ハリー・ポッターと魔法の学校のアリス   作:聖夜竜

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真夜中の冒険

 

 ──夕食時の事。初めての『飛行術』の授業を早退したアリスは友達のハーマイオニーと二人で大広間の席に腰掛けていた。

 

「えぇぇ〜っ!? それじゃああなた、規則を破ってご褒美を貰えたと思ってるわけ!?」

 

 アリスから事の顛末を聞き終えたハーマイオニーは周りの生徒に聞かれないよう、声量を小さく抑えてアリスに厳しい視線を送る。

 

「規則じゃないわ。マダム・フーチの言い付けを破ったってだけでしょ? だけどあの時はああしなきゃネビルが墜落してた──違う?」

 

「そ、それは……そうだけど……!」

 

 無茶な事を仕出かしたアリスを叱ろうと思いつつも、ネビルの事を出されたらさすがのハーマイオニーもそれ以上強くは言えないらしい。

 

「まぁ、私もマクゴナガル先生の話には正直グリフィンドールを贔屓し過ぎじゃないかって少し思うところはあるけれど……」

 

 ハリーやアリスがホグワーツの有名人だからか、それとも二人に空を飛ぶ才能を見出したからなのか……例えばもしこれが、他の生徒が彼らと同じ様に箒を無断で飛ばしていたとするなら、果たしてマクゴナガルに褒められて自分用の箒まで貰えていただろうか……と、アリスはどうしても考えてしまうわけで。

 

 今はまだハリーとアリスが一年生でありながらクィディッチ・チームにスカウトされた事はグリフィンドール・チームの選手以外に知られていない為、他の寮から不満や文句といった声は出ていない。

 

 しかし間違いなく不公平だと怒る生徒は今後出てくるはず……アリスはそうなった時が空を飛ぶ事よりもずっと不安で怖かった。

 

「そうね……それにしても、マクゴナガル先生がそんなにクィディッチが好きだなんて驚いたわ」

 

「ほんと。いつもは真面目なイメージなのにね。ふふっ、そういうところハーマイオニーにそっくり」

 

 言われてハーマイオニーの頬が赤く染まる。自分でも自覚はしているのだろう。ずっと憧れの存在だった本物のアリスと出会い、今こうして隣に座って夕食のステーキ・キドニーパイを食べているのだから。

 

「そう言えば、あなたハリーと違って日本の箒を貰えるって言ってたわね……」

 

「……? 日本のこと何か知ってるの?」

 

「まぁ、知っているかですって!? とにかくすごいんだからあの国!」

 

 あっ……これはまた“いつもの”が始まったな。アリスは経験上そう思うが時既に遅く、ハーマイオニーは目をキラキラ輝かせて興奮気味に語り出す。

 

「日本って国は世界的に見ても独特な文化を持つ珍しい国なのよ。特に信じられない有名な文化が、日本のマグルと魔法界が上手く融合し合ってあらゆる分野で共存関係にあるって事ね!」

 

 ハーマイオニーの言う様に日本という国はかなり特殊である。遥か昔、伝説の魔女『卑弥呼』の時代から魔法が歴史的に繁栄してきた世界最古の国家だが、19世紀後半の明治維新後に日本の魔法界と非魔法族との間で信じられない革新が起きた。

 

 マグルやスクイブ、半純血に対する差別主義が古来から根強く残っているイギリスと異なり、日本に置いて血の差別は全くと言っていいほど存在しない。明治維新より前の日本人は巫女や忍者、呪術師、陰陽師、霊媒師などと呼ばれる純血の魔法族が一般的に存在したが、現在ではその全てが純血である事を捨て去り、マグルと積極的に交わる事で滅びる事なく平和に繁栄して伝統的な血を残しているのだという。

 

 その為、英国魔法界に蔓延る出身者差別や貧富の格差が存在しない日本においては単に“魔法力を持つか持たないか”──その区別だけがあるわけで。

 

「どういう事……?」

 

「つまりね、私達みたいな普通の魔法界ならマグルに自分達の存在を気付かれない様に魔法を隠す必要があるでしょう? でも日本だとそれがまるで違うらしいのよ」

 

