ハイスクールD×D~円卓の銀鴉~    作:Licht10

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 五日掛けて一万文字越え。

 さっくり話を進める筈が、ざっくりとした内容に。
 短く纏めたいと思う今日この頃です。

 エピローグを除き、この話で旧校舎編の最後になります。

 前回に続き、原作ブレイク(!?)
 アーシアが聖女の微笑とお別れをします。

 その真相は本文で!

 最後までお読み頂けると幸いです。


十六話 聖女の祝福

「はぅわ! すいません、部長さん……」

 

 居城の主に頭を下げる金髪の少女。

 堕天使の魔の手より助けられたアーシアは、身体を強張らさせた恐縮な面持ちで、主の顔を窺うのだった。

 

「大丈夫よ、アーシア。きっと、神側の人間(シスター)から悪魔に転生した反動なのだからね。ゆっくり、慣れていきましょ」

 

「…………はい」

 

 再び訪れる可能性のある未来に、恐れを抱くアーシアを紅髪の主は優しく迎え入れる。

 アーシアが恐れを抱く原因は彼女の神器にあった。

 あの決戦の夜を境に、新たなる道へと踏み出したアーシアを待っていたのは、底の見えない絶望であった。

 癒しの奇跡を宿した『聖女の微笑』は、一度たりとも微笑むことがない。

 その能力を買われて、リアスたちの下に身を寄せたアーシアとしては、由々しき事態であった。

 事態の打開への糸口を見つけるために、信仰深かった元聖女は、全ての父へと罪を告白する。

 

「ああ、主よ。賜った奇跡を使えなくなった罪深き私をお許し――――あう!」

 

 しかし、アーシアの懺悔は届くことはなかった。

 悪魔に転生してしまったアーシアに返ってくるのは、頭を殴られたような鈍痛だけなのであった。

 

「やはり、悪魔に転生してしまったことを主はお怒りになられているのでしょうか……?」

 

 アーシアは瞳を虚ろに彷徨わせた。

 教会に、信じた神に否定され、賜った奇跡も施すことができない。

 降りかかる悪夢を前に、アーシアは歩んできた道のりが霞んで見えていた。

 それでも、口八丁に騙された彼女が、その元凶を恨むことがないのは、仇敵ですら癒してしまう心優しき元聖女ゆえだろうか。

 

「……頑張ろうぜ、アーシア。なにも知らずに悪魔になった俺でも、使えるようになったんだ。皆を癒すために力を使おうとするアーシアの心に、神器も絶対応えてくれるからな!」

 

 先の見えない闇の中でも光は差し込む。

 アーシアを絶望の底から引き上げる力強い声援。

 声を掛ける一誠はアーシアに希望が戻るまで、何度でも手を伸ばすのだった。

 

「イッセーさん……もう少しだけ頑張ってみます!」

 

「その意気だ!」

 

「はい!」

 

 希望の手を伸ばされ、アーシアの瞳には再び柔らかな光が宿る。

 光を取り戻した瞳で一誠を見据えて応えるアーシアの声音は、奮い立とうとする彼女の心境をよく映していた。

 ただ、この光景はここ数日で幾度も繰り返されており、根本的な解決に至る前にアーシアの心が折れてしまうのも時間の問題であった。

 

「困ったわね。ホント肝心な時に彼はいないし……」

 

「学園の方にも、家庭の事情で数日ほど休むと、連絡があったそうですわ」

 

 米神や頬に手を当てて、日に日に悪化するアーシアの様態に、二大お姉様は困った顔を見せる。

 

 アーシアの様態が回復する可能性は二つ。

 もう一度神器を発現するか、はたまた神器の発現を諦めて別の道を歩むか。

 

 後者はリアスたちや当人のアーシアとて選択したくはない。

 回復能力を宿した僧侶を野放しするには惜しく、アーシアの心に禍根を残すことにもなりかねない。

 

 前者になれば、もはや未知の領域であった。

 元々、神器は神が創り出した奇跡の結晶。

 眷属に取り込んでいる者がいるとはいえ、本来は相反する装具であるのだ。

 悪魔には、手の負えない代物でも仕方がなかった。

 

