ハイスクールD×D~円卓の銀鴉~    作:Licht10

28 / 30
 二ヶ月ぶりの本編投稿です。

 忘れてしまった方に前回までのあらすじ

 物語は純粋悪魔の減少を憂いた冥界貴族の72柱が一つグレモリー家のお家騒動から始まる。

 日に日に激しさを増す婚約者ライザー・フェニックスからのラブコール。
 親族からの圧力を嫌ったリアス・グレモリーは強行手段に出る。
 不貞による縁談話の破綻。
 欲深い悪魔にも拘らず何故か貞操観念が強い冥界事情を利用して破談に追いやる妙案だった。

 そして、そのお相手として選ばれたのが八幡ラウル――この物語の主人公であった。

 思い立ったら吉日とばかりに紅の姫は行動を起こす。
 行く先は多重結界によって守られたラウル邸。 
 別件で預かっていた転送陣を迷うことなく使用することで、彼女は結界をすり抜けることに成功する。
 転送陣で彼女が辿り着いたのは、羽を休める麗人の寝室であった。

 ラウルは目の前に現れた彼女に内心穏やかではいられなかった。
 裏事情にまで詳しい彼からしてみれば厄介事に他ならない。
 紆余曲折があれど彼女の内情を引き出したラウルは協力を約束することになる。

 一方、不穏な気配を感じ取っていたグレモリー本家の面々は紅の姫に監視を付けていた。
 不安は的中することになり、リアスは強硬手段に出る。
 婚前前の娘を傷物とする訳にはいかないグレモリー卿は刺客を送り出す。

 ――最強の女王₋グレイフィア・ルキフグス――

 冥界に名を轟かせた最強の女性悪魔である。
 グレモリーを出奔した息子の女君であり、本家に仕える使用人でもあった。

 グレモリー卿から命を受けたグレイフィアは現場に急行する。
 現世に舞い降りた彼女に待ち受けていたのは、魔術師の手によって姿を変えた魔の森だった。

 立ち塞がる陰湿な環境。
 襲い掛かる魔喰らいの妖蛇。
 行く手を阻む霧の結界は悪魔の力を以ってしても解析は叶わない。

 悪環境の中、使命を果たさんとする女王に刺客が放たれる。
 八幡ラウル――この家の家主にして紅の姫が協力を取り付けた魔術師であった。

 迎撃に出た家主と私有地に踏み入れた侵入者。
 片や屋敷の防衛を名分として戦いを望む。
 片や仕える主の命を以って大義を振るう。
 相対する彼らの争闘は必至となる。

 かくして、多芸の魔術師と最強の女王の両者は暗林を舞台に激突する。

 では、ラウル君対グレイフィアの一戦。
 四千字の加筆ですがご覧頂けると幸いです。


六話 造星の迎撃戦(上)(下)

「降伏の意を示すならば両手を頭上に、ゆっくりと膝を地面に付けてもらおうか」

 

 銀髪の悪魔の首筋に聖剣を添えたラウルは静かに降伏を勧めた。

 背後を取っている以上、抵抗は無意味に終わるだろう。

 状況が不利であると察したグレイフィアは緩やかに膝を折るのだった。

 

 しかし、使用人である彼女が他人に従ったのは束の間。

 両手を上げたグレイフィアは肘に魔力を込めると、首筋に添えられた聖剣を打つ。

 刀身を打ち上げられた聖剣は添えられていただけであり、当然の如く首筋から遠ざかってしまう。

 

 柄を握り直し斬り掛けようとするが、歴戦の勇士の前にその行動は遅すぎた。

 首筋の添えていた聖剣は浮かされ、グレイフィアを拘束するものはなく反撃は必至であった。

 腰を落とした体勢から悪魔の筋力を以って放たれる鋭い回し蹴り。

 濃密な魔力を纏う蹴撃を前に、ラウルは受けることなく後退するのであった。

 

「随分と手荒な返事だ。姫君が粗相を仕出かすのは、貴方を習ってのことではないのかな?」

 

 距離を取ったラウルは銀髪の使用人の行動を嘲る。

 真夜中に断りもなく押し寄せてくるのは、不躾な行動を見習ったゆえではないかと。

 優勢を失ったことへの落胆を微塵も見せることなく、不敵な笑みを浮かべるのであった。

 

「そんな怖い顔をしないでほしいものだ。咲き誇る草花には香気が、宙には満天の星々を。美人には笑い顔と相場は決まっているだろ? 愛想の無さそうな顔付きをしている貴方でも、笑みを見せれば印象が変わってくるのではないか?」    

 

 口説き文句を並べるラウルは遊ぶ片手を優雅に振るう。

 漏れ出した深い霧に包まれる山林。

 麗人の声音に合わせて辺りの光景は歪み作り変えられる。

 水気の満ちた湿地は枯葉の積み重なった柔らかな土壌へ。

 根を幹を肥大化さした樹木は、月並みのものへと生え変わる。

 暗然とした樹海であった山地には星々の光が差し込み、辺りを仄かに照らし出すのだった。

 様変わりした風景にグレイフィアの警戒の色は一層と濃いものとなる。

 

「……貴方たちの姫君は丁重に扱っているので安心して構わない」

 

 頑なに口を閉ざし続けるメイドの姿に肩を竦めた。

 彼女の情感を刺激するために、聖剣を突き付け、不躾な態度を嘲り、神秘の一端を晒してみせた。

 それにも関わらずグレイフィアと言葉の一つをも交わすことが叶わない。

 芳しい反応を得られないことに焦れたラウルは、大人しく彼女の求めているであろう話題に切り替えるのだった。

 

「その言葉に偽りはありませんか?」

 

「さて、どうだろうな? 仮にも敵対している者の言葉を鵜呑みにするのは如何な物かな、侵入者殿?」

 

 グレイフィアが言葉を発したことにラウルは笑みを深めた。

 

