諸星きらりの子守唄   作:maron5650

14 / 14
-1.一ノ瀬志希の待雪草

「……うん、成功♪」

 

大学から少し離れた、ただの荒れ地だった場所。

一面に咲き乱れる白い花を見渡し、あたしは満足げに頷いた。

 

 

 

あの日。

地下に潜るかどうか、選択を迫られた時。

あたしと彼女は、地上に残ると決めた。

地下に身を潜めた程度で逃げられる程度のものではないと、直感が告げていた。

……というのも、理由の1つではあるけれど。

何よりもあたし達を地上に引き留めたのは。

キミが発症したという、たった1つの事実だった。

 

あたし達は、研究が可能な環境を求めた。

それぞれが持つ肩書を提示すると、すんなりと事が運んだ。

取っておいて良かったと、生まれて初めてそう感じた。

 

あたし達は研究に取り掛かった。

幸い、サンプルは目の前に腐るほどあった。

こんなことを言うと、キミはきっと怒るのだろうが。

あたしにとって、これは間違いなく「幸い」だったのだ。

キミ以外の人間の生死など、心底どうでも良かったのだから。

 

データを採取していくにつれ、ある事実が浮かび上がってきた。

キミが非常に特殊なケースであるという事実だ。

発症した人間は、どんなに長くても1ヶ月以内には全ての感覚を失った。

ただ1人、キミを除いては。

キミが発症してから、ゆうに6ヶ月以上が経過している。

にも関わらず、キミはまだ1つ失った程度に収まっていた。

キミの持つ何かが、症状の進行を抑えている。

あたし達はキミの研究に没頭した。

 

ありとあらゆることを知った。

キミに関する何もかもの数値を採った。

そこまで調べ尽くして、やっと手掛かりらしいものを得た。

後は、その手掛かりを辿っていけば。

そうすれば、キミを救うことができる。

そうやって、2人で飛び跳ねて喜んでいた時だった。

 

キミが、もう生きたくないと泣いたのだ。

 

手掛かりは得た。

症状を今まで以上に抑制できる可能性は得た。

だが。

それでもし、止まらなかったら。

例え緩やかになったとしても、それでも進行するのなら。

俺はじわじわと死んでいくだけじゃないか。

 

もう嫌だと、キミは言った。

 

真綿で首を締め付けるように。

足元の水位が少しずつ上がっていくように。

一滴ずつ血液が抜けていくように。

恐怖に溺れながら死んでいくだけじゃないか。

その時キミの感覚は、もう3つしか残されていなかった。

 

あたし達は、キミが好きだった。

それが人間としてなのか、異性としてなのか。

そんなことは考えたことがなかったし、考えても仕方がないことだった。

好きだったんだ。

好きだから、生きていてほしかったんだ。

好きだから、泣いてほしくなかったんだ。

好きだから、苦しませたくなかったんだ。

 

真綿で首を締め付けた。

足元の水位をゆっくりと上げた。

一滴ずつ血液を抜いていった。

恐怖に溺れさせ、死なせていった。

あたし達がしていたのは、つまりこういうことだった。

 

 

 

「……なるほど。あの花畑は、そういうことか。」

 

大学の中庭。

白で埋め尽くされた景色を見て、彼女が笑った。

 

「お手紙は書き終わったのかにゃ〜?」

 

彼女に言葉を掛けながら、キミの手を取る。

ぴくりと反応することに、安堵の息を漏らす。

壁にもたれかかるキミに、まだ触覚は残されていた。

 

「ああ。もう、大丈夫だ。」

 

手のひらに、あたしの指を這わせる。

め・を・あ・け・て。

指の軌跡が意味を成すと、キミはゆっくりと目蓋を開いた。

 

「……はい。愛してるよ。」

 

足元に広がる白を1つ手折る。

スノードロップを、キミに贈った。

愛していますと、キミに伝えた。

貴方の死を願いますと、キミに。

 

もう聴こえない耳に、あたしの告白は届かなかった。

まだ見える眼で白を見て、キミは微笑んでくれた。

まだ動かせる手でそれを取り、あたし達に差し出してくれた。

キミの行動が、愛していると言っていた。

キミの行動が、死んで欲しいと言っていた。

愛しているから、共に死んで欲しいと。

1人で逝くのは寂しいと、はっきりとそう告げた。

 

それを見て、嬉しいと。

心の底から嬉しいと、そう思ったのは。

あたしが既に、狂っているからなのだろうか。

長い間目の前で、人の死を見過ぎていた。

 

「ガサゴソ……はいっ♪ 気持ちよく眠れるおクスリだよ〜♪」

 

白衣から3粒の錠剤を取り出す。

1粒を唇で挟み、もう1粒を彼女へ手渡す。

そして、片手でキミの顎を持ち上げる。

 

「……待て、それはズルいだろう。」

 

「バレちゃったか〜。」

 

唇に挟まるそれを口内へ含む。

最後の1粒をキミに持たせ、目の前でベロを出す。

その上に乗った白い錠剤を、飲み込む。

もう一度ベロを出し、何も乗っていないことをキミに見せる。

 

どうやら、伝わってくれたようで。

キミは緩慢な動作で手の上の白を飲み込んだ。

 

あたしはキミの右手を握り、寄り添うように壁にもたれかかる。

彼女も、キミの左側で同じように寄り添っていた。

 

目を閉じ、深呼吸を1つ。

そうすると、すぐに眠気が脳を満たし始めた。

我ながら、中々の即効性だ。

 

「じゃあ、2人とも。」

 

研究は、もう少しだけ続ければ、恐らく実を結ぶ。

もう1人、キミじゃなくてもいい。ごく普通のサンプルから血液を採って。

ちょっとしたことにさえ気付ければ、きっと進行の抑制程度までは可能になる。

でも。そんなことはもう、どうでもいい。

キミは死を望んだのだから。

生きたくないと、願ったのだから。

キミ以外の人間の生死など、心底どうでも良かったのだから。

 

「ああ。」

 

こんなことになるのなら。

最初から諦めていれば良かったのかもしれない。

キミと彼女と、3人で。

色々な遊びをして。色々なところに行って。

そうやって、精一杯笑っていればよかったのかもしれない。

 

そんなことを考えているうちに、頭が働かなくなってきて。

考えることすら満足にいかなくなってくることに、心底安堵した。

もう、考えなくていいんだ。

そう思えることが、本当に嬉しかった。

 

 

 

 

 

「「さようなら(おやすみなさい )。」」




ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
「諸星きらりの子守唄」、これにて完結とさせていただきます。

山場もなく、一発逆転もなく、救いもなく、ただ緩やかに終わっていく2人が見たかったので書いてみました。
スノードロップの花言葉、私はとても綺麗だと思っています。

お付き合いいただき、本当にありがとうございました。
ご縁がありましたら、またどこかで。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。