人類愛のほか   作:中島何某

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大したことないですが、戦闘シーン含むので今回から残酷な描写タグ付けました。




呵々大笑

 

 

 原因は不明。ロマンたちとの通信は遮断。見知らぬ土地。令呪は昨日の戦闘で空っぽ。ついこの間もレイシフト中に吹き飛ばされてインドの大英雄に会ったばかりだというのに、これほどレイシフト中に事故が起こるとなると些か恐ろしさを禁じ得ない。

 目の前には少女の頼りない背と、斧を手にした血色の悪い海賊たち。鬱蒼と茂った木々の様子からジャングルのようだと判断する。根が不均一に張り足場はかなり悪い。

 そういえば、レイシフト前にこの目の前の少女――アサシンのリツカちゃんが強く引き留めていたことを思い出す。曰くこのレイシフトに嫌な予感がする、と。彼女の直感スキルが高ランクなこともあり、職員の人たちは計算のし直しをしたり、レイシフト先の観測を再度試みたりしていた。

 しかしいずれも問題はなく、期限も内容も分からぬ『嫌な予感』を、検証を試みた上ではスキルとはいえ直感だけでレイシフトを中止し続けるわけにもいかずサーヴァントメンバーを精鋭ぞろいにするなど対策して六時間半遅れでレイシフトを敢行したのだ。

 

 その結果が、見知らぬ森の中で知性のないゾンビに囲まれているというわけだが。生前のパターンを再現してか彼らは我々に敵意あり。むしろ生きている海賊と違って交渉の余地も無ければ振るわれる攻撃にも一切のストッパーがかかっていない状態でたちが悪い。カルデアの制服ではガンドを打って足止めをすることも出来はしない上、リツカちゃんは非戦闘型のサーヴァントだ。宝具が敵のレンジから切り離すものといっても、アレは元々敵を回避した状況を再現するもので目の前に現れた敵から逃げるためのものではない。

 状況は最悪。

 けれど彼女は――

 

「――なんたる僥倖! なんたる光栄! 私の死を以ってマスターを守り切れるとは、サーヴァントたる来世でも乗り越える試練を世界はお与えになるんですね……!」

 

 笑っていた。

 いかれた哄笑を撒き散らし、覚えのある形状をした刃先のナイフもどきを手に、不様に、血飛沫をそこら中に飛ばしながら、もつれる足を無視して敵を屠ろうと奮闘している。そのなんと惨いこと。みっともないこと。

 戦士たちのように軽やかな身の熟しもなく、賢者のような戦略的なさかしさもない。女神のように交渉の余地もなければ、英雄のように勇ましい根性もない。

 ただ宿命に縋りついて、己の死を苦難を乗り越えた象徴とする日和見主義が、そこで笑っている。

 

「嬉しくて、嬉しくて、仕方ない。この身はマスターへの献身のために生まれ直したのだから」

 

 その顔に憂いはない。てんで戦いに適合しないというのに、俺の前に立ち塞がることに一切の嫌気は見られない。

 安寧や安堵を引き潰し、地獄を理想郷のように崇める矛盾の過ちを細い四肢、薄い腹、傷のない玉の肌に収める少女。生きることに飽くには未だ早すぎる若さ故の華やかさを、悉くその生き方で醜くひしゃいでしまっている。

 己に重きを置かぬどころか己に重きを置きすぎた自己中心さが守護者などになってしまった原因だとは彼女に対するエミヤの評価だ。

 

「影で支えるどころか、晴れ舞台に上がらせてもらえるなんて、へなちょこの私なんかがメインキャストを張ってもいいものかな」

 

 その声は全然軽やかなんかじゃない。ナイフを振るう体ははめたての義足で踊りだしたように、がくがくとバランスを崩し、声は上下し、体の芯を失い、脇を突かれ放題、それでも俺に滝壷のふちに根差した大木を背に預けさせて退こうとしない。

 日常を表す態度は、紛れもなく、虚勢なんかではない。この霊基は自然体でこうなのだ。

 ――狂っている。

 バーサーカーに対する所感に間違いない。狂化を受けた英霊の形に間違いない。生きた伝説がその身を狂わせている姿形に見間違いない。

 

『アナタのソレは病です』

 

 いつか見た夢がフラッシュバックする。軍服らしき衣装を纏った女性にそれ以上の見覚えは無い。

 確かに、生前の業が、呪いが、信念が通ったサーヴァントというものの魂は、捉えようによっては不治の病に侵されているといっても過言ではないだろう。

 

