記録上では一か月ぶりの更新となるリヒトクロイツです。
と言いますのも、一月末に前話の加筆を行った経緯があるからです。
このサイトのシステム上記録は残っておりませんが。
それでも、三週間の更新になってしまいました。
お許しを。
予定外なことは色々とありました本編再開です。
それでは、どうぞ――。
なお、前話加筆分を未読の方は、これまでの粗筋も付けてますので其方からお読みください。
「む……うむ。少しばかり興が過ぎたか……」
春先の肌寒い冷気が纏わり付く園庭の一角。
満開に花開く青薔薇の花冠を前に銀髪の麗人は力無く頭をもたげた。
昨夜の騒動から一夜明けて、日課のために訪れた薔薇の園は様変わりしていた。
あちらこちらで蕾は顔を出し、鮮やかに彩られた垣根が彼を出迎える。
しかしながら、好き放題に咲き誇る花々は庭園の主を満足させることはない。
「全く……この様ではルチアのことを悪くは言えないな」
庭園に起こった異変の原因は言わずと知れた昨夜の戦い。
殲滅女王に龍王様と大物たち二人に加えて、腹心である名家の魔術師まで。
強敵を相手取った三連戦が原因で間違えないだろう。
異空間に強固な結界を展開して、被害を押し留めようとしたラウルであったが力及ばず。
戦いの爪痕は地脈に少なくない影響を与えたのであった。
蚊帳の外であったはずの庭園の草花も地脈に生じた微弱な揺らぎを捉えてしまう。
この地を流れる霊脈からほどよい刺激を受け取った蕾は急激な開花を迎える。
結果として、不恰好な大輪が咲き乱れたという訳だ。
「私もまだまだということかな。目先の益に心奪われ、周囲の警戒を怠ってしまうとは、な?」
両手でそっと花形の崩れた一輪を摘み取るラウルは、気配を殺して背後に立つ人物へ背中越しに声を掛ける。
「貴方もそう思わないか――――――
差し込む朝日が精悍な輪郭を映し出し、結い髪は硬質の輝きを放つ。
庭園の手入れに励むラウルの背後へ悠然と佇んでいたのは、死闘の末に討ち果たした筈の女王であった。
* * *
時は昨夜の一戦まで遡る。
最強の女王を打ち倒した銀髪の麗人。
先の戦いの被害を受けた樹の幹に腰を据えるラウルは、後を追ってきたマリナと向き合っていた。
「交渉もなにも、こう熱り立てられては出来まい。茹で上がった頭を冷やす必要があったのでな。一度、果ててもらった次第だよ」
赫々とした瞳で見下ろす参謀の厳しい言及に、ラウルは落胆した様子で肩を竦める。
背後を取り交渉の場を設けようとした彼の手を振り払ったのは間違えなくグレイフィアの意思によるもの。
許可もなく私有地を荒らした不届き者に対して、降伏勧告があっただけでも真面な対応であった筈だ。
「そうですか……」
事の詳細を伝えたが芳しい反応が得られることはない。
迎撃に出た際の対応が彼女の眼鏡に適っていなかったのであろう。
厳しく、ひたすら厳しいマリナの裁定にラウルは苦笑を漏らした。
「異論は多々あるだろうが、私の選んだ最善の策には違いな――っ!?」
――空が落ちる。
言葉数の少ないマリナの様子を不審に思い顔を上げた先。
宙を仰いだラウルの視界を埋め尽くしたのは黄金の輝きであった。
砂状の黄金を惜しげもなく用いて日輪の威光を宿した不滅の権現が渦巻く。
頬を引き攣らせ、息を呑む彼を厳格な裁定者は静観することはない。
逃げる間もなく腰を掛ける倒木諸共、大気を劈く金色の奔流が呑み込んだ。
「言いたいことはそれだけですか?」
光が収まり再び静けさを取り戻した山林に響く声音。
煮え滾らんほどの憤りを孕む寒声が大気を震わせた。
「待て! 一仕事を終えた私に、この扱いはあんまりではないか!?」
