ハイスクールD×D~円卓の銀鴉~    作:Licht10

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 最新話の更新です。

 此処までおよそ三週間。
 未だスランプを私がお送りします。

 毎日更新できる先生方が羨ましいこの頃です。
 一日数話を書き上げる強者を目にした時には戦慄してしまいました。
 私も書き方が安定したのなら、偉業を成し遂げれるのでしょうか?
 先の先まで構想は出来上がっているので、早く書き上げたいものです。

 今回の本編も例の如く上下分割になってしまいました。
 加えて、多大な歴史改竄のお時間です。
 史実とは僅かな差異があるので、間違った歴史を覚え無いように。
 濃い内容でないですが、一応の注意書きを書いておきました。
 史実を元に書かれる作品には、よくあることですので気にし過ぎかもしれませんが。

 それでは、一万文字の説明回ですが、お楽しみ頂けると幸いです。



八話 朝露の協定(上)

 煌びやかな装飾灯に彩られた屋敷の玄関口。

 最上階まで吹き抜ける奥行き豊かな広間に甲高い叫び声が響き渡った。

 

「って、普通、徒歩で帰るところでしょ!? なんでこんな事態に発展したのか、リアスさんの口から細やかな事情が私情混じりにぽつぽつと零れ出て……! 行く末はラウの寝室に押し入ったことまで発展するの! な・の・にっ!! 集団転送で一足飛びに帰宅ってどういうことっ!!??」

 

 不満を吐き出しているのは、蒼銀の尾髪を振り回す騎士の少女。

 望月の照らす夜道を風情の欠片もない魔術に頼って帰還したことへ腹を立てている。

 加えて、悪魔令嬢の対応を任されたせいで、味わうことになった苦汁の分まで、声を張り上げて八つ当たりを敢行していた。

 

「だ、そうだが……マリナはどのように考える?」

 

「夢を見過ぎです。そのような非効率な事を我々魔術師が行うはずないでしょう」

 

「私も同意見だ。不測の事態でもないのに、わざわざ無駄な労力を割く必要が感じられないな」

 

 グレイフィアを腕に抱くラウルは慌てることなく対処する。

 ごく自然な動きで隣を歩くマリナへの質疑応答。

 参謀の意見を借り受け、自らの主張を確固たるものとした。

 

「うぅぅ……こんな時だけマリーの影響を受けなくていいのに……」

 

 素っ気のない態度で掌を返されたルチアは、尾髪を萎らせ嘆くのであった。

 

「そうだっ! リアスさん! リアスさんなら分かってくれるよね!」

 

 泣き言を口にするルチアは突如として、弾かれたかのように飛び付いた。

 期待を寄せる瞳に映るのは、豊かな紅髪を伸ばした一人の少女。

 堅物色に染められていない悪魔の令嬢の存在は、少女にとって一筋の光明であった

 

「え~と……その、ね?」

 

 余りの勢いにたじろいだリアスは、戸惑った様子で本心を紡ぎだす。

 

「できればグレイフィアに負担を掛けたくない、かしら?」

 

 困り顔のリアスが放ったのは申し入れの言葉。

 天より垂らされた希望の糸は、目前でまたしても断ち切られることになる。

 

「うわぁぁああああん! リアスさんにまで裏切られたぁぁぁああ!? 寄って集ってわたしをいじめるみんななんて大っ嫌いだぁぁあああ!!!!」

 

 親しみを込めて愛称で呼ぶ小猫に続いて、信頼を寄せるラウルや部外者のリアスにまで。

 信じた人々による数多の裏切りにあったルチアは、両手で顔を覆い隠して瞬く間に屋敷の中へと消えていった。

 

「飛び出して行っちゃったけど、追わないでいいの?」

 

「一晩休めば、明日の朝には何事もなかったように現れるだろう」

 

「そう……」

 

 ゆっくりと瞬きを行ったラウルは、追い詰められた少女が姿を消した方角を見詰める。

 物事に向き合わず、情勢が悪くなると逃げ出すのは、喜怒哀楽の激しい彼女の悪い癖である。

 軍事では被害が拡大する前に、撤退を決断する一つの指針となるのだが、生憎いまは私用である。

 特に、彼女の性格が災いしてか、弟分の佑斗との折り合いに決着が付くことはなく、機会を作ろうとも本人とも合わず仕舞いに終わっている。

 悩ましい問題を埒外に追い遣り一息吐くと、ラウルはゆったりと歩みを再開した。

 

