ハイスクールD×D~円卓の銀鴉~    作:Licht10

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 皆さんお待たせしました。
 一週間ぶりの更新を終えたリヒトクロイツです。

 前話にてふざけ過ぎたのでしょう。
 辛口評価を頂いてしまいました。
 冷や水を掛けられてクールダウン。
 既に書き上げた部分の訂正は致しませんが、今後は気を付けていきたい所存です。
 多少の浮ついた展開は大目に見て頂けると幸いです。

 二章に突入してから続く、甘いような酸っぱいような空気を一蹴するために、今回はシリアルテイストとなっております。
 出だしはいつも通りです。
 誰がシリアスな空気を作るかは本文をお楽しみに。

 そして、例の如く文字数多寡に伴い一話を分割致しました。
 前後半に分かれますがお許しを。
 現在、書き上げているが一万二千文字。
 後半部分が膨らむので、二倍近くなる可能性があります。

 さて、一週間ぶりに投稿した番外編。
 時間軸は遡って、一章のエピローグ後になります。
 遅くなってしまいましたが、お楽しみ頂けると嬉しい限りです。


番外編 突撃! 不可侵のラウル邸(上)

 晴れやかな蒼天の空。

 東から日が高く昇る頃、閑静な高級住宅街に間延びした電子音が響き渡る。

 

「オカルト研究部の皆様、お待ちしておりました。朝早くからご足労頂きまして、真にありがとうございます。どうぞ、家屋の中へとお入りください」

 

 恭しく一礼をする女性。

 深々と頭を垂れる彼女の頭髪は固く結われて銀の光沢を放っていた。

 木目色の門扉を開けた女性は、粛々とリアスたちを出迎えたのであった。

 

「え~と、お邪魔させてもらうわね……メイドさん?」

 

「はぅわ! 本物のメイドさんです」

 

 場違いな黒地のエプロンドレスを身に付けた姿に、リアスとアーシアは呆気に取られる。

 ラウルに会いに自宅を訪れた先で、似た背格好の使用人に出迎えられるとは、露程にも思わなかったのだ。

 

「ま、まさか! ラウルくんのお姉様でいらっしゃるのでしょうか!?」

 

 メイドの予想外の登場に興奮を隠せないのは、性欲の権現とも謳われる一誠であった。

 鼻息を荒くした一誠は、メイドの両手を無造作に掴んで問い掛ける。

 本来なら、この家の家主の幼馴染である彼が、一番に気付くべきことがあったのだが。

 初対面の相手の手を握ると言う大胆な一誠の行動に、メイドは目を見開いた。

 驚きはしたものの、瞬きをしたメイドの眼は温かいものに成り変わる。

 一誠の不躾な行動に気を悪くすることもなく、静かに微笑みを讃えるのだった。

 

「あらあら。ラウル君たら、メイド姿でお出迎えですか。うふふ」

 

「女装先輩……今度はメイド服のコスプレですか?」

 

 一誠よりその事実に気付いたのは朱乃と小猫。

 朱乃は愉快に光景を目にしたとばかりに、和やかな笑みを浮かべる。

 小猫は白い目をして、メイド服を身に付けたラウルの性癖を非難するのであった。

 

「相も変わらずの毒の吐きようだな、小猫。なに、よく考えてみたら、うちにメイドの一人もいなかったという話だ。魔道ゴーレムで出迎えるのも味気ないのでな、こうして私自ら代役を買って出たところだよ」

 

 ほんのりとルージュの引かれた口先から伝えられる皮肉交じりの言葉。

 正体を見抜かれたラウルは口調を戻し、悪戯が成功したとばかりに笑むのだった。

 

「クソぉぉぉぉおおっ!! やっぱり、ラウルの女装かよ! あんなことや、こんなことをと……銀髪メイドさんに一瞬夢見た、俺の想いを返せよぉぉぉぉ!!」

 

 非情な現実に一誠は打ちひしがれる。

 両手両足を地に付いて嘆く彼であったが、その有り余る妄想を口にしたために、小猫の顰蹙を買うのだった。

 

「不埒な妄想は禁止です……イッセー先輩」

 

