アレは嘘だ(オイ)
いつもの事ながら文章力皆無、原作改変が酷いのでご了承ください。
それと今回、ちょっと長いです。
『黒猫は星空を翔ける』
二年にも及ぶアインクラッドでの生活の中で、どうしても忘れられない……一生付いて回るような、そんな想い出がある。
新しい階層へ進み、新しい街の宿へ泊まると、決まって見る夢。
悪夢のような、白昼夢のような、そんな『思い出し難い』想い出は、まだ私の中に渦巻いていた。
※※※※※
最前線フロアから三層程下がった階層、第四十六層のダンジョンで、私は大型の昆虫型モンスターの討伐をこなしていた。
辺りは既に暗く、手に持つ剣のソードスキルが閃光を放ち、同時に相手していた二匹のモンスターのHPを削り取る。
パリン、と聞きなれた効果音を耳にして、私はようやく緊張を解いた。
「……ふう」
先日、選択
効率の良い狩場ならではの『一パーティ一時間まで』という協定に習い、セットしていたアラームが終わりを告げるのに余裕を持って戦闘を終える。
後ろで順番待ちをしていたパーティ達の呆れ顔は見ないふりだ。笑ってる人達も、そうしてればいい。意に介すだけ無駄だよね。
「いくら何でも無理しすぎだろ、キリトよぉ……何時からやってんだ」
ヒュッ、と飛んできた回復ポーションを危なげなく受け取り、一気に煽る。気付けば自身のHPゲージはイエロー間近だった。苦いレモン味のような飲み物は、時間経過で私の体力を回復してくれる。
声の主はもちろん、私の数少ないフレンドのクラインだ。
「んと……夜八時とか、そのへん」
「おい、今午前二時だぞ? タダでさえこの狩場はソロじゃ危ねぇのに、気力切れたら死ぬぞお前」
飽きれたふうに言う裏側に、彼なりの心配と優しさが込められていることを知っている。それでも、私はやめるわけにはいかない理由があった。
「大丈夫だよ。……もっと、レベルをあげなきゃ」
「……お前がどんなにレベリングしたって、アレをソロで倒すのは無茶だ。年一のフラグMOBだ。普通なら、ボス攻略と同じようにレイド組んで討伐するもんだろ」
クラインの言うことは最もだ。
私がこんなに無茶なレベリングをする理由、それはとあるクエスト――――四日後に迫る、クリスマスイベントのボス討伐にある。
「そんなの、やって見ないとわからないよ」
「やって死んだらどうすんだよ。知ってんだろ、嫌なくらい、死んだらどうにもならねェって。……それに、もし倒したとして、例の《蘇生アイテム》とやらがガセじゃねぇ確証もないんだぞ」
クリスマスイベントの情報がNPCから出るようになって、暫くした頃。
『イベントボスを倒せば、とある《蘇生アイテム》が手に入る』といった旨の噂があちこちで立った。
私は別に、レア武器とか装備とかコルとか、そんなものを望んでいるわけじゃなかった。
ただ一つ、その《蘇生アイテム》そのものを、心の底から渇望しているだけだった。
「それも、分かってる」
「……まだ、後悔してんのか。もう半年も経ったってのに」
何をどうしても頑なに首をふらない私に、クラインは諦めたようにそう言った。
半年……半年か。たった半年、いやまだ半年だ。
「忘れられるわけないだろ……半年で、忘れられるような事じゃない。俺以外、全滅したようなもんなんだから」
「でもありゃぁ、攻略ギルドでもねぇのに前線近くにまで上がってきて、シーフがトラップふんだんだろ。お前の責任じゃねぇよ、って何回言ったか、オレ」
「そうじゃないよ……違う。俺の責任だよ。俺には前線に上るのを止めることも、トラップだと教えることも、アラーム鳴った後でさえ、全員脱出させることが出来たはずだったんだ」