 まず第一にイギリスなどの他の外国の国々と違って、日本では現在でも妖怪や幽霊、精霊に八百万の神様が全国各地に存在し、人間とも平和的に共存している為、日本人はマグル出身でも古くから魔法や魔術といった不思議な力を信じる者が圧倒的に多い。

 

 加えて昭和時代に入ると魔法とは別に科学技術が急激に発達し、あらゆる分野のマグル製品が普及。魔法族の家庭であっても日本の魔法使いは皆好んで便利な電化製品を使い、煙突が家庭に存在しない日本では煙突飛行ネットワークの代わりに普段から箒や電車、空飛ぶ車や空飛ぶバイクで移動し、誰もがマグルのゲームに漫画、テレビ番組に夢中なのだという。

 

「特にアニメよね! 知ってる? 日本じゃアニメの制作会社に本物の魔法使いや魔女が何人か雇われてて、同じ職場のマグルには正体を隠して自分達の魔法や文化を少しずつアニメの中で登場させちゃうの」 

 

「えっ、でも……さすがにそんな事したら魔法省から怒られるんじゃ……? 日本に魔法省があるか知らないけれど……」

 

 アリスの疑問は最もだ。しかしハーマイオニーはふんわり笑って早口に答える。

 

「普通そう思うわよね? でもその結果、マグル向けにアレンジされた“架空の魔法”が出てくる日本のアニメが世界的に大ブームになっているの。イギリスだと『NINJA』、『バケモン』、『人間と幽霊美少女のラブコメ』、『空飛ぶ箒レース』、『魔法少女』、『魔法学園』、『異世界転生』なんかがやっぱり有名ね」

 

「へぇ〜……本だけじゃなくてアニメにも詳しいのね、ハーマイオニー」

 

「ほら、私の家が歯医者って前に話したでしょう? そこのテレビでマグル向けに作られた日本の『魔法少女』や『魔女っ子』ばかり観て育ったわ。だから私、ホグワーツから手紙を貰った時はずっと箒に乗って空を飛びたいって思っていたの!」

 

 そう言ってがっかりした様子で肩を落とすと、ハーマイオニーはホグワーツでの自分のささやかな夢をアリスに聞かせる。

 

「でも……イギリスの箒は私が『魔法少女ミラクル☆リリー』で観て知ってる魔法の箒と違ったわ。見た目もシンプルだし、飛行時にキラキラ光る星の軌跡も出ないし、箒のサイズを乗り手に合わせて自動で調整できないし、『ブルームナビ』っていう自動音声認識地図検索機能も付いてないし」

 

「えっ、待って何それ……ほんとに箒……?」

 

 ただ単に跨って飛ぶのが一般的な箒だと思っていたアリスにとって、日本で使われている箒に様々な機能がある事は信じられないらしい。その間にもハーマイオニーはテーブル上のステーキ・キドニーパイを綺麗に食べ終わる。

 

「ねぇアリス。日本の箒が届いたら、私にも一度乗せてくれない? 私だって本物の魔女になったんだから、魔法少女みたいに可愛い箒に乗って『ヘンシン』って言ってみたいわ」

 

「ハーマイオニー……え、えぇ……そうね」

 

 アリスはどう言葉を掛けるべきか本気で悩む。昨日の飛行訓練の一件で不機嫌なハーマイオニーに日本の箒を貰える様になったと話した途端、彼女が怒りを忘れて驚いていた理由がようやく分かった。

 

 つまるところ、ハーマイオニーも魔法の箒で空を飛び回りたいのだ。尤も、飛行訓練での内容を見る限り恐ろしく飛ぶのが苦手なんだろうなぁ……とは内心思ったが。

 

 

 

 

 

 ──その日の深夜23時半過ぎ、消灯時間を過ぎても遅くまでグリフィンドールの談話室に居残っていたアリス。制服から着替えたのか、女性用の白いナイトガウンを羽織ったまま、先日『魔法薬学』でスネイプに意地悪く出された山程の課題レポートを片付けていた。

 