 頭の裏側で呑気に思考をしながらも、危機的状況に呼吸は浅くなる一方だ。ずる、と木の幹に凭れかかった背が滑る。脇腹に一発、背に一発貰った傷は致命傷こそ避けたが痛みが勝って自由が利かない。相応しい力を持たない女の子が俺のために戦っていることに、頭がおかしくなりそうだ。いつもは考え無しに身を呈してしまうおたんこなすの体が動いたら、まだ違ったのだろうか。

 嗚呼、マシュが守りに特化した英霊と融合していてよかった。少なくとも彼女は自分の身は自分で守れるのだから、なんて詮方なく愛しい後輩を想った。

 

「神、そらに知ろしめす。すべて世は事もなし。まったく、その通りだと、おもわ、な、いかなっ」

 

 眼前で。

 腕がとびはねた。

 「あ」と言う暇もなく。

 脇腹を大振りなスイングで抉られた彼女のはらわたが、その薄い腹から飛び出すのと一緒に。

 肘から下の腕がトビウオのように跳ねて、ぼとんと地面に転がった。

 左腕を失くしてバランスを更に崩した彼女は、壊れたゼンマイ人形じみた動きで、先ほどと変わらぬ気概で敵を屠り続ける。

 5体居た敵は1体を崖下に落とし、もう1体をからくも戦闘不能にはしていた。それでも痛みを感じない敵意の塊が3体。真正面から戦ったら、最終再臨させていても彼女のスペックは海賊ゾンビ1.3体分くらいしか無い。後方支援というよりか物資補給くらいが彼女の本来の役割なのだからこの状況がそもそも間違いだ。

 

「アハっ――」

 

 相も変わらず笑って。

 まるで素人の観劇だ。ゾンビは大振りで守りを知らず、彼女は守りの合間に繰り出す攻撃が隙だらけ。下手な殺陣を見ているよう。

 

「ああ、この安寧、なんて僥倖。世界を救う味がする。なんてマズイ。ほんとうに味わう奴の気がしれない」

 

 がくがくいいながら、ナイフで正面の敵を引き裂くと、バランスを崩して思ったより深く刺したのか、一瞬、刃先がゾンビの肉に引っかかった。またたく間にナイフをみぞおちで食んだ海賊ゾンビは少女の手を己の手で覆う。

 ぐうと彼女が掴まれた手を引き抜こうと身を引いて暴れているうちに、ひゅと音がした。

 風を切る音だった。

 脇に控えた別の海賊が、斧を振りかぶって、

 

「ハハハハハ!」

 

 ばちゅん――と首が落ちるのと、哄笑はおんなじタイミングだった。

 彼女の首を刈ろうと薙ぎ払われた斧は、散々暴れて狙いが外れ、手を掴んでいた海賊の首をいとも容易く切り落とした。腐乱で骨がもろくなっていたのか哄笑に紛れたその音は水っぽい。

 仲間の首を刈った海賊は己の所業など理解する様子もなく、標的にした彼女を再び狙うだけ。

 彼女の手を掴んでいた海賊は、首からぼたぼたと緑色の肉汁をこぼし、邪魔とばかりに彼女に突き飛ばされた。地面に叩きつけられるとびちゃんとその断面から汁を撒き散らし、先ほどまで活発に動いていたとは思えない程やわらかく葛餅のように飛び散った。

 死臭は、海の臭いがした。

 

「世界、すくわなきゃ」

 

 俺を助けることが、世界を救うことになるという言葉だろうか?

 それとも死で乗り越えたと語る彼女がようやく極限状態でもらした生への執着か。

 笑いの合間に言葉をこぼし、右ばかりに偏った体が踊る。彼女にすら予測不可能な動きをゾンビは捕らえきれず、殺陣の次はダンスのお相手と見紛うばかり。

 

「は、」

 

 出血に息が上がる。こんなダンスパーティは見たくもないが、目も離せない。白んできた意識に目を眇めるのも一苦労だ。

 

「――――あ」

 

 ぽーん、と山を張るばかりの高い声が彼女から紡がれた。

 

「ふく、くすくす……あはは」

 

 次に含み笑いが聞こえる。幼女が何かいいことを思いついた時のようなけがれを知らない声色だ。風に乗って穏やかに俺の耳に届く。一緒に海へと還りたがる死臭も鼻をつく。

 

「きもちーね」

 

 なにがだろう、と思った。

 緑の肉汁のように憐れな不幸に濡れた心で、地獄の業火に焼かれるような拷問を報酬とするのに、俺たちとおんなじゴールを目指すその身が気持ちのいいものなど、なんだと言うのだろう。

