ハイスクールD×D~円卓の銀鴉~    作:Licht10

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 八月十三日。
 後編、投稿致しました。
 
 たった三千文字足らずの加筆ですが、どうぞご覧下さい。



十四話 堕天使レイナーレ

「ほう……これが『聖女の微笑(トワイライト・ヒーリング)』か」

 

 十字架に腰を掛ける痩躯。

 鴉羽のローブに覆われ、その表情を見ることは叶わない。

 

「――っ!? か、返しなさい!」

 

 彼の者が手にするのは、癒しの奇跡。

 レイナーレが手にする筈であったそれを手中に収めていた。

 

「返せとは言うが……貴方のものではないだろ?」

 

「ふざけないでっ!! それを手に入れるために、私は上を騙してまでこの計画を進めたのよ! どこの馬の骨とも知れない者が、横から奪うなんて許されるはずないじゃない!!」

 

 神器を弄ぶ様子にレイナーレが怒りを顕わにした。

 

 長年追い求めてきた『聖女の微笑』。

 その神器に宿る癒しの奇跡を以って、同胞たちを見返す。

 また、心内に秘めた悲願を叶え、添い遂げるためにも必要であった。

 

 そんな恋する少女が思い描いた、輝かしい未来へと進むための鍵。

 未来への足掛かりが、目の前で奪われたのだ。

 レイナーレの失望は計り知れない。

 

 失望から生まれる負の感情は、希望を盗み去った下手人へ向く。

 憤怒に染まった表情は抑えきれぬ激情に押されて、怒りの色をなお濃くした。

 

「ふふふ……」

 

「コソ泥の分際で私を嘲笑っているつもり?」

 

 怒気を高める堕天使を見て、痩躯の人物は深めに被った黒布に手を掛けた。

 

「なに、私のことを忘れるなど、酷い人だと思ってな。まあ、一時にも満たない僅かな時間であったのだから、仕方がないのかな?」

 

「あ、あなたは……」

 

 闇夜でもなお輝きを忘れない銀の光沢。

 さらさらと流れる絹糸のような長髪は、束の間の幻想を生み出し見る者すべてを虜にする。

 口元は不敵に歪み、蒼き双眸は憂いを宿しながらも、奥で妖しく光るのは無垢な邪気。

 下手人の正体は鴉羽のローブを纏った銀髪の麗人――八幡ラウルであった。

 

「アハハ! アハハハハッ!! わざわざあなたから出向いてくれるなんて! ホント、最高よ!!」

 

 ラウルの姿を認めた途端、怒りを納めていく堕天使。

 代わりに滲み出るのは、毛並みの異なる怒りを内包した狂気。

 三日月に歪められた口際は横に大きく裂け、歯牙を剥き出しにして憎しみを顕わにする。

 

「なにしてんだ、ラウル! そいつはホントにやべぇんだよ! アーシアを連れて早く逃げてくれ!」

 

「イッセーこそ、何を言っているんだ? 目の前の堕天使を一人で――」

 

「いいから、早くしてくれ!」

 

「……うむ」

 

 ラウルは有無を言わせぬ一誠の剣幕に押されて口を噤む。

 幼馴染がここまで自身の心配をしているのか理由が浮かばなかったラウルであったが、彼の指示に従い大人しくアーシアの下へ降り立った。

 

「聞いていたか、アーシア? どうやら、私は貴方を連れて逃げなければいけないようだ」

 

「うぅぅ……。あんなに痛いなんて聞いてませんでした! 少しだけ恨んでしまいそうです」

 

「……それは済まなかった。次の機会があれば、優しく助けると誓おう」

 

 ラウルは心底申し訳なさそうな表情で謝る。

 アーシアに苦痛を与えたのは不本意なことであった。

 本来なら、アーシアと接触した際に助出すことができたのだ。

 助けれたにも関わらず、少々外せない用事があるために、一人ではアーシアを助けなかったのだった。

 

 その事実は助けられたアーシアも把握していた。

 なにせ、縛られている彼女を不憫に思ったラウルが姿を消したまま会話を交わしたのだ。

 どのような事態に陥ろうとも必ず助けると。

 

 しかし、少女に過剰な苦痛を味わせたのも事実。

 アーシアの恨み言を甘んじて受け入れたのだった。

 

「夕麻ちゃん……」

 

「あなたに用はないの、下級悪魔。そこを退きなさい」

 

「…………」

 