 その様子は明らかに不機嫌そうで、他の生徒は暖炉の前に座り込んだまま一言も喋らない彼女にとてもじゃないが声を掛ける気になれず、どこか避ける様にして勉強中のアリスを独りにさせていた。

 

「………」

 

「あ、あの……アリス?」

 

 そこに恐る恐る近寄る二つの人影──ハリーとロン。二人はパジャマの上にガウンを引っ掛け、男子寮に続く螺旋階段を下ると、アリス以外に誰も居なくなった薄暗い談話室に下りて来た。

 

「あら二人とも。どうしたの? もう寝る時間でしょ?」

 

 レポートの上で羽根ペンを忙しく走らせていた白いガウン姿のアリスがふと視線を上げると、ハリーとロンは何やら困った様子でアリスの隣に座り込む。

 

「そう言うアリスこそ……」

 

「えっとその……課題大変そうだね」

 

「いいのよ。元はと言えば先生のスネイプにあんな態度取った私が悪いんだし」

 

 然程気にしてないと言いつつ、アリスは長時間作業していて硬直した背筋をググッと伸ばす。

 

「……なぁハリー。アリスに“あの事”聞いてみろよ……」

 

「でも……勉強の邪魔しちゃ悪いし……」

 

 ハリーとロンがひそひそと意味深に話す中、羽根ペンを再び走らせたアリスはレポートに目線を落としたまま二人の方を見ずに訊ねる。

 

「それで? 私に何か用なの?」

 

「あ、えっと……いいんだ別に。ごめんねアリス。そのまま勉強しててよ」

 

 ハリーはそう言って何故かそわそわしながら立ち上がると、未だ言おうか言わないか迷っている様子のロンを小突いて立たせた。

 

「ロン、行こう」

 

「あ、あのさ……アリスはネビルを見なかった?」

 

 とその時、ロンがついに我慢できずに言ってしまう。一方でアリスとしては全く予想外の名前をいきなり出され、思わず困惑した顔を二人に向けて聞き返す。

 

「ネビル? ──いいえ。私が談話室に最後まで残ってたけれど、ネビルの姿は見てないわね」

 

 アリスの答えを聞いた二人は“やっぱり”という顔で互いに見合わせ、慌てて談話室の出入口がある肖像画の穴に向かって歩き出すではないか。これにはアリスも何事かと羽根ペンを投げ捨て、二人の後を追いながら話し掛ける。

 

「ちょっと二人とも、待ってよ! 一体どうしたの? こんな夜遅い時間に外を出歩くつもり?」

 

「ごめんアリス、でも僕達急がなきゃ。実はネビルがベッドに居ないんだ」

 

 口早に説明しつつ『太った婦人』の肖像画を押し開け、その穴を乗り越えて行くハリーとロン。ハリーの話を聞いたアリスも慌てて肖像画の穴を乗り越え、グリフィンドール塔入口前の廊下に飛び出す。

 

「えっ? うそ……本当に?」

 

 信じられないとばかりにアリスが問う。ネビルが校則を破って真夜中に外出する様な生徒じゃない事はアリスもよく理解しているはず。そのネビルが何故……?

 

「──だったら私も一緒に行くわ。ネビルが心配だから」

 

 それに、ネビルが寮を抜け出したのは何となく自分に関係している様な気がするから……このまま放って置くなんて真似できない。

 

「ダメだアリス! 君まで連れ出す訳にはいかないよ! 同室のハーマイオニーに見つかるかもしれないし、早くベッドに戻らなきゃ!」

 

 それでも負けじとハリーが声を荒げる。するとその後ろにいたロンがハリーに向かって首を横に振り、今し方穴を乗り越えて来たばかりの『太った婦人』の肖像画を指差す。

 

「見なよ、二人とも……僕達帰れなくなっちゃったみたい」

 

 ロンの言葉にアリスとハリーが後ろを振り返ると、確かに『太った婦人』の肖像画はいつの間にか消えていた。どうやら彼女は夜の散歩にでも出掛けたらしく、結果的にアリスはグリフィンドール塔から締め出された形に。

 

「「「………」」」

 