私が、自分のレベルを明かして『手鏡』を使用し、
クラインにも言ってないその事実を、私は胸の中で重たく呟いた。
暗い顔をする私に彼が慣れない慰めを口にしようとする前に、私は続けて言った。
「たしかに、低い確率だよ。それでも、出来ることはしないと。そうだろ、だって俺は、生き残ってしまったんだから」
その言葉を最後に、クラインに背を向けて、街の方へと歩き出す。あまり気を遣わせるのも望んでいる事じゃない。……彼の優しさに漬け込むのは、いけないことだ。
「……お前が死んだら、それこそ本末転倒だろうがよ」
クラインの悲しそうな声は、聞こえないふりをした。
△▽△▽△▽
「大丈夫、ですか? もしよければ、このまま出口まで護衛しますけど」
そんな風にダンジョンで『知らない人』と会話をしたのは、実に第一層攻略を終えて四ヶ月ほどしたある日、デスゲーム開始から五ヶ月目の時だった。
その日の私は当時の最前線から十層以上下の階層で、武器の素材になる素材集めを目的に低難易度ダンジョンに潜っていた。
無茶なレベリングと強引なソロプレイ、あととある【隠しダンジョン】による『スキル』の熟練度上げによって最前線でも一人で開拓できるレベルにいた私にとって、そのダンジョンでの狩は退屈なくらいの楽な作業だった。他の中層プレイヤーを避けつつ二時間、必要量のアイテムを集め終えるのには十分な時間が過ぎ、さて帰ろうと帰路についたところで、通路を少し大きめのモンスター達に追われながらこちらへ逃げてくるパーティと遭遇したのだった。
「あ、危ない! 避けてくれ!!」
そんな悲鳴を上げながらモンスターとなんとか距離を取ろうとする彼らを見て、私はらしくもなく『お節介』を焼くことに決めた。
「よいしょっと」
まずはそこら辺に落ちている小石を拾い、大型モンスターに《シングルシュート》で投げ付ける。雀の涙ほどのダメージの後、ヘイトが私に全集中し、モンスター達は私目掛けて駆けてきた。
「えっ……」
「ほらほら、こっち!」
追われていたパーティから若干離れるように後退し、背中に下げた剣を抜く。これくらいなら、ダメージを受けることも無いだろう。
目の前のモンスター【武装ゴブリン】の一人を片手剣三連撃技《シャープネイル》で消し飛ばし、スキル硬直の少ない利点を利用してそのまま隣の敵に《レイジスパイク》で突進、スタンしている間に立て続けに攻撃を加え、HPをゼロにする。もっと使える範囲技を早く覚えたいな、なんて思いながら残りの雑魚を薙ぎ払った。
まるで紙を切るかのようにスパスパとモンスターを斬り倒していく私を見て、逃げてきたパーティの面々はポカーンと口を開けていた。
「大丈夫、ですか? もしよければ、このまま出口まで護衛しますけど」
そして冒頭に戻る、と、こういうわけがあったのだ。
モンスターを倒し終えた私は、失念していたことを思い出す。
一般的に、前線攻略をしているハイレベルプレイヤーが下層の狩場を荒らすのは褒められた事じゃない。酷ければ上層ギルドに依頼が飛んで、最悪吊し上げの後に新聞の非マナープレイヤーリストに載ることもある。
それだけならまだいい。
今、命からがら逃げ出して助かった彼らの安堵に満ちた表情が、私を【ビーター】と蔑む顔になるのを、私は恐れていた。
第一層でヘイトを集めた後、やっぱりそれなりに酷い目にあっているから、出来ることなら【ビーター】だということは露見したくない。
「ありがとう……本当に、ありがとう。もうダメだと思った……助けに来てくれた時、本当に嬉しかった。本当に、ありがとう」
しかし、私に向けられた言葉は罵詈雑言などではなく、そんな涙ながらに紡がれる『感謝』の言葉だった。
