人類愛のほか   作:中島何某

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触媒

「最近どうなってるんだ……? なんだ。俺、死ぬのか? それともこれは爆死の末に見た妄想なのか?」

 

「せ、先輩が召喚から帰ってきたと思ったら錯乱している!? ど、どうしたんですか先輩」

 

 食堂にふらり、と覚束ない足取りで現れた少年に、今しがた食事を終えた少女は慌てて近寄った。すると夢でも見ているような、薬でも打っているような怪しい物言いで少年・リツカは話しはじめ、少女・マシュは驚きに背を反らした。

 

「マシュ……最近、豪華なサーヴァントがわんさか来て、さっきの召喚で特異点で会ったサーヴァント全員揃ったことに気付いたんだよ……」

 

「えっ。じゃあこの数日で数十騎以上お迎えしたんですか!? それは確かに驚異的です。何か変わったことはありませんでしたか?」

 

 彼と縁があり、召喚に応じてくれそうなサーヴァントはドクターがデータとして纏めてくれている。量子ダイブの他にマスター適合のあるマシュやリツカには己が最も見やすい状態でカルデアに召喚したサーヴァントのデータを視認できるが、召喚していないサーヴァントの詳細な情報は確認できない。そのためデータとして作られたものをしばしば査収することも多い。

 彼が特異点で出会ったサーヴァントは数十に及ぶ。縁や稀有な条件によって呼び寄せられる確率の低いサーヴァントもまた存在し、中には宝具やスキルが強力な者も多い。先日までは会ったことのあるサーヴァントを全員カルデアに召喚するなど、夢のような話であったはずなのだ。

 

「うーん」

 

「では、逆に習慣化したことなどは?」

 

「んー……あっ、習慣ってほどでもないんだけど。スーさん召喚してからは召喚の時にいつも一緒に来てもらってるかな。その場でいつも解説してもらうんだ。でも別に召喚前になにかしてる様子もないしなあ」

 

 スー、と名乗ったサーヴァントは、近い未来、現代の生まれらしく、英霊たちの情報を現代の媒体を参照して諳んじることが出来た。また、その場で諳んじるにしても目の前のサーヴァントの機嫌を損ねない説明をどこか飄々としてみせ、歴史の裏に隠れた英霊の性別の違いにも驚きを見せずにいた。

 

「なるほど。では一度スーさんに聞いてみては如何でしょう。もしかしたら何か知っているかもしれません」

 

「確かに、現代の英霊なくらいだし、聖杯戦争とかサーヴァントの召喚に詳しいとか、なんかあるのかも。聞いてみよう!」

 

「はい。お供します、先輩」

 

 ありがとう、とマシュに返事をしたリツカは食堂をきょろりと見渡し、ある人物を見つけてそっと駆け寄った。少女もその背に従う。

 

「エミヤ!」

 

「なにかね、マスター。キミはもう食事を済ませたと思ったが」

 

「メンチカツ美味しかったよ! ……じゃなくて! スーさんってどのタイミングでご飯食べに来てるかとか分かる?」

 

 運よく休憩中のオペレーターなど、中央管制室から遠い場所に居た者は生き残ったが、研究所(工房)の技術職員が多数を占めるカルデアでライフラインを保護する者はあまり多くない。そこで食事事情などの家事に手を貸しているアーチャー・エミヤ捕まえ、リツカは尋ねた。すると彼は水回りの仕事を一度止め、ふむ、と相槌を打った。

 

「そのスーさんとやらは最近召喚されたサーヴァントかね? 私はまだ出陣も共にしていない上、少なくとも該当しそうな人物は食堂で見かけていないぞ」

 

「えっ、ご飯食べに来てないの!?」

 

「先輩、食堂の存在はお教えしたんですか?」

 

「教えた教えた! エミヤのご飯めっちゃ美味しいって言った!」

 

「嬉しいことを言ってくれるな。しかし、霊体化して近くに居るわけでもないようだ。一度そのサーヴァントに割り当てた部屋にでも行ってみたらどうかね」

 

 エミヤにそう言われ、リツカは「うーん。そうしてみる」と返した。それから「あ、そういえば」と続ける。

 

「今日の夕ご飯ってなに?」

 

「キミの好きな唐揚げを作ろうかと考えていたところだ。待ちきれないからと言って間食はしないようにな、マスター」

 