 儀式に介入したラウルならば、何か手を打てるかもしれないが、その彼はここ数日、学園にも部室にも来ておらず、沈黙を保ったままであったのだ。

 アーシアの神器をどうにかしようとすればするほど、思考の渦に呑み込まれていく。

 行き詰った彼女たちは、姿をくらました麗人と最後に言葉を交わしたあの夜の続きのことを思い出すことにした。

 

 

* * *

 

 

「部長、帰りました」

 

「っ!? 小猫、その恰好はっ!?」

 

 乱入してきた堕天使に、逃走を許してしまったラウルたち。

 手ぶらで戻ることを余儀なくされた彼らを出迎えたのは驚愕の声であった。

 上着は肩口から胸前まで切り裂かれ、大きく破かれたスカートからは小股が晒される。

 リアスの視界に映る小猫の制服は、暗がりでも乱れていることが分かる程だ。

 ラウルが着ていた騎士団服の上着を羽織っているが、サイズが合うことなく膝丈まで包まれている状態であった。

 留め具は留まっておらず、正面に立てば未熟な少女の素肌が晒されていた。

 小猫の惨状を見たリアスの瞳は紅に染まり、突き刺す視線がラウルを咎める。

 

「堕天使の増援だ。レイナーレと言ったか、あの堕天使も回収されたようだぞ」

 

 見咎められたラウルは、肩を竦めて誤解を解き始めた。

 小猫に乱暴を働いたのは、突如として現れた堕天使であった。

 危険に晒したことは認めるが、不埒な真似をした覚えはなかった。

 

「――っ!? ごめんなさい、小猫。私の判断ミスだわ」

 

「大丈夫です、ラウル先輩が助けに来てくれましたから」

 

 ラウルから、堕天使に襲われていたことを聞いたリアスは、切羽詰まった様子で小猫を抱き寄せた。

 潤んだ瞳で小猫の無事を確かめた後で、小さな彼女の身体を確かめるように強く抱きしめる。

 抱きしめられた小猫は目を細めると、ラウルに視線を向けるのだった。

 

「まあ、誰も手傷を負うことがなかったのだ、気負う必要などないだろ。それでも、思うところがあるなら、次へと活かせばいいさ」

 

 小猫の視線を受けたラウルは、気落ちするリアスに助言を送る。

 今回の反省点を洗い出し、次に反映させる方が建設的であった。

 難しいかも知れないが、万事に備えて柔軟な思考を育むのが、若き王の務めだと告げる。

 ラウルの言葉を確りと受け止めたリアスは、穏やかな顔を小猫の恩人に向けた。

 

「……そうね。小猫を助けてくれてありがとう。おかげで大事に下僕を失わずに済んだわ」

 

 月明かりに彩られる紅の華。

 不意打ちじみた破顔に胸の鼓動が高鳴る。

 なまじ美人なだけあって、普段見せない顔を晒す一輪の花に目を奪われてしまった。

 

「礼を言われるほどのことでもないだろうに。同じ部活の仲間……こんな可愛い娘を守るのは、当然だと思うのだがな」

 

 されど、顔を赤らめるのは仮面の麗人。

 内心は揺られながらも表情に出すことはない。

 素っ気ない言葉を紡ぎながら動揺を隠す。

 周りを見ることも忘れずに、小猫の僅かな表情の変化を捉え、不敵な笑みを浮かべるのだった。

 ただ、淡蒼の瞳は揺らぎ、右頬に差す朱の色は隠しきれないが。

 

「……先輩はよくそんな惜しげもない言葉を口にできますね」

 

「私は思ったことを口にしているだけだ」

 

「余計に質が悪いです……」

 

 笑みを向けられた小猫も、気持ちの揺らぎを伝播されたのか、顔を赤らめてしまう。

 ラウルと言葉を交わせば交わすほど、熱が増していく。

 堪え切れない熱に、小猫は思わず顔を背けてしまうほどであった。

 

「うふふ、小猫ちゃんの姿を見た時には、正直言わせて頂いて、ラウル君に襲い掛かられたのでは、と邪推してしまいましたわ」

 

