ハイスクールD×D~円卓の銀鴉~    作:Licht10

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 長らくお待たせしました。
 三週間ぶりの更新です。
 一週間と公言していたのに時間が掛かってしまい申し訳ない限りです。

 さて、内容は前回、ラウル邸の奥地で因縁の教会の外観が顕わになった所からです。
 シリアステイストは未だ健在なので、苦々しい話かもしれません。
 お付き合い頂けたのなら嬉しい限りです。

 なお、本文の後半にネタバレ染みたラウル君の独白があります。
 元々、番外編は本編を盛り上げるために書いている所があるので、先走ったような設定がちらほらすることがあります。
 (本編二章の一話では、オーフィスが盛大にやらかしてくれたのはノーカウントの方向で)
 演出の細かい補足や趣味全開で奔ることも多々あると思いますがよろしくお願いします。

 それでは、待望(?)の本文です。


番外編 突撃! 不可侵のラウル邸(下)

「やれやれ……そんな顔をしては、折角の美人が台無しだぞ」

 

 悪意に満ちた眼差しを向けられたラウルは肩を竦めて応じる。

 教会を背にしたラウルは、睨みを利かせる悪魔たちの主へ、最大限の皮肉を送るのであった。

 

「……ラウル、説明なさい」

 

「承知致しました、お嬢様」

 

 不用意なラウルに発言に一段と棘を鋭くしたリアスは、敷地内に教会が存在することへ対する弁明を求める。

 深く一礼を返したラウルへ向けられる視線に、更なる嫌悪感が乗ることとなったのは言うまでもなかった。

 

「建築は今から一年と一月前。ちょうど、私がこちらに越してきたときに御座います」

 

 頭を上げたラウルは教会建築の成り行きを語り始める。

 

「当時、近辺に教会がなかった故に、佇まいを模して新築した次第です」

 

 幼少期にラウルが通っていたこの町の教会はすでにもぬけの殻となっていた。

 人の手が入らず雨風に当たり続けた結果、廃墟になってしまっていたと。

 故に新たな教会が必要となり、かつての面影を思い起こしながら建てるに至ったと説明する。

 

「ちょっと、待ちなさい。教会を建てる必要性はないでしょ!」

 

「こう見えても神の信望者として通っているものでな。安息日の礼拝は欠かせないのだよ」

 

 細眉を寄せて噛み付くリアスに、ラウルは胸元から十字架を取り出して微笑みを浮かべる。

 熱心でこそないがラウルは教徒であったのだ。

 ラウルの弁明に露程も納得のいかないリアスは、赤黒い魔力を右手に集めて教会に目掛けて掲げる。

 

「……消し飛ばしていいかしら?」

 

「壊さないでもらえるか? あんな所でも、私の大切な思い出の場所なんだ」

 

 滅びの魔力を宿したリアスの手を取る細腕。

 霧が晴れるが如く姿を消したラウルは、暴挙に出ようとするリアスの背後に回り、手を重ねることで不当な行動を押し留める。

 押し留めると同時に、彼女の耳元で囁き掛けるようにして情へ訴え掛けるのであった。

 

「覚えてないか、イッセー? 貴方もこの教会で賛美歌を歌っていたのだぞ」

 

「お、俺がッ!?」

 

 リアスの肩の力が抜けたことを確認したラウルは、幼き頃の記憶を共感する一誠へと問いかけた。

 問い掛けられた悪魔の少年であったが、片鱗すら覚えていなかった彼は目を白黒させて驚きを顕わにする。

 

「今は寂れてしまっていたが、もう一人の幼馴染と――覚えているか? 紫藤イリナという少女のことを」

 

 大袈裟な反応を見せる幼馴染の様子に苦笑するラウル。

 忘れ去られた過去の記憶に薄氷の瞳は静かに愁いを湛えるのであった。

 

「わりぃ、覚えてねぇや。男の子ならいたような気もしないでもないけどな」

 

「……あながち間違えではあるまい。彼女は貴方と同様にお転婆な少女であったからな」

 

