アタランテを呼んだ男の聖杯大戦   作:KK
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撤退

 不気味な沈黙が降りていた。

 

 少年がたった今告げた願望――その意味を、誰もが計りかねていたのである。

 

 時間稼ぎの戯れ言か? 何か裏で策を打っているのか? それとも……。

 全人類の救済を、本気で為すと――為せると思っているのか?

 

「言いたいことはそれだけか、蛮族よ」最初に動いたのは”黒”のランサーだった。「我が居城を壊して、無事にいられると思っているのか? それはまた随分と――」

 

 睨み上げるランサーの視線を、シロウは片手で遮った。

 

「宝具を使うつもりならば、お勧めはしませんよ、ワラキア公」

 

「何だと――?」

 

「気付きませんか?」軽く肩を竦め、シロウは足元を指す。「()()()()()()()()()()()()()()()()()。貴方が『護国の鬼将』で拡げた領土は、今や貴方のものではない。――この意味は判りますね?」

 

 ランサーの宝具『極刑王(カズィクル・ベイ)』は、予め確保された領土内においてのみ、最大の効果を発揮する。大地から無数の杭を出現させられるのは、この領土内に限った能力であり、そうでない場合は大幅な弱体化を避けられない。

 

「莫迦なことを……」

 

「試してみても良いですよ?」

 

 しかしシロウのあの挑発……無駄に宝具を打たせ、こちらの隙を窺うつもりかもしれぬ。

 

「だとして――宝具の力に頼らずとも、我は貴様を倒すに充分足ると思うが……?」

 

「さて、それはどうでしょう――」

 

 シロウは口の端を歪め、奥のアサシンへ顔を向けた。

 

「申し訳ありません。空中庭園を墜とすなど、貴女に対する侮辱であるとは理解しています」

 

「まったく……まったく! 前代未聞であるぞ、こんなことは……。ここまで損傷を受けては、もう飛ぶこと叶わぬというに……」呆れた、とアサシンは額に手を当て、微苦笑を浮かべる。「それでも、まあ、要塞としての力は残しておるが――な」

 

 艶然とした女帝の唇が、それを呼び出す。

 

「――『十と一の黒棺(ティアムトゥム・ウームー)』よ」

 

 それは砲台。

 数十メートルの黒い術式。

 一基一基が対軍の光弾を放つ、十一の兵器。

 

「さて、超至近より放たれる一射を防げるかな――!」

 

 

 瓦礫の下より浮き上がった、魔力を束ねていく黒い砲台を見、”黒”のマスター達は皆、即座に覚った。

 

 ――現状、あの攻撃に対処する術はない。

 

 残された道は撤退のみ。それも、サーヴァントの力を借りて達成できるかどうか……。

 

 ダーニックは血が出るほど拳を握り、ランサーと共に闇夜へ消えていく。

 他の組も同様に。この状況の拙さは言葉を交わすまでもなく、マスター達は苦渋の決断を呑み、己がサーヴァントに身を任せる。ルーラーにしてもここで”旗”を振ろうとは思わない。シロウの貌を目に焼き付け、その場を去ることを決めた。

 

 そんな中、たった一人だけが、違う反応を見せた。

 

「せ、セイバ――」

 

 ゴルド・ムジーク・ユグドミレニア。間近に迫った砲撃を前にして、彼は令呪を掲げていた。

 

 何故そんな悠長な真似をしていたのか? 無論、彼も初めはセイバーの救助に身を任せるつもりであった。

 だが、彼の心に吹き込んだ冷たい風が、その判断を鈍らせる。

 

(――あのサーヴァント、私が指示しなくとも救けに来るのか?)

 

 考えてみれば、召喚されてからというもの、セイバーの振舞はその真名に対し、あまり芳しくなかった。ランサーは倒せず、肝腎なところで宝具は打たず、のこのこ出向いてきたアーチャーを仕留めることすら叶わない。

 もしそれらを、わざとやっていたとしたら……?