 小猫にまで毒を吐かれて元気を失った一誠。

 その姿を見たラウルは彼の下へ歩み寄る。

 一誠の下へ歩み寄ったラウルは、踝まで届くロングスカートをたくし上げると、膝を曲げて顔を覗き込む。

 

「久しぶりに髪を結い上げてみたのだが……どうだろうか?」

 

 ほっそりと顎のラインを描く端正な輪郭。

 不安に揺れ動く薄氷の蒼瞳。

 様子を窺うような中性な声に惹かれて一誠が顔を上げると、そこには幻想的な花が咲いた。

 思わず息を呑む一誠の鼻先をくすぐるのは、肩口から流された銀色の尾髪。

 腰にまで届く長髪を三束に分けて編まれた銀髪は堅く結われていた。

 硬質な雰囲気を纏いながら、その尾髪より漂う甘い花の香り。

 危険だと分かっていても踏み入れてしまいそうな妖しい雰囲気がラウルを包む。

 その妖し気なラウルの魅力を三つ編みのブリッジヘアを彩る青い薔薇が、一層のこと惹き立てていた。

 

「……憎いぐらい似合ってるぜ」

 

「そうか……褒め言葉と受け取っておこう」

 

 一誠の褒め言葉に、ラウルは頬を仄かに赤く染めて、はにかむのだった。

 

「さて、積もる話もあるだろうが、まずは奥に移動しようではないか」

 

 静かに立ち上がったラウルは、一度咳払いをするとリアスたちの方を向く。

 そして、来客の悪魔たちに言葉を投げ掛けると、軽やかな足取りでラウルは家の奥へと誘うのであった。

 

 

* * *

 

 

「お嬢様、インド洋の涙と謳われたスリランカ産のダージリンに御座います。生命の息吹を感じさせる春摘み(ファーストフレッシュ)の香りをお楽しみください」

 

 深紅に彩られた華やかな薔薇の庭園。

 静かに紅茶を注いだラウルは、此度のお茶会で使われた茶葉の紹介をする。

 

「ねぇ、ラウル。その口調は止めてくれないかしら。首の辺りがこそばゆいんだけど」

 

「あらあら、部長。メイド姿のラウル君もなかなか新鮮ですわよ」

 

「ラウル先輩……妙に手馴れています」

 

 ラウルの手際は洗練されたもの。

 一つ一つの動きに迷いがなく、不快に思わないように丁重な持て成しをして回る。

 メイド服姿を見慣れていないゲレモリー眷属の面々からしてみれば、違和感を感じて仕方がない者ではあったが。

 

「ふふ、部長が言うなら仕方あるまい。残念だが、いつもの口調に戻させてもらうぞ」

 

 戸惑う彼女たちの様子に、ラウルは口に手を当てて笑みを零すのだった。

 

「それでお茶の味はどうかな?」

 

 両手で抱えていたティーポットを置いたラウルは、振る舞った紅茶に口を付けるように促す。

 一昨夜から準備していたラウルとしては、是非ともその評価が気になるところであった。

 

「これで美人なメイドさんが淹れてくれたなら、百点満点だぜ」

 

「もぅ、イッセーさん! こんな時まで不埒な妄想を……。あ、紅茶は美味しいですよ、ラウルさん!」

 

「メイド服のラウルくんが淹れてくれた紅茶も……なかなか乙な物ですわ」

 

 色鮮やかな紅茶を啜り、思い思いに感想を口にする一誠たち。

 不埒な妄想をする一誠をアーシアが窘める一幕もあったが、紅茶の評価は概ね良好であった。

 

「ほんのりと優しさを感じます……先輩みたいに」

 

 静かに紅茶の味を楽しむ小猫は、紛いなりにも紅茶の隠し味に辿り着く。

 香り高く独特の味わいのあるダージリンに包み隠された口当たりの良い甘さ。

 それは、人知れず世話を焼くラウルのような甘さだと小猫は評価する。

 風に掻き消されてしまいそうな小声を拾ったラウルは、小猫に向けて微笑みを浮かべる。

 小さな呟きを聞かれたことを悟った小猫は、ティーカップの水面に映る紅の如く顔を染めて俯いてしまうのだった。

 

 残るはリアスと佑斗の二人の評価。

 しかし、佑斗はラウルの門邸に訪れた時から上の空であり、ラウルは紅茶の香りを楽しむリアスの反応を待つのであった。

 