 一誠はラウルたち前に出て宿敵と対峙する。

 対峙するレイナーレは取り付く島などないと、一誠に行動を一蹴する。

 

「聞こえなかったかしら? いまのわたしは、あなたみたいな下っ端を相手にする時間も惜しいの。早く退いてちょうだい」

 

 レイナーレは無言のまま見据えてくる一誠を興味がないと嘲る。

 馬鹿にされた少年は瞳に静かな怒りを宿して佇むばかり。

 二度の警告を以って、なお動こうとしない悪魔の少年を埒外に置くと、ラウルへと視線を投げ掛けた。

 

「さあ、ラウル……あなたには私の相手をしてもらうわよ。うふふふ、心配しなくても大丈夫。堪え難い屈辱を味わってもらうだけだから。火で炙り、水で苦しめ、蝋を垂らすのよ……アハ! いい声で啼いて、私を満足させてちょうだいね。……飽きがきたら、神父たちの慰み者にするのもいいわね。アハハハ! そんな怖い顔しないでも、存分に可愛がってあげるわよ」

 

 レイナーレは狂うように哄笑を奏でる。

 歪みきった口先より走るのは、聞くに堪えない言の葉の数々。

 彼女の黒髪よりも一層昏い悪意が溢れ出す。

 

「……なるほど、イッセーが危惧するのも理解できるな」

 

 ラウルにぶつけられる狂気。

 怒りと憎しみが渦巻き皮膚を差す。

 確かに抵抗のない者にはこれは辛いと。

 

 一方でレイナーレの狂気は手緩いとも感じていた。

 所詮、一時の感情の暴走だ。

 何かきっかけを与えられれば、恐怖へと転じてしまうだろう。

 本物の狂気をぶつけられ、自身も狂気に半身を犯されている彼からしてみれば、児戯もいいところであった。

 

「俺の初めての彼女がこんな奴だなんて……正直、信じたくなかったよ」

 

「アハハ、なにを言っているのかしら? 信じるもなにも、騙されただけじゃない」

 

「それでも、初めての彼女だったんだ」

 

「最初で最後の彼女になってあげようと思ったのに……悪魔になって甦るなんて、冗談も程々にしてほしいわ」

 

「……大切にしようと思ったんだ」

 

「なら消えてちょうだい。うろつかれると目障りだわ」

 

 本性を顕わにしたかつての恋人を前にして、一誠は後悔の念を漏らした。

 恋人ができて舞い上がっていた自分を。

 こんな毒婦を大切にしようと言う気持ちを心に抱いていたのかと。

 不様な過去の己を悔やんだ。

 

「そうか……やっぱり、夕麻ちゃんは……」

 

「素敵な名前でしょ? あなたを夕暮れに殺そうと思って付けたのよ、イッセーくん」

 

 頬を伝う一筋の涙。

 瞼を固く閉じて確固たる決意を固める。

 最早、目の前にいるのは彼の惹かれた少女ではない。

 人を貶めるしか能のない醜い堕天使であった。

 

「レイナーレェェェェェェッッ!!」

 

「腐ったガキが私の名前を気安く呼ぶんじゃないわよ!」

 

 一誠は咆哮を上げて宿敵に拳を翳す。

 襲いかかられたレイナーレは心底からの険悪を面にだし、光槍を構え忌々しき悪魔の少年を滅さんと迎え撃った。

 

『Explosion!!』

 

「なっ!?」

 

 赤龍帝の籠手に溜めていた力を一誠は解放する。

 それは祭儀場に向かう途中に思い付いた秘策であった。

 

 性質上、神器に力を溜め込むには、どうしても時間が掛かってしまう。

 時間が掛かってしまうならば、あらかじめ力を溜めておくのはどうか。

 

 一誠は思いついた奇策を試すことなく実行に移す。

 力が安定することなく、分の悪い賭けであったが、宿敵を打ち倒す最大の好機を手繰り寄せることに成功する。

 

 虚を突かれたレイナーレは、力が爆発的に膨れ上がった彼の前に光の槍は握り潰される。

 

「吹き飛びやがれ! クソ天使ッ!」

 

「そんな! 嘘ッ! こんな――」

 

 得物を失った堕ちた天使は、翼を羽ばたかせ最後の抵抗をするが、一誠は目前まで迫っており、逃れられる距離ではない。

 憎き元彼女に、一誠は断罪の拳を振り下ろした。

 

「お逃げください、レイナーレ様!」

 

「くっ! 邪魔すんなよ、クソ神父!」

 

