ハイスクールD×D~円卓の銀鴉~    作:Licht10

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 二十話目を投稿。

 一日置いて見直したために、更新が遅くなってしまいました。
 後半部分を深夜テンションで書いてしまったもので。
 故に後半部分が、妙なことになっています。
 何度か改稿したので、注意までしなくてもよい内容かもしれませんが、大目に見て頂けると幸いです。


 プロローグの数日前よりお送りします。
 


一話 襲撃の黒

「ただいま」

 

 柔らかな日差しを取り込む家屋に響いた優しい鈴の音。

 開いた扉の隙間から、吹き抜ける清涼な風が銀糸を浚う。

 陽光に輝く銀髪を抑えるラウルは、家屋を守る者たちに帰宅を告げたのだった。

 

「ふむ。外出中では……ないな?」

 

 されど、帰宅したラウルを迎える者の姿は見えなかった。

 皮靴を脱いで揃えると、備え付けのシューズボックスを開く。

 視線を奔らせ靴の有無を確認すると、手に持つ革靴を納めた。

 

「だとすれば、奥の屋敷か。来訪の予定はなかったが……あの娘辺りが挑みにでも来たか」

 

 主従の繋がりを辿ったラウルは、黒歌の居場所を割り出す。

 平日に表の住居でもあるこの別邸に居らず、裏に当たる奥の別邸にいることから、来客の存在を思い浮かべる。

 心当たりがあるとすれば、同じ結社の仲間たちぐらい。

 特に、ラウルが盟友と呼ぶ、騎士の妹辺りが来ているのではないかと割り出した。

 指先で描く銀の方陣。

 奥の別邸へと転移するために用意した術で、ラウルは転移する。

 

「にゃ! おかえりにゃー。いま、ラウるんを迎えに行くところだったのよー」

 

「ただいま、黒歌。ルチアも貴方も奥に引っ込んでいるということは、誰か訪れたとの認識で構わないか?」

 

 見開かれた金の瞳。

 転移した先でラウルが出くわしたのは黒歌であった。

 唐突として出くわすことになったが、どちらも驚いた雰囲気はない。

 ラウルは繋がりによって黒歌の位置を確認しており、また黒歌も浮き上がる魔方陣から、ラウルが転移してきたことを予測できたのであった。

 すり寄ってくる黒歌の髪を掬って口付けをして、ラウルは来客の有無を尋ねる。

 

「だーれだ?」

 

 可愛らしい音色を奏でるアルト調。

 後頭部に柔らかなものを押し付けられた感覚とともに、ラウルの視界は暗闇に染まる。

 

「……ティアで間違えないかな?」

 

 視界を隠されたラウルは、覆い隠す掌の甲から背後にいる女性の腕に指を滑らせる。

 指に伝わる感触は、布地の感触であり、女性が素手を保護していることが分かる。

 滑らせた指が女性の肘辺りまで到達すると、ラウルは正体を言い当てた。

 

 『天魔の業龍(カオス・カルマ・ドラゴン)』ティアマット。

 龍種でも一目置かれる五大龍王の最強格と呼ばれるドラゴンである。

 ラウルたちと交流のある彼女は、ティアの愛称で親しまれていた。

 

「む、つまらん。相変わらず張り合いがないな」

 

 苦もなく言い当てられたティアマットは、不満を口にする。

 その不満を顕わにした言葉とは裏腹に、頬は弛みラウルに言い当てられた喜びを顔に出していた。

 

「ティアの匂いは独特だからな。こう、胸が温かくなるような、日輪の抱擁を受けているような、優しい香りがするからな」

 

 気の強さを表すかのように吊り上がった目尻。

 鋭い光を放つ蛇の瞳は黄金に輝く。

 くびれは折れてしまいそうなほど引き締まり、黒布のワンピースに隠された豊満な女性の象徴は、見る者全てに母性を感じさせる。

 そんな風貌と真逆の愛らしさを醸し出すティアマットの振る舞いに、ラウルは嗜虐の炎を灯らせた。

 

