売れないロックシンガー in 戦姫絶唱シンフォギア   作:ルシエド

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薄い本で翼さんの胸が異常に盛られる豊胸手術現象をウイングゼロカスタムと呼びましょう
逆に胸が過剰に平たくされている現象をムネサイズヘルと呼びましょう



ロックンローラーの劣等感

 マリア・カデンツァヴナ・イヴはロックシンガーだ。

 俺でも知ってるが、俺じゃなくても知ってるロックスター。

 ストリートライブから始め、口コミで一気に評価され、今ではロックの聖地アメリカを制覇済みというロックの世界の女王様だ。

 昔はロッカーらしい過激なパフォーマンスも魅力だったが、事務所の意向で今はかっけえイメージや美人という点を推してるらしく、昔ほどの過激なパフォーマンスは見られねえ。寂しい。

 まあ、それでも全米トップの人気であることに変わりはないな。

 

 雪音クリスはクラシック音楽家だ。

 俺でも知ってるが、俺じゃなくても知ってる実力派の若手。

 有名な音楽家の両親を持ち、クラシックの世界でデビュー。月の破壊のゴタゴタで一回一新されたクラシック界隈は、彼女の登場でまた新生したとさえ言われる、クラシックの世界のお姫様だ。

 ただ本人は可愛らしいやんちゃ小僧ということでも有名なんだよなぁ。

 有名な賞の授賞式の途中で「ああもう面倒臭え!」とトロフィー引っ掴んで逃げた話とか、ライブハウスに殴り込んで即興でポップスを一発披露して行ったエピソードとか、やんちゃなエピソードで枚挙にいとまがない。

 ロックな生き様、嫌いじゃないぜ。

 コイツの音楽とキャラクターが両方受けて、ヨーロッパとアジア圏を中心として世界各国で絶大な支持を受けてるっつー話だ。

 

 そんな二人が今、アメリカで、しかもロックの舞台で激突しようとしてるって話だ。

 雪音クリスのフットワークは軽い。しかも本人が好奇心旺盛と来た。

 新聞には動機も書いてあったな。クラシック界隈だけに留まらず、別ジャンルの音楽にも挑戦して自分を試してみたくなったとか。

 熱い奴だ。

 熱い奴は嫌いじゃない。ロックだからな。

 だけど天才は基本的に嫌いだ。許せぬ。劣等感がバリバリになる。俺より人気になりそうな天才皆死ねばいいのに。でも雪音クリスの音楽は好きなんだよ。CD持ってんだよ。

 だから雪音クリスは死ぬな。

 ……いかんな、こういう思考は。

 

 あー、いいよな天才は。

 他ジャンルに手を出せるってことは、雪音クリスは一つのジャンルだけでいっぱいいっぱいじゃねえってことだ。他に手を出せる余裕があるってことだ。

 雪音クリスはまだ若く、クラシックはまだ道半ばだろうさ。

 だけど一定ラインまでは極めてるはずだ。

 そこで他の音楽に手を出せば、手を出した分だけ経験になる。音の肥やしになる。未知の刺激になる。そりゃ、最強だろ。雪音クリスは勝っても負けても成長するってこった。

 

 そんなクリスVSマリアとか好カード過ぎんだろ。歴史に残るぞこれは。

 

「いやー、楽しみやなー。キャロルも楽しみやろ?」

 

「結弦くんが楽しそうでよかった。結弦くん見てるだけで面白いよ、ボクは」

 

 あーもう、この子は。

 今俺達はアメリカのアパートの一室を確保していた。

 エテメンアンキはヨーロッパに集中して俺達を探しているらしい。

 その間俺達は、アメリカで聖遺物『イチイバル』を探しつつ、ぐだぐだ日々を過ごしていた。

 

「でもクラシックとメタルって、全然別の音楽なのに、勝負になるのかな」

 

「そうでもないんやで? クラシックとメタルは昔から融合を目指して来たもんなんや」

 

「え? そうなの?」

 

「まあ、クラシックとロックで対抗意識持っとる人は確かに居るんやけど……

 俺が演奏しとるスラッシュメタルの界隈でも、メタリカが色々やってたなぁ。

 でもま、ネオクラシカルメタルといった融合の成功例が色々生まれて流行ったんや」

 

「二つの異なるものを融合させ、別の何かに消化させる。錬金術みたいだね」

 

「そういう点から見るに、雪音クリス、彼女なら……」

 

「彼女なら?」

 

「『シンフォニック・メタル』で来る、と思うんうや。

 シンフォニックメタルでクラシックとロックの融合を見せたがってるんやと思う」

 

 雪音クリスの音楽の傾向からして、多分そうだな。多分。

 オペラやオーケストラをロックの側に取り込み、ヘビメタ系のガンガン行く歌で攻めるシンフォニックメタルは雪音クリスの声にもよく合う。

 日本でもゴールデンボンバーなんかがやってたことあったな、シンフォニックメタル。

 

 ここはアメリカ、現代ロックの始皇帝マリアのホーム。しかもロックの舞台となれば雪音クリスは圧倒的不利だろうさ。

 だが、それでもどっちが勝つかは俺にも分からねえ。

 そのくらいに両者の実力が高えからだ。

 アメリカの新聞じゃ、マリアマリオがクリスクリボーを踏み潰すのは間違いない、くらいに報道してるが、見る目がねえなあマスコミは。使えない護衛しか城に置いてないピーチかよ。

 

 あ、ミス・ウイングが帰って来た。

 

「食材を買ってきたぞ」

 

「お、ありがとなぁ。ほなその辺座っといて」

 

「うむ」

 

 俺、料理開始。

 しかし日本語の癖がモロに出てる英語でウイングとかいう偽名名乗るなよこいつ。コメディアンか何かか? でも護衛に来て貰ってる手前そこまでズケズケ踏み込んでいいか悩むな。

 こいつがネタで名乗ってるのかマジで名乗ってるのか判断できねえ。

 そこ間違えたら上手く対応できる自信がねえ。

 保留だ保留。

 

 ……ただでさえなあ、正体隠して本名名乗らないって時点でこいつのややこしさは、キャロルが推察してる。

 まあ、あれだ。

 こいつがやらかしても、こいつが自分の正体一切明かさず死んでいけば、日本サイドに一切迷惑はかからないってわけだ。

 こいつは死を覚悟でここに居る。

 ウイングとかいう名前のくせに、重い。羽のような軽さがない。

 

「腕の調子はどう? ボクが見た方がいい?」

 

「ぜーんぜん。この義腕、料理の腕も上がるとかいいこと尽くめやで」

 

「そっか、よかった」

 

 かつては「リンゴの皮をひと繋がりにして剥くぞ!」と決意すれば、皮に余分な果肉沢山くっつけて剥いちまってた俺。

 そんな俺も今や「え? 俺今リンゴ剥いてた? いやー無意識だったわー、無意識に皮ひと繋がりにして剥いてたわー」と言えるほどのレベルに達していた。

 勿論皮に付いている果肉はゼロだ。

 義腕サマサマだ。今ではふわふわになるくらい細くキャベツの千切りも出来るぜ。

 

 前日に下ごしらえしておいた鳥の胸肉出して、下味つけて焼く。

 火が通ったら切り分け、ウイングが買って来たトマトソースを使ったソースをかける。

 火が通り切るまでに作っておいたサラダ、簡易版手作り吸い物を添え、米をよそる。

 よし。

 まあ米、鶏肉、サラダ、スープ(吸い物)あれば十分だろ。

 

「いただきます!」

「いただきます」

 

「めしあがれ」

 

 なんかなー、こう、旅をしてるとな。

 日本のとんこつラーメン大盛りとか無性に食いたくなるんだよな。

 マックは世界中どこにでもあるんだが、日本のラーメンってどこにもねえし。

 たまには健康に悪い感じの外食がしたい。クソ安いブタメンを野外で食いたい。デニーズのクソデカいパフェが好きだ。スシローの寿司が好きだ。ガストの焼肉食いてえ。

 しかし日本に留まっていたとしても、貧乏ロッカーの俺には高い外食なんてめったに食えねえもんだったんだよなあ。現実は非情だ。

 

「吸い物か、ありがたい。私の実家では……………………私は国籍不明の謎の女だ」

 

「お前素性隠す気あるんか?」

 

