ハイスクールD×D~円卓の銀鴉~    作:Licht10

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 冒頭よりルチアさんが満を持て参戦します。


十二話 蒼銀の騎士

「「……る、ルチアさん?」」

 

 一誠たちの危機に現れたのは、黒一色の装束に包まれた少女。

 襟に刻まれた黄金の薔薇。

 左腕は肘まで制服の袖に覆われ、肩口には薔薇に加えて、十字架を携える二頭の黄金龍が踊る。

 対照的に右の袖は肩口で切られて、晒す二の腕から先は、指ぬきの布手甲が病的な肌を隠していた。

 慎ましい左胸の上には、舞い落ちる銀灰色の六羽が親い者を指し示していた。

 

「は~い、アーシアのお友達のルチアさんよ」

 

 公園の景色が移り変わる。

 空を覆う霞によって日差しが遮られ、辺りにもやが立ち込める。

 景色が変わる中、呼ばれたルチアは片目閉じて、一誠たちに目くばせを送った。

 漆黒の騎士服を纏った少女は、お茶目な仕草をする間に公園一帯を霧で囲ったのだった。

 

「……やっぱり、あの人間には仲間がいたのね」

 

 ルチアの登場にレイナーレは忌まわしげに顔の皺を深める。

 手に新たなる槍を創り出すと、少女の背後にある林へと合図を送った。

 

「ミッテルト! カラワーナ!」

 

「ほいさ! レイナーレ姉様のために、ここでタヒっちゃって」

 

「待機して、正解でしたね」

 

 林から飛び出してきたのは、レイナーレの配下の堕天使。

 光を携え、死角になっている背後より、奇襲を敢行した。

 

「ルチアさん、危ない!?」

 

 堕天使の影に気付いた一誠は、ルチアに危険を知らせる。

 同時にレイナーレも総攻撃に参加した。

 四条の光の悪意がルチアに迫る。

 

「甘いよ、堕天使さん!」

 

 一誠が警告を発する以前から、堕天使たちの存在に気づいていたルチアは、迫る光の悪意に冷静に対処する。

 

 半身になりながら、正面から放たれた二本の槍に剣先を当てる。

 右の槍を弾きカラワーナへと。

 左の槍を掬い打上げ、ミッテルトに向け受け流した。

 

 細腰より流れる黒布が翻る。

 ルチアは身体の流れを殺さぬまま腰を捻って、迫る二条の光を迎え撃つ。

 振り向き様の一撃にて光刀を断ち切った。

 

「羽よ――――」

 

 そして、目前まで迫った槍に対して、ルチアは起源を解放する。

 魔剣に込められし力を前に歪曲する空間。

 ルチアが振るう魔剣は、容易く迫る光を絡め取った。

 

「キャッ!?」

 

「ぐふっ!! なんだと……!?」

 

 一方、受け流された光槍は堕天使たちに牙を剥く。

 片や翼を掠め、片や深々と胴を貫かれる。

 

「まずは一羽ね」

 

「――――――」

 

 ルチアは致命傷を負った堕天使に躊躇なく止めを刺す。

 残るは一条の光芒。

 振るう魔剣から、絡め取った光が矢と為り射出される。

 

「か、カラワーナ!?」

 

 悲鳴を上げるミッテルト。

 脳天を貫かれた堕天使は、断末魔を上げる間もなく地に墜ちたのだった。

 

「――――――ぁ」

 

「戦場で気を抜くなんて……余りにもお粗末なのね」

 

 背後から響く鉄閃。

 ミッテルトの首筋から血潮が溢れ出す。

 堕天使の最期を看取ったルチアは、魔剣を振るい鮮血を落としたのだった。

 

「カラワーナ!? ミッテルト!?」

 

「ごめんね、堕天使のお姉さん。わたしたちへ喧嘩を売った相手に、情けを掛けるわけにはいかないんだ」

 

「いや……そんな……」

 

 力差は歴然であった。

 ルチアは誰にも気づかれずに、背後に回りミッテルトを屠ったのだ。

 力の一端も理解できないレイナーレに、抗う手段など残されていなかった。

 

