺と同姓同名、起源までも同じくする、特異点F冬木をマシュと切り抜け所長の死を目の前で見届けた、グランド・オーダーを授かった運命すら同一をなぞった並行世界の少女、藤丸立香の夢だ。
「可哀想なマスター。知らなければ、苦しくなくて済んだのにね」
背後から声をかけられてハッと振り向く。いつの間にかかけられていたブランケットを俺の肩から回収した彼女は、さっきまで俺だった、或いは俺の目の前に居た橙色の髪の毛先を微かに揺らした少女だった。
「――どうして」
口から出た疑問は抗議か哀惜か。
「――どうして死ななければならなかったんだ」
「私は運命の上で既に死んでいました。けれど死によって呪いを乗り越えた。延命処置は存在せず、にも関わらず生き延び過ぎたのだから、これが仕合せ」
彼女は相も変わらず無表情だ。彼女を侵す目に見える安易な異常。世の尺度とずれていることが俺の態度によって表面化しているだけの、英霊としては小さなずれ。
「俺は、キミを永遠に笑わすことが出来ないかもしれない」
奥底の本心など本人が探るのを避けていれば分かるものか。俺は彼女と相対するのすら本当は嫌がっているのかもしれない。俺が“あの俺”と違って彼女の存在を讃えることが出来ないから、彼女の狂気、または愚鈍とも取られかねない健気さ晒すはめになっているのではないだろうか。
「マスターは未だ乗り越えていないから」
「乗り、越える?」
そういえば夢の中で、彼女が生きている時にもそんなことを言っていた気がする。ああ駄目だ、情報量が多すぎて夢の詳細が見る間に抜け落ちていく。乗り越えるってなにをだ。夢で召喚した時の俺は乗り越えていたのか? 一体何を?
「本当は在り方を認めた上でそれでも殺さねばならないという信念を通す蛮行は他人にやるものです。けれど私は一人で為さねばならなかった」
彼女は能面で、しかし夢見るように囁いた。もう叶わないことを知っている乾いた声色だ。
「マスターは既に理想で描かれたジャンヌ・ダルクで一度成し遂げました。彼女たちの怨讐を燃やし尽くして殺しきれば、彼女たちは牙を隠すという最も惨い恥辱を安心して回避することができます。だから、マスターは己の信念を貫き通せばそれでよいのです」
「それってジャンヌ・オルタのこと? 待って、彼女たちって誰のこと言ってる?」
「クラスすら知らずとも、信念を貫き通せば
話は終わりだと言わんばかりに彼女はブランケットを丸めて立ち去ってしまう。それでもその背に追いすがるように声をかけた。
「待って!」
「……」
ええと、なにか。なにか掛ける言葉は。
「今度からリツカちゃんって呼んでいいっ!?」
正直話題の選択をミスった気が凄くする。スーさんの方は取り敢えず保留だ、とやけっぱちに彼女の背を辿れば、立ち止まって少しだけ顔を此方に向けていた。
「げろ」
物凄く真顔で舌を出した。嗚呼、覚えているぞ。マニュアルじゃなくてオートの時、キャスターのクー・フーリンと無表情ながら歓談している最中、兄貴肌ながらも閉口で済まされない冗談が飛びだした際にわりと本気で倦厭していた時の態度だ。……俺が彼女に抱く感情で自然体を取るって大嘘なんじゃあるまいか。ときメモで絶対に呼ばせてもらえないあだ名を選択してしまった時並みの寂しさを味わいながら、俺は居眠りの巻き添えをくらってしわくちゃになったレポートを見詰めて暫し黄昏て現実逃避に勤しんだ。
「マスターもよくやるなあ。正直、遠見クラスでないにしろ未来の一端を知るタイプが友好的って、じゃあ教えろよ。考えるのはそれからでもいいだろって苛立ちを積もらせるのが尋常のパターンだと思うけど」
本編に関係ない話ですがpixivって非常にコナンと他作品のクロスオーバー作品多いんですよね。ふと佐々沙咲とコナンが同じ空間に居るのを見てみたくなりました。
自分で書いたら最終的にちょろっと出したいーちゃんの腕の一本や二本使い物にならなくしそうなので書かない