ハイスクールD×D~円卓の銀鴉~    作:Licht10

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 お待たせしました。
 随分掛かってしまって申し訳ない限りです。

 実を言うと私はこんな場面を書くのは初めてです。
 喜劇のように軽い場面なら一度ありますが、今回のような場面はまるっきり初めてになります。
 際どい場面の上に初体験と挑戦に挑戦が重なり、筆が進みませんでした。

 主人公のラウル君がリアスへ取る態度を軟化させるターニングポイントなので、描かないわけにもいかず四苦八苦。
 なんとか、九千字を書き終えました。

 一応、R-15に収まる範囲内で書いたつもりですので安心して頂きたい次第。
 最後まで見ると……ネタバレになるので根気強くご覧になって頂きたいです。
 心身ともに削って描いたので、気に入って頂けると幸いです。



四話 赤薔薇の夜露

「お父様も、お兄様も、勝手が過ぎます! いつも、いつも! やることに茶々を入れてっ! どこまで私の生き方をいじくれば気が済むのですかっ!!」

 

 紅の魔方陣より映し出される制服の少女。

 情の厚き悪魔の主は鮮血色の長髪を振り回して、身の内に溜めこんだ憤りを顕わにしていた。

 

「リアス……此度の縁談は冥界にとって非常に有意義な物なのだよ。純潔悪魔同士が結ばれるとなれば、それだけでも冥界の希望となるのだ。上級悪魔として、グレモリー家次期当主として、その責務を果たしてくれまいか?」

 

「何度乞われたところで、私はライザーと結婚するつもりなどありません!」

 

 対するは顎髭を生やした悪魔の男性。

 襟の広いスーツを着こなす男性の姿からは貫録が滲み出ていた。

 静かに愁いを湛える瞳は娘の我が儘を聞いて尚、揺らぐことはなかった。

 

「これは決定事項なのだ。今更、破談に追い込むなど、先方に申し訳が――」

 

「分からずやッ!! お父様のおたんこなす!!!!」

 

 淡い紫色を取り込む室内にリアスの怒号が響き渡る。

 罵りを一頻り伝えた通信用の魔方陣は、紅の輝きを失い喧噪が嘘であったように沈黙する。

 

「リアスの言うことも分からないでもない。親として我が子の意見を尊重してやりたくもある。だが、私たちには猶予があるとは思えないのだよ」

 

 儘ならぬ事態に男性は空を仰いだ。

 元72柱の上級悪魔としての責務。

 節介と言われようとも親として注ぎ続けてきた並々ならぬ情愛。

 狭間で揺れた心は冥界の憂うべき状況に、情を責務で塗り潰して縁談を取り付けたのだ。

 冥界を明るく照らす希望になるようにと願いを込め。

 

「それをリアスに求めるのも、酷というものなのだろうか……」

 

 幾ら我が儘を言い散らそうとも可愛い我が子のことだ。

 より良き相手と結ばれて幸せになってもらいたい。

 塗り潰した筈の情愛が沸き上がる様に男性は長い息を吐き出した。

 

「すまないが、後は君に任せてもいいかい、グレイフィア?」

 

「お任せくださいませ、旦那さま」

 

 メイドに事を一任した男性は、掲げたグラスを通して外の風景を展望する。

 舗装された道路に剪定された街路樹。

 現世に真似て作られた街並みは彼の築き上げてきた苦労の結晶であった。

 しかし、劇的な発展を遂げてもなおも、地平線はどこまでも続き未だ果ての見えることはない。

 冥界にそびえる居城の主は紫色の空に雲行きの怪しい悪魔の未来を映し出すのだった。

 

 

* * *

 

 

 夕食の残り香が漂うダイニングルーム。

 備え付けのソファーやカーペットの上で少女たちが思い思いに寛ぐ中、椅子へ座るラウルは布巾を片手に黙々と作業を続けていた。

 

「どうしたのですか? 浮かない顔など見せて」

 

 正面に居座るマリナの抑揚のない声が聞こえて、機械的に硝子の容器を磨き上げていたラウルはその手を止めた。

 