「……遺言があるなら聞いた上げるよ。ラウのこと相当恨んでたみたいだし」

 

 手癖の悪い麗人のこと。

 きっと、目の前の堕天使にも、何か仕出かしたのだろう。

 可哀想に思えたルチアは、せめて遺言をラウルに伝えようと思ったのだった。

 

「ゆ、遺言なんて……至高の堕天使たる――っ!? そ、そうよ! こんな真似をして、アザゼル様やシェムハザ様が黙っていないわよ!!」

 

「三下の言うセリフは聞き飽きたわ。結局の所、みんな同じだもの」

 

 虚勢を張るレイナーレに、ルチアは嫌気が差した。

 危機に陥れば、他人の権勢を笠に着る。

 追いつめられているのは理解できるが、自身の力で乗り越えようとする気概はないのか。

 もう少しは、困難に立ち向かおうとする意思があってほしいところだった。 

 

「少しは自力で抗ってみなさい」

 

 一陣の風吹き抜ける。

 ルチアは敵対者たるレイナーレを討つべく、血の気盛んに黒革の編上靴で地を蹴った。

 

「くっ!?」

 

 必死に抗うレイナーレ。

 二柄の槍を創り出して、空へ逃げる時間を稼ぐ。

 されど、追うは蒼銀の騎士。

 一振りの魔剣を以って槍を打ち払い、脚を奔る魔力を以って空へ跳び上がる。

 

「これで終わりよ!」

 

 ルチアは空を蹴りあげ、爆発的な跳躍を成し遂げる。

 音に迫る速度を剣に乗せ、レイナーレへ止めの一撃を放つ。

 

「い、いやっ!? イッセーさん!?」

 

 突然響いたアーシアの悲鳴に、ルチアは素早く反応する。

 宙にて身体を捻り、自身に向けられる悪意に向けて、魔剣を振るっていない左手を翳す。

 織り成すは水の矢羽。

 迫る無音の凶弾に向け撃ち出す。

 水矢は祓魔弾を呑み込み、射手の体勢を崩す。

 しかし、想定外の敵に対処したこともあり、振るう魔剣は足を軽く切り裂くに留まる。

 音速のまま斬り抜けたルチアは、反転して無理な体勢を立て直す。

 追撃を掛けることも可能であったが、止むを得ずレイナーレを空へと逃がすことになった。

 

「ちょ! あのお嬢ちゃん、ぱねえんすけど!? 普通は、脳みそぶちまけて、おっちんじゃうところでしょ! それがなに!? 頭の後ろにでもお目目がついてんの!? あの体勢から、魔法を放つなんて……ぼくちん自信無くなっちゃうじゃん!!」

 

 ルチアの邪魔立てをしたのは、白髪の若い神父。

 足元には、背中を赤に染めた一誠が呻き声を上げ、片腕には力ないアーシアが抱かれていた。

 

「よくやったわ、神父。帰ったらご褒美を上げちゃうわ」

 

「よっしゃ! 天使さまから見返り頂いちゃいました。やったね! それじゃあ、速く帰りましょ! っと!!」

 

 傍らにレイナーレが舞い降りる。

 神父から気絶したアーシアを受け取ると、ルチアに向けて嘲笑を浮かべるのだった。

 嘲笑を向けられたルチアは、その挑発に乗った。

 霧へと姿を解かし、レイナーレに強襲を仕掛ける。

 

「邪魔よ、雑魚神父!」

 

 レイナーレの背後で響いたのは、甲高い衝突音。

 ルチアの振るう魔剣を得物を持ち換えた少年神父が、両手の光剣にて受け止めたのだ。

 

「ああん!? 誰が雑魚だって! 頭、湧いてんのか! このクソビッチ!!」

 

「……誰がビッチなのかな?」

 

 鍔迫り合いを始めた剣士たちの間で、火花が飛び散る。

 

「ははん、ホントのこと言われて、頭イっちゃったのね。自覚ないとか、マジワロス。同じイクでも、喘いでアンアン啼いた方が、俺様うれちぃ」

 

「その汚らしい口を今直ぐ閉じることをお勧めするわ。舌を噛み切る羽目になるわよ」

 