「んん……ん……ぁ………………」

 

 ラウルたち一同が入口の広間を抜けて扉を潜る頃。

 艶めかしい声を上げてグレイフィアは目を覚ました。

 彼女はラウルに抱かれている為に、視界には当然ながら立ち塞がったラウルの容貌が映り込む。

 意識が鮮明になるにつれて、見開かれた瞳は鋭さを増してゆくことになる。

 

「目覚めは如何かな、敗軍のお姫様?」

 

「……最悪です。前回の目覚めが至福の時に思えるほどには」

 

「魔王殿は大層のこと愛されているようだな」

 

 棘のある態度に苦笑を浮かべるラウルは、白い薄布を纏う女王の身を革張りのソファーへ静かに下ろしたのであった。

 

「私はこれで失礼するよ。必要なものがあれば、そこから顔を出しているお調子者に言い付けてくれ」

 

 踵を返したラウルは応接間へ立ち入るためのもう一つの入口に目を向ける。

 

 開け放たれた扉の縁から顔を出す流れ髪。

 回折した照明の光によって、廊下に伸びた薄らとした影。

 そこには想像した通り一つの人影が息を殺して待ち受けていたのだった。

 

 しかしながら、指摘すれば隠れているにも関わらず、存在を顕わにするが如く跳ね上がる蒼銀の尾髪は、まるで人物の性格を体現したかのようで、実に愉快な気分を抱かせた。

 

「お、お調子者って誰のことっ!? ねぇ、誰のことなのっ! って、いうか! 走り去っていった女の子を追いかけずに扱き使おうだなんて、信じられないんですけどっ!?」

 

 戸口に影を潜めていた少女は、存在を悟られたことに肩を落とすことない。

 意地の悪い麗人が屋敷内部の情報を把握しているのは織り込み済みであった。

 激しい剣幕で応接間に踏み入った彼女は、自身を不用意に揶揄したラウルに詰め寄った。

 

「自覚があって何よりだ。後は任せるぞ、ルチア」

 

「ちょっとっ!? 最近、わたしの扱いひどくないっ!?」

 

 怒れる騎士の姿にラウルは深々と頷いた。

 喜劇を演じる彼らの信頼に言葉は必要なく。 

 有り余る抗議を無視して俗事を全てルチアへと投げ出したのであった。

 

「それでは準備が出来次第、会議場へご足労願う」

 

 不敵に笑んだ麗人は自らの腹心を連れ立ち、少女の声音を背に受けて颯爽と部屋を後にした。

 

 

* * *

 

 

 中央に円盤の卓上が設けられた大広間。

 最奥の席を陣取るラウルが両手を広げて、入場する少女たちを出迎える。

 

「さあ、改めただが――――――我らの居城へようこそ、グレイフィア・ルキフグス」

 

 先導するルチアに連れられ、仮初の主であるリアスと伴に現れた殲滅女王。

 満を持して客人扱いで迎えられた彼女の格好はメイド服から一変、髪も降ろしてラフな服装となっている。

 恐らくは、世話を任されたルチアが、屋敷にある衣服から選別したものだろう。

 若干、胸部に張り付いた布地の存在から、そのことが容易に想像できた。

 

「どうぞ、好きな所へ座り給え」

 

 人を誑し込む柔和な笑みを浮かべたラウルは、口元を結び気を引き締める客人を誘った。

 

「ええ、交渉の場を設けてくれて感謝するわ、ラウル。グレイフィア、あなたも席に座りなさい」

 

 上品に、恐れを知ることなくリアスは対面から逸れた席に腰を下ろす。

 ラウルたちの謀略を疑うことなく、無邪気な信頼を寄せて席に着いたのだ。

 余りにも無防備な紅の姫の態度にグレイフィアは渋面を作り出した。  

 されど、実質交渉役を任されたことになる彼女は、慎重に腰を下すことを余儀なくさせられていた。

 

「手間暇掛けて、漸く体裁を整えたのだ。先のことも含め、お互い恨み言は忘れようではないか」

 

 客人が席に着いたことを確認したラウルたちは共に席に着く。

 最後に給仕を終えたルチアが両脇を埋めたことで交渉が始まった。 

 

「さて、彼女たちは兎も角、私の自己紹介は必要か?」

 

「ええ……是非ともお願いします」

 

「心得た」

 

