照りつける陽光にやられかけました。
今年の夏は暑いです。
皆さんは大丈夫でしょうか?
今回は、説明回です。
話が進まず煩わしいですが、後に展開に必要なのでどうかご容赦を。
「少しは反省したかしら?」
放課後の旧校舎。
部室にて、リアスは片手に深紅の魔力を纏わせ、悪戯娘を見下ろしていた。
「酷いではないか。私の美尻が崩れたらどうするつもりなのだ?」
悪戯娘ことラウルは、臀部を軽く擦りながら、ゆっくりと立ち上がる。
原因は昨夜の一件。
家で騒いでいたラウルは連絡を入れ忘れたのだ。
余計な心配を掛けたとして、独断専行を含め折檻されたのであった。
「……もう一度、躾が必要みたいね」
「部長、ここは私にお任せください」
軽口を叩くラウルを見て、リアスは掌に魔力を集める。
殺気立つリアスの前に出て、朱乃が妖艶な微笑みを浮かべる。
雷を奔らせラウルに歩み寄る。
「先程は甘んじて受けたが、これより過分は何としても死守させてもらおう」
「そう仰らずに。きっと、新しい扉が見えて来る筈ですわ」
「いまのところ、性癖を増やす予定はないのでな。謹んでお断りしよう」
「ふふふ、必死に逃げ惑う表情を見せてください」
臙脂のスカートが浮かび上がり、充血した赤肌が顕わになる。
痛ましい臀部を抑え、逃亡を図るラウル。
銀兎を追う朱乃は加虐的な笑みを浮かべ、おっとりとした動きでじわじわと距離を詰める。
こうして、雷の巫女による狩りが始まったのだった。
「私も手荒な真似をしたくない。そこを退け、イッセー」
「ラウルは一回反省するべきだよな?」
「佑斗よ、そこを退く気はないか?」
「ごめんね、部長命令なんだ」
「くっ! 全ての元凶は紅鬼部長の所為か」
「…………」
始まって数分後、ラウルは追いつめられていた。
一誠や佑斗の妨害に会い、部室を脱することができないでいたのだ。
指示を出した件の鬼部長は、朱乃と連携してラウルを端へ端へと追いやる。
ラウルは魔力を纏い着実な歩みで迫る彼女たちから、絶妙な距離を取り逃亡を図るが掴まるのは時間の問題であった。
「連絡一つ忘れただけで……」
「もう、追いかけっこは、お終いのようですね」
不意に逃げる足が止まることになる。
皮靴の踵が壁を蹴り、後退することが許されなくなったのだ。
後方には内壁、左右は壁と鬼部長に挟まれており、正面からは朱乃が嗜虐の笑みを浮かべる。
逃げ道がなくなったことを悟り、ラウルは端正な顔に絶望の色を浮かべた。
「良い声で啼――――ひゃっ!?」
「随分と可愛い声をするではないか」
遂に朱乃は手を掛ける。
しかし、その手がラウルを捉えることはなかった。
霧が晴れるように姿が消失する。
次に現れたのは朱乃の背後。
ラウルは不敵な笑みを浮かべ、朱乃の耳たぶを甘噛みする。
そこからは先日、佑斗に対して行った光景の巻き返しであった。
「もう、先輩にお痛をするような後輩にはお仕置きしますわよ」
「生憎、狩られる側は性分に合わないのでな」
「……しかたありませんわね」
耳を抑えて立ち上がる朱乃は菫色の瞳を潤ませ、ラウルの行動を咎める。
ただ、声音には悦が入ており、満更でもない感じではあった。
ラウルは片目を閉じ、指を立てて応えた。
大胆不敵なラウルの態度に朱乃が折れることになる。
【挫かれし者よ、我が宿木に泊まりて、汝が翼を休めよ】
包囲網を突破したラウルは魔術を詠唱する。
展開するのは複数の魔方陣。
淡い光は赤に染まった柔和を癒す。
術部はもちろんしごかれた臀部であった。
「……どうした?」
ラウルはスカートを整えると、何事もなかったかのようにソファーに腰を下ろした。