 しかし、拳は空を切ることになる。

 階段を駆け上がった神父が、横合いから渾身の体当たりを仕掛けたのだ。

 大人大の力に押された一誠は体勢を崩すことになる。

 

「よ、よくやったわ、神父。私が逃げる時間を稼ぎなさい」

 

「御意に。御身は一度退き、再起を図って下され」

 

「逃がすかよっ!」

 

 逃げ出すレイナーレを追おうとするが、神父が立ち塞がる。

 

「だから、邪魔すんなって言ったんだろがっ!」

 

「なにを吐かすか、悪魔風情が! レイナーレ様の下には行かせん!」

 

 悪魔の天敵である光の剣を構えて、陸路を封じに掛かったのだ。

 止む追えず、一誠は神父と交戦することになる。

 

「レイナーレ様、レイナーレ様って、なんでお前らはあんな奴の下についてんだよ!」

 

「貴様に分かるか! 悪魔に家族を奪われ、教会に異端視された俺の心が!! レイナーレ様に救いの手を差し伸べて頂いた俺の気持ちが!!」

 

「――っ!? 分かんねぇよ! 好き勝手に人を殺したり、か弱い女の子を攫って生贄にしようとするような輩のなんてな!」

 

 ぶつかるは交わることのない意思。

 片や、危険因子として一度は始末された悪魔の少年。

 片や、信じる神に異端視され、敵対者であった堕天使に救われた元悪魔祓い。

 拳と剣を交えて己の意思を突き通そうとする。

 

 上級悪魔クラスまで、力の跳ね上がった一誠が、圧倒するかと思われた戦いは意外な展開を見せる。

 常に半身であり続ける、動きを止めない体裁き。

 巨大な力に逆らわず流し、払うような神父の剣裁き。

 巧みな駆け引きの前に、必殺の拳はことごとく空を切る。

 一誠は戦い慣れしている玄人の神父に、決めの一手が打てず攻めあぐねるのだった。

 

「アーシア、いいと言うまで目を閉じていろよ」

 

「は、はい……」

 

 見兼ねたラウルは彼らの戦いに手を出すことを決めた。

 

 元々、神父の目的はレイナーレが逃げ切るまでの時間稼ぎ。

 力の膨れ上がった一誠とまともに戦いあう訳がない。

 

 焦らしに焦らして隙を窺う。

 決して自身から攻めることのない剣技。

 加えて、戦士の心得もできていない少年に、言葉を突き付け精神に揺さぶりを掛ける。

 言葉巧みに怒りや同情を誘い、理性を鈍らせる。

 このまま戦い続ければ、赤龍帝の籠手の限界時間が先に訪れる。

 そうなれば、経験の浅い一誠では敗北を期してしまうのは、火を見るより明らかだった。

 

 一誠には悪いと思ったが、早急に止めを刺すためにラウルは術式を織った。

 これから起こるは、一方的な蹂躙。

 戦いと呼ぶにはおこがましい殺戮劇だった。

 

 故にアーシアには目を閉じさせたのだ。

 無垢な少女に穢れを教えない為に。

 凄惨な現場をこれ以上目にさせない為に。

 瞳に憂いを映す、麗人なりの配慮であった。

 

 ラウルが神父に向けて手を翳す。

 指先より放つは不可避の光芒。

 閃光に脳髄を貫かれた神父は、地に伏せ二度と起き上ることはない。

 呆気なく最期を迎えた彼の者の姿に、拳を交えていた一誠は呆然とするのだった。

 

 神父を屠ったラウルはすぐさま行動を開始する。

 一の句も告げさせない間にて、一誠に近づくと纏めて転移した。

 座標は、入り口の大扉。

 織った術式を介して、刹那の移ろいを成し得る。

 

「くっ! このチビ悪魔め、大人しく滅せられろ!!」

 

「……また言いましたね」

 

「容赦ない一撃……まさに悪魔かっ!」

 

 光に包まれた彼らが次の瞬間に目にしたのは、小さな躯体で群がる神父を打ち倒す小猫の勇姿であった。

 

「小猫ちゃん!!」

 

「兵藤先輩? それとシスターに……ラウル先輩」

 

「小猫よ。何故、私にだけそのような視線を向ける?」

 

 背後から聞こえた声に子猫は一度後退して辺りを見回す。

 入り口辺りにいたのは、祭壇へと登ったはずの彼らであった。

 彼らの姿を確認した小猫は、この状況を創り出したであろうラウルに冷たい視線を投げ掛ける。

 絶対零度の視線を向けられたラウルは細眉を顰めた。

 

