その日は、雪が降っていた。
足元が真っ白になるくらいの大雪だった。
綺麗に積もったそれに、1人分の足跡を付けて歩く。
寒さが身体を蝕んでいた。
随分前から、足元の感覚が無くなっていた。
手がかじかんで、動かなくなってきていた。
胸に抱えたそれを、両手で再びしっかりと握りしめた。
決して落としてしまわないように。
どうして歩いていたんだろう。
どうして歩いていくんだろう。
最後は結局、あの人と同じようになってしまうのに。
熱を奪われた頭が、ぼんやりと思考を始める。
これまでに、何度も繰り返した問い。
弾き出す答えは、決まって1つだった。
彼女がそれを望んだから。
なんでもしてあげると。
貴方の為なら、なんだってしてみせると。
そう泣きじゃくる私に、彼女は静かに笑って。
これを私に望んだのだから。
「……ねえ。」
遂に幻聴すら聴こえ始めたのか。
それとも無意識に私が発した音なのか。
ぼんやりと考えることすら満足に行えなくなった頭が、ゆらゆらと揺れた。
「そんな薄手で。死にたいの?」
私を心配する台詞。
その声色は、酷く平坦で。感情が無くて。
ここで私が死にたいと言ったのなら、きっと殺してくれるんだろう。
そんな確証を与えてくれる声だった。
「……死にません。」
この声が幻聴であろうと。そうでなかろうと。
私はその問いに、否定をぶつけなければならなかった。
私は死なない。
私は死ねない。
死ぬことは、許されない。
「そう。ご愁傷様。」
再び、あの平坦な声。
どうやら私の作り出した幻聴ではないらしい。
足元を見続けていた目を、久しぶりに前方へ向ける。
「……酷い顔ですね。」
そこには、少女が立っていた。
身長から推測して、小学校中学年ほど。
腰まで届くほどの長さ。その金髪を、2つに結んで。
火の付いた煙草を咥え。
ダッフルコートに身を包み、その両眼をギラギラと輝かせていた。
そして、何よりも目を引くのが。
彼女の右手に固く握られた、朱く錆びついたナイフだった。
「アンタが言う?」
私の言葉を、少女は鼻で笑う。
彼女と同じくらい酷い顔をしているのか、私は。
まあ、関係ないか。
例えそうだとしたところで、見せる相手はもう居ない。
本来、私はこの少女より5〜6年ほど年上で。
年上である以上、少女を保護しなければならない立場にあるのだろう。
だが。こんな少女に構っている暇はなかった。
褒められる行動をしている余裕はなかった。
そんなことをしても、もうあの人は私を撫でてはくれないから。
「……アンタ、1人?」
歩みを止めず、少女とすれ違おうとする。
すると、不愉快極まりない言葉を投げかけられた。
この少女は嫌いだ。私の苦手とする人物だ。
直感が、どうしようもなくそう告げた。
「2人でしたよ。」
苛立ちを隠そうともせずにそう返す。
すると少女は、無表情のまま目を細めた。
「その本をくれた人?」
私が両手で抱えるものを指差し、再び無機質な声が響く。
何なんだ。
何なんだ、彼女は。
そんなに人を苛つかせて、何がしたいんだ。
「だったら何です?」
私は振り返り、少女の目を真っ向から睨みつける。
その行動を見て、また少女は、表情を変えないまま。
私に手を差し出した。
「……死ねないんでしょ。来なよ。スープがまだ残ってる。」
その手をじっと見つめながら、私は戸惑いを隠すので必死だった。
何故彼女は私にそんなことをする?
何故私を助けようとする?
何故得体の知れない初対面の人間に、物資を分け与えようとする?
罠? 取引? 気紛れ? そのどれでもない何か?
考えても、何も分からなくて。
このまま歩き続けていれば、きっと凍えてしまうから。
生きるために。私は彼女の手を握る。
「……ん。じゃ、行こっか。」
少女は私の手を引いて歩き始める。
振り返らないまま、彼女は誰にともなく呟いた。
「いつか私が、貴方を殺してあげる。」