「ステンドガラスを破った勢いで襲い掛かるなど、どこの野獣だ。冗談も程々にしてもらいたい」

 

 ラウルはからかわれているのが分かる故に、目を細めて朱乃に抗議する。

 ステンドガラスを破ったのは小猫が危険に陥っているのを察知したためであり、外で時間を食う羽目になったのは堕天使と戦闘していたためだと。

 駆け付けた際には、すでに小猫は衣服を破かれていたのだったと。

 

「小猫を襲った堕天使は、あなたが始末したと言うことでいいのよね?」

 

 リアスの問いにラウルは首を振った。

 

「まさか。それこそ聞き捨てならない冗談だ。流石の私でも、あの堕天使を無傷で仕留めるなど至難の業だぞ。ましてや、相手は逃げ腰であったからな。手傷の一つも負わせることができなかったよ」

 

 相手は格上とは言わないが、条件次第では同格にまでなる堕天使。

 今回のように守るべき者がいて、人目を避けることができない状況では、多少厳しいものがあった。

 それでも、周囲の被害を考えずに、時間さえあれば結果は違った、とラウルは肩を竦めるのだった。

 

「……また、私をからかっているわけではないわよね? 小猫を襲った堕天使は、そんな危険な輩だったっていうの?」

 

「その筋では有名な奴だな。私も何度か顔を合わせたことがある」

 

 ラウルの答えにリアスは顔を顰めることになる。

 グレモリー眷属を圧倒したラウルでも、苦戦を強いられるような相手が潜んでいたのだ。

 それも、この業界で名の売れている堕天使だと言う。

 ラウルの計り知れない実力に驚くことながら、無策で小猫を送り出してしまったことを改めて後悔するのだった。

 

「調べてみれば、尾っぽの先くらいは見えるのではないか?」

 

「尾っぽの先って……ほとんど見えてないじゃない! 絶対、調べるよりも、あなたに聞いたほうが早いわよね?」

 

 ラウルは、おそらく勘違いしているだろうリアスの考えを正すことはなかった。

 逆に、冗談を混ぜお茶を濁していく。

 

「残念だが……私にも色々と制約があって、話すわけにはいかないのだ」

 

 煩わしい事態になり兼ねないために、リアスが勘違いしてくれたままの方が、ラウルとしては都合良かったのだ。

 

「あなたと結んだ契約に基づいて、情報の提供を求めても無理かしら?」

 

「悪いがな。それにあの契約は、教会を根城にする堕天使を排除するまでだったはずだが?」

 

「そ、そうだったわね……」

 

 意気揚々として、ラウルから情報を聞き出そうとしたリアスは、思わぬ反撃に遭いて呻き声を上げることになる。

 結んだ契約を持ち出したつもりが、返し刀で契約の期間と突きつけられたのだ。

 契約という行為に重きを置く悪魔としては、致命的な失態であった。

 

「分かったわ。小猫……この件はあなたに任せるわ。できるだけ情報を搾り取ってちょうだい」

 

「了解です、部長」

 

 契約が切れた以上、ラウルが意図せずに情報を与えることはない。

 リアスは直接情報を聞き取ることを大人しく諦め、最近ラウルと距離を縮めつある小猫にその任を託した。

 

「ラウル先輩……覚悟はいいですか?」

 

 小さな躯体から沸き上がる謎の覇気。

 主に任を託された小猫は、威勢よく麗人に宣戦布告する。

 

「……お手柔らかに頼みたいかな」

 

 鋭く光る金色の瞳にラウルは苦笑いを隠しきれなかったのだった。

 

「ところで、アーシア。貴方はいつの間に悪魔へと転生したのかな?」

 

 ラウルの視線は目の前の少女から、気配の様変わりしたシスター服の少女に向けられる。

 教会を出る前は一般人の域を出ていなかった少女の気配が、戻ってみると人外の気配へと入れ替わっていたのだ。

 高まった魔力の波長から、同一人物であることを確認したラウルは、そのカラクリを見抜いていたが、敢えて少女に問い質すのであったのだ。

 

「皆さんといたくて……部長さんに転生させて頂きました!」

 

