「疲れた……。」
床にべちゃりと倒れ伏す。
なんでそんなに疲れてるのかって?
作ったからだよ。朝ご飯。
火を起こして安定させるのがこんなに大変だとは思わなかったよ。
「……ごめんねぇ?」
私の血と汗と涙の結晶である温かい紅茶を両手で抱えながら、申し訳なさそうにきらりが呟いた。
「……おいしい?」
床と同化したまま、眼だけで彼女の方を見る。
ちびちびと口を付けながら、こくこくと頷くきらり。
クマの無い彼女の目元が、私の苦労を報わせた。
「……なら、いいよ。」
ごろん、と寝返りを打ち、大の字になる。
空は今日も、不思議なほど綺麗だった。
排気ガスが無いからだろうか。ぼんやりと考える。
「電子レンジがあればなぁ……。」
今となっては、空を濁らせる文明の利器すら恋しいばかり。
昨夜、街灯が1つとして点いていなかったのだから、電気は完全に死んでいるんだろうけど。
「あー、電気。電気が欲しい。」
「電気?」
「電気。」
私の心からのボヤきを聞いて、きらりは口元に手を当てる。
数十秒の思考の後、彼女は「そういえば」と口を開いた。
「……シェルターの明かり、電気じゃないかにぃ?」
その言葉を聞いた瞬間、私は一瞬で立ち上がる。
突然の俊敏な行動に眼を丸くしてこちらを見るきらりを、全力で指差した。
「それだ!」
予定変更。
大学なんて行ってる場合じゃないよ。
街灯が灯っていない以上、地上のインフラは全滅している可能性がある。
勿論、残り少ない電力を全て大学に集約したとも考えられるけれど。
それでも、確実にあるわけじゃない。
一方シェルターは、昨日まで確かに密室空間を照らしていた。
それどころか、酸素を換気以外の方法で供給し続けていたんだ。
より確実性があるのはこっち。
電気が使えることさえ確認すれば、後は無用の長物と化し、捨てられているはずの電子機器を何処かから拾えばいいだけ。
それだけで、これからの生活がぐっと楽になるはずだ。
ラジオが見つかれば、他の生存者が流している電波を拾えるかもしれない。
とにかく、行かないわけにはいかない。
朝食を取り終えると、すぐに私達が居たシェルターへと出発した。
「むむむむむむむ……!」
きらりがバールのようなものを用いてこじ開けようとするが、全くもってビクともしない。
扉……というよりは、鉄で作られた壁。
その前に立ち、私は大きく溜息を吐いた。
「きらり、諦めよう。」
私の言葉に、きらりは解錠(物理)の試行を止める。
バールが突き刺さっていた箇所を観察しても、傷の1つも付いていなかった。
その場から一歩下がり、もう一度全体の観察を行う。
そこにあるのは、鉄製の壁。
扉と呼ぶには必要不可欠な、それを開けるためのものが何も無い。
どうやら、シェルターは外側から開けることが不可能な作りになっているらしい。
ここから出た時、律儀に扉を閉めた記憶なんて無いのだが。
一定時間が経過すると自動で閉まると考えるのが妥当なところだろうか。
シェルターに入れるのは非感染者だけ。
感染者が道連れにとシェルターをこじ開け、感染させる若しくはその場で殺害する可能性を考慮したのだろう。
その対策としては妥当だし、尤もだ。
しかし、その気遣いも今となっては腹立たしい。
開けさせてくれ、頼む、お願いだから。
ニートは電気がなきゃ駄目なんだってば。
「だ、大学! 大学に行こっ?
きっと便利なのがいっぱいあるにぃ☆」
その場で崩れ落ちる、を通り越して液状化し始めている私に、きらりが精一杯の励ましを送る。
シェルターは開かない。街のインフラも期待はできない。
後はきらりの言う通り、大学に集約させた可能性に賭けるしかなくなった。
「……お昼まで、きゅーけー。行くのはそのあと。」
が。それはそれとして。
期待を大きく裏切られた私の傷心を癒やす時間を所望する。
私がきらりの方へ身体を傾けようとすると、既に彼女は受け入れ体制を整えていた。
可愛らしく女の子座りをした彼女の膝へ、遠慮なく倒れ込む。
程良い弾力に、後頭部が包まれた。
「……そういえばさ。」
そのまま私の髪をゆっくりと撫でるきらり。
その隣に立て掛けられたバールを視界の隅に捉えつつ、素朴な疑問を尋ねた。
「それ、何処にあったの?」
ショッピングモールには、きらりが見付けたもの以外何も物資が無かった。
張り紙の内容から、自衛隊や警察が大学に回収したと考えるべきだろう。
しかし、そうであるならば。
何故、きらりは物資を見付けられた?
都合良くバールが1本だけ残されており、それを用いて開けた倉庫に都合良く十分な量の物資があった。
そんな偶然が、あるか?
何故、回収されていなかったんだ?
決して少なくない量の物資が、何故?
「棚の底に、隠してあったの。」
きらりは私の頬に手を添えながら、控えめに声を発する。
嘘をついているからじゃないことは、すぐに分かった。
それよりも、むしろ。
彼女の震える声色は。
「……見付かると、いいね。」
誰かに、謝っているようで。
「……見付けるよ。きっと。」
だから私は、そう返して眼を閉じる。
その声だけで十分だった。
彼女は全てを語っていた。
誰かが誰かのために残した優しさ。
それを横から奪い取ったんだ。
風に揺れて木の葉が揺れる。
その音に意識を委ね、ゆっくりと息を吐く。
触れた彼女の体温と、風の程良い冷たさが。
私を少しずつ微睡ませていく。
そんな時間が、幸せに思えた。
思わなければ、ならない気がした。