「ん~、これはリンデンの香りかしら?」

 

 リアスは紅茶を一啜りすると、小猫が勘付いた紅茶の甘みを言い当てた。

 

「おっ! 正解だ。やはりお嬢様は舌が肥えているな」

 

「……あなたがお嬢様言わないでちょうだい」

 

 ダージリンに混入させたハーブの正体を見抜いたリアスを褒め称える。

 申し訳ない程度に入れていたので、気付かれないと思っていた故に驚いたラウルは惜しげもない賞賛を送るのだった。

 ただ、褒められたリアスはお嬢様と呼ばれたのが気に食わなかったようだった。

 

「春摘みのダージリンは青臭いのでな、リンデンの花で優しく包んでみたのだが……日本では緑茶を飲むのだから、余計なお節介だったかも知れんな」

 

「そうね……これはこれでありかも知れないけど、私はストレートの方が好きかもしれないわ」

 

 紅茶を口に付けた面々を見てラウルは苦笑をする。

 春摘みの茶葉が青臭いのは、発酵の度合いが軽いこともある。

 発酵を止めた日本茶を普段から口にする機会のある彼女たちには、そこまで重大なことではなかったようだった。

 

「承知致しました。すぐさまお嬢様のご要望にお応え致します」

 

「止めて! グレイフィア――うちのメイドと被るから!」

 

「ふふふ、照れる部長も可愛いものだ」

 

「もう! 早く準備なさい!」

 

 ラウルは顔を染めたリアスを尻目に、ストレートティーを入れる準備を始める。

 手始めに虚空より温めた陶磁器のティーポットと取り出した。

 

「あら、ラウル君ポットを二つも出してどうするの?」

 

 朱乃の声に茶器から茶葉を取り出したラウルは手を止めた。

 

「一つは部長の要望通りストレートで。もう一つは、レモングラスでも入れようかと思ってな。貴方たちが緑茶のような風味でもいいと分かっただろ。だから、風味の強いダージリンと相性のいいレモングラスを加えて、淹れようかと思ったのだよ」

 

 ラウルは作業するテーブルの上に置かれた茶器の中の一つを手に取る。

 茶器の蓋を開けると清涼な酸味が広がる。

 乾燥した緑の小葉から漂うのはレモンに似た香り高い酸味であった。

 

「そうですか……そちらのポットの紅茶はどうなさるのですか?」

 

 新しく取り出したティーポットの使い道の分かった朱乃の視線は、先ほどまでラウルが手にしていたリンデンの花入りのポットに向く。

 新たに振る舞う紅茶の味を楽しみにしながらも、爽やかな香りの中に感じる柔らかい甘さの紅茶を捨てると言うなら、勿体なく感じるのであった。

 

「私が責任を持って啜るさ。なに、リンデンの甘みは私好みでな。残り物の処理をしようとしたわけではないぞ」

 

 ラウルは宙に陣を描いてお湯を注いで茶葉を蒸らす工程に入る。

 手持ち無沙汰になったラウルは、傍らのティーカップにリンデン入りのダージリンを淹れる。

 紅茶を淹れた後、甘い香りが漂う小瓶を手に取る。

 小瓶の中身はリンデンの花から取られたとされる蜂蜜であった。

 とろりとした蜜を一杯掬い紅茶の中に落とすと、持ち替えたティースプーンで静かにかき混ぜるのであった。

 

「それにリンデンは、英名でライムと言ってな。ほら、私と名前が似通っているだろ。そのせいかもしれないが、好きな薬草の一種なのだよ」

 

「発想がおやじ臭いですよ、先輩」

 

 ラウルとライム。

 自身と名前が似ているだろ、とラウルはおどけて見せる。

 他愛ない物言いは俯いていた小猫の琴線に触れることになる。

 

「私もそのポットのをください……あと、それも」

 

 物怖じしない態度を取り戻した小猫。

 ラウルが入れた蜂蜜を目聡く見つけて要求するのだった。

 

「なかなか様になってますし……リアス、メイドとして雇ってみては?」

 

 小猫の要望に応えて紅茶を淹れる銀髪の使用人。

 その様子を見た朱乃が雇用してみては、とリアスに話を持ちかけた。

 

