諸星きらりの子守唄   作:maron5650

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0.死んだ世界、生きてるふたり

世界を1つ、消すとして。

必要なものは、なんだろうか。

 

何もかも破壊する爆弾。

人を操れるだけの話術。

それらを実行するための権力や金。

 

これらは全て、過ぎたるものだ。

 

簡単な話だ。

人が持つ、世界を感じる器官。

それを全て、潰せばいい。

 

目を潰せば世界の色が。

耳を潰せば世界の音が。

全て潰せば世界の全てが。

 

綺麗さっぱり、消えていく。

 

 

 

思えばあの時から、既に始まっていたのだろう。

全国規模で、身体の不調を訴える者が急増したのは、今から3年ほど前のことだった。

症状はまちまちで、耳が聴こえづらい、視界がぼやける、においを感じない、などなど。

その時は皆、風邪かな、怖いね、なんて。

年の終わりにインフルエンザが流行るように。

手洗いうがいをしっかりしよう、くらいにしか考えていなかった。

 

それの異常性が確認されるのは、それからすぐのことだった。

視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚。

要するに、五感のどれか。

どれか1つが、失われたのだ。

風邪の影響で感覚が鈍っているだけではないのか。

そんな楽観は、簡単に潰された。

一通りの身体検査を行った結果。

「明らかに感覚が消えている」。

「これは感覚が消える病気だ」。

大層な肩書を背負った偉そうな白衣が、画面の向こうでしきりに叫んだ。

 

感覚が消える病気。

そんなもの、聞いたことがない。

聞いたことがないのなら、それは新種というわけで。

頭のいい白衣達は、一斉に研究を始めた。

なにせ感覚が消えるのだ。

それも、全国規模で一斉に発症。

最悪のケースを、誰もが考えた。

 

そして、それはそのまま現実となった。

研究に研究を重ねたものに研究を塗りたくった結果。

感染経路も不明。

治療法も、予防法も不明。

そもそも病原体が物理的に体内に存在しているのかすら不明。

分かったのは、症状が進行するとどうなるのか、ということだけだった。

 

まず、五感のうちのどれか1つに異常が生じる。

五感のどれに、どれだけの異常が生じるのかは完全にランダムだ。

触覚なら温度が分からなくなるだけかもしれないし、視覚ならいきなり世界が真っ暗になるかもしれない。

だが、この違いは些細なもので。

異常が生じた感覚は、いずれ完全に消えてしまう。

そして、感覚が1つ、綺麗さっぱり消えたなら。

今度は、2つ目が始まるのだ。

そうやって、1つずつ。

5人でロシアンルーレットをしていくように、感覚が消えていき。

そして最後の感覚すらも消えた時。

 

それでも、死ぬことはない。

 

何も見えず。

何も聴こえず。

何のにおいもせず。

何の味もせず。

何に触れているか分からない。

そんな中、意識だけが生き続ける。

 

意識だけで、生き続ける。

 

正常でいられるわけがない。

狂わないわけがない。

壊れないわけがない。

言葉にすらなっていない何かを叫び。

暴れまわり。

それによって自分が傷付いている事にも気付かずに。

そんな姿を、誰も見たくなかった。

そんな姿を、誰も見せたくなかった。

 

双方の同意の下であるのを前提として。

末期患者を殺すことが合法化されるのに、そんなに時間はかからなかった。

 

医療機関による薬物投与などではない。

そんなことをしていられるほど、患者の数は少なくない。

人が、人を殺すのだ。

縄を。刃物を。水を。自らの手を用いて。

よく見知った人物の、息の根を止めるのだ。

 

感染はどこまでも広がっていった。

全国規模から、世界規模へ。

それは既に、国の存亡どころではなく。

人類という種そのものの存続に関わる問題にまで発展していた。

世界中で狂ったようにシェルターが作られ、残った非感染者をそこに押し込めた。

数年は生きられるだけの設備や資源と共に。

 

それが正解だったのかは分からない。

この奇病にとって、シェルターが全くの無意味である可能性は十分にあった。

だが、これしか手が無かった。

何もかも不明な奇病から逃れる、最も効果的に見える方法は。

外界と完全に隔離された世界に閉じこもることだった。

 

唯一、確かなことがあるとすれば。

私ときらりは、シェルターの中で生き続けることができたということだ。

シェルター内の物資が、全て尽きてしまうほどに。

 

 

 

 

「……どうしよっか。」

 

