人類愛のほか   作:中島何某

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「よう、何ぼうっとしてんだ」

 声を掛けられて、振り向く。聞き覚えのある声の持ち主は、記憶通り確かにその人だった。

「キャスター」

 キャスター・クー・フーリン。ドルイドの姿で顕現した、槍を持たぬ光の御子。若い頃と比べるとやや気怠そうな男だ。
 彼の足元には見たこともない白い犬がはべっており、物珍しくてしゃがんで手を伸ばす。うん、フォウくんだけじゃなく、マスコットはどれだけいてもいいよね。マスコットって言うにはこのワンコかなりイケメンな面構えだけど。

「おいおい、大人しい奴らじゃねえんだからそう気安く手を伸ばすなよ。ま、あれ以来感情の起伏が無くなった嬢ちゃんにしちゃ、いい傾向だがな」

「……ん?」

 キャスターに掛けられた言葉のワンフレーズに、混乱で思考が止まる。

「なんだ、今日は随分百面相だな。また俺のマスターに戻る気にでもなったか?」

 話についていけない。呆然としながら、なんだが違和感のある胸元に手を伸ばす。
 ――むにゅっ。

「!?!?!?!」

「おっ、おい、本当にどうしちまったんだよ。落ち着け、リツカ!」



 俺、女の子になってるー!?




「――ハッ」


 ベッドからガバリと起き上がり、早急に胸元に手を伸ばす。
 ぺたり。
 うん、固い。まっ平だ。あとついてる。

「よかった、夢か……」

 一息ついてベッドから起き上がる。ベッドについている時計を確認するといつもの起床時間より数十分早い程度だった。

「それにしても、あのキャスターのクー・フーリン。なんかめっちゃ強そうだったな」


千里眼持ち

 

 

 

 女が一人佇む薄暗い部屋に、こつり、と足音がする。振り向けば男が一人立っていた。

 

「ふん。誰かと思えば抑止の化身ではないか」

 

「英雄王」

 

 セイヴァー・スーに声を掛けたのは、アーチャー・ギルガメッシュだった。数日前に召喚されたばかりの彼は、同じく召喚されたばかりのセイバー・アルトリア・ペンドラゴンと召喚直後に一悶着起こし、いつかの戦争の記憶を有すことをマスターの前で証明した。座に有する記録がなくとも、彼はそもそも「 すべてを為し得るが故にすべてを知り得る(遠見持ち)」であるから、それは無意味な証明に等しい。しかし彼女はマスターへのサーヴァントの紹介の際、そこにはとんと触れずに色濃い体験が既に死した英雄にすら残ると、成果のみを掬いだして伝えた。

 素知らぬ顔で彼の王の意向に沿った行動をとったことに、恐らく当事者以外その場で誰も気付かなかったであろう。それからこの二人は戦闘に一度同席しただけで一言の関わりもなかった。

 

「今はセイヴァーと」

 

「貴様もまた口を噤むか。ハッ、まあよい。俺も此度の戦いにそう乗り気でない。勝手にするがよい」

 

 彼女は声もなく、ふ、と軽薄に微笑んだ。その相貌にこめられた感情は、施設を好きに闊歩する小さな獣に向けていたものに近い――が、もっと親密、それでいて距離がある。いや、親密と言うよりかは。 あけすけ(、、、、)。仕事仲間に向けるようなソレであった。

 その性根を知り得た上での信用ではなく、技量を識っての信頼。友人でも仲間でもない距離の近さがあった。

 

「貴様が生きていれば今の人間にしては次第点をくれてやったところだがな。英霊となった今その醜さは破滅した骸のもがきにも等しい」

 

「地獄の中で踊り狂うのが生前からの習慣でね。英霊に成った時に舞い込んだ地獄の数々を思い出せば、なに、いっそこれは逸楽と呼べるよ」

 

「ふ、よい気概だ。その気骨、通常の聖杯戦争であれば我自ら殺してやっていたところよ」

 