 マスターへの叛逆の現れだとしたら……?

 或いは、セイバーだけが未だ実体化しておらず、他のサーヴァントより僅かに現れるのが遅かったことも、その猜疑を助長した。

 死が目前に迫った極限状態で、ゴルドは疑心を止められない。

 他のサーヴァントと違い、「黙っていても救けてくれる」ことなど有り得るのか――?

 

 畢竟、信頼関係を築くことを放棄したマスターの自業自得。

 ゴルドは令呪を使用して身を護らせようと考え――。

 

 そしてセイバーは、それを待った。待ってしまった。

 きっとゴルドが何も言わなければ、彼は黙ってマスターを救っただろう。

 だが彼はジークフリート――望まれるがまま全てを為した英雄。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あ――」

 

 口を半開きにしたゴルドを、光弾が無感情に襲った。

 

 

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 撤退したのは”黒”の面々だけではない。密かに様子を窺っていた”赤”のアーチャーも同じである。

 

 砲台が出ると同時、彼女はその俊足をもってアルの許へ向かっていた。

 

「あ、アーチャ――ぐぇ」

 

 何か言い掛けたマスターを担ぎ上げ、トゥリファスの街を駆ける。今は一刻も早く敵の攻撃から逃れなければならない。

 

 アルはアルで、アーチャーに何を言えばよいか思案していたところを、問答無用で担がれたのだから堪らない。

 事態はもう収拾がつかない。優位を確保していたはずの”黒”が、数で劣る”赤”の一撃で木っ端と散り、大聖杯を奪われ、形成は逆転した。”黒”の信用を得る方法どころか、”赤”を裏切るという基本戦略が間違いだったのである。

 結局、アルの策は全て裏目。アーチャーに何と言って詫びれば良いのか……。

 

 が、今そんなことを考える余裕はない。

 

 アーチャーに抱えられ運ばれるこれは――もう、意味不明なまでに速すぎる。

 どろどろに融解した景色が後ろへ流れて行く。

 内臓が圧し潰されるような感覚。時折加わる浮遊感に、絶え間なく揺れる躰。

 ふわり、と脳が弾んだ気がした。

 

 最後に見えたのは、道々に点々と残る、己の吐瀉物。

 月明りに、てらてらとそれは光り――。

 

 急に重みを増したアルの躰を一瞥し、アーチャーは街の屋根上を駆ける。サーヴァントの筋力からすれば、失神した人間一人など物の数ではない。寧ろ身動きがなくなった分、運びやすくて良いくらい。

 ふと、抱えたマスターがぶつぶつ呟いていることに気付き、耳を寄せる。

 

「ごめん……アーチャー……ごめん……」

 

「……何を謝っているのだ、此奴は」

 

 呆れ顔を浮かべ、彼女は背後を振り返る。

 

 ミレニア城塞と浮遊要塞、ふたつの城が歪に組み合わさり、酷く悪趣味な玩具に見えた。

 

 

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 這う這うの体でミレニア城塞に辿り着いたロシェが見たのは、原形を留めぬ本拠地の姿であった。

 

「な、なんだ、いったい何が……」

 

 辺りは恐ろしいほど静まり返り、彼の声に応える者はない。

 

「あれ……、敵の要塞……?」

 

 城塞の上へ目を向けると、確かに敵の浮遊要塞らしきものが突き立っている。とすると……。

 それ以上の思考が進まない。

 己のサーヴァントと訣別し、自害を命じ、宝具の現状は判らない。そんな事で彼の脳内はぐちゃぐちゃであり、もはや他になにか考える余力はなかった。

 

 ただひとつ判るのは、誰も自分を守ってくれない、ということ。

 

「……クソっ」

 

 ゴーレムを城塞から離れる方角へ向ける。サーヴァントに襲われれば、彼のゴーレムはひとたまりもない。

 そうして向かう先、森の中に人影を認め、ロシェは怯気(びく)りと震えた。暗闇を透かして注視すると、向こうもこちらに気付いたのか、歩み寄ってくる。

 いつでも逃げられるよう身構えたロシェは、その顔を見、思わず声を漏らした。

 