 瞼を閉じたラウルは、一誠の口にした記憶の断片に頷いてみせた。

 ラウルたちのもう一人の幼馴染。

 紫藤イリナという少女は、一誠と共にヒーローごっこを興じるような活発な少女であったと。

 

「えっ? ぇぇぇぇええええっ!!??」

 

 緑溢れる閑静な庭園に一誠の驚嘆が木霊する。

 

「彼女も可哀想なものだ。十数年もの間、勘違いされたままなのだからな」

 

 ラウルは残響を響かせる幼馴染の声を耳にして深く息を吐いた。

 思えば再会を果たした一年程前までは、ラウルも女の子と勘違いされていたのだった。

 幼い頃より振る舞いを徹底されていたこともあり、一誠に非があるわけではなかったのだが。

 

「イ、イリナが女の子……男の子じゃなくて女の子……一緒に遊んでいたあの子は女の子だったのか。てっきり、女の子はラウルだけかと思っていたんだけどな」

 

「私は男だぞ。こんな姿をしているがな」

 

「お、おう……」

 

 衝撃の事実を知って気の動転する一誠。

 そんな彼の目の前で、ラウルはロングスカートを大きく翻して自身の容態見せ付ける。

 華麗なターンを決めた麗人は、人差し指を唇に付けて妖艶な笑みで魅せるのであった。

 

「覚えていないようだが、彼女に誘われて私たちは毎週日曜日には、教会に足を運んでいたんだぞ。その甲斐あってか、私は染められてしまったのだがな」

 

「そんな記憶もあるような無いような……」

 

 幼き日を語るラウルは胸前の十字架を指で弾いた。

 視界の隅で踊る十字架が一誠の記憶を刺激する。

 

「まあ、聞いてみれば思い出すだろ。耳にタコができるまで聞かされていたのだからな」

 

「なに言っているのよ、あなたは……」

 

 黙してラウルの思い出話を聞いていたリアスは呆れたと言わんばかりの視線を投げ掛ける。

 責めるような言動を受けたラウルは、半眼のリアスへ意味深な笑みを返す。

 そして、笑みを消して佇まいを直した銀髪の麗人は、深く息を吸い込み喉を震わした。

 

「――――♪ ――――――♪」

 

「な、なにを歌っているのよっ!? 止めなさいっ!」

 

 口腔が奏でるは鈴の音。

 澄み渡る空に響き渡る美声は世界に名を馳せし神の愛を謳う。

 リアスは紡がれる聖なる調べを耳にして、背筋へ奔る悪寒から身を守ろうと両腕で細身を抱きしめる。

 

「――――、――――――――――――♪」

 

「これは聖歌……なのになんで……」

 

「先輩の歌……嫌な歌な筈なのに、温かく感じます」

 

 されど、ラウルの咽喉が奏でるは神聖なき旋律。

 唱歌に乗せられるべき称讃はなく、天より与えられる恩恵もありはしない。

 慈しみなき無情な調べゆえに、ラウルは人情を込めて調律する。

 揺られる草花のざわめき。

 庭園に響く歌声に呼応する小鳥の囀り。

 風に運ばれる美麗な声音は、自然の織り成す音色と調和を成して重奏を響かせる。

 元は讃美歌である筈の重奏は、仇敵である悪魔ですら聞き惚れてしまうほどであった。

 

「――――――♪ ――――っ!? あうっ!?」

 

 悪魔に転生した元聖女も美しき調べに惹かれて、知らず知らずの内に口を動かしていた。

 教派を越えて謳われる神の愛。

 教会を追放された彼女はその言葉の尊さを噛み締める。

 

 ――主の愛が与えられるのなら、私はどうして追放されたのでしょうか。

 ――私の祈りが足りなかったせいでしょうか。

 ――それとも、私の願いを聞き届けて下さったゆえに、追放なされたのでしょうか。

 

 壮大な半生を過ごしてきたアーシアの疑問が尽きることはなかった。

 悪魔として転生した彼女に、神がその答えを教えることは一生ないであろう。

 そんな迷いを持ってしまったせいだろうか、感慨を込めて歌うアーシアを突如として奔るような鈍痛が襲うのであった。

 