「そうか……」

 

 意を決して口を開いたアーシアの言葉に、目を閉じて静かに頷いた。

 

 悪魔に転生した元聖女が歩むのは、茨の道になることだろう。

 数百年前より冥界で流行し始めたレイティングゲーム。

 増しては、この不安定な時代に、友となった赤龍帝が近くにいるのだ。

 心優しきアーシアが戦いに巻き込まれることは免れない。

 回復系の神器しか持たない彼女が、自身の無力に嘆く日が来ることは間違えない。

 義妹の友であり、盟友の友でもある彼女に、余り傷付いてほしくないラウルは、素敵な贈り物を考えるのであった。

 

 ラウルの懸念を余所に、アーシアは自身の願いを込めて捲くし立てる。

 

「これで、イッセーさんやルチアとも……もちろん、ラウルさんとも何百年でも、何千年でもずっとご一緒できます!」

 

 アーシアの言葉に、ラウルは二重の意味で驚かされることになった。

 一つは少女の描く未来図に含まれていたこと。

 ラウルとしては、アーシアに対して特別、何かをした覚えはなかった。

 一度目は一誠が困っていたからであり、二度目はルチアの願いであったからだ。

 結果として、手助けになったのかもしれないが、純粋な意味で彼女に手を貸したことはない。

 そんな自身をアーシアは気に掛けるのだ。

 彼女の描く未来が、ラウルに訪れることがないと分かっていても嬉しくはあった。

 

 そして、もう一つは――――。

 

「いや、アーシア。貴方は過大な勘違いをしている」

 

「な、なにを間違ってしまったのでしょうか?」

 

 やんわりと優しい笑みを浮かべてアーシアの間違えを指摘する。

 

「ルチアはともかく、私は悪魔のように長生きをできはしない」

 

「え……何処かお体が悪いんですか?」

 

 今のラウルでは、年百年も何千年も生きることができる筈もなかった。

 

「そうではない。私が単に人間というだけだ」

 

 ラウルは魔術師ではあるが、未だ人外になったつもりなどなかったのだ。

 

「ふぇぇぇぇぇぇええええええ!!!!????」

 

 限界まで見開かれた碧玉の瞳。

 男の娘であったことに続き、再び突き付けられた真実に、少女の顔が驚愕に彩られる。

 少女の腹の奥から沸き上がった驚嘆は、静かな夜空に木霊するのであった。

 

 

* * *

 

 

 悪魔に転生した元聖女に衝撃を与えたラウルは、用事が出来たことを伝えて帰っていったのであった。

 転移の光に呑まれる中、何か口にしたようだが、リアスたちには伝わることはなかった。

 

「現れてください! 聖女の微笑!」

 

 ラウルが姿を消した夜以降、似たような日々が続いていた。

 アーシアが何度も神器の発現に挑戦し、失敗すれば皆で宥めに掛かる。

 一誠やアーシアを歓迎するパーティーも開かれる筈であったが、アーシアの神器に不具合が起こったために、無期限延期となってしまっていた。

 

「うぅぅ……やっぱり駄目でした」

 

「……もう一回だ! もう一回挑戦してみようぜ!」

 

 グレモリー眷属は一度、一誠の先導でラウル邸を訪れたが、奥の別邸に転移することはできなかったのだった。

 ラウル邸の中に入るだけでも、張られた結界を破るのに数時間掛かる始末。

 その上、転移の台座がなくなっており、ラウルの姿を見ることすら叶わなかったのだ。

 

「ラウル先輩が原因のような気がします……」

 

「かもしれないね……彼は堕天使の行った儀式に割り込んだ上に、『聖女の微笑』を手にしていたからね」

 

 そのラウルが来なくなってから、侘しくなった御茶請けを前に、小猫と佑斗はお茶を呑む。

 彼女たちが話題に挙げるのも、ラウルとアーシアの神器の関連性。

 次第に疑心が広がる部室へ慎ましいノックが響いた。

 

「失礼する」

 

 噂をすれば影が差すとはこのことだろうか。

 中からの返事を待つことなく入ってきたのは、皆が待ち望んでいたラウル自身であった。 

 