「当然です。後で覚悟しておいてください」

 

「……遠慮しておこう。貴方の拳は体格から考えられないほど重いのでな」

 

「……決定事項です」

 

 容赦ない小猫の決断にラウルは呻く。

 思わず口を滑らせてしまった故に、この場での問答は諦めたのだった。

 

「イッセー、こちらを向いてくれないか?」

 

「なんだよ――――」

 

 ラウルは振り向いた一誠の頬に手を添える。

 驚きの表情を浮かべる彼に顔を寄せると、熱い吐息を漏らした。

 そして、片手で前髪を掻き分け、額にやんわりと花唇を落とす。

 

「――大羽の祝福を」

 

 ゆっくりと離した薄い唇は、一節の神秘を紡ぐ。

 それは、一定の位以上の魔術師のみが許される秘術。

 庇護者の口付けを以って施されるは、恵みの魔術であった。

 ラウルはこれから激戦を繰り広げる悪魔の少年に祝福を与えたのであった。

 

「――っ!? ラ、ラウル!?」

 

「ここは私に任せてもらおう。貴方はあの堕天使を追え。自身の手で過去の因縁を断ち切って来るといいだろう」

 

 驚きの声を上げる一誠を余所に、ラウルは真剣な表情で告げる。

 自身はここに残り後方の憂いを断とうと。

 一誠は自らの手で決着をつけにいって構わないと。

 見えない鎖に囚われる幼馴染の背中を押した。

 

「行け、イッセー。私は貴方が雪辱を果たさんことを信じている」

 

「……ああ、夕麻ちゃんを……いや、レイナーレをぶちのめしてくるぜ」

 

 淀みない声援を受けた一誠は、納得せざる得なかった。

 日本に住んでいたけど、ラウルは欧米人。

 向こうで育ったのだから、過剰なスキンシップも仕方がないのかと。

 独りでに納得した一誠はラウルの声援に応えると、通路の奥へ消えていった。

 

「さて、こちらの決着をつけることにしようかな」

 

 ラウルは一誠を見送ると、神父たちに向き合った。

 

「動くなよ、佑斗! 子猫!」

 

 魔術を以ってラウルは重力に引かれることなく、軽やかに浮かび上がる。

 

「っ! アイツを殺れ! 何かする前に葬り去れ!!」

 

 予備動作なしに浮遊の魔術を使ったラウルを危惧する神父たち。

 彼らはフリードに耳にタコができる程、ラウルのことを聞かされたいたのだ。

 加えて、古参者であった神父を事もなく祭壇で打ち取っていたのを目撃している。

 危機感を強めた神父たちは、次に術を紡がせまいと一斉に銃口を向けた。

 

「ラウルくんっ!?」

 

 神父たちはラウルに向けて何度も引き金を引いた。

 展開されるのは百を優に超える祓魔弾。

 躱す隙もない弾幕に、佑斗が悲鳴じみた警告を送る。

 

「……他愛ないな」

 

 されど、悠然と佇む銀髪の魔術師は眉一つ動かさない。

 目標の手前で祓魔弾は消失する。

 ラウルの展開する無色の魔道障壁によって、侵入を阻まれたのだった。

 

 必殺の弾幕が気なしに防がれた神父たちは唖然とする。

 そんな彼らにラウルは無慈悲な薄氷の瞳を向け、敵対者たちに片手を翳した。

 

「――迸れ、『雷光』」

 

 翳す片腕から光が溢れ出し白銀の方陣を構成した。

 沸き上がる魔力は、織られた術式を奔り方陣を介して、現世に雷として顕現する。

 現世に顕れた雷を囲む六つの円陣。

 新たに構成した魔方陣にて雷を再構築する。

 付加に圧縮、濃縮による純化――――。

 複数の過程を得て、雷に熱量が急激に高まる。

 大気を焼く灼熱を以って、次なる階位へと押し上げた。

 昇華された雷は、眩い閃光となり視界を焼く。

 補助の魔方陣を起動させると、大気を震わす轟音に乗せ、練り上げた灼光を解き放つ。

 

 それは古来より伝わる裁きの一撃。

 

 天より放たれた光獣は、縦横無尽に駆け回り雷撃を纏いて神父たちに襲いかかった。

 荒れ狂う雷光は触れた者を次々と昇天させた。

 百八の魔方陣を以って為される天の裁きは、造反者たちの存在を許さなかったのだ。

 