黄金の鉄槌の直撃を受けて蹲る麗人は、侵入者を撃退した功労者への手打ちに声を上げた。
「敵対していたとは言え、手酷く甚振った上に婦女子の衣服を奪い去る……挙句の果てには無防備な姿を視辱するような烙印者には当然の報いです!!」
軽蔑の眼差しを向けるマリナは抗議の声を容赦なく断ち切る。
過程がどうであれ侵入者の迎撃へ向かったラウルの目の前には、一糸纏うことなき女王の姿態が横たわっているのだ。
一人の女性として、下劣な仕打ちを誇る悪漢へ掛ける情けなどありはしなかった。
「ご、誤解もいいところだ! 私とて無意味に非道の行いをしたかったわけではない!」
髪を靡かせその場を飛び退いたラウルは、追撃として放たれた金色の風鞭を躱す。
徳義に背いたと自覚のある彼とて、弁解の余地もなく無抵抗のまま屈する訳にはいかなかった。
「ええい、この薄らトンカチが! 武器も魔力も衣服さえも剥ぎ取り、徹底して抗うの手段を奪うのが戦場での常套だろ!」
言葉では埒が明かないと判断したラウルは実力行使に出た。
方陣もなく紡がれる不可視の魔術。
即興で織り成した風を操り、吹き荒れる黄金の風を迎撃する。
「それでも節度というものは存在します。貴男はその判断が甘い」
マリナの袖口から零れ落ちる砂金を浚い黄金の風は密度を増す。
逆巻く金色の旋風は彼女の胸内に灯る静かな怒りを具現しているかのようであった。
「この分からずらめっ! だから、遊び心も分からない堅物と揶揄されるのだ」
「大人しく平伏しなさい。ラウルの癖に生意気です」
「……話し合おうか。どうやら、貴方の偏見を正す必要がありそうだ」
空の覇権を巡る魔の風と黄金の息吹。
荒々しく波打つ気流は光華を喰らわんと獰猛な唸りを上げる。
眩ますほどの光彩を放つ大気は、砂金を核として造形を築く。
逆風を余ることなく呑み込み、お互いの領域を侵食し合い、両者の手繰る濃密な猛威は劈くほどの風音を刻み鎬を削る。
「あくまでも私の行動を認めないと言うのだな?」
「ええ。今日こそは貴男の常識違いな行動に釘を刺させて頂きます」
「そうか…………ならばっ!」
停滞する戦況を崩すべくラウルは打って出る。
周囲の空気を制御して莫大な風量を持つ乱気流を練り上げる。
理不尽に虐げられた鬱憤が込められた風撃は、圧縮によって生じた爆炎を伴い放たれる。
「私の激情を受け取れ、マリナッ!!」
炎熱が吹き荒れ、暗林を紅蓮に染める中。
大地を削る不可視の烈風が金色の城を突き崩し、結束を失った砂金が闇夜を彩った。
「その程度の想いでは私に届きませんよ」
城を崩されようとも黄金は不滅――――。
使い手が念じることで周囲の大気を取り込み、再び息吹を上げる。
再構成された金色の風は、術者の剣となり盾としていつまでも輝き続ける。
「身持ちが堅いな。
「まさか。私に可憐さを求めるのですか、貴男は?」
争いの発端となった悪魔の女性を引き合いに出しての最大の皮肉。
その返答として向けられた嘲りにラウルは顔を顰めた。
「……気の迷いだ。愛嬌の一つも振り撒けない貴方に期待すべきではなかったな」
嘆息を漏らす彼の周りに降り積もった砂金が静かに蠢く。
大地を這う砂金は壌土を糧にして草花の造形を築き上げる。
砂金を核として次々と息吹を受けてゆく若芽。
天然の土壌を養分とする黄金の侵食は凄まじく。
瞬く間に暗林の一面は蕾を付けた造花に埋め尽くされた。
そして、芽吹いた蕾は仕手の意図を汲み取るが如く峻烈な色付きを見せる。
蕾は花開き、大地の結晶たる花弁は鋭利な切り刃となる。
矢継ぎ早に大輪を咲かす造花は数え切ることは叶わない。
鋭利な花弁を広げて茨の檻を形成し、金色の刃が毒を吐いた麗人へと牙を剥いた。