「どういう状況かな、これは?」

 

「アーシア先輩の神器が使えなくなりました……」

 

 薄目を開けて辺りを見渡すラウルは、涙目のアーシアとそれを宥める一誠を見つけた。

 疑問符を浮かべるラウルに、小猫が端的に状況の説明をする。

 

「ん? 当然だろ?」

 

 小猫の説明にラウルは更なる疑問符を浮かべた。

 アーシアの神器が使えなくなったのは、当然の帰結であったのだ。

 この状況を作り出したラウルからすれば、どうしてそこまで困っているのか理解できなかった。

 

「ラウル! やっぱり何か知っているんだな! アーシアが困っているんだ、早く教えてやってくれ……頼む」

 

「なにが当然なのか、きっちり説明してちょうだい」

 

「あらあら。五日間も部活に顔を出さないと思ったら……そういうことでしたか」

 

「女装先輩、悪ふざけは程々にしておいてください……」

 

「食えないね、キミは。僕のことといい、アーシアさんのことといい、キミの掌で踊らされている気がして仕方がないよ」

 

 飄々然としたラウルに皆の視線が集まった。

 一誠はアーシアが神器を使えるよう懇願する。

 リアスは鋭い目つきで、ラウルの口から洩れた言葉を言及し、小猫は白い目を向ける。

 朱乃と佑斗は視線に温度差があるものの、概ね困った娘を見るような心境であった。

 

「取り敢えずだ……詰め寄らないで大丈夫だ。ちゃんと調整してきたからな」

 

 針の蓆となったラウルは、詰め寄ってくる一誠を手で制する。

 ここにきて舞台の仕掛けを忘れたと、知ることになったラウルは、機転を利かせてアーシアへと歩みを進めた。

 

「アーシア、悪魔に転生した貴方にささやかな贈り物だ。受け取ってはもらえないだろうか?」

 

 歩み寄ったラウルが、スカートのポケットから拳大ほどの匣を取り出した。

 ポケットから取り出したそれを片膝を着き、両手を添えてアーシアに向け差し出す。

 そして、二つ折りの匣にできた割れ目部分を細指でなぞらえると、匣が開きラウルが用意した贈り物が姿を現す。

 

「こ、これは……!」

 

 二つ一組の指環。

 本来はアーシアに細指に収まっている筈の物であった。

 何故、それをラウルが持っているのか。

 あの夜より数日の苦悩は何だったのか。

 瞳を彷徨わせるアーシアは、目の前のエンゲージリングとラウルの顔を何度も何度も見直してしまう。

 

「『聖女の微笑(トワイライト・ヒーリング)』……かつて、そう呼ばれていた神器だ」

 

 淡い光を放つ指環は、主への帰還を待ち侘びるが如く点滅を繰り返した。

 神器に呼ばれてなおも煮え切らないアーシア。

 彼女の姿を見たラウルは匣を納め、アーシアに小さく断りを入れる。

 アーシアの雪肌の手を取ると、ゆっくりと指環を嵌めていくのであった。

 

「……かつてですって?」

 

 ラウルは立ち上がり、神器の帰還に涙するアーシアを一誠に任せる。

 一誠に一言二言投げ掛けたラウルは、殺気立つリアスへと向き合うのだった。

 

「ああ、少しばかり私が手を掛けたのでな。最早、『聖女の微笑』とは言えまい」

 

 紅へと染まったリアスの瞳を真っ向から受け、ラウルは誇らしく語った。

 聖女の微笑を改造したのだと。

 予想の斜め上を行くラウルの言葉に、リアスは呆気に取られた。

 

「まずは悪魔に転生したことによって、引き起こされうる事象に対しての対策だな」

 

 ラウルは指を立てて説明を始める。

 最初に紹介するのは、転生において発生する障害への対策であった。

 

 アーシアは神の信望者から悪魔へと転生したのだ。

 当然、神器は信仰心を糧に動いていた部分があり、悪魔となった今では信仰を捨ててなくとも、疑心暗鬼によって回復力の低下が予想された。

 その穴を埋めるために、システムとの繋がりを弱め、術者本人の意思力による神器の活性化を高めることで、回復量を補おうとしたのだ。

 