「目を開けて構わないぞ、悪い夢は覚めたからな」

 

 傍に降り立ったラウルは、アーシアに瞼を開くように促す。

 瞼を上げたアーシアの視界に映るのは、佑斗と子猫を残して誰もいなくなった祭儀場。

 先の喧噪が嘘のように静まり返っていた。

 

 それは麗人の放った魔術の異常性を浮き彫りにする。

 消え去った彼らを肉付けしていた血肉。

 神父服や光剣などの儀式礼装。

 果ては彼らが漂わせていた匂いまで。

 刹那の一撃で現世にいた痕跡まで焼き尽くしたのだ。

 

 それでいて、石畳や調度品には焼け跡一つもない。

 銀髪の魔術師は天にも届く雷光を織り為し、恐ろしく繊細緻密な操作で魔術を繰り出したことを意味するのだった。

 

「ラウルくん……いまのは……」

 

 魔剣を床に刺して身体を支える佑斗。

 何度も瞬きを繰り返して視力の回復を図る彼はラウルに問い掛ける。

 今の魔術は何だったのかと。

 されど、麗人の異常さを問うことは叶わなかった。

 白い影が迫りラウルを襲ったのだ。

 

「女装先輩……目が焼けたらどうするつもりだったんですかっ!」

 

「待て待て、目を閉じた瞬間に『動くな』と指示したはずだぞ」

 

「分かるわけありませんっ!」

 

 獰猛な金の瞳は怒りを顕わにする。

 戦車の剛腕から放たれる必殺の一撃を皮きりに、絶え間なく襲い掛かる。

 上肢より為されるは風切る重撃。

 芯まで穿つ憤怒の拳を見舞われては、感覚が渾沌することは免れない。

 しなやかな下肢は、鋭い鞭撻と為りて意識を刈り取らんとする。

 身体の柔軟性を以って為される獅子の連撃は、ラウルに後退を余儀なくさせる。

 

 しかし、小猫の怒りはラウルを捕らえることはなかった。

 怒りに任せた小猫の攻撃は、鋭いが単調なために読みやすい。

 小猫が右脚を撓らせた瞬間に、身を低くして潜り込む。

 蛇蝎の如く地を這い繰り出された健脚を躱すと、ラウルは軸足を捕った。

 軸足を足られた結果、小猫は支えを失い体勢を崩す。

 宙に浮いた少女の肩口に、膝裏に腕を回して優しく抱きかかえた。 

 

「っと、暴れないでもらえると助かるかな」

 

 その際に振り上がった右脚からの踵落としを肩口にもらうことになったラウル。

 骨のつがい目が外れても、可笑しくはない一撃。

 肩口に見舞われてなお、平然と微笑みを讃える麗人を小猫は睨んだ。

 

「……放してください、変態二号」

 

「酷い謂われようだ、可愛い後輩に気遣って抱きかかえているのに。それに、まだイッセーは戦っているんだぞ。そろそろ矛先を収めてくれ」

 

「ん……卑怯な先輩です」

 

 小猫は口元を一文字に結んだ。

 ラウルの言うことは理にかなっている。

 地下の神父を掃討したが、まだ戦いは終わっていない。

 逃げた堕天使を一誠が追っているのだ。

 赤龍帝の籠手を宿しているとは言え、新人悪魔の任せる仕事ではない。

 彼のことを思えば早急に援護に向かうべきであった。

 ただ、この悪戯好きの麗人を咎めなしで許すことなどできない。

 熟考の末、おとなしく身を預けることで小猫は怒りの矛先を収めた。

 

「こそこそ隠れていないで、出てきたらどうだ?」

 

 両腕に残る確かな重さを確認したラウルは、一誠の去っていった祭儀場の入口に言葉を投げかけた。

 暫くして、言葉に釣られるように紅髪の姫と黒髪の巫女が姿を現す。

 

「あなたには予知能力でもあるの?」

 

 姿を現した紅髪の姫ことリアスは、自分たちの居場所が気づかれていたことに眉を顰めながらも、ラウルの懐に探りを入れてみる。

 リアスにとって、彼の能力は底が知れない。

 抜きん出た戦闘能力も大概だが、あの情報収集能力は計り知れないと危惧する。

 

 数刻前に目を通した書類もそうだ。

 報告書は収集した情報を処理して考察まで添えてある。

 また、血判状は堕天使幹部の名前が並ぶ。

 あれだけの多種多様な文書を揃えることは並大抵なことではない。

 リアスたちに渡した書類を堕天使に接触してから、僅か数日で集めたというのが驚きだ。

 