「こらこら、アーシアは歌ってはいけないぞ。悪魔なのだからな」

 

「うぅぅぅ……聴くことはできるのに、歌うことができないなんて……」

 

 ラウルは歌うのを止めて少し遅めの注意を促す。

 注意を促すのだったが、涙を堪える彼女の姿が不憫でならなかった。

 

「あらあら、どのような手品をお見せになったのですか?」

 

 涙目のアーシアを見守るラウルに向かって、苦笑を隠し切れていない朱乃が歩みを進める。

 悪魔に害のない讃美歌。

 在り得てはならない現象を生み出した所業の正体を朱乃は皆を代表して問い質したのであった。

 

「アンチディスペル――対解呪魔術の応用でな。声に特殊な魔力を乗せて、恩恵を与えられないように加工しているのだ。なかなかの高等技術だから、滅多にお目に掛かれるものではないぞ」

 

 手の内を隠すことなく堂々と口にしたラウルの言動に、質問をした朱乃も成り行きを見守っていたリアスたちも二重の意味で驚かされていた。

 数週間前まではあれほど言葉を濁していたにも関わらず、隠すことなく率直に答えたこと。

 そして、ラウルの行った所業が明らかに人離れしていることにあった。

 不敵な笑んだ麗人は後れを取る悪魔たちの姿を尻目に、黒地のスカートを翻して目的地に歩みを進めた。

 

「さて、中に入ろうではないか」

 

 ラウルは一度振り返り茫然とするリアスたちの声を掛ける。

 返事を待つこともなく教会の大扉に手を掛けた。

 正面へ佇む祭壇。

 左右に整然と並ぶ長椅子。

 天窓より陽光を取り込む煌びやかなステンドグラス。

 扉の奥には微かに面影の残る聖堂が広がっていた。

 

「……ラウル、私たちは悪魔なの。教会の中に入れるわけ――」

 

「あるのだな、これが。言葉だけでは信用にならないだろうが……ちょうど、行動で示してくれる者もいるようだしな」

 

「ふぇ?」

 

「あ、アーシア!?」

 

 ふらふらと覚束ない足取りで教会の中に入ってしまったアーシア。

 その姿を見て目くじらを立てていたリアスは驚きを隠せなかった。

 

「それに、悪魔独特の仇敵に対する違和感もない筈だぞ?」

 

「確かに……教会で感じたあの悪寒が一つもないぜ」

 

 元聖女とは言え悪魔へ転生した彼女が違和感なく教会へ侵入できたのには理由があった。

 

「基本、私が管理しているのでな。外見は教会でもその実、普通の建築物と大差ないのだよ」

 

「趣味が悪いですよ、先輩」

 

 ラウル邸にある教会は既存の教会を模倣して造られただけのこと。

 当然のことながら、司祭や天使などの手を借りたわけではない。

 洗礼や祝福を受けた教会ではなく、教会を模して造られた擬似的な礼拝堂に過ぎなかったのだ。

 そんな半端なラウルの行動を小猫は冴え渡る毒舌で切り捨てるのだった。

 

「ラウル君、教会の管理を任されているということは、キミは神父なのかな? ……だとしたら、僕はキミのことを……なんて想えばいいの……かな?」

 

「教徒ではあるが、聖職者に鞍替えするつもりなどないぞ。あくまで、私は魔術師であるからな」

 

 佑斗の揺らぐ瞳をしっかりと見据えたラウルは憂う必要はないと答える。

 ラウルの本職は魔術師。

 幾ら信徒であろうとも、しち面倒くさい神職に就こうなどとは考えもしなかったのだ。

 

「あなたはオカルト研究部の一員なのよ。その事実をどう受け止めているのかしら?」

 

 教会を建築したことと言い、ラウルの言い分に納得がいかないリアスは追及の手を緩めない。

 無理やり所属させた部活動を盾に取り、悪魔に協力を申し出ながら神の信徒であることへの非難を始めた。

 

「善も悪も成し得る中庸な存在。人間味溢れる在りようを認めてほしいところだ」

 