「破格の査定、どうもありがとう」

 

  属性(宝具殺し)とサーヴァントとしては英霊殺しなスペックの搭載した器を優雅に微笑ませ、一歩も怯えぬ女に、元から分かっていたとばかりに小馬鹿にする笑いをこぼした男は、す、と彼女から視線を外して部屋を見渡した。

 

「我もこのような場所はよく知っているがな。電力源にでもなっているのか?」

 

「先代の所長であればそうしたかもしれないけど、今の最高責任者は医者だからね」

 

「医者……ああ、あの魔術師か」

 

 見渡す限り、ケースが並んでいる。長さ200cmほどのそれが、ずらり、と。コードに繋がれたそれらは特殊ガラスで覆われ、中を窺い知ることが出来る。

 ひょこ、と彼女はその内一つを迷いなく覗き込み、無感動に眺める。じい、と。視線が合うわけでもないのに。いや、視線が合わないからこそ、彼女がソレを覗きこめるのだ。

 

「アヤツもアヤツで何をしているのかと呆れるが、貴様もこのような部屋に来て、感傷にでも浸ろうというのか」

 

「今はまだ感傷に浸らなければいけないの。守護英霊召喚システム・フェイトのぞんざいさの所為で脆弱な霊基を安定させる儀式みたいなものよ」

 

「己が(かたち)を把握しながら、歪みを残したまま一人で幕間を成してみせると? そう言うか、慈善家(セイヴァー)

 

「他者の為にある姿こそが己の欲を満たす。それが愉悦だと言うのならば、そういうこともあるでしょう」

 

 もはやお互いに説明をするまでもない。彼らの間に置かれた愉悦とは、己の生きざま、魂の形にぴたりと合う欲が満たされた姿である。他者からどれだけ高尚な人間に見られようと、人の形から欲が離れることはない。清高な行動こそが欲の化生である可能性を、誰が否定できようか。

 じっとガラスの先を見つめたまま動かない彼女に、彼はく、と喉の奥で笑いを砕いた。

 

「言うではないか。ならば英雄でもない、戦士でも怪物でもない、青き血でもない英霊の貴様にとって何が愉悦か、とく見せてみるがよい」

 

 高らかな笑いと共に去っていく英雄王の背中を見ながら、彼女は何をしに来たんだ、と思いつつも、 いつか(、、、)に似ているから眺めに来たのかもしれないなと見当をつけた。それから目の前のガラスから身を起こし幾つも連なるケースを見遣る。もう駄目そうなもの、正確な措置をとればなんとかはなりそうなもの、原型をとどめていないもの、どれ一つ残らず詰め込まれている。まるであの臆病な少女の、男の、精神をそのまま映すような景色だ。

 ひとつひとつ、眺めていく。

 ケースの中身は全て人間だ。

 コールドスリープされた魔術師たち。局員たち。

 この一年役に立つことのない、役に立たないどころか逆に目覚めただけで安定しだした現状の権力状況に分散を生み戦略に支障が出そうなそれら。

 彼女は最初に見詰めていたガラスケースの前で再び立ち止まり、ガラスに繊細そうに指を乗せた。

 

 眠る彼女はよくセイヴァーに似ていた。似すぎていた。言い逃れは出来ないほどに。息を飲むほどに。

 

 しかし、本当にそうだろうか。

 果たして同一だろうか。

 ガラスの向こうの橙色の髪の少女が目覚めたとき、いったいぜったいほんとうに、おんなじ生き物なのか。

 こんなに矮小な(、、、)生き物が、英霊などに、救世主(セイヴァー)などになれるものか?

 救世主、と言えば。こんな娘よりかは、もはやあの少年をそう成さなければ。彼の成長と、幸運と、仲間との信頼を辿って。

 

「藤丸立香、か」

 

 こぼれた声は、複雑に愉快と孤独が混じり合っていた。彼女は感情の乱れなく、それでも少しだけ笑って薄暗い部屋を後にした。

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