 それこそ、未来予知のような隔絶した能力を所持してもおかしくはない。

 

「どうやったら予知などの結論に、辿り着くのか聞きたいものだ。そんな便利なものがあるなら、むざむざこの娘を攫われる様な失態を仕出かすわけがあるまい」

 

「……そうね」

 

 予知系神器所持の疑いはラウル本人によってバッサリと切り捨てられた。

 分かっていたならば、失態はあり得ないと。

 確かに未来予知ができれば、アーシアが攫われることはなかったであろう。

 

 リアスは納得する一方で、一つの確信を得た。

 麗人が保有する繋がりは堕天使にもあるのだ。

 堕天使との繋がりは幹部級、あるいは提督本人かもしれなかった。

 頼りがいのある味方でありながら、敵に回る可能性も否定できないことを確と胸に刻み付けた。

 

「それにしても……随分と酷薄な主様だ。眷属と協力者にだけ戦わせて、自身は高みの見物とはな」

 

「……その協力者は連絡なしに、勝手な行動ばかりが目立つのは気のせいかしら?」

 

 銀と紅の視線がぶつかる。 

 ラウルは近くで傍観していたことを指摘し、リアスは契約内容になかったとは言え、連絡なしに動いたラウルを揶揄した。

 お互い思うところがあったために、毒舌の応酬は続くことなく幕を閉じた。

 

「まあ、いいわ。ラウル……さっき使った力の説明をしてちょうだい」

 

「…………」

 

 ラウルは目を閉じてリアスの求める問いにどう対処するか思考する。

 契約内容に必要情報の開示と言う項目があった以上、答えないという選択肢はありえない。

 どのようにして躱そうかと考えている途中で、彼女の背後にいる朱乃の様子を見て断念した。

 

「人とは、より高みを志す者。届かぬ栄光を貪欲に追い求めるのが、性だと思うのだが?」

 

 ラウルは不敵な笑みを浮かべて答えた。

 彼が選んだのは、抽象的な表現を以っての回答であった。

 

「もってまわった言い回しね。はぐらかさないで教えてほしいわね」

 

「それが我々というものだよ。この性は業の深き一族に生まれた以上、変えようがないのでな」

 

「……分かったわ。あなたの信頼が得られるまで、私は待つことにするわ」

 

 リアスは米神辺りを抑えて納得を示した。

 ラウルが答えようとしない以上、追及してもまったく意味がない。

 そのことをここ最近でようやくわかってきたのだ。

 ただし、ラウルの物言いに納得しない者も存在した。

 

「……ラウル君とは一夜ほど借り切って、話をしてみたいものですわね」

 

 いつもの穏やかな雰囲気を置いてきた朱乃が前に進み出る。

 言葉とは裏腹に彼女は常人なら呑まれ兼ねない剣呑な空気を纏う。

 憎悪を宿した菫色の瞳はラウルを捉えて離さない。

 

「熱烈なアピールは歓迎だが、まずはその嫌忌を仕舞ってもらいたい。彼の者と私は関係ないのだからな」

 

 雷を迸らせ一歩一歩歩み寄る彼女に、ラウルは動じることはない。

 逆に一歩進み出て苦笑を浮かべるのだった。

 

「……はぁ。ラウル君には、ほとほと手を焼かされそうですわ」

 

「む? 何か可笑しいことをしてしまったか?」

 

「胸に手を当ててよく考えてみてください」

 

「……全く心当たりがないかな」

 

 態度を変えぬ彼に朱乃は毒気を抜かれることになる。

 深く息を吐くと、いつもの彼女に戻ったのであった。

 

「一時的とはいえ神器を抜かれたのに、なんでその娘は平然としているのかしら?」

 

 話が一区切り着いたところで、リアスは彼の傍に寄っていた元聖女に視線を向ける。

 彼女は堕天使の計略に掛かり神器を抜かれたはず。

 ラウルが取り戻したとしても、魂と繋がる神器を抜かれて平然としているのは、少なからず違和感を覚えたのだ。

 首を傾げるリアスに得意顔を向けて、ラウルはその謎を説き明かした。

 

「なに、私の本職は魔術師でな、お粗末な式を少しばかり弄らせてもらったのだよ」

 

 大規模な儀式術式への介入。

 不敵に笑う麗人はその偉業を当然と言わんばかりに行ったのであった。

 

 

* * *

 

 