「許せ、今のは失言だった」
咲き乱れる日輪の造花に、ラウルは気流を操り風の衣を纏うことで対処する。
周囲を巡る気体を取り込み外部へ、自らの支配する領域を押し広げることで、迫りくる黄金の脅威を難なく防いで見せた。
「謝罪の言葉は結構です。貴男に土の味を知って頂ければ満足ですので」
「それは断らせてもらおうか……私は負けることが許されないのでな!」
散っては築き、築いては打ち壊される黄金の煌めき。
星空の下で織り成される魔術の協演は、罵り合いこそなければ見惚れるほどに幻想的であった。
* * *
「あはは……ラウとマリーがやり合ってる」
先行した魔術師に追いついた少女たちは舞い散る黄金の華に目を奪われる。
されど、彼らが争っているとは夢にも思うことはなく。
蒼銀の御髪を垂れる少女は乾いた笑い声を上げ、目を見開く悪魔の令嬢は状況が分からず混乱の窮みにいた。
「……止めなくて、いいの?」
「まあ、いつものことだからね。余計な手を出して大火傷を負いたくないのが本音かな」
呆然と紡がれたリアスの言葉にルチアは首を振った。
彼らの争いごとに下手な手出しは無用。
魔術を行使している間に割って入るなど、火を見るよりも明らかであった
「それよりもクレイファさん……だっけ? 温かな季節になってきたとはいえ、夜風に晒し続けるのはよくないと思うんだ」
魔術を盛大に用いて私闘を繰り広げる彼らから目を逸らしたルチアは、戦場の端で無防備に身を晒す悪魔の女性へと視線を移す。
「――っ! グレイフィアっ!?」
「あ……グレイフィアだったんだ」
ルチアの指摘によって、自身を迎えにきた使用人が地に伏せていることに気付かされたリアス。
打ち捨てられた惨状を視界に収めた彼女は血相を変えてグレイフィアに駆け寄った。
「ラウもむごたらしことをするよね。もっと手際よく動きを封じることぐらいできるのに」
全身から流れ出る血潮によって変色した土壌。
青白く色を失った肌に刻まれる無数の傷痕。
腹部や腕部には打撲痕と思われる青痣も見受けられた。
無残にも打ち捨てられた姿を見れば同情の一つも抱きたくなるのが人情だ。
その対象が幽居に押し入った侵入者だとしても然り。
ただ、ラウルの内情を知っているが故に、彼の意思を無下にする訳にもいかない。
分厚い心の壁を一つでも超えれば、必要以上に親身となるお人好しのことだ。
侵入者の撃退という大義以上に、紅髪の姫君の願いを聞き届けようと行動を起こしたことも窺えた。
また、ルチアの考えが及ぶところではないが、政治的要素もあったことが否めない。
故郷を管理下に置く悪魔たちに対する牽制と巣食うことを決めた魔術師の存在誇示。
冥界最強の女王を手酷く打ち倒したことで達成されたと考えるべきだろう。
彼女が一番納得がいく理由としては、ただ単に手合せをして見たかったのでは、と邪推もしていたりもするのだが。
そんな複雑に絡まった事情を鑑みて額を抑える少女の呟きは、鬩ぎ合う大気の悲鳴に掻き消されるのだった。
「グレイフィア……こんなにもなって、あなたは……」
打ち捨てられた女王の下へ辿り着いたリアスは、目尻に涙を溜めて後悔の念を滲ませた。
「リアスさん、良かったらこれを使って」
「ええ……ありがとう」
壊れ物を扱うかのように大切に抱いて肩を震わせる悪魔令嬢に、ルチアは女性の身体を隠すようにと虚空から取り出したシーツを手渡した。
「ねぇ……ルチアさん。グレイフィアをこんなにしたのは、やっぱりラウルよね……」
「そう、だね。この容赦ないやり方は間違えなくラウの仕業だね」
まるで甚振るかのように四肢へ重点的に刻まれた切創。