「…………嫌よ、手玉に取られる未来しか思い浮かばないもの」

 

「そのような殿方を手玉に取ってこその楽しみもあるのですわよ?」

 

「……考えておくわ。メイドではなく執事としてね」

 

 リアスは雇った時の想像をして渋い顔をすることになる。

 雇うことができたのなら、比較的優秀な部類に属すのは間違えない。

 彼の能力は使用人としてだけではなく、眷属にも欲しいと言うのがリアスの本音であった。

 

 しかし、問題なのは掴みどころのない風のような人格。

 人を食ったような物言いをするラウルの態度は、あまり褒められたものではない。

 その上、リアスたちを試している縁が時より垣間見えるのだ。

 おまけに悪戯風のように、悪巧みをしてさっと吹き抜けていくのだから、手に負えたものではなかった。

 

 逡巡の末、きちんとした男装をするならと、思い付く最大限の皮肉を返したのだった。

 

「お嬢様方は興味惹かれるお話をなさっていらっしゃいますね」

 

 小猫に紅茶を振る舞ったラウルは、興味を掻き立てられる話の匂いを嗅ぎ付けて、リアスたちの下へと参上する。

 

「ラウル、次言ったらお尻叩き千回ね」

 

「それはまた恐ろしいことに御座います。仕置きされぬよう気を付けると致しましょう」

 

 ラウルにお嬢様扱いされることが気に食わないリアスは、飄々とした態度を取り続けるメイドに忠告を送る。

 右手に宿る紅色の魔力が危険だと察知したラウルは、一礼して大人しく引き下がるのだった。

 

 引き下がったラウルは辺りを見渡す。

 アーシアにこと細かく世話を焼かれる一誠。

 苺のソースを生地に入れたショートブレットを口にする小猫。

 軽く睨みつけるリアルと主を宥める朱乃の姿が目に映る。

 

 和気藹々とする薔薇の庭園で、温度差のある三者の空気にラウルは目を光らせる。

 芝生の上へ不自然に伸びた薄影。

 薔薇の垣根から覗く黒毛の尾っぽ。

 そして、椅子に腰を掛けたままの佑斗が異色の雰囲気を放っていた。

 

「それでは、お嬢……部長、失礼させてもらうぞ」

 

 危うく口を滑らせ掛けつつ、リアスたちにもう一度礼をしてその場を後にする。

 重い腰を上げたラウルは、手身近にいる問題の人物の下へと向かうのであった。

 

「ゆ~と! お茶にも手を付けないで、なに辛気臭い顔をしているのだ?」

 

「ら、ラウルくんっ!?」

 

 件に人物に忍び寄ると、ラウルは背後から抱き付く。

 突然、頭を抱かれることになった佑斗は驚きの声を上げるのだった。

 

「この場にいない彼女のことを気にしているのかな?」

 

「――っ! ラウルくんには、なんでもお見通しなんだね……」

 

 ラウルは佑斗の吐き出した言葉に首を振る。

 

「そんなことはないさ。佑斗が分かり易いだけだよ」

 

 震える佑斗の手を包むようにして、ラウルはそっと手を重ねた。

 

「ははは……思ったより緊張してるの、かな? 久しぶりに顔を合わせるだけだっていうのに……」

 

 手の震えをラウルに指摘された佑斗は自嘲の笑みを浮かべる。

 あの日以来、会うことのできなかった同士に遭うだけで、なにを怖気付いているのかと。

 

「ねぇ、ラウルくん。聞いてくれるかな?」

 

 ラウルの温かみを背に感じた佑斗は、震える手を握りしめて独白を始める。

 

「僕はあの日からずっと考えていたんだ。なんで僕だけ助かったんだろうって。あの日のことは夢だったんじゃないかって。本当は僕が辛くなって逃げだしただけで、あんなことなんてなくて……みんな元気にしているんじゃないかってね」

 

 佑斗が語るのは人生を狂わされたあの日のこと。

 教会で行われた計画の被害者である佑斗やルチア。

 そして、計画に無関係ではなかったラウルにとっても、運命の転機となった夜のことであった。

 

「でも、もう一度あの場所を訪れた時に現実を知ったよ……みんないなくなってしまったんだって!」

 

「佑斗……」

 

