諸星きらりの子守唄   作:maron5650

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10.おやすみなさい。

色々な場所を回った。

 

「……綺麗だね。」

 

色々なものを見て。

色々なものを聴いて。

それでいて、何の感慨も覚えなかった。

淡々と、目的地を目指し続けた。

 

「……ん。」

 

ものを認識する術を、1つずつ失っていった。

今、目と耳だけで、彼女は世界を見ていた。

彼女は、緩やかに。静かに。

少しずつ、弱っていった。

 

「……ね、降ろしてくれゆ?」

 

触覚が無くなって、彼女は動くことを辞めた。

味覚が無くなって、彼女は食べることを辞めた。

感覚を失って、彼女は生者ではなくなっていった。

 

「……うん。」

 

彼女の手を取ると、きらりは車椅子から立ち上がる。

彼女の足の動きに合わせて、私は1歩ずつ後ろに下がっていく。

そうやって、ゆっくり、ゆっくり。

私達は、花畑の真ん中まで歩いた。

 

あの日見た花畑。

最後に来ると、2人で決めた花畑。

その中心に、私達は立っていた。

 

「……きらりーん、ダイブ☆」

 

きらりはそう言って、ゆらりと仰向けに倒れ伏す。

その声すら、弱々しくて。

いつも通りを、必死で装っていることに、簡単に気付けてしまって。

でも。まだ彼女は、見えるから。

まだ彼女は、聴こえるから。

泣いてしまいたくなるのを、必死で堪えた。

 

「……どう? きらり。」

 

これまでの経験から、嫌でも分かってしまっていた。

そろそろ、彼女はまた感覚を失う。

目か、耳か。

そのどちらかを、彼女は失い始める。

 

「んー、眩しいにぃ。」

 

きらりはそう言って、満足そうに笑う。

きっと、もう見られないものだから。

もう手に入らない感覚だから。

これからそれを、失うから。

 

私はきらりの横に座り、彼女の手を握る。

きらりが何の反応も返さなくて、また唇を噛み締めた。

 

「……このまま、ゆっくりしていよう。」

 

私が呟くと、きらりは微かに頷いた。

それを見て、私は顔を上げる。

文句なしの快晴だった。

太陽が眩しくて。

青はどこまでも綺麗で。

雲はひとつとして無くて。

風が心地よく吹いていた。

 

言葉は無かった。

何か言ってしまえば、止まらない気がした。

伝えてはいけないそれを、伝えてしまう気がした。

子供のように駄々をこねて、嫌だ嫌だと泣き叫んで。

彼女を困らせてしまうような、そんな気がしたんだ。

 

それが長かったのか、短かったのか。

長ければいいと、それだけを思った。

何もせずにぼうっとしていれば、時間を長く感じる。

その効果に、只々縋り付いた。

飽きてしまえるくらいに。嫌と言ってしまえるくらいに。

最早冗長なほどに、長くあればいい。

彼女の体温を片手に感じながら、それだけを願っていた。

 

彼女がここを、最後の場所に選んだ理由。

それが分かってしまうから、私は生きなければならなかった。

決めたんだ。彼女の望みを、叶えるって。

だから。私はここで、死ぬことは許されない。

 

きらりは私の生を望んだ。

私はきらりの死を望んだ。

同じ想いを抱くが故に、真逆のものを望みあった。

私達がこの場所に居る意味は、きっとこういうことだった。

 

 

 

 

 

陽がゆっくりと傾いて。

景色が紅く染まり始めた頃。

 

「……杏ちゃん、居る?」

 

きらりは、そっと呟いた。

 

「……うん。」

 

彼女の手から、片手を離す。

ポケットの中の凶器を、握りしめた。

鞘からそれを抜き、彼女に馬乗りになる。

 

「……ねえ、お願いがあるんだ。」

 

上に乗られても、ぴくりとも動かない彼女を見て。

そう呟くと、きらりは少しだけ首を傾げた。

 

「子守唄、唄ってくれないかな。」

 

彼女が唄う子守唄。

ゆったりとした、しかし前向きな子守唄。

先のことなんて分からないけれど。

いいことばかりでは無いんだろうけれど。

それでも、ゆっくり生きていこう。

ゆっくり歩いて、生きていこう。

 

それを聴けば、彼女の望みを叶えられる気がした。

1人でも、生きていける気がした。

きらりが居なくても、生きていけるような気がした。

そうやって、強がっていられる気がした。

 

「……うん。いいよ。」

 

きらりはそう言って、静かに笑った。

 

「……じゃあ、きらり。」

 

「うん。杏ちゃん。」

 

 

 

 

 

 

「「さようなら(おやすみなさい )。」」

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