「こんなものを出す時点でお前も多少察して居るんだろう。意地悪は言うな」

 

「いやお前な、この前寝起きの時にな。

 俺が呼んだら『ウイング? いや私の名前はつば……ウイングだ』って寝ぼけてたやんけ」

 

「……面目ない」

 

「いや別に、それはええんや。

 時差ボケ起こして寝不足になってまうくらい、俺らのために動いて貰ってたんは分かる。

 でもなあ、そんなにバレバレなら俺らの前でくらい本名使ってもえんやないかと思うてな」

 

 できれば本名で話したいよな、とキャロルに目で訴える。

 うん、そうだよね。あ、このお肉美味しいよ、と目で返答が返って来る。

 だがウイングは生真面目っつーか、頑なだった。

 

「私は本気で自分の素性を隠す。

 本気でお前達を守る。

 それでどうか、納得してくれないだろうか」

 

「……ま、ええか。こちとら世話になってる側の人間やしな」

 

 行儀は良いんだが、要領は良くないなこいつ。多分。

 

「ボクはこういうスープ好きだな……あ、そうだ。

 ウェル博士から貰った情報の中に、フィーネのことが書いてあったよ」

 

「へえ、フィーネお婆さんの? どこ行ったんやろなあの人」

 

「フィーネお婆さん……? それはそうと、紙に出しておきましたので、どうぞ」

 

 ふむふむ。

 証拠と推測がきっちり分けられてるな、流石ウェル。

 

 ここからは事実。

 フィーネはカストディアン……神? に会おうとしてたのか。

 神っつったらあれだな、ブッダだ。フィーネはブッダに会いに行ったのか。

 んで世界の外に出て行った。

 フィーネは部下に世界を統治するための玉座を残したが、今はそこにキャロルが座ってるのが確認されてる。確認した奴は記憶消されたんだっけ?

 

 ここからはウェルの推測。

 フィーネはウキウキで世界の外に出ていった。

 自分が居なくなっても世界を平和に維持できるよう、世界の危機を解決できるよう、自分の部下達に腹案やアイテムを残していったが、それを根こそぎオリジナルキャロルに持って行かれた。

 バカじゃねえの?

 ウェルはそれが十数年前にあったオリジナルキャロルによるフィーネ殴り込みのタイミングだと推測している。

 

 うーん、推測多いな。

 フィーネがどのタイミングでブッダに会いに行ったのか分からん。

 エテメンアンキの玉座はいつから空だったんだ?

 キャロルはいつから玉座に座ってたんだ?

 今のこの世界の問題って、フィーネが居りゃ解決されてたもんなのか?

 

 ……あーいやもうどうでもいーわ。

 

「だいたいわかった。キャロル、何か分かったら教えてな」

 

「はい!」

 

 丸投げしておこう。

 

「私も多くは知らない。

 だが、エテメンアンキの初期は非常に統率の取れた組織であったと聞く。

 人道的で合理的な組織であったがゆえに、各国もすぐ傘下に入ったらしい。

 ならばその時期は確実にフィーネとやらが統率を取っていたんだろう。

 過激派宗教団体、クー・クラックス・クラン、パヴァリア光明結社……全てを打ち倒していた」

 

 パイズリ光明結社?

 パイズリ光明結社とかなんだよ。名前つけた奴のセンス疑うわー、ないわー。

 何に光明当てたがってんだよこのオープン変態性癖ド変態野郎どもが。

 設立者もそうだが参加を決めた構成員一人一人が救いようのないド変態だわ。

 仮にそんなとこに所属してる奴と出会ったら笑いこらえられる自信ねーわ。

 

「すまない。私もエテメンアンキの過去について多くは知らないのだ」

 

「ええんやで。それよか、飯美味いか?」

 

「え? ああ、美味しい。アメリカでも日本の味に近いものを食べられるとは思わなかった」

 

「そかそか、それならええんや。腹一杯食って満足したら、ちょっと出かけよか」

 

「どこにだ?」

 

 ウイングが首を傾げる。

 キャロルは既に外出の準備を終えている。

 イチイバルも数日中に見つかりそうだし、まあいいだろ?

 

「マリアさんのライブに行くんや!」

 

 イェーイ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いいよなアメリカ。

 銃とかゴミ箱に捨てられてそうな感じとか、地元ヤンキーチームがクソ強そうな感じとか、ちょっと路地裏に行ったらぶっ殺されそうなアメリカいいよな。

 まあここニューヨークど真ん中だからあんま治安悪い光景見られないんだけどな……

 

 ニューヨークはパンクの聖地。俺としてはサンセットストリップとかの方に行きたい。

 が、イチイバルはニューヨークにあるってんだから仕方ねえ。

 マリアさんのライブが見られるってんなら、プラスマイナスで考えてプラスまである。

 いいよなぁライブ。

 演奏側もいいが観客側もいいんだよアレ。

 気楽で無責任な一体感がな、たまに味わいたくなるんだわ。

 

「広いな……私の想像以上だ」

 

「全米トップのスーパーロックンローラーやで? 小さい会場で演奏するわけあらへん」

 

 ウイングのライブ会場に慣れてない様子が初々しい。

 ん? キャロルが慣れてない様子を見せてないのはおかしいな……あ、こいつ事前に勉強して来たな。慣れてない様子を見せないように頑張ってんな。可愛い奴め。

 小さいライブハウスならともかく、世界的ロックスターのライブともなりゃ世界中から人が集まってやがる。これなら東洋人がちょっと混じってっても目立たないな。

 

「あれ? 結弦くん、前の方に行かないの?

 ライブでは前の方が盛り上がるって本には書いてあったのに……」

 

「前は訓練されたファンの場所や。

 一番前に居るファンは、自分より後ろのファン全員の視界に自分の姿が入っちまうんやで」

 

「あ」

 

「俺らみたいなにわかファンは、人口密度の低い後ろの方でじっくり見ようや」

 

 流石にライブ初体験の二人を連れて、ロックライブ最前線に行く気はねえよ。

 客席後方の脇の席でも大丈夫だ。

 最近のライブ会場は、スピーカーで音を遠い座席にもきっちり届けてくれる。

 

「結弦くんはスラッシュメタルだけど、マリアさんはどういう音楽の人なの?」

 

「マリアさんはロックンローラーやけど、ロックだけの人っちゅうのも何かちゃうな。

 例えるならビートルズ寄りの人や。

 結構多芸で……強いてジャンルを言うんなら、『マリア』と言うしかないんや」

 

「……?」

 

「聞きゃ分かる」

 

 しょうがねえんだって。

 その人があんまりにも多芸なせいで、その人の名前がそのまんまジャンルになるものもある。

 ピカソは『ピカソの絵』、ビートルズは『ビートルズの曲』で通じる。

 『マリア』はそれ単体で通じるジャンルみてえなもんだ。

 あ、声優が「○○は何やっても○○だな」とか言われる奴とは違うからな。

 

「あ、演奏、始まった」

 

 マリア・カデンツァヴナ・イヴの短い口上とパフォーマンス。

 そして演奏の開始。

 一度聴けば、猿だって理解し感動するのが一流のロック。

 だがマリア・カデンツァヴナ・イヴのそれは、発情した猿のカップルから男の猿を音だけで寝取ると言われてるくらいに、次元が違う。

 

「―――」

 

 ほら、見ろ。

 序章だけでキャロルもウイングも、一気に引き込まれた。

 異様にハッキリと聞こえる音。

 蠱惑する鮮やかな旋律。

 歌を耳にしているだけなのに、リズムに人体の鼓動が引きずられてペースアップしていく。

 胸に響く歌声に、心臓を揺らすギターを混ぜるがマリア・カデンツァヴナ・イヴだ。

 

 ヘビィメタルミュージック『Apple』。

 ロックの世界の女王様が、子供の頃に好きだったリズムをヘビメタに再編成した名曲。

 誰の耳にも、届く歌だ。

 

 音楽が分からない奴に、仮にこれを説明するとする。それなら簡単だ。

 『コンビニで流せば誰でも十秒で興味を持つ』。

 『興味を持った奴が歌詞を聞き取って、検索サイトでフレーズを検索する』。

 『そしてまた後で改めて聞こうとする』。

 この三段階がまず確実に発生する、そういう最高の歌と演奏なのさ。

 

 この人の音楽は、人によって例えるものが違う。

 銀の新車のドライブをイメージする奴、抜身の刃が頭に浮かぶ奴、コイントスで跳ね上げられた銀貨を連想する奴も居て、大雪の後の一面の銀世界を想像する奴も居るらしい。

 まあ、つまり一言で言っちまえば――

 

「すっ、ごい……!」

 

 ――『銀』。

 美しく、綺麗で、強さも感じる、輝きの旋律。

 "銀のロックンローラー"。

 マリア・カデンツァヴナ・イヴに付けられた異名の中で、俺はそいつが一番今の彼女に合ってると思うな。

 昔の彼女はファッカー・ザ・マリアの名に相応しいロックンローラーだった。

 だがそこから彼女の進化は止まらなかった。

 怖気がするぜ。

 成長を止めない最強キャラに、一体誰が追いつける?