 言葉の端々に後悔を籠めて悲惨な過去を語る佑斗。

 彼の主であるリアスは宥める手段を模索するが、掛ける言葉は見付かることはない。

 悲劇の騎士の名を呼んだ彼女の呟きは空に消えることとなる。

 

「それでも……それでも! 心のどこかで、誰か生き残っているんじゃないかと思ってしまっていたんだ」

 

 生き残りは佑斗のみ。

 突き付けられた事実が佑斗の心を蝕む続ける。

 

「僕を拾ってくれた部長に恩返しする合間にも、誰か生き残っていないか探して回っていたんだよ……」

 

 事実を認められることのできない佑斗は探し続けた。

 眷属として与えられた僅かな給金を手に、施設で育った同士が生き残っていないか、処分を免れた者がいないかと探し求めた。

 

「何年も経って、諦めかけていたんだ。生き残りなんて僕だけだって」

 

 されど、時の流れは残酷であった。

 佑斗が求めた情報は遥か過去の物となり、容易に辿ることはできない。

 時間が経てば経つほど手掛かりは遠退き焦りばかりが積もっていく。

 積りに積もった焦燥感は、やがて罪悪に蝕まれた心を磨り減らす。 

 磨り減った心は救いを求めて、諦めという境地に至ることとなる。

 生き残りが自身だけだと悟った佑斗はなお一層のこと、同士の中でただ一人生き残ってしまった罪悪感に蝕まれることとなった。

 

「諦めかけていたのに、こんな近くに居ただなんて……酷い話だよ」

 

 灯台下暗しとはこのことだろうか。

 同じ学園に通う学友が、彼の同志と生活していようなど誰も予想できはしない。

 できるとすれば、ラウルのことを本当に知る人たちぐらいのものであった。

 乾いた笑いを漏らす佑斗は、抑えられていない片手の拳をゆっくりと解いた。

 

「正直、憤りはしたよ。なんでラウル君は隠してたんだって。どうして、ルチ姉は僕に連絡の一つもくれなかったんだって! でも――」

 

 解いた手で佑斗はもう片方の手を抑えるラウルの細腕を握り直す。

 折らんとばかりに手首へ加えられた指圧に、ラウルは端正な眉を寄せた。

 苦痛を感じたもののラウルは佑斗の行動を咎めることとはできなかった。

 加えられるのは佑斗の正当な怒り。

 雪肌に爪を立てないのは佑斗の優しさかと、ラウルは可笑しなことを考えながら、抱きかかえる彼の頭を優しく撫で返すのだった。

 

「それ以上に、生きててくれて本当に嬉しかった。報われる気がしたんだ」

 

 優しく撫で返されたこともあってだろうか。

 怒りに任せて握っていた手首の拘束を緩める佑斗。

 影の差していた顔付きは晴れやかなものに成り変わる。

 惚けたような笑みを見せるその顔には、生き別れになった同士と再開できることに対しての喜びに満ち溢れていた。

 

「会って色々言いたいことも沢山あるけど……再開して一番言いたいのは……ルチ姉に――」

 

「彼女は来ないぞ」

 

「――――――――えっ?」

 

 ラウルは佑斗の言葉を容赦なく遮った。

 佑斗が紡ごうとした言葉。

 それは関係者であるラウルではなく、佑斗の想う少女に向けられるべき言葉であるのだから。

 

「ルチアが今日、姿を現すことはない。所用で出かけているからな」

 

「で、でも、ラウルくんが……」

 

 同時に与えられた事実が佑斗を揺り動かす。

 長年抱えてきた切願が叶うとして、期待と不安に揺られながら訪れたのだ。

 再開が先延ばしにされたことに動揺しても無理はない。

 

「悪いな。約束したのは、彼女ではなく私であったからな」

 

「じゃあ……ルチ姉は……」

 

 掠れた佑斗の問いにラウルは黙して首肯する。

 佑斗の望むルチアと合う願いは叶うことはないと。

 

「ルチアもまた準備が必要なのだ。心の準備とかな」

 