 手始めに交渉の場を設けた主催者側の素性の紹介で幕を開ける。

 これは悪魔たちの素性を知り得るラウルの配慮でもあった。

 

「アンヌヴァン戦闘傭兵組織『円卓の黒騎士(ラウンド・オブ・マーセナリー)混成遊撃師団(第十三騎士団)・団長の八幡・G・ラウルだ」

 

「……同組織同師団所属・団長代理マリナ・アンブロジウス」

 

「同じく騎士隊長の八幡・F・ルチアだよ」

 

 正しく、藪蛇――

 素性を知るいい機会だとしか捉えていなかった悪魔たちは、知らされた事実に愕然とする。

 リアスは麗人の片腕と思われる魔術師が、魔法の祖とも謳われる高名な魔法使いの名を冠していたことについて。

 一方で、グレイフィアは人間界に留学に出た姫君が、知らぬ間に悪名高い組織の幹部と通じていたことに驚きを隠せなかった。

 

 悪魔たちが驚愕に時を忘れる内容であっても、彼らには氷山の一角を映しただけに過ぎない。

 隠し事が得意なラウルたちは、敢えて黒騎士(・・・)としての素性を曝け出したのだった。

 

「なるほど……道理であなた方が手強いわけです」

 

 冥界や天界にすら名の通った悪名高い黒騎士たちの威名。

 それは眉間を解き解す魔王夫人の信用を得るには十二分な内容であった。

 

「グレイフィア、あなたは何か心当たりがあるの?」

 

 納得を示すグレイフィアとは裏腹に、隣へ座るリアスは首を傾げて盛大に疑問符を浮かべる。

 滅びたとされる円卓の名を騙る者たちと冥界最強の女王をも打ち倒した異端の魔術師。

 会話の内容から悟ることをできないのが、悪魔令嬢の悲しい性であった。

 

「……………………」

 

 盟主たるラウルと繋がりを持つに価する人物か、否か。

 無知を晒し続ける彼女が、品定めを行っている赫の瞳の存在を知ることはないだろう。

 

 

 

 紅の姫の醜態を見兼ねて、ラウルは自慢の美声で古来に謳われた詩曲を奏でる。

 

 

 

 ――――天魔人龍集う血戦の刻

 

 

 戦乱の地に黄金の双頭龍に率いられた古の英雄が駆け抜けた

 

 

 ――丘を護りし高潔なる騎士、白き鎧を纏いて大いなる災禍を討ち祓い――

 

 ――濡れ鳥の羽衣を靡かせ鬼子は人を斬り捨てる――

 

 ――鮮血で染まりし鋼の御剣の煌きに御使いさえも平伏した――

 

 

 ――――――嗚呼、無上なる強者どもを前に、天壌の神すら霞むことだろう  

 

 

 

 それは円卓の活躍を褒め称える讃美歌。

 誇張はあれど、世界を巻き込んだ大戦へ参戦した確固たる証拠であった。

 

「一時は吟遊詩人にも謳われた程の悪名高き傭兵騎士たちだぞ。まさか、聞き覚えの一つもないとか言わないよな?」

 

 先人の功績を称えたラウルは、記憶の断片が繋がったことを期待して、慈悲深い微笑を向けた。

 

「お嬢様を虐めないでください。あなた方が活躍したのは三大勢力の戦争末期の頃だったはずです」

 

 心当たりがないリアスは息を詰まらせるが、侮られることを嫌ったグレイフィアが返す手で助け舟を送る。

 冥界が把握している円卓の最盛期は、天使と悪魔と堕天使による三つ巴の戦争の終局であった。

 しかしながら、戦争の終結から千年の月日が流れているのも、また事実である。

 音に聞こえた円卓であっても、新世代のリアスたちが知る由もないのだと、グレイフィアは諌めた。

 

「十世紀も前のこととは言え、歴史の片隅にでも描かれてはいるだろ?」

 

 ラウルは予想もしていなかった展開に眉を寄せる。

 彼らの所属する円卓は過去に幾度となく名を馳せた組織である。

 一度目は人界の史実にも数多くの逸話を残し、再編された二度目の円卓は、魔の技術を取り入れることで傭兵としての地位を不動のものとした経歴がある。

 表の世界では伝説として、裏の世界では人間にして、人外を葬る猛者たちの集団として。

 神話の垣根すらも越えて名を残した存在を覚えがないの一言で済まされてしまっては、流石の麗人も立つ瀬がなかった。

 