その様子に唖然とするリアスたちを尻目に、虚空から一式を取り出しお茶の準備を始める。
茶葉を蒸らす過程に到っても、固まったままの彼女たちを見兼ねて、ラウルは声を掛けた。
「……ここまで、意味がないと虚しくなってくるわ」
「糠に釘ですわね」
「せめて、柳の風とでも言ってくれないか?」
カップに紅茶を注ぐ手を止め、ラウルは訂正を要求した。
朱乃の言い分は流石に酷くあると。
「ラウル、アーシアは無事なんだよな……」
紅茶を啜り、優雅に寛ぐラウルに一誠が問う。
放課後になるまで、何度も聞いたが問題ないとはぐらかしてきたのだ。
信用しているといっても、気に掛けた娘が気になるのは仕方ないだろう。
「無事……と言っては偽りになってしまうかもしれんな」
「っ!? なんで、あんな優しい子が……」
難しい顔をして話し始めたラウルを見て、一誠は失意のどん底に突き落とされる。
不敵に微笑む麗人に任せておけば、何処か安心だと思っていただけにその失望はなおさら深いものだった。
ラウルは勝手に沈み込む早計な幼馴染に微笑み掛けた。
「相変わらずの早とちりだな、イッセーは。あの子は五体満足、傷一つなく家にいるぞ」
「へ? だって、ラウルは無事じゃないって」
「ああ、言ったぞ。家の護衛の者が大層気に入ってな、今頃弄ばれているかもしれん」
「も、弄ばれているって……ラウルの護衛なんだろ! なに好き勝手させてんだよ!」
アーシアが白肌に傷一つなく息災であることを告げる。
ただし、家の中でどのような状態になっているか分からないとも告げる。
一誠はラウルの言い回しに嵌まり、妄想を爆発させる。
無垢な娘が、言葉では言い表せない目に遭っているのかと。
いまにも詰め寄らんとする一誠の鼻を抓み、目を合わせて誤解を解く。
「何を勘違いしている、エロガキめ。私の護衛は女性だぞ」
「なななな、なに言ってんだよ! か、勘違いしてるのはラウルだろ! 第一、護衛がいたなんて初めて聞いたぞ! それに女の子と同棲だなんて……羨まし過ぎるぜ! ちくしょう!!」
からかわれたと理解した一誠は、錯乱気味に喚き声を上げる。
そんな中、妬むことを忘れないのは流石だと言える。
「護衛がいたなんて、初めて聞いたわよ」
「言う必要性を感じなかったからな」
顔を顰めるリアスに、ラウルはあっけらかんとして答えた。
この事実は管轄地を納める悪魔令嬢にとっては、不穏分子が一つ増えたことに。
四苦八苦する者を眺める麗人においては、手札を一枚見せたことになる。
「その護衛の女性……ラウルくんより強いのかな?」
「佑斗よ、私に勝てないのに、次々と手を出そうとするんじゃない」
興味を示した騎士をラウルは咎めた。
佑斗の気持ちも分からないではないが、簡単に目移りされたのでは、ラウルとて面白くなかったのだ。
「そうだな……剣の腕は私よりも勝っているのではないか? あんなのでも、仮にも護衛だからな」
「はは、目標が増えちゃったね。まずは、ラウルくん打倒からだね」
「楽しみにしておこう。私が老いない内に一太刀でも入れれるといいな」
目に闘志を燃やす佑斗に、ラウルは不敵な笑みを以って応えた。
同時に、近い未来で本気の手合せが実現することを祈って。
「部長」
紅茶を一啜りすると、リアスに視線を投げかけた。
「イッセーに
「イーヴィル・ピース?」
「もしやと思ったが、話し忘れていたようだな」
「ま、まだ早いと思ったのよ!」
一誠は嬉々ならない言葉に首を傾げる。
疑問符を浮かべる様子を見たラウルは嘆息して問い詰める。
「その所為でイッセーが危険な目に遭ったのだが?」
「うっ!」