 機を急いだのはラウルの独断であった。

 当人のルチアに相談の一つたりともすることなく決めてしまったもの。

 佑斗が訪れることを伝えられたルチアは、混乱を極めて蓑隠れしてしまう。

 独り善がりの判断でことを進めたラウルの失策であった。

 無自覚な行動で佑斗を傷付ける結果となってしまったのだ。

 佑斗を望まない形で傷付けてしまったラウルは、浅ましい私の願いをどうか聞き届けてほしいと、貴方との約束を破って済まなかったと、直向な想いを込めて佑斗を優しく抱きしめた。

 

「総じて、女性の身支度とは時間の掛かるものだ。待つのも、男の甲斐性ではないのか?」

 

「分かるよ……分かるけど――」

 

「納得がいかないか?」

 

「……うん」

 

 内心をおくびにも出さないラウルの態度であったが、抱擁に込められた温かな想いはじんわりと佑斗の荒んだ心を和らげる。

 温かな抱擁を受けて感化された佑斗は、ラウルの腕の中でしおらしい姿を見せる。

 

「そうだな……」

 

 ラウルは佑斗に向けていた視線を上げる。

 向かう先は不自然な薄影を為す虚ろな空間。

 生暖かい視線を浴びた虚空に揺らぎが広がるのであった。

 

「女性の心は……秋の空とも言うからな。気が変わるのを待つしかあるまい」

 

「うん……」

 

 ラウルの視線は虚空から薔薇の垣根を辿り、菓子を頬張る手を止めた白髪の少女を一度目に留めた後、再び佑斗の下へ戻るのであった。

 

「案外、ふとしたきっかけで姿を現すかもしれないぞ」

 

 それは誰に向けられた言葉か。

 意地の悪い笑みを浮かべるラウルの助言は、薔薇の庭園にしみじみと響いたのだった。

 

 

* * *

 

 

 辺り一帯に広がる白き大輪の咲き誇る茨の道。

 佑斗の一件で哀愁が漂う茶会はお開きになった後、オカルト研究部の面々は広大な庭を練り歩いていた。

 落ち込んだ気分を入れ替えようと、ホストであるラウルは庭園の案内を買って出たのであった。

 

「それにしても立派な庭園ね。これだけの広さをあなたとルチアさん……で、よかったかしら? 二人で維持しているのだから驚きだわ」

 

 リアスは白薔薇の柱頭を細指で突きながらラウルに問い掛ける。

 

「魔術による環境管理と手足となる魔道ゴーレムのお陰だがな」

 

 詮索とも受け取れるリアスにの問いにラウルは素直に答えた。

 これ程広大な園庭を支えられるのは魔術の恩恵であると。

 

「それでも手間が掛かることには変わりないが、こうして心休める憩いの一時が過ごせるなら安いものだ」

 

 棘の垣根を慎重に掻き分けるラウル。

 変色した枝を切り落とす彼は、駐留する手勢を仄めかすことはなかった。

 

「学園にもこんな場所が一つは欲しいものですわ」

 

「それはいい考えかも知れないな。オカルト研究部で維持管理していくなら、生徒会も認めるだろう」

 

 朱乃の言葉に相槌を打ち、片手間で切り落とした枝を亜空間に投げ捨てる。

 薔薇は気高く美しいかもしれないが、日々の管理が重要な植物である。

 小さくとも園庭を造るのならば、それなりの根気強さが必要であるとラウルは諭した。

 

「場所はどうするつもりよ」

 

「無駄に広がっている雑木林があると思うが? もしくは、旧校舎を改装するのもありかも知れないな」

 

「あなたね……」

 

 ラウルは場所の有効活用を説くが、リアスは鋭い視線を返して難色を示した。

 旧校舎はグレモリー眷属が拠点として利用しているのだ。

 裏稼業の現場に一般生徒を近づけるのは勧められたことではない。

 分かっていて突拍子もない提案をするメイド服の麗人に、リアスは憤りを隠せなかった。

 

「うら若き少年少女たちが、あのような花の一つもない所に籠っているのは、如何なものだろうか? いくら日の当たる所へ晒されるわけにはいかないとしても、もう少しは華やかさを持つべきではないのかな? その紅色の御髪のように……な?」

 

「……余計なお世話よ」

 

 垣根に向いたままであったラウルは、視界に映った八重咲きの一輪に手を伸ばす。

 指先に魔力を宿らせると丁寧に枝を摘んでいく。

 振り向いたラウルは白薔薇を片手に微笑むのであった。

 