 一同沈黙。そしてアリスは“わざとらしく”肩を竦めて見せる。

 

「──さぁ、これで私も共犯ね?」

 

 まるで悪戯が成功したかの様に、にやりと笑みを浮かべて可愛らしく言うアリスに対し、ハリーとロンは思わず笑顔になってしまう。実際のところ、この場で一々うるさく怒ったりしてこないアリスが一緒に居てくれるだけで、今の二人にはとても心強い。

 

「君、最高の女の子だぜ」

 

「二人とも静かに。見回りのフィルチが気付かないうちに、ネビルが行きそうな場所を探してみよう」

 

 ロンがニヤニヤ笑っていると、ハリーも仕方ないとアリスに着いて来るよう目配せで指示を出す。アリスを仲間に加えたハリーとロンはネビルが普段行きそうな場所を思い浮かべようとするも、あまりネビルと一緒にいない為に生憎見当も付かない。

 

「医務室じゃないか? いつも怪我してそうだし」

 

「ちょっとロン。ネビルは飛行中に怪我してないのよ? その言い方はどうかと思うわ」

 

 ロンの当てずっぽうな予想に眉を顰めるアリス。それと同時にハリーが二人の会話を片手で制して静かにする様にと素早く合図する。

 

「シッ。──フィルチだ」

 

 アリスとロンがすぐに話し声を止めると、三人が立つ廊下の一番向こう側から黒い人影が壁伝いに真っ直ぐ伸びるのが見えた。ホグワーツを管理する意地悪なアーガス・フィルチがランプを片手にあちこち城内を見回っているらしい。

 

「どうしよう……このままだと全員見つかっちゃう」

 

「急ごう。アリス、ネビルが行きそうな場所に何か心当たりとかない?」

 

「うーん……ネビルが行きそうな場所……城の中だと図書室とか。でもそれなら夜20時には閉館だし、とっくにフィルチかピンス司書に見つかってるはずよね……」

 

 アリスはネビルが図書室で一人勉強しているのを何度か見掛けた事がある。しかしアリス的にはネビルがハーマイオニーの様に毎日閉館時間ギリギリまで図書室に通い詰める勉強熱心な生徒には見えないし……

 

「もしかしたら、ネビルは暗い場所にはいないんじゃないかしら? 彼って人一倍怖がりみたいだし」

 

「それかお腹痛くてトイレに籠もっているとかだな」

 

「先生に見つかって罰則を受けてるのかも」

 

 などと考えながら先程フィルチの影が見えた方向とは真反対の廊下を素早く静かに移動する三人。そうしているうちにアリス達は大広間に繋がる動く階段がある広々としたエリアまでやって来た。

 

 ここは各寮に続く真っ暗な廊下と違って真夜中でも明るく照らされており、消灯時間過ぎて既に誰も人が通らないにも拘らず階段が時々上下左右に動き出したりしている。

 

 壁際に数え切れないほど飾られているホグワーツの様々な肖像画達は全員が目を閉じて寝ていたり、『太った婦人』と同じく別の場所にある肖像画へと外出中だったりして、誰もアリス達が真夜中に抜け出して歩いている事に気付いてもいない。

 

「うわー。こんな明るくて目立つ場所じゃ、フィルチにすぐ見つかっちゃうよ」

 

 ロンの言い分は正しい。三人はなるべく足音を立てない様にして階段を渡り始める。と、その時──

 

「──ねぇ!? 見て! あれ、あそこにいるの──ネビルじゃない!?」

 

 アリスが急に大声を出して階段の遥か下を指差した。見れば四階に位置する“消えた階段”の前で昼間と同じ制服姿のネビルが震える様に“残された手すり”にしがみつき、しゃがみ込んでいるではないか。

 

「本当だ! どうしてあんなところに……」

 

「急ごう。フィルチが来ないうちに!」

 

 ハリーとロンも遥か下にいるネビルの小さな姿を視認すると、三人は急ぎ四階に降りれる階段を進み始める。

 

「ネビル! 大丈夫かい!?」

 