「……あなたのような魔導師(・・・)は厄介極まりない」

 

「妥当な評価だ。まさか、そこまで見切られるとは思わなかったがな」

 

 目を細めたラウルは素直に感心の言葉を口にする。

 神秘を覆い隠すことへ特化した魔術結社の術者相手に正体を見切った眼力を褒め称えたのだ。

 何百年と人の身では至れぬ年月を重ねてきた女王の実力は伊達ではなかった。

 不敵に笑む麗人は思わぬ収穫に心を踊らしていた。

 

「もっとも、その評価が虚であるか、真であるか……その身を以って味合うがいい」

 

 手にする聖剣を打ち鳴らしたラウルは無音で地を蹴る。

 足先に込めた力からしなやかな足腰を以って躯体を打ち出す。

 力を伝えられた地面からは砂埃一つ経つことなく僅かな窪みが残るのみ。

 ただ地を蹴り駆け出すことでさえ、洗練された一芸がそこにはあった。

 

 されど、彼の芸は地を無音で蹴る事ではない。

 静かな初動から生み出されるは烈風の如き飛翔。

 無音の加速により空を裂き迫るラウルは魔術を以ってして地を滑る。

 あらゆる物理法則を無視した超加速に並みの戦士では残像すら捉えることも敵わない。

 音を超えて地を滑るように接近したラウルは容赦なく聖剣を振るった。

 

「速いッ!? これは魔導師の実力ではッ!?」

 

 一足で間合いに入り込んできたラウルを魔力で覆った手刀でグレイフィアは対処する。

 弾丸の如き猛突を見せる麗人を見失うことはなかったが、自身を苦しめた漆黒の妖蛇の存在が頭を過り、魔力での迎撃を躊躇していた。

 目前に迫った脅威は躊躇を許すこともないため、手刀での迎撃を余儀なくさせられるのであった

 

 片や音の速度を乗せて聖なる波動を放つ長剣を下段から鋭く突き上げる。

 片や身体を半身にして魔力を纏う手刀で迎え撃つ。

 星明りに照らされる山林の奥地で聖と魔の波動がぶつかり合う。

 余波で土壌は舞い散り、衝撃に煽られざわめく樹木が戦いの熾烈さを顕わにする。

 閃光の交錯の果てで、聖剣を振るったラウルは駆け抜け、受け流したグレイフィアの細腕からは血が滲み出ていた。

 

「生憎、私は騎士でもあるのだよ」

 

 最強の女王に手傷を負わせた魔道騎士の猛攻は一度に留まらない。

 標的の背後で音速を維持したまま、魔術の対象を地から空を滑るように切り替える。

 切り替えると同時に頭を中心として空を滑るようにして半宙返りを成し得る。

 空に足を付き地面へ頭を向けた形でグレイフィアの背後を取ったことになる。

 足捌きによる移動は刹那に行われ、未だ敵対する悪魔の体勢の整わない。

 次なる攻撃に移っていることに気付かない銀髪の悪魔に対し、反転した世界で聖剣を振り下ろした。

 

「浅いか……っ!」

 

 星空を舞う銀糸。

 音の剣戟はまたしても空を切ることとなる。

 直前で危機を察知したグレイフィアが身を投げ出して回避したこともあり、二撃目は頭上のカチューシャを切り捨てるに留まったのだ。

 

 二度も剣戟を躱されたラウルは、趣向を変え上空から踊り掛かる。

 自身の体重に加え、音速を維持する機動力を以っての一閃。

 片膝を付く最強の女王へ、星の楔を乗せて聖剣を振り下ろした。

 

 衝突する聖剣と魔力障壁。

 咄嗟に張ったグレイフィアの障壁が、一太刀に込められた膨大な力を前に軋みを上げる。

 片手で展開した障壁で必死に耐える彼女の足元を中心として放射状に地表が割れ、衝撃波が木々を薙ぎ倒す。

 

「どうした、グレイフィア・ルキフグス? 嘗て、魔王ルシファーと伴にあったルキフグス家の遺児はその程度か?」

 

 罅割れた障壁へ聖なるオーラを強めた長剣を押し込む麗人。

 魔力の補助を受けた膂力によって支えられる聖剣は、じわりじわりと障壁へその刀身を沈めてゆく。

 

「っ!? あなたは人の感情を逆撫でするのが好きなようですね」

 

 障壁を解除したグレイフィアは振り下ろされた聖剣を紙一重で回避すると、ラウルの溝内を狙い蹴撃を放つ。

 鋭い蹴撃に込められるは傍若無人な物言いで、不祥の過去へ踏み入れたことに対する憤り。

 侵してはならぬ領域に踏み入れた麗人への怒りが満ち溢れていた。

 

 しかし、身を焦がす憤慨を以ってしても、大胆不敵な麗人に届くことはない。

 蹴撃に対してラウルは左脚を軸とし、右脚を引いて半身となる。

 半身になると同時に腕を引き戻し起こした刀身で蹴撃を受け流す。

 怒りに任せて蹴撃を放ったグレイフィアは、剣の腹を滑らされ空足を踏むこととなる。

 

「ハッ!」

 

 涼しい顔で怒りの一撃を凌いだラウルは反撃に打って出る。

 剣を構える右腕はそのまま、左脚を上げて強く踏み出した。

 地を穿つほどの強烈な震脚。

 強靭な脚力に後押しされたラウルは魔力を乗せ疾雷の如き掌底を放った。

 

「――っ!!」

 

 グレイフィアは胸間を貫く打突に苦悶の表情を浮かべる。

 咄嗟に身体を後方に流すことを成功させたのは、最強の女王であることへの矜持ゆえか。

 威力を軽減させたグレイフィアは、地面を離れ突き飛ばされゆく身体を強引に捻った。

 関節の伸縮を以って為される踵落とし。

 右腕の防御を超えた一撃が強制的に意識を刈り取らんと頸部へ放たれる。

 