 その呪われた快楽が堕落でないのだから独りよがりもいいところだ。

 彼女の背は何も語らない。でも、ひるがえるように踊った。

 ばたん! と地面に残った二人のゾンビ共々倒れ込み、ずるりと地を這って、右腕、胴、足をくねらせて血色の悪い足に、片方ずつしがみ付いた。

 ダンゴムシのようにぎゅうと丸まって、欠けた五体で敵を捕らえる。役目は終えたとばかりにナイフは地面に転がり、彼女の右手には戻らない。

 けれど海賊たちは空いた両の手で近くに落ちた斧を握る。彼女は片足ずつに絡みついて動かない。

 

「――あ、」

 

 視界が出血で霞む? そんなことはどうでもいい。

 

「あ、あ……」

 

 振りかぶられる斧。

 微笑み。

 振りかぶられる斧。

 含み笑い。

 振りかぶられる斧。

 せせら笑い。

 振りかぶられる斧。

 振りかぶられる斧。

 振りかぶられる斧。

 

 腕が。肩が。指が。脚が。臓腑が。

 飛び散って、切り刻まれて、振動が地面を揺らす。もう切り刻まれたそこを何度も何度も何度も狂ったように叩いたかと思えば、ふと思い出したように拘束を解こうと接続部分を嬲る。

 

「やめろ、やめてくれ…!」

 

 大木から背を離し、芋虫のようにずるずる張って手を伸ばす。懇願は3人に届かない。

 視界がぼやけて肌色と緑色、赤色のばしゃばしゃとピンクのぐにぐにが目の前を埋め尽くす。

 「くふ、くふ、くふ」と痛みを置いてきたような笑みが耳をついて離れない。

 『きもちーね』って、俺を助けるのが? それがイコールで『世界、救わなきゃ』になるとでも? その呪いを授けたのは誰だ? 自分で産みだした呪いではあるまい。天災クラスの不幸な偶然が、彼女が呪いを孕んだ要因だというのなら悪い冗談だ。そんな殊勝な性格だったらクー・フーリンの信頼を利用してまで己の死によって運命を乗り越えまい。

 誰が彼女に呪いを植え付けた? 死に至る眼光の呪いの話ではない。人理修復をしおおせねばならないという呪いの引き金を引いた人物が居るのではないか。――脳に酸素が回らない。よく、分からない。思考が纏まらない。或いは疑問そのものが見当はずれ。

 脳が白む間にも血肉のお祭り騒ぎは鳴り響く。鈍器の先があのやわらかい肌を打つ音が耳にこだまして消えない。消えないのに、次から次へ鳴り響く。

 

「やめて、やめてよ……。やめろって……やめろクソッタレ!!」

 

 俺の指先は遠い。ごぽり、と叫ぶと同時に口から血が出る。

 ずるずる緑と肌色と赤とピンクに必死に近付けば、濡れた口元にぶにゅりと緑の死臭が触れた。

 

「くそっくそっ…! くそったれ……!」

 

 もはや少女の笑い声は聞こえない。それでも地面は揺れてちぎれる音は聞こえるのは、おそらく彼女がムシのように丸まって敵の足を掴んだままだからだ。

 

「あ、あ、ああ……あ、」

 

 指先を、伸ばす。

 這いずっていたと思ったが、もう僅かばかりも動けていないようだった。

 それでも、指先を伸ばす。

 すこしでも、どうにか。

 結局振りかぶられる斧が俺に届くことさえ、無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この愚か者! 貴様のような半人前、態勢を整えるくらいの知恵をつけねば使い物にならぬわ」

 

「は、ひ……?」

 

 起き抜けいちばんに、ギルガメッシュの怒号。顔に唾が飛んで、あの精巧な顔が不愉快そうに顰められていた。

 

「先輩っ、先輩! お体の具合はいかがですか? 痛いところはありませんか?」

 

「いやあ、若い方のメディアちゃんがいてほんとによかった」

 

「マスター、お加減如何ですか? 然程深い傷では無かったので、出血した血液量以外は問題ないと思うんですが」

 

 襟首を掴んで怒鳴ったギルガメッシュが手を離せば、マシュ、ヘクトール、メディア・リリィ、ヘラクレスが浜辺に近い平地に寝転んだ俺を囲んでいた。ヘラクレスは凪いだ瞳で俺をただ見ている。

 

「……あ、うん、貧血ぎみだけどどこも痛くないよ」

 

 呆然と質問に答えて、このメンツが今日のレイシフトのために組んだ大英雄・後方支援のパーティであることを思い出す。いや、あれ、もう少し足りないような――――

 

「リツカちゃんは!?」

 

 声を荒げた俺に英雄王は冷めた様子でふん、と鼻で笑った。

 