リアスの言い分をバッサリと切り捨てる。
時期を図るのは構わないが、逃しては意味がない。
見誤っては大事に発展すると、厳しめに追及した。
「私が説明するのは筋違いだと感じるが、請け負うことにしよう。悪魔の駒――これは他種族を悪魔へと転生させる契約の道具のようなものだ」
肩を落とすリアスに代わって、ラウルが悪魔の駒について説明を始める。
「もちろんこの駒は悪魔へと転生したイッセーの中にも入っている」
「俺の中にも……」
「そうだ。胸に手を当てて、己の中に眠る駒を揺さぶってみろ」
ラウルは手始めに、悪魔の駒を認識させるところから始める。
しかし、胸に手を当てる一誠は首を再び傾げた。
「? 何も感じないんだけど……」
「すまない。魔力もろくに使えない貴方では難しかったか」
「謝らないで! 惨めになるだけだから!」
「……どこのコントですか」
「上げて落とすとは……やりますわね、ラウルくん」
自身の不手際を理解し、ラウルは陳謝する。
貶められた一誠は声を上げて嘆いた。
その光景を小猫は白い目で、朱乃は感心したように見ていた。
「悪魔の駒によって転生する際、転生悪魔は使われた駒に応じて能力を得ることになる」
居た堪れない空気を咳払いにて換気する。
空気を戻したラウルは卓上にあったチェス盤を手繰り寄せて、駒を取り出した。
「種類は『
盤上に並べるのは五つの駒。
悪魔の駒はこのチェスの駒を模して造られた魔法具だとラウルは語った。
「そして、イッセー……貴方に与えられたのは」
視線で儀式を施した者に答えるように促す。
リアスは頷くと、一誠の前に立つ。
片腰に手を当てて、細指を突き付けた彼女が告げた。
「兵士よ」
一誠が転生する際に使われた悪魔の駒。
それは、兵士の駒であると。
「ぽ、兵士ッスか?」
一誠は告げられた役割に拍子抜けする。
大袈裟な態度で告げられたこともあり、肩透かしを食らったようにがっかりとしていた。
「何か不満そうだな?」
「兵士っていったら、捨て駒だろ! その一番前に並ぶ奴だろ!」
一誠は盤上に並ぶ兵士の駒を指差す。
不満を顕わにする彼を見て、ラウルは顎に手を添えて考察する。
「ふむ。また、いつもの早とちりか」
「そんなこと言ったって、部長とそのゲームやってる時、ポンポン捨ててたじゃねえか!」
一誠が見ていたのは、
中盤で決定的なミスを犯したラウルが、駒を強引に相殺させ引き分けまで持ち込んだのだ。
もちろん、その際には兵士も数多く犠牲に出していた。
おそらくは、捨石のように扱った兵士の駒のイメージが、一誠の頭の中にこびりついてしまったのだった。
「イッセーの言った通り、
「そうだよな……やっぱり、そうなんだよな……」
嘘を付いても仕方ないと判断したラウルは、正直に話した。
失うとしたなら、兵士の駒が一番痛手にならないと包み隠さずに教えた。
「イッセー違うのよ、あなたはいらないことなんてないわ」
「でも、一番切り捨てやすい駒なんっスよね……」
「違うわ! わたしは下僕を切り捨てたりなんか、絶対にしないもの!」
リアスが崩れ落ちる一誠を抱き留めた。
目を虚ろに彷徨わせる下僕を必死に宥める。
例え兵士であろうと、見捨てはしないと。
誇りあるグレモリー眷属において、居なくていい下僕などいないと。
自身にも言い聞かせるようにして、一誠を諭そうとする。
「まあ、なんにせよ話は最後まで聞くものだ」
主従ともども最後まで話を聞かないと損をする。
苦笑いを浮かべながら、ラウルは苦言を呈した。
「兵士の駒は一番切り捨てられやすいことは、どうあっても覆しようがない事実。ただ、何の為に切り捨てられるか考えてほしい」
