悲鳴が
部屋というより空間と呼ぶほうが相応しい、四方をコンクリートの壁に覆われただけの部屋――明かりは天井の蛍光灯のみ/窓もなし=閉塞感満載。
そんなさして広くはない空間で、複数のスーツ男が1人のスーツ男を寄ってたかって蹴り回す――ボロ雑巾にされ転がされる男の血で汚れる床=まるで抽象絵画。
そして――それを壁際のパイプ椅子で足を組み眺める劉=黒髪×ストレート/黒い狐目/顔の下半分を覆う黒マスク/
部下たちが行う裏切り者への
確かにそうだ。
組んでいた足を解く/立ち上がり――ボロ雑巾のもとへ。
苦しげに呻いていた男は自分を痛めつける足がなくなったと気付くと、ここぞとばかりに這い寄ってきた――その様は鳥に啄ばまれた瀕死の芋虫のようで。
「……ゆ、許してくれ! もう……も、あんなこたぁしない! 約束する! だから――」
「だから?」
無造作にその前髪を掴む/引き上げる――命乞いを強制終了。
鼻先が触れそうなほどの距離――――恐怖と苦痛に醜く歪んだ男の顔を、黒檀の双眸が射抜く。
「お前は、車の部品がダメになっても使い続けんのか?」
無言で震えることしかできない男=芋虫から蛇に睨まれたカエルへ。
マスク越しの声――驚くほど淡々と/そして鋭く。
「ダメになった
男が「ヒッ」と顔を引きつらせる。
そのまま何事かを発する時間さえ与えず――素早くグロックを引き抜く/銃口を口内にねじ込む/呼吸をするかのごとき自然さで引き金を絞る。
パン、と渇いた音――飛び散った血の霧がマスクやワイシャツを濡らし、硝煙が髪を撫でた。
掴んでいた前髪を離す――力なく崩れ落ちる男=9mmパラべラム弾が脳幹を貫通/即死。
恐怖に引きつった顔=汚い死に様――見慣れているはずのそれに今更な嫌悪を覚えてしまうのは、きっと
「出かける」グロックの銃口をハンカチで拭ってホルスターへ収納――その後唯一の出入り口=鉄製の扉へ/手をかけ/開ける。「後は適当に片しといてくれ」
それだけ言って、コンクリートの部屋を後にした。
窓ひとつない地下から階段を上り地上の廊下へ――すれ違う下っ端=模範的なお辞儀――軽く手を振って応えながら迷いなく歩く。
早いとこシャワーを浴びたい。硝煙と血の臭いを纏わせたまま外出するのはさすがに躊躇われる。
何度か角を曲がったのち――目当ての扉=
部屋の共有――“有事に備えて護衛を部屋に置いておく”と言えば聞こえはいいが、劉からすれば“好きなときに好きに使える狗を住まわせるのは飼い主として当然”という傲慢さに付き合わされているに過ぎず/とはいえそれで何か不便があるというわけでもないので部屋を分けろと抗議する程でもなく――お互いのプライバシーがダダ漏れの部屋で生活するのは
扉を2回ノック/声かけ。「入るぞ」
返事――なし。了承の意を示す沈黙であると解釈し無遠慮に入室。
幹部のものだけあってそれなりに広い個室――やたらどっしりしたデスクにて、窓を背に新聞を広げる部屋の主=
無造作に伸ばされた癖毛/常に油断なく鋭い隻眼/強面×髭/ダブルスーツ――体格自体は並であるにも関わらず威圧感と存在感を年中無休で放出=さながら木の上に陣取り見下す黒豹の風情。
「終わった」簡潔に報告。
「早いな」
ずっしりと響く
「アンタじゃあるまいし、眺めるだけだと飽きちまうんでね」
ジャケットを脱いで肩に引っかけバスルームへ。
「汚れちまった。シャワー借りるぞ。そんで、ちょいと今から外に出る。悪いが雑用はしばらく他の奴に頼んでくれ」
脱衣場でジャケット+ベスト+スラックス/ワイシャツ+下着をそれぞれ別々のカゴへ投擲――マスクはゴミ箱へ。
タオルを掴んでバスルームへ――タオルをバスタブの縁に引っかける/シャワーのバルブを捻る。
同時に、扉越しに
「何をしに行く」
「私用だ」
「どこに」
「どこだっていいだろ」
質問攻めを適当にあしらいながら顔を洗う――やたらに行動を把握したがるきらいがあるのは、飼い主として以前にひとりの男として執着しているからだろうか――
「お前が
重厚さを増した低い声――扉越しに注がれる背後からの視線が銃口に変わったかのような緊張感。
後処理に関しては人一倍敏感な男の、身内が関わった物事に対する徹底された用心=独自の事後調査――まさに
思わず黙りそうになる――
「どこの狗かまでは言っていない」
言葉に含まれた意図を汲んだ
「警察との接触それ自体が問題だ」
正論=一緒にホローポイント弾も撃ち込まれるんじゃないかと思えるほどの重圧を伴って。
別に意図して一緒にいたわけではない/お互いあれよあれよという間に巻き込まれただけで/結局逃げられなかったが逃げる隙なんていつでも伺ってたし――脳裏に並ぶ言い訳=全却下=どうせ言い訳したところで聞いちゃくれない――何よりあの泣き虫刑事に失礼な気がしてしまって。
「向こうの個人情報は押さえてある。そのことは向こうも知っている」
言い訳の代打=咄嗟の言いくるめ――その気があるかどうかはともかく、少なくとも嘘ではない。
「だから、奴は何もしないと?」
「ああ、しないね。アレはそんなタマじゃあない。断言できる」
シャワーを止めてバスルームの扉を開帳=ずぶ濡れ&素っ裸のまんま対峙。
「それともなんだ」地下で裏切り者を撃ったときと同じくらいの至近距離まで詰め寄る。「俺の鼻が信用できなくなったか?」
沈黙――本当に刺さりそうなほど鋭い黒豹の視線――喋りすぎて焦りが露呈したのではと不安になったところで、ふいと顔を逸らされた。
「……行ってこい。ただし手短かに済ませろ」
唸るような、不満を隠そうともしない声音――逆らったら食い殺すと言わんばかり=不機嫌になるといつもこう。
「はいよ。たかが狗1匹にアンタも心配性だな」
安堵を隠すために軽口を叩いた。
「……ふん」
再びシャワーにうたれながら、たかだか怪我人の見舞いに何故心労を負わないといけないのかと、思わずため息をついてしまった。