「ビッチが何言ってんの? 大胆に肌晒しちゃってさ。どう考えても、男を誘ってんしょ! ん~ん~、どうせなら、ぱっぱと全部脱いじゃえよ。すっぽんぽんでさ! いつでも、男を迎えられるぜ、やったな!」

 

 少年神父は粘りつく視線で少女の身体を辱める。

 衣服の継ぎ目から顔を出しすのは腹部のくぼみ。

 裂け目の入ったスコートからはインナーが垣間見える。

 股下からすらっと伸びた健脚は膝丈まで覆うものが存在しない。

 背面に回れば、大胆に開かれた背中空きの衣服から、肩甲骨や頸椎が顕わになる。

 不用意にさらす肌を指摘する少年神父。

 聖職者とは思えない下種な顔をして、ルチアの羞恥心を煽った。

 

「残念だけど、わたしの貞操はそんなに軽くないの。せめて、私より強い人じゃなくっちゃ……ね!」

 

 後ろ手で描いていた魔法陣が発動する。

 背後で横たわる一誠を霧と光が包む。

 準備の整ったルチアは攻勢を強めた。

 

 右脚を踏み出し、空いた左手で神父の腕を引く。

 腕を引くと同時に力を込めて右腕を押し、剣先を倒して首筋を狙う。

 細腕からは考えられない膂力に押し負かされた少年神父は、舌打ちをして剣先から逃れようと脚に力を込める。

 逃れようと離れる少年神父の下腹部を狙い撃蹴を放った。

 直感で気付いた神父は腰を折り、急所に放たれる撃蹴を見送る。

 体勢を崩した所に、少女は刃を滑らした。

 舞い散る白髪。

 得物が空を切る感覚。

 首級を狙う凶刃は、驚異的な生存本能を前に躱される。

 

「うぉい! 掠っちゃいましたよ!? ぼくちんのほっぺに掠っちゃいましたよ!? ってか、容赦ねえ! 思わず俺様ちびっちゃいっ!?」

 

「随分と余裕ね!」

 

 頬を切り裂かれながら、どうにか刹那の防戦を乗り切った神父。

 されど、ルチアの攻勢から逃れることは叶わない。

 神父の勝ち得た間合いを、少女は僅か一歩で詰める。

 繰り出すは怒涛の剣戟。

 空を断ち切る斬撃。

 風を裂く迅雷の穿刺。

 鋭い打突は受ける者の感覚を麻痺させる。

 苛烈で淀みのない奔流の如き剣舞にて、及び腰の神父を追い立てる。

 

「タンマ、タンマ!! お姉さん激し過ぎ! このままじゃ、ぼくちんが先にイッちゃう」

 

「……待つわけないでしょ!!」

 

 気合一閃。

 ルチアの振るう魔剣が、神父の持つ光剣を纏めて断ち切る。

 振るった腕をたたみ、魔剣を腰だめに構える。

 穿つは心の臓。

 神父に止めを刺すべく構えた時、視界の端で堕天使が動いた。

 

「今の内に立て直しなさい!」

 

 ルチアは手首を返して構え直し、迫る光槍を打ち払う。

 追いつめたところで、またしても邪魔が入ったのだ。

 

「めっちゃ、サンクス!! 天使さま、ちょー美人!! ぼくちん、惚れちゃいそう」

 

「いいから早く引きなさい!」

 

 レイナーレが作り出した一瞬の隙に、神父はルチアの間合いから離脱する。

 離脱を許したルチアも、向こうにアーシアがいることが枷になり、追撃することはなかった。

 

「あ~あ、天使さまの祝福を受けた剣がボッロボロ。マジありえねんですけど!? お姉さんなにもの? やっぱり、あの時のお姉さんのお仲間さんなのでしょうか?」

 

 見るも無残な姿になった光剣を見せ付ける。

 光の刀身は弱々しく点滅を繰り返し、柄頭は斬りとられて傷だらけの姿を晒す。

 

「ラウのこと言っているのならそうよ」

 

 ルチアは律儀にも足を止めて答えた。

 お姉さんと言うのが、ラウルのことを指しているのなら間違えないと。

 