盤上でラウルが駒を動かす。
紅の兵士が前に進むと、黒の僧侶が迎撃する。
「何のためって……それは……勝つ為に?」
「そう、勝つ為だ。戦況を好転させるために生贄を出すこと、この戦術を
紅の兵士を撃破した黒の僧侶を尻目に、紅の騎士が右前へ跳ぶ。
為すは
騎士は兵士を囮にして、王と僧侶に剣先を突き付けたのだった。
「犠牲が戦術の一つである以上、兵士の真価は別のところにある」
そして、兵士は捨てる為にあるのではないと語る。
「兵士は他の駒と連携させることにより……」
ラウルは迷いなく駒を並べていく。
盤上で形成されるのは、俗にいう序盤。
中央に駒を寄せ、覇権を争い始める戦局だった。
「攻防戦の要として機能し、奇襲や支配領域の確保など多彩な戦術を生み出すことが可能だ」
チェス盤の中央で先槍を交えるは兵士。
兵士を後方に携え、戦いの先端を開く。
後方で待機する兵士は連なり、堅硬な肉壁と為りて守りの要となる。
先鋒にて矛を交える兵士が退けば、控える駒が敵影を射程に収める。
「特に支配領域の確保は重要だ。戦と言うのは支配領域の奪い合い。古代においても近代のおいても、歩兵はいなくならない」
盤上の支配領域を幻術で色付ける。
紅と黒、二つの陣営はお互いの領域にて鬩ぎ合う。
凌ぎを削り合う中、ラウルは先槍たる兵士の駒を取り除いた。
先端の兵士が姿を消すと、敵陣に食い込んでいた二マスの領域は黒く染まることになる。
「故に、戦略上もっとも重要になる駒、それが兵士だ」
ラウルは手で弄んでいた兵士の駒を盤上の中央に置いた。
置いた兵士の両前のマスが紅に代わったのだった。
「加えて、兵士の駒にはある特殊技能が備わっている」
「と、特殊能力があるのか!?」
「ああ、相手陣営に乗り込んでの昇格――――プロモーション」
敵地の最奥にて昇格する、兵士のみが備える特殊技能。
一誠は謳い文句に食い付いたのだった。
「兵士は王の決めた敵地にて、王以外の特性を得ることができるわけだ」
ラウルは指を立てて、各駒の特性について話し始める。
「騎士――華麗に舞踏を繰り広げる武芸者。私と佑斗の戦いを見たならわかると思うが、騎士に転生した者は比例なき速度を得える」
「……ラウルは騎士の木場と打ち合ってなかったか?」
「不思議なことはあるまい、私の方が上手だったという話だ」
無い胸を張るラウル。
当たり前だと言い切られた佑斗は、心なしか肩を落としているようだった。
「戦車――城塞の如き堅さと砲撃の如き一撃を持つ蹂躙者。気を付けろ、小猫を怒らせたらただでは済まんっ!?」
「……ラウル先輩は無駄口が多すぎです」
「もし、怒らせてしまったのなら、甘味を献上するといい。きっと許してくれるはずだ」
「私はそんなに安くありません」
小猫はラウルの横腹を殴って否定する
口元に付いたチョコレートソースはご愛嬌か。
「僧侶――はいいか。イッセーが一番、世話になりそうにない駒だしな」
「な、なんでだよ!?」
「魔力が上がるだけだ。素が話にならないイッセーでは使いどころがない」
ラウルは容赦なく一刀の下、切り捨てる。
魔力がないと言い切られた一誠は膝を着いたのだった。
「これら、三つの駒の特性を持ち合わせた女王。兵士が昇格する際に至るべき駒になる」
中央に置いてあった兵士の駒が、幻術によって女王に成り替わる。
「もちろん、状況に合わせて、下位に当たる三種の駒に昇格することもあろうがな」
手元の駒を一歩一歩進め、敵地の最奥にて昇格させる。
騎士、僧侶、戦車の三つの駒に昇格できることも忘れるなと、ラウルは兵士の心得を説いたのだった。
「最前線にて武器を取る