 理不尽な物言いに不敵な笑みを返した麗人は、霞掛かった常套句を述べるのであった。

 

「あなたねぇ……」

 

「ふふふ、飄々とした態度を取る殿方に自身の考えを押し付けても無駄ですわよ、リアス。風を捕らえるのは隙間を埋めてから……ラウルくんを懲らしめようと言うのなら、外堀を埋めてからではなさらないと」

 

「聞き捨てならない言葉が聞こえたのは、気のせいだろうか?」

 

 憤りを越えて呆れ顔を見せるリアスへ、愉快そうに微笑む朱乃が忠告の言葉を送る。

 目の前で行われた迷惑極まりない会話にラウルは細眉を顰めたのであった。

 

「あらあら、ラウルくんにはお仕置きのほうが宜しかったでしょうか?」

 

「……確かにな。後輩に対して思わせぶりな態度を取る、朱乃先輩へ仕置きすることにしよう」

 

「それなら、私はラウル先輩を懲らしめます」

 

 雷を奔らした指先に舌先を這わせる朱乃。

 足首丈のスカートをはためかしたラウルは、扇情的な姿を見せる黒髪の悪魔を対峙する。

 白い目をしてラウルを睨み付けていた小猫も一触即発の空気の当てられて動き始めた。

 

「ねぇ、イッセーくん。僕たちも参加した方がいいのかな?」

 

「前の時に失敗しているからな、油断せずに行こうぜ」

 

『Boost!!』

 

 グレモリー眷属の男衆は、ラウルに迫る彼女達に同調して包囲網を広げた。

 

「やれやれ……ここが私の拠点であるのを忘れてないか、貴方たちは?」

 

 嬉々と自身を追い詰めようとする面子を見てラウルは首を振った。

 意気込みは買っていたが、何分周りが見えていない。

 そのことを知らしめるべくラウルは魔術を使って軽やかに後退する。

 

「っ!? ラウルを止めるわよ! 私の可愛い下僕たち!」

 

「――遅いぞ」

 

 聖堂を埋め尽くす幾何学文字。

 ラウルが手を着いた床面を起点として、聖堂内部に魔術を展開した。

 

「なっ!? 滅びの魔力が……!?」

 

「あらあら、雷の力もですわ」

 

「駒の特性まで……キミはいったい何を?」

 

 襲い掛かろうとした悪魔たちは異能を失い、無力化されたことで混乱の最中に突き落とされる。

 

解呪魔術(ディスペル)をこの空間に発動させているのだよ」

 

「……そんな使い方は聞いたことがないわよ。ディスペルは相手の魔法が発動後に用いるものでしょう」

 

「ラウルくんの使う術式は独特なものが多いですわね……一度、手取り足取りと、御教授を頂きたいものですわ」

 

「生憎これは機密事項だからな、簡単には教えることはできないぞ」

 

 指を立てた悪戯娘は片目を瞑って微笑む。

 ゆったりと立ち上がったラウルは、聞き耳を立てるリアスたちに茶目っ気溢れる態度で説明を始めた。

 

 聖堂に展開した魔術は異能殺しの術。

 解呪魔術を幾多も展開することで、対応する能力を打ち消すといった単純でありながら効果的な術式であった。

 この術式はラウルの所属する結社が千年もの時を重ねた叡智の結晶の一つ。

 数多もの偉業を解析してきた先人たちの遺産だった。

 異能殺しの術の前では、天使も悪魔も人間でさえ貴賤はありはしない。

 一方で、基点となる複数の陣と非常に高度な術式を編む必要性があるために、実戦で使い難いのが欠点であった。

 

 展開した術式を雄弁に物語るラウルに龍帝の影が忍び寄る。

 

『Boost!!』

 

「へへへ……捕まえたぜ、ラウル!」

 

「くっ! 貴方に捕まってしまうとは……不覚ッ!」

 

 突撃したきた人影を抱き留めてしまった故に、細腰に腕を回されて遭えなく捕まってしまう。

 放さないとばかりに拘束をする一誠のしたり顔を見せ付けられて、ラウルは悔しさを顕わにするのだった。

 