その傷痕に魔術を掛けて治療をしていくルチアは麗人の仕業であると断定する。
「グレイフィアさんを傷物にしたのはラウだけど……できればラウのこと怒らないであげてほしいかな?」
最強の名を貶めんとばかりに行われた暴挙の爪痕。
しかし、グレイフィアへの報復は必要悪とも言えた。
元々、ラウルが迎撃に出る羽目となったのは彼女の不当な行いが原因だ。
暴挙には暴挙を――。
所詮、ラウルの行動は血を血で洗う、従来の掟に沿っただけなのだ。
もしも、グレイフィアが幽居の玄関口たる別邸へ菓子折りを携えて現れたのなら、それ相応の対応で出迎えていたであろう。
「なんでよっ!? グレイフィアを傷付けないでって、私はちゃんと言ったのにっ!!」
リアスは納得することなく理不尽な主張を押し通すが、ラウルもルチアも誰一人として傷付けないことに同意した覚えはない。
妥協案としてグレイフィアを生かすことを認め、機会があればリアスに交渉の機会を設けると取り付けただけに過ぎない。
最悪の展開としては、妥協自体を白紙に戻して殺めることも麗人の頭の中にはあったはずだ。
擦れ違いの経緯があろうとも、ルチアは身勝手な糾弾を正面から受け止め、必至に喚き声を上げる少女へ油を注ぐような真似をしなかった。
「傷付けないのは無理があったと思うよ。グレイフィアさんは力尽くでリアスさんを取り戻しにきたんでしょ?」
「でもっ!!」
「グレイフィアさんの実力は、身内であるリアスさんがよく知っているんじゃないのかな?」
殲滅女王は冥界最強と謳われる女悪魔。
例え、百芸に通じた麗人であろうとも、力を振るう彼女を無傷で捕らえることなど不可能に近いだろう。
ルチアの知り得る噂と
認識の差異を利用して事実を摩り替え、覆しようのない正論を掲げることで、昂った感情を真っ向から静めに掛かったのだ。
感情的に言葉をぶつけるルチアだからこそ、抑えが利かない時に正論を向けられる弱さを理解していた。
「ラウも頑張ったんだと思うよ。あんまり大きな傷も見られないし」
リアスが俯いたことを確認したルチアは、治療中のグレイフィアへと視線を向ける。
血を血で洗う血戦を行ったにしては致命的な傷は見受けられない。
太腿を真っ赤に染める血糊が気になるところだが、ルチアが治療を始めた時には既に傷痕は存在していなかった。
致命傷が見当たらない以上、渦中の麗人が成したのは最小限の損害での対象の生け捕りである。
殲滅女王相手に見事な戦果であると手放しに賞賛すべきものがあった。
「傷付いた女の子を放って置くのは減点だけどね」
ただし、小さな切り傷とは言え、それが全身に刻まれているのならば話は別である。
悪魔にとって毒である聖剣によって作られた傷口は、強靭な生命力を以ってしても容易に閉じるものではない。
即急に治療を行わなければ死に至る可能性も否定できなかったのだ。
「リアスさん……ラウの口癖を知ってる?」
「……分かんないわよ」
一通りの治療を終えたルチアは、俯いたまま肩を震わせるリアスへ問い掛ける。
「『力が足りない』って……あれだけ色々できるのに力がないって、嘆いているんだよ」
財力、影響力に政治力――。
非力な麗人が切望する力とは何も武力だけではない。
心血を注ぎ打ち上げた剣を売り払い、巨万の富を築けども積年の長には届かず。
どれだけ武芸を究め、術を巧みに操ろうとも、未熟者だと蔑ろにされるばかり。
身に余る悲劇を乗り越え、天の名を冠せども所詮は飾りでしかなかった。
加えて、ラウルの権力はほとんどが結社の中でしか拘束力がないもの。
秘匿性の高い組織故に外部への抑制はほぼ皆無であった。
自身の願望に手が届かぬ故に、麗人はその身を焦がし続ける。