「惜しかったな。私に慢心の一つでもあれば、間違えなく今の一撃をもらっていただろうなっ!」

 

 苦し紛れの蹴撃を察知したラウルは残心を取ることなく身を屈める。

 頭上を通り過ぎるのを合図として、腰だめに聖剣を構え地を蹴った。

 

「それこそ慢心ではないのですかっ!」

 

 追撃の体勢を取ったラウルを待ち受けるのは、苦痛に表情を歪める殲滅女王。

 呼吸も儘ならない身体を引きずって魔方陣を展開する。

 光彩放つルキフグスの紋章。

 溢れ出す魔力は津波の如く怒涛の勢いで攻め寄せる。

 

「光よ、集いて闇を切り裂く刃と為せ」

 

 ラウルは聖剣の刀身へ左手を鞘のように添える。

 神秘に満ちた刀室は聖剣の力を引き出していた。

 地を滑る麗人は更なる飛翔を以って肉薄する。

 迷いない踏込みに合わせて、聖剣は左手を覆う霊気によって撃ち出される。

 魔力の大波を前に威勢良く聖剣を引き抜いた。

 

 鬩ぎ合う聖と魔の波動。

 魔力によって練られた銀色の奔流は麗人を呑み込まんと迫る。

 全てを切り裂かんとする聖剣は、神秘の後押しを受けその身の鋭刃を一層のこと輝かせる。

 

 聖なる輝きを宿して――――一閃。

 振るう刃に切り裂かれた魔力は為す術なく霧散する。

 

 間髪入れることなく振るう足刀。

 魔を振り払った麗人は柔らかな身体を撓らせ神速の一撃を見舞う。

 音速で放たれる蹴撃は命を刈り取るには充分な威力を宿していた。

 

 命一つ散らすには十分な蹴撃であったが、敢え無く防がれることとなる。

 両腕を交差させた防御の体勢を前に必殺の一撃は形を無くしたのだ。

 グレイフィアは衝撃を上手く受け流し、ラウルから距離を置くのであった。

 

「漸く戦う気になったか。魔力すら放つ素振りがなかったのでな。正直、期待外れかと思ったよ」

 

「あのような悪辣な罠を巡らせてぬけぬけと……どの口で物言うのですか」

 

「よく言われるのでな、気にもならない。取り敢えずはお生憎さま、とでも言っておこうか」

 

 息詰まるような連撃を繰り出しても、ラウルは呼吸を乱すことなどない。

 不敵な笑みを張り付かせて嘲笑うのみ。

 埃一つ付くことのない騎士団服が彼の余裕を顕わにしていた。

 

 一方のグレイフィアは胸を打たれて息を乱し、汗が玉となり額に浮かぶ。

 身に纏うメイド服の裾も聖剣によって引き裂かれて、すらりと伸びた美脚が垣間見える。

 特に掌底によって穿たれた胸間からは、陶磁器のような白肌が月明かりに晒されていた。

 

「さて、戦闘再開といこう。先手はどうぞ、レディーファーストだ」

 

 不遜な物言いに促されたグレイフィアは顔に鉄仮面を張り付けたまま接近した。

 ラウルを中心に円を描くように接近し、魔力を散弾のようにばら撒き牽制を行う。

 接近戦を得意とする剣士に近づくことは、間合いに近づくことと同義であり愚行に他ならない。  

 先の一合でラウルが凄腕の剣士であることは容易に想像が付いた。

 

 理解していても、悪手を取らざる負えない理由がグレイフィアには存在した。

 彼は剣士であると同時に魔導師であるのだ。

 今は表立って使用する素振りを見せないが、戦いが長引けば未知の魔法や魔術を併用するだろう。

 不意を突かれることはそのまま死に直結する。

 

 得体の知れない魔道騎士を警戒する彼女が選んだのは中距離戦闘であった。

 歴戦の勘に基づいて近づき過ぎず離れ過ぎず、聖剣と魔道の双方を警戒するのだった。

 

「堅いがゆえに面白味もない。穴だらけの戦術だけにまだ可愛げがあると言えるかな」

 

 ラウルは踊るが如き軽やかな歩調で魔力の散弾を躱し続ける。

 思い起こすは同じく堅実的な戦法を好む黒髪の女性。

 鋭い瞳を赫やかせる彼女は、訓練であっても容赦の欠片も見られない。

 徹底して敷く抜け目のない包囲網は一種の芸術であった。

 それに比べればグレイフィアの取る戦法は稚拙としか言う他なかった。

 

「だがな、ルキフグスよ。その程度の手でどうにかなると思っているのか? ならば、私を侮り過ぎだ」

 

 故にラウルは侮蔑の視線をぶつける。

 歴戦の勇士の、嘗てルキフグスの遺児として旧魔王派に担ぎ上げられたグレイフィアの実力はこの程度かと。

 嘆息を漏らす麗人は興味を失ったとばかりに仕留めに掛かる。

 

「それはあなたもではありませんか、八幡ラウルっ!」

 

 しかしながら、グレイフィアは大規模な内戦を経験したこともある歴戦の勇士。

 視線の先で影を失ったラウルを目で追うことは諦め、感覚を研ぎ澄まして気配を探る。

 星の明かりが降り注ぐ山林に吹き抜ける風の音。

 虫の音すらも響かないこの地で聞こえるのは、風に揺られる木々のざわめきのみであった。

 

 気配もが消えたことを確認するとすぐさま対抗の術を編みだす。

 手早に銀色の魔方陣を織り、魔力を練り上げる。

 地面へ手を付いたグレイフィアは、変幻自在に動き回るラウルに対して術を発動させる。

 

「位相をずらして空間ごと私を打ち上げたか……こんな強引な手で位置を把握されるとはな」

 