「部室に寄る時は、花でも持ち寄ろことにしよう。生花よりも造花の方がいいのかな? アーシアはどう思う?」

 

 手折った薔薇をラウルは、マイクロホンの如くアーシアに向けて質問を投げ掛ける。

 

「わ、私ですか? そうですね……生花の方が私は……でも、生け花ってお花を切ってしまうのですよね?」

 

「株分けや植え替えなら問題ないだろう。鉢植えで育てることのできる種類を用意しておこう」

 

 ラウルの手で摘み取られた薔薇を見て心を痛めた様子のアーシア。

 万物に分け隔てなく慈しむ姿は正に聖女と言えよう。

 そんな世間知らずの心優しき元聖女の姿に、ラウルは自然と苦笑いを漏らすのであった。

 

「なあ、ラウル……」

 

「なんだ、イッセー? 藪から棒に?」

 

「あの建物、見覚えがあるのは気のせいか?」

 

 前置きを置いて話し掛ける一誠の視線を追うと、そこには一軒の建物が存在していた。

 

「……気のせいではあるまい。イッセーもアーシアも世話になったのだからな」

 

『っ!?』

 

 しぶしぶと口を開いたラウルが告げた真実に、リアスたちは示し合わせたかのように息を呑む。

 遂、先日に堕天使と死闘を繰り広げた教会がそこにあると言うのだ。

 信じられないものを見るような視線がラウルに集まるのも、仕方がないことであった。

 

「あの教会は……」

 

 反応が顕著であった一誠は震える身体を抑えて教会を見据える。

 厳粛な佇まいを見せる白亜の聖堂。

 華やかな園庭に隠された影がそこに存在した。

 険しい顔をして教会を見据える一誠の視界を銀色の流れ髪が遮る。

 

「先日、貴方たちが対峙した堕天使――レイナーレが居城としていた教会で間違えないぞ」

 

 因縁の教会を背にして尾髪を解いた銀髪の麗人は不敵に笑むのだった。

 

 




 以上が意味深な所で区切ってしまった前半部分になります。

 相も変わらず、キャラがぶれない(?)ラウル君です。
 慰める時は抱き付いてしまえと言うラウル節の炸裂回でした。


 この話を書くにあたって、紅茶や薔薇のことを調べてみました。
 自身の実体験を元に書いたのではないので、指摘されることも数々あると思われます。
 例えば、紅茶にリンデンをブレンドしたこと、薔薇の摘み方など。
 今後のためにも詳しく教えて下さる方がいれば嬉しい限りです。

 それにしても、ラウル君のような安らぎ一時を過ごすのは憧れるところ。
 お手製のマフィンを片手に優雅に紅茶を啜る。
 自ら手入れした造園ならば、なおのこと楽しめるのでしょう。
 私も老後に目指してみても……と四、五十年先の話ですが。
 憧れることは確かです。

 まずはお金を溜めてからマイ紅茶セットを買いたいところ。
 物は大切に使えば長く持ちますから、そこそこな物を用意したいです。
 茶葉も取り寄せて淹れたいと言うのが、ティーパックの紅茶を飲み続ける私の願望であったりなかったり。
 時間とお金があれば、紅茶の講座のようなものを探して行ってみるのもいいかもしれません。
 折角取り寄せても、偽物を掴まされたり、淹れ方が拙かったりしたなら口惜しいですから。

 などと、長々と書いてしまいましたが、私の願望が詰まった一話だったと言うだけの話でした。


 そして、この番外編で佑斗たちが犠牲になった計画とラウル君の関係性を仄めかしました。
 なにがどう関連しているかは、複雑な関係性を持っていると言いましょう。
 キーワードは今回出てこなかったあの人。
 佑斗君がしっかりと関係性を口にしていましたが、氷山の一角に過ぎません。
 真相は三章のエクスカリバー編をお楽しみに。


 次回はラウル君が教会を――した理由が明らかになります。
 後半は前半よりもシリアスになるかもしれません。
 既に三千字書き終えていますが、前書きに書いた通りになるかもしれません。
 故に、次回更新は暫しお待ち頂きたいところ。
 目標は四日、最低でも一週間以内には更新致します。

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