 

 ロックの王国アメリカで、女王になったマリア・カデンツァヴナ・イヴは、まさしく最強。

 自由の女神像ですら、彼女の旋律はファック出来る。

 国が丸ごと女王様の音にメロメロだ。ったく、罪な女ってレベルじゃねーぞ。

 

「わぁ―――!」

 

 しかし、あれだな。

 悔しい。

 ……できれば、キャロルに一番最初にいいロックを聴かせるのは、俺が良かった。

 今俺の隣で浮かべられてるキャロルの笑顔、俺に向けて欲しいかった。

 落ち込むし、劣等感バリバリになってきたわ。

 ……あ、ヤベえ、何か今の俺クッソ女々しい。

 ロックじゃねえ。情けねえ。あーでもクッソ悔しい。負けん気湧いてきた。

 

 マリア・カデンツァヴナ・イヴ、タンスの端っこに足の小指思いっきりぶつけねーかな……

 

 

 

 

 

 ライブが終わった頃には、キャロルもウイングもすっかりマリアのファンになっていた。

 やべーなマリア効果。

 

「いいものだな、音楽というものは……」

 

 このウイングの顔すんげえぞ。

 人間が人生変わるくらいの衝撃受けた顔、俺久しぶりに見たぞ。

 『感銘』を絵に描いたようなこのウイングの顔、親に見せてやりてえぜ。

 

「凄かった……結弦くんがロックを大好きな気持ち、すごく分かったよ」

 

「そうなん?」

 

「うん! 今のボクの気持ち、きっと結弦くんと同じ!」

 

 同じじゃないと思うぜ、俺の心中劣等感バリバリだからよ!

 でもやっぱマリアはいいわ。

 こう……尊い。"ロックっていいよな"って気持ちになる? 感じ。

 マリアの音楽はロック界の宝だわ。末永く歌い続けて欲しい。

 

「私は詳しくないが、信じられないくらいに有名人で人気者のようだな、マリアというのは」

 

「清純派シンディー・ローパーとさえ言われるほどの人やからな」

 

「慎次ィー・ローバー……? すまない、私にはちょっと分からない」

 

「ロックの国の女王様や」

 

「む、ちょっと分かってきた」

 

「炭酸飲料業界におけるコーラ!」

 

「つまり一番人気で一番有名ということか? 凄いな」

 

 こういう感覚的(フィーリング)な納得を与えんのが一番難しいんだ。

 「この最強キャラは地球ぶっ壊せる!」って説明しても「へー」だが、ドラゴンボール読ませれば「地球壊せる悟空すげー!」になる。感覚での理解が大事なんだ。特に音楽じゃあな。

 ライブはその点最高だ。

 音は響き、皆が一体になった光景が目に焼き付き、空気の震えが肌を叩く。

 最っ高に感覚を刺激して、感覚から皆の心を魅了してくれる。

 

「ライブはiTuneとかCDで聴くのとは根本的に違うんや。いい経験できたなあ」

 

「『アウラ』だね、結弦くん」

 

「アウラ……?」

 

「哲学者ヴァルター・ベンヤミンは写真等が流行る時代にこう考えたんだ。

 『芸術作品には一回きりの凄い感動を与える力がある』って。

 その一回きりの力をアウラ、って呼んだんだよ。

 写真や録音では残せない力、それがアウラ。

 ボクには音楽はあまり分からないけど……さっきのライブには、これがあったと思うんだ」

 

「キャロルは本当に頭ええんやなあ」

 

 世間知らずな風で、専門知識は莫大にある。本当にこの子は頭いい子だな。

 この子は音楽の世界しか知らないっつうが、俺は逆に音楽以外のことには全く詳しくねえから、この子の見解が面白い。

 そうだな。キャロルはいつだって、俺に違う世界を見せてくれる。

 

「そういう意味じゃあれやな。

 ライブ前のマリアさんのパフォーマンス、あれもアウラなんやろか。

 ほら、ガラスコップに特大の大声(シャウト)吹き込んで、声だけでコップ割るやつ」

 

「ああ、あれは凄かった!」

「あ、あれ凄かったね!」

 

「ハモってるようでハモってないハモりやめーや。

 あのガラスコップ、事前に細工がしてあったんかそうでないんか分からんなあ」

 

 素のシャウトで壊してたら化物だが、流石にそれはないな。

 ……ないよな?

 してたらこえーぞ。

 マリアパッチの雄叫びとか笑えねえ。

 

「あ……セレナさん? 結弦くん、こっち来て」

 

 え? セレナ?

 周りに人も居るってのにキャロルの身長で見つけられるってどこに……あ、居た。

 スタッフ専用入り口から出て来たところか。

 (マリア)の身内だったから入れてもらえたのか?

 あ、こっちに来る。

 意識しろ、俺。今度こそは絶対に胸を見るな! 嫌な思いさせるくらいなら首を切れ!

 

「ちょっとぶりだね、キャロルちゃん、結弦くん。

 姉さんのライブに来てたんだ、ちょっとびっくり」

 

「ちょっとぶりです、セレナさん」

 

「おひさやな。今日もお仕事でこっちに来とるんか?」

 

「うん、その通り。そのついでに姉さんに挨拶しに来たんだ」

 

 マリア&セレナの美人姉妹を連続して見た今だからこそ思う。

 美人遺伝子が仕事しすぎだろ、この姉妹。

 

「そうだ。結弦くん、姉さんに会ってみ――」

 

「是非」

 

「く、食い気味! 結弦くんがボクも見たことないような顔してる!」

 

 おいキャロル。お前俺と一ヶ月も付き合いないくせにそのセリフはどうなんだ。お前見たことのない俺の顔の方が多いだろ、理解者気取りかこんにゃろう。

 そういうのはもっと付き合い長くなってから言え。

 セレナは俺達を連れてすいすい会場の中を進んでいく。

 おいウイング。通行人とすれ違う度に懐の短刀に手を伸ばそうとすんのやめろ。真面目か。

 

「姉さん、姉さん、入っていい?」

 

「セレナ? いいわよ、入って」

 

「男の人も一緒だけど大丈夫? 私の勘だと、姉さん今着替え途中だよね」

 

「ッ!? ご、五分ちょうだい!」

 

 あー、あるある。無神経な妹のせいで姉の威厳が無くなるやつ。

 あのマリアも人間だったんだな……というかセレナが強い。

 姉妹間のヒエラルキーが垣間見えたな。

 

「どうぞ」

 

 マリアがそう言うなり、セレナがドアを開けて部屋に入る。

 俺達もCMのピクミンのようにその後に続いた。

 部屋の中にはマリアのみ。

 マリアの視線がセレナ、キャロル、ウイング、俺の順に向けられていた。

 すげえ、生マリアだ。……生マリアって多分言いにくいなこれ。リアルマリア。マリアル。マリアントワネット・カデンツァヴナ・イヴ。

 ……俺の思考動揺してるな。動揺してる。

 リスペクト対象と出会えたからって頭おかしくなってるな。

 

「セレナ、その人達は?」

 

「私の友達で、ライブを見に来てくれた姉さんのファンだよ」

 

「そう。初めまして……と言うのもおかしいかしら? マリア・カデンツァヴナ・イヴよ」

 

 やべえ、俺より偉い人に先に挨拶させてしまった。

 無礼にも程がある。慌てて俺も挨拶と名乗りを返した。

 キャロル達も挨拶をする傍ら、セレナが何か考えて……あ、何か思いついた顔した。

 

「そうだ姉さん。結弦くんロッカーなんだけど、姉さんが指導を付けてあげてくれないかな?」

 

「私が?」

 

 ―――何を突然!

