色々な場所を回った。
「……綺麗だね。」
色々なものを見て。
色々なものを聴いて。
それでいて、何の感慨も覚えなかった。
淡々と、目的地を目指し続けた。
「……ん。」
ものを認識する術を、1つずつ失っていった。
今、目と耳だけで、彼女は世界を見ていた。
彼女は、緩やかに。静かに。
少しずつ、弱っていった。
「……ね、降ろしてくれゆ?」
触覚が無くなって、彼女は動くことを辞めた。
味覚が無くなって、彼女は食べることを辞めた。
感覚を失って、彼女は生者ではなくなっていった。
「……うん。」
彼女の手を取ると、きらりは車椅子から立ち上がる。
彼女の足の動きに合わせて、私は1歩ずつ後ろに下がっていく。
そうやって、ゆっくり、ゆっくり。
私達は、花畑の真ん中まで歩いた。
あの日見た花畑。
最後に来ると、2人で決めた花畑。
その中心に、私達は立っていた。
「……きらりーん、ダイブ☆」
きらりはそう言って、ゆらりと仰向けに倒れ伏す。
その声すら、弱々しくて。
いつも通りを、必死で装っていることに、簡単に気付けてしまって。
でも。まだ彼女は、見えるから。
まだ彼女は、聴こえるから。
泣いてしまいたくなるのを、必死で堪えた。
「……どう? きらり。」
これまでの経験から、嫌でも分かってしまっていた。
そろそろ、彼女はまた感覚を失う。
目か、耳か。
そのどちらかを、彼女は失い始める。
「んー、眩しいにぃ。」
きらりはそう言って、満足そうに笑う。
きっと、もう見られないものだから。
もう手に入らない感覚だから。
これからそれを、失うから。
私はきらりの横に座り、彼女の手を握る。
きらりが何の反応も返さなくて、また唇を噛み締めた。
「……このまま、ゆっくりしていよう。」
私が呟くと、きらりは微かに頷いた。
それを見て、私は顔を上げる。
文句なしの快晴だった。
太陽が眩しくて。
青はどこまでも綺麗で。
雲はひとつとして無くて。
風が心地よく吹いていた。
言葉は無かった。
何か言ってしまえば、止まらない気がした。
伝えてはいけないそれを、伝えてしまう気がした。
子供のように駄々をこねて、嫌だ嫌だと泣き叫んで。
彼女を困らせてしまうような、そんな気がしたんだ。
それが長かったのか、短かったのか。
長ければいいと、それだけを思った。
何もせずにぼうっとしていれば、時間を長く感じる。
その効果に、只々縋り付いた。
飽きてしまえるくらいに。嫌と言ってしまえるくらいに。
最早冗長なほどに、長くあればいい。
彼女の体温を片手に感じながら、それだけを願っていた。
彼女がここを、最後の場所に選んだ理由。
それが分かってしまうから、私は生きなければならなかった。
決めたんだ。彼女の望みを、叶えるって。
だから。私はここで、死ぬことは許されない。
きらりは私の生を望んだ。
私はきらりの死を望んだ。
同じ想いを抱くが故に、真逆のものを望みあった。
私達がこの場所に居る意味は、きっとこういうことだった。
陽がゆっくりと傾いて。
景色が紅く染まり始めた頃。
「……杏ちゃん、居る?」
きらりは、そっと呟いた。
「……うん。」
彼女の手から、片手を離す。
ポケットの中の凶器を、握りしめた。
鞘からそれを抜き、彼女に馬乗りになる。
「……ねえ、お願いがあるんだ。」
上に乗られても、ぴくりとも動かない彼女を見て。
そう呟くと、きらりは少しだけ首を傾げた。
「子守唄、唄ってくれないかな。」
彼女が唄う子守唄。
ゆったりとした、しかし前向きな子守唄。
先のことなんて分からないけれど。
いいことばかりでは無いんだろうけれど。
それでも、ゆっくり生きていこう。
ゆっくり歩いて、生きていこう。
それを聴けば、彼女の望みを叶えられる気がした。
1人でも、生きていける気がした。
きらりが居なくても、生きていけるような気がした。
そうやって、強がっていられる気がした。
「……うん。いいよ。」
きらりはそう言って、静かに笑った。
「……じゃあ、きらり。」
「うん。杏ちゃん。」
「「