「――っ!? このっ――女装マニアの変態めっ!」

 

「変態とは酷い言いようだ。私は褒めたと言うのに」

 

 惜しげもないラウルの言葉に、顔を赤らめ手を上げるティアマットであったが、逆襲の拳が届くことはない。

 飄々と躱す麗人の前では、龍王の腕力を以ってしても、捉えることは敵わないのだ

 

「ぬけぬけと……いったいどの口で言うのだ」

 

 力を振るうことの敵わないティアマットは毒づいた。

 黄金の瞳で、不敵に笑うラウルを恨みがましく睨み付けるのであった。

 そんな愛らしい龍王様の振る舞いに、ラウルは小さく笑声を漏らした。

 

「ようこそ、ティア。歓迎するぞ」

 

「十分に持て成せ。それと、来たのは私だけではないぞ」

 

 鼻であしらうティアマットは、両手で歓迎の意を伝えるラウルから顔を背ける。

 ラウルが彼女の視線を移した先を追うと、悠然と歩み寄ってくる影が一つ。

 ティアマットとお揃いのワンピースを纏う、齢十一、十二に見える少女。

 同色の黒髪を流す小柄な少女は、際限なく溢れ出す龍気さえなければ、姉妹と捉えられてもおかしくはなかった。

 龍気の溢れ出す少女は、可愛らしい足音が付きそうなほどの覚束ない足取りで、ラウルに歩み寄る。

 

「……オーフィス、貴方まで来たのか」

 

「来ては、ダメだった?」

 

「誰もいけないとは言ってないだろ。龍種の中でも上位の貴方たちが、自主的に訪れたことを驚いているだけだ」

 

 ラウルは少女の頭を一撫ですると、向けられるつぶらな瞳を覗き込んだ。

 瞳の奥に広がるは深淵の闇。

 果てしなく広がる闇は、穢れなく世界を映し出す。

 揺らぐ水面のように、果ての見えない海原のように、淡々と少女は漠然的な世界を見詰める。

 真の意味で全てが無価値でありながら、その全てを呑み込まんと。

 それは瞳を覗き込むラウルとて例外ではなかった。

 無垢な瞳は儚い薄氷を割り、虚無の闇へと引きづり込まんとするのだ。

 深淵の闇を秘めた瞳は、あどけない姿を見せる少女が、無限の体現者であることを否応なしに知らしめるのであった。

 

「私は契約者であるお前の様子を見にきただけだ。決して、寂しくなったわけじゃないぞ。決して」

 

 オーフィスの瞳を覗き込んでいたラウルに、ティアマットは用件を伝えた。

 最近、呼び出すこともないのはどういうことかと。

 一月前の事件に始まり、その後もオカルト研究部に足繁く通い、ルチアの訓練でできた破損物の後始末に奔走し、家系を支えるための商品の納品と自身の研究を両立させる。

 猫の手を借りたくなるような毎日を送っていたラウルは、黒歌と同じように契約を結んだティアマットの存在を忘れてしまっていたのだった。

 自身の非を認めたラウルは、顔を赤らめるティアマットの詫びを入れる。

 

「それはすまなかった。お詫びに肩でも揉むことにするよ」

 

「ふむ。許してやらんこともない」

 

 喜びに満たされた顔を見せる龍王。

 ラウルはティアマットの反応を見て微笑みを浮かべるのであった。

 

「我、ラウルと共に、グレートレッド、倒す」

 

 和やかな雰囲気を踏み砕くように、『無限の龍神(ウロボロス・ドラゴン)』オーフィスは、ラウルに両手を差し伸べた。

 静寂を手に入れれるように、かの夢幻を共に打倒するように。

 世界最強たるオーフィスと対を為す、『真なる赤龍神帝(アポカリュプス・ドラゴン)』を次元の狭間から追放するために、力を貸すのだと。

 

「……気が早すぎるぞ」

 

 そんなオーフィスの行動をラウルは糾弾した。

 以前、興味本位で約束をしてしまったラウルが悪いのだが、ラウルとてオーフィスと対を為すような大物と戦うには、準備が整っていないのが現状であった。

 