「お前は――セイバー?」

 

「……ああ、キャスターのマスター、か」

 

 口を開いたのは、紛れもなく、ゴルドが召喚したサーヴァント――”黒”のセイバーである。

 

「な、何があったんだよセイバー! 皆はどうした!」

 

「敵の城が墜ちてきた……。他のマスターは、サーヴァントを伴って逃れたが……」

 

 そう言うセイバーは、幾分窶れて見えた。大きな外傷はないようだが、躰に力が入っていない。どうしたのだろう?

 いや……。

 こんな場所にサーヴァントが一人でいるのだ……。

 理由は考えるまでもない。

 

「セイバー、ゴルドは……」

 

 セイバーは目を伏せ、首を振る。

 

「”鎧”は、俺だけを護った」

 

「…………」

 

 マスターを失ったサーヴァントは、ただ消滅の刻を待つのみ――。

 微風が、樹々の葉を微かに揺らしていった。

 

「……なら、セイバー」ロシェは意を決して口を開く。「僕と――このロシェ・フレイン・ユグドミレニアと、契約しろ」

 

 セイバーは――。

 僅かに目を見開き、驚いたようだったが、すぐに頷いて見せた。

 

「判った」

 

 求められれば与えよう。

 

 汝の望み、それ凡て……。

 

 

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 (アダム)はその機能を十全に果たした。

 周囲を楽園に変え、巨きく変じ、大地をのし歩く。

 

 そして彼は、ミレニア城塞へ至る。

 人工物――という不浄。

 清めねばならぬ、糺さねばならぬ、導かねばならぬ。

 いざ栄光の一歩を踏み出さんとし――。

 

「おやおや、また随分な置き土産を遺していかれましたね」

 

 己を見下すニンゲンに気付いた。

 いざ楽園へ誘おうではないか――と手を伸ばす。

 だが何故か、彼は救済を拒否し、ひらりと腕から逃れた。

 

「ふむ……。大地から祝福を受けているようですね。それ以外はサーヴァントと同じ。頭と心臓が核ですか」

 

「……して、どうするつもりじゃ?」

 

 ニンゲンの横に、新たなニンゲンが現れた。まあ一人も二人も変わらない。だがその二人目も、彼の腕から逃げ出した。

 どうして救いを拒む? 彼は咆哮する。

 

「簡単です。足場を崩したうえで、頭、心臓を纏めて破壊すればいい」

 

「それで、それを我にしろ、と。サーヴァント遣いの荒いマスターじゃな」

 

 不意に大地の祝福がなくなり、彼は慌てる。見ると、黒い板から照射された光弾が、足場を崩落させていた。

 

「ではカルナさん、お願いします」

 

「了解した」

 

 声のする方へ視線を上げると、また新たなニンゲンが、こちらへ武器を構えていた。躱したくとも、空中に投げ出された身では何もできない。

 

 ただ武器の戦端に炎が集まっていくのを見――。

 

「まったく、ぽっと出の機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)――あいや、あれは人間でしたかな――に、こんな面白い物語を終わらされては堪りませんからなあ! 『爛れた百合は雑草より酷い臭いを放つ(Lilies that fester smell far worse than weeds.)』――というやつです」

 

 暢気に響く声を、最期に聴いた。

 

 

 

 ゴーレムが消えていった崖を見下ろし、シロウは呟いた。

 

「私と貴方は通じるところもあったでしょう。でもそれで全人類は救えない――()()()()()()()()()()

 

「何か言ったか、マスター?」

 

「いえ、独り言です……。この状況を、どう隠匿(かく)したものか、と思いましてね。少々協力を仰ぐ必要があるかもしれません」

 

 アサシンに微笑みかけ、シロウは肩を竦めた。



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