「少しな……学園で世話になっている人が、婚約話で揉めていてな……」

 

 盆の上にグラスを並べたラウルは静かに瞼を閉じた。

 思い起こすのは黄昏色の旧校舎。

 銀髪の悪魔と向き合う紅髪の少女の姿は、毅然としながらもどこか危ういのもを感じ得た。

 恐らくは両親に取り付けられたであろう縁談を発端としたもの。

 我の強い彼女にとって好かぬ者と添い遂げるのは我慢にならない。

 我慢にならないが既に外堀を埋められており、打つ手がないと言ったところだろう。

 追いつめられたその儚い後ろ姿に自身の抱える情勢を省みることとなったのだ。

 

 ゆっくりと見開かれた淡蒼の瞳は濡れ羽髪の少女の姿を映して微かに揺れる。

 

「そうですか。また要らないことを考えていたのですね……馬鹿ですね、貴男は」

 

 所なさ気に様子を窺うラウルを目の当たりにしたマリナは容赦なく冷罵を浴びせかける。

 軽く押し上げられた眼鏡の奥で赫々とした瞳は呆れに彩られていた。

 

「馬鹿とは酷い言われようだ。こちらは真剣に思い悩んでいると言うのに」

 

 罵られたラウルは片目を瞑ると口元を歪ませて嘲笑を浮かべた。

 懸念を抱くラウルの姿は真剣そのもの。

 彼女たちの将来にも関わってくるゆえに心を千々と乱すのだった。

 

 だが、同時にラウルが抱く懸念は余計な節介でもあった。

 何者でもない彼女が既に納得しているのだから最早思い悩む余地はない。

 余地がないと分かって尚も思い悩むのは、ラウルの抱く不安の表れだったのかもしれない。

 そんな愚かだと知ってなお割り切ることの出来ない滑稽な己をラウルは嘲け笑うのであった。

 

「馬鹿だね」

 

「救いようがないにゃ」

 

「ふん……意気地なしめっ!」

 

「お兄ちゃんのそんなところは、嫌いではないですけど直してほしいです」

 

 自嘲の笑みを浮かべるラウルに更なる追い打ちが掛かる。

 寛いでいた少女たちもいつの間にか話に乗っていた。

 ルチアと黒歌はマリナの意見に同調し、ティアマットは小馬鹿にして鼻先で笑う。

 最年少のルフェイも控えめにラウルの言動を諭すのであった。

 

「分かった、私が間違っていたよ……この話は終わりにしよう」

 

 目の前の少女たちに満場一致で責め立てられたラウルは自身の過ちを認める。

 思い悩むラウル自身も詮無きことと割り切っているゆえに決断は早い。

 むしろ、思い悩むこと自体が無粋な所業であったのだ。

 曖昧な笑みを作り両手を上げたラウルは、片手に持つ布巾を揺らして降参の意を示すのだった。

 

「愛しき貴方たちに夢幻の加護が在らんことを――アーメン」

 

 心の底から願うと付け加えたラウルは盆を持ち席を立つ。

 悪戯猫の悲鳴に背を押され部屋を後にした彼は、グラスを片付けるべく足早に歩を進めるのであった。

 

 

* * *

 

 

 主寝室へと戻ったラウルは黒地のワンピースを掛け、深い蒼の硝子に包まれたランプを灯す。

 熱に当てられて漂い始める花の香り。

 精密に織られた絹布の天蓋を抜けたラウルは寝台の上へ身を投げる。

 寝台に内蔵されたスプリングはやんわりと衝撃を吸収し、真新しいシーツに大きな皺を作った。

 ラウルは布地の雪原の上で転がるようにして身を返すと天上に向けて指先を軽く振る。

 指を振るうのを合図に消えていく蛍光の明かり。

 煌々とした灯りを失った主寝室は部屋の片隅に置かれたランプの光が暗然と照らすのみ。

 暗幕の下りた一室は静寂に包まれる。

 