「我、ラウル、見つけて、二年待った。我、待ったから、ラウル、早く応える」

 

「未だ二年だ。それに、今の私では夢幻には届くまい。ここまで、生まれ持った才能と先人の培った叡智だけで、私は成り上がってきたようなものだからな。オーフィスも青い果実では美味しくないだろ?」

 

 故に、ラウルはオーフィスを諭しに掛かった。

 魔術結社という樹の下で産まれたラウルは一粒の種。

 代々受け継いできた才覚を宿した種は、先人の培った叡智と名を持つ肥やしの中で育てられる。

 芽を生やし、すくすくと育った種は、やがて果実の生る樹木へと成長する。

 

 されど、初めて実った果実は不出来なもの。

 形もさることながら、味や色合いも物足りないものができる。

 過程を一年、二年と年月を重ねる内に、樹木も学習していく。

 年月を重ねた先に一掴みの結晶を生すのだ。

 

 種より幾年の時を重ねて生したその果実も、熟さねば美味しくはならない。

 青い果実のまま毟られたのでは、実は固く甘味も薄くなってしまう。

 樹も実も熟してこそ、美味しくなるのだと、自身を果実に例えてオーフィスの心を揺さぶる。

 

「分かった。ラウル、強くなるの、待つ」

 

「いい娘だ」

 

「ん……」

 

 聞き分けのいい娘に褒美を上げるが如く、ラウルはオーフィスの頭を撫でる。

 頭を撫でられて気持ちよさそうに目を細める龍神の姿は、到底世界最強の存在だとは想像も付かない光景であった。

 

「あっ、おかえりラウ。丁度、焼き上がったところだから、みんなもお茶にしよ」

 

 微笑ましい光景を作り出す彼らの下に漂ってきたのは、芳ばしく甘い焼き菓子の香り。

 漂ってきた方向に持を向けると、半開きの扉の間から顔を出したルチアが、厚手の手袋を身に付けて手招きをしているのだった。

 

 

* * *

 

 

「ルチアの作った、菓子、美味」

 

「こら、待てオーフィス。それは私のだぞ」

 

「強い者、全てを得る。これ、龍種の掟」

 

「ぐぬぬぬぬ」

 

 アメリカ式のふっくらとしたマフィンを取り合う龍王と龍神。

 大食いな二龍が来ているということで、多めに作ってあるそれは十分な数が用意されている筈であった。

 事実、彼女たちの目の前には数十の焼き菓子が彩られていた。

 それなのに、手を伸ばす労力を惜しみ、争う彼女たちの姿が滑稽に思えてラウルは苦笑いを浮かべるのだった。

 

「ティア、これをあげるから機嫌を直せ。オーフィスも意地悪をしない」

 

「お、お前が手を付けたものなど……も、もらってやらんでもないぞ」

 

 一方的に搾取されるティアマットが可哀想に思えてきたラウルは、手元のプルーンクッキーを細指に挟んで差し出した。

 目の前に差し出される好意に対して、ティアマットは視線を彷徨わせた。

 右に、左に、忙しく動く視線がやがて定まると、意を決したようにゆっくりと小さく口を開いたのであった。

 

「ラウル、甘い。ちゃんとした序列、必要」

 

 ラウルから差し出されたクッキーを口に含み、ほくほくした顔を見せるティアマットを見て、オーフィスは表情を強張らせる。

 小さな怒りの矛先は、龍種の掟を乱したラウルに向くのであった。

 

「必要かもしれないが、今はお茶時だ。小難しいことは、なきにしようではないか。然もないと、ルチアの淹れてくれた紅茶が不味くなるからな」

 

 虚無なる瞳を向ける龍神に、ラウルはティーカップを掲げる。

 茶会の時は、何時如何なる場所でも、優雅にお茶を楽しむ。

 完全に英国色に染まっているラウルであった。

 

「それにヒエラルヒーなど、得てして作るものではない。共に過ごしていくうちに、気付かぬままにできるのが、最善だと思うぞ」

 