 もちろん、この処置にはデメリットも存在する。

 アーシアが治癒しようと思わなければ、神器の威力が半減する。

 また、神器の発現が亜種へと進む可能性も強くなり、禁手(バランス・ブレイク)に至る恐れも出てくるのであった。

 ある種、仇敵でも癒す意思のあるアーシアだからこそ、施した処置と言えよう。

 

「今回のように、儀式によって神器を引き抜かれないようにも術式を編んでおいた」

 

 ラウルが手を施した神器を狙う輩も当然として現れる。

 彼女の近くにいる内は、身内の友として守るつもりだが、万が一に備えてラウルは手を打った。

 神器を肉体と魂に繋げる術式を施すことで、並大抵のことでは引き抜けないようにしたのだ。

 副次効果として、神器の成長を促すためにまた一歩、禁手に近づくのであった。

 

「ついでに、追加機能も付けておいたからな。これからグレモリー眷属として戦っていくためにも、回復能力だけでは心細いだろ。特別、攻撃を主眼に置いたような機能は付けてないから安心するといい」

 

「え~と……あ、ありがとうございます?」

 

 そして、回復能力だけでは不安だからと、ラウルは老婆心を働かせてしまったのだ

 後方支援しかできない少女の為に魔力譲渡を。

 皆の無事を祈る心優しき少女の為に、遠隔障壁機能を。

 容量に空きのあった聖女の微笑へ、余計な機能を取り付けてしまったのだ。

 

 一考として、ラウルが魔術を教えることも考えたのだが、それでは彼自身の整合性を損なってしまう。

 彼の扱う魔術は門外不出の物も多くあり、無償で教えるわけにはいかない。

 自ら手解きをするとすれば、適正価格を払うか、後継者として育てることにするかの二択ぐらいしかなかった。

 アーシアには、正気を失うような大金も用意できるはずもなく、かといって弟子として取るような異常な才能もなかったのであった。

 

 とんでもない裏事情のためにアーシアの神器は魔改造を受けてしまったのであった。

 

「神器と術式が定着し始めた頃に、改めて説明をするつもりだからな。いまは心配しなくても大丈夫だ」

 

 魂への定着が終了次第、完成すると振り向いたラウルは微笑みを讃えた。

 

「わ、分かりました」

 

 神器を魔改造されたことをアーシアは一つも追及することはなかった。

 逆にラウルを気遣うようにして、心配そうな顔を浮かべる。

 麗人の顔を彩る薄化粧。

 細められた眼も決して開くことなく、ラウルの美貌はどこか陰りを見せていたのだ。

 

「神器に手を加えるなんて……アーシアに何かあったら許さないわよ」

 

 しかし、正気に戻った彼女の主は戸惑うことはない。

 ラウルの手によって改造を受けたのは、彼女の下僕の神器。

 情の深いグレモリー子女としても、看過できない所業であった。

 故にリアスは鋭い視線で、ラウルを戒めようと睨み付けた。

 

「……我々の技術力を侮ってもらっては困るな」

 

 薄目を開けるラウルは、妖力の伴った刃の如き眼光を返した。

 

「日々、人の技術は進化を遂げるもの。その一生が短いが故に、その身が脆弱故に……新たなるものを発想し、足りぬものを補いて、一時の間に発展を続けていくのだ。我ら魔術師は、中世の時代よりその練磨を重ねてきたからな。疑われるなど、遺憾にたえないのだよ」

 

 アーシアの神器に用いたのは、かの大戦後より続く結社によって生み出された叡智の結晶。

 先人たちが育て上げてきた希望の種でもある。

 事情を知らないとはいえ、それを蔑ろにされて気持ちのいいものではなかった。

 

「……アーシアのことは心配しなくていいってこと?」

 

「端的に言えばな。彼女の神器の安全性はこのラウル・G・ヤハタが保障しよう」

 

 ない胸を張って応えるラウル。

 疲労のせいか、はたまた興奮のせいか、ミドルネームまで名乗っていることに気が付くことはなかった。

 もっとも、この場においてその名の意を知る者はいないのだが。

 