 月明かりも入らない深窓の暗がりでラウルが蠢く。

 ラウルが蠢いてから暫くすると、藍色の光が暗闇に包まれた主寝室に広がる。

 慎ましい胸板を隠すように肩口から掛けられたキャミソール。

 下腹部を覆うゆったりとしたシルクのスカート。

 身を包むランジェリーからは寝具であるシーツよりも白くほっそりとした四肢が覗く。

 深い青に薄らと照らし出される麗人の姿態は夜光を浴びて一層のこと美しく輝くのであった。

 

「部長があんな風に想っているとはな……」

 

 深々と柑橘の芳香を吸い込んだラウルが思いを巡らせるのは、リアスの不意打ち染みた告白。

 余りにも不意打ち染みていたために、地表から部室のある部屋へと舞い上がったラウルが着地の際、窓枠を踏み外して革靴を鳴らす失態を演じてしまうほどであった。

 本人の口から聴いた訳ではないが、それ故に信憑性は高くなる。

 もっとも、盗み聞きをしていた以上、リアスの口から語られた方が確実だったのだが。

 

 あの時は銀髪の悪魔がいた手前、身を隠して状況を把握することに躍起となっていたが、今になって告白を思い出したラウルは人知れずはにかんだ。

 初心な少女の如く赤面してのた打ち回るような醜態は晒しはしないが、昏く照らされる室内で赤みを帯びていることが見て取れるぐらいは顔を上気させていた。

 告白を受けたことや口説かれたことの数知れない麗人であっても、好意を伝えられれば嬉しくある。

 相手が美人であれば尚更、紅髪の姫ならば不意を打たれとこともあり、ラウルの受ける感銘はより深いものであった。

 

 悪魔であることを鼻で掛けた彼女であるが、その尊大な態度がまた可愛らしい。

 飛び立てぬ雛鳥が必死に囀るように、リアスもまた悪魔の産まれを、自身の兄の威光を笠に着て自身の尊厳を必死に守ろうと声を上げる。

 健気な彼女の姿が愉快であり――そして愛らしい。

 

 愉快な彼女と交遊を結ぶ関係になれば、気苦労は絶えないだろうが、心地の良い日々が待っているだろう。

 今も彼女たちとの心地よい日々が続いているが、恐らくはそれ以上の日々を――――。

 

「いや……在り得ないな。大方、体の良い風除けに使われたに過ぎないか」

 

 甘い結論に至ろうとして、すぐさまその考えを切り捨てた。

 頭を振って思考を入れ替えたラウルは冷静に状況を把握する。

 

 リアスの抱えるのは望まぬ縁談だ。

 彼女が上級悪魔――つまりは貴族階級であることから、この縁談は幼い頃より組まれていたに違いない。

 血を絶やさぬために彼女の両親が取り計らったことなのであろう。

 三大勢力の一角を担っていた頃の栄華は今や昔。

 悪魔の勢力は衰退に次ぐ衰退を強いられ多勢力との戦争は不可だとされるほど。

 中でも悪魔の中核を担っていた72柱も半数以上が断絶したとされているであった。

 

 情の悪魔と言えど、上級悪魔としての教養を受けた彼女が悪魔界の事情が分からない筈がない。

 婚約相手であるフェニックス家は代々、秘薬たるフェニックスの涙の製造で財を成してきた一族だ。

 レーティングゲームが冥界で盛んに行われるようになってからは、その不死性を売りにして頭角を現してきたとも言われている。

 今や公爵家のグレモリー家と比べても遜色はないだろう。

 血統で見ても純血種である以上に、バアルの力を受け継いだリアスと不死性のフェニックスの間にできる令息は決して侮ることはできない。

 彼女らの両親が望む通り冥界の希望となるのは間違えないだろう。

 

 しかし、悪魔であることを誇らしく語る彼女が頑なに拒否を示すのか。

 フェニックスの第三子――ライザーは女性に嫌われる性格なのだろうか。

 ラウルの疑問は尽きることがない。

 