 ――自然に。

 それはオーフィスの意見を一蹴したラウルが目指す共生の在り方であった。

 同じ序列を作るにも、本人が認め合って作ればいい。

 ラウルは誰かに強制されたのではなく、自発的に行動するのが望ましいと考えていた。

 理想論と言われればその通りであったが、ラウルの言動の結果が実ったのが現状であった。

 かつて暴君と名を馳せた龍王と世俗に興味を示さなかった龍神が、同じ卓で茶会を開く。

 思えばつんけんしていたティアマットも、無表情であったオーフィスも、随分と可愛くなったものだと、ラウルは笑みを零したのだった。

 

「ラウル、言うこと、我、難しい。だけど、お茶、不味くなる、嫌。だから、我、ラウルに従う」

 

「そーだよね。ラウの言うことは小難しいよね」

 

 ラウルの言い分に一応の納得を示したオーフィスは、大人しく両手のマフィンを口にする。

 両頬をリスの如く膨らませ始めたオーフィスに、追従したルチアはポケットよりハンカチを取り出す。

 ルチアは取り出したハンカチで、食べかすを散らかしたオーフィスの頬を拭うのだった。

 

「まあ、それがいいところなんだけどね。あまり考えずに剣振れるし」

 

「そうだな。お前のお蔭で私も自由に翼を広げられるのだ」

 

 ルチアは片目を瞑ってお茶目に目配せをし、ティアマットは同意するように首を縦に振る。

 余りに人任せな彼女たちの態度に、ラウルは深く息を吐いた。

 

「……少しは私の負担を減らしてほしいものだ」

 

「しょうがないにゃ。この二人に期待しても無駄だと思うのよねー」

 

 彼女たちの自由奔放な行いの皺寄せが来るのは、いつもラウルのところ。

 ゴーレムを壊すこと然り、剣を折ること然り、何処かの勢力へ喧嘩を売ること然り。

 ラウルは修復や偽装工作に奔走することになるのだ。

 改めて思い返すと、ここ一ヶ月の間、何処にも喧嘩を売ろうとしないティアマットの行動が、異常に思えてくるほど。

 そんなラウルの苦労の一端を担う黒歌は、脳筋に言っても無駄であると、鈴をころころと転がして音を響かせるのであった。

 

「おい、雌猫。いまのはどういう意味だ?」

 

「黒にゃんでも、ちょっと見逃せられないかな?」

 

「にゃにゃ! ルチにゃんもティアも、そんな怖い顔しないでほしいのよねー」

 

 ルチアとティアマットは身体を乗り出して、黒歌に問い質す。

 丁度、席の位置的にも、黒歌は囲まれてしまう。

 逃げ出そうにも逃げ出せない状況に、主であるラウルに視線で助けを求めた。

 

「喧嘩ダメ。お茶、不味くなる」

 

 突如として膨れ上がった力が辻風となり吹き付ける。

 声を上げることも許さず放たれた龍気は、少女たちを吹き飛ばす。

 茶会の時に、無粋な真似を見咎めた無限の体現者が、喧嘩の仲裁の為に割って入ったのであった。

 

「これでまた一つ賢くなったな。偉いぞ、オーフィス」

 

「ラウル、我、また強くなった?」

 

 首肯したラウルは、誇らしげに胸を張る少女を見詰めた。

 人を疑うことを知らない無垢な龍神。

 彼女がこのままでは、いつの日にか騙されてしまうだろう。

 もし、騙され利用されるような事態になってしまえば、世界最強たる彼女が世界に与える影響は計り知れない。

 ラウルはそのような時が訪れてしまった場合を考え、少しでも善悪の区別が付くようになればと、強引な手段で喧嘩の仲裁に入ったオーフィスを怒ることはなかった。

 

「オーちゃん、さっきのはダメだよ。私の頭が割れちゃうじゃう」

 

「全く、手加減をしてほしいものだ」

 

「ま、巻き添えにゃ……。巻き添えでオーフィスの攻撃をもらうなんて……勘弁してほしいにゃ」

 

