アタランテを呼んだ男の聖杯大戦   作:KK

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イデアル森林の激突

 ぱんぱんに膨らんだ袋を下ろし、アルは息を吐いた。

 昼過ぎに起きてから、買い物へ行ってきたところである。

 

「特に監視の目は感じなかった。例の戦闘を機に、トゥリファスを中心に警戒しはじめたのだろう」

 

 店に入り、霊体化を解いたアーチャーが口を開く。

 

 袋からあれこれと取り出しつつ、アルは彼女の方を向いた。

 

「まあ買い物に行く程度で見張られないのは助かるな……。はい、これ」

 

「何だ?」

 

「昼食」

 

 袋の中身はほとんどが食材だった。戦争を前にしてまずすることは、糧食の確保に違いない、とアルは考えたのである。

 アーチャーは差し出されたサンドイッチの包みを見て、首を横に振った。

 

「……知っていると思うが、サーヴァントに食事は必要ない」

 

「え? いや、でも……」意外そうに目を開き、アルは言う。「カフェで会った時たくさん食べてたから、てっきり必要なのかと……。俺の魔力供給が少ないから、食べ物で補給してた――んじゃないの?」

 

「…………」

 

 暫く悩んだ後、「まあ、そうだ」と小声で言って、アーチャーはサンドイッチを受け取った。

 

 

 がらんとした店内。どの机上にも椅子が載っているなか、一台の机だけ椅子を下ろし、ふたりは向かい合って食事を摂った。

 

「――それで、どうするつもりだ、マスター」

 

「どうするって?」

 

 もぐもぐと口を動かしながら首を傾げる。

 

「あの”赤”のセイバーからの申し出を受けるのか、ということだ」

 

「ああ……」

 

 柄の悪い男と女を思い出す。

 

「言っておくが、単独で戦うのには無理があるからな」

 

「うん、それくらいのことは判ってるけれど……。というか、こういう戦略に関することを決めるのは、アーチャーの仕事では? 俺が考えたところで……」

 

「そうだな。最終決定権は私が持っている」あっさりとアーチャーは頷いた。「だがマスターの考えも考慮に入れたい。いざという時、方針の違いは隙を生むからな」

 

 そう尤もらしい説明はあったものの。

 

(ああ……、計られているのか)

 

 返答に興味はないとばかりに、サンドイッチを口に運ぶ彼女を見て、アルは内心嘆息した。

 まあここで下手な返答をしたからといって、即切り捨てるようなことはないだろうが、確実に心証は悪くなるだろう。真面目に考えなければならない。

 

 まず、誰とも協力しない、という選択。これはない。

 

 十四騎――ルーラーも含めれば十五騎――が覇を競う聖杯大戦において、たった一騎でその他全てを相手どるなど、正気の沙汰ではない。何にせよ、協力体制をとる必要はあるわけだ。

 

 その点、セイバーとの共同戦線は悪い申し出ではない。相手は聖杯戦争に於いては最優を称されるセイバーのクラス。後衛のクラスであるアーチャーと連携すれば、戦闘を有利に運ぶことができる。

 またぱっと見に過ぎないが、彼らからは随分と「手慣れている」印象を受けた。素人の自分と組むとなれば、アドバイスのひとつでも送ってくれるかもしれない。

 更にもう一つの利点は、向こうから誘ってくれていることである。向こうから話を持って来た以上、即行で裏切るようなことはないだろうし、何より手っ取り早い。協力者を得られない状態で両陣営から襲われでもしたら、早々に退場することになるだろう。

 

 しかし選択肢はそれだけではない。

 少なくとも、この状況に於ける最良の手は――。

 

「”黒”の陣営に合流するべき、だと思う」

 

 慎重に口を開いたアルに、アーチャーは素気なく訊ねる。

 

「そうか、理由は?」

 

「現状、圧倒的に優位を確保しているのが”黒”の陣営だからだ」

 

「具体的には?」

 

 そうだな、とアルは指を三本立てた。

 

「まずミレニア城塞という、強固な防衛拠点を築いていること。二つ目は大聖杯を所持していること。三つ目は、”赤”の陣営は魔術協会が急遽招集した集まりなのに対して、”黒”の陣営には準備の期間がたっぷりあった、ということ。多分、この大戦を見据えて万全の準備を整えてきたはず」

 

 果たしてこの答えで及第点か、とアーチャーを窺ったが、彼女はぴくりとも表情を変えず、軽く頷いただけだった。

 

「して、どうやって”黒”の陣営に取り入るつもりだ?」

 

「それなんだよなぁ……」

 