 術者の背後を取っていたラウルは、全方位に向けられた魔力の包囲網に引っ掛かることとなる。

 展開された魔力によって浮遊感が襲い掛かる。

 宙高く放り投げられた彼は嬉々とした表情を浮かべていた。

 

 殺気を浴びたグレイフィアが晒した本当の実力。

 本気でないにしろ、それが引き出せた実力であることには変わりない。

 やはり、堅物は粘り強く煽ってみるものだと笑みを深めるのであった。

 

「――墜ちなさいっ!!」

 

 気持ちを弾ませるラウルは膨れ上がる魔の波動を察知する。

 発源の中心で魔力を練り上げるのは銀髪の悪魔。

 宙を踊る麗人に対して、星空を覆い隠すほどの爆撃が放たれる。

 

「流石は『殲滅女王』! 一振りでは無礼かな」

 

 ラウルは空を滑ることで大空を焼く魔力から逃れる。

 口端を吊り上げて賞賛を述べた彼は、虚空より二振りの刀剣を新たに引き出す。

 鞘に収められた細身の長剣と肉厚の長剣。

 片方の聖剣は鞘に反りがあることから、刀もしくは片刃の長剣であることが想像が付く。

 既に手にする鋭利な長剣と合わせて、右手と両腰の三カ所へ聖剣を携えるのであった。

 

「凌いで見せろよッ!!」

 

 右手に携える長剣より聖なる光が満ち溢れ、左腰の鞘からは収まりきらないほどの霊気が漏れだす。

 一度、戦闘域を離れるように大きく迂回したラウルは音速での滑空を為した。

 滑空から魔術により更なる加速を受け、両手に携えた聖剣で再びグレイフィアへ肉薄する。

 

「くっ……」

 

 音速を超えて右下段から迫る突き上げ。

 左腰の鞘から射出された新たなる聖剣を逆手で抜き放つ斬り上げ。

 刀剣の回転を利用し順手に持ち変える変則的な横薙ぎ。

 肩口に担いだ聖剣による風を裂く強烈な一撃。

 一瞬間に振るわれる熾烈な連撃にグレイフィアは堪らず地を蹴り後退する。

 

「それで引いたつもりか?」

 

 されど、双手に聖剣を携えた騎士は獲物を逃がすことはない。

 淡蒼の瞳は獰猛な色を宿し、獲物を捕らえんと追い縋る。

 

「調子に乗らないでくださいっ!」

 

 追い立てられるグレイフィアは両手を突き出し魔方陣を展開する。

 方陣から発せられる魔力は空へ放ったものと同等の威力であった。

 迸る閃光が目を焼き、耳を劈く轟音が大気を揺らす。

 至近距離にて放たれた圧倒的な暴力は避けることすら許さない。

 

「光よ、我が身を覆う盾と為れ」

 

 押し寄せる魔力を前に足を止めたラウルは、長剣の腹を向けて守りの体勢に入る。

 聖剣を前に押し出し紡ぐは守護の術。

 刀身を中心として半球状に広がる光の膜は聖なる波動を以って魔除けの術となる。

 ラウルは光の盾で自身を覆い隠すことなく、敢えて術を反転して展開する。

 

 半球状の聖盾と地上を蹂躙する魔力の激突。

 仕手の意思を宿した波動は雌雄を決するべく鬩ぎ合う。

 相克する聖と魔の威光は辺りの衝撃を振り撒いて打ち消し合った。

 

 一方で帆のように広がった光の膜は、その相殺の余波を揚力として受けることとなる。

 護り手の身体は後ろへ――そして、高く舞い上がる。

 奇抜な手法で安全域に脱した彼は魔力の供給を止めるのであった。

 

「ほう、結界諸共薙ぎ払う気か」

 

 空を踏み宙へ留まったラウルは、土煙の中で再び膨れ上がる魔の波動に目を細めた。

 視界の外で際限なく高まり続ける魔力。

 最強の名を争ったに相応しい能才をグレイフィアは顕わにした。

 殲滅女王が練り上げる過剰な魔力からは、展開する結界を破壊する意図が容易に見て取れた。

 

「残念だが貴方の思惑に乗るわけにはいかないな」

 

 結界を力技で破られることは芳しくなかった。

 展開している戦闘フィールドを壊されれば、素地たる山林が剥き出しになる。

 今のような過激な戦闘を続けた後では、荒れ地となってしまうだろう。

 また、結界が破壊されることによって生じる魔力の逆流も忘れてはならない。

 好敵手を前に無様な姿を晒すことは、敗北に繋がる醜態に他ならなかった。

 術式破壊の反動を防げるとしても、戦後の手間も考えればこの地に留めて置かなければならない。

 防ぐにしろ、打ち消すにしろ、目の前で振るわれる暴力に対策を講じることは必須であったのだ。

 故にラウルは左手に携える刀刃を鞘へと静かに納めた。

 

「我が手に栄光を――――」

 

 そして、天に掲げるは光纏う聖なる剣。

 強大な魔を祓わんと両手で確固たる意思を宿してと柄を握る。

 迫りくる魔力の奔流を見据え解放の一節を紡いだ。

 

 

 紡がれるは刀剣に刻まれし真名――――

 

 不敗を謳い光り輝く剣。

 あまねく人々の希望を集きその貌を為す。

 炬火の輝きを以って、大いなる魔を焼き祓う。

 

     ――――勝利を齎す御剣へ封じた神秘を曝け出す。

 

 

 氷刃は辺りを眩ます輝きを放ち、練り上げた膨大な魔力は掲げた一振りの聖剣に集約する。

 

 

「――――光り輝け『光の剣(クレイヴ・ソリッシュ)』」

 

 

 白光に染まる世界。

 闇夜を裂く閃光はあらゆる魔を焼き尽くす。

 うねりを打ち雪崩込む魔力然り、暗影へ伏していた魔術然り。

 太陽の化身と呼ばれる一振りは贋作の刀剣であろうとも、身に宿す威光を劣らすことはない。

 