 口々に非難の言葉を口走り、壁際で這い蹲る少女たち。

 喧嘩仲裁の為に吹き飛ばされたルチアたちは、頭や腰を押さえているが概ね無事であった。

 

 

* * *

 

 

「そう言えば、オーフィス。貴方が祀り上げられている組織はどうなった?」

 

 茶会の後片づけをルチアと黒歌に任せたラウルは、虚無の瞳を覗きオーフィスに問う。

 オーフィスが祀り上げられている組織の動向を。

 

 禍の団(カオス・ブリゲード)などというオーフィスが首領を務める組織。

 オーフィスがラウルの下をたびたび訪れる理由の一つがその組織への勧誘であった。

 ラウルの知り合いも多くが参加しているらしいが、どうもきな臭い組織である。

 

 一度、リークに依頼を出したものの断られ、独自に調べてみるとなかなかに面白いことになっていたのだった。

 幾多もの思惑が絡み合い、禍という名に相応しく、実に混沌としていたのであった。

 禍因溢れる彼の組織はいずれ世界に災いを齎すであろう。

 

 それは、おそらく目の前の少女の意思に関係なく。

 体の良い旗印とされた彼女には、何一つ知らされることはない。

 一部の暴走だとしても、オーフィスの意思だとして罪を被せられてしまうのだ。

 

 そのような事態に陥らないためにも、ラウルは幾つか手を打っている。

 組織に入り込んでいる知り合いとの連絡を密にする。

 自身の部下を組織の内部に潜り込ませるようなこともしていた。

 また、首領たるオーフィスの心に色々と働き掛け、周りの存在を意識させる。

 勧誘に訪れたついでに、意識して視た組織内部の様子を報告させるのも、その一環であった。

 

 しかし、組織の動向を尋ねたラウルの問いに、オーフィスは小首を傾げて見せる。

 

「言い方が悪かったな。グレートレッドを墜とすのに、協力をしてくれる奴らの動向はどうなっているのだ?」

 

 白を切るオーフィスの行動に、思い当たる節があったラウルはいま一度問い直す。

 

「蠅の王、悪魔、集める。槍の主、人間、率いる。魔法使い、魔術師に近づく。騎士、たくさん。槍の主とは、違う道、歩む。鴉、協力してくれた。だから、ラウルも、こっちに来る」

 

 オーフィスから齎された抽象的な言葉をラウルは頭の中で整理する。

 現在、判明している派閥のほとんどが、すでに動き出していた。

 どの程度動きを活発化させているかは、オーフィスからだけの情報では憶測できなかったが。

 具体的な憶測こそできないものの、近い将来で世界を巻き込んだ戦になるだろうと、ラウルは予測するのであった。

 

「彼らまで、動き出したか……。ならば、私は要らなくないか?」

 

 そして、オーフィスから齎された情報の中で、聞き逃せないことが幾つかあった。

 

 騎士たちが多く参加しているとのこと。

 元々、『円卓の黒騎士』は傭兵組織であることから、金銭で雇われたことも想像できる。

 それでも、今の時期から雇ったのでは、時期尚早ではないかと言わざる負えなかった。

 人員の確保はできるが、対価として莫大な資産が必要となる。

 そんな大逸れたことができる人物に、一人だけ心当たりがあったラウルは、警戒心を強めたのであった。

 

 また、鴉が協力を申し出たと聞き捨てならない報告も上がった。

 鴉とは一般的に堕天使を指す差別用語ではあるが、ラウルたち一族を指す隠語ともなっている。

 前者ならあの堕天使総督が黙ってはいないだろう。

 オーフィスの物言いからして、後者である可能性の方が高いが、それはそれで問題であったのだった。

 

 なんにせよ彼らが参戦したのであれば、新参者たるラウルが禍の団に参加する必要性が見えてこなかった。

 

「ダメ。両翼揃えば、鴉、強くなる。そしたら、グレイトレッド、墜とせる」

 

「かも知れないだけだ。確かに、私たちは夢幻と相性はいいが……」

 