 ”赤”と”黒”の対立、というのがこの戦争の形態だが、しかしそれは正確な表現ではない。正しくは「魔術協会」と「ユグドミレニア」の対立に過ぎないのである。

 よって、どちらの陣営にも属していないアルにとっては、”赤”と”黒”の組み分けは関係がない。が、関係ないことを知っているのはアルだけであり、協力を申し出たところで、”黒”の陣営が素直に迎えてくれるとは思えない。

 彼らの信頼を勝ち得るための、何かが必要だ。

 

「”黒”の陣営としても、戦力が増えるのは歓迎のはずだから、なんだろうな、例えば……。”赤”のサーヴァントの真名とか、そういう手土産を持っていくしかないと思うんだが」

 

「ふむ……、私も概ね同意見だ」

 

「え、そう?」

 

 良かった、と胸を撫でおろす。

 

「だが手土産に関しては少々違う」

 

「それは?」

 

 訊ねると、アーチャーは珍しく薄い笑みを浮かべた。

 

「真名など生温い。”赤”のサーヴァントの――首級(しるし)を挙げる」

 

 

          #

 

 

 ”赤”のバーサーカー、単独イデアル森林へ進撃す――。

 

 その驚くべき報に対し、ある計画を実行に移すべく、”黒”のサーヴァントは多数のゴーレムを伴い邀撃に出た。

 

 まずは分断。”赤”のバーサーカー(スパルタクス)と、その後詰めを引き剥がす。

 後衛にアーチャーを配置したうえで、後詰めをジークフリート、バーサーカーが足止め。その隙にライダー、ヴラド三世でバーサーカーを拘束、アヴィケブロンが捕獲する――。

 

 行動可能な六騎を総動員した作戦であり、同時にこれを成功させれば、”黒”の勝利がぐっと近づくのは間違いなかった。

 そして現在、計画は概ね予定通りに推移していた。

 バーサーカーは既に捕獲済み。残る問題は――。

 

「アアォォォ……ッ!」

 

「ハン……」

 

 バーサーカーの一撃を軽くいなし、次いで切りかかってくるセイバーを牽制する。

 二騎の英霊を以てして、”赤”のライダーは余裕の笑みを崩さない。実際、彼の躰には傷一つついていなかった。

 

「こっちのバーサーカーがやられたんだ。互いに痛み分けと――しようぜェッ!」

 

「……ゥゥ……ッ」

 

 振るわれる槍を受け、バーサーカーは呻る。

 そこへ再び、セイバーが裂帛の気合を込めた一撃を放った。

 また両者の間合いが離れる。

 

「おっと……これは、互いに手詰まりか?」

 

 自分同様、傷一つない躰を晒すセイバーを見、ライダーはニヤリと笑う。

 互いの戦力は拮抗――否、僅かにライダーが上回っている。現状まともに渡り合えているものの、まだライダーは本領である戦車を出していないのだ。とはいえ、今のところ彼は戦車を出す気などさらさらないのだが……。

 

 さてどうする、と槍を構え直した時、バーサーカーとセイバーが同時に退いた。

 その行動に怪訝な表情を浮かべた瞬間。

 

 城塞より飛来した矢が、ライダーの肩に突き刺さった。

 

 その矢は如何なる攻撃をも耐えきった躰を確かに貫き、血を流させている。

 ライダーは勿論のこと、事前に念話を受けていたセイバーもバーサーカーも驚愕を浮かべずにはいられない。

 

「――何者だ?」

 

 

「セイバー、バーサーカーを共に撤退させてください。彼らでは――あの場にいても意味はない。貴方もこの場からは撤退を」

 

 ミレニア城塞、その城壁の上で、”黒”のアーチャーは、傍らのマスターに声をかける。

 

「判りました」

 

 フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニアは素直に頷き、その場から離脱した。

 それを確認した後、アーチャーは矢を番える。狙いは知己の貌――こちらの姿を捜すライダーへ。

 

 

 バーサーカー捕獲、敵ライダー撤退の報せを聞き、ダーニックは眉を顰めた。

 

「……ライダー? アーチャーではなく、か」

 

「ええ、アーチャーの姿は確認されていないそうです」

 

 フィオレが答えると、ダーニックは口の端を歪めてみせた。

 

「そうか……となると、ふむ」

 

「どうしたのですか?」

 

「いや、実はある報告を受けていてな……何でも、『セイバーとアーチャーは”赤”の陣営に合流していない様に見える』そうだ」

 

「――それは」

 

 サーヴァントの中でも特に優れると言われる三大騎士クラス――セイバー、ランサー、アーチャーの内、二騎が加わっていない、ということ。

 

「私も半信半疑だったのだが――、どうやら間違いないと見て良いだろう。奴らは一枚岩ではない。対して我々は……」

 

 込み上げる笑いを堪えきれず、ダーニックはくっくっと喉を鳴らした。

 

「一族の名の下結束している! この戦い――利は我らにある!」


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