ハリー・ポッターと魔法の学校のアリス   作:聖夜竜

10 / 13
久しぶりにモチベが出てきたので更新再開……

お待たせしました!最新話です!


初めての授業

 

 翌日、アリスは興奮のあまり同部屋にいる誰よりも先に早起きしてしまった。今日から始まる魔法界での生活、そして最初の授業が楽しみで仕方ないのだ。

 

 やはりホグワーツは魔法魔術学校という事あって、マグルが学ぶような普通の学科などは教えない筈。そう考えるとアリスも勉強への期待が一層高まるというもの。

 

 しかしアリスは着いて早々に思い知る事になる。ここでの生活は勉強以前に大変な事だらけであるという事実を……

 

 例えば教室への行き方。マグルの学校とは異なるホグワーツではクラス共有の教室というものが存在せず、生徒が授業に出席する時は必ずその科目の教室まで移動しなくてはならない。

 

 ……考えてもみてほしい。いったい何処の世界に授業以前に教室へと辿り着くのが一苦労な学校があるというのだ。

 

 校舎内が広過ぎて複雑な迷路と化している事、自由自在に動き出す階段、その時の気分で現れたり消えたりする扉、知らん顔で新入生に嘘の近道を伝える意地悪なポルターガイストの存在など──考えたらキリがない。

 

 これはアリスも昨夜の組分けと歓迎会で何回か思った事だが、どうもこの学校は生徒達にあまり優しくしてくれないらしい。

 

 尤もアリスの場合は幸いにもハーマイオニーという新入生ながら優秀な友達が身近にいた為、そんなに迷わず教室に辿り着く事ができた。あとはグリフィンドール寮から各科目毎の教室への道筋を記憶しておけばよかった。

 

 そんなアリスにとって問題なのは、教室に着いてからの授業内容そのものだった。

 

 一言に魔法と言っても、マグルの童話や日本で流行する少女向けのアニメに登場するように、ただ杖を振って呪文を唱えるだけが魔法ではない。

 

 真夜中に行われる『天文学』では望遠鏡を使って夜空の観察をし、星の名前や惑星の動きを勉強したり(アリスにはこれが果たして魔法を使うのに必要な事なのかと理解に苦しんだが)、ずんぐりした小柄なスプラウトと城の裏に位置する温室に週三回行っては『薬草学』の勉強──この授業では不思議な植物やきのこの育て方、どんな用途に使われるかなど──

 

 また、ホグワーツの教師陣で唯一ゴーストのビンズが教える『魔法史』では魔法界全体に起きた様々な事件や偉人悪人の活躍と云った歴史を学び、これには読書好きのアリスも興味を惹かれた。

 

 尤も、宛ら説法でも説いているかの様に物憂げに語るビンズの聞き取り難い講義では、聞き逃すまいと必死にノートを取る生徒のほとんどが忽ち恐ろしい睡魔に苛まれてしまうので、授業が終わる頃にはアリスとハーマイオニーだけが何とか寝ずに残っている……なんて事も。

 

 『天文学』に『薬草学』、『魔法史』など──当初アリスの思い描いた魔法とは異なる、それこそマグルの学校でもやってそうな常識的な授業も幾つかあったものの、やはりそこは本物の魔法学校。ホグワーツではアリスが待ち望んだ杖を用いる実践的な魔法も勉強する。

 

 その中でも代表的な科目が『呪文学』──ホグワーツでは二年生まで『妖精の呪文』という名前で呼ばれる──レイブンクローの寮監であるフリットウィックの担当だ。彼は外見的特徴からどうも小鬼の血を引いているらしく、普通の人間と比べてもかなり小柄な魔法使いだった。

 

 最初の授業では小鬼を知らない何人かの生徒がフリットウィックを見て不思議そうに驚いていたが、グリンゴッツで既に小鬼と出会っていたアリスは彼が小鬼の血を引いていると推察した。

 

 その授業内容は予想していた通り、週数回に掛けて基礎的な物体浮遊術から学ぶ様で、アリスもこの科目には絶対的な自信を持てると今後に期待できた。

 