「残念なことに、一般的には伝えられていないのが冥界の現状になります」

 

「おいおい……だから、冥界の教育は偏りが著しいのか?」

 

 他愛ない冥界事情に呆れ顔のラウルは、対面に座るグレイフィアから一時、目を逸らして悪魔令嬢を垣間見た。

 

 矛先が向いたことに碧玉を揺らがせ、それでも胸を張り背筋を伸ばす紅の姫。

 責任を投げ出し優雅に佇もうと気を張る姿は、温室育ちであることに納得ができる。

 引き起こした事態の収拾を図る交渉で矢面に立つこともなく、グレイフィアに一任する辺りに彼女の気質が顕著に表れている。

 それは与えられたものを享受してきた証拠なによりのであろう。

 自ら追い求めることなく、必要とされたことのみを熟してきた故に、隠された伝聞を拾う耳もなかったのであろうと結論付けた。

 

「……どこの勢力も余裕をなくして、戦況が苛烈になっていたのは御存知だと思いますが? 主要都市ですら、荒廃の一途を辿っていたと聞き及ぶほどですよ。生き残った名家の史書ぐらいになら記入されているやもしれませんが、中央の書庫には皆無でしょう」

 

 妥当な評価を下すラウルの不躾な視線にリアスが顔を顰める最中、グレイフィアは無知の真相を投下する。

 

「嘆かわしいな……ダンタリオンの一族も落ちぶれたものだ」

 

 衝撃の余りにラウルは、額へ手を当て自ずと天を仰いだ。

 

 戦後の疲弊を理由に得意の部門を怠るとは愚の骨頂。

 増しては、彼ら不手際は後世に語り継いでいかないとならない先人の軌跡だ。

 冥界72柱の一柱に数えられた悪魔として有るまじき失態であろう。

 王たる四大魔王が滅せられ、多くの名家が断絶したのだから尚更のこと、残された者の意地を見せてもらい所であった。

 

 毒を吐き捨てることで気を取り直した魔道騎士は、音に暗い悪魔令嬢へと円卓の成り立ちを告げる。

 

「組織の名を聞けば気が付くとはとは思うが、『円卓の黒騎士』は彼の円卓の生き残りが再建した対人外向けの傭兵組織だ」

 

 激戦を生き抜いて尚も、千年以上の歴史を誇る世界最強の傭兵騎士団。

 それがラウルたち――黒騎士の集う円卓の正体であった。

 

「近年の活躍で言えば、ルルイエ殲滅戦が大きな戦果だろうな。時代を遡れば、欧州各地の戦場に出没しては戦果を挙げていたそうだ。八十年戦争から続くブリテン革命に、二度の百年戦争など西欧の戦場へと積極的に参加していた経歴がある。活動は故国であるブリテンや新興宗派であったプロテスタントを中心に雇われ、三十年戦争のラ・ロシェル撤退戦では、包囲するフランス軍を撃退した後、三万にも上る市民を亡命させるようなことも行ったそうだ。物好きは東洋の戦場にも足を運んだこともあるようだがな」

 

 冥界に伝わる通りに円卓の最盛期は三大勢力による神話戦争で間違えない。

 だが、大戦より千年続く円卓の活動が一つに収まるはずもなかった。

 

 天使の加護を受けた聖人を捕えた一度目の百年戦争。

 福音主義を擁護して一国を独立に導いた八十年戦争。

 続けざまに起こったブリテンを内分した革命戦争では、各派閥に雇われ戦火を広げることになった。

 大英帝国の礎を築いた二度目の百年戦争や欧州から離れた戦場でも、多大な戦果を挙げたのだった。

 

 時代が移ろい飛び道具による戦いが主流になると、歴史の表舞台から姿を消すことになるが、その後も円卓は歴史の裏側で暗躍を続けることになる。

 

「随分と教会に入れ込んでいるのですね、あなた方は」

 

 鋭い視線が歴史の語り手を突き刺した。

 革命家に、王に、国に――

 騎士団の雇用者はいずれも教会と関係を持つ人物であるのだ。

 分かっていたとは言え口頭で告げられた情報は、悪魔の身である彼女には受け入れ難いものであった。

 

「欧州は一部を除き、教会の勢力下にあるからな。三大勢力同士で旗揚げがない限り、雇い主は概ね決まっているさ」

 

 女王の探る視線を一身に受けるラウルは、不敵に笑むと弁解の言葉を紡ぎ出した。

 