 ラウルは禍の団に自身が不要ではないかと問うが、勧誘を続けるオーフィスは首を振った。

 彼女の宿願を遂げるためにはラウルの力が必要であると。

 

「どちらにしろ、参加するわけにはいかないからな。こちらでもやることがあるのでな」

 

 ラウルとて禍の団に興味がないわけではなかった。

 オーフィスの主張するグレートレッドを墜とすことも、力ある人外の者たちに戦いを仕掛けるのも、若さゆえか心くすぐられるものがあったのだ。

 ただし、目の前の課題として、赤龍帝の幼馴染を鍛えることがある。

 遠い昔の約束のためにも、自身の我が儘を聞いてくれた者たちのためにも、それだけは成し遂げるつもりであった。

 オーフィスの誘いに、ラウルは残念そうに肩を竦めたのだった。

 

「ラウル、やる事、ドライグの事?」

 

 ラウルが断りを入れた理由。

 それはオーフィスによって暴露されることになる。

 奇しくも、オーフィスが暴露したのは、赤龍帝嫌いで有名なティアマットの前であった。

 

「ほう」

 

 地の底まで響く様な怒気の震え。

 オーフィスの暴露によってラウルは、沈黙を保っていた龍帝の怒りを買うことになる。

 

「ひゃっ!?」

 

 蠢くは漆黒の蛇蝎。

 ティアマットの背後から伸びたそれは制服内部に忍び込みとぐろを巻いた。

 不覚にも腰部に伝わる龍鱗の感触に、ラウルは少女のような悲鳴を上げてしまうのだった。

 

「私を放っておいて、アイツに現を抜かすとはな。どうやら、私の契約者としての自覚を持たせてやらないといけないようだ」

 

 いとも簡単にラウルを捕らえることに成功したティアマットは、放置された一ヶ月の恨みと先程オーフィスに良いようにあしらわれた八つ当たりをラウルの首筋に腕を回して始める。

 

「く、首と腰が絞まっているのだが……放すつもりはないのか、ティア?」 

 

 ティアマットを怒らせてしまったラウルは、背後から首を絞められることになる。

 ラウルは首筋に回る腕を叩いて不当な暴力に抗議する。

 抗議するも首筋や腰部に掛かる圧力は増すばかり。

 特に腰部に至っては、骨盤が悲鳴を上げるほどであった。

 

「……ティア、そろそろ、勘弁……して、くれないか? …………これ以上は、落ちて、しまう……」

 

 顔を真っ赤に染めて、息も絶え絶えな様子のラウルは、最後の抵抗とばかりに両腕に力を込めた。

 されど、ラウルの首を絞めるのは、五大龍王最強の女帝。

 人並みの腕力しか持たないラウルでは、気道を確保することすら叶わなかった。

 

「……や……ティ、ア?」

 

「放してもいいが――」

 

 首裏に舌先を這わせて、ラウルの抵抗が弱々しくなったことを確認したティアマットは、首筋を固めていた腕を弛める。

 ティアマットに解放されて、やっとのことで気道を確保できたラウルは、身体の隅々にまで行き渡らそうと、目一杯空気を吸い込んだ。

 そんな無防備なラウルを突如として浮遊感が襲う。

 腰部でとぐろを巻く龍尾。

 浮遊感とともに近づく天井。

 鈍くなった思考で、なんとか事態を把握したラウルは、衝撃緩和の術式を編み、地に向けて障壁を作り出す。

 

「――――っ!?」

 

 身体を突き抜ける衝撃。

 魔術と障壁の二重の緩和剤でも、殺し切れなかった衝撃がラウルを苛む。

 背中から叩きつけられたラウルは、肺に溜めた空気を吐かされることになった。

 

「――心移りしやすい男の娘を懲らしめてからだ」

 

 力なく床に伏すラウルに伸し掛かるティアマット。

 極上の得物を前に、金色の蛇の瞳を猛々しく輝かした龍王は、暴君であった頃の一面を見せ付ける。

 

「子でも作れば、お前の気持ちは私たちに向くのかな?」

 