 逆に問題だと思うのは『変身術』──これはグリフィンドールの寮監であるマクゴナガルが教える科目なのだが、同じグリフィンドールの上級生達から聞いた話によると、どうやら『魔法薬学』と並んでホグワーツの最も難解な授業の一つだと思われているとか。

 

 事前に一年生が最初に学ぶ授業の印象を聞いていたアリスも実際内容についていけるか不安だったのだが、どうもその予感は悪い方向で当たっていたらしい。

 

 と言うのも、厳格で聡明そのものと言うべきマクゴナガルは自分が受け持つグリフィンドールの一年生達が着席するなり、堂々たる態度でいきなり説教を始めたのだから。

 

「変身術は、ホグワーツで学ぶ魔法の中で最も複雑で危険なものの一つです。いい加減な態度で私の授業を受ける生徒は出ていってもらいますし、二度とクラスには入れません。初めから警告しておきます」

 

 この言葉で何人かの生徒は背筋を伸ばして気を引き締めた事だろう。尤も、それはアリスも同じ事。早くも「まずいかも……」という不安感が彼女に憑き纏う。

 

 その間にもマクゴナガルは『変身術』の見本として教卓の机を本物の生きた豚に変え、それをまた元の姿に戻して見せた。これにはアリスを含め生徒達は大いに感激した様子。

 

 しかし家具を動物に変えるようになるまでには、まだまだ勉強と時間が足りないらしい。生徒達はマクゴナガルの講義を聞きながら黙々と複雑なノートを採った後、一人一人に配られたマッチ棒を手に取る。

 

「それでは実際にやってもらいましょう。授業が終わるまでにこのマッチ棒を針にできたら合格。グリフィンドールに五点を差し上げます」

 

 その言葉で期待と興奮を隠せない生徒達は一斉に練習を開始した。ハーマイオニーの隣に座るアリスもよしやるぞと意気込むが、いざ始まるとこれがなかなか難しい。

 

 アリスのマッチ棒はすぐに針にこそなったものの銀色ではなかったり、また逆に銀色にはなったが針ではなくマッチ棒のままだったり……

 

 アリスはまだ良い。他の生徒は何回も試してもマッチ棒から変わらないままがほとんどで、教室を回って生徒達を一人一人見ているマクゴナガルはそれが普通ですと言わんばかりの表情だ。

 

「おや──ミス・リデル。そこまで出来ているのならあとはもう少しです。私の言った事を正しく守り、集中なさい」

 

 アリスの席にやって来たマクゴナガルから思った以上に優しい口調で言われた。顔を上げて見ると他の生徒はアリスを手本にしようとこちらを覗き見ており、アリスは思わず耳の後ろの辺りが熱くなっていくのを感じてしまう。

 

 ……結局、授業が終わるまでにマッチ棒を僅かでも変身させる事ができたのはアリスとハーマイオニーの二人だけだった。

 

 アリスのマッチ棒は残念ながら正しい針にこそならなかったものの、ハーマイオニーのマッチ棒は誰が見ても見事な銀色の針になっていた。

 

 これにはマクゴナガルも満足だったようで、今年の一年生は期待しますと珍しく二人にお褒めの言葉を贈り、グリフィンドールはいきなり貴重な五点を手に入れる事ができた。

 

 

 ホグワーツに来てから最初の一週間でアリスの得意不得意な授業が少しずつ明確化していく中、アリスがずっと待ち望んでいた『闇の魔術に対する防衛術』──それこそ彼女がホグワーツで一番習ってみたいと思っていた授業だった。

 

 “だった”……そう。要するに過去形である。寧ろ今は担当のクィレルの授業とは異なるやり方で自分から進んで学んでいこうという気さえ芽生えているほど、アリスにとって最悪な授業となってしまった。

 