「……なるほど。兵士は単なる捨て駒じゃなくて、確実に歩みを進める戦士ってところなのか」
兵士であることの納得した一誠は何度も首を振る。
一誠を説得することに成功したラウルは、おどけた態度で更に煽った。
「上級悪魔を目指すイッセーには、ぴったりの駒だと思わないか?」
「兵士と兵藤……どっちも兵、繋がりだしな! 部長……リアス・グレモリーが兵士、兵藤一誠! 改めてよろしくお願いします!」
「……え、ええ。頼りにしているわよ、イッセー」
一誠は主であるリアスに威勢よく宣言する。
これからは心機一転、リアス・グレモリーの兵士として力を尽くしますと。
突然の宣言に驚いたリアスであったが、愛しむように笑顔を向けた。
「貴方は上級悪魔リアス・グレモリーの尖兵。決して、卑下する必要などない」
ラウルは可能性を秘めた新人悪魔へ優しく微笑んだのだった。
* * *
「散々、チェスにおいての価値を前提として話したが、悪魔としての価値は別物だぞ」
「へ?」
クレープを両手で持つラウルが、重要なことをさらりと告げる。
意表を突かれた一誠は間抜け面を晒すことになった。
「悪魔とは生き物だ。本人の在り方次第では、その価値は一にも百にも変わる」
チェスの駒は作り物であり、公平性を保つために価値は不動である。
対して、転生悪魔は思考をする動物である。
神の創造物ではあるが、一個体ごとに能力はまばらである。
努力次第では変動し、絶対値など存在しない。
ルールにこそ価値の指定があるが、それですら主の資質によって変動するのだ。
「だから、イッセー……貴方が目指すのは最高の兵士。部長に『あなたなしでは生きられない』と言わせる兵士になって見せろ」
「ぶ、部長にそんなことを……」
「そう、貴方が主様を骨抜きにするのだ」
「お、俺が……部長を……」
瞳を怪しく光らすと、ラウルは手に持つクレープを置いて、端正な顔を寄せる。
小さな口付きから漏れ出す熱い吐息は鼻先をくすぐる。
仄かに漂う柑橘の香りが一誠の理性を狂わせる。
蜜のように甘い言葉を受けて、軽い洗脳状態に陥った。
「変なことを吹き込まないでちょうだい」
「満更でもあるまい。あれが頼もしい存在になることは」
「そうなのだけど……」
リアスは露骨な表情を浮かべ始めた一誠を目の当たりにして、顔をしかめた。
下僕を好き勝手されるのは彼女にとって我慢ならず、眉を寄せてラウルに抗議する。
抗議を受けたラウルは、温かい目をした応えた。
核心を突かれることになったリアスはしおらしくなる。
その頬が赤いのは、心を見透かされた恥ずかしさゆえか、それとも自覚なき思慕ゆえか。
「イッセーの持つ神器は規格外。力の使い方さえ覚えれば、直向な心を持つ彼のことだ、きっと貴方を支える者となるだろう」
不満顔をするリアスに、ラウルは我が子を自慢するように語る。
将来、一誠は必要とされる人材になるだろうと。
リアスのかけがえのない存在になるだろうと予言する。
「まあ、それが色恋沙汰にまで及んでも知らないがな」
深入りしすぎて嵌まり込む。
微笑ましい事態になっても知らないと、ラウルは不敵に笑うのだった。
「それでは、今日は帰らせてもらおうか。家で可愛い子猫たちが待っているからな」
自身の使っていた食器を虚空に放り投げると、鞄を持って立ち上がった。
「ま、待ちなさい!」
引き留めようとするリアスに、後ろ手を振って去ろうとする。
「……待ってください、先輩」
「ん、何かな小猫?」
しかし、すんなりと退室することは叶わなかった。
小猫が袖を引き、ラウルを引き留めたのだった。
「……か、可愛い小猫はここにもいます」