からっぽの倉庫を見渡し、私はきらりに問いかけた。

 

「どうしよぉ……。」

 

帰ってくるのは、困りきった声。

 

「お偉いさんも、こうなった時のことくらい考えといてよね。まったく。」

 

捨てるものすら無くなった空間に愚痴を吐き捨てる。

まあ、そんなことを悠長に考えていられたほどの余裕が、あるはずが無いんだけどさ。

 

さて。

食料が尽きてしまった以上、ここに留まってはいられない。

ここにはもう、死しか待っていない。

となれば、残る選択肢は1つ。

留まらないなら、外に出る。

人類が絶滅しかけるほどの奇病が蔓延している、外の世界に。

 

「……残って死ぬか、出て死ぬか。」

 

少しでも生きる可能性があるのは、ここから出る方。

外ならまだ、いくつかの保存食くらいは残ってるかもしれないし。

3年も経ったんだ、奇病が自然消滅なんてしちゃってたり。

……なんて、楽観的思考をしなきゃやってられないくらい、行きたくないけど。

 

「……出る?」

 

ぽつりと、きらりが聞く。

その表情を見て。

ああ。きらりが死ぬのは、見たくないなぁ。って。

そう、思ってしまったから。

 

「……出よっか。」

 

私は出口に歩み寄る。

これでもかというくらい頑丈に閉ざされた、重苦しい扉。

その前に立ち、目をつむる。

そして、深呼吸を1つ。

覚悟を決めて、その開閉レバーに手を掛け……

 

「……高っ!」

 

られない。

ぴょんぴょんと飛び跳ねながら腕を伸ばすが、レバーは爪にかすりすらしない。

おい待てなんだこれは、責任者出てこい。

杏1人で入ってたらどうなってたと思ってるんだ。

 

「きらり、ヘルプ。」

 

そう言って、彼女へと振り向く。

きらりは恐る恐る、出口の前へと歩み寄る。

そして、右手をレバーに添え、ゆっくりと下に……

 

「…………っ、」

 

左手を握りしめ、俯いたまま。

きらりは、動かない。

ここに居たから、生きることができた。

その裏を返せば。

開ければ、死ぬかもしれない。

外気に晒された瞬間、奇病は私達に一斉に牙を剥き。

互いを感じる5つの感覚が、1つずつ消えていき。

何もかもが無くなって、それでも死ぬことはなく。

飢えて死ぬまで、生き続けるかもしれない。

 

怖くて当たり前だ。

怯えて当然のことだ。

だから私は、固く握った手に触れる。

 

「開けよう。……2人で、一緒に。」

 

一瞬、驚いたように目を見開き。

 

「……うん。」

 

気丈に振る舞うのでもなく、無理をしているわけでもない。

きらりの自然な柔らかい笑顔を見るのは、本当に久しぶりだった。

 

 

 

きらりは私を両手で抱え、レバーの前まで持ち上げる。

目の前のそれを、両手でしっかりと掴んだ。

 

「……いくよ。」

 

きらりが頷いたのを、気配で感じ取る。

両手を、思い切り振り下ろす。

重厚な金属音が響き、何重にもかかったロックが次々と解除されていく。

ブザーが鳴り、扉が開いた。

 

 

 

大きく息を吸い込む。

暖かい日差しを一身に受ける。

長い間、密室に閉じこもっていたからか。

外の空気は、それだけでとても美味しく感じた。

肌を焼く紫外線が、不思議と心地良かった。

吹く風の冷たさが、夏の終りを告げていた。

 

「大丈夫……っぽい?」

 

「た、多分……。」

 

身体のどこにも不調がないか確認しながら、キョロキョロと辺りを見回す。

信号機。アスファルトの道路。街路樹。立ち並ぶビル群。

シェルターに入る前と、何ら変わらない光景のように見えた。

しかし。

 

「……本当に、誰も居ないんだ。」

 

人々の喧騒も。

車のエンジン音も。

スピーカーから流れるCMも。

かつて確かに存在した、人が生きている証。

それら全てが、跡形もなく消え失せていた。

耳が痛くなるほどの静寂。

何か喋っていないと、聴覚が無くなったと誤認してしまいそうだった。

 

「取り敢えず、食べ物を探そう。」

 

そう言って、私はきらりの手を握る。

2人だけが取り残されていた。

時間が止まってしまっていた。

繋いだ手だけが、生きている実感をくれた。

 

 

 

 

 

3年ぶりの見知った街中。

この日、世界は死んでいた。

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