私がその部屋に訪れた際、二人は和やかに雑談をしていた。人類唯一のマスター、藤丸立香くんのメディカルチェックの次の番、現在はカルデアの職員ではなくデミ・サーヴァントとして在るマシュ・キリエライトのメディカルチェックも、人間としての最高責任者と為ったDr.ロマニ・アーキマンは終えた様子だった。
「あ、ダ・ヴィンチちゃん」
声を掛けられて、絶世の美女の顔で答える。
「やあやあ、マシュ。このたびの特異点の聖杯探索もお疲れ様。ロマン、マシュと立香くんのフィジカル、メンタルはどんな感じだい?」
「疲れによってやや乱れがあるけど、二人とも十分な休息をとれば問題ない範囲だよ」
己はうっすら目の下に隈をつくり、やや気の抜けた具合で語るロマンにふむ、と頷く。融合している■■■■■■との契約によりサーヴァント規格にまで耐久諸々の上がったマシュの溌剌とした肉体や表情を見ると、もう16歳とは、考えられないほどだ。――感傷に過ぎるだろうか。
「――あれ、」
誰かが口を開いたが、不思議そうに再び閉じられた。
私が今しがた入ってきた扉の外、廊下から立香くんの楽しげな声がする。誰かと話しているらしい。それにしても彼の声ばかりやけに聞こえるのは、何かを説明しているからだろうか? 彼はくるくると表情をよく変えるが特別に陽気な性質でも、甚だしいお喋りでもない。このテンションはなんというか、新しい英霊を召喚した時にカルデア内部を紹介する時に似ているような。
三人で顔を見合わせた次の瞬間、コンコンコン、とノックが響いた。直前の会話は、「ここが医務室だよ」だろうか。
「ドクター、入っていい?」
「あ、うん。どうぞ!」
部屋の主になるだろう男に声を掛け、その返答にすぐに扉が開く。
「失礼しまーす」
「立香くん、もう少し休んでてもよかったのに」
「先輩、お体の具合如何ですか?」
「結構寝たし元気だよ」
にこにこ、ふわふわ。空間までぼんやりしそうな雰囲気に苦笑しながら、来客の姿を見る。
マシュとロマンにとっては開いた扉の死角に居る、一人の少女と女性の間に坐すような女。暁に燃える髪と赤銅色の瞳は無機質なカルデアでよくよく浮いた。加えて彼女が纏うピンと張った空気は、狂ったような怒りにも、或いは母親のような謹厳な愛情深さにも、更には生娘のような潔癖さをも感じさせる。母にも娘にも、花嫁にさえもなれぬような出で立ちが滲んでいた。彼女、は――
ぱちり、と目が合う。すると嫋やかな微笑みが返ってきた。私も至高の美女の顔でにっこり笑う。
「や、初めまして。新しいサーヴァントだね?」
「あっ、そうだ! みんなに紹介しようと思って! こちらスーさん、クラスはセイバーだって」
マスターの言葉を聞くと、彼女は私たち三人に微笑みのまま頭を下げた。続いて訝しげな声を出してロマンが首を捻る。
「セイバーのクラスで、スー? 服飾を見ても……ううん、ボクの知識不足かな」
「いや、スで始まる偉人は数多く在れど、私もちょっと彼女には見当がつかないな」
容姿もさることながら、彼女の纏う服装はかなり判断がつきにくいものだった。現代的にも、何某かの時代のものにも受け取れる恰好だ。或いは、着飾っているわけでもないのに全ての時代のものがコーディネイトに取り入れられごっちゃになっている、とも見れる。
ロマンと私の言葉にはっとした顔をして、立香くんはあっと声を上げた。
「スーさん、未来の英霊なんだって! なんだっけ、ええっと――なんとか、の、守護者になる可能性もあったとかって。待って、ごめんなんだっけ!」
私たちにしどろもどろに説明しながら、彼は最終的に新入りのサーヴァントの彼女にガバっと振り返って謝りながら説明を求め始めた。
未来の英霊。優良な三騎士に値する霊力。守護者になる可能性。言葉の羅列に、つ、とこめかみに嫌な汗が伝う。
「抑止の守護者、かい?」
ぽん、とこぼれるように出ていた言葉に、立香くんは振り返る。首を傾げながら、「そんな感じじゃなかったような……?」と言う。その言葉に自分が想定した嫌な予感を打ち消せるかとほっとしたのも束の間、暁のサーヴァントは嫋やかな微笑みのまま口を開いた。
「いいえ、マスター。抑止力とは世界や人類を滅ぼす要因を排除するこの星の器官。その内人類の存続を祈るアラヤと契約し仕事をするのが、「抑止の守護者」や「霊長の守護者」と呼ばれるものなのです」
「ん、ンンン?」
今まで魔術等の世界に馴染みのない生活を送ってきた立香くんは聞きなれない言葉や系列に混乱をきたし始めている。ちら、とロマンを横目に見る、彼の唇は小さく震えていた。
「待ってくれ! じゃあ、キミは――! いや、待て、そんなことあるのか」
立ち上がりかけ、腰が浮いた状態の彼に彼女は子供を宥めるような声色で言った。