 ―――これはチャンスだ!

 二つの思考が脳内を駆け巡り、俺は反射的に頭を下げて頼み込んでいた。

 

「お願いします! 俺、マリアさん以上のロックンローラーになりたいんや!」

 

 あ、やべ、ちょっと本音が出た。もうちょい下手に出ればよかった。

 

「へぇ……」

 

 あれ、マリアの声の感じからするに感触悪くねえぞ? どういうこった。

 

「けど、私も忙しいわ。そんなに指導の時間は取れないわよ?」

 

「それでもええ! お願いします!」

 

「私の指導は厳しいわよ? 時間がない以上、厳し目になるわ」

 

「望むところや! 覚悟の上です!」

 

「……いいでしょう。

 本来ならお金を取らないと行けないんでしょうけど、セレナの頼みだものね」

 

 マジかよ、ダメ元で言ったのに。超嬉しい。

 

「ついて来れるならついて来いッ!」

 

 かくして、キャロルとウイングを完全に置き去りにした俺の修行パートが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の全力演奏をまず見せろ、と言われた。

 

「まずは見せてもらうわ。ライブ会場(いくさば)に冴える抜き身のあなたを」

 

 義腕で俺の能力は上がってるんだ、イケる!

 しょっぱなで俺の腕を見せて驚かせてやるぜ!

 

「この……ハズレロックンローラーッ!」

 

「ごめんなさい俺調子に乗りました! 堪忍や!」

 

 ダメだった!

 

「あなた、最近急に何かの要素でギターの演奏だけ上手くなったでしょう」

 

「あ、はい」

 

「演奏が上手くなりすぎなのよ。

 最初は演奏と歌が合ってたんでしょうけど、今は徐々に離れ始めているわ。

 ギターボーカルは歌と演奏、その両方に個別のリズムを持たないといけない。

 あなたは無意識の内に、歌と演奏のバランスを完全に崩壊させてしまっている」

 

 なん……だと!?

 

「そんな……!」

 

「うろたえるな!」

 

 動揺した俺の頬にマリアの平手打ちが飛んで来る。

 落石訓練で耐久力を鍛えた俺が女の平手でどうにかなると思うなよ!

 それはそれとして不甲斐ないロッカーでごめんなさい!

 

「すみません……」

 

「しょげるなッ!

 あなたもロッカーなら、私相手に噛み付くくらいの根性は見せなさい!

 音楽家が自分の音を見失うなどしょっちゅうよ!

 あなたは誰もはいつかはぶつかる音楽家の壁にぶつかったに過ぎないッ!」

 

「……っ!」

 

「だけど音楽家(わたしたち)は何度も"上手く行かない"という壁にぶち当たり、立て直す。

 失敗や失調をしないのがプロではないわ。

 たとえそうなっても、仕事の舞台までに立て直せるからプロなのよ!

 音楽で食っていくと決めたなら、覚悟を決めなさい! あなたもロックンローラーならッ!」

 

「はいっ!」

 

 修行は続く。

 

 

 

 指定された曲を指定されたリズムで弾けと言われた。実質速弾きだ。

 

「振り返るな結弦、全力疾走だッ!」

 

「押す!」

 

 全力疾走で弾く。

 だが、キツい。

 曲のチョイスと指定されたペースが速すぎる。

 

「くっ!」

 

 やべっ、失敗した。やべっ、やべっ。

 

「うろたえるな!」

 

 痛え! デコピンされた! 結構痛い!

 

「この曲は、あなたの普段の演奏ペースより少し速いだけよ。

 あなたの運指の速さなら問題にはならないはず。ならば何故出来ないのかしら?」

 

「うっ……」

 

「それは……あなたの心が、この速さにうろたえたからに他ならないッ!」

 

「ッ!」

 

 技術の問題ではなく、精神の問題だとッ!?

 

「平常心を保ちなさい! これはメンタルの問題よ!」

 

「はい!」

 

 修行は続く。

 

 

 

 マスター・マリアは途中で唐突に分厚いグラスを差し出して来た。

 

「分厚い市販のガラスコップよ。これをあなたの叫び声(シャウト)だけで割りなさい」

 

 無理に決まってんだろ。

 

「割るまではこの部屋から出さないわ。覚悟してやりなさい」

 

「無理に決まってるやろ! 違う修行でお願いします!」

 

「うろたえるな!」

 

 うろたえるわ!

 

「ジム・ジレットも知らないの?」

 

「ジム・ジレット……聞いたことがあります。メタルバンド・タフのボーカルやな」

 

「そう、『世界最速のギタリスト』マイケル・アンジェロの相棒。

 歌を辞めてブラジリアン柔術のグレイシーと共に格闘家の道を選んだロッカー。

 彼は32秒シャウトを続けることができ、シャウトでグラスを割ることが出来たと言うわ」

 

 だからってできねーよ、常識的に考えろ。

 

「せやけど無理ですって!」

 

「やる前から無理だなどと言うなッ!

 時代を作る音楽はいつだって、不可能を踏破することで生まれると知れッ!」

 

「不可能ですって! 良いから見ててください! アアアアアアアアアッ! あ、割れた!?」

 

「ほら見なさい」

 

 割れちゃったよ、俺のシャウトで。

 

「次からは徐々にグラスの厚みを増やしていくわよ」

 

 え、まだ上があるんですか。

 

 そんなこんなで、俺が倒れるまで修行は続いた。

 

「今日はここまでにしましょう」

 

 体力自慢の俺が、まさか女の人について行けねえなんてな。流石マリアだ、すげーわ。

 心底リスペクトできる。

 

「また私の時間が空いたら連絡するから、自主練も忘れないようにね」

 

「じゃあね、頑張ってね。姉さんの指導は厳しいから」

 

 マリアとセレナが帰っていく。立てねえ。見送れねえ。

 

「だ、大丈夫?」

 

「だいじょばない」

 

 キャロルが心配そうに、優しく声をかけてくる。

 修行中ずっと待っててくれたのか。良い奴すぎねえかな。

 

「私が家まで運んでいこう。結弦、少し我慢しろ」

 

「ボクがおんぶします! 結弦くんを背負うのはボクです!」

 

 あーもうこういう時にやる気出すんだからこの子は。

 俺の身長さー、180超えてんだからさー、君が背負ったら足引きずるわけなんだが。

 ほら見ろ段差で俺の足ゴツンゴツンぶつかってんじゃん。

 すっぱり言ってやるべきか。

 いやでもなあ。

 頑張ってる子にそういうこと言うのはな。

 理想的なのはキャロルが俺を家まで運びきったところで、「よく頑張った」「ありがとう」って言ってこの子の笑顔を見ることなんだが。

 ……借りてる部屋までキャロルの体力保たない気がする。

 

「結弦の足を引きずっているぞ。私が替わろうか?」

 

「大丈夫です、ボク頑張ります」

 

「しかしそれでは、お前にとっても結弦にとってもよくない状態が続くのではないか」

 

「……」

 

「私を頼ってくれ。私もお前に頼られたい。それはいけないことだろうか?」

 

「……結弦くんを、お願いします。ボクじゃちょっと、身長が足りないみたいです」

 

 かっこいいこと言うな、この青髪。ネーミングセンス微妙に無いくせに。

 

「ありがとなぁ、キャロルちゃん。ウイングもサンキューな」

 

「ボクは途中までだから、お礼は貰えないよ」

「私のことも気にするな。私も指令されたこととは別に、お前の力になってやりたくなった」

 

「え?」

 

「私が知っているのは、一つの道を極めようとすることの辛さだ。

 才に依らずに実力を身に着けることの困難さだ。

 そして、自らを弛まず鍛えることの偉大さだ。懸命に自分を鍛える者に、私は敬意を表する」

 

「ウイング……お前、ただ腕力が強いだけの変な人やなかったんやな……

 ごめんな、俺の認識が悪かった。お前を勘違いしてた俺が情けなく思えてくる」

 

「待て、どういう意味だ?」

 

 そのまんまの意味だよ。

 

 借りてた部屋に到着した。さあ休もう。俺が復活したら飯も作ろう。そして風呂入って寝るぞ。

 今日は誰の曲を聴きながら寝ようかね?