袖を引く小猫は上目遣いをして、甘えた声で迫る。
顔を上気させ、身体をもじもじと擦り合わせる姿は、まさに可憐の一言に尽きた。
「――っ! こ、小猫がそんなことを言うなんてっ!?」
「う、うるさいです!!」
その姿にラウルは頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。
小猫は物静かで儚さを纏う少女。
決して、このような大胆な行動に出る娘ではないというのが、ラウルの見解であった。
動揺を隠しきれないラウルは、意外だと口走ってしまう。
渾身の演技を否定された小猫は、戦車の腕力に羞恥を乗せ、ラウルに拳を見舞う。
迫る拳にラウルが気づいた時にはすでに遅し。
避けることも敵わず、身体は地を離れることになる。
「~~~~っ!?」
身体を後方に流して威力を軽減。
また、拳を打たれた腹部を魔力と内氣によって強化して持ちこたえた。
辛うじて致命傷を避けた彼は、床の上で悶えることになる。
「か、帰る前に家の場所を教えといてください!」
「待て! 教えるからその脚を降ろして貰えないだろうか」
小猫の羞恥は留まることを知らず、矛先は床で蹲るラウルに向く。
腹部を脚でなぶられるラウルは、有無を言わせぬ所業に屈することになった。
「私に聞かないでも、悪魔なのだから調べれば分かるだろ」
グレモリー眷属は、現在この地の一帯を納めている。
本人に聞かずとも連絡一つで確認が取れるのだ。
ラウルはなぶられた腹部を抑えながら恨み言を吐く。
「……昨夜、尋ねてみましたが辿り着けませんでした」
ラウルの言い分に小猫は首を振る。
住所を調べて安否の確認を行おうとしたが、昨夜の内に叶うことがなかったのだった。
「ああ、そういえば普通の手段では侵入不可だったかな」
保安ゆえに張った結界。
家から出入りするためには、特殊な手段が必要であった。
その手段の鍵を知る一誠に近づく。
「戻って来い、イッセー」
ラウルはだらしない顔をした一誠に手刀を見舞った。
「いたたた、なんだよラウル。折角、部長といいとこだったのに」
妄想に浸っていた一誠は、ラウルの暴挙に腹を立てる。
曰く、リアスといい雰囲気だったようだ。
「私が昔住んでいた家は覚えているな」
「あれだろ、でっかい邸宅だろ」
「……邸宅と言うほどでもなくないか? 古民家ほどの大きさだろ」
「ブルジョワめ! 一般ピーポーの俺からしてみたら十分でかいんだよ!!」
「価値観の相違だな。論議しても仕方あるまい」
住居の広さについては横に置き、ラウルは話を進める。
虚空に手を差し入れ、手元に目的のものを手繰り寄せる。
取り出したのは六角形の金属の板であった
「その別邸の庭にある大理石の台座に、この紋章を翳すと先ほど言った住所の工房……住居に転送される筈だ」
「あのでかい邸宅は別邸かよ! つうか、普通に歩いていけないのか……」
「悪いな。何重にも結界を張っているので、私以外の術者では突破困難だ」
金属板の中央に彫られたるは六翼の霊鳥。
三本の脚を持ち、蹄には一対の龍が鷲掴みされていた。
ラウルは厳めしい紋章の彫られたメダルを別邸の台座に翳すと、家に上がることができると言う。
もっとも、それ以外の手段で侵入するのは困難であった。
結界を張った術者であるラウルならともかく、他の術者ではおいそれと突破できない。
術に嵌まった者は惑い彷徨い、外へと返される。
それでもなお、奥に立ち入ろうとする者には、罠による迎撃がなされる。
術者であるラウルも、他人によるものならば、余程のことがない限り突破しようと考えない代物であった。