 というのも、『闇の魔術に対する防衛術』の教室は何故か飾られている大量の大蒜から漂う強烈な匂いで息が詰まり、授業への強い期待と好奇心のあまり誰も座ろうとしない一番前の席に堂々と座ってしまったアリスにとってはまさしく拷問に等しい時間になった為。

 

 聞いた話によれば担当のクィレルがルーマニアで出会った吸血鬼に襲われないように用心しているのだとか。出席確認の合間にそんな話を他の生徒から伝え聞いて、苦悶の表情で息を止めるアリスは吸血鬼が実際に存在するという事実に感激する暇もなく授業に移った。

 

 ありがたい。アリスも楽しみな授業に集中していれば何とか大蒜の匂いを誤魔化して耐え切れる……ところが今度はその授業内容がアリスを容赦なく襲った。

 

 呆れた事にクィレルと来たら、何を話すにも吃り過ぎて彼の説明を理解するのに若干手間取り、終いには突然何かに怯えたような態度でブツブツと意味不明な事を呟き始めたり……

 

 クィレルの目の前で一時間以上も固まっていたアリスの意識はいつしか途絶えていた。授業が終わってすぐ駆け寄って来たハーマイオニーに叩き起こされていなかったら、アリスは危うく夢の国の住人になっていた事だろう。

 

 これでは吸血鬼が大蒜や餃子を酷く嫌う理由もわかる。だって臭いものは臭いのだから。

 

「私、あの人本当に無理! だってこれじゃ授業にならないもの!」

 

 時は変わって翌日のこと。『アリス・リデル大蒜失神事件』から一夜明けた朝食の席でアリスはテーブルに出されたオートミールの味付けに一工夫するかどうか一人で格闘しながら、はっきりとこの一週間行われた授業への不満を口にした。

 

「そ、そうだね……アリスが怒りたくなるのも仕方ないよ。クィレル先生のターバンからもずっと変な匂いがするんだから」

 

「お気の毒さま。だから僕達と一緒に後ろの方で座ればよかったんだよ。ところでアリスはオートミール食べないの? 砂糖掛ければ美味しいよ」

 

 今回は運良くアリスの隣の席に座れたハリーとロンは──普段はアリスが大広間に迷う事なく下りているので、二人が大広間に到着する頃には既に食べ終えていて一緒になれないのだ──時々相槌を打ったり共感したりしながら、アリスがなかなか手を付けようとしないオートミールの話題に持っていった。

 

「えっと……私あんまり家だと食べる機会ないから、その……美味しいとは思うんだけどどうやって食べていいか……」

 

 実を言うとアリスが暮らすリデル家の食卓ではイギリスの家庭で一般的に普及しているオートミールよりパンや白米の方が主食だった為、ホグワーツに来るまでオートミールを口にする機会があまりなかったりする。

 

 意外なところでアリスの裕福な暮らしぶりを知ったハリーとロンだが、それならと二人はオートミールの食べ方について色々語ってくれた。

 

「二人とも、ありがとう。これなら美味しく食べれるわ」

 

 結局アリスはオートミールにドライフルーツやミックスナッツを加えて食べる事にしたようだが、健康に気を使ってこれを毎朝食べるくらいなら普通にパンとかライスも食べればいいのに……と内心思ってしまうわけで。

 

「アリス、まだ食べてるの? 今日の授業はスリザリンと一緒に『魔法薬学』よ。他の授業より早めに行かないとまずいわ。担当のスネイプ先生はスリザリン贔屓で有名な寮監だから遅刻なんてしたら何を言われるか──」

 

 そんな時、朝食を終えたアリス達のもとに教科書を抱えたハーマイオニーが相変わらずの早口言葉で近付いて来た。ハリーとロンはまた来たよとばかりにハーマイオニーを無視して二人で別の話をし始めた。

 

 この扱いにもハーマイオニーは然程気にしてないようだが、ハーマイオニーだけでなくハリーやロンとも仲良くしたいアリスにとっては密かな悩みの種でもある。

 