「……普通に受け止めたのは気のせいですか、ラウル先輩」

 

「それは言わない約束だ、小猫よ。あそこで避けてしまっては、イッセーが怪我をしてしまうだろ」

 

 ラウルの背後にあるのは、魔術によって強度を上げられた祭壇があったのだ。

 猪武者の如く愚直な突進を行った一誠を躱したのなら、少なからず怪我を負うことになってしまったであろう。

 隠そうとした事実を指摘されて困り顔のラウルは、自身に抱き着いている一誠の頭を優しく撫でることで、お互いの心の平穏を保とうと図るのだった

 

「まあ、イッセーのことは置いておいてだ……この教会を使ってみる気はないか、アーシア?」

 

「ラウルさん……お気持ちは嬉しいのですけど、私は悪魔ですよ?」

 

「アーシアの言う通りよ、ラウル。この娘はもう悪魔なの、余計な気遣いは不要よ」

 

 借りてきた猫のようにおとなしくなった一誠の頭を軽く叩くと、アーシアに教会での祈祷を勧める。

 悪魔へ転生したとはいえ、彼女には欠かせないものだと、判断してのことであった。

 

「貴方にとって毎日の典礼は、生来続けてきた習慣のはずだ。簡単に治るものではあるまい」

 

「それは……」

 

 祈りの時間はアーシアにとって、生活の大部分を占める習慣となっていた。

 教会を追放されて尚も、神への祈りを忘れることのなかった彼女だ。

 悪魔となって日々の祈りを捧げることが出来なくなってしまい心を痛めていたのは周知のことであった。

 

「聖書のお気に入りの一節でも、歌い慣れた聖歌でもいい。試しに神へ祈りを捧げてみないか?」

 

「なにを言っているのよ! これ以上、アーシアを傷付けるなら許さないわよ」

 

「そうだぞ、ラウル! アーシアは祈りが届かなくなって、心悲しそうにしてたんだ。ラウルがいつもみたいに人の心を弄ぼうっていうなら、俺は許さないからな!」

 

「イッセーさん……部長さん……」

 

 真摯な態度でアーシアを誘うラウルであったが、その想いは届くことはなかった。

 庇わんとばかりに彼らの間に割り込む紅の御髪。

 厳しい顔をしたリアスと顔を上げた一誠が口々にラウルの軽率な行動を咎めるのだった。

 

「……私はアーシアに訊ねていたのだがな」

 

 自身をよく知るはずの幼馴染にまで非難をされたラウルは、口を一文字に結んで渋い顔をする。

 

「どうやら、私は信用が無いようだ」

 

「ラウルさん……私は……」

 

 ラウルの見せる人情と拭うことのできない恐怖。

 肩を竦めて嘆く様子を目の当たりにしたアーシアは、自身の抱える不安ゆえに踏み出すことのできない心の葛藤に揺られていた。

 

「無理に結論を焦る必要もないぞ。安息日の礼拝……貴方にとっては典礼か。儀式に間に合うようにと、思っただけのことだからな」

 

 そんな想いの狭間で揺られる優しき聖女にラウルは手を差し伸べた。

 教会での祈りを提案したのはアーシアを心配してのこと。

 彼女の足元の危うさを感じての節介だった。

 当然のことながら、彼女の気持ちを優先することなので遠慮をする必要もない。

 悩み抜いた末に提案を蹴るのなら一向に構わなかったのだ。

 むしろ、急いては事を仕損じるような事態に陥れば本末転倒であった。

 

「内装は一応変えてある。アーシアもあんなことがあった所では使い辛いだろ」

 

「わ、私なんかのために……ラウルさんの思い出の場所を……」

 

 アーシアは向けられた温かな手に目を潤ませる。

 葛藤する心内を恥じて、同時に身を粉にして働きかけるラウルの姿に感極まっていた。

 

「大丈夫だ。かつての姿は変わることなく、私の胸の中に仕舞ってあるのだから……な」

 

 ラウルは胸に手を当て、憂いを帯びた瞳を迷える元聖女に向ける。

 

「気休め程度にしかならないが、心寂しくなった時にでも使ってくれれば構わないよ」

 