 月影に照らされた聖堂に響く足音。

 悪魔の少年は左腕に赤き龍を携え、地下より顔を現した。

 

「どこに行きやがった……本当に逃げ出したのか? ――っ!?」

 

 少年が視線を巡らせても、追ってきた堕天使の姿は見当たらない。

 尻尾を巻いて逃げたしたかと結論に辿り着くが、即座にその思考を否定する。

 あの性根悪の堕天使のこと。

 手柄を一つでも持ち帰るために、息を殺しているの違いなかった。

 例によって、慎重に探し回る少年の背中へ怖気を感じることになる。

 

「完全に不意を突いたはずよ! それなのに、生意気にも躱すなんてっ!?」

 

「誰が引っ掛かるかよ! お前の考えは見え見えなんだよ!」

 

 上空から突き刺さる二条の光を回避する一誠。

 見上げた視線の先には、堕天使レイナーレの驚愕する顔が見て取れた。

 

「あの時に始末しておくべきだったわ。それこそ、転生も叶わないぐらいにぐちゃぐちゃにね」

 

「レイナーレ……お前はっ!」

 

『Boost!!』

 

 左腕の籠手より響く六度目(・・・)の機械音。

 力の増した一誠の姿に、レイナーレの表情が歪む。

 

「そうよ、その『神器』! ありえないのよ。その神器は持ち主の力を倍にする『龍の手(トゥワイス・クリティカル)』のはずよ。……なのに、一時的とはいえ、私の力を超えるだなんて……ありえないわ。龍の手の亜種にしても異常よ」

 

「異常とか、正常とか、そんなのどうでもいいんだよ! 俺の心を弄んで、アーシアやラウルを酷い目に遭わせようとしたお前を許さねぇ!!」

 

 一誠は腕を振って怒りを顕わにする。

 この際、左腕の神器が普通でないなど知ったことではなかった。

 人を騙して心を弄び、己の悲願の為に他人の人生を踏み躙る。

 傍若無人に振る舞う嘗ての恋人の所業が許せなかったのだ。

 

「……上の方々があなたの神器を危険視した理由がよく分かるわ。その神器は存在してはならないものよ」

 

 怒れる少年を見下してレイナーレは冷酷に告げる。

 左腕の神器は存在してはならない。

 世界の、そして、己のためにも一誠には消えてもらうと。

 レイナーレは無情な判断を下して、光の槍を構えた。

 

「あなたといい、あのラウルとかいう小娘といい、予想もできないような異常者ばかり……いいわ、私の汚点を減らすために、あなたにはもう一度死んでもらいましょう」

 

「上等だ! 俺の想いに応えろ、神器!!」

 

『Boost!!』

 

 一誠は赤龍帝の籠手を構えて、襲い掛かる魔の手を打ち払う。

 初撃を防いだと同時に沸き上がる力。

 これで追い駆けていた間も合わせて七度目の倍加。

 本来なら限界を迎えていても不思議ではなかったが、一誠にはその予感が全くと言っていいほどなかった。

 それどころか、身体が酷く軽く感じられた。

 加えて、奥底から何か別の力が膨れ上がる。

 倍加するごとにその存在は非常に鮮明になり、一誠の身体の中を荒れ狂っていた。

 

「どうやら、倍加にはそれ相応の時間が掛かるようね」

 

 一誠が時を稼いでいることに気付いたレイナーレは攻勢を強める。

 魔方陣より光の槍を複数射出して追い立てた。

 

「っ! プロモーション『騎士』ッ!」

 

『Boost!!』

 

 幾条もの光の裁き。

 降り注ぐ天敵の塊を前に一誠は昇格を決した。

 手に入れた騎士の速さで、レイナーレの張った弾幕を身軽に掻い潜る。

 

「! 『兵士』とは厄介ね。これ以上、時間稼ぎをされるわけにはいかないわ」

 

 いとも容易く攻撃を掻い潜られたレイナーレは、驚きの余りに手を止めてしまう。

 昇格によって膨れ上がった魔力。

 中級クラスのそれを放つ一誠に危機感を抱いたのだ。

 

 その昇格を行った一誠も内心は驚きをあげていた。

 フリードとの戦いで昇格を為した時には、これ程の軽快さを得ることは叶わなかった。

 一誠は足裏に描かれた方陣には気付くことなく、軽やかな足取りで地を駆ける。

 

『Boost!!』

 

「また力が増した!? いい加減死に晒しなさい!!」

 