望むだけの力があれば、先日の騒動も未然に防げたであろう。
今回の惨劇も悪魔たちを抑えるだけ力があれば起こり得なかった筈だ。
「この国では若い内の苦労は買えって言うらしいけど、ラウが背負うのは苦厄だからね……」
苦難と災い――。
幼き頃より厄災に見舞われ、ラウルは苦汁を嘗めさせられてきた過去を持つ。
たった十六年の歳月で一度や二度ではなく、禍因に繋がれているのではないかと思われるほど幾度も関わり、悲劇を真直で体感してきたのだ。
特異な環境にいつしか、自身の成し得なければならないことだと、好き好んで背負い込むようになってしまう。
厄災を祓うため貪欲に力を追い求め、しかしそれでは足らず嘆き声を上げ、また力を追い求める。
救いようのない悪循環に陥った後ろ姿は余りにも危い。
連れ立っていたルチアも何度も涙を呑んだものだ。
しかし、儚い彼の生き様から滲み出る魔性の魅力が、人を惹きつけて止まないのも事実であった。
「だからって……グレイフィアへの蛮行を許せって……言うの……?」
ラウルが何を背負っていようとリアスには関係なかった。
忿懣に曇った瞳は鋭く世迷い事を並べ立てるルチアを突き刺す。
「違うよ。ラウが間違ったことをしたなら、どんどん叱って。言葉だけじゃ伝わらないなら、手を上げてもいいから。……でも、感情の赴くままにぶつけないでほしいってこと」
「そんなの……都合が良過ぎるわよ……」
愚直にまで真っ直ぐルチアは真摯に訴え掛ける。
虚勢を張り平然を装う麗人を不用意に傷付けないでほしいと。
少女の無垢なる願いに堪え切ることができずリアスは目を逸らした。
「まあ、リアスさんの言う通りだね。図々しいけど、これがわたしのお願い!」
ルチアは両手を打ち合わると勢い任せに頼み込む。
「特に今回は、リアスさんの為に剣を取ったんだから、ちょっとぐらいは褒めないとラウが傷付いちゃうから、ね?」
同時に片目を開け小さく首を傾けるお茶目な仕草からは麗人の影が見え隠れする。
卵が先か鶏が先なのか、どちらが影響を受けたのかは定かではないのだが。
「はぁ……あなたはラウルを甘やかし過ぎじゃないかしら?」
上目使いに様子をうかがう姿にリアスは嘆息を漏らした。
義兄妹共々の道化ぶりを見せ付けられた気分となり、胸内に渦巻く怒りは空回りする。
思い掛けない過剰保護ぶりに怒りを通り越し呆れ返ってしまったのだった。
「みんながみんな、マリーみたいに鞭を振るっていたら、ラウは今ごろ傷だらけだよ」
「……想像しづらいけれど、確かにそうなるわね」
既に行動を起こしているマリナに加え、慈愛の大切さを語るルチア、哨戒に出た黒子に不満を口にしていたティアマット、挙句の果てには温厚そうな魔女っ娘まで。
親しい女性全員から鞭を受けたのなら堪ったものではないだろう。
哀れな情景を思い起こさせる魔術師の手綱を取る為の飴。
これからも付き合いのあるリアスにも一考する価値はある。
むしろ、殲滅女王を打ち倒した実力者を放置する手はない。
精神的負担を無視すれば眷属に迎えたいと思ったほどの逸材だ。
駒の消費もなく優秀な人材を確保できる利点に思い悩むのだった。
情念の悪魔が揺らぐ気配を見せたことを悟ったルチアは、ここぞとばかりに本音をぶちまける。
「それに弟を甘やかせるのはお姉ちゃんの役目なのです!」
――ルチアの背後で黄金が炸裂する。
舞い落ちる金の砂による演出は、堂々と胸を張る少女の発言を際立たせる。
意図してのことであれば、教育を受けている麗人には相当の余裕があるのであろう。
「あら? 小猫……わたしの眷属からの報告だと、あなたが妹さんだったはずだけど……」
末恐ろしい現実から目を背けたリアスは小首を傾げることになる。