 詭弁だと知りながら優しく語りかける彼の姿は正に道化そのもの。

 神秘を探り真実を知ってしまった魔術師は、笑顔の仮面を張り付けまま微笑むのであった。

 

 

* * *

 

 

 赤薔薇の庭園で紅茶を啜るメイド服の麗人。

 教会でのひと騒動の後、リアスたちはラウルの振る舞ったランチを喫して帰路へと就いた。

 彼女たちを見送ったラウルは、板に付いた使用人の姿で後片づけに奔走する。

 魔導ゴーレムも動員して小一時間で清掃を終えた彼は、優雅にアフタヌーンティーを楽しんでいたのであった。

 

「いつまで隠れているつもりだ?」

 

 受け皿たるソーサーが、陶磁器の衝突を受けて静かな音を立てる。

 指の先で摘むティーカップを置いたラウルは、原因である悪魔たちが帰っても姿を一考に見せることのない少女へ問い掛ける。

 

「だ、だって、しょうがないじゃない! どんな顔をして合えばいいのよ!」

 

 虚空より偽装の術を解いて姿を現した少女。

 蒼銀の尾髪を揺らすルチアは踏み出すことのできない一線を訴える。

 

「普通に合えば良いだろ。普段の物怖じない振る舞いで」

 

「だから、会えるわけがないって言っているでしょ!」

 

 吐き捨てるような物言いに、ルチアの凛とした面持ちが悲痛に歪む。

 内に秘めるわだかまりをどうして理解してくれないのか。

 五年もの間、放置していてどんな顔をして会えと言うのか。

 ルチアは心の底より沸き上がる理不尽な想いをラウルにぶつけた。

 

「難なら私をだしに使えばいい。会うなと厳命されていた、とでもいえばいいではないか」

 

「そんなことできないよ!? ラウを悪者扱いするなんて! これは、わたしの問題なんだよ!」

 

 ラウルは迷える少女の姿を見て息を吐いた。

 割り切れないのなら、自身の存在を免罪符にして踏み出してしまえばいい。

 しかし、踏み台にされる本人が提案するもルチアは限りない拒否を示した。

 それが佑斗と再開する足掛かりへなるにも関わらずだ。

 自らの良心に苛まれて迷える姿は、先程まで会話をしていた元聖女の困り顔を沸騰させる。

 二の舞を踊るルチアが眩しく想えて、ラウルは小さく微苦笑を漏らした。

 

「私が機会を作ろう。顔が合わせれるまで、何度でも付き合ってやるさ」

 

「! ほ、ほんと?」

 

「ただし、今日みたいな機会を作るだけだがな。そこから先は貴方自身が決めることだ」

 

 本当の意味で踏み出さないといけないのはルチア自身。

 手を引かれて歩みを進めてしまったのでは、彼らの関係に禍根が残ってしまうだろう。

 故にラウルに許されたのは迷える少女の背中を優しく押し出すことであった。

 

「ありがとっ! ラウ、大好き!!」

 

 尾髪を揺らしてラウルに抱き着く少女。

 不器用な優しさを受け取ったルチアは幼子のように喜びを顕わにする。

 子犬の尾のように盛大に揺られる尾髪が何よりの証拠であった。

 先程まで纏っていた陰鬱な空気も微塵も感じられない。

 熱い抱擁を受けるラウルも屈託ない笑みに惹かれて、大人しくルチアの腕に抱かれるのだった。

 

 ルチアはしっかりと愛情を示すとラウルの身体に回した両腕を解いた。

 ラウルから離れるた彼女は軽やかな足取りで対面の席に着いた。

 

「それにしても、ユウは格好よくなっていたな~。『男子三日会わざれば括目してみよ』って諺があるけど、何年も見てなかったら、こんなに変わるなんて……ね」

 