 眩い炬火の輝きが鎮まり、光華に包まれた聖剣が真の姿を現す。

 魔術の楔より解き放たれた御剣は神々しく光り輝く。

 言霊によって黙示された神秘からは天を貫く光が立ち昇る。

 それは嘗て欧州に馳せた神話の一節――伝承として語らわれた御剣の現身であった。

 

 銀髪を靡かせる麗人は、天高く昇る光の奔流を刃と変え、衰退した魔力の波動に向け聖剣を払う。

 

「押し切れないか……ならば、もう一太刀振るわせて頂こう」

 

 拮抗する聖魔にラウルは目を細めた。

 聖剣より射出した光刃を以ってしても、魔を討ち祓うには至らない。

 秘剣が強大であろうとも、続けざまに押し寄せる怒涛の魔力を打ち破るには事欠いた。

 不足している一手を補うべく、ラウルは腰に携える鞘に手を掛けた。 

 

 その銘もまた――光の刀(グレイヴ・ソリッシュ)

 

 光輝く双手の聖剣は等しい銘を受けた業物。

 形状は違えど、打ち手は変わらず、込められた神秘もまた同様の刀剣であった。

 真名を解放した同工異曲の聖剣を携えラウルは飛刃の光芒を追う。

 

「疾っ――――!」

 

 鯉口から噴き出した霊気が暁露と為りて刃を濡らす。

 鞘から抜き放たれ外気に曝される白刃は、神秘の雫を纏いて煌々と灼熱の輝きを宿した。

 荘厳の輝きを放つ刃を神速の居合抜きを以って、聖と魔の臨界へと重ねる。

 境界を滑る刃は拮抗する魔を易々と斬り裂いてゆく。

 閃光に焼かれ、光刃に撃ち砕かれ、白刃に断ち切られた魔力の奔流は結束を失い霧散した。

 

 魔を討ち破り好敵手の下へ突き進む巨大な光の刃を隠れ蓑にする麗人。

 振るった勢いのまま刀を虚空へと仕舞った彼は、左手に携えていた長剣を投擲する。

 死を齎す灼熱の槍の如く。

 投擲された聖剣は稲妻と為りて先陣を駆ける光刃に続く。

 

 両手の聖剣を放り投げ、空手となったラウルは右腰に携えていた最後の聖剣を引き抜く。

 鞘から姿を現すは陽光放つ武骨な長剣。

 剣先を除き肉厚な刀身からは刃を廃し、剣としては特殊な構造をしている。

 重厚な造りをする持ち手に加えて、確かな重量を有したそれは剣の形をした鈍器とも言える。

 必要に応じて魔力による刃を構成できることから、造形の深さを感じさせる一振りであった。

 

 鞘から抜かれることで重量の増した長剣を両手で支えるラウルは宙で身を翻す。

 慣性に引かれる身体は、軸足を起点にして回転する。

 身体全体を使った斬り付けは重らかな風切り音を伴う一撃となる。 

 空を滑り光刃の影から肉薄を図るラウルは豪剣を十全に振るった。

 

 光焔迸る戦場で銀影の繰り出す三段構えの剣戟が女王の首級を挙げんと殺到する。

 

「荒れ狂う魔力の中を突き破るとは……正気なのですか?」

 

 三度の激突――。

 魔を焼き尽くす光刃は軽やかな身の熟しを前に避けられる。

 投擲された聖剣は魔力を纏う手刀に往なされ、敢え無く地表を貫くのであった。

 

 そして、残されたのは本命の斬撃のみ。

 暗林に響き渡った鈍い金音がその結果を物語る。

 豪剣による渾身の一撃は魔力障壁を打ち砕くに留まったのだった。

 

「それはお互い様だろ? 高々、ナイフ如きに受け止められるのだから洒落にならない。贋作の一振りとは言えども、下手な聖剣を上回る代物だぞ。刀剣の打ち手としては、涙ものの光景に他ならないな」

 

 ラウルの剣を防いだのは美麗な装飾の施された短剣であった。

 取り手に家紋が刻んである短剣は芸術品とも言える刀剣であった。

 さぞかし、名の付いた一振りであったのだろう。

 それも今や昔、豪剣を受け止めた結果、大きな罅が入り刀身は折れ曲がってしまっていた。

 短剣の破損状況を見たグレイフィアの表情が険しいのは致し方がないことだった。

 

 ただ、場違いな芸術品に渾身の一振りを受け止められたラウルとしては認め難い光景であった。

 時間を費やし己の手腕で打ち上げた真贋の一振り。

 敢えて両手の聖剣を捨てることで、デットウェイトと為りかねない豪剣を選び振るったのだ。

 飾り物のような短剣に防がれたのでは割が合わなかった。

 

 想定外の事態に面喰らう彼であったが、身体は平然として次の手に打って出る。

 膂力と剣の重量に物言わせて、展開した光の刃を強引に押し込んでゆく。

 同時に脚を差し入れ、腕を取ることで逃げられないように拘束した。

 

「聖剣を受け止めたのは見事だったが、光刃を避けたのは間違えであったな、光を避ける者(ルキフグス)

 

「なに、をっ!?」

 

 鍔ぜり合うラウルが瞳を向けるのは闇を裂く光芒。

 魔を滅する光の刃は躱されて尚も、猟犬の如く追い立てていたのだ。

 迂曲の末に背後を取った猟犬は、確実に獲物を捕らえんと無数の刃へ分散して牙を剥く。

 

 背後から迫る脅威にグレイフィアも勘付いたが逃げることできなかった。

 絡みつく蛇の束縛が退くことを許さない。

 腕を脚を組まれて動くことの出来ない哀れな悪魔を鋭い光が裁きを下す。

 

「さらばだ、最強の女王。油断大敵であったな」

 