 アリス達は他の生徒に比べて自分らが大して勉強で遅れを取っていない事に安堵していたが、成績で一番を目指すハーマイオニーはそれでは駄目らしい。とくに最初の一週間で期待以上の活躍を見せたアリスの存在がハーマイオニーにとっては刺激になるらしく、彼女は事ある毎にアリスを勉強に誘ったりしていた。

 

 ところがアリス、優等生になりたいハーマイオニーと違ってそこまで勉強熱心ではなかったりする。自分で面白いと感じた授業ではアリスの本領発揮となるが、自分の知識を広める上であまり必要ないと感じた授業ではそれが露骨に態度にも表れてしまい、科目によって成績が不安定になっていた。

 

 ハーマイオニーやマクゴナガルが言うには基礎は充分、あとはやる気と集中力の問題らしいが。

 

「わかってるわ。でも私、今はハリーやロンと楽しくお喋りしてたいの」

 

「そう……じゃあアリス、私は先に行ってるわ。それからマクゴナガル先生が出した昨日の宿題の事で後で話があるから」

 

「えぇ。休み時間にいつも通り図書室にいるわ。じゃあまたね、ハーマイオニー」

 

「アリスも。それと貴方達もあまりアリスを変な事に付き合わせたりしないでちょうだい。それじゃ、急いでるので」

 

 早口気味に言い放つと、ハーマイオニーは大広間から飛ぶように去っていった。本当に忙しい娘である。

 

「変な事ってなにさ? 僕達アリスに勉強見てもらっているだけだってのに。なぁ?」

 

「うーん……きっとハーマイオニーは僕達がアリスの勉強の妨害になると思っているんじゃないかな? 昨日も山ほどある宿題を写させてもらってたら『女の子なんだから早く寝かせなきゃ駄目じゃない!』って怒られちゃったし……」

 

 ハーマイオニーが立ち去った後でハリーとロンはようやくアリスの方に向き直って会話に復帰した。今となってはハーマイオニーの説教も慣れたものだが、最初の頃はアリスが夜遅くまで談話室のソファーでハリー達と勉強していると、決まってハーマイオニーが階段から下りて来てはアリスを寝室までさっさと引っ張って行ったものだ。

 

「う……まぁ私はそんな風に思ってないんだけど。誰かに勉強とか教えたりするのって結構好きだし、それでみんなのお役に立てるなら──」

 

「アリスは悪くないさ。どうせ、大好きなアリスが僕達といつも一緒にいるから羨ましくて仕方ないんだろ」

 

 吐き捨てるように言うと、ロンは自分の皿に残っていたオートミールを一気に口に含んで飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 ギスギスした朝食の後、アリスが『魔法薬学』の教室に現れたのは遅刻ギリギリの時間だった。

 

 というのはハーマイオニーとのやり取りの後で大広間にふくろう便が届き、驚いた事にハリーのところにペットのヘドウィグが手紙を運んで来た為、その対応で時間を使ってしまった為だ。

 

 手紙の送り主はハグリッドで、ハリーとアリスを彼主催のお茶会に誘いたいとの事だった。今になってみればハグリッドとのお茶会という楽しみが午後に控えていて本当にラッキーだったと思う。

 

 何しろアリスとハリーは『魔法薬学』の最初の授業で担当のスネイプに最悪な印象を与えてしまう事になってしまったのだから……

 

 『魔法薬学』の授業は地下牢で行われる。ここは城の中にある教室より肌寒く、壁にはずらりと並んだガラス瓶の中でホルマリン漬けの動物がプカプカしており、不気味な雰囲気を漂わせていた。

 

 地下牢の教室は既にグリフィンドールとスリザリンの生徒で満席となり、アリスはスネイプが来る前に急いでハリーやロンと一緒にハーマイオニーの近くに座った。

 

 その隣でハーマイオニーはまた不満気な表情でハリー達を睥睨していたが、言い合いになる前にスネイプが教室に入って来たのでちょっぴり安心するアリス。

 

 全身を黒いローブで包んだスネイプは静かに出席を取り始め、他の先生と同様ハリーの名前で点呼を止めた。

 