「……冗談ならやめてくれ。私が後で痛い目を見てしまう」

 

 背中に強い衝撃を受けたラウルは、自身を押し倒した龍王に涙目で訴える。

 小娘のような態度を取ってしまったことで、ティアマットの感情を煽ってしまっていることをラウルは知らない。

 木目板の上へ広がった銀髪が、得体の知らない色香を引き出してしまったために、一層のこと彼女を魅了していた。

 

「我も、興味、ある。ラウルと我の子、絶対、強い」

 

「…………青い果実を毟り取ろうとしないでほしいところだ。第一、オーフィス、貴方は子を生すことが可能なのか?」

 

 頬を挟むように添えられた小さな掌。

 ラウルの出す色香に引き寄せられたのか、無垢な龍神まで動き始めてしまった。

 

「問題ない。オリヴィアの姿、真似た。故に、我、子、作れる」

 

「そ、そうか……」

 

「だから、我、ラウル、襲う」

 

 オーフィスが子を生せるという事実に、ラウルは強い衝撃を受けることになる。

 それも知り合いの姿を真似ているとも言う。

 似せているのではと勘付いていたラウルであったが、本人の口から伝えられた真実に動揺を隠せない。

 龍神の告白によって、ラウルは混乱してしまい茫然とした姿を晒してしまった。

 そんな軽い放心状態に陥ってしまったラウルに龍の手が伸びる。

 

「~~っ!? ティ、ティア……できれば、場所を移したいのだが」

 

 抵抗すら示さないラウルのリボンやボタンを毟り取っていくティアマット。

 ラウルが意識を取り戻した時には、すでにブラウスのファスナーは降ろされ、馬乗りする龍王によって身包みを剥がされかけていた。

 

「ほう。いつもなら所構わず誘いを掛けて来るのに、いざという時が来ればこの体たらくか……全く嘆かわしいばかりだ、このへたれ女装マニアめっ!」

 

「ラウル、綺麗。雄、生まれた、間違い」

 

「……ありがとう、オーフィス。褒め言葉だと受け取っておくよ。だが、私にも心の準備というものがな――」

 

 オーフィスの何とも言えない褒め言葉に、ラウルは礼を返す。

 礼を返した後、ティアマットに視線を向けて、酷い言われように抗議するが、その言葉は最後まで紡がれることはなかった。

 強引に塞がれる唇。

 見合わせる蛇の瞳は嫉妬の炎を燃やす。

 肩口を奔る激痛がティアマットの抱く感情を証明していた。

 龍種の腕力でラウルを押さえ込むティアマットの姿を見たオーフィスも負けじと動き始めた。

 押し潰さんとばかりに迫りくる彼女たちに、為されるがままのラウルは、転移の術で空に逃げることも念頭に置いておくのだった。

 

「さあ、ラウルよ。覚悟を……誰だ、こんなときにっ!?」

 

 一室に満ちる黄金の光。

 龍王と龍神に弄ばれるラウルの下へ光芒が差し込んだのだ。

 

「やりました、マリナ姉様。ついにお兄ちゃんの張った結界を潜り抜けました」

 

 ラウルたちの視線が集まるその先で、二人の女性が姿を現す。

 片や淡い蒼を基調としたとんがり帽子にマントを身に付ける少女。

 お伽噺に登場する魔女っ娘のような恰好の少女は、年相応の無邪気な笑みを浮かべる。

 片や漆黒のローブを身に纏い眼鏡を押さえる女性。

 腰の辺りまで濡れ羽色の髪を流して、眼鏡の奥で黒赤い瞳を不吉に輝かせる。

 何処かラウルに似た風貌の女性は、無機質な雰囲気を纏っていたのであった。

 

「上出来です。やはり、結界系の魔術は、貴女の方が一日の長上回っていますね」

 

「えへへ。ありがとうございます。今後も、ラウルお兄ちゃんやマリナ姉様に追いつけるよう頑張って……」

 