 毒たる光を浴びて体勢を崩したグレイフィアへ痛烈な膝蹴りを見舞う。

 鋭く突き出された膝口は鳩尾を射抜き、華奢な身体を突き放す。

 嗚咽を漏らす悪魔へ向けて、蹴り上げた足を振り下ろし鋭い踏み込みと為したラウルは、煌々と神々しい輝きを放つ豪剣を掲げた。

 色の抜けた眼差しは不条理な終焉を告げる。

 音に聞こえた悪魔を滅さんと銀閃は孤を描き、慈悲無きが一撃が下された。

 

「やられる訳には……いきませんっ!」

 

 振り下ろされる凶刃を前にしてグレイフィアの戦意は衰えることはなかった。

 光に侵され儘為らない身体を動かし、闘志を燃やす瞳が映す先へと手を翳す。

 虚空に浮かぶ魔方陣から奔る一筋の光芒。

 横合いから放たれる銀の魔力が振り下ろされる豪剣を捉えた。

 

「っ!?」

 

 魔弾に剣の腹を打たれ、斬撃は脚を浅く斬り裂くことに留まる。

 必殺の一撃を躱されたラウルの顔は驚愕と焦燥に彩られた。

 振り下ろした豪剣は引き戻すことが叶わず、剣を振るった躯体も自重に引かれ満足に動くことはできない。

 死に体を晒すラウルの身体へ血に濡れた腕が差し込まれる。

 

「お嬢様の……リアスの我が儘に此処まで手を尽くしてくれる人材を失うのは余りにも口惜しい――――どうか、負けを認めてください」

 

 己の不甲斐なさを噛み締め、最悪の展開を覚悟したラウルに掛けられたのは、余りにも優しい声音であった。

 降伏を強要するのではなく、追い詰めた敵を討ち果たすでもない。

 凌ぎを削った戦場には不釣り合いな言葉だった。

 

 されど、その言葉は彼女の本心からくるものであった。

 紅の姫の恣意を押し通すために振るった力を今後とも役立ててほしい。

 行く行くは未熟な姫君を支える一人となってもらいたいと。

 打算はあるだろうが、凛とした面持ちの中で揺れる瞳が全てを物語っている。

 

 女悪魔の甘さに触れたラウルは、胸内に溜まった毒気を静かに吐き出した。

 

「リアスのために……か……」

 

 柔らかな表情を浮かべたラウルの身体は霧が晴れるが如く亡失する。

 

「姿が消えた? やはり、彼は……」

 

 断りもなく姿を暗ました麗人の影を見て、グレイフィアは眉を寄せた。

 

 下肢を滴る鮮血は間違えなく直前に負った切創から溢れるもの。

 彼の振り下ろした聖剣によって創られた傷痕であった。

 ならば、何時の間に幻術の虚影と入れ替わったのだろうか。

 確実に判ることは、未だ泥沼で喘ぐような戦いは終わりを迎えていないということであった。

 気を張り巡らせて奇襲を警戒する彼女の背後から乾いた音が鳴り響く。

 

「まさかまさか、あそこから引っ繰り返されるとは露程も思わなかったぞ。窮鼠猫を噛む――いや、窮羊鴉を落とすと言ったところかな」

 

 己の存在を主張にするが如く軽やかに手を打つ麗人は、不敵な笑みを浮かべて堂々と姿を現した。 

 

「今まで戦っていたのは分体……とでも言うのでしょうか?」

 

「過剰な期待に応えれず残念だが、途中までは私自身と剣を交えていたのだよ。復体(ドッペルゲンガー)を用意するのも構わないが、あれは手間が掛かる。その上、私の一分たりとも力が出せないのだから、手に負えたものではないな」

 

 方陣を展開したラウルは自らの虚構を作り出す。

 月明かりに照らされて艶やかな輝きを宿すのは、腰まで伸ばされた銀色の御髪。

 知性的な容貌でありながら、挑発的な表情を浮かべる姿は正に彼の現身。

 色めかしい肢体を黒地の騎士服で包んだ鏡映しの幻影を築いたのであった。

 

「故に幻術を行使させてもらったのだよ」

 

『手間を掛け造り出した復体に比べれば応用力は劣るが、片手間で展開が可能なこともあり汎用性が高い』

 

「後は術者の力量次第でどうともなるからな」

 

 片目を瞑り指を立てるラウルに、形作られた影は宛然たる声音で後に続いた。

 

 曰く、一合の会間に織り成した幻影と入れ替わったのだと。

 曰く、グレイフィアが競り勝つことができたのは、麗人の織り成した虚構であったと。

 

 瓜二つの彼らは一糸乱れることなく真実を紡いでゆく。

 貪欲に栄冠を勝ち得るため行動を起こした悪魔を欺いたのは、単なる幻術に過ぎなかったのだ。

 

「途中までと仰いましたが、貴方に手傷を負わされたのは確か。術を行使する暇などなかったはずです」

 

 惑わされていたと知らされたグレイフィアは魔性の美貌に深い皺を作り上げる。

 

「幻術程度と侮られるのは遺憾だな」

 

『真なる幻とは偽り無きもの。その性質は個々が抱いた感応でしか測れはしない』

 

「相対的な価値で測られても困るぞ。矛を交えているのは、私たち自身なのだからな」

 

 鋼鉄の瞳に射止められたラウルは首を振って見せた。

 

 幻術とはその名の通り、他者を惑わせる術である。

 仕手の意図が伝わってしまっては意味を成さない。

 例え、魔を司るものが相手であろう効力が衰えてはいけない。

 単なる幻だからこそ、扱いは難しく生み起こされる泡沫の事象は奥深いのであった。

 

 そして、折り重なった虚実は曲解の果てに真実として成り立つこととなる。

 極致に辿り着いた者によって紡がれる虚は世界すらも欺いて見せるのだ。

 見識を超えて織り成された仮初の剣が、浮き世の因果を断ち切ることすら起こりうるのであった。

 