 勢いよく席に着いたルチアは肩の荷が下りたのか、得意になって話を始めた。

 語り始めたのは五年もの間、顔を見ることが叶わなかった弟分のこと。

 あの日を境に悪魔の下へ去ってしまった佑斗は、憂いを帯びて尚も際立つ容姿をしていた。

 愛らしい姿をしていた彼が男前に変わるとは、感慨ものだと頬を弛めるのであった。

 話の最後で語尾を強めたルチアは正面に座って紅茶を嗜む麗人に流し目を送る。

 意味深な視線に気付いたラウルは片眉を吊り上げた。

 

「なにが言いたい?」

 

「ラウは変わらないな~って」

 

「毎日会っているからではないのか?」

 

 ルチアに問われたラウルは、他愛ごとと鼻であしらうように応える。

 抑揚のない彼の声音には表に出ることのない嫌悪感が僅かながらに混じっていた。

 

「つれないことばかり言っていると靡いちゃうかもよ?」

 

 いつにもなく無愛想な態度を取るラウルへ、ルチアは悪戯に再び流し目を送って煽るのだった。

 

「そういったことばかり口にしているから、神父に尻軽女などと揶揄されるのではないか?」

 

 一度、目を瞑りラウルは深く息をする。

 ほんの一週間前にアーシアを巡り堕天使たちと争いが勃発していた頃。

 堕天使の部下であるはぐれ神父の一人にルチアは中傷を受けることになる。

 中傷を受けたことに少しながら傷付いたであろう彼女から、戦いが終わった後も幾度となく愚痴を聞かされていたのだ。

 幾度も愚痴に付き合い、時には彼女の傷付いた心を慰め、時にはやさぐれる感情を宥めてきたラウルであったが、改めて見直すとその原因は大胆に肌を露出する活発的な格好ではなく、流されやすい言動にあるのではないかと説いた。

 軽々しく言葉にした憎まれ口は少女の琴線に触れてしまう。

 

「うわ~、嫉妬? ねぇ、もしかして妬いたの? 嫉妬って醜いって聞いたけど本当だね。妬むあまりに人が気にしていることを言うなんて……最低だよ、ラウ」

 

 目の色を変えたルチアは捲くし立てるように非難を始める。

 ラウルよりも顔立ちが男前である佑斗への羨望。

 その彼にルチアの興味が向くことへの悋気。

 ラウルの抱く感情は佑斗への嫉妬であると決めつけて罵る。

 そして、妬みの感情に任せて人を貶めるなど信じれないと、自身のことを棚に上げて言い切った。

 

「私は止めるつもりなどないぞ。好きに靡けばいいではないか」

 

 冷え切った視線に射抜かれるラウルは首を振って、感情に走る少女の言い分を否定する。

 嫉妬など一切なく、ルチアが靡きたいなら靡いたところで一向に構わなかった。

 

「今度は何? 自分は何人も女の子を囲っているので、一人ぐらい抜けても問題ありませんって? ほんと、最低だね。ラウがそんな人だとは思っていなかったよ。第一、人を傷物にしといてそれはないと思うんだけど」

 

 投げやりな態度は燃え盛る少女の感情に油を注ぐ結果となる。

 縛られることなく奔放に羽を伸ばして構わないと言ったのであったが、言葉を受け取るルチアが正しい意味で聞き届けるとは限らない。

 曲解にて激情に駆られたルチアは不貞を続ける事実を盾にして、感情の赴くままラウルを責め立てる。

 

「そう、だな……」

 

 大きく脈打つ心の臓。

 目を伏せたラウルは酷く締め付ける胸を押さえて、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。

 少女の私怨の篭った罵倒以上に、ラウルが拭うことの出来ない負い目が胸を焦がしていた。

 

 白銀の世界に佇む森奥の教会を鮮血に染めたあの日。

 また一つまた一つと命の灯が消えていく中で、冥府の入口を彷徨う彼女の手を掴んだのは紛れもないエゴであった。

 機転が利けばより多くの命が救えたことであろう。

 少しでも早く決断を下していれば、多くの命が失われることはなかっただろう。

 彼女の病的にまで青白く変化した肌膚、首筋に残る治療の痕がその凄惨な過去を忘れさせることはない。

 非力な自身の失態が生み出した悲劇ゆえに、生き残りである少女の言葉の意を深く噛み締める。

 

