アタランテを呼んだ男の聖杯大戦   作:KK
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 青々とした草原。
 ただ中に、白亜の建築。
 奥には濃緑の森が広がっている。
 視線を上げれば、薄い水彩で描いたような青空。

 躰を木の幹に預けて、景色を眺めていた。
 色のコントラストが眩しくて、瞼を薄く閉じた。

 白い建物から、女教師に連れられて、大勢の子供が飛び出してくる。

 子供たちはてんでばらばらに草原を駆け、ある子はおしゃべりに興じ、ある子は草原の虫を探し、自由気ままに遊んでいる。
 二人の子が走って近付いてくる。途中でこちらの存在に気付いたのか、指をさした。何事か言い合って、笑っている。

 彼らの視線の先を追うと、不格好な義足の左脚を見て笑っているらしい。
 見た目は粗悪だが、それなりに値は張った。本当は自分のための金なんて一銭も使いたくなかったが、お蔭で杖をつけば、ゆっくりながらも歩けるようになった。雨が降るたび痛むのが悩み。

 やがて教師が気付いて、笑っている子たちに声をかけた。叱っている様子。しかし彼らは悪びれず、また別の方向へ走って行く。

 教師はこちらを見て、深々と頭を下げた。
 気にしないでと言う代わりに、右手を軽く振って応える。子供たちには自分の存在を教えていないのだから、仕方ない。

 あの建物は、元は新兵の養成所に使われていたという。
 諸々の事情から、それほど使用しないうちに廃棄され、売りに出されていたところを購入した。
 建物を含め、近隣の森林地帯ごと買い上げた。子供の遊び場には絶好であるし、いざとなれば、森を潰して増築することもできる。

 何となく振り続けていた右手を下ろそうとして、ふと、手の甲を見る。
 右腕を精いっぱいに伸ばしてみる。

 あれからずっと、魔術師の世界とは関わっていない。魔術を使ったこともない。

 過去を思い出すこともしなかった。

 ただ、時折こうして……腕を伸ばす。

 此岸と彼岸の、決して届かない距離を確かめるように。


          #


 あの後、魔術協会の魔術師とやらがやって来て、戦いの概ねの後始末をしていった。

 お前は何者だと問う彼らに、色々と嘯いてみた。

 例えば、こうだ。自分はユグドミレニアに私怨あって戦いに参加した魔術師で、情けない”赤”のマスターに代わり、ダーニックを倒し、聖杯大戦に勝利した者である。
 ”赤”のマスターは皆、爆発の余波で死亡したが、自分が大聖杯を獲得したのだ、と。

 結果アルは、協会が秘密裡に放った刺客、という形で処理された。

 魔術協会も信じた訳ではないだろう。だが送り込んだ魔術師が全滅し、どこの馬の骨とも判らぬ輩が勝利した、とするよりは、名誉が守られる方を選択したのだ。

 ダーニックを倒したこと。大聖杯を引き渡したこと。諸々の口止め料をかねて、協会から莫大な謝礼金を受け取った。
 ”赤”のマスターの一族からも――特に時計塔の講師を務めていた男の親族から――口止め料を受け取った。戦争に敗北し死亡した事実は、一家にとって恥であるらしい。

 更に、瓦礫に雑じっていた聖遺物も、戦利品として与えられた。召喚された数と合わなかったが、協会がくすねたのか、本当に見つからなかったのか、”黒”のマスターが持ち出していたのか、アルに知る術はない。
 興味はなかったので、全て競売にかけた。亜種聖杯戦争の影響で相場は高騰しており、目が飛び出るような価格で売れた。

 そうして、何度でも豪華な人生を送れるほどの大金が手に入った。
 金が必要だったのだ。

 生まれた意味も生きる意味もなかったアルがやっと得た、たったひとつの約束。


 ――あるいはそれは、呪いと呼ばれるものかもしれないけれど。


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 子供たちは出てきた時と同じに、走って帰っていく。勉強の時間だ。

 誰もいなくなった草原が、アルを嘲るように揺れていた。

 これから、どうすれば良いだろう。

 世界中に、信じられないような数の子供たちがいた。

 少年兵として弾除けに使われる子供も。
 娼婦として死んだ目で犯される子供も。
 餓え、病み、世界を恨むことさえ知らず、死んで行く子供が、いくらでもいた。

 そんな子供たちを片っ端から掬い上げて、けれど全く足りなかった。

 あの白亜の建築で、今日も何千という子供が学んでいる。

 けれど……。

 こんな孤児院をつくって、それで誰が救われたというのだろう?

 たったこれだけの子供を集めて、何を為したというのだろう?

 いったい、救いとは何だろうか?

「……これから、どうすれば良い?」

 記憶の彼女を描いている自分に気付き、そして少しずつぼやけていく記憶を知覚する。

 あの日から、アルの記憶は少しずつ剥がれていった。
 未熟な身で一族の強大な魔術を扱った代償なのだろう。この忘却がいつまで、どこまで続くのか判らない。いずれは何もかも忘れてしまうかもしれない。
 多分、これは宣告なのだ。

 ――過去に縋ってはいけない、思い出してはいけない、答えを求めるなどもってのほか。

 だからアルゴー船の残骸だって、売ってしまった。彼女の願いを叶えるのに、彼女に頼ってはいけないだろう。

「これから、どうすれば……」

 全ての子供が愛される世界を作れるだろう。

 世界中に孤児院を建てようか。
 どこかの国の政治家になって、社会構造を変えるか。
 誰にでも命令できるくらい金を増やして、そして……それで、願いは達せられるのか?

 ――判っているさ。この道がどこにも通じていないことくらい。

「でも……」

 でも、大丈夫。
 
 始まりを忘れても、己の起源を忘れても、彼女のことさえ忘れても。

 この願いだけは、喪うことはない。

 魂を縛った。精神に刻んだ。肉体へ焼き付けた。

 呪いなんかじゃない。弱い弱い自分の、行く先を照らしてくれる仄明り。


 背後で森の騒めきを聞いた。
 息を吐いて、もたれていた幹から躰を起こし、杖をついて歩き出す。
 休憩にしては、長すぎた。


          #


 いいかい?

 干からびた海に、一艘の小舟を浮かべたら。
 たった一人で乗り込んで、櫂で漕ぐんだ。
 櫂は荒れた大地を削るだけ。少しも前進しないけど。
 手を止めることは許されない。決して舟から降りられない。もう誰とも繋がれない。
 愚かで、滑稽な、観客のいない喜劇。無価値な一生。無意味な生涯。絶望の旅路。


 ……まあ、でも。
 一人の(ひと)さえ救えなかった男に与えるには、ちょうどいい罰だろう?



You lost so many.
You lost family, memory, desire and love.
But you can see Polaris, right?
That is the direction you should go.
That is the only thing you still hold.
That is the one they call Fate.







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