「まあ、彼のルキフグスと魔道を競える機会など片手で数えくらいのものだろ? こちらの都合上、剣術が主体になってしまったが、私としては満足だ。初見で正確に対処するような敵と戦えたのだ、非常に有意義であったよ」

 

 秘術によって現し世に舞い降りた真影は泡雪の如く溶けて消えゆく。

 会心の笑みを浮かべたラウルが手を振るい己の影を構築していた幻術を解いたのだった。

 

「長々と無駄話をしていた所為で、終焉の足音が近づいてきたようだ。そろそろ終幕(フィーナーレ)といこう」

 

 腰に差した二振りの聖剣を鞘から抜き、臨戦体制へと移行する。

 

「聞いてもいないようなことを次々と口に出していたのは、このためですか……」

 

「見縊らないでもらいたい。この聖剣の打ち手は私だぞ。ならば、一振りで千の刃を生みだすことなど造作もあるまい」

 

 臨戦態勢に入った魔導師を見咎めるグレイフィアの瞳に映るのは眩まんほどの造形の数々。

 無数の魔方陣が夜空を蹂躙し、聖なる光を宿した星々は禍々しい煌めきを放つ。

 

「さあ、踊り狂え! 光彩奏でる金剛の狂想曲(アダマント・ラプソディー)で!!」

 

 鬨の声によって動き出す戦場。

 夜天より降り注ぐ星雨が満身創痍の悪魔へと殺到する。

 

「数が多い……このままでは――」

 

「捕らわれてしまうか? 当然であろう。魔導師の工房を断りもなく侵犯したのだ、端から結果など見えていただろう」

 

 逃げ惑うグレイフィアを追い詰めるのは光の暴威だけではなかった。

 荒れ狂う魔力を引き寄せ吸収する漆黒の靄。

 グレイフィアが放った魔力が妖蛇へと生み変えられ、逃げるために行った行為が彼女の首を絞めてゆく。

 

 そして、攻勢を強めたラウルも、最強の女王が破れる瞬間をただ指を咥えて待ってはいない。

 真名を解放した聖剣を双手に携えての音速移動。

 眩い光の中を音速で空を滑る姿は、まるで転移を繰り返しているかのように思えるだろう。

 擬似転移を繰り返す彼は狂ったようでいて、その実洗礼された優美な剣を振るう。

 愚かな鼠を追い立てるように絶え間なく光刃を放ち、時に鋭く踏み込み首級を付け狙う。

 

「――――ッ!!」

 

 身に奔る苦痛にグレイフィアは顔を歪ませた。

 白肌に刻まれた血線から光という名の毒が入り込み、徐々に体の動きは鈍くなる。

 迎撃のために魔力を放とうものなら、妖蛇を生みだす靄が立ち塞がる。

 無数の光と闇が織り成す奇想の調べは確実に逃げ場を奪っていった。

 

「しかしだ。私も随分と楽しませて頂いた。此処は一つ貴方の奮闘を称えて御礼を送ろう――受け取れ」

 

 眩い光に当てられ蠢く影法師から放たれる鎖状の黒金。

 ニヒルに笑んだ麗人が興宴を盛り上げた演者へ更なる追い打ちを繰り出す。

 

「鎖ッ!? あなたはまだこんなものをっ!」

 

 グレイフィアは影より延びる鎖によって引かれる身体を咄嗟の判断で捻り体勢を直すが、脚に絡みついた呪縛によって膝を深く折る。

 ラウルが繰り出した黒鎖に込められていたのは、負荷を倍加する白魔の毒。

 捕らわれた罪人は星の楔に縛られ、満足に力を振るうことすら叶わない。

 足掻けば足掻くほどに力を失い、やがては死に至る。

 大軍勢を苦しめた凍土の将星の如き凶悪な魔装具であった。

 

「当然だ。聖剣も幻術も魔装具も、力の一つでしかないのだから、な!」

 

 うねりを打つ黒鎖は一本、また一本と次々と悪魔の姿態を彩り堅牢な枷となる。

 星明りを背にする狩人は不恰好に逃げ回る獲物の足をも殺しに掛かっていた。

 

「お嬢様を連れ戻す……それまでは……っ!」

 

 銀髪の悪魔が抱く不屈の意志を反映する魔の波動。

 対するグレイフィアも魔力を解放して、麗人の束縛から逃れようとした。

 

「……残念ながら、それは悪手だな」

 

 烈風に浚われる銀髪を抑えるラウルは、冷めた眼を爆心地へ向けていた。

 

 溢れんほどの魔力を下に起こった爆発は鎖を千切るが、凶悪な魔装具の前では徒労に終わる。

 毀れた円環は瞬く間に再生し新たなる連環を築く。

 却って数を増やした黒鎖がグレイフィアを雁字搦めに縛りあげた。

 

「私が扱うものが一筋縄なわけがあるまい。精々、重科の海で足掻き苦しみ続けるといい」

 

 最強の女王へ手向けた魔装具は破壊を前提として成り立っているもの。

 数多ある選択肢の中から麗人が選び抜いた拘束具なのだ。

 標的とされた彼女が魔道の呪縛から逃れる術などありはしなかった。

 

「っ……くっ……っっ……ァァァアッ!!」

 

 連環という名の蜘蛛の糸に囚われ負の連鎖に陥る姿は滑稽極まりない。

 必死にもがき苦しむ様子にかつての威勢はなく哀れみすら誘う。

 

「……せめてもの情けだ――安らかに眠れ」

 

 自身の掌で踊るグレイフィアへの手向けとばかりに止めの一撃を見舞う。

 

 差し向けられたのは霊肉を貪らんと地を這い犇めき合う妖蛇の一団。

 我先にと欲望のまま群がる姿は身の毛をよだたせる。

 世紀末を思い起こさせる蛇の行軍はおぞましいの一言に尽きた。

 