ルチアの口から漏れ出した空言。
小猫からの口伝に加え、彼女の戸籍からラウルの義妹であることが判明しているのだ。
過剰な演出を受けて言い切った手前、ただの嘘ではないだろうが、リアスの気を引くのには充分な発言であった。
「う…………」
「う……?」
リアスの追及を受けた騎士は身体を小刻みに揺り動かす。
まるで鬱憤を溜め込んだ火山のように、静かに――そして、溜め込んだ激情は怒涛の勢いで噴出する。
「裏切ったね!? 白にゃん!!!!」
それは最大の屈辱――拭うの出来ない一生の汚点であり、白き獣の背信行為であった。
「……白にゃん?」
「白い猫又だから白にゃん! ……じゃなくて!? わたしはラウのお姉さんだからねっ!?」
目を見開いたルチアは感情の起伏を隠すことなく言葉を吐き出す。
小猫は白い猫又であるから、白にゃんという愛称で呼んでいるのだと。
出生が先なのだから、ラウルの姉で間違えないと。
地雷を踏み抜いたリアスに余すことなく真相を突き付ける。
「大体!! ユウのお姉ちゃんが、同級生のラウより年下なわけないでしょ!」
ルチアが佑斗の姉であることは周知の事実。
本来の出生が不明とは言え、教会の施設でともに育った期間は誤魔化すことができない。
必然とラウルよりも年上となり、本来ならば彼女が姉であることに疑いようもなかった。
「言われてみればそうね。ラウルが妙に落ち着いているから、妹さんだと思い込んでしまったわ。ごめんなさいね」
「リアスさん謝る気ないよねっ!? その言い方!?」
「ラウルのことを不問にするんだから、これぐらいは許してちょうだい」
禁じ手を使われてルチアの勢いは失速する。
ラウルへの配慮を申し出したのは彼女自身である手前、当て言を受け入れざる負えない。
しかしながら、リアスにからかわれるのは面白くない。
自称姉である義務と許し難い感情が鬩ぎ合った結果、ルチアは言葉を詰まらすことになる。
「うぐっ!? ラウの非道を許してくれるのはありがたいけど……………………やっぱり、それとこれとは関係ないよねっ!?」
「さあ、どうかしら? ルチアさんが我慢できないとわたしも我慢しないかもしれないわよ?」
「うぅぅ……リアスさんがラウみたいにイジワルだっ!!」
堪えきれずに忍び笑いを漏らす悪魔の令嬢。
頬を膨らます少女の姿を見て、沸き立つように熱くリアスの胸中で燻っていた下火は、いつの間にか鎮火したのであった。
* * *
ルチアの説得が一応の功を奏した頃――。
二人の魔術師によって織り成される緊迫した情勢も大きな変化を迎えていた。
「……平行線ですね、良いでしょう。腕が鈍っていないか、直々に見極めてあげましょう」
闘争による決着を提案をするマリナは、自らの街頭に手を掛け肩口の留め具を外した。
黒地の袖が闇へと滑り落ち、衆目に曝される白鞘。
眉間に皺を寄せるラウルの反応を余所に、爪先から二の腕の付け根まで厳重に巻かれた包帯を紐解く。
「――――――――――!?」
――唯、一本の腕。
封印の解かれた魔術師の右腕から発せられる重圧にリアスは身体を震わせた。
魔を司る代表格である冥界悪魔。
その公爵家の次期当主の感覚にすら影響を与える異常なもの。
右腕から漏れ出す異常な魔力は悪魔で言うところの最上級に値するかもしれなかった。
「……ルチアさんを疑うわけじゃないけど、彼らを放っておいて本当に大丈夫なの?」
加えて、厳重に巻かれていた封印具であることは容易に想像が付いた。
存在するだけで畏怖を抱かせるほどの魔を宿した腕を封印する代物だ。
扱え切れないために封印が施されていたのか、はたまた強力な切り札を隠蔽する為の工作であったのか。