「器用に急所を守って霊核だけは(、、、)生きておったわ」

 

「オジサンたちが近付いたのを感知した瞬間捨て奸紛いのことするくらい、かなり切迫した戦況だったみたいだな。近くにシャドウサーヴァントも居たし、捨て鉢じみてるけど妥当ではあったよ。肝心のマスターが逃げそうにもないんじゃ作戦は破綻してるけど」

 

 いや~、正直肝が冷えた! と溜息をついたヘクトールに、メディア・リリィが続ける。

 

「マスター、起きてすぐで申し訳ないのですが、アサシンは本当に霊核だけは(、、、)生きている状態です。彼女は一番近い霊脈の集まる場所でジークフリートさんに見張ってもらって休んでいますが、早々にカルデアに戻らねば消滅は時間の問題です。サークルを開けるくらい質の高い霊脈の集まる場所に移動して、カルデアの方々に繋いで帰還させてもらいましょう」

 

「ああ!」

 

 確かに来た時と比べるとジークフリートとリツカちゃんがいない。今日は彼女の直感もあったし一人多く来てもらっていたのを思い出す。

 ぱち、とマシュと目が合って、彼女は真剣な表情で俺を見詰めた。

 

「先輩、帰ったら逃げるトレーニングも一緒にしましょう。人数的・環境的に不利な状態に突如陥るケースが次いつ来るか分かりません。今回もレイシフト時は戦力を整えていても、不測の事態によりアサシンの……そういえば真名はリツカさんとおっしゃるんですね? リツカさんもマスターもギリギリの状態だったのですから」

 

「うん、そうだね。王様も言ってたけど、手段は増やさなくちゃ」

 

 噛み締めて、頷く。俺が気を失っていた間に森の中を捜索して凡その霊脈の位置を掴んだというヘクトールの先導に従いながら、マシュも無事でよかったよ、と暫しの平穏に安堵を漏らす。

 

「私より、先輩が無事でいてください。私は丈夫なデミサーヴァントなんですから」

 

「あ、はは。ごめん」

 

 不測の事態とはいえ、最初に脇腹に負傷を食らって逃げられなくなってしまったのは俺のミスだ。そのせいで彼女が――――

 吐き気を手のひらで覆って抑え、未だに磯の香りがする気のする頬を拭う。暫くご飯は携帯食でいいです……。あっでもラタトゥイユのレーションだけは勘弁してくれ。

 

「そういえば、まだ通信は途切れたままだけど、なんでレイシフト失敗したか予想つく?」

 

「ええと、ここはオケアノス、王の住まう島でして」

 

「うん? うん」

 

 歯切れの悪いマシュに首を傾げて頷く。

 

「その、シャドウサーヴァントの奥さんと色々あったらしくてですね」

 

「奥さん?」

 

「はい、王の住まう島のエイリークさんの奥さんと、カルデアのエイリークさんの奥さんの相乗効果と言いましょうか、いえ、同一の存在ではあるのですが、実際にレイシフトした際にグンヒルドさんの呪い……魔術がかち合ってしまう状態になっていたのだろう、というのがシャドウサーヴァントのエイリークさんを倒したギルガメッシュ王とヘクトールさんの予想でして」

 

 物凄く歯切れの悪い様子にこちらもそれなりに苦労したようだと苦笑が浮かぶ。その、なんというか、グンヒルドさんの魔術は愛憎の方向で凄そうだ。とても。

 

「――雑種」

 

「は、はい」

 

 ふとギルガメッシュに静かに声を掛けられて何事だと返事をする。彼は目を覚ましてからずっと不機嫌そうな面持ちを崩さない。

 

「あの小娘は世界を救う願望に憑りつかれている。カルデアが抑止力の模倣になりかねん代物であることを、努々忘れんことだな。――歪んでいた方が勝手がよいというものもある」

 

「それは――」

 

 掴めそうで、掴みかねる。ギルガメッシュの言葉は真理に近いのに端的すぎて遠回しだ。二の句を迷っていると、数十歩先でヘクトールが霊脈を指示し、マシュが慌てて盾を地面に突き刺した。

 

「それじゃ、索敵も終わってることだし、オジサンは二人を呼んでくるよ」

 

 呑気そうに、ヘクトールは言った。

 

「マスター、生きてるミンチはトラウマになるから目ぇつぶってた方がいいぜ」

 

 

 

 





スランプが抜けないので進行より幕間的なものでリハビリをば。
アサシンぐだ子狂ってるって言ったわりに狂ってる描写弱いなと思ったので補足。気を許す程気がふれて自滅するサーヴァントが居るらしい

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