皆さんは今でもハッキリ覚えている夢って、ありますか?
私は保育園の年長から小家具3年生にかけて、3つの夢を見ました。
いずれも関連性がなく、面白みもない夢でしたが、それらの夢は今の私の一部を作り上げるに至ったものです。
それは即ち「経験」
本来人は「何か」が起こることでその「何か」に対する経験が作られ、その経験に基づいた人格や考え方、行動パターンなどが定まっていきます。
例えば、「この道をとおったら昨日犬に噛み付かれたし、今日はやめておこう」と言ったふうに。
そんな「経験」を幼くして「体験」してしまった物語です。
駅です。
私は両親とともに駅にいました。
その駅は私が幼い頃に住んでいた家から歩いて15分ほどの距離にあり、引っ越す前までは頻繁に使っていた駅でもありました。
そのホームで、私たちは笑いながら歩いていました。
その駅のホームは二階にあり、駅を出るための改札は一階にあるので、駅を出るためには一つ、階段を降りなければならないのです。
私たちは階段へ足を運びました。
両親を待ちきれないのか私は階段へ向けて走り出しました。
この時、走り出したにも関わらず、視点はほとんど揺れることなく、スローモーションで流れていきました。
まるで時が私たちを置き去りにしたかのような感覚に、私は今でこそ戦慄しますが、夢を見ている私はそんなことにすら気づかなかったのだと思います。
引き伸ばされた時の中、────私が履いていたのはもちろん普通のスニーカーです────コツーンというヒールのような音が足が地面を叩く度に起こり、後は淡い私たちの笑い声だけが響いていました。
階段の一段目に近づいても「私」の走る足は止まらず、それどころか、かえって速度を増したように思えました。
そして、「私」は階段を
高さはそこまで高くはないでしょうが、それでも7mは確実にあります。
それをわずか120センチにも満たない身長の子供が飛び降りるのです。
階段ですから、物理的には途中の段で落ちるでしょうが、それでもタダではすまないでしょう。
落下。
それは原始的でありながら、非常に大きな恐怖を与える現象です。
空中へ飛び出た幼い肉体は、すぐに万有引力の法則に基づき重力加速度gでもって落下していきます。
タチが悪いのはこの時すらもスローモーションは解除されず、しかし、見に受ける重力や、風の感覚は嫌というほど
さらに、あろう事か当時の私の脳みそで持っても「有り得ない」と、わかるようなことが起こるのです。
それは即ち
これでは速度を増しつつこの高さにおける最大の速度でもって、地面に激突してしまいます。
流石に当時、そこまでの理解はしませんでしたが、それでも何となく「やばい!」というふうに思ったことは確かです。
何はともあれその時になって漸く「私」は焦り始めたのです。
拡張された時、見に受ける重力、風の抵抗、カツーンというヒールのような音、淡い笑い声。
全てがどこかへ行ってしまうような────。
改札の地面を叩く一歩手前で私は目が覚めました。
その日以降、私は階段を降りるのがとても怖くなりました。
中学に上がるまで、つまるところ小学校の6年間は、階段を上る時は必ず手すりを掴むようにしていました。
また、4年生にあがった時、教室まで行く際に使う階段が、大理石製な上に手すりがないという事で、ある夜にその階段から真っ逆さまに落ちる夢を見たこともあるのですが、それはまた、別の話です。
今も手すりを使って昇り降りしていますが、前ほど怖くはありません。
「夢は追うものではなく、背負うものだ。夢は思いで、当然重い。」
私が敬愛して止まない、大文豪西尾維新先生。彼の人の数あるお言葉の中からひとつ、紹介させてもらいました。
当然ここで先生が仰っている「夢」とは「将来○○になりたい」と言った具合のもので、私が題材にしている「寝ている間に見る夢」とは全く異なります。
だって起きている間に見る夢ですものね。
しかし、本質的には変わらないのではないか、と思ったりもします。
「起きている間に見る夢」も「寝ている間に見る夢」も、その人の願望や深層心理が浮き出ている結果なのではないでしょうか。
つまり、酷い言い方をしてしまえば「決して現実ではありえないこと」を、「夢」として指すのではないでしょうか。
よく、「夢は叶えてはいけない」という言葉があります。
逆に「夢を夢で終わらせない」という言葉も最近は聞くようになりましたが。
それでも、
一生と夢を=で結んでしまうということは、夢が叶えばもうその人生に意味を見いだせなくなってしまうのではないでしょうか。
新しい発見を求め続けてこそ、人間だ。と主張する過去の廃れた偉人たちは、きっと夢を手の届かない高さにしっかりと置いていたのだと思います。
だからこそ常に前に進めた。
だからこそ強かった。
さて、私たちはどうでしょう?
考えてみると面白いかもしれませんね。