「それよりも問題は、新たなる名称だな。いつまでも『聖女の微笑』では、格好がつくまい」

 

 嫌忌を納めたラウルは話題を変える。

 一般的な聖女の微笑より掛け離れたアーシアの神器の名称だ。

 術を施した者として、これだけは決めておきたかったのだ。

 

「一応『聖女の祝福(トワイライト・ブレッシング)』という仮名称を付けておいたのだが……まあ、名称は好きにするといい」

 

 好きにするといいとアーシアに言いながら、彼の背からは後光が差し、満身の笑みを浮かべる姿はご愛嬌としか言いようがなかった。

 きっと、瞼が開いていれば瞳も爛々と輝いていたことであろう。

 

「『聖女の祝福』……とてもいい名前だと思います」

 

「そうか……気に入ってもらえて何よりだ」

 

 自身の相棒に、新たなる名前を与えられて、感銘を受ける元聖女。

 両手を握るアーシアの姿を見て、ラウルは一層のこと笑みを深くした。

 

「名称も決まったからな、私は帰ることにしよう」

 

 ここ数日の苦労が報われたラウルは、上機嫌で帰宅の準備を始める。

 指先に宿る銀の魔力。

 魔方陣を形成するラウルは、ふと自身に向けられる視線に気付いた。

 視線の主は白髪の小柄な少女であった。

 寂しげな金の瞳に見詰められて、ラウルは心を揺さぶられる。

 

「そうだ……小猫、この五日分の茶菓子だ。遅れてしまって悪いな」

 

 小猫との約束を思い出したラウルは、虚空より銘菓を取り出す。

 もちろん、約束が頭から完全に抜けていたので手作りの物などない。

 

「許しません。罰として十日間の期間延長です」

 

「……分かった。それで手を打とう」

 

 口を一文字に閉じて沙汰を下す小猫。

 静かな怒りを少女を前に、ラウルは従順として妥協案へ同意した。

 

「それでは、また明日に――――」

 

「待ってくれないかな?」

 

 再び魔方陣を展開したラウルの背中に衝撃が奔った。

 

「佑斗よ、いくら私が女性に見えるとて、後ろから抱きつくことはあるまいに」

 

「こうでもしないとラウル君は、逃げてしまいそうだからね」

 

 ラウルの帰還を留めたのは、今まで大人しくお茶を飲んでいた佑斗。

 胴に回された金髪の貴公子の細腕は、がっちりと固められているために一部の隙もない。

 逃げられないように拘束されたラウルは、困った顔をして佑斗の腕に指を滑らした。

 

「はぐらかさないで答えてほしい……キミは、ルチアという女性のことを知っているのかな?」

 

 佑斗にしては珍しい低く切羽詰まった声音が響く。

 痛いほど拘束を強める両腕が、彼の真剣さを物語っていた。

 

「…………うちの魔道ゴーレムを一つ残らず壊すようなお転婆娘ならば……な?」

 

 ラウルは逡巡の末に口を開いた。

 佑斗を彼女と引合すのは、まだ時期が来ていないと考えていたのだ。

 その考えが佑斗の激情を止める理由になるはずもなく、ラウルは止む追えずに教えることになった。

 

「それは……なんて反応するべきなのかな? 生きていたことを喜ぶべきか、相変わらずの行動力に頭を悩ませるべきか……」

 

 ルチアの生存を伝えられた佑斗も、彼女の行動力に頭を悩ませることになる。

 あの絶望的状況から生き延びたのも本当だと思ってしまうほど。

 ラウルの語る惨状も、彼女ならばとある種の納得を抱いてしまう。

 しかし、それならば何故、会いに来てくれなかったのかと、佑斗の内でわだかまりができるのも確かだった。 

 何にしろ、佑斗はルチアの生存を喜ぶのだった。

 

「あっ……」

 

 あっさりと解かれた両腕。

 喜びに浸っていた佑斗は、両腕に伝わる感覚の喪失に小さく声を漏らした。

 

「詳しいことは本人に聞くといい。私では答え辛いこともあるからな」

 