「へぇ~、じゃあ、俺様が顔を思い出せない原因を知ってたりするんでしょうね?」

 

「あなたが馬鹿だからじゃないの? 髪も真っ白だし、脳も老けてるのね」

 

 好き放題言ってくれた神父を嘲り返す。

 本当のことを知ってはいるが、わざわざ教える必要もなかったのだ。

 

「……言いたいこと、言ってくれんじゃん! いいぜ、お姉さんに切られたこの胸の傷の分まで、あんたをギッタンギタンにしてやんよ!!」

 

「キャンキャンキャンキャン、よく吠える犬こっろね!」

 

 感情を剥き出しにした罵り合い。

 神父が懐から新たなる得物を取り出したのを合図に、二人は再び剣を交える。

 

「お姉さん、アーシアちゃんのお友達なんだって?」

 

「……分かっているなら、アーシアを返しなさい。これ以上、痛い目に遭いたくなかったら……ね!」

 

 神父は身軽な動きで掴みどころのない剣技を見せる。

 攻め立てるルチアは、流れを止めることなく動き続け、瀑布の如く雪崩を打つ。

 飛び散る火花。

 幾多もの剣戟が響き、鉄の調べを奏でる。

 

「はっはん! ビッチのお友達はビッチってな! お似合いだぜ、お二人さん」

 

 下種な笑い声を上げて、アーシアまでもを罵り始めた神父。

 彼の物言いはルチアの琴線に触れてしまう。

 

「……いいよ、少しだけ本気を出したあげる――――羽よ、重枷より解き放て」

 

「刃に魔力が集まってますけど、もしかして、俺様ピンチ!?」

 

 刀身を迸る蒼銀の魔力。

 神父はその光景に目を奪われるも、真価は別のところに現れる。

 ルチアが携える細剣に込められた起源は重力。

 掛かりし星の枷から、自身を解き放つ。

 身体は自然に浮くほど軽くなるが、四肢の生む爆発力は依然とする。

 翼の祝福を受けたルチアは、緻密な重力操作を以って相対した。

 

「っ!? 結界が破られた!? どうして!?」

 

 辺りに響いた金切り音。

 公園の周囲を覆っていた霧が晴れる。

 魔剣を構えていたルチアは、突然の事態に悲鳴を上げた。

 張っていたのは、結社でも信頼の高いもの。

 同じ結社の中でも、破れる者は数少ないはず。

 その結界が無慈悲にも音を立てて破られたのだ。

 

「よく分かんないけど、撤退するわよ!」

 

「じゃあな、クソビッチ! あのクソアマにもよろしくな!」

 

 当初の目的であった、アーシアの奪還を成し遂げたレイナーレ。

 引くのは癪だが、仕返しは至高の力を手に入れてから。

 英断を下して撤退を始める。

 

「逃がすわけないでしょうが!」

 

 蒼銀の魔力を纏ったルチアは、爆発的な加速を以ってレイナーレたちに迫る。

 

「時間を稼ぎなさい!」

 

 レイナーレの一声にて、神父服を着た男たちが現れる。

 何処からともなく湧いて出た神父たちが、ルチアの道を阻んだのだった。

 

「邪魔よ! どうせ死ぬんだから退きなさい!」

 

 ルチアが展開するは五十を超える魔術。

 万が一の為に編んでいた神秘の贋作を解き放つ。

 荒れ狂う超常現象。

 魔力が火炎、氷柱、雷撃、水刃と化して、ルチアの前方を埋め尽くす。

 放たれた魔術は神父たちをも呑み込み園庭を蹂躙した。

 

「くっ! 逃げられたっ!!」

 

 しかしながら、魔術の奔流はレイナーレを捕らえることはなかった。

 担がれていたアーシアを傷付けぬために、威嚇程度にしか放てなかったのだ。

 結果、レイナーレたちを転移させてしまったのであった。

 

「あ、アーシア……」

 

「っ! 動いちゃダメだよ一誠君! 直ぐに手当てするから!」

 

 繭を作るが如く渦巻く濃霧の中から、一誠の声が響く。

 呻き声を上げる少年の状態を思い出したルチアは、目頭を拭うと急いで駆け出した。

 