 やはりマリアか。マリアで行くか。マリアのR&Bをキャロルに聴かせよう。

 

「……来たか?」

 

 ん? 郵便受けからウイングが何か取り出してるな。

 

「何が来たん?」

 

「イチイバルの所在が分かった」

 

 パねえぜ日本の諜報機関。

 

 

 

 

 

 俺が飯を作ろうと思ったが、キャロルが俺の体を気遣ってピザ頼みやがった。いくらなんでも心配性過ぎねえか君。

 ピザ食いながら、ウイングに届けられた手紙を拝見する。

 

「バッカやなー!」

 

 第一声がそうだった俺を責めないで欲しい。

 

「元より裏社会に流れている物だと私も聞いていたが、これはな……」

 

「ボクらが聖遺物を集めてることを、エテメンアンキも感づいていた。

 だから聖遺物流通には目を光らせていて、非合法取引をしようとしていたマフィアが困った」

 

「イチイバルを持っていたマフィアは工作を開始する。

 そして、エテメンアンキが目をつけてない場所。

 つまりは治世側が想定もしていない取引のルートを考え……」

 

「国境を越えた対決、クリスVSマリアのステージを選んだってわけやな。

 イチイバルの欠片は、今は優勝トロフィーの台座ん中。

 エテメンアンキはイチイバルの所在に気付いとらん。

 受け取り側のマフィアは両音楽家の事務所の関係者に手の者を混ぜておけばええわけやな」

 

「マリアさんか、クリスさんか。

 勝者がトロフィーを掴む以上、どっちが優勝しても聖遺物の受け渡しは完了します」

 

「大会運営委員はトロフィーを金庫に入れてエテメンアンキにさえ触らせない姿勢らしいで」

 

 いや、もう、バカだろ。

 バカだけどある意味最適解なのがタチ悪い。

 今回の優勝者はマリアかクリスで決まりだ。ならこれで確実にブツの受け渡しができる。

 普通は使われない物流ルートだしな、これ。

 エテメンアンキも気付いてないらしいし。

 聖遺物を高値で売りたいマフィアと、高値で買いたいマフィア。そいつらが音楽の大舞台を利用して、取引を成功させようとしてるってわけだ。

 

 クリスとマリアの知名度で多くの金と人が集まってる今のニューヨークなら、どさくさに紛れてこのくらいは出来るのかもしれねえな。

 統一言語がある以上、いつバレるかも分からんが。

 

「どうしよう、結弦くん」

 

 そんな不安な顔すんなって。俺がなんとかするから。

 

「決まっとるやろ」

 

 世界を救うんだろ、キャロル。

 じゃあ止まってなんか居られねえよな?

 

「今回のクリスVSマリア。

 話題を作るためか、大イベントを一日で終わらせんためか。

 どうやら複数の有名バンドを招いて、人気投票トーナメント形式でやるそうや」

 

「……まさか」

 

 そのまさかだ。

 

「ロックで大会を勝ち抜き、優勝トロフィーをゲットする。

 そしてこっそりイチイバルを台座から抜き取り、確保するんや!」

 

「またロックで全てを解決しようとしてる!」

 

 いいだろ別に!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 よくじーつ。

 俺はライブ会場に殴り込み、クリスVSマリアの舞台となる大会へ飛び入りで参加しようとしていた。大会形式の激突は明後日始まる。飛び入りで参加するには今しかない。

 

「駄目です」

 

「なんでやねん!」

 

「むしろなんで飛び入りで参加できると思ったんだお前!」

 

 ダメでした! そりゃそうだよな、俺でも断るわ!

 大会自体参加者のレベルかなり高く見積もってるだろうから、無名のパンピーとか参加認めるわけがねーわ。

 だが俺はキャロルにイチイバルを持って帰るため、不可能を不可能のままにはしておけねえ。

 ここで諦められるか。

 無理で道理を殴り倒す!

 

「ではここで俺の一曲、お聞きくだせーな」

 

「いいから帰れ」

 

「ええから聴けや! こういう時はなんか一曲弾けばふわっと解決するやろ!」

 

「漫画の読みすぎだ! いいから帰れってんだよテメー!」

 

 下っ端のくせに根性あるなこいつ。どうせ大会の運営に対して関わってないくせに。

 

「ああもう、お前みたいな奴多いんだよ!

 世紀の対決にちょっとでも関わりたい素人音楽家! いいからさっさと帰れと……」

 

 俺の腕を、そいつが掴もうとして。

 俺の腕を掴もうとしたそいつの手を、ウイングが掴む。

 

「この男のこの手は、音楽を紡ぐ手だ。私にも、お前にも、傷つける権利はない」

 

 こいつマジでかっこいいな。

 

「な、なんだこれ……強く掴まれてるわけでもないのに、振りほどけない!?」

 

「ウイング、放したってや」

 

「……」

 

「俺は音楽でこいつを説得して先に進もうとは思えるけど、力で通ろうとは思わんで」

 

「……そうだな。それが正解だ」

 

 ウイングが下っ端の手を放す。下っ端が涙目でこっち睨んできた。

 ちょっと罪悪感だ。悪いな、俺がゴネたせいでなんか変な感じになっちゃって。

 

「へえ、お前今回のこれに参加してえんだって?」

 

「ん? ……ん?」

 

「三人セットでここに来て、その内二人が日本人たぁ驚きだ」

 

 え?

 ……俺に声をかけてきた、こいつ。

 見間違えるわけもねえ。なんでここで出て来るんだ?

 

「雪音クリス!?」

 

「おう、あたしだ。懐かしいな、滑らかな日本語も」

 

 うっわ、写真と動画でしか見たことない雪音クリスだ! サインください!

 生クリス! リアルクリス! クリアル! サイン欲し……あ、マスター・マリアにもサイン貰うの忘れてた。次会った時サイン貰っておこう。

 ……ってそうじゃねーよ! 俺はこいつらをぶっ倒しに来たんだ!

 こんな奴ら踏み台にしていかないといけねえんだよ!

 

「レディ・クリス、こいつらは大会の参加希望だそうですが、あなたが相手をするような者では」

 

「いーっていーって。ここはあたしに任せて、あんたは帰ってろ」

 

「しかし」

 

「いいから帰れ!」

 

 施設内に追い出される下っ端。

 ……いや、なんだろうな、この気持ち。

 写真とかで座ってる姿見た時とか、動画で演奏してるの見た時とか、それだけで教育が良いんだなって思えるくらいピシッとした姿勢してたんだよな、雪音クリス。

 今も細かい所作に礼儀正しさというか、動きの綺麗さみたいなもんが見える。

 が。

 

 行儀は良いんだが口は良くないな、こいつ。

 

「分かってんのか? あたしらの鉄火場に半端な奴が入っても、かませになるだけだぜ」

 

「せやで、優勝しに来たんや」

 

 雪音クリスが笑った。ニッと笑った。

 本人的には獰猛に威嚇したつもりなんだろうが、育ちの良さのせいか童顔のせいか全く威圧感がない。イキがってるロリ顔の何を怖がれってんだ。

 

「へえ、なら……」

 

 クリスが何か言おうとするが、さっきの下っ端が戻って来て叫ぶ。

 

「レディ! いけませんぞ!

 いくらその男があなたのお父様と同じカンサイ=ベンの使い手だからと言って!