「サーゼクス……旦那さま…………申し訳、ありません――――」

 

 最強の女王も凄まじい勢いで押し寄せる墨黒の大波に一溜りもなかった。

 妖蛇の築く人型の蜷局。

 威光を背負った悪魔の姿は群がる蛇身の影に埋没してゆくのであった。

 

「呆気ないものだ。殲滅女王と言えども、退魔霊装の前では形無しか……」

 

 期待を裏切る面白味のない幕切れにラウルは深く息を吐く。

 

「相変わらず、御先祖様の創った魔装具は恐ろしいの一言に尽きるな――――――そうは思わないか、マリナ?」

 

 横たわる大樹に腰を下ろした彼は同意を求めるかのように背後に広がる暗闇へ言葉を投げ掛けた。

 

【黄金の息吹よ、栄光の道標と為れ】

 

 薄らとした唇から紡がれた魔の旋律。

 木の葉を巻き上げ、金色の旋風が一帯に吹き荒れる。

 吹き抜けた黄金の風はグレイフィアを取り巻く妖蛇たちを蹴散らす。

 

「全く貴男は困った人です。彼女とは交渉をするのではなかったのですか?」

 

 魔術を紡いだ抑揚のない冷徹な声音が耳を打つ。

 暗がりで赫々と光を放つ赤目は、不用意な麗人の行動を見咎めるのであった。

 

 




 という訳でラウル君の大逆転劇で幕を閉じました。

 最強の女王が破れるわけがない! と言う苦情は受け入れないつもりですので悪しからず。
 結社の目的を考えると勝利必須だったりしましたので。
 彼女には尊い犠牲(死亡はしておりません)となったということで此処は一つ。

 強いて言うなら、私が考えるグレイフィアの敗因は二つ。

 一つ目は芸達者なラウル君の力量を見誤ったこと。
 剣術に聖剣、魔術に幻術、挙句の果てに人工z――魔装具まで、一級品を取り揃えているラウル君。
 彼に戦いの流れを支配され、彼の思うが儘に踊ったのがそもそもの間違えだった。

 二つ目は強者ゆえの驕り。
 自身と張り合う強者との凌ぎ合いが少ないと思われる魔王妻。
 内戦からの時間が経過しており、腕はともかく勘が鈍っているのではないかと言う点です。
 またお互い手合せの認識は持っていたが、ラウル君は人外に挑む挑戦者であったことも一因。
 彼女が強いが故に敗れたと言うところでしょうか。


 ちなみにラウル君の魔装具ですが、後付け設定でブリテンの十三の宝がモデルとなっています。
 (後付け設定なので、ご都合設定となっているものも多くあります)

 既出の物は最後に一覧として公開します。
 多少のネタバレが大丈夫な方はご覧ください。
 もっとも、ラウル君は魔装具を道具の如く使用するので、読んで頂けると面白味が増すかもしれません。


 濃い戦闘話を展開しましたので、次回は繋ぎ話。
 戦後の処理をしたいかと思います。
 故に皆さん大好き焼き鳥殿の登場は次々回となります。









【ネタバレ注意】

 【罪人の重枷(ノース・クライム)

 参照・クリドゥノ=アイディンの絞首縄

 ラウル君謹製の鎖型の魔装具。
 革命皇帝や鍵十字を追い返した北の守護者を想い起させる凶悪な魔装具。
 発現は所有者の影から力量に応じて無数に撃つことが可能である。
 効果は鎖一つで負荷(主に力学的や魔力の)を倍加させる。
 連環が壊されれば即座に再生し、巻き付いた場所を中心にその数を二倍に増やすと言う壊れ性能。
 一度囚われれば、どんな力を使おうとも逃れられない白魔の毒。
 呪術に値する為、正当に解除すれば問題ないが、少しでも力技を使うと数が増えるうえに一からやり直しである。
 (魔王ベルゼブブほどの腕があれば、解呪は可能である)
 影からの射出速度は驚くほど速いものではないので避けるのが無難である。
 一般的には魔眼の生む枷(グラヴィティ・ジェイル)の亜種と認識されるために尚更厄介と言われる。

 某赤龍帝の籠手との繋がりを疑われるが、ラウル君だけの秘密である。


造星工房(ジェネシス・ステラシオン)

 参照・ティドクル=ティドグリドの砥石

 製作者●●●●●

 世界に二つしかない貴重な魔装具。
 制作に数百年掛かるとされている。
 込められた神秘は創世の御業であるが、実は出力不足。
 ある程度の創造は可能だが、創生は不可能とされる。
 反面、魔力さえ持てばオリハルコンやヒイロアカネといった伝説の金属や暗黒物質まで造り出すことが可能である。
 もっとも、ラウル君が扱う場合は、本来の使い方とは異なる物の加工に用いたり、工房を展開することで強固な結界を張ったりするなど意外と万能魔装具である。

 創世の名が付けられたのは、数百年掛けた製作者の見栄と実しやかに囁かれる。


幻霧の妖光(???)

 参照・パタルン=レドコの外套

 製作者●●●●●

 第一章から用いられ描写の一つすらなく、名前すら未定の可哀想な魔装具。  
 初出は一話と二話の間に於ける無描写のシーンである。
 効果は自動で幻術の補正をする程度の物に成り下がっているのが現状だったりする。

 また、上記の魔装具と製作者が同じためとんでもない名が付くかもしれない。


道化の仮面(バル・マスケ)隠者の十字秘(アポステイト・ディヴォーション)

 参照・透明のマント

 円卓の黒騎士やラウル君の所属する魔術結社にて配布される汎用魔装具。
 身分や信仰を隠すなど千年もの間、結社の存在を悟らせなかった立役者である。
 初出は一章八話の片割れの仮面・一章十五話のロザリオ








  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。