「ちょっと待って! そう言う意味じゃないから! ラウには色々と感謝――って聞いてる!?」

 

「ああ、聞いているぞ」

 

 ラウルは視線を戻して、誤解を解こうとなんとか取り繕うルチアの姿を納める。

 身に心に生涯消えることのない傷跡を負った被害者(ルチア)

 日々の営みにおいて明るく振る舞いあの日の片影すら見せることはない少女は、間接的とはいえ計画の一端を担っていたラウルを恨んでいてもおかしくはない。

 恨まれても仕方ない過ちをラウルは犯してしまっていたのであった。

 

 そして、彼の犯した過ちは数知れない。

 あの日の愚行も、ルチアに課した業も、背負う罪過の一つに過ぎない。

 幾多も過ちを積み重ねてラウルは一人前の魔術師としての体勢を築いたのだ。

 ラウルの過ちによて損害を被った者。

 手段を選ばない遣り口が気に食わない者。

 片手で数えることの出来る名家の産まれや類稀なる才能をやっかむ者など、ラウルに恨みを抱くものは少なくない。

 

 しかし、ルチアはそんな人々から距離を置きラウルの傍に身を寄せたのであった。

 無邪気な彼女の行動は足掻き苦しむラウルにとってある種の救いであり、同時に少女の存在は無くしてはならない枷となっていた。

 

「私としてはどうして貴方が、貴方たちが――――いや……何でもないな」

 

 言葉の続きを紡ぐことなくラウルは静かに首を振った。

 心の奥底に潜む闇を光のある場所へ出すべきではない。

 増してや自身を慕って随う彼女の耳へ届かせるものではなかった。

 

「言いかけて止めるのは無し! いいからお姉さんに吐き出しなさい!」

 

 不穏な空気を感じ椅子を蹴り身を乗り出すルチアの姿を認めて、ラウルは薄唇を開いた。

 

「貴方たちは同性愛の気があるのかと思ってな」

 

「…………へ?」

 

 普段と変わらない憎らしい不敵な笑みを浮かべる麗人。

 口端を吊り上げたラウルは突拍子もない皮肉を言ってみせた。

 

「私のところに来るのは……つまり、そういうことだろ?」

 

 腰帯まで流れる銀糸。 

 西洋人形のような端正な顔立ち。

 白雪の如き柔和に、折れてしまいそうなほど細く、それでいて肉付きの良い肢体。

 女性に見間違われる容姿に惹かれてルチアが傍に居るのではないかとラウルは仄めかした。

 

「そ、そんな訳ないでしょ! どうやったらそんな結論に辿り着くのよ!!」

 

「辿り着くもなにも、今までの行動を省みれば……そう思えただけだが?」

 

 煽りに煽られ自身の想いを馬鹿にされたルチアは目尻に涙を溜める。

 ラウルが冗談を仄めかしていることが分かっていても、憤らずにはいられなかったのだ。

 

「もう! ラウなんか知らない!」

 

 怒りを顕わにしたルチアは席を蹴ってラウルに背を向ける。

 感情の爆発に任せて足早に去っていく少女を見送ると、ラウルは胸の奥に溜まっていたものを吐き出した。

 

「そう、なんでもないさ……」

 

 紅の水鏡で揺れるラウルの姿は、風に吹かれる花一華のように儚く映ろうのであった。

 

 




黒歌「ラウルも大概なのよね~」

 と、黒歌が見ていそうな修羅場でした。
 如何だったでしょうか?

 正直、もっと上手く描けるのではと思ってしまう一幕。
 最後の場面に一週間近くかけてしまった故に妥協します。
 シリアスな場面や戦闘を書いてしまうと、より臨場感を待たせようと四苦八苦するのが私の悪い癖です。
 さらさらと書けと言うのがもっともな意見だと思われます。

 それと、稲刈りが終了。
 述べ七haの収穫でした。
 今年は稲穂が小さいのが特徴でした。
 台風のような忙しさが去ったので、これからは平常通り更新したいと思います。

 次回は本編に戻ります。
 不評のようでした、腐女子たちの描写はカットの方向で行きます。

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