 攻撃を再開したレイナーレの言葉に、ふと一誠はあることを思い出した。

 左手の神器の効果は十秒ごとに力を増す能力であったはずだ。

 それが今はどうだろうか。

 赤龍帝の籠手で行われる倍加の間隔が明らかに短い。

 神器に目を向けると、様変わりした姿が映った。

 翠玉の表面に浮かぶ六羽の紋章。

 広がる翼は以前に渡された金属板の紋章を思い起こす。

 

「いい加減にっ!」

 

 魔方陣をさらに描き手数を増やす堕天使。

 自身では制御しきれず、むやみに聖堂を破壊していく。

 しかし、焦りを浮かべたレイナーレの攻撃が届くことはなかった。

 

『Boost!!』

 

「誰がそんな願いを聞いてやるかよ。ぶっ飛ぶのはてめぇだ! レイナーレ!!」

 

『Explosion!!』

 

 十度目の倍加を成し得た一誠。

 神器に溜まっていた力を解放して、敵対者の正面に立ち脅し文句を告げた。

 

「この肌に伝わる魔力の波……魔の波動は上級クラスの悪魔に匹敵するなんて……」

 

 大気を震わす魔力に、レイナーレは顔を歪めて恐れ戦く。

 最早、一誠の力は中堅クラスの上級悪魔並み。

 下級と中級を間を彷徨う堕天使では手の出しようがなかった。

 

「ォォォォォォオオオオッッ!!!!」

 

 雄叫びを上げ、愚直にまで真っ直ぐにレイナーレに迫る。

 騎士の健脚と足裏の方陣によって、流星と化した彼を止める術はない。

 

「これでっ!!」

 

 夕麻に味わされた無念を、過去との決別を込めて、一誠は固くひたすら固く拳を握った。

 

「最悪、道連れにしてでもっ!」

 

 レイナーレは決死の覚悟をする。

 殺しそびれ、悪魔への転生を許した少年を表へ出してはいけない。

 敬愛する方々のためにも、相討ち覚悟で討ち取って見せる。

 愛を求めるあさましい堕天使は翼を羽ばたかせ特攻を仕掛ける。

 右手に創り出した尖った槍頭は胸間を狙う。

 左に構える光槍は右腕の肩口を鋭く刺突する。

 決別と悲願の交錯は、差し込んだ銀の光が明暗を分けた。

 

「――っ!? 銀色の方陣!? こんな時までっ!!」

 

 レイナーレが振るう両手の悲願は、銀色の障壁に阻まれ砕け散った。

 そして、残るは決別の拳のみ。

 悪魔の少年は、赤龍帝の力と麗人の祝福を乗せて拳を振るった。

 

「終わりだぁぁぁぁっっ!!!!」

 

 舞い散る黒き羽根。

 決意の闘争に敗れた堕天使は、破砕音を立てて石壁を突き破った。

 

「はぁはぁ…………やってやったぜ! ……ラウル……アーシア……」

 

 左腕の籠手を天に向け、大切な友人たちに勝利を掲げる。

 彼らに戦いを制したことを報告すると、一誠は身体を投げ出した。

 度重なる昇格や倍加によって、すでに体力の限界が来ていたのだ。

 

「……お疲れ様。惚れ惚れするほどかっこよかったぞ」

 

「ラウル……」

 

 膝から崩れる一誠を優しく受け止める銀影。

 栄光を掴み取った勝者に、月の女神は優しく微笑んだ。

 

 




 一誠君とレイナーレ様の因縁に決着!

 最後、過保護なラウル君の手出しがあったような気がしますが、一誠君が見事打ち倒しました。
 ラウル君が手出ししたのは、賛否両論分かれそうですが、本人が手を出したのではないのでご容赦を。
 あれは一誠君の生存本能に反応した祝福が生み出した障壁です。
 間接的に彼が守ったことになりますが。


 ちなみに祝福の効果は与える者によって様々です。

 今回描写があったのは――。

 ――魔力譲渡。
 ――自動付与式。
 ――神器及び使用者の強化、また負荷の軽減。

 と言ったところでしょうか。
 よく見て頂いたら、ラウル君が得意とする術系統が分かるかもしれません。

 なんにせよ、祝福自体が強力なために、乱用していいものではありません。
 この先、出てくる某蛇のような使い方は結社内で禁止とされております。


 二話挟んだ後にディアボロス編のエピローグになります。
 まだ、二話あることが気になる方もいらっしゃるでしょうがお持ちを。

 出来るだけ早くに、更新できればと考えております。

 
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