 如何な理由があれ頑なに拒み続けるリアスが、風除けとしてラウルの存在を使ったことは先の会話より感じ取れた。

 グレモリー眷属を一蹴できる出生不明の魔術師。

 ラウル程使い勝手のいい者はいないだろう。

 

 本家と決別するような事態に陥ればラウルの力を頼ればいい。

 この地に思い入れがあり、大切に想う幼馴染や義妹の友人が彼女の眷属にいるのだから、ラウルも応じざる負えない。

 頼もしい助っ人を得たリアスは婚約の撤回を求めて本家と対峙するだろう。

 いざとなれば、自身の眷属ではないラウルに責任を全て押し付けて切り捨てればよいのだから。

 

 幾ら眷属の幼馴染と言えども、悪魔ならば不要と判断したその時に斬り捨ててもおかしくはない。

 情に厚い彼女がその判断を下せるかは、些か疑問ではあったが。

 案外、策謀を巡らすことなくリアスが本心で言っているのではないかと邪推したラウルは苦笑を浮かべた。

 

 紅髪の姫の抱く淡い想いか、風除けのための体の良い代役か。

 どちらにしろ、悪いように思われていないことに気を良くするのであった。

 

「それにしても、あのメイドは……やはり……」

 

 取り敢えずの結論に出たリアスの告白を頭の隅に追いやったラウルは、彼女が我を通すことで被るであろう厄災に対して頭を働かせる。

 部室に現れた一体の女悪魔。

 リアスを説得するために送られてきたであろう銀髪の女性は、兄である魔王の尖兵として文句の付けようがない。

 強大でありながら微弱なほどしか伝えない魔の波動。

 身のこなしもメイドの域を逸脱しており、一流の戦士であることを感じ取らせた。

 グレモリー家切っての完全無欠の銀髪メイドを筆頭にして、ルシファー眷属は化け物揃いと言われている。

 

 最強の女王――グレイフィア・ルキフグス。

 ルシファーの座に居座る実力不明の魔王――サーゼクス・ルシファー。

 そして、彼に付き従う実力者ぞろいの眷属たち。

 

 ラウルの力を以ってしても、いずれの相手も難敵であることには違いない。

 もし、ぶつかることがあればただでは済まないだろう。

 今も足元が定かでないラウルとしては、できることなら避けて通りたい相手であった。

 

 しかし、ラウルの希望は瞬く間に砕かれることとなる。

 

 僅かな空間の揺らぎと伴に魔方陣が展開される。

 術式の解析を終えたラウルは自身の失態を知ることとなる。

 皮肉にもそれは以前にリアスへと渡した結界を抜ける転送陣。

 アーシアへ神器を返したあの日に渡した一枚の紙切れへ描かれていたものであった。

 

 ラウルが顔を顰める中、暗室に満ちる銀の光は件の姫君を呼び込むのだった。

 

「なにをしにきたのだ、グレモリー?」

 

「――っ!? 部長とは呼んでくれないの?」

 

 リアスが気を落とした様子を見せても、ラウルは姿勢を変えることはない。

 彼女の襲来は厄災の幕開けに違いなかったのだ。

 ラウルは半眼で迷惑極まりない姫君を射竦める。

 

「いいわ、今は許したあげる」

 

 射竦められてなお毅然とした態度で胸を張るリアスを目の当たりにして、頭が痛くなったラウルは深く息を吐き出した。

 

「許すもなにも、貴方は不法侵入者なの――」

 

「ラウル、私を抱きなさい――」

 

 言葉を遮ってリアスが示した意思にラウルは頬を引き攣らせる。

 婚前状態の令嬢が繋がりを求めて迫ってきているのだ。

 潤んだ碧玉を正面から見据えたラウルは、言い間違えたのではないかと目で訴え掛ける。

 

「――私の処女をもらってちょうだい、至急頼むわ」

 

 再度紡がれた正気を疑うような言葉がラウルの脳髄を揺らす。

 最早、言い間違えでも聞き間違えでもない。

 紅髪の少女が同衾を望み押し入ったと、他ならぬ本人の口から教えられたのだから。

 