「報告には聞いたけど、人様の管轄地で随分と勝手をしているのね」
「今までばれなかったしな。それに私有地だろ、あれこれ言われる筋合いはないと思うがな」
「あなたね……」
ラウルが物騒な行いを続けていることを知った管理者はご立腹であった。
毎度の如く爆弾を投下する銀髪の麗人。
リアスは半眼で睨むが、当の本人は飄々としていた。
「それと、別邸に置いたある台座だが、むやみに触れるなよ。即死級の罠が発動するぞ」
「ちゅ、忠告感謝しておくわ……」
ラウルは更なる爆弾発言を落とす。
別邸に配置された門となる台座には、侵入者抹殺用の罠があると。
下手に調べようものなら容赦なく、下手人を殺しに掛かるものであった。
忠告を受けたリアスは引き攣った笑みを浮かべていた。
「ほら、イッセー受け取れ」
一誠に紋章の彫られたメダルを投げ渡す。
宙舞うメダルは、綺麗な放物線を描いて一誠の手中に収まった。
「アーシアも喜ぶだろ。いつでも遊びにくるといい」
「お、おう」
ラウルは片目をつむりエールを送る。
家にいる少女たちの良き話し相手になるだろうとの判断であった。
「普通は主であるわたしに渡すところではないかしら?」
「生憎だな……まだ信用にならない」
実質、一誠に渡したのは家の鍵。
情に厚いグレモリー家の子女と言えども、実利を重んじる悪魔に鍵を預けるのは、家を預かる家主として現段階では許容しがたいことであった。
「小猫、これを貴方に預けておこう。一応言っておくが、複製するなよ。台座の罠に掛かる」
「……分かりました。しっかり預かることにします」
しかし、何も渡さないままではリアスが立つ瀬ないと考えたラウルは、鍵をもう一枚取り出す。
それに加え、注意事項を伝えて小猫へ渡すのだった。
信頼の証を受け取った小猫は、決意を目に宿しメダルをしっかりと握りしめる。
「私は信用しないのに、小猫は信用するのね」
「小猫なら問題あるまい。万が一、荒らされるとしても、食糧庫ぐらいっ!?」
小猫に渡すのは、万が一不義に走られた時の損害を考えて。
もちろん信用の差もあるが、難癖を付けられる意趣返しも含めてリアスには渡さなかったのだ。
そのことを冗談半分で口にしたラウルは、白き獅子の鉄槌に会うことになった。
「……デリカシーなさすぎです」
仁王立ちで怒れる少女はラウルを見下す。
乙女の逆鱗に触れ、地に墜ちた麗人は、腹部を奔る激痛に喘ぐ羽目になったのだった。
以上、何故か悪魔の駒に詳しいラウル君の説明でした。
小猫ちゃんが妙なことを言い始めました。
いったい、誰の影響でしょうか……。
生意気にチェスについて語ってみましたが、うまく描けなかった気がします。
そこは、一誠君を煽る為に貶めたり、持ち上げたりしたということでご容赦を。
ちなみに私の腕は素人に毛が生えた程度。
コンピュータチェスにて、十段階中の七、六段階とどっこいどっこいです。
パソコンの買った時に入っていたのですから、そんなに強くはないのでしょうけど。
ラウル君の住居ですが、どちらも別邸になります。
本邸は遠き地にありますので。
基本は奥地にある屋敷に住んでいますが、学校にある日は入り口の邸宅になります。
あれ……基本が逆転したような気が……。
どちらにしろ、今はアーシアを匿っているので、奥の屋敷に住んでいます。
さて、次回は堕天使たちとの決着に向け物語が動き出します。
アーシアの運命は如何に!?
そして、赤龍帝の籠手を覚醒させられた一誠君の活躍は!?
黙々と書き続けるつもりですが、熱さにやられて筆が止まるかもしれません。
目標は三日以内、最低でも一週間以内に更新するつもりです。