「そんないやしんぼじゃないやい! スーさんのことご飯に誘うおうと思って!」

 

「ナイスアイディアです、先輩。食事は懇談の場にもなります、是非そうしましょう」

 

 名案だ、とばかりに朗らかに笑う二人組をみて肩の力が抜けたエミヤは再び水回りに手を付け、礼を言って去っていく少年少女たちを見送った。その背に70億人の命が背負われていることを、70億のために1が走っていることを、少しだけ考えながら。

 

 

 

「スーさん、居るー?」

 

「はい。如何しました、マスター、マシュ」

 

 こんこんこん、とノックの後、すぐに部屋の中から返事が返ってきて扉が開く。リツカのマイルームと同様に生活感のない部屋から出てきた女性は訪ねてきた二人をにっこり出迎えた。ただそこに佇む彼女は、どこかのマンションの扉を開ければ出てきそうな、日常に潜むことが出来るなりをしていた。

 

「今日ジャンヌとか、金ぴかな王様とか、冬木で会ったセイバーの本来の姿とか呼んだじゃん」

 

「ええ、ジャンヌ・ダルクもギルガメッシュもアルトリア・ペンドラゴンもみな卓越したサーヴァントです。マスターのお役に立つことでしょう。特にジャンヌ・ダルクは防御に秀でていますから、一度マシュと同時に運用してみることをお勧めします」

 

「えっ、あ、うん。今度一緒にクエストに行ってみる」

 

「はい。それで、御用件は」

 

 先輩の先輩みたいだ、とマシュはひっそり思った。セイヴァーのクラスである彼女が威圧している訳でも、マシュのマスターである彼が萎縮しているワケでもない。上下関係でいえば彼女が彼を敬っている。それなのにどうしてか、とマシュは自身の思考回路にリツカの後ろで首を傾げる。

 

「そうだった。こんなに新しいサーヴァントが来るなんて珍しいし、来るにしては珍しいサーヴァントばかりがスーさんが来てから召喚されるし、なんでかなって。なにか思い当たる理由ってある?」

 

 ぱちり、と彼女は少し驚いたように瞬きをした。それから納得したように、ああ、と呟く。

 

「確かにそれは、私の所為でしょう」

 

「すごい! 実は召喚前に何か特別なこととかしてたの?」

 

「いいえ、マスター」

 

 ゆるり、と首を振って、彼女は遠くを見るような、現から遠ざかるような、空ろじみた表情を浮かべた。けれどもはっきりと、強い否定が全身を帯びていた。矛盾の塊のような英霊であると、リツカは来て間もない彼女についてよく思う。掴み所がないわけではない。ただ、その一身で表裏を体現する生き物のように考えるのだ。

 

「私のスキルを覚えていますか? 過去、あるいは未来から霊体を喚起する魔術です」

 

「えー、と……?」

 

 リツカは背後を振り返って、困った顔でマシュを見た。マシュは一拍マスターの答えを待ったが、次に自身の知る知識を口にした。

 

「スキル、召喚術です。スーさんのランクはB++と記憶しています」

 

「ええ、よく勉強していますね。マスターには後日サーヴァントに関するテストを作ってさしあげますので、以前お渡ししたノートを見て勉強しておいてください」

 

「あう」

 

「さて、ランクに+表記がついた場合は瞬間的に数値を倍化出来る事を表す、と以前お話ししましたね?」

 

 しょぼくれた顔がぱっと輝き、頷く。

 

「うん、前にダ・ヴィンチちゃんにも教えて貰ったんだ。+は2倍、++は3倍だっけ」

 

「はい、その通りです。+を持つ者は少なく、++は破格、+++は別格です。つまり。私は召喚、こと英霊召喚に関して、非常に特化しています。経歴を詳しくお話しすることを今はまだ避けますが、“私”が触媒になったと言っても過言ではありません」

 

「えっ……涼しい顔で語ってるけど、それって凄いことなのでは……?」

 

 混乱して頭を抱える少年にマシュはこくこく頷きながらかける言葉を探している。

 

「実際の聖杯戦争では役に立たないものです。方向性を指定できません」

 

 通常の聖杯戦争では七騎のサーヴァントが召喚される。サーヴァントを召喚する、という大魔術は大聖杯の魔力によって行われ、大聖杯の魔力量は七騎の召喚で限界である。召喚された英霊が、絶対命令権である令呪を手にし、残ったクラス枠を利用せねばならず、或いはマスターが生きているならば協会と折り合いの悪い教会の預託令呪を持つ監督役に隠蔽し、しかも召喚されるのは作家や芸術系の戦闘で役に立てないキャスターであるかもしれない、と様々な制限を持つ。