 やがて五階と四階を繋ぐ階段の先端側に到着したハリーが代表して声を掛けると、三人を見上げる形でネビルは泣きながら首をぷるぷる震わせて口を開く。

 

「ああよかった! 僕、もうずっと前からここに取り残されてるんだ。図書室が閉館して、寮に帰ろうとしてたら途中で階段が動き出して──」

 

 ──ネビルの話を纏めるとこうだ。あの飛行訓練が悲惨な結果に終わって医務室から一人帰った後、アリスとハーマイオニーが夕食の席で日本について話していた事を近くで盗み聞きしていたネビル。

 

 そこでネビルは初めての授業で不甲斐ない自分を二度に渡って助けてくれた恩人のアリスにお礼をしようと思い付き、夕食後に急いで図書室に行ったそう。

 

 そこで閉館時間まで目的の本を何冊か借り出して来たものの、両腕いっぱいに分厚い本を抱き抱えながら歩いていたネビルはグリフィンドール塔に通じる階段ではなく別の階段に乗ってしまい、気付いた時には新入生歓迎会でダンブルドアが話していた四階の禁じられた廊下に到着。

 

 自分のよく知る居心地良い綺麗な廊下とはまるで景色の違う、四階の冷たく寂れた暗い廊下に気付いたネビルは慌てて元いた階段まで引き返そうとしたものの、既に階段は何処かに移動してしまった後──

 

 そこからなんと3時間以上も居なくなったまま一向に戻って来ない階段が残した僅かな手すりの石柱にしがみつき、誰かが来るまで隠れて待っていたとの事。

 

 しかし運が悪い事に禁じられている四階に続く階段まで近寄ろうとする生徒は皆無で、またそれぞれが寝泊まる各寮への階段も城の七階に位置する為、わざわざ行く必要の無い四階の入口までは誰も見る暇なかったのだろう。

 

「とりあえず、ネビルが無事なのはわかったけど──」

 

「うん。この先にあるはずの階段が戻って来ないんじゃ、ネビルのところまで届かないよ」

 

 ネビルから話を聞き出した三人はどうにかしてネビルが待つ四階の入口まで辿り着こうとするが、こうして三人とネビルを繋ぐ階段が消えている以上、手も足も出せない。

 

 万事休すか……と、その時。

 

「──アリスッ! このばか!」

 

 階段の下で立ち往生しているアリス達の背後から突然聞き覚えのある声が響き渡る。この声は──

 

「えっ……? ハ、ハーマイオニー!?」

 

「おいおい、噓だろ……?」

 

 全員が驚愕する。あの規律を擬人化した様な優等生のハーマイオニーが、ピンク色のガウンを羽織った寝間着姿でこちらに猛接近して来る。

 

 その表情は完全に激怒しているのが誰の目にも明らかだ。しかも驚いた事に彼女の目元は赤く濡れ、泣き腫らしているではないか。

 

「ハーマイオニー……泣いてる……?」

 

 泣き顔のハーマイオニーは下りの階段を何段か飛ばしかねない勢いで素早く突き進み、いよいよ動揺を隠せないアリスに向かって力強く抱き着いた。

 

「ぐすっ……ばかぁ……ほんとに私……ぐすっ……ずっと、ずっと心配してたんだからぁ……!」

 

 アリスにがっしりとしがみ付くと、スンスン鼻を鳴らして泣き崩れてしまうハーマイオニー。これにはアリスだけでなくハリーやロン、そして階段の先端側にいる彼女達を見上げる形でオロオロしていたネビルまでもが激しく動揺してしまう。

 

 アリスに出会えてようやく落ち着いたハーマイオニーの話によると、『太った婦人』はあれから数分も経たないうちに自分の肖像画へと帰って来たらしく、グリフィンドールの談話室を抜け出したハーマイオニーは『太った婦人』にアリスがいつの間にかベッドから居なくなったと伝え、婦人の制止を無視してまでそのまま探しにやって来た様だ。

 

 それを聞いたアリスは酷く申し訳無い気持ちになり、未だ怒った様子で腕組みしながら涙目で可愛らしく睨んでくるハーマイオニーに対し、何度も何度も頭を下げ続けて誠心誠意謝罪する。

