子守唄がきこえる。
雪のしずくが、地面を白く染めていた。
その中心に、少女が仰向けに寝転んでいた。
私は少女に馬乗りになり、刃物を握りしめた。
白いワンピースに触っても、何も変わってはくれなかった。
子守唄がきこえる。
言葉は無かった。
少女は唄い続け、私はそれを聴いていた。
それだけだった。
少女の頬を撫でても、何も変わってはくれなかった。
子守唄がきこえる。
両手を高く振り上げ、歯を食いしばる。
雑音が漏れ出してしまいそうだった。
少女の響かせる最期の音を、汚してしまいそうだった。
しずくが少女をつたっても、何も変わってはくれなかった。
子守唄がきこえる。
振り下ろす。
少女の白に赤が混じった。
抵抗もなく沈む凶刃が、神経を逆撫でた。
身体に穴を開けられても、何も変わってはくれなかった。
子守唄がきこえる。
振り下ろす。
赤がどんどん広がっていく。
誰かが何かを吼えていた。
五月蝿い。お願いだから、黙ってくれ。
もう聴けない唄なんだ。
聴かなきゃいけない唄なんだ。
視界が滲んでぼやけても、何も変わってはくれなかった。
子守唄がきこえる。
振り下ろす。
涙が溢れて止まらない。
流れる血が止まらない。
少女の唄が止まらない。
叫ぶ何かが止まらない。
少女は何も変わらない。
子守唄がきこえる。
振り下ろす。
涙を拭い、少女を見る。
まだ口が動いていた。
まだ静かに笑っていた。
赤のワンピースが綺麗だった。
傷口を抉っても、何も変わってはくれなかった。
子守唄がきこえる。
振り下ろす。
叫ぶ声が五月蝿かった。
滲む涙が邪魔だった。
伝う感触が不快だった。
少女は何も変わらなかった。
子守唄がきこえる。
振り下ろす。
少女の口から赤がつたった。
終わりが確かに近づいていた。
どうして私はほっとしているんだろう。
考えてはいけないと、誰かが言っていた。
何も考えずに、振り下ろすことにした。
何も見ずに、振り下ろすことにした。
赤が口に溜まり始め、少女の音は混濁した。
子守唄がきこえる。
振り下ろす。
涙を拭うのが怖かった。
視界を取り戻すのが怖かった。
でも、確認しなきゃいけなくて。
目の前を見ると、また誰かが叫んでいた。
少女の口は、もう動いていなかった。
子守唄がきこえる。
全身の力が奪われた。
奪われたって、誰にだろう。少女に、だろうか。
霞がかった頭が、ぼんやりと考えた。
奪われ尽くしてしまったら、また唄ってくれるかな。
少女がやりやすいように、私はそのまま倒れ込んだ。
少女はまだ暖かかった。
子守唄がきこえる。
目を覚ますと、世界は明るかった。
太陽が昇っていた。
空がどこまでも青かった。
風が私を優しく撫でた。
暖かい光に照らされて、少女は冷たいままだった。
子守唄がきこえる。
私は赤になっていた。
少女と同じ赤だった。
辺りに広がる雪のしずくが、赤をそっと受け入れた。
子守唄がきこえる。
少女は眠っていた。
いつまでも眠っていた。
その顔を見ていると、とても心地よさそうで。
少女に抱きついて、眼を閉じた。
子守唄がきこえる。
どれくらい経っただろう。
少女は眠ったままだった。
私はとうとう、眠ることができなくなって。
仕方なく、眼を開けた。
子守唄がきこえる。
少女の顔が、誰かに似ている気がした。
思い出そうとするのを、誰かが止めた。
辺りに響く少女の声が、私に生きろと言っていた。
子守唄がきこえる。
従わなければならなかった。
この声に。少女に。従わなければ。
私は少女からゆっくりと離れた。
乾いた赤が抵抗していた。
何故か足がふらついていた。
雪のしずくが、赤い服に貼り付いていた。
剥がしては、いけない気がした。
子守唄がきこえる。
どこに行けばいいんだろう。
分からないから、歩いた。
どこから来たんだっけ。
分からないから、歩いた。
どうやって生きればいいんだろう。
分からないけど、歩いた。
子守唄がきこえる。
ひどく色褪せたポスターに、私が居た。
その隣で、少女が笑っていた。
2人の名前が記されていた。
少女の名前を、私は知った。
諸星きらりが色褪せていた。
子守唄がきこえる。
誰かが何かを吼えていた。
誰かが悲鳴を上げていた。
誰かが壊れかけていた。
世界の色が褪せていた。
子守唄がきこえる。
子守唄が、きこえる。