「そこで待っていなさい。直ぐに支度を済ませるから」

 

 ラウルに寝台の上で待機するよう指示したリアスは、彼女の象徴たる紅色の長髪を掻き上げると、自身の纏う制服に手を掛ける。

 ボタンを次々と外し制服を脱ぎ捨てる少女。

 天蓋の内でリアスが脱衣する姿を見詰めていたラウルは口を結ぶ。

 

「無粋な真似はそこまでにしてもらおうか」

 

「きゃっ!?」

 

 意を決したラウルは胸前のリボンの手を掛けていた少女の腕を引く。

 予期せぬ力に引かれたリアスは小さな悲鳴を上げる。

 重力に引かれ絹布の天蓋を抜けた発育の良い肢体の持ち主は、ラウルの慎ましい胸板に倒れ込んだ。

 

「随分と可愛らしい声を出すのだな、貴方は」

 

「な、なにするのよ! 吃驚するじゃない!!」

 

 ラウルは身を起こそうとするリアスの肩にそっと手を回して押し留める。

 動きを制限されたリアスが顔を上げて鋭い目で抗議するが、当の本人は微笑み返すのみ。

 微笑む麗人は身を固くする少女の紅髪を梳き解すように優しく撫でる。

 肩の力が抜けていくのを確認すると、リアスの身体を抱き寄せたままゆっくりと身を寝台へ沈めた。

 

「吃驚したのは私の方だぞ。休もうとしたところに押し入られたのだからな」

 

 寝台へ横になったラウルは、身を縮込ませる姫君を丁重に扱い伸ばした片腕の上へ移す。

 為されるがままのリアスはバツが悪いのか顔を俯かせるのみ。

 普段は尊大に振る舞う姫君のいじらしい態度に心を疼かせた。

 

「それに抱けというならば、少しは男心を学ぶべきではないか?」

 

 膝を立て身体を跨ぐように覆い被さったラウル。

 皮肉とも冗談とも取れる言葉を口にする彼は、飾り彩られた紅色の造形美に手を伸ばした。

 

「ちょっ……んんっ……ラウル、自分で脱ぐから……んっ! や、止めなさい!」 

 

 白魚のような細指の先より啄むように奏でる繊細な愛撫。

 弄られることで生じる衣服と肌膚との衣擦れは、本来覆い隠す筈の敏感な部位を刺激することになる。

 肌身を奔るこそばゆさにリアスは耐えられなくなり声を上げた。

 部屋に響く叱声に、スカートの留め具へ手を掛けていたラウルはその動きを止めた。

 

「部長……いや、リアスで構わないかな? 抱けと言うのは、男女の情事という認識で間違えないか?」

 

「あ、当たり前でしょっ!! ふざけたことばかり言っていると消し飛ばすわよ!」

 

 無粋だと思いながら再度確認を行ったラウルは、紅に染まる瞳を見て本気であると知る。

 

「許せ。反応が余りに可愛かったのでな。思い違いをしたのかと、要らぬ心配をしてしまったのだ」

 

「も、もう!! よくそんなに次々と恥ずかし気もなく言葉を掛けれるわね……」

 

 ラウルは掬った紅髪に唇を落とす。

 口付けに込められるのは愛らしい姿を見せる令嬢に抱き始めた思慕の情。

 悪びれもせず愛情を伝える麗人の言動に、細腕で抱かれる紅の姫君は身悶える羽目となる。

 

「ねぇ、ラウル。なんだか手馴れている感じだけど、もしかして経験があるの?」

 

「今は私と貴方……二人なのだから気にすることはない。それに手慣れているのは、女物の服が多いから構造をよく知っているだけだよ」

 

 語調を和らげたラウルは苦笑いを浮かべる。

 押し寄せてきた割には余計な気を抱くものだと。

 もっとも、余計な気を存分に回してもらいたいと言うのが、偽らざる本音であったのだが。

 

「本当かしら?」

 

 言葉を濁す態度を不審に思ったリアスは悪戯っぽい目をしてもう一度問い質す。

 