 

* * *

 

 

「疲れただろ……後は任せて、休んでいなさい」

 

 ルチアの張った結界が、何者かによって破られたことに気付いたラウルは。即座に転移した。

 服を血で染め、呻き声を上げる一誠。

 傍らで魔術による治療を施すルチアは大粒の涙を流していた。

 

 飛び散った血痕。

 千切れた手足。

 辺りを見回すと、到る所で血の花が咲いていた。

 また、血だまりに沈む骸の中には、堕天使の姿も見えた。

 敵影が見えないことから、戦闘後だというのが鑑みえた。

 

 ルチアに事情を聴き、一誠の治療に手を貸す。

 断片的な情報から、言の顛末を悟りアーシアが攫われたことを知る。

 治療が終わると、後から転移してきたリアスに断りを入れて、ルチアを抱え自宅に帰ってきたのだ。

 

「で、でも!」

 

「私に任せておけ。目が覚めた時には、全て終わっている」

 

 ラウルは安心させるように優しい笑みを作る。

 目を腫らし不安そうな表情を浮かべる少女の頭の上に、やんわりと手を置いて心を休めて安静にしておくように促した。

 

「うぅ~、アーシアの柔肌に傷一つでも付いていたら、噛み付いてやるんだから!」

 

 唸り声を上げていたルチアは葛藤の末、大人しくして居ることにした。

 為すと言い切った目の前の麗人にアーシアを託すことにしたのだ。

 

「それは……ご褒美か?」

 

 調子の戻ってきたルチアを見て、ラウルは不敵な笑みを浮かべた。

 

「あ、あ、あ、あ、あ」

 

「あ?」

 

「あほラウ!! 馬鹿ちん!! ド変態!! ラウは、血を吸われて喜ぶようなマゾだったんだね!?」

 

 ルチアは不敵に笑うラウルに心を乱される。

 怒りと羞恥のあまり顔を真っ赤にして、茶々を入れるラウルの態度を激しく罵り上げた。

 

「あの感覚はなかなか癖になるぞ。それに、私が変態だと言うのなら、貴方の方が変態――」

 

 瞳に嗜虐の光を灯らせたラウルはあらぬことを口にする。

 これ以上喋らせてはいけないと経験則から悟ったルチアは、強引にラウルの唇を塞いだ。

 突然の出来事にラウルは目を見開くが、蹂躙されるのを受け入れた。

 ルチアの深紅の瞳に見合わせる淡蒼の瞳は笑っており、むしろこの状況を楽しんですらいた。

 

「ん。……少しばかりだが、風情が足りなくないか?」

 

「う、うるさい!」

 

 自然と離れる折り重なっていた影。

 離れてなお見つめ合う彼らであったが、ラウルが口から零した言葉により甘い雰囲気が崩れ去る。

 それは、言葉のナイフ。

 凶刃と化して、容赦なくルチアの心を抉った。

 

「ちゃんとアーシアを連れて戻ってきてよね! ラウも怪我しちゃダメよ! 絶対! 絶対だからね!」

 

 心を抉られたルチアは気を沈めることなく、ラウルに声援を送った。

 先程の言葉はラウルがからかっただけのこと。

 証拠に目も口元も笑っており、頬にも赤みが差していた。

 そのことを惑わされることなく見抜いたのだ。

 付き合いが長く、心の機微を捉えることのできるルチアだからこそ、できる芸当であった。

 

「ああ、乙女の祝福を受けたのだからな。きっちりと、やり遂げて見せるさ」

 

 ラウルは唇に指を当てて応えた。

 もちろん、口元を歪めるのも忘れない。

 

「も、もう! アーシアをちゃんと連れて帰りなさいよぉぉぉぉぉぉ!!!!????」

 

 全身を羞恥の色で染め上げ走り去っていく。

 その姿からは憑き物が取れて、一時的でも元気を取り戻していた。

 

「まったく、恥ずかしいならやらなければいいのに。行動が大胆な割には、初心なやつだな、ほんと」

 