 見ず知らずの日本人男に興味を持つなど危険すぎます! そんなにパパが恋しいんですか!」

 

「うるせえ! デタラメ言ってんじゃねえ!」

 

 あ、蹴り飛ばされた。

 あの下っ端も不憫だな。俺の頼みを強情に突っぱねてたのも、雪音クリスにこうして助言しに来たのも、職務に忠実なんだからだろうに。

 だがすまんな。

 俺はこの大会に参加したいがゆえに、お前の味方はしてやれないんだ。許せ。

 クリスの目が、ウイング、キャロル、俺の三人を見る。

 

「この三人の中で演奏者は……お前だけか」

 

 体の動かし方や筋肉の付き方、後は手のマメの位置とかか? ひと目見ただけで見抜いてくるとは流石だ。

 分かってたことだがただもんじゃねえ。

 

「お前だけついて来い」

 

「一人で知らない場所に女の子に呼び出されるって、なんや学生の告白みたいやな」

 

「……お前のノリ見てると、うちの父親思い出すな、本当に」

 

 キャロルとウイング置いて、何か色々思い出す顔してるクリスに連れられ会場の中へと連れられていく。

 

「結弦くん、早く帰って来てね!」

 

 ドアが閉まる前に、こんな声が聞こえて来て、ちょっと笑っちまった。

 心配性め。

 クリスに連れられ、俺は練習室へと辿り着いた。音を反響しないよう工夫された壁の作りが、俺にたいな人間には最高に落ち着く感じになっている。

 

「で、俺はなんでここに連れて来られたんや?」

 

「あー、あたしらの方の都合で色々あってな。

 あたし達と一緒に来るオーケストラ式のバンドが一個、来れなくなっちまったんだよ」

 

「……クラシックは大変やな。全体の何%来なかったんや?」

 

「お、分かるのか? それなら話が早え、助かるぜ」

 

 俺もクラシックは詳しくねえ。その手の人間から見りゃ無知と言い切っていいレベルだ。

 が、クラシックを知らなきゃ語りにくいのもロックの世界だ。

 その辺が色々とある以上、俺もちっとは知っている。

 

 ロックはスリーピース、つまり三人編成で完成できる。

 ところがクラシックは70人でベートーヴェンやろうぜ、という世界だ。

 70人でロックバンド組むなんてのは普通おかしい。

 ……ロックバンドとオーケストラが組んで数十人で演奏したってのはあるが。

 

 雪音クリスもそういうタイプだ。

 クラシックの数十人でロックを演奏した過去がある。

 今回彼女はクラシック分野からロック分野に殴り込みをかけて来たわけだが、数十人で構成されるバンドを複数そのまんまアメリカに持って来ようとしてってのは想像がつく。

 が。

 んなもん、トラブルがありゃすぐダメになるもんだ。人が多すぎる。

 

 ロックバンドは適当だ。

 ボーカル、ギター、ベース、ドラム、その辺適当に入れ替えても音合わせをしっかりやれば、それなりに機能するバンドになる。無論、それなりでしかないが。

 しかしクラシックは違う。

 ゴリッと入れ替えればそれだけで成立しない。ましてや"ロックをやっていい"と雪音クリスに言ってくれるクラシック奏者が何人居る? そもそも入れ替えできるほどの人数が居るのか?

 百年前に色々とぶっ壊れたが、伝統を重視する人間にクラシック→ロックの変化は流石にキツいだろうよ。人員の急遽補充なんて出来るわけがない。

 

 雪音クリスは言った。

 予定してたバンドが一つ来れなくなったと。

 何人か風邪でも引けば、それだけでバンドごと機能不全を起こしてもおかしかねえさ。

 推測できないほどのもんじゃねえ。

 

「俺は抜けたバンドの代わりに大会に入る穴埋めなんやな」

 

「悪いな」

 

 なんてこったない。雪音クリスは雪音クリスで、自分達がしたヘマの尻拭いをしようとしてたってわけだ。泣かせる健気さじゃねえか。

 そんな他人のヘマの穴埋め、周りの大人にでも丸投げしていいだろうに。それが許されるポジションと年齡だろうに。

 口は良くないが、性格は良いな。

 

「あたしが連れて来るって言って、結局来なかったバンドの一枠。

 あたしはここにちゃんとしたバンドを一個推薦したいんだ。

 だけど、分かるだろ? 半端なバンドを推薦なんてしたら、それこそ迷惑がかかっちまう」

 

「演奏見せろってんやろ? 分かりやすいわ」

 

「あたしとやり合う大会の枠が欲しいんなら、ここであたしに認めさせて見せろ」

 

 上等。

 密室で聖遺物ギターをどこからともなく出現させて、雪音クリスをぎょっとさせる。

 掴みは上々。

 引きつけた意識をそのまま、俺の音楽へと向けさせる。

 ロックシンガーのパフォーマンスは、客の注意を引きつけて、音楽の評価をより上げるためにも使えるもんだ。

 さあ、もっと聴け。

 

「そのまま弾き続けろよ。―――♪」

 

 !?

 俺の演奏中に、雪音クリスが……歌い始めた!?

 マジかよ。俺のボーカルパート、合わせも無しに全部即席でやる気か?

 

 ……しかも上手い。

 合わせるのも上手いが、声がよく通るよく通る。不快感も全く無い歌声だ。

 こりゃクラシックで勝てる奴なんて居るわけねえ。

 静かで穏やかな曲調をこの声で情感たっぷりに歌えば、それだけで無敵だ。

 俺が今演奏してる激しめの曲調でさえ、雪音クリスの歌はよく映える。

 

 『何にも踏み荒らされなかった雪音クリスの歌声』は、あまりにも綺麗だった。

 あらゆる絵を白い絵の具で塗り潰すような、純粋無垢にして攻撃的な蹂躙する白色。

 大雪が降った後、雪の白しか見えなくなるような雄大ささえ感じる。

 ミサイルで何もかも吹っ飛ばして景色を更地に変える行為を、最大限にお上品に、かつ綺麗にやったらこうなるんだろうか?

 

 美しい。

 圧倒される。

 そのくせ、そんな声色でノリの良い曲を軽快にも歌い切る。

 才能と教育の両方が突き抜けてやがる。まさしくサラブレッドだ。

 

 歌の質だけ見りゃ、マリア・カデンツァヴナ・イヴが銀なら、雪音クリスは白。

 『白雪が降り積もった一面の銀景色』なんていうが、白と銀は全くの別物。

 この二人は、まさにそれだ。

 マスコミとかの評価だと『ロックの女王』『クラシックの姫』って感じに似た者同士みたいに語られるが、その本質は全然違え。

 音色の傾向がまるで違う。

 雪音クリスの白の下には、真っ赤な熱情がある。

 マリア・カデンツァヴナ・イヴの情熱は、彼女の銀色の中に内包されている。

 

 雪の国を表す歌で競えばクリスが勝ち、鋼の意志を表す歌で競えばマリアが勝ち、心の熱を表現する歌なら引き分ける。俺は、歌を聞いてそう感じた。

 

「……よし。この曲ここで終わりだったよな? おつかれ」

 

「お疲れ様や」

 

 ふざけんなっての、こんにゃろう。

 途中からは俺の演奏のための時間だったのか、お前の歌のための時間だったのか、まるで分からない音楽の時間だったぞ。

 楽しかったけどよ。

 同時に、クッソ消耗したぞ。

 

「文句無しだ。大会の運営委員の方には話通しておくから、大会の日には遅れんなよ」

 

 どうやら俺は大会への出場権を勝ち取れたらしい。

 よし、これでなんとか可能性は繋がった。

 あとは優勝して、イチイバルを回収して、キャロルに見せて自慢して終わりだ。

 だけど、な。流石に疲れた。思わず壁に背を預けて、床に座り込んじまう。

 

「……まいった」

 

 雪音クリス、なんつー好戦的な奴だ。

 俺の音楽を聞いてる内に"勝負したい"って衝動的に思って、その衝動に従ったな?

 俺に『合わせる』気なんて無かったってのに、クリスの歌声に引きずられて、途中からは俺が『合わせられ』ちまった。

 

 負けじと合わせたつもりだったが、それでも音が喧嘩しなかったってことは、クリスの方が歌声で合わせてたのかもしれねえ。

 ヤバかった。

 オペラもやってる、みたいな話は聞いてたが、完全に甘く見ていた。

 雪音クリスは歌だけで一生食っていける、そういう奴だったんだ。

 俺は……勝てるのか?

 あの雪音クリスに、俺は勝てるのか?

 

「……ぁぁ」

 

 自分の音楽が一番だと思ってなきゃやってられねえ。

 俺だってそうだ。

 俺達はそういう生き物だ。

 自分より上の人間が居ると認識しながらも、俺達は自信を無くしちゃやっていけない。

 

 自分の音楽が最高だと思ってる人間が二人居るとする。

 今のこの世界なら、二人はそれを相互に理解できる。

 ……それで?

 相手の音楽を理解して、相手の"俺が一番だ"っていう考えを理解して、それでどうなる?