「あぁ、さよう。ハリー・ポッター。我らが新しいスターだね」

 

 わざわざハリーが座る机の前に来てまでクラスのみんなに紹介するスネイプ。というより、魔法界が誇る有名人のハリーをネタにご贔屓のスリザリンと共に彼を貶めようという彼の意地悪な性格が垣間見えてしまい、アリスはそれが教師の在り方なのかと印象を悪くした。

 

「……さて諸君。このクラスでは魔法薬調剤の微妙な科学と、厳密な芸術を学ぶ」

 

 出席の確認を終えたスネイプが再び話し始める。まるで呟くような話し方なのに、生徒達は一言も聞き漏らす事なく沈黙する。

 

「このクラスでは杖を振り回すようなバカげた事はやらん。そこで、これでも魔法かと思う諸君が多いかもしれん。フツフツと沸く大釜、ユラユラと立ち昇る湯気、人の血管の中を這い巡る液体の繊細な力、心を惑わせ、感覚を狂わせる魔力……諸君がこの見事さを真に理解するとは期待しておらん。我輩が教えるのは、名声を瓶詰めにし、栄光を醸造し、死にさえ蓋をする方法である──ただし、我輩がこれまでに教えてきたウスノロ達より諸君がまだマシであればの話だが」

 

 クラス中が静まり返る大演説だった。大多数の生徒はスネイプの言っている内容を理解できてないようだが、アリスは素直に感嘆していた。

 

 アリスの中で魔法と言えば杖を振り、呪文を唱え、不思議な生き物を飼い、箒に乗って、怪しげな薬を作る変な人というイメージだ。

 

 だが実際は『天文学』に『薬草学』、『変身術』や『闇の魔術に対する防衛術』というように、何でもかんでも杖を振って呪文を唱えるだけの授業が意外と少ない。直接的に魔法らしい魔法を学ぶ『妖精の呪文』ですら実技オンリーではないのだ。

 

 授業を受ける前はアリスも何となく実技タイプだと認識していた『変身術』だってそうだ。蓋を開けてみれば黒板に向かって黙々とノートを採る講義の時間の方が杖を使う時間より長かったし、宿題だってマグルの先生が出すレポートの提出と何ら変わらない。

 

 そこに魔法らしさがあるかというとアリスは若干首を傾げてしまうだろう。そんな中、魔法使いの一般的なイメージに近しいスネイプが教える『魔法薬学』に至ってはまさかの科学発言ときた。

 

(なんて言うか……とっても意外。スネイプ先生は見た目からしてもっと不思議で幻想的な事ばかり教えてるかと思ってたのに……)

 

 片手で頬杖を突いたアリスが机の上に出した教科書に視線を落として考え事をしていると、突然スネイプが「ポッター!」と大きな声でハリーの名前を呼ぶ。

 

「アスフォデルの球根の粉末に、ニガヨモギを煎じたものを加えると何になる?」

 

 いきなりの事でアリスは多少面食らったが、スネイプがハリーに訊きたい事に対する答えがどうしても思い浮かばない。

 

 おかしい……事前に教科書を読んでいたアリスの知る限り、一年生用の教科書にはそのような項目は記載されていなかったはず。つまり、スネイプの求める答えはまだずっと先の授業で習う魔法薬に違いない。

 

 そんな意地悪な問題を今年入学したばかりのハリーに訊ねるのはあまりに酷というもの。アリスを含めほぼ全ての生徒が意味不明とばかりに難しい顔を浮かべる中、ふと隣を見るとまさか内容を答えられるのか、ハーマイオニーの手が高々と真っ直ぐに伸びているではないか。

 

(えっ、ちょっ……!? ハーマイオニー、なんで手を挙げちゃうのよ……)

 

 あちゃー、と手で顔を押さえるアリス。ハーマイオニーが理解できているらしい事には正直驚いたが、この状況下でハリー以外の生徒が挙手したところで結果は見えている。スネイプは意地悪のつもりか、ハリー個人に敢えて質問しているのだから。

 