 

 また、さすがに今回ばかりはアリスを黙って連れて来た自分達も悪いと思ったのか、しくしく泣いているハーマイオニーにビビったハリーやロン、そして何故か関係ないはずの被害者ネビルまでもが階段の上からハーマイオニーに対して全員揃って頭を下げていた。

 

 階段に乗ったまま全員がそんな事をしていると、突然別の方向から階段が近付いて来るではないか。それは行く手を阻まれて困っているアリス達とネビルのちょうど真ん中で動きを停止する。

 

「見て! 四階への階段が戻って来た!」

 

 ……何はともあれ良かった。これで何とかネビルが待つ四階の廊下に辿り着く。

 

「ネビルも……本当にごめんなさい」

 

「ううん、大丈夫だよ。僕こそアリスに──」

 

 そう言ってアリス達がネビルのところまで歩み寄ろうとした──その直後だった。

 

「見つけたぞッ! そこにいるのは誰だッ!」

 

 とうとう見つかった──フィルチだ。突然の怒鳴り声に全員がビクッとして声の出処に振り返ると、七階の階段からこちらを恐ろしい形相で睨み付けながら全速力で走って来るフィルチの姿が小さく見えた。

 

「逃げろ!」

 

 ハリーが力一杯叫ぶと、全員が戻り道の階段ではなく四階の廊下に大慌てで逃げ込んでいく。あのまま階段を上ってしまえば間違いなくフィルチと途中で出会す。皆が皆、そう思っての行動だった。

 

 フィルチが追い掛けて来るかどうか振り向く暇もなく、五人の少年少女は全速力でドアを通り、暗く冷たい夜のトンネルを思わせる不気味な廊下を一目散に駆け抜ける。

 

 廊下の真ん中を走る度に壁際に置かれた幾つもの石柱の松明が灯火していく。そうしているうちに五人は禁じられた廊下の一番奥まで来てしまったらしい。彼らが今立っている場所より先にもう逃げ道はなく、あるのはたった一つの扉だけだった。

 

「ダメだ閉まってる!」

 

「もうそこまでフィルチが来てるわ!」

 

 ハリーとアリスが扉を開けようと何度も押して叩くが、鍵が掛かっているらしく一向に開く様子はない。

 

「もうだめだぁ……おしまいだぁ……」

 

「ちょっと! そこ退いて!」

 

 ハリーの隣でロンが情けない顔で呻き声を出す中、ハーマイオニーはすぐに自分の杖を取り出して扉の取っ手に向けて呪文を放つ。

 

「アロホモラ─開け─!」

 

 するとカチッと鍵が開き、ドアがゆっくりと開き始める。五人は後ろを見る事もなく折り重なる様に扉の中へと雪崩れ込む。

 

「アロホモラって?」

 

「『基本呪文集』第七章よ」

 

 ロンの疑問にハーマイオニーは当たり前とばかりに偉ぶって答えるが、それってたしか一年生がだいぶ先の授業で習う予定の基礎呪文なはず……アリスも『基本呪文集』の教科書を読んで呪文自体は知っていたが、まだハーマイオニーの様にアロホモラを一発で使えるまでには実力が達していない。

 

 もしもこの場にハーマイオニーが居なければ、アリスやハリー達はどうなっていたのだろう……考えるだけでも恐ろしい。

 

「ここじゃないのか……くそっ、逃げ足の速い奴らめ」

 

 フィルチが来た。五人が隠れる扉のすぐ近くまで迫り来るのが足音でわかる。誰もが息を殺して捕まるかもしれない恐怖に震える中、一足遅く見失ったフィルチはこの扉に鍵が掛かっていると思っているのか、中を開けようとはせずに悪態を吐きながらそのまま廊下を引き返していく。

 

「大丈夫……もう行っちゃったみたい」

 

 フィルチの足音が遠ざかり、アリス達は盛大に安堵の溜息を漏らす。ここまで生きた心地がしなかったのは初めての事かもしれない。

 

「助かったぁ──ちょっとネビル、いい加減離してちょうだい。そんなに強く引っ張るとガウンが伸びちゃう」

 