 マリナと呼ばれた黒髪の女性は、抑揚のない声でラウルが張った結界を抜けた偉業を称える。

 褒められたことをあどけない笑顔で喜ぶ魔女っ娘。

 喜びを顕わにした少女は今後の抱負を述べるが、衝撃の光景が視界に映り込み、驚愕のあまり碧眼を丸くする。

 ふわりとカールを描いた金髪が、少女の驚きに合わせて浮かび上がったのだった。

 

「どうしましたか、ルフェイ……?」

 

 表情の固まった少女の行動を不審に思ったマリナは、その視線の先を追う。

 追った先で繰り広げられる光景に、眼鏡の奥で輝く赤目の鋭さが増すことになる。

 

「や、やあ、マリナにルフェイ。こんな格好で悪いが、よく来てくれたと言っておこう。それと……結界抜きおめでとう、ルフェイ。貴方の成長が間近で見れて、私は嬉しく思うよ。きっと、アーサーも喜んでくれることだろう」

 

 龍神たちに押し倒された格好で、笑顔を見せる麗人。

 彼の口より紡がれた歓迎と祝福の言葉は、何処か虚しく響き渡ったのであった。

 

 




 原作キャラ二名、オリジナルキャラ二名の登場回でした。
 ――ティアマットは設定だけなので、オリジナルでも大丈夫ですよね……?

 二章一話目にして詰め込みすぎました。
 序盤から締まりのない展開になってしまい反省です。


 今回、初登場は原作のオーフィス、ルフェイ、オリキャラのティアマットにマリナです。

 以前にも、何度か名前が出たマリナさんですが、見た目はラウル君の2Pキャラです。
 ただ、ラウル君の活発的で何処か儚さを感じさせる雰囲気はなく、会長さんのように落ち着いていて何処か冷たさを感じる雰囲気の持ち主です。
 某魔法少女なアニメの『全力全開』の人とポータブルゲームに出てくる『ルシフェリオン』な人みたいなオーラの差です。
 マリナさんはラウル君が恐れる人物です。
 この後、きっと彼は冷たい目で見られ続けるのでしょう。

 次にルフェイですが、彼女はいろいろあってラウル君の下へ身を寄せています。
 と言っても、本邸の方にですが。
 所属は原作のように『黄金の夜明け団(ゴールデン・ドーン)』の所属ではなく、身近にあったラウル君たちが所属する魔術結社に属しています。
 詳細はネタバレになるので伏せますが、ルフェイはラウル君やマリナさんを師匠のように慕っています。

 この章の間は、彼女たちがいるので上手く描いていきたいと思います。

 そして、ラウル君と絡んだ龍たち。
 在り来たりな関係のオーフィスとティアマットです。
 ただ、人物像に厚みを持たせたいために、オリジナルの設定が幾つか組み込んであります。
 オーフィスには、元となった人物が存在すること。
 ティアマットには、ラウル君の使い魔になる過程で、悲惨な目にあったこと。
 前者は物語中に、後者は黒歌とともに番外編で描くつもりです。

 その二龍たち――今回、やらかしてくれました。

 ネタバレのオーフィス。
 早々に彼女が出てきたため、禍の団に関する情報が読者の皆さんの見えるところに。
 自然な形で動かすと、ラウル君が必ずと言っていいほど彼女に尋ねてしまいます。
 これが私の限界だと言うのでしょうか……。

 暴君ティアマット。
 ラウル君を押し倒してしまいました。
 なにを仕出かしてくれたのですか、貴女は!

 最初はもっと生々しい展開になってしまったのですが、改稿を重ねてここまで抑えました。
 不快に思われたのなら、済みません。
 登場と同時にここまでの絡みは私も遺憾な限りです。

 オーフィスに関しては、今後もちょくちょくラウル君を勧誘に来ます。
 ティアマットはラウル君との触れ合いを求めて、暫くの間ラウル邸にいるかもしれません。
 未定なので悪しからず。


 次回は松田、元浜が出る予定です。
 なかなか出番のない彼ら。
 エロいですけど、きっと根は悪い子ではないのだと思いたいです。
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