「わかりません」

 

 しかしハリーはお手上げとばかりに答えた。どうやら一度も教科書を開いていなかったらしい。アリスの場合は純粋な興奮と好奇心で入学前に一通りの教科書に軽く目を通してはいたが、さすがに意地悪なマグル一家と監禁同然に暮らしていたハリーには恐らく魔法のまの字を言う事さえ難しかったに違いない。

 

「有名なだけではどうにもならんらしい」

 

 それを嘲笑うようにスネイプは口元に笑みを浮かべて続ける。

 

「ポッター、もう一つ聞こう。ベゾアール石を見つけてこいと言われたら、どこを探すかね?」

 

 『ベゾアール石』──これならアリスもダイアゴン横丁の薬屋で実物が売られているのを興味深く見ていたから知っている。ベゾアール石とは山羊の胃から取り出す茶色い石で、石という名前だが実際は萎びた内臓の見た目をしている。とても貴重で入手が困難だが、大抵の毒薬に対する解毒剤となるらしい。

 

「わかりません」

 

「ポッター、君はクラスに来る前に教科書を開いて見ようとは思わなかったわけだな?」

 

 スネイプの悪質な追及にハリーは感情を押し殺して同じ言葉を続ける事しかできない。「誰か助けてよ……!」──アリスにはハリーの震える肩が先程からそう訴えているとはっきり伝わった。

 

(っ……ハリー! これ以上は、もう……許せない!)

 

 ここにきてアリスは我慢の限界を迎えた。これでは教師による明らかな虐めじゃないか……アリスは沈黙の中でガタッと勢いよく椅子から立ち上がると、スネイプの冷たくて暗いトンネルのような黒い目を力強く睨み付けた。

 

「……何だね? ミス──」

 

「リデルです。先生はハリーに個人的な意地悪をするよりまず、クラスに来る前に受け持つ生徒一人一人の名前と顔くらい正しく覚えておくべきかと思うのですが」

 

 ……あぁ、言ってしまった。今度はスネイプの青ざめた頬にさっと赤みが広がったのが嫌でも理解できた。先ほどまで教室の後ろで小さく笑い転げていたスリザリンの生徒は途端に息を殺し、グリフィンドールの生徒はできるだけスネイプの方を見ないようにしながらアリスに視線を集中させた。

 

「……何と言ったかね?」

 

「意地悪と言いました。スネイプ先生がスリザリンを贔屓するのは別にどうでもいいです。ただ、先生の個人的な感情一つで有名人にされてるハリーをさらにクラスの見世物みたいにされるのは我慢できません」

 

 ドクッ、ドクッと慌てた心臓が鼓動を早々と鳴らす音が血管の中から聞こえてくるようだ。アリスの問題発言にハリーは呆然と、ロンは必死に笑いを堪え、ハーマイオニーはショックのあまり挙手した格好で口をあんぐりと開き固まってしまっている。

 

「……リデル、君の無礼な態度でグリフィンドールは一点減点。ポッター、君も我輩の問いに答えられなかった為にグリフィンドールは一点減点……そしてリデル、君には追加で“意地悪”な課題を山ほど出しておくとしよう。よいな?」

 

「まぁ嬉しい……感謝します、“先生”」

 

「……では諸君、授業を始める」

 

 ちっとも懲りてない様子のアリスを見て苦々しく吐き捨てると、スネイプは苛立ちげに黒いマントを翻して教卓に戻っていった。

 

 この先スネイプには絶対負けてやるもんですか──と、アリスの中に眠っていた強い気持ちが全面に湧き出す。

 

 そこからはもうアリスとスネイプの戦いだ。ようやく始まった授業でアリスはネビル・ロングボトムというグリフィンドールの大人しい男子生徒と組む事になった。

 

 アリス的にはスネイプを見返す為に誰と組んでも完璧な魔法薬を完成させる気でいたが、ハリーにはロンがいるし、ハーマイオニーは……

 