 ラウルは非常ににこやかな顔でルチアを見送った。

 ルチアの姿が完全に見えなくなると真顔に戻り、アーシア奪還の準備を始める。

 為すは招集の円陣。

 魔法陣を描き、任を課していた使い魔を呼び寄せる。

 

「調べはついたか、黒歌?」

 

「にゃん。もう少し、ロマンチックな呼び方はできないのかにゃ?」

 

 魔法陣より召喚に応じたのは、悪戯な笑みを浮かべた艶めかしい女性。

 着崩した夜色の着物からは豊満な胸部がラウルを誘う。

 頭上で動く獣耳は、彼女が人外であることを足らしめた。

 

「別の機会にな。いまは忙しいんだ」

 

「ルチにゃんとは、あんにゃに熱々のキスをしてたのに、なにいってんのよ?」

 

 軽くあしらおうとするラウルに、黒歌と呼ばれた女性は待ったを掛ける。

 ルチアとの情事の後に何を言っているのかと。

 気配を消して、辺りで覗き見をしていたのだと悟って、ラウルは天を仰いだ。

 ならば、先ほどの意趣返しに似た言葉の意味も納得できる。

 

「………………」

 

 光る黄金の瞳は獲物を捕らえて離さない。

 ラウルは無言の圧力に屈し、黒歌の頬に唇を落とした。

 

「これで手打ちにしないか?」

 

「嫌にゃー、最近ご無沙汰だったから、身体が疼くのよー」

 

 理性を溶かそうとする妖気。

 首筋に回された細腕。

 開けた着物から覗く豊満な胸を押し付ける。

 満足しない黒歌は身体をすり寄せ、妖艶な仕草で訴えかける。

 

「報告を寄越して貰おうか」

 

「そんにゃ……ご無体にゃ! けちん坊なラウるんには、教えてあげないにゃ!」

 

 相手にされなかった黒歌はそっぽを向いて不服を顕わにする。

 ラウルは黒歌の態度に、抱き付く身体を押しのけることで対応する。

 黒歌を引きはがしたラウルは粛々と準備を始めた。

 

「ちょっと! どこに行くつもりなのよ!?」

 

 身に付けるは漆黒の騎士団服。

 上半身は顔と指先を残し皺一つない礼服に覆われる。

 スカートの膝丈まであり、膝より下は太腿から覆うソックスが防護する。

 ルチアの纏っていた制服とは違い露出はほとんどない。

 女装している以外、遊びのない戦闘服であった。

 魔法により一瞬で戦闘服に着替えると、虚空より片割れの仮面と鴉羽のローブを取り出した。

 

「教会に忍び込むつもりだが……何か問題か?」

 

「問題あり過ぎよ! 調査の報告を聞かないつもりにゃのかにゃ!?」

 

「報告するつもりがないのだから仕方あるまい」

 

 仮面を付けたラウルは、黒歌の言い分を一蹴した。

 調査しても、報告する気がないのだから、これ以上の問答は無用であった。

 

「それに、別筋からすでに裏付けは取れているからな。黒歌の報告は必要ない」

 

 ラウルの情報源は探りを入れさせた黒歌だけではない。

 仔細は分からないにしろ、堕天使たちが立てた計画を把握していたのだった。

 

「ほ、骨折り損にゃ……私のこの数日って…………一体にゃんだっ!?」

 

 黒歌は膝を着いて打ちひしがれる。

 ここ数日、野外で寝泊まりした苦労。

 監視のため、教会から離れられず、まともな食事にありつけることもなかった。

 その苦行がすべて水の泡と化してしまったのだ。

 あまりに酷い仕打ちに黒歌は、断固として抗議の声を上げようとする。

 

 しかし、その言葉はするりと割って入ってきた影によって紡がれることはなかった。

 

「そんなことはないさ。黒歌が私の心配をしないのは、深刻な問題がないと言うことだろ」

 

「にゃにゃ、不意打ちは卑怯なのよー」

 

 気配を感知させずに唇を奪ったラウル。

 黒歌の輪郭に指を当てて上を向かせ、逃げれないようにして目を合わせる。

 真剣さの帯びた表情で、誤解をする黒歌を口説き始めた。

 