 何にもならねえよ。

 一番は決まらねえ。

 相互理解も統一言語も、音楽の一番を決めるのにはまるで役に立たねえ。

 CDの売上表の方がまだ役に立つさ。

 

 だから誰も音楽の一番なんて決めようとしねえ。

 世界で一番優れた音楽家を一人、決めることなんざできねえ。

 それが普通だ。

 一番なんてこだわるもんじゃない。

 分かってる。

 分かってんだよ、んなことは。

 

 この気持ちは、マリア・カデンツァヴナ・イヴのライブで感じたものと同じだ。

 マリア師匠には俺の中に無い音がある。それを出せる。

 雪音クリスには俺の中に無い音がある。それを出せる。

 つまりそいつは、努力では埋まらない差だ。

 足掻こうと頑張ろうと手に入らないものだ。

 そいつを見せ付けられると、劣等感がふつふつと湧いてくる。

 

 こいつには、『嫉妬』って名前が付いている。

 いつからこの世界にあるのかも知らねえ、誰がそう名付けたのかも知らねえ、だけど俺の中に確かにあるものだ。

 俺にできないことをする奴が。

 俺に出せない音を出す奴が。

 どうしようもなく、羨ましい。

 どうしようもなく、嫉妬する。

 俺より音楽上手い奴皆死なねえかな……

 

「練習するか」

 

 上手くならねえと。ビッグにならねえと。

 じゃねえと俺は、どこにも行けなくなっちまう。

 よっしゃ練習だ!

 今より上手くなって、運でも奇跡でもなんでも持って来て、あの二人に勝つ!

 勝ってやらぁ!

 舐めんなよ世間で評価されてるだけの有名人どもがッ!

 

「あれ、なんだこれ」

 

 外に出ていく途中、大会のバンド募集要項みたいなものを拾った。

 施設の外に出ながらそいつに目を通す。

 雲一つない空の下、いやーな一文が目に入った。

 

「バンドの最低人数『四人』か……」

 

 俺が分身して四人になってもいい。

 だが、できれば他人を誘うのも考えておきたい。

 『俺より上手い奴』を誘い込めれば、きっと理想的な形になるはずだ。

 

「四人……四人かぁ……」

 

「お困りみたいだね。手を貸そうか?」

 

「お……お前達は!」

 

 その聞き覚えのある声は!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大会の日がやって来た。

 大会は対戦の組み合わせに従い二つのバンドが順番に演奏し、会場に来ている観客からランダムに選んだ人間の投票で、勝者が決まる。

 ライブ感溢れるシステムだ。

 会場はとんでもない数の人で溢れ返り、大量に刷られたはずのチケットは直前までネットオークションにて凄まじい値段が付けられ、偽物のチケットが溢れかえったらしい。

 転売ヤー死すべし。

 

「さて、行くか」

 

「行って来い。私はここで見守っている。さ、キャロルも頑張るのだぞ」

 

 ウイングに見送られ、俺は口を塞がない仮面を被って舞台に上がる。

 仮面を被ったキャロルの足音がすぐ後ろに聞こえる。

 緊張のせいか、俺の服の裾をずっと掴んでいた。

 俺も緊張で心臓がバクバク言ってるが、それ以上にワクワクしている。

 キャロルの後ろに続いている二人の足音も、俺の心を落ち着かせてくれるぜ。

 顔出しすんのはちょっとあれだからと付けた仮面だが、今は動揺を隠すのに最高の効果を発揮してくれている。

 

 さあ、上がったぞ、舞台。

 

「仮面バンド? バンド名は……『ファリドゥーン・フォーカード』?

 聞いたこともないな。なんでこんな無名バンドが世界頂上決戦の大会に居るんだ?」

 

 観客の声が聞こえてきた。

 さあ、やるぜ、お前ら。

 

「いや待て、見ろ! グラサンを付けてるがあれは!」

 

「『シラベース』に『デスドラム』!

 マリア・カデンツァヴナ・イヴの旧メインバンドの伝説のメンバーじゃないか!」

 

「マリアとは別バンドに所属し、対決!? 何だこの流れは……!」

 

「おいカメラ回せ! 予想外のダークホースが出て来たぞ!」

 

「なんで一人カスタネット持ってんだ」

 

 暁切歌、ドラム。

 月読調、ベース。

 キャロル、カスタネット。

 緒川結弦、ギター。

 友人の厚意で完成したこれが、今の俺に出来る最高の布陣だ。いくぜ!

 

「Rock 'n' Rollッ―――!!」

 

 今の自分に出せる最大の音、最大の声。そいつを最善の努力、最善の手尽くしで制御し、最高の音、最高の声に押し留める。

 特訓の成果も、今日までの積み上げも全部出しきってやらぁ!

 

「素晴らしい。広がりがあり、多彩で、時折個性ある変速の混ざるドラム……」

「器用に全ての音を支え、ぶれない曲の軸を作る丁寧で強いベース。あの糸使いの巧みさたるや」

「む、いいなこのボーカル。音圧が全く他の楽器に負けてない、自己主張の塊だ」

「このギター……どうしてこのレベルの奴が無名だったんだ?」

「カスタネットが音を引き締めて……何故カスタネット持って来た」

 

 ああ、気持ちいい。

 めっちゃ気持ちよく弾ける。

 切歌さんと調さんの中にしかない音が、この二人にしか出せない音が、耳に心地いい。クリスとマリアのCD聞いてる時も同じ気持ちがあった。俺、この音が好きなんだ。嫉妬もするがな。

 しかも二人がきっちり音を合わせてくれる。

 俺の音を引き立てるために奏でてくれる。

 一人で弾いてても、分身して弾いても、絶対に出せない旋律が生み出せる。

 『俺』が『俺以上』のものになって、『俺以上』の音楽を紡げてる。

 やべえ。

 楽しい。

 俺の音で、仲間の音ももっと引き立ててやりたくなってくる。

 

「デスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデスデースッ!」

 

「出た! デスドラムさんの1秒間に16回デスだ!」

「凄えぞギターとベース! 今のデスを全部曲のリズムに取り込みやがった!」

「ギターボーカルの奴、なんで今のと自分の歌声を共鳴できたんだ!?」

 

 分身バンドも息が合ってて悪かねえが、これもいいな。

 つか、こっちの方がいい。

 『俺の音』より、『俺達の音』の方が楽しい。

 

 さあ、見ろ、聴け、注目しろ。

 お前ら全員、俺達の音を聴けッ! 一生消えない想い出にしやがれ!

 

「ベースソロ……ここはギターソロじゃ!?」

「アレンジだ! ベースソロでギターソロを超える演奏をするなんて、どういうテクが……」

「いや待て! ギターも引いてるぞ! なのにベースの音しか聴こえない! 何故だ!?」

「三味線で言う『裏引き』か? ギターで小さく音を出し、ベースの音を強調している……!」

 

 俺達の音を聴く度に、今日のことを思い出せッ!

 

「何故カスタネット……?」

 

「『裏拍』……」

 

「裏拍!? それは一体なんだ、マイケル!」

 

「トム、音の裏にあたるリズムのことさ。

 『1、2、3、4』とリズムを取るとする。この『、』が裏拍だ。

 彼女は曲の継ぎ目、裏拍でカスタネットを叩いている。

 それが絶妙に曲を繋いで流麗な印象を作っているんだ。

 料理に入っていたスパイスの粒が時折ピリッと存在感を出し、全体を引き締めるのと同じさ」

 

「成程な、だからこんなにも心地のいいリズムに……

 だがあの子一人が居るだけで、彼らはネタバンドの評価を受けざるを得ないぜ、マイケル」

 

「『ネタバンドだと思ってたら超本格派だった』という感想が貰えるのがミソなんだ」

 

「何?」

 

「客はカスタネットを見て興味を持ち、侮る。

 だがそこに技巧派のギター、ベース、ドラムが来る。

 そりゃもう皆びっくりさ。

 ジャンクフードかと思って気楽に手を伸ばしたら、最高級料理が来たんだぜ?

 だから()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ。素人の客には特にね」

 

「何故そんな……そうか!

 この大会に出場するのはほぼ全て有名人ッ!

 無名バンドならトッププロ級の演奏をしても知名度の差で負けかねない!

 無名バンドが有名バンドに勝つための、観客の興味を引く小細工かッ!」

 

「それにあのカスタネットも曲者だ。

 カスタネットの音がステージの端まで聞こえるはずがない。

 おそらく何らかの仕込みで、会場の隅々まで自然にカスタネットの音を届けてみせた」

 

「カスタネット一つにそこまで……? 信じられんぞマイケル!」

 

「これは観客の投票で勝負が決まるトーナメントだ。分かるか?