「待ちたまえ、グレンジャー。君は先ほどの無意味な挙手から察するに相当の自信をお持ちらしい。よってリデルと組むのではなく、他の生徒の為に回してやろう」

 

「先生、そんな……私、できればアリスと一緒が……」

 

「二言はない、グレンジャー」

 

 アリスと組む前にスネイプから直々に他の生徒を見るようにと言われては反論できない。アリスと組むチャンスと期待したハーマイオニーは明らかに肩を落としていた。

 

 恐らく授業前にあれだけ悪い意味で目立ってしまったアリスがここで優等生のハーマイオニーと組むと、せっかくハリーとアリスを口実に減点できたグリフィンドールへ点を返す事になりかねないとスネイプは考えたのかもしれない。

 

 それでいて今期一年生の有望株と早くも噂されるアリスとハーマイオニーを別々の生徒に回す事で、難しいとされる授業の効率化もこなす……そのやり方にはやはり腹立つアリスだが、同時にスネイプは教師陣の中でも恐ろしいほどに有能なタイプと言えよう。

 

「ネビル、こうなったら私達で文句の付けようがないってくらい完璧な薬を作りましょう。スネイプ先生を必ずギャフンと言わせてやるんだから!」

 

「ア、アリス……」

 

 鼻息荒く教科書を捲って材料の調合に取り掛かるアリスを前に、内気な性格のネビルは少々気が引けてしまっていた。

 

 一方のアリスはさっそく教科書を捲りつつ、隣の席に座るネビルに幾つか簡単な指示を出す。最初の授業では二人一組のペアで『おできを治す薬』を調合するのだが、スネイプがアリスの為にと選んだ相棒のネビルがこれまた驚くほどに不器用な生徒だった。

 

 干しイラクサを計る際にはうっかり取りこぼしてアリス目掛けて盛大にぶちまけてしまい、蛇の牙を砕くのにも必要以上の時間が掛かり、結局はアリスが全部一人でやったようなものだ。

 

 先程から消え入るような声量で何度も謝るネビルを嫌な顔一つせず励ましながら、アリスはしっかりと教科書の手順通りに角ナメクジを正しく茹でていく。

 

 その後、時間は掛かったもののアリスはネビルの協力を所々得ながら完璧に『おできを治す薬』を完成させた。

 

 さぁ見ろと言わんばかりに調合を終えた得意気なアリスは見回りに来たスネイプに自分達の成果を見せるが……

 

「ほう……初めてにしてはなかなか見事な出来栄えと言えよう。これならばおできを治す事も容易い」

 

 にんまりと笑顔になるアリス。しかし薄ら笑いを浮かべるスネイプは矛先を彼女ではなく隣に座るネビルへと向けた。

 

「……ところで、ロングボトムは何か彼女の役に立ったのかね? 我輩の知る限り、彼は足手纏いでほとんど手を休めて眺めていただけに見えたが?」

 

「先生、それは違っ……っ!」

 

「いいんだアリス。僕は別に……」

 

 理不尽とばかりにスネイプに抗議しようとするアリスを今度はネビルが止めた。その弱気な表情は暗く落ち込んでおり、首を横に振るだけで何も言えない様子。

 

「ふむ……なるほど、そういうことか。リデル、君は二人一組という授業のルールを守らず、自分の力だけで調合した薬を良く見せようと考えたな? 君の態度にグリフィンドールはさらに一点減点」

 

 スネイプが冷たく言い放つと同時に授業終了のベルが鳴った。アリスとしてはあまりの出来事に怒りを通り越して呆然と椅子から動けずにいた。

 

(……あたしが悪くってもいいわ。だけど、ネビルまで悪く言わなくったっていいじゃない! 先生のばか!)

 

 彼はスリザリンの寮監で自分の生徒を贔屓こそしても、何故ここまで露骨にグリフィンドールを目の敵にするのだろう……それは教師としてどうなのか。

 

 アリスはじんわりと滲む悔し涙を周りの生徒に見られまいと必死に隠し、薄暗い地下室から逃げるように涙を溢して飛び出していった……

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。