 本より組織が拠点を置くブリテンの周辺は、聖書の神の威光が冴え渡る地である。

 かつてはケルトの神々が幅を利かせていたが、既に過去の栄光と帰してしまった。

 肥大した聖書の勢力へ追いやられた神々は、三つ通りの島々からなる楽園へと移住することになる。

 ケルトの神々が去った背景と同様に、欧州に名を馳せた他神話の神々も聖書の勢力の影響を受け、其々の世界へ隠居を決め込むこととなる。

 

 神々の去った欧州で傭兵活動を行うとなると、雇用者は必然と決まることになる。

 聖書の教徒か、教会の敵対者かの二択に絞られる。

 

 後者ならば人狼や邪教の秘密結社など敵対する者は存在するが、支払い能力を疑問視することになる。

 雇うだけの能力がある者として、ルーマニアの吸血鬼や妖精が挙げられるが、第一彼らの目的とはそぐわない。

 残る候補の悪魔や堕天使は、大戦の折に種の存亡の危機に立つほど疲弊している為、自ら望んで戦いを起こそうともしない。

 

 支払い能力があり、尚且つ戦力を必要とする者は限られる訳だ。

 教義の正当性を謳う聖戦に、利害目的で始める侵略戦争。

 雇われるに足り得るのは、遍く理由を盾に懲りることなく戦いを引き起こす人間であり、神の信望者となる。

 

 円卓が傭兵組織であっても、雇用者が教徒である以上、教会とは切っては切れぬ存在になっていた。

 

「なに、冥界に限るなら少し古くはなるが、五百年前の新旧魔王派の内戦に戦力の要請があったぐらいのことかな?」

 

 基本は故国に、国教たる教会寄りに活動を続ける組織ではあるが、敵対する勢力の要請に応えない訳ではない。

 契約を遵守するのであれば、如何なる勢力へも戦力を派遣するのが彼らの流儀であった。

 

「そうなの、グレイフィア?」

 

「苦い思い出ではありますが……彼の仰ることに偽りはありません」

 

 悪魔勢力を二分した騒乱の折に、旧魔王派の神輿として祭り上げられていたグレイフィアが、表情を曇らせるのも無理はなかった。

 

「…………冥界ではこの時の資料も消失したのか?」

 

 清々しいほどの主従の会話を目にしたラウルは唸り声を上げる羽目になる。

 

「……自尊心の塊である老害どもが、外部の戦力に頼ったなどの恥を後世に残すとお考えですか?」

 

「在り得んな。内政事情はどこも似たり寄ったりか」

 

 内情険しい怨声に、苦味虫を噛み潰したかのような渋面を表に出して首を振った。

 謀らずとも歴史は書き止めた文士や為政者の都合によって改竄される。

 原罪を身に宿した人の業ゆえに手を加えられ、欲を剥き出しにする悪魔の性ゆえに認められることはない。

 足掻いたところで止めようのない悪行に頭を痛めるのであった。

 

「まあ、これが私たちの正体と言うところだよ。世間知らずのお姫様も少しは学が身に付いただろ?」

 

「確かに史実の裏側を知ることができて勉強にはなったけど……あなたは一言、余計な言葉が多いのよ!」

 

 ラウルはおどけて陰鬱な雰囲気を拭い去り、瞳を怒らせるリアスを愉快だと嘲笑う。

 不用意な一言で表情を次々と変える滑稽な姿は自然と愉悦を覚えさせるのであった。

 

「はぁ……」

 

 まるで子供のようにからかわれる令嬢を目の当たりにして、グレイフィアは心の奥底から深い息を吐き出した。

 

「グレイフィア!? あなたまで私を馬鹿にするつもりなのっ!?」

 

 義姉として、教育係の従者として、慕っていたグレイフィアの失笑を買ったことに、内心穏やかでいられないのだろう。

 冷やかしを受けて気が立っているリアスは、呆れ混じりの嘆息に過剰な反応を示した。

 

「いえ。お嬢様が彼らの情報について無知なのは、こちらの不徳の致すところです。別に咎めはしませんよ。ただ……これからの展開を予測して胸が詰まっただけです」

 

 理不尽な糾弾を向けられて尚も、殲滅女王が揺らぐことはない。

 鉄の仮面を張り付けた彼女は、苦肉と慈しみの入り混じった瞳でいきり立つリアスを諭すのだった。

 