 そもそも、幾ら呼び出したところ二騎以上ものサーヴァントをいち魔術師が維持できなければ意味がない。例えばセイヴァーがインドの英雄カルナなどを呼んでしまえば、常時展開している鎧や特に燃費の悪い魔力放出のため味方の魔術師の方が根を上げることになるだろう。

 

「あの、現代の方だと伺ったので、当たり前かもしれませんが。スーさんは生前魔術師だったのですね」

 

 マシュの言うことは、つまりサーヴァントを召喚出来るのは人間の魔術師だけ、というルールを述べたものだ。2004年に地方都市に顕現した連中が聞けば苦笑しそうな話ではあるが、確かに的を得ている。

 カルデアに現在召喚されている現代の英霊はセイヴァーの彼女を除けばアーチャー・エミヤだけで、魔術師というよりは戦場で生きた人間の側面を切り取った存在なのだ。混乱するのも頷ける要素である。

 

「聖杯戦争荒らしだったとか……? それでいっぱい英霊を召喚してきたとか」

 

「聖杯戦争とは、ある災害を退けるための星の魔術を扱いやすくしたものです。格落ちとはいえ神域の天才の所業。聖杯なる魔術礼装はサーヴァントの召喚という大魔術のために一度儀式に失敗すると数十年の時間をかけ霊脈からマナを吸い上げる必要があります。言いたいことは分かりますね? マスター」

 

「つ、つまり魔術師たちは普段からそんなにドンパチやってない」

 

「そういうことです。頻繁に行うと隠蔽に手が回らなくなり根源を求める方法である神秘が近い将来常識に落ちる可能性もあります。『聖杯戦争荒らし』などという野蛮な単語を聞いたら、殊に造詣の深いアーチャー・エミヤも悲鳴をあげますよ」

 

「ひょえ」

 

 物凄く呆れた表情と長いお説教が脳内再生されて息を詰める。

 

「と、ともかく! スーさんと居るとサーヴァントを召喚しやすいってことでFA!?」

 

 仕切り直しとばかりに叫んだ少年に彼女は頷いた。

 

「はい。現在に起きた未曾有の災害と、フェイトシステムの曖昧さとぞんざいさ故に、ですが。私が呼び出されるのはこの人類の危機だけなんですよ、実は」

 

 少年は、聞くと何の衒いもなく言った。

 

「じゃあ俺だけのサーヴァントってこと?」

 

 セイヴァーは、的を得てしまったその問いを聞いた瞬間。息が止まるかと思った。

 

「はい、マスター。アナタだけを、お守りします」

 

 リツカの言葉に、なんだかやけに眩しそうな、そういう顔で彼女は頷いた。

 

「『マスターだけのサーヴァント』はマシュの本領だと思ったのですが。正妻を前にすると私は『二号さん』ということですね?」

 

「えっ、なっ、なっ…!?」

 

「にににごうしゃん!?」

 

 二人が一気に色めき立ち、顔を真っ赤にして騒ぎ出す。彼女は楽しそうに笑い、続く喧騒に身を委ねた。人類最後の、そうしてマスター適正は破格の、どの英霊さえも認めざるを得なくなるような少年。高潔な英霊に斟酌を貰い受けた人生を、誰かのために捧げられる稀有な美しい心を持った少女。

 その清潔な人たちの営みを見つめて、ほがらかに笑いながら、愛おしみながら、人類の存続を願いながら、思った。とても強く。身が引き裂かれるほどに。

 

「――呼ばれなければよかったのに」

 

「スーさん?」

 

「いいえ、マスター。なんでもありません。本当に、なんでも」

 

 何かを飲み込んだ微笑みを浮かべた表情、その瞳には、熾烈な怒りが浮かんでいた。リツカは、セイヴァーが、どうか気付かないで、と。なんとなく、そう言ったように思えた。

 

 

「そうだ、そういえば今日唐揚げだって! 一緒にどうかな? エミヤのご飯ほんとに美味しいから一回食べてみて!」

 

「エミヤさんは日本食がお上手なんですよ!」

 

「そうなのですか? では、僭越ながらお相伴に預からせて頂きます」

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