人類愛のほか   作:中島何某

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とある獣

「フォウ、フォウフォーウ!」

 

「いっ」

 

 マスター・藤丸立香に召喚された後、ある程度の施設構造と現状の権力者、一番の相棒を紹介されたサーヴァント――スー、と名乗った彼女は、医務室から出た瞬間、衝撃に体を揺らした。

 

「フォウ!」

 

「あー……」

 

 小さくて、可愛らしい。己の安全性を外見で示すかのような生き物が廊下の真ん中で鼻を鳴らす。この愛くるしい、あらゆる女子人気の高そうな小動物をごった混ぜにしたような生き物の蹴りを額にくらい、彼女は今出たばかりの扉を頭で打ち鳴らしたのである。

 然程痛くはないが過去の習慣に倣って額をさすり、足技の見事さに彼女は苦笑した。

 

「そんなに怒らないでよ」

 

「ふぉーぅ…」

 

 信用ならねえな、というふうな低い鳴き声と不審そうなジト目で見つめられ、彼女は軽薄そうに肩を竦めた。

 

「呼び出し自体は一方的なものだしさ、望んだ形で召喚されるとは限らないだろ? キミも気分が良くないのは分かる。でもここはどうか、同僚になったよしみでさ、許してくれないかな」

 

「フォウ」

 

「ええ……マーリンと同じ扱いはいやだ」

 

「フォウフォウ」

 

「うん、ごめんね。先にそう言うべきだった」

 

「フォウ」

 

「ん、ありがと。許してくれて」

 

「フォウ?」

 

「呼ばれちゃった、からかな。原因はともかく、理由はそれだけ」

 

「…キュ?」

 

「そんな素朴に馬鹿なの? って言わないで……」

 

 

「驚いた。フォウくんと完璧に意思疎通できるなんて」

 

 

 純粋に、興味深そうな声が小さな生き物と彼女にかけられた。

 先ほどの扉に対する衝撃音を聞きつけて部屋から出てきたロマニが彼女と小動物を覗き込む。道端の犬や猫に話しかける人間のように猫撫で声だったり無遠慮だったりもしない、しかし気さくな雰囲気はまるで年頃の少女のようだ。

 そう、マスターである藤丸立香と同じくらいの、本来はなんの責任も力も持つ必要のない、そういう存在じみていた。謎の生き物に話しかけている姿が、というのがなんだか妙に間が抜けて丁度の良さを助長する。

 

「すみません、仕事の邪魔をしましたね」

 

「いや、それはいいんだけど。さっきの衝撃音は?」

 

「“彼”にじゃれつかれまして」

 

「フォ、キュー……キャ?」

 

 “彼”ことフォウくんはとん、とん、とリズミカルに彼女の頭部、背中、肩に飛び乗り、ふうと一息ついた。どこにいても囃し立てられそうな愛くるしさだったが、ここに居る人型はみな図太さの方を感じ取って「かわいいなあ」と一概に感想を持てないようだった。

 

「フォウくん、と呼ばれているんですね」

 

「ん? ああ、そうだよ」

 

 彼女の言葉にロマニが頷き、肩に乗る小さな生き物を見る。最近まで殆ど人に近付かなかったが、中央管制室の爆破によって殆どの人員がコールドスリープに入ってからは、シンとしたカルデアで暇を持て余すように人前に出てくるようになった生き物だ。とは言っても、マシュかリツカの近くにばかり居るので、生き残った職員やサーヴァントやらとはあまり交流もないのだが。

 

「それにしても今来たばかりでよく懐いてるなあ。マシュと立香くんに次ぐ、三人目のお世話係になれるかもね」

 

「そうだといいですねえ」

 

 うすら、と笑った彼女は「行こうか、フォウくん」と言った後ロマニに小さく頭を下げ、迷いなく広く長い廊下を歩き続けて消えて行った。

 暫く見えなくなった背中を追い続け、廊下に一人取り残されたロマニはぽつり、と呟いた。

 