 佑斗の拘束を抜け出したラウルは、柔らかな表情をして向か合う。

 指を立て唇に添えると、詳しいことはルチア本人に聞くように仕向けたのだった。

 

「まだ、帰らないでちょうだい。私も聞きたいことがあるの」

 

「長くなるようなら、また後日にしてもらえると助かるのだが」

 

 転移の魔方陣を準備する彼にまたしても邪魔が入る。

 紅髪の姫が引き留めたのだ。

 再三引き留められたラウルは仏頂面を見せた。

 

「ちょうど明後日が休日か……その時にでも招くとしよう」

 

 深く息を吐き出すと、機会の延期を求めた。

 連日の疲れが色濃く出始めていたのだ。

 

「それで構わないかな、部長?」

 

「構わないわ。一度、あなたの家にも訪問してみたかったところだから」

 

「了解だ。使い切りの魔方陣だが、これで家に直接転移できる」

 

 ラウルは魔方陣を描いて、一枚の紙を召喚するとリアスに手渡した。

 受け取った紙へ、リアスは興味を抱いて注意深く見澄ます。

 六翼三対の霊鳥が描かれた紋章を中心に、表裏とも隙間なくアルファベットやルーン文字が埋め尽くす。

 魔力の宿ったそれを破くことで、一度だけラウルの張った結界を素通りして転移できるというものであった。

 興味を移したリアスを尻目に、ラウルは今度こそ帰還の魔方陣を描き魔力を流した。

 

「歓迎の準備をして待っていよう。佑斗もこの機に彼女と話をするといいだろうよ」

 

 微笑みを讃える女装の麗人は、転移の光へと姿を消す。

 こうして、情の悪魔たちと銀の魔導師が初めて手を取り合った事件は、一幕の終焉を迎えたのだった。

 

 




 ラウル君のせいで、グレモリー眷属が茶番を繰り広げてしまった回。
 報連相は確実に……と言わざる得ないラウル君でした。

 遂にやってしまった、神器の魔改造。
 被害者一号はアーシアさんでした。
 ……祝福の件も含めると、二号になってしまうかもしれません。

 タグにある人工神器はこのため。
 魔改造は序の口になります。


 後半に出てくるラウル君は、五日の完徹明け。
 神器の処理が完成次第、オカルト研究部に訪れたのでした。

 内訳は、四割魔導ゴーレムの修復、三割神器の魔改造、二割本職でその他が一割です。
 教会から帰ってきたラウル君を待っていたのは非情な現実。
 誰とは言いませんが、地下訓練施設の魔道ゴーレムが根こそぎ破壊されていたのでした。
 一度目の修復は、形だけ修復したために某剣士の怒りを買い、ものの数時間で全滅してしまいました。
 二度目の修復は、反省を生かして普段訓練に使うレベルのゴーレムを作成。
 しかし、次の日にはまたしても全滅してしまいました。
 理不尽な叱咤を受けての三度目の修復は、精魂込めて少数を作成。
 半数が撃破されたところで、某剣士と魔剣の限界が来ました。
 剣士はお休みに、魔剣は錬金によって打ち直されるのでした。

 これが、学園を休んだ四日間(初日が日曜の計算のため)の出来事。
 ラウル君は憂さ晴らしに付き合わされていました。
 もちろん、アーシアさんの神器の魔改造は手抜かりなくやっております。
 ラウル君の場合、術式を編むよりも、定着させる作業に時間を取られてしまう設定なので。
 ある種、救いようのない裏話でした。


 前回の後書きで書いた十字教については、エクスカリバー編まで熟考します。
 聖公会とプロテスタントを同一のものと見做して描くかも知れません。
 私に宗教は難しいです。


 エピローグでこの旧校舎編が終わりになるのですが、せっかくなのでタイトルを付けました。

 ――――旧校舎のメドラー(お節介焼き)

 なんては如何でしょうか?
 《聖女の祝福》のようにあまりセンスを感じられないかも知れませんがご容赦を。
 この先も中二病じみた、二つ名や、神器が続出する予定なので……。


 何はともあれ、次回で一章終了。
 早く更新できると幸いです。

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