空に浮かぶ球体が、赤く色づき始めた頃。
私達は張り紙にあった大学に到着した。
物資や他の生存者が居るかも知れないと、希望を持っていた場所。
そこに辿り着いたにも関わらず、重苦しい空気がいつまでも纏わりついていた。
「……静か、だね。」
「……うん。」
喧騒は、無かった。
それが何を意味するのか、嫌でも分かってしまっていた。
誰も居ない校内に、2人分の足音が響く。
左右に並ぶ扉を1つずつ開け、何も無いことを確認しながら進む。
生活の跡すら無かった。
美しさすら感じさせるほど、全て綺麗に片付いていた。
そうして歩いていると、教室とは比べ物にならないほどの、だだっ広い空間を見付けた。
どうやら、食堂を改修したものらしい。
所狭しと並んでいたのだろう机や椅子は何処かに撤去され。
そこには何かの機材やPC、化学の教科書で見覚えのある器具が大量に立ち並び。
空間の中央には、数十人でやっと囲めるか囲めないかといった、やたらと大きいテーブルが、異質な存在感を放っていた。
テーブルに近付き、乱雑に放置された物達をざっと見る。
綺麗に洗われたマグカップ。
小難しい数式が印刷された大量のプリント用紙。
ビニールに包まれた何かの植物の球根。
PCを初めとする電子機器類が隅に追いやられていることから、途中で電力が供給されなくなったのだろう。
「……研究、してたんだ。」
それらの情報から得た結論を、ぽつりと呟く。
物資と生存者を大学に集めた理由。
それは、それらを管理するためだけではなかった。
地上に残った人間は、その殆どが奇病に侵されている。
生存者とは、それ即ち貴重なデータなのだ。
生存している人間の把握と、残存した物資の管理。
そして、奇病の研究。
それらを一挙に行うために、この場所を選んだのだ。
ある程度の人間を収容可能であり、そこそこの研究設備が整ったこの場所を。
奇病の研究。
その最終的な目的は、奇病の実質的な根絶に他ならない。
人類の存続の為には、地球上から奇病を跡形もなく消し去るしか。
そうでなければ、人間を奇病に対抗できるよう作り変えるしかない。
何処まで進んだ。
私達が地下に隠れ、地上の人間がここに集まってから、今までの間に。
何処まで判明した。
ここに人間が居ないということは、既に感染した者の治療はできなかった。
何処まで近づいたんだ。
治療ができなかったなら、予防は。
感染者をこれ以上増やさない方法は、手に入れることができたのか。
テーブルの上をもう一度、今度はじっくりと見渡す。
何かがあるはずだ。
ここで電力が尽きるまで研究を続けるほどに、人類の存続を諦めなかった人ならば。
後に託すためのバトンを、用意していたはずだ。
全てが乱雑に積まれたテーブルの上に、唯一形の整ったものがあった。
それは左側面をホチキスで留められた、プリントの束だった。
「小学生」
「中・高校生」
「大学生・それ以上」
3つの束には、それぞれこう書かれていた。
私が当てはまるのは、大学生だろうか。
束を手に取り、ページをめくる。
ボールペンで書かれたそれの筆跡は、きっと女性のものだった。
『ここで何が行われていたのかは、恐らく見れば分かるだろう。
治療には失敗した。予防にも至らなかった。
ただ、発症条件だけは判明した。
一言で言うならば、肉体的成長が終了することだ。
身体の成長が終わり、緩やかに老化するのみになった時。
その瞬間から、発症する可能性が存在し続ける。
あくまで可能性だ。成長が終わったら即座に必ず発症する訳ではない。
発症条件を満たした者がいつ実際に発症するか、どの程度の速度で症状が進行するかは完全にランダムだ。
少なくとも、我々がそれを判明することはできなかった。
データを挙げるならば、成長が終了してから発症するまでの期間は3日から6ヶ月までの差が。
発症してから全ての感覚を失うまでの期間には、1週間から2年以上の開きがあった。
さて。君は大学生か、それ以上。だったな?
当然個人差はあるが、統計的に見て、発症条件を満たすのは大体20代前半だ。
つまり君は、いつ発症してもおかしくない状態にある。
必死に机に齧り付いて、分かったのはこの事実くらいだ。
我々が君のために残すことができるのは、殆ど何も無い。
君はいずれ感覚を失っていくだろう。
その現実を止めることは、我々にはできなかった。
いや、我々、という言葉は適切ではないか。
私の研究対象は元々ロボット。正体不明の奇病など専門外もいいところだ。
実のところ、彼女の手伝いくらいだ。私がやったことは。
こんなことなら、
この冊子の後ろに、近辺の観光地をリストアップした。
まだ皆が生きていた頃、一緒に作ったものだ。
終わりが来るまでの、せめて気を紛らわす手助けにでもなればと思う。
中々興味深いぞ。人間が居なくなって、自然は随分綺麗になった。
誰が植えたか、花畑もいくつかできていたな。
最後に、お願いがある。
この奥に進むとある、大学の中庭。
そこにはどうか、近付かないでほしい。
3人で居たいんだ。あの頃のように。
論文以外の形で人に何かを伝えるのは、存外難しいものだな。
拙い点が多かっただろうが、どうか笑って見逃してくれ。
じゃあ、私は行くことにするよ。
あまり待たせては可哀想だ。
君の残りの人生が、せめて苦しくないことを願う。』