 『100点のうち何点取れるか』って形式じゃない。

 『採点役が減点を付けていい』形式でもない。

 この大会に、減点はないんだ。

 カスタネットに減点しようとする人間は結果にあまり影響しない。

 逆にこのパフォーマンスに引きつけられれば『面白そう』という理由だけで投票がされる」

 

「一から十まで全て戦略だとッ!?」

 

「彼らは即興性が高く、娯楽性を突き詰めたロックというものをよく分かってるな……

 まずは興味を持ってもらうこと。それが第一。

 そしてどんな形であれ客に興味を持って貰えば、その興味を評価に変える自信があった」

 

 もっと聴け!

 こちとら俺達一生忘れられない曲目指してやってんだ!

 最高にノッて、最高に熱くなって、最高の評価をくれッ!

 

「―――♪ッ!」

 

「熱いぞ、このバンド!」

 

 ロックンロールッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺達の演奏が終わった時、俺は『勝った』と確信した。

 『過去最高だ』と思った。『なんとかなった』と思った。

 マリアバンドの演奏が終わった時、俺は『一位は無理だ』と思った。

 そして今、クリスバンドの演奏を見ながら、『駄目だ』と敗北を確信している。

 

「……」

 

 一回戦は勝った。

 だが勝ち続ければマリアバンドと当たり、それに勝ったとしても決勝でクリスバンドが待っている。そう思うと、もう駄目だった。

 勝てねえ。

 あれには、勝てねえ。

 女王マリアもそうだが、姫クリスのバンドの演奏もヤバかった。

 

 ロックで重要なのは『表現』。

 自分を表現することだ。自分の中にある何かを形にすることだ。

 多少のミスなんざ問題はならねえ。問題はどれだけ自己表現ができるか。それさえできれば、多少のミスは曲の面白さを引き立てる要素にすらなる。

 小さい音の揺らぎも、曲の面白さに繋がるからな。

 

 だがクラシックで重要なのは『理解』。

 王道的なクラシック教師は、作曲家の意図、その音一つ一つの意味、果てはその作曲家がその曲を生んだ歴史的背景も理解して弾けと言う。

 クラシックの世界で求められるのは、どこまでもミスのない完璧な音楽。

 雪音クリスはそいつを、見事にロックの世界に落とし込んで見せた。

 

 あいつの演奏も歌声も、魅力的な凄烈さがありながら、細かい部分を見ていけば正確無比。

 ロックの魅力的な強さを、クラシックの正確さで見事に制御してやがった。

 俺の頭の中のイメージでは、ロックという名の重火器を精密射撃するクリスが大暴れしてたくらいだ。

 パワーのあるロックを拡散して全てぶっ壊していくビームとするなら、アイツはそれを一点収束するような音楽で、大会の壁をぶち抜きに来たってわけだ。

 

 クリスが一人で歌っていた音楽と、多人数で奏でていた音楽は、違うにもほどがあった。

 ヤバかった。

 感動と嫉妬で死にそうだった。

 ロックとクラシックの融合ってのは、昔から多くの人が目指してきたもんだ。

 雪音クリスは、そいつを現代の最先端の更に一歩先を行く形で、実現してみせたんだな。

 

 ……敗北感が、胸の奥に募る。

 

「やはり優勝はマリア氏かクリス氏でしょうね」

「私はファリドゥーン・フォーカードもいいと思いますよ。飛び入りですがいいバンドです」

「ああ、あれもいいですねえ。私の読みだと三位相当だと思いますが」

「僕も三位相当だと推測しますね。一位と二位が強過ぎる。でなければ優勝もあったでしょうが」

 

 関係者控室の方から声がする。

 この大会を運営してる奴らの一部、音楽業界のお偉いさんの会話ってとこか。

 

「だがファリドゥーンには弱点がある。それは……」

 

「ボーカルでしょうね。

 緒川結弦氏も魂に響く熱い声はある。

 だが……マリア氏、クリス氏と競えるようなボーカルではない。そこがあのバンドの弱点です」

 

「経験不足……ですかね。実に惜しい。経験差を飛び越える才覚も見えない」

 

 ……だよな。調さんは凄え。切歌さんも凄え。俺のギターも負けてねえ。が、俺は喉まで改造したわけじゃねえから、そっちの差が全く埋まってねえわけだ。

 

「普通のライブなら満点をあげたいんですがね。

 ですがここは勝負の世界だ。

 あくまで予想ですが、彼らは三位止まりで間違いないでしょう。

 『とても良かった』

 『でもマリア・カデンツァヴナ・イヴに勝っているかと言えば』

 『雪音クリスに勝っているかと言えば』

 『そうじゃない。だからあの二人の方に入れよう』。これが観客の心理だと思います」

 

 ボーカル。

 ボーカルか、くそっ。

 俺のボーカル鍛えても、すぐには間に合わない。

 練習あるのみだが、時間がない……ああちくしょう!

 

「よしよし」

 

「え?」

 

 突如現れて突如俺の頭を撫でるんじゃあない、調さん。

 

「落ち込んでるかと思った」

 

「否定はせんよ」

 

 よく見りゃ切歌さん、キャロル、ウイングも居る。

 

「カツ丼のカツ買って来たんでこれ食べるデス!

 カツ食べて勝つ! これが王道の必勝法デスよ!」

 

 よし、こいつは普通にアホの部類だな。癒された。安心した。

 

「あー……なんだ。私も手伝おうか、料理」

 

「ええよ、俺料理できない奴は勘で分かるんや」

 

「!?」

 

「その気持ちだけで、俺は嬉しいんやで」

 

 カツ丼作るか。五人分。おかわり分含めて、ジューシーでアツアツなやつを。

 心配な気持ちがなくなるくらい、腹一杯になれるやつを。

 

「結弦くん。会場の人達、皆ボク達が優勝するなんて思ってなかったけど」

 

「どうした?」

 

「ボクは、結弦くんの音が一番好きだよ」

 

「―――」

 

 ああ、もう、ホントによ。

 そう言われたら頑張りたくなるだろ。

 そう言われて、頑張って、それで負けたらクソみたいな気持ちになるって分かってんのに、頑張りたくなるだろ。

 いいぜ、分かった。

 勝ち目0%の闘いに挑んでやるよ。

 越えられない壁に全力でぶつかってやるよ。

 奇跡目指して。

 起こるわけがねえ奇跡、起こしてやるさ。

 

「やっと理解したようね」

 

「! あなたは……マスター・マリア! なしてここに!」

 

 突然現れた! どっから来た!

 

「あなたは私にはなれない。私もあなたにはなれない。

 音楽の世界は、極めれば一人一種の音しか持てない。

 音楽の価値に本来差はないわ。

 粗削りが芸術に勝ることもある。

 結局のところ、音楽の価値の差なんて、CDの販売枚数が生んだ幻想でしかないの」

 

師匠(マスター)……」

 

「古き音楽を蘇らせたから価値がある?

 伝統の文化を受け継いでいるから価値がある?

 CDが沢山売れたから価値がある?

 いいえ、違うわ。あなたにはあなたの、私には私の価値がある」

 

 これが勝者の言葉か?

 弱さも、多様性も認める、この聖母の如き言葉は、上から見下ろす者の言葉じゃねえ。

 ストリートから這い上がった、弱さを持ち続けながら頂点に立った女だからこそのものだ。

 ファッカー・ザ・マリアから、クイーン・オブ・マリアとなった者にしか吐けない言葉だ。

 

「お互い、自分らしく在りましょう。それがロックンローラーのあるべき姿であるはずよ」

 

「……!」

 

「調、切歌。あなた達の考えはあえて聞かないけれど、手加減はしないわ」

 

「うん」

「デス」

 

 これが、アメリカのロックの頂点……世界を掴む女の強さッ!

 

「次の指導は明日朝八時に、前と同じ場所で。更に強くなりたいなら、遅れないことね」

 

 敵になったはずなのに、競う相手になったはずなのに、それでもなお俺を鍛えてくれようとする彼女の優しさに胸が熱くなり、俺は思わず頭を下げていた。

 

 

 




E:錬金術師のカスタネット
効果:結弦の音に対するキャロルの感情がほんのちょっとだけ伝わる
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