「あなた方がお嬢様に肩入れしていることを喜ぶべきか、嘆くべきなのか……正直、判断に迷うところです」

 

 迫力に押された紅の姫が口を噤んだことを確認したグレイフィアは正面に向き直り、飄々とした麗人の胸内を覗かんとばかりにすっと瞳孔を細めた。

 

「難しく考える必要はあるまい。声を掛ければ動員できる戦力が身近にあるのだ。先日のような有事の際には利用しない手はないだろう?」

 

 また一段と鋭くなった女王の眼光を前に、ラウルは毅然とした態度で臨む。

 

「……傭兵であるあなた方は、金銭で動くと思っていましたが?」

 

「状況次第と言ったところかな? 金では買えぬものもあるからな」

 

 彼ら黒騎士は飽くまで傭兵である。

 全てが金勘定で成り立っている守銭奴でも、独善を謳い弱き者を助ける義賊でもない。

 報酬を以って雇われ、打算があるが故に行動を起こす。

 どこまで行っても円卓の黒騎士は、人外相手にまで戦力を提供する死の商人であった。

 

「そうですか……少し考えを纏める時間を頂きたいのですが、宜しいでしょうか?」

 

「念を入れて貰って構わない。この場での明言を強いて、後で掌を返されては堪らないからな」

 

 ラウルは猶予の申し入れを快く許可した。

 

 傭兵稼業を展開するに当たって一定の信頼関係は必要となる。

 自身の所持する戦力を示し、身を以ってその信用を勝ち得る。

 彼女の迎撃の際には複雑な事情が絡まっていた為に、多少手荒な実証となったが、望んだ結果は得られたはずだ。

 冥界切っての大悪魔が時間を空けてまで、真剣に取り組んでいるのが何よりの証拠であった。

 

 そして、この好機を逃さないとなれば、取れる行動は自ずと限られる。

 愉しんだとは言え、殲滅女王を打ち倒した労力を余計な一言で水の泡と化すのは、あまりにも無意義だ。

 僅か一日二日の時機で足掛かりを作り、加えて魔王夫人公認の滞在許可までも下ろされるのなら、待たされるのも訳はなかった。

 

「ただし、魔力が回復するまでの時間稼ぎならお断りだぞ?」

 

 一方で、僅かな可能性に備えて釘を差すのも忘れない。

 片隅にある邪な考えを見通しながらも、悪感情を薄めるようにお茶目な振る舞いを見せ付ける。

 可愛らしく片目を瞑り、窄めた唇の前で人差し指を立て会話に華を持たせる麗人は、軽やかに警告を送るのであった。

 

「…………呆れて言葉も出ません」

 

「ごめん、ラウ…………さすがにフォローできないや」

 

 突如として現れた悪癖に左右の席は嘆きの色に染まった。

 大胆不敵な麗人へ付き従う彼女たちにすれば、迂闊な行動は頭が痛いの一言に尽きる。

 行く先を決めかねない一局で、気の赴くまま悪ふざけを行われては、堪ったものでなかった。

 

「まあ、慰安も兼ねて、今日のところは屋敷に泊まっていくといい。程良い緊張感が、反って視野を広げるかも知れんぞ?」

 

 奇行の結果、非難を浴びたラウルは静まり返った会議場で軽く咳払いを響かせる。

 険悪な空気を入れ替えると、招かざる客人たちに妙案を示すのだった。

 

「……婚姻前のお嬢様を得体も知れぬ狼の巣に投げ出すとお思いですか?」

 

「杞憂だな。残念ながら、現状で貴方の懸念が実現することは皆無と言えよう。仮に手を出す心積もりならば、既に事を終えた後だろうな」

 

 拒否の一言を発して疑いかかる女王の態度に、宿舎の提供を申し出たラウルは肩を竦める。

 善意での行動であっても、責務ゆえに必要以上の疑念に駆られるグレイフィアの了承を得るのは難しい。

 こればかりは、言葉を幾ら紡ごうとも覆らない問題であった。

 

「決して、そちらのお姫様を蔑ろにしているわけではないぞ。彼女は魅力的な花ではあるが、同時に甘い毒でもあるからな。生憎のこと、私には手を出す覚悟がないのだよ」

 

 覆らない問題であろうとも、百面相を繰り広げるリアスを見て断言する。

 僅かな弾みでタガを外してしまう男女の仲であっても、彼女と一線を超える事態には陥らない。

 甘美な花蜜が猛毒と知り得て、無暗に手を出す賢者などいる筈もなかったのだ。

 