「分かるだろ? 私もまた貴方に惹かれて高鳴っているのが」

 

 すると、ラウルは取った彼女の手を己の胸元に宛がう。

 大きく脈打つ心臓。

 隆起を繰り返す胸部がラウルの心内を物語っていた。

 

「ええ。緊張しているのは私だけじゃなかったのね」

 

「触れれば手傷を負うと知り得てなお、求めてしまう美しき一輪花。薔薇の如き気高さを宿した貴方に魅せられているのだよ」

 

「そう……言われて悪い気はしないわね」

 

 少々気取った物言いは素直になれないラウルの癖だと判断して、はにかむリアスは褒められたことに気を好くする。

 上機嫌で笑みを見せるリアスの判断はあながち間違えではない。

 

 女性を装う見目麗しい美貌の貴人。

 一介の学生でありながら、偽ることに長けたラウルが、本性を剥き出しにすることは少ない。

 神秘を秘匿する魔術師ゆえの業か。

 積み重ねた十六年の年月の結晶か。

 四半期にも満たない僅かな月日では、仮面の奥に潜む素顔を見出すには役不足であった。

 

 繊細な心の機微を知る術もないリアスは熱に浮かされたようにラウルを見詰める。

 上目遣いで淡蒼の瞳を捉え頬を染めた悪魔の少女は色めいた言葉を紡いだ。

 

「……きて…………ラウル」

 

 愛情に濡れた碧眼。

 紅の長髪は扇情的に広がり艶やかに麗人を誘い、豊満な肢体を隠すことなく迎えるように両手を差し出す。

 淫らに堕落の道に引き摺り込む嬌態は正に悪魔の所業であった。

 

 

 されど、据え膳を前にしたラウルが食指を動かすことはなかった。

 

 

「……興が失せた。やはり、蕾の開いていない薔薇を摘むなどするべきではないな」

 

 冷めた吐息を胸内から吐き出す麗人。

 身を起こして自身に誘いを掛ける悪魔から離れるラウルは失望の色を顕わにする。

 顔を振ったラウルは呆気に取られるリアスを背にして天蓋の外を目指した。

 

「っ!? 待ちなさい! 私にここまでさせて、恥を掻かすつもりなの!?」

 

 リアスが唖然としたのは一瞬の内。

 正気に戻ったリアスは、去り行くラウルの腕を取ると不躾な行動を糾弾する。

 

「恥を掻くもなにも、断りもなく押し寄せてきた挙句、抱けと身体を晒す貴方に羞恥などあるのだろうか?」

 

「あるわよ! 確かに連絡の一つも入れずに押し寄せたのは悪いと思ったわ。だけど、私には時間がないのよ!!」

 

 失望に彩られた瞳に冷視されるリアスは堰を切ったように感情を吐き出した。

 両親によって取り付けられた望まぬ縁談。

 相手は婚約者であるリアスを見ることはなく、後ろ盾たるグレモリー家を見据えるだけの男。

 良き相手と結ばれ幸せを夢見る少女としては認めがたい縁談であった。

 

 しかし、グレモリー家の次期当主としての責務に縛られるリアスには打つ手がない。

 打つ手はないが両親の取り付けた縁談は認めがたい。

 責務と理想の狭間で苦しみ喘いだ末に、苦肉の策としてラウルの下へ押し寄せたのだった。

 理不尽な現実によって逃げ道を塞がれたリアスは揺れる瞳で必死に訴え掛ける。

 

「自身の都合ばかりを押し付ける貴方の在り方は如何な物なのかな?」

 

 リアスの激情に煽られて尚もラウルの態度は変わることはない。

 理不尽に喘ぐ様子に同情を寄せたくもある。

 哀れな姿に手を差し伸べたくすらある。

 だが、同時にリアスの行動には相手に対する配慮の片鱗すら見えなかったのだ。

 リアスの所業は正しく婚約者の行いと変わることはない。

 自身に齎される益のみに執着し、行為を迫る相手を省みることはなかったのだ。

 独り善がりな言動は褒められるものではなかった。

 切羽詰まった状況に視界が狭まるのは仕方がないことだが、情の悪魔として人情を語るのならば最低限の礼節は重んじてもらいたいところであった。

 