「藤丸立香、か……」

 

 今や人類の内マスターとしては唯一霊子ダイブが可能な適正者である、生き残ってしまった男の子の名前。それだけ呟いて、ロマニはもそもそ、寂しそうに部屋に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そもそも、これは生きるための戦い。人類の善性であるとか、悪性であるとかを必死に語ったところ、それが如何ほどに上手く出来ていようと、怨嗟が籠っていようと、熱意があろうと、感傷を呼び起こすだけで無意味に等しい」

 

「フォウ」

 

「ああ……確かに。キミが容易に人前に出てこられるようになったのも、施設の殆どの人間が眠ってしまったからだったね」

 

「キュ、キャーウ……フォ」

 

「ん。その点教授は“有能”だったね。協会からの人員は退場、貴族(ロード)たちの足の引っ張り合いもない。加えて上位階層の権限持ちはドクターだけになった。残った下位階層の職員はドクターが常時状態を把握しきれる人数だ。緊急時の即応性を飛躍的に上げたどころか組織は魔術師絡みの研究所(工房)とは思えないほど健全化した。人類史で過去にも未来にも例のない最悪のこの状況で、作戦の要になる未訓練の唯一の適合者、サポーター共にストレスの低さは異常と言ってもいい」

 

「フォウ、フォウ」

 

「ああ、いや。ストレスが無い、と言ってるわけじゃないよ。常人が経験し得ない惨劇の中心になった人たちには憐憫を禁じ得ない。生きようと必死な姿や忍耐力には称賛と同時に美しさも覚える」

 

「……フォウ」

 

「二度目だよ、フォウくん……私はどっかのろくでなし染みてるんじゃなくて人間が好きなだけで」

 

「フ」

 

「うわあい憐みの視線だ!」

 

「フォフォウ」

 

「うん。だからこそ。生きるための戦いに、利権は生じない。強いて言うなら生存権を得ることが現状の利益だ。施設内にストレスを与える強者が居ない環境も、衣食住に困らない状況も、唯一の適合者というだけで生贄に近い立場の少年の屈託のなさも、穢れない尊さを持った少女の懸命さも、何もかもが一握りの人類を胴欲の惨たらしさから遠ざける。キミが大きくならないワケだ」

 

「フォーウ」

 

「うん? だからと言って不審窮まりない侵入者の私を許すかどうかは別だって?」

 

「キゥ、フォ」

 

「なにおう、私が集団生活で踊りのペストでももたらしそうだっていうの?」

 

「フォウフォウ」

 

「笑いごとじゃないよ、踊り狂って発症した数百人は殆ど死んじゃったんだからね……っと、着いちゃったな。散歩とお喋りに付き合ってくれてありがとう」

 

「フォウ?」

 

「どっちもそれなりに自然体だよ。同僚と上司に対する態度の違いみたいなもので。……そう考えると同僚の類に碌なの居ないなあ」

 

「フォウ!」

 

「いや、フォウくんを揶揄してるわけじゃないよ。ただ、考えてもみて。私のもうひとつの同僚といったら。規格外(EX)遠見持ち(千里眼)が一体どんなだったか」

 

「……フォウ」

 

「あはは。――ん、ああ、いいよ。この先は付き合ってくれなくて。感傷に浸りたい気分なんだ」

 

「フォフォウ」

 

「忠告ありがと。そうだね、そういう所を覗いてしかも話題を口に出してくるのがろくでなしの厚顔さだから。無視するに限る」

 

「フォウ」

 

「もう夢を見ることもないしね。ぺしゃんこにする機会を失ったってことでもあるけど」

 

「フォーウ、フォウフォウ」

 

「じゃあお言葉に甘えて。次会った時は私の分まで渾身の一撃を加えておいてね」

 

「フォウ!」

 




マーリンシスベシフォーウ!
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