「実地でのフィーリングは、作戦決行において重要事項だ。誰かが遂行しなければならない任務に間違えない。その点、隠密行動に優れた黒歌は重宝しているぞ」

 

 作戦の手始めに行われる偵察任務。

 敵陣に乗り込んでの潜入調査。

 それらは単独で危険の伴う役目であった。

 危険な役目を成し遂げる黒歌の有能さをラウルは語る。

 

「もちろん、私的にも傍にいてほしいと思っているよ」

 

 また、黒歌のことを家族としても慕っていた。

 時には、姉分として皆を見守る。

 時には、恋人のように甘えてくる姿。

 多彩な顔を見せる彼女のことを気の置けない存在として、大切に想っている。

 仮面を外すと、ラウルは甘い顔をしてその思いを口にした。

 

「……この女殺し……ラウるんは、ほんとひどい人にゃ」

 

 よよと泣き真似をする黒歌。

 そんな彼女にラウルはもう一度、唇を落とした。

 

「愛しい娘ほど、愛でたくなるのは、人として当然の道理だろ?」

 

「そうやって、甘い香りに引き寄せられた乙女を手折っていくのよね……ラウるんは、ほんとどうしようもない人にゃ」

 

 肩を竦めながらも、にやけた口元を隠し切れていない。

 ラウルの行動に現金な猫娘は機嫌を直したのだった。

 

「報告するようなことは特になかったか?」

 

 機嫌を良くする黒歌に問い掛ける。

 

「ん~、近くに上級悪魔が一体、鳥の使い魔が一匹、堕天使っぽいのが一羽いたぐらいなのね」

 

「上級悪魔? グレモリー家のお嬢様のことか?」

 

 不穏な勢力が動いていることをラウルは知っていた。

 堕天使っぽい何かの正体に関しては素性を知っており、あるとすれば小石を投げてくるくらいのこと。

 使い魔に関しては、主従の繋がりを辿れば済む話。

 

 問題はこの上級悪魔であった。

 二人の公爵令嬢が納める地に現れた、三体目の上級悪魔。

 妙に引き際が良く、顔すら表さない。

 襲撃を掛ければどうとでもなるが、この地に居たいラウルとしては悪魔とことを構えるべきではない。

 おそらく、堕天使っぽい人物と繋がっているのではと、ラウルは見ていた。

 

 ラウルは黒歌の推測を聞くために、敢えてリアスの名前を出したのであった。

 

「違うのよ。アスタロトの紋章だったのにゃ」

 

「現ベルゼブブの家系か……あの家系は代々、好色なところがあるからな……異端視された聖女でも、見にきたか」

 

 アスタロト。

 かつて女神とされながらも、聖書の神が侵略したことによって悪魔へと落とされた一柱。

 また、座天使の長であったともされ真偽は定かではない。

 その本質は怠惰とも、野蛮とも、淫乱とも言われた悪魔であった。

 ラウルから見た印象は好色であり、堕ちた聖女の存在を探りに来たところで可笑しくはなかった。

 

「なんにせよ、辺りを五月蠅く飛ぶようなら、叩き潰すしかあるまい」

 

 敵対者は葬り去る。

 これがラウルの所属する結社の不文律であった。

 それを破った結果、堕天使にアーシアを奪い返される事態に発展してしまったのだ。

 

 ただ、ラウルは後悔していなかった。

 一時とは言え、少女の想いを汲むことができたのだ。

 誉れこそすれど、嫌悪するようなことではなかった。

 アーシアを容易に連れ去られたのは失態であったが。

 

 己のためにも、友好を築いた者たちのためにも、アーシアは無傷で連れ戻す。

 その邪魔立てをしようものなら、例え上級悪魔であろうと葬る腹積もりであった。

 

「なにをしている黒歌?」

 

「私も付いて行くのよ」

 

 ラウルは自身と同じ、闇色のローブを身に纏う黒歌に問い掛ける。

 問われた黒歌は可愛らしく瞬きする。

 

「小猫……白音が心配なのは理解できなくもないが、貴方が見つかると色々拙いだろ」

 

「む。悪魔なんかに、見つかるはずないにゃ! ラウるんは私を侮り過ぎよ」

 