 アリスは胸元を押さえて何とか呼吸を整えながら後ろに立つネビルにぴしゃりと言う。実は五人の一番後ろに立っていたネビルは先程からずっとアリスが着る白いガウンの袖をグイグイ引っ張っては、何やらか細い呻き声を出していたのだ。

 

「ぁ……ぁ……」

 

 壊れた様に口を大きく開き、言葉にもならない意味不明な声で顔面蒼白になったネビルはガクガクと震えている。

 

「ネビル?」

 

 流石に不審に思ったアリス達がネビルに倣って背後に一斉に振り返ると、そこには現状考えられる限り最悪な悪夢が広がっていた。

 

 五人が真正面に見たのは怪獣の様に血走った大きな犬のギョロ目だった。それも頭が三つ、目は六つもあり、三つの口からは黄色い牙を剥き出し、その間からヌメヌメとした涎が垂れ下がっている。

 

 宛らギリシャ神話に登場する地獄の番犬ケルベロスの様に鎮座する異形。床から天井までの薄暗い空間全体がその黒い怪物犬で埋まり、アリス達から見てもどれほど巨大なのかが嫌でも分かってしまう。

 

 寝起きで明らかに不機嫌だと言いたげな恐ろしい唸り声を出し、六つの怒れる目がギロリと五人の小さな姿を捉える。

 

 ……逃げなきゃ確実に殺される。ただ今この場所から出ていけばフィルチに見つかる可能性が高い。アリス達はどうするか……目の前に待ち受ける死か、フィルチとの罰則か──この怪物を相手にするくらいならフィルチの方が百万倍マシだ。

 

 そうと決まれば長居は無用。アリス達が声の出せる限り力一杯に叫ぶのと、怪物犬が眠りから完全に目覚めるのはほとんど同じタイミングだった。

 

「「「「「アァァァァァーーーーッ!!!」」」」」

 

 アリス達は大慌てで後ろの扉に我先にと雪崩れ込む。最後尾のネビルが扉から逃げ出ると、その直後に巨大な犬の顔が扉ごと喰い破り兼ねない勢いでガチガチと歯を打ち鳴らし始めた。

 

 恐ろしい悲鳴を上げて廊下に倒れ伏すネビルを尻目に、アリス、ハリー、ロン、ハーマイオニーで協力して扉を全力で押し戻す。最後にハーマイオニーが取っ手の鍵を再び強く閉め直すと、何とか怪物犬を扉の向こう側に閉じ込める事に成功した。

 

「はぁ、はぁ……はぁ、はぁ……」

 

 アリス達は転んだネビルを助け起こすどころか全員で力無くその場にへたり込み、息も絶え絶えにしばらく身体をワナワナ震わせる。

 

 フィルチの姿はない。急いで別の場所を探しに行ったらしいが、そんな事はもうどうでもよかった。今はとにかく一刻も早くあの怪物犬から少しでも遠くに離れたい──ただそれだけしか考えられない。

 

 

 

 

 

 ──それから、何とか動けるまで回復したアリス達がどのルートを通ってフィルチに見つからずにグリフィンドール塔まで戻って来れたのかはもう誰も覚えていない。

 

 『太った婦人』の肖像画の穴を乗り越えて談話室に辿り着いた時には、五人全員が激しい疲労感と命が助かった事による安堵感と睡魔に襲われていた。

 

「いったい何考えてるんだよ!? 学校にあんな化け物を閉じ込めておくなんて!」

 

 談話室のソファにへたり込みながらロンが最もな怒りをぶつける。その後ろでアリスは自分が放り出したスネイプの課題レポートがテーブルの上に無造作に置かれたままになっているのを見つけ、あのままここで大人しく勉強していたらどれだけよかったかと意味も無く考え始めた。

 

「あなた達、どこに目を付けてるの? 怪物の足元見なかった?」

 

「足なんて見てる暇ないよ! 頭を見るので精一杯さ! 気が付かなかったの!? 頭が三つ!」

 