どちらにしろ危険な代物が抜き放たれたことにリアスは不安を隠せなかった。
「興奮しすぎかな。普段のラウなら断るところだけど……」
リアスの懸念も尤もであった。
表面上は澄まし顔を作れど、明らかに熱気の帯びた魔術師同士の戦い。
最強の女王を破りて尚も底知れない魔術師と最上級悪魔にも匹敵するオーラを纏う謎の右腕を持った魔術師が激突するのだ。
仮に本人たちが無事であれど巻き込まれるのは目に見えていた。
従者を抱いたまま動く様子のないリアスと険しい顔付きで戦況を見据えるルチアの見出した未来図。
奇しくも彼女たちの懸念は的中することになる。
「乗った。貴方と私、どちらが正しいのか白黒付けようではないか!」
封印を解いたマリナに相対するラウルは動じることなく虚空から抜いた新たなる魔剣を双手に携える。
足元からは揺れる影法師から黒鎖を出現させ、周囲は霧と星の魔装具を展開して油断なく受けて立った。
積もり積もった日頃の恨むも込めて、雌雄を決するべく銀と黒の双子糸は対峙した。
「ストップ! 二人とも、一旦中断だよ!」
闇夜を裂く甲高い声が制止の号音を響かせる。
ルチアは果敢に一触即発の空気の中へ飛び込み、射殺さんばかりの視線を一身に受け止めた。
「下がっていろ、ルチア。これは私達の問題だ」
「射線上に立たないで下さい。貴女のような未熟者が巻き込まれれば火傷では済みませんよ」
真っ直ぐと邪魔者越しに向ける視線を外すことのない彼らは制止の声を一蹴する。
「もう、お客さんの前で熱くなりすぎだよ。リアスさんだって驚いているじゃない!」
「え、ええ……本当に色んな意味でね」
蒼銀の尾髪を大きく揺らして感情を顕わにするルチア。
気丈に胸を張る様子を見て、言葉の出しに使われたリアスも息を吐く。
義姉という金字塔が崩されたことに始まり、小手調べであるにも拘らず高度な魔術戦や龍虎の間へ身を躍らせた少女の胆力も含めて驚きの連続であった。
「あなたたちのことを知ることができたのは収穫と受け取るべきかしら?」
困り顔から一転、リアスは小悪魔な笑みを浮かべる。
常識というものを打ち崩された彼女はもはや諦めの境地に達していた。
達していたリアスであったが、微塵に砕かれた理性は反って建設的な答えに辿り着く。
感覚を麻痺させて耳を塞ぐよりも、むしろ目の前で繰り広げられる非常識を受け入れようとしていた。
「んんっ! これは失礼しました。主が躾不足で申し訳ありません」
「何でも私の所為にすれば良いと言うものではない。舞踏の誘いを断らなかった私も悪いのだがな」
客人が来ていることを思い出した彼らは、お互いの顔を見合わせバツの悪い顔をして目を伏せる。
ラウルは魔剣を鞘へ納め腰に差した聖剣ごと虚空へと仕舞い、マリナは右腕に霊布をしっかりと巻き直す。
勇気ある少女の行動は悪魔の協力を得て、魔術師たちの矛を収めさせることに成功したのであった。
「物騒なものまで持ち出した割にはあっさりとしているわね」
「喧嘩するほど仲が良いっていうからね」
ラウルと対峙した彼女の右腕に宿る物は何だったのか。
リアスの疑念をあっさりと流したルチアは、グレイフィアを両手で抱き上げると目的の人物に近づいた。
「はい、ラウ。ラウはグレイフィアさんを屋敷まで運んで」
「いや……あのな……はい、って差し出されても、な?」
純白の布地に包まれたグレイフィアを差し出されたラウルは、彼女を支えるルチアの顔を見て目を白黒させる。
「ラウが仕出かしたんだから、ラウが最後まで責任取らなきゃ」
「ルチアの言う通りだが……私以外に適任はいないが、私では問題があるのだが……」