 軽く頬を膨らませる黒歌に、ラウルは首を振った。

 

「それよりも、ルチアの世話をお願いできないか? 日中、動き回っていたようだからな。私のためにも、あれが無茶しないように見ていてほしい」

 

 心に引っ掛かるのはルチアの様子。

 任せると言ったものの、彼女がじっとしていられる性分でないのは、よく知っていた。

 故に黒歌に付いていてもらえないかと申し出た。

 

「仕方がないにゃ……その代わり、主様の言うことをきっちりこなす飼い猫に、ご褒美を用意してほしいのよねー」

 

 事情を察した黒歌は主の願いを聞き届ける。

 ただし、対価が欲しいと悪魔的な笑みを浮かべ、上目遣いですり寄った。

 

「……猫飯が御所望か」

 

「流石、うちのご主人様は猫心がよく分かる……って、違うにゃ!」

 

 ラウルの冗談に危うく流されかけた黒歌。

 どんな場面でも悪戯を考えるのは、ニヒルに笑う麗人の切れ味だった。

 

「生憎だが、子作りはしないぞ。マリナに殺されかねんからな」

 

「にゃ~、ラウるんのいけずー。男の娘でも、据え膳に手を出すくらいの意気地を見せてほしいにゃ」

 

 祖国に置いてきた一人の女性を思い浮かべてラウルは肩を震わせた。

 決して嫉妬深いわけではないが規律に厳しい。

 もしも、彼女との約束を破れば、如何な処罰を下されるか分かったものではなかった。

 

「せめて、二年待ってくれれば助かるのだが」

 

「幾ら抑える術を持っているからって、身体に悪いことには変わりないのよ」

 

「迷惑を掛けるな」

 

「ほんとだにゃ……その分、まぐわる時はしっかりしてもらうつもりよ」

 

 黒歌の金目がギラギラと輝いているのを見て、ラウルは苦笑いを浮かべた。

 

「それでは、往ってくる。ルチアのことは頼んだぞ」

 

「任されたのよー。夕食作って待っているから、早く帰ってきてほしいにゃ」

 

 ラウルは仮面に隠されていない右目を閉じて応えると、転移の光に消えたのだった。

 

 




 ――カラワーナ、ミッテルトの最期。
 ――復活のフリード・セルゼン。
 ――妖猫黒にゃん。

 の以上三本をお送りしました。


 プロットでなかったフリード君のこの段階での再登場。
 以前が不憫すぎました。
 ゆえに登場です。

 うちの小説のフリード君は諸事情により強化いたしました。
 それなのに、アッサリと倒したラウル君はいったい……。
 ラウル君より強いと言われたルチアさんは何をしていたのか……。

 その会長に足止めをくらわされたルチアさん。
 タイミングがいいのは皆さんのご想像にお任せします。


 今回、ルチアさんが振るった魔剣の説明。

 『羽の魔剣(ウィング・ソード)

 込められたのは重力の起源。
 初期段階では、自身に掛かる重力を軽くするだけの物。
 巧みに使えるようになれば、化ける魔剣です。

 例を挙げるなら、光の屈折。
 カラワーナに対して行った反射攻撃です。

 また、理論上では無限加速が可能に!?
 自身が加える力を極限まで上げ、加わる中の不要な抗力などを極限まで下げることができれば、可能かもしれません。
 おそらく、生身では持たないでしょうが……。

 皆さんなら私が思いつかないような使い方を思いつくことでしょう。
 細かい計算を知らない私ではここぐらいが限界ですが。

 流石に、時間操作のような大魔術には至れません。

 ちなみに、某七割れの聖剣の一本を模して創られたとかなんとか。
 ラウル君が創った一振りになります。


 黒にゃんの正体……見え透いていたかも知れませんが、はぐれ悪魔の黒歌さんです。

 彼らの出会いはそれは酷いもの。
 そのうち小ネタでも書ければと思っております。


 次回は、教会にて。
 二度も背後から奇襲を受けた一誠君の活躍回。

 頑張れ、一誠君!
 負けるな、赤龍帝!

 格好いい姿が書ければ、幸いです。
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