「……うん、成功♪」
大学から少し離れた、ただの荒れ地だった場所。
一面に咲き乱れる白い花を見渡し、あたしは満足げに頷いた。
あの日。
地下に潜るかどうか、選択を迫られた時。
あたしと彼女は、地上に残ると決めた。
地下に身を潜めた程度で逃げられる程度のものではないと、直感が告げていた。
……というのも、理由の1つではあるけれど。
何よりもあたし達を地上に引き留めたのは。
キミが発症したという、たった1つの事実だった。
あたし達は、研究が可能な環境を求めた。
それぞれが持つ肩書を提示すると、すんなりと事が運んだ。
取っておいて良かったと、生まれて初めてそう感じた。
あたし達は研究に取り掛かった。
幸い、サンプルは目の前に腐るほどあった。
こんなことを言うと、キミはきっと怒るのだろうが。
あたしにとって、これは間違いなく「幸い」だったのだ。
キミ以外の人間の生死など、心底どうでも良かったのだから。
データを採取していくにつれ、ある事実が浮かび上がってきた。
キミが非常に特殊なケースであるという事実だ。
発症した人間は、どんなに長くても1ヶ月以内には全ての感覚を失った。
ただ1人、キミを除いては。
キミが発症してから、ゆうに6ヶ月以上が経過している。
にも関わらず、キミはまだ1つ失った程度に収まっていた。
キミの持つ何かが、症状の進行を抑えている。
あたし達はキミの研究に没頭した。
ありとあらゆることを知った。
キミに関する何もかもの数値を採った。
そこまで調べ尽くして、やっと手掛かりらしいものを得た。
後は、その手掛かりを辿っていけば。
そうすれば、キミを救うことができる。
そうやって、2人で飛び跳ねて喜んでいた時だった。
キミが、もう生きたくないと泣いたのだ。
手掛かりは得た。
症状を今まで以上に抑制できる可能性は得た。
だが。
それでもし、止まらなかったら。
例え緩やかになったとしても、それでも進行するのなら。
俺はじわじわと死んでいくだけじゃないか。
もう嫌だと、キミは言った。
真綿で首を締め付けるように。
足元の水位が少しずつ上がっていくように。
一滴ずつ血液が抜けていくように。
恐怖に溺れながら死んでいくだけじゃないか。
その時キミの感覚は、もう3つしか残されていなかった。
あたし達は、キミが好きだった。
それが人間としてなのか、異性としてなのか。
そんなことは考えたことがなかったし、考えても仕方がないことだった。
好きだったんだ。
好きだから、生きていてほしかったんだ。
好きだから、泣いてほしくなかったんだ。
好きだから、苦しませたくなかったんだ。
真綿で首を締め付けた。
足元の水位をゆっくりと上げた。
一滴ずつ血液を抜いていった。
恐怖に溺れさせ、死なせていった。
あたし達がしていたのは、つまりこういうことだった。
「……なるほど。あの花畑は、そういうことか。」
大学の中庭。
白で埋め尽くされた景色を見て、彼女が笑った。
「お手紙は書き終わったのかにゃ〜?」
彼女に言葉を掛けながら、キミの手を取る。
ぴくりと反応することに、安堵の息を漏らす。
壁にもたれかかるキミに、まだ触覚は残されていた。
「ああ。もう、大丈夫だ。」
手のひらに、あたしの指を這わせる。
め・を・あ・け・て。
指の軌跡が意味を成すと、キミはゆっくりと目蓋を開いた。
「……はい。愛してるよ。」
足元に広がる白を1つ手折る。
スノードロップを、キミに贈った。
愛していますと、キミに伝えた。
貴方の死を願いますと、キミに。
もう聴こえない耳に、あたしの告白は届かなかった。
まだ見える眼で白を見て、キミは微笑んでくれた。
まだ動かせる手でそれを取り、あたし達に差し出してくれた。
キミの行動が、愛していると言っていた。
キミの行動が、死んで欲しいと言っていた。
愛しているから、共に死んで欲しいと。
1人で逝くのは寂しいと、はっきりとそう告げた。
それを見て、嬉しいと。
心の底から嬉しいと、そう思ったのは。
あたしが既に、狂っているからなのだろうか。
長い間目の前で、人の死を見過ぎていた。
「ガサゴソ……はいっ♪ 気持ちよく眠れるおクスリだよ〜♪」
白衣から3粒の錠剤を取り出す。
1粒を唇で挟み、もう1粒を彼女へ手渡す。
そして、片手でキミの顎を持ち上げる。
「……待て、それはズルいだろう。」
「バレちゃったか〜。」
唇に挟まるそれを口内へ含む。
最後の1粒をキミに持たせ、目の前でベロを出す。
その上に乗った白い錠剤を、飲み込む。
もう一度ベロを出し、何も乗っていないことをキミに見せる。
どうやら、伝わってくれたようで。
キミは緩慢な動作で手の上の白を飲み込んだ。
あたしはキミの右手を握り、寄り添うように壁にもたれかかる。
彼女も、キミの左側で同じように寄り添っていた。
目を閉じ、深呼吸を1つ。
そうすると、すぐに眠気が脳を満たし始めた。
我ながら、中々の即効性だ。
「じゃあ、2人とも。」
研究は、もう少しだけ続ければ、恐らく実を結ぶ。
もう1人、キミじゃなくてもいい。ごく普通のサンプルから血液を採って。
ちょっとしたことにさえ気付ければ、きっと進行の抑制程度までは可能になる。
でも。そんなことはもう、どうでもいい。
キミは死を望んだのだから。
生きたくないと、願ったのだから。
キミ以外の人間の生死など、心底どうでも良かったのだから。
「ああ。」
こんなことになるのなら。
最初から諦めていれば良かったのかもしれない。
キミと彼女と、3人で。
色々な遊びをして。色々なところに行って。
そうやって、精一杯笑っていればよかったのかもしれない。
そんなことを考えているうちに、頭が働かなくなってきて。
考えることすら満足にいかなくなってくることに、心底安堵した。
もう、考えなくていいんだ。
そう思えることが、本当に嬉しかった。
「「
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
「諸星きらりの子守唄」、これにて完結とさせていただきます。
山場もなく、一発逆転もなく、救いもなく、ただ緩やかに終わっていく2人が見たかったので書いてみました。
スノードロップの花言葉、私はとても綺麗だと思っています。
お付き合いいただき、本当にありがとうございました。
ご縁がありましたら、またどこかで。