諸星きらりの子守唄   作:maron5650

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8.修学旅行

「よいしょっ、と。……大丈夫?」

 

翌日。

大学に戻り、私達は旅行へ向けて準備を進めていた。

 

「ばっちし☆」

 

車椅子に座り、多少身体を動かして。

問題がないことを確認したきらりは、顔の前で横向きにピースサインを作った。

シンプルな白のワンピースが、よく似合っていた。

 

現状のきらりが失っているのは、嗅覚と温度感覚……つまりは触覚の一部。

これから更に触覚が失われていくことが分かっている以上、対策が必要だった。

地面を踏みしめている感覚が無ければ、歩行も困難になるはず。

何か無いかときらりに聞くと、車椅子が大量に保管されている場所があるとのことで。

その1つを拝借することにした。

 

「はい、これ持って。」

 

「おっすおっす☆」

 

きらりが背負っていたリュックサックを彼女の膝に乗せる。

この中身も、大分少なくした。

旅行の期間は、そんなに長くはならないから。

必要最低限のものだけで十分だった。

やたらめったら持っていっても、重量に苦しむだけだ。

 

「よし……じゃ、押すよ?」

 

「らじゃっ!」

 

車輪が大きく、手で押せるタイプのものではある。

しかし、触っていることが分からなくなった場合、自分で押して進めるのかは不明だ。

私がきらりを車椅子ごと運べる必要があった。

しかし、私の体格で彼女と荷物が乗った車椅子を移動させられるかは、正直不安が残り。

早いうちに確認しておく必要があった。

私は車椅子のハンドルを握り、力を込める。

 

「……お。意外と……。」

 

すると、案外重さを感じることもなく、車椅子は動き出した。

10メートルほど進み、くるりと反転させて、着た道を戻る。

それを2~3回繰り返すが、どうやら問題は無い。

これなら、私1人でも彼女を移動させることはできそうだ。

 

「大丈夫そう、だね?」

 

背を向けたままのきらりが言う。

彼女の顔が見れないのは、結構な難点だな。

そんな呑気なことを考える自分が可笑しくて、笑ってしまう。

 

「じゃ、行こっか。」

 

準備は万端。

時間が限られている以上、行動は早ければ早いほどいい。

私が声をかけると、きらりは笑って頷いた。

顔は見られていないはずなのに、彼女の表情は不思議と感じ取れた。

 

「「しゅっぱーつ!」」

 

私達は同時に右手を挙げ、高らかに叫ぶ。

楽しい楽しい、修学旅行の始まりだ。

 

 

 

 

 

「こうして見るとさ。」

 

誰も居ない道を、2人で進む。

風の囁く音。

木々のざわめき。

柔らかな日差し。

 

「都会も存外、自然が多いね。」

 

あれだけ不安を煽っていた静寂が、今はなんだか心地良かった。

煩い人間が居なくなり、自然の声が聴こえるようになっていた。

私の言葉を聞いて、きらりは静かに頷く。

この世界の発する音に、彼女はそっと聞き入った。

 

会話らしい会話は、これといって無かった。

私達は自然の中に居た。

言葉を発さず、静かに歩く。

たったそれだけで、退屈することはなかった。

 

「飴たべゆ?」

 

きらりが膝の上のリュックを漁り、小さな袋を取り出す。

 

「ん。」

 

歩みを止めないまま、私は口を開ける。

 

「はいっ。」

 

上半身だけをこちらに向けて、きらりが私の口の中に飴玉を1つ。

 

「んー。」

 

コロコロと舌先で転がしながら、ゆっくりと溶けていくそれを味わう。

 

こんなことになる前に、きらりと旅行に行ったのなら。

きっと、こんな感じだったのだろう。

バスに揺られて、景色を見ながら。

彼女に差し出された飴を舐めて、これからの話を膨らませたのだろう。

宿に着いたら、どうしようか。

荷物を置いて、散策しようよ。

きらりの言葉に、私は顔をしかめて。

えー、ダラダラしようよ。それか温泉。

そう返すと、きらりはわざとらしく頬を膨らませて。

せっかくの旅行なんだから、色々見てみようよ、なんて。

そんなくだらないやり取りをしながら、顔を合わせて笑ったのだろう。

 

でも、私の前に居るきらりは車椅子の上で。

彼女の表情は見えなくて。

くだらない会話なんて、1つも無くて。

外に出るのを私が渋ることも、あるはずがなくて。

飴の味だけが、のっぺりと甘かった。

 

「ああ、あそこじゃない?」

 

道の左側、ガードレールの向こう。

崖の下に、白い花畑が見えた。

地図には無いはずの、どこまでも広がる花々。

こんなことになってから、どこかの誰かが植えたのだという。

 

「……あれ、なんてお花か、知ってゆ?」

 

花畑。

きらりが好きなはずの可愛らしいそれを見て、しかし彼女は落ち着いていた。

もう一度、今度は目を凝らして花畑を見つめる。

 

「んー? ……ああ。」

 

その花は、図鑑で見たことがあった。

きらりが何故こんな反応をしたのか。

その答えと同時に、私は花の名前を手に入れた。

 

「待雪草。」

 

彼女は、ゆっくりと頷いた。

冬の終わりから、春先にかけて咲く白い花。

今の季節では咲かないはずの、残酷な意味を抱く花。

何故だろう。咲いていることに、違和感は覚えなかった。

その花は、どうしようもなく世界と調和していた。

 

「……ここは、最後にしよっ?」

 

最後。

私達の旅を、ここで終える。

この花が咲く場所で、私達を。

 

「……うん。」

 

これ以上、言葉は無かった。

あってはいけなかった。

この意味は。この感情は。この言葉は。まだ。

伝えてはいけないことだから。

贈ってはいけないものだから。

 

私は車椅子を半回転させ、着た道を戻る。

また私達は、ここに来る。

その時になったら、私は伝えるんだろう。

その時になったら、彼女は伝えてくれるだろうか。

飴をくれたように、贈ってくれればいいな。

舌に残る優しい味を、名残惜しく確かめる。

 

 

 

 

 

雪のしずくは、静かに待ち続けていた。

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