「とはいえこの度召喚されたわたくしはアラヤと契約した者でも、後押しを受けた者でもありません。ガイア寄りの英霊と言えます」
「未来の人間が、ガイア寄りの英霊?」
「ええ」
あでやかで、なまめかしくも見える笑み。もはや世界に興味もないようにも見えるし、憎んでいるようにも、はたまた深く愛しているようにも見える。しかし次の瞬間、ぱっ、と、悪戯っ子のように彼女は言った。
「もう少し絆が深まったら。……よろしいですか? マスター」
「ふぁい!?」
急に声を掛けられて驚いた様子の立香くんは、舌を噛みながらブンブン頭を上下に振った。色々知らないことも多く呑み込めなかったのだろう。抑止力については、そうしない内にアーチャー・エミヤ辺りが教えるかもしれないな、と心の中で算段を立てて、様子を見守ることにした。
「アナタがデミ・サーヴァントのマシュ?」
「えっ、あ、はい! これからよろしくお願いします。ええと、スーさん」
「此方こそよろしくお願いします。ここに来る途中で色々聞きました。私も戦いにおいては支援型ですから、仲良くしてくだされば幸いです」
「はいっ! ……あれ。セイバーのクラスで支援型、とは珍しいですね。デオンさん以来かもしれませんね、先輩」
「あ、確かに」
その発言を聞いて、きょとん、と彼女が目を瞬かせる。
それを見てマシュと立香くんもきょとん、と首を傾げる。
ついでにロマンもぱちぱち、と瞬きをを繰り返している。
わたしは、「うん?」と声を上げた。
「あの、そのデオン、とはシャルル・ジュヌヴィエーヴ・ルイ・オーギュスト・アンドレ・ティモテ・デオン・ド・ボーモンのことですか?」
「なんて!?」
「ええと、シュヴァリエ・デオン。フランスの外交官でありスパイであり騎士、フリーメイソン会員の御方でしょうか」
「デオン、フリーメイソンなの!? かっこいいな!?」
「せ、先輩。落ち着いてください。す、すみませんスーさん。確かにそのデオンさんです」
「ご、ごめん。厨ニ心がくすぐられて……」
「いいえ、とんでもない。それでですね。私はシュヴァリエ・デオンと同じクラスではありません」
「ん?」
「はい?」
部屋に居る五人中四人が、困惑を深めて首を傾げた。彼女は少し困ったように眉尻を下げる。
「私のクラスはセイヴァー。覚者とクラスを同じくする、アヴェンジャーに有利をとる以外、他全クラスに対して与ダメージ・被ダメージ共に等倍のクラスです」
「げえッ!??」
彼女の発言に蛙の鳴き声のような叫びを上げたのが果たしてロマンだったのか私だったのかは、個人の尊厳を遵守するために明言しないことにしておく。
◇
立香くんとマシュがロマンに今日はもう少し休みなさいと言われて出て行った後、霊体化した彼女をなんとなしに呼んだ。
「ねえ、メアリー」
「なあに、レオナルド」
「えっ、」
霊体化を解き現れた彼女の反応に、やれやれ、と頭を抱える。この際ロマンは無視だ。
「ウーティスと名乗ったって良かったんです。本当はなんだって」
「……キミの真名は。いいや、キミは――キミが、そう、キミが」
「いいえ、レオナルド。一握りの人類にとっての拠り所、ダ・ヴィンチちゃん。私が何者かは、まだ早い。彼が知ったとき、決意より怖気が、信念より心苦しさが勝るようでは、いつかきっと致命傷になって、人類は救われない。救われたって、きっと彼の人生が、死後が、望まないものになってしまう。だから、ね? ――まだ、早いの」
何かを飲み込んだ表情。それが如何ほどのものかは分からない。彼女の我儘なのか、虚言なのか、或いは甚だしく計り知れないものなのかも。
「キミがそういうつもりなら、まあそれでいいさ。こっちはこっちで彼のために、人類のために勝手にやるけどね」
「ええ、美しい人。ありがとう」
おそらく。彼女の秘密の証明は手が届く所にある。ロマンは彼女に纏わる運命の悪戯に見当が付いているだろうし、マシュも一瞬既視感を覚えていたようにも思える。
「ねえ」
ふと、ロマンが重たそうに口を開いた。
「はい」
彼女が答える。
「キミはまるで、人理が救済され、人理の救世主がその後安息であれば、それで責務は完遂するような口振りをするんだね。まるでそれだけしかやらないみたいに」
「ええ、優しい人。私はもう人間じゃないのだから、それでいいの」
暫し沈黙。今のところこれ以上を言う気にはなれなかった。
「――改めまして。みんなのお姉さんダ・ヴィンチちゃんだ。よろしく!」
「ロマニ・アーキマンだ。みんなにはDr.ロマンって呼ばれてる」
「スー、とお呼びください。人理を奪還するためにも、マスターが無事で居続けるためにも、精一杯努めます。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
「うん、よろしく頼むよ」