「それに――」

 

 蛍光の明かりに煌々と照らし出される暗室。

 主寝室の入り口では非常事態を知らせる赤灯火が点灯する。

 

時間切れ(・・・・)だ」

 

 両手を広げたラウルは口端を吊り上げ皮肉気に笑んだ。

 それは夢が潰えたことを意味していた。

 正面から結界を破ってきた縁者にリアスは連れ戻されることになるだろう。

 その先にあるのはフェニックス家との婚礼。

 両家の繁栄のために望まぬ婚姻を強いられるのは目に見えていた。

 胸の内を巡る後悔の念にリアスの目尻が熱くなる。

 

「――ぁ」

 

 涙を堪える少女の頭に乗せられた繊手。

 小さな掌に込められた温かさにリアスは声を漏らした。

 

「安心しろ。貴方には日々、厄介になっているのだ。こんなことをせずとも、力を貸せと言うならリアスの期待に応えれるよう、始祖より連なりし我が名に懸けて心置きなく力を振るって見せるさ」

 

「え……え~と……その……あ、ありがとう……」

 

 しおらしい少女の姿を目の当たりにしたラウルは考えを改め、自身の行いを恥じた。

 悪魔の公爵家に名を連ねる次期当主だとしても、彼女は花や蝶よと育てられた齢18の小娘でしかないのだ。

 聡明な見解を求めるために打った芝居は、結果的に少女の心を傷つけたのみ。

 彼女とその眷属の将来を憂う余り、急いて過剰な期待を寄せたのは過ちであった。

 か弱き少女を無為に傷付けたことへの贖罪を含めて、ラウルは力を貸してみせる固く決意する。

 

「大変! 大変だよ、ラウ! 曲者、曲者が結界内に侵入してきたん、だ、けど……」

 

 激しい音を立て開け放たれた扉から姿を現す少女。

 上履きを盛大に鳴らして屋敷の主へ侵入者の存在を伝えにきたルチアの言葉は、想定外の事態に次第に尻すぼみになってしまう。

 

「ラウがまた女の子を連れ込んでるぅぅぅぅっっ!!!!????」

 

 半裸の男女が同衾する光景に紅玉を零れんばかりにルチアは目を見開く。

 屋敷を揺らす少女の悲鳴が迎撃の狼煙上げとなるのであった。

 

 

 




 如何だったでしょうか?

 不快になった方は済みません。
 物足りなかったと言う方は、正直これが今の限界なのでご勘弁を。
 日々精進を続けているのでいつの日か立派なものを!
 とR-15の範囲で叫んでみます。


 ところで、R-15とR-18の違い。
 皆さんはどのラインだとお思いになるでしょうか?

 この話を書くにあったって、ネックとなったこの基準。
 曖昧すぎて悩みの種となってしまいました。
 私的見解にて性描写の有無と今回は判断しました。
 この判断が間違っていたのなら済みません。
 一報入れて頂けると幸いです。


 悩むことになったと言えば、途中からのどんでん返し。
 事を急くリアスと腰を据えたラウル君。
 この二人の間にあった温度差が上手く描けれていたのなら私としては満足。
 ラウル君も抱くことを装い、助力の一言を引き出そうとした次第なので。
 本人は無自覚に口説いていましたが。
 なのでラウル君をヘタレとか呼ばないで!


 本編にて、まさかのグレモリー卿の登場です。
 魔王であるサーゼクスや咬ませ犬と化してしまったライザーを差し置いての登板。
 我が儘娘を持つ彼の気苦労を描くこととなりました。

 そして、結界を諸共せず直進を続けるグレイフィアさん。
 魔王の嫁恐るべし。
 次回は彼女にスポットを当てていきます。

 そろそろ作者の戦闘分が尽きてきた頃なので、物語がそちらの方向に動くかもしれません。
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