「客室は腐るほど空いている。先程の客間ないし、この会議場でも、好きな所を使用してくれて構わない」

 

 一頻りの弁明の後、最終的な判断を女王と副官に投げ遣り、ラウルは静かに席を立つ。

 幾ら議論を重ねようと信用がない状態では不毛な口論でしかない。

 代表である自身の存在が障害となってしまっているために、一層のこと纏まりを欠いてしまっているのは目に見えていた。

 夜が明ける前の終結を望むならば、周囲の機微に触れて席を立つのも必然であった。

 

 もしも、宿が必要ならば、グレイフィアの方から改めて申し出るだろう。

 不要ならば、意を汲み取ったマリナが、彼女たちの居城まで送り届けることになるだろう。

 交渉の中断も伴い、この場にいる必要の無くなった彼は、足早に退室を始めたのでだった。

 

「待ちなさい、ラウル! あなたは来客の対応も真面にできないのっ!?」

 

 扉へ歩を進めていたラウルの鼓膜を女性特有の金切り声が劈く。

 身の内に溜めこんだ激情に翻る紅涙の絹糸。

 感情を爆発させたのは騒動の発端でもあり、女王に口を噤まされていた紅の姫であった。

 

「案内が必要ならば、先の通りに彼女へ頼んでくれ。私はこれから一仕事あるのでな」

 

 腰に手を添えるリアスの行動に頬を掻くことになる。

 発破を掛けたのは自身であったが、従者の意見を無視しての英断は想定しえない事態だった。

 されど、巡ってきた好機を貪欲な魔術師が逃すはずもなく。

 ラウルは動揺を内に秘めて、臆することなくニヒルな笑みを浮かべた。

 

「もっとも――――何処かの誰かさんが暴れ回った後処理ではあるのだが、な?」

 

 口端を吊り上げて意地悪な表情を作り、軽率な悪魔たちの行動を謗る麗人。

 恥辱に顔を歪ませる彼女たちを尻目にして、ラウルは会議場に含み笑いを響かせる。

 

「ふふふ……それでは好き夢を、好き返事が有らんことを期待している」

 

 綺麗な一礼を見せたラウルの姿が霧の如く掻き消えることで、今宵の騒動は一幕の終わりを迎えたのであった。

 

 

 




 以上、ラウル君の所属する傭兵組織の概要でした。

 対人外向けと言いながら、人間界の戦争に積極的に参入する彼ら。
 金銭で雇える黒騎士の実力が折り紙付きな分、質の悪い武装集団です。
 第一、黒騎士の装備には魔術の掛けられ凶悪ですから、質が悪い程度では済ませられない気もしないではありません。
 それこそ、悪魔や天使と渡り合えるほどの代物ですから。
 人間界で使うのは反則くさいです。

 黒騎士たちの人間界進出も創設当時と比べて、軍団を動かす戦いが起きないことが、人間界の戦争に首を突っ込む発端だったりします。
 大戦後からは人外向けの仕事があっても、はぐれ悪魔狩りなど微々たるもの。
 戦闘狂の傭兵たちが黙っていないと考えた結果です。
 
 そもそも、神話戦争の終了時期を千年前にしたのが原因な気がしますが……仕方ありません。
 創作設定と逆算の結果、この時期に設定してしまいました。
 後悔はありませんが、円卓の被害に遭われた方に合掌です。


 また、今回の説明回は、全体的にグレイフィアさんの説得するための前置きとリアスへの教鞭に費やした感じがヒシヒシと感じます。
 その分物語は停滞気味になっている今日。
 展開を無理なく進めようとして、余計な部分を削らないので、さらに進行が遅くなる悪循環(?)に陥っています。
 解決するためにも、星の叡智と黄金の右腕が欲しいぜよ。


 冗談はさて置き、今回は疑問の多き一幕であったことでしょう。
 ラウル君たちが容易に素性を明かしたことや何処かの殲滅戦、聖人の生まれ変わりとの関係など。
 本文で描く予定がない部分もありますので、活動報告の方で質問頂けたらと思っております。
 現時点でのネタバレ部分は、回答から控えさせてもらいますが。
 お気に入り400記念とUA40000記念として活動報告の方へ立てさせて頂きますのでよろしくお願いします。

 ちなみに、円卓の黒騎士の組織構造は二章終了時に掲載する予定ですので、首を長くしてお待ちください。

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