 突っかかるハーマイオニーに対するロンの言い分は正しい。五人の中じゃ一番身長が低いアリスでさえ三つの頭に釘付けだったのだから……とてもじゃないがあの状況下で怪物の足元を見る余裕なんて全くない。きっと他の三人も同じだろう。

 

 ハーマイオニーは自分以外に誰も怪物犬の足元を見ていない事を理解したらしく、談話室の椅子に力無く座り込んだ全員を睨み付ける様に見渡して言い放つ。

 

「あの怪物の足の下に仕掛け扉があったわ。何かを守っているのよ」

 

「何かを守ってる?」

 

「その通りよ。じゃあ、失礼していいかしら? もう寝るわ。あなた達に付き合ってたら命を落としかねないもの。もっと悪くすれば──退学ね」

 

 ハーマイオニーはハリーとロンを睨み付けながらきっぱりと言い放つ。その後ろで何とも言えない表情をして成り行きを見守るアリスとネビル。

 

「さぁ、ベッドに行くわよアリス。あなたには後日たっぷり“お話し”させてもらうから」

 

「あ、ハーマイオニー待って……! えっと、みんなごめん! おやすみなさい!」

 

 そう言って立ち上がるハーマイオニーはスネイプの課題レポートや羽根ペンを急いで片付けていたアリスの腕を強引に引っ張り、女子寮へと続く螺旋階段を駆け上がっていく。

 

 一方で残されたハリー、ロン、ネビルの三人はお互いに顔を見合わせ、気まずそうに立ち上がってから男子寮に向かって階段を登り出す。

 

「ごめんよ、みんな……僕のせいであんな怖い目に遭わせちゃって」

 

「いいんだネビル……今回は僕達が悪いよ。やっぱりアリスを来させるべきじゃなかった」

 

 ハリーは女の子であるアリスとハーマイオニーを巻き込んだ事を悔いている様子。元はと言えばルームメイトのネビルが就寝時間を過ぎてもなお戻って来ない為に、何かあったんじゃないかとネビルを心配したハリーがロンを連れて探しに行こうと言い出した事が始まりである。

 

 まさかアリスが談話室に居残り勉強中だとはハリーも想像しておらず、おまけにロンがアリスに深夜外出の事情を話してしまった事でアリスの好奇心を刺激してしまった。

 

 確かにハリーとロンだけでは心細く、頼れるアリスが一緒に来てくれた時は内心とても感謝していたのは事実。しかしそれが熱狂的な“アリス中毒者”であるハーマイオニーまでをも危険なネビル探しに付き合わせる形となり、結果として二人の女の子を殺し兼ねない恐ろしい目に遭わせてしまった……

 

 その事がハリーの良心を傷付けていた。ロンは隣を歩くハリーが責任を感じて俯いているのを見て、バツが悪そうに呟く。

 

「それはまぁ……だけどさ、死ぬよりも退学になる方が悪いのかよ……」

 

 それでも最後まで嫌味ったらしいロンに答える者は誰一人いなかった。

 

 




『日本通なハーマイオニー』
基本何でも知ってるハーマイオニーならイギリス以外の国に詳しくても不思議ではない。
特に好きなのは、日本や一部外国地域で放送されている魔法少女ミラクル☆リリーというマグル向けの美少女アニメ。
ハーマイオニーは幼い頃から実家の歯医者で放送されていたこのアニメを観て魔法というものを知り、空飛ぶ箒に憧れた。

『マルフォイとの決闘イベント』
話の都合上なくなりました(笑)
そもそもこの作品ではハリー達はそこまでマルフォイ達を敵対視していません。今のところ。

『救世主ハーマイオニー』
アロホモラが使えるハーマイオニーが居なければ今回フィルチに全員捕まってました。

『もうだめだぁ……おしまいだぁ……』
『死ぬよりも退学の方が悪いのかよ……』
映画版の賢者の石でロンが言った名言。
さすがお辞儀様と並ぶ原作屈指の名言製造機っぷり。

『ネビルが借り出した本』
四階の階段の近くの床に置きっぱなしです。
ネビルはフィルチや三頭犬から逃げるのに精一杯でこの時は本の存在を完全に忘れています。
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