後に引けない状況を作り出したのが自身が故にラウルは頭を悩ませる。
白布のベールで覆われているとは言え、無防備な婦女子を抱くのは如何なものか。
増してや、抱くことになる対象は、天下に名立たる魔王の細君である。
些細なことで下手を打ち、関係を拗らせるのは拙いものがあった。
倫理の狭間で思考を巡らせる彼は、ほどなくして深く息を吐くと一つの決意を固めた。
「仕方あるまいか。布越しで残念だが、白玉の感触でも楽しませてもらうかな?」
「ラウッッ!!」
軽はずみな発言を聞き咎めたルチアは、八重歯を剥き出しにして威嚇する。
余りにも不適切な発言に背後からも非難の視線が集中する。
おどけることで場を和ませようとする魂胆であったが、自ら針の筵へ身を投じる結果に終わったのであった。
「グレイフィアさんに嫌らしいことをしようとしたら、わたしもマリナの方に回るからね!」
苛烈な啖呵を切った騎士を前に、道化の演者はぐうの音を上げることすらも許されなかった。
遣り口が気に食わなかったマリナさんが大暴れしてしまいました今回。
取り敢えずラウル君に合掌です。
それにしても事後処理のはずが何故か戦闘回に……むむむ。
毎回の如く先延ばししてしまい申し訳ない限りです。
次回こそは事後処理を。
ライザーは次々回に持ち越しとなります。
さて、恒例のプチ説明コーナーに入りたいと思います。
題名は後書き執筆中に思い付いたので悪しからず。
マリナさんが戦闘にて扱った砂金の魔術について。
使用するのは純正の砂金。
銀や他金属は含まれず、莫大な魔力を注ぎ込むことで鋼鉄並みの強度を付与されています。
ラウル君の懐事情が垣間見える一幕です。
使い方は簡単、念じるだけで自由自在に形成します。
魔力を通した念動力です、故に回収も思いのまま。
性質はどちらかと言うと魔術よりも、悪魔たちが扱う魔力と言った感じでしょうか。
魔力もイメージで形を成すそうですから。
そして、有り余る砂金に込められた概念は不滅。
如何なる事象からも浸食を受けることなく輝き続けます。
属性は火と土、加えて風の魔術と併用されていたので、必然と風の属性も付与されます。
特に火については、黄金が太陽の象徴とされるため光の概念が入り込む。
砂金の魔術は悪魔の天敵とも言える仕様となっている。
無防備なまま金色の奔流に呑まれそうになったグレイフィアは色々と危険な状況にいたことが窺えます。
ちなみに次回にて、マリナさんの苗字を公開します。
ヒントは●●●●●●●と七文字の苗字です。
これが彼女たち一族の代名詞となっております。
祖先の名前の方が一般的には有名ですが。
■ おまけ ■
本編で不採用となったNGシーン
take1
「ラウもむぐっ……むごたらしいことをするよね、ほんと!!」
*背伸びした女の子風に仕上げようとしましたが、周囲の雰囲気に合わないために断念。
take2
「本当に知りたいと思うんだったら、聞いてみるといいよ」
――ラウのことを受け止める覚悟があるならね――
沸き立つように熱く、リアスの中で燻っていた下火が鎮火する。
心構えなしにこれ以上は踏み入ることは許されないと。
年下の少女が暗に仄めかした言葉に込められた力に気圧されたのだった。
俯いた悪魔令嬢の姿を見て、話が一区切り着いたと判断したルチアは、任務を全うするべく視線を戦場へと戻した。
*雰囲気的にはGoサインを出しても良かったのですが、しっくりこなかったので断念。
ルチアさんにシリアスは似合いません。
take3 ◆◆閲覧注意◆◆
ネタバレに加えてキャラ崩壊の危機。
「ああ……あんなに美味しそうな血がこぼれ落ちちゃって……勿体ない!」
「!?」
*色々とアウトなので断念。