瞬間、私は言葉を失う。その時生まれた感情は、今でも名付けることは出来ない。けど、ただその時私は、ああ、助けられるくらい強くて、よかった。ただそれだけでいっぱいだった。
「いや、大したことはしてないよ。……お互い様、だよ」
曖昧な笑みを浮かべて、お礼をくれた黒髪の女性プレイヤーに返事をする。
出口までの護衛を申し出たのは、きっとそんな彼らの醸し出すアットホームな雰囲気が、長い孤独なソロプレイで擦り切れそうな私の心を暖めるように思えたから、なのかもしれない。
「俺もちょうどポーションが少なくなってきましたし、よければ……」
「心配してくれて、ありがとう。できれば、僕達の方からもお願いしたい」
私の嘘に、パーティリーダー……ケイタというプレイヤーは大きく顔を綻ばせて、うなづいた。
迷宮区を出て、無事主街区に戻った私は、今日のお礼をさせてほしいというケイタの言葉で酒場へ連れられることになった。
NPCのウェイターに注文したワインで祝杯を上げ、メンバーと私の自己紹介をする。私が助けたパーティは『月夜の黒猫団』という少数ギルドで、メンバーはケイタ、テツオ、サチ、ササマル、ダッカーの五名。
月夜の黒猫団は、ソロプレイヤーの私から見てもバランスの悪いパーティだった。前衛と言えるのは盾とメイスを装備したテツオ一人で、あとは短剣のみのシーフ型、棍使い、長槍使いが二人。スイッチしても盾役が居ないから、レベル的に足りてても狩場では安定した戦闘は困難だった。
「へぇ、そのレベルであの場所でソロ狩りが出来るんですか!」
聞きづらそうに私のレベルを訪ねたケイタに、私は少しの間を置いて、彼らの平均レベルの三、四ほど高いレベル――それでも本当のレベルより二十も低いレベルを告げた。ビーターであると指さされるのを、恐れたためだった。
「敬語はいいよ。多分、大して歳は変わらないだろうし……それにソロって言っても、そんなに効率がいいものじゃないよ」
「そっか……じゃ、じゃあさ」
嘘に嘘を重ねる私に、ケイタは少し躊躇うような言い方で、私にある提案をした。
「君なら、すぐにでも他のギルドに誘われちゃうと思うから……その、君さえよければ、うちに入ってほしい」
それは、連日の攻略戦で心の擦り切れた私にとって、とても甘美な誘いだった。
「それは……」
一瞬、迷う。
ただでさえ性別を偽って、秘密が露見するのを怯えてソロプレイをしているのに、私がギルドになんて入ってもいいのだろうか。
しかしその迷いは、もう疲れた、休みたいという私の心の疲れ――――弱さが、消し去ってしまった。
「……うん、わかった。取り敢えず、期間を決めてだけど、入れさせてもらうよ」
「やった! あ、サチ、ちょっとこっち来てよ」
私の返答に満面の笑みで返したケイタは、手を挙げてひとりのメンバーを呼ぶ。
こちらにワイングラス片手にやってきた彼女は、私に礼を言ったギルドの紅一点……サチだった。
「こいつ、見ての通りメインスキルは両手用長槍なんだけどさ、もう一人の長槍使いよりもスキル値低くて。だから今から盾装備の片手剣士に転向させようと思うんだけど、なかなか上達しなくて。キリトも片手剣士だし、ちょっとコーチしてくれないかな?」
「なによ、人をみそっかすみたいに」
ケイタに頭に手を乗せられてそう言われたサチは、拗ねましたとでも言わんばかりに頬を膨らませてから、ちろっと舌を出して笑った。
「だってさ、私ずっと遠くから敵を突っ突くだけだったのに、いきなり前に出て接近戦しろって言われても怖いよ」
「なんのために盾があるんだよ。まったく、昔からお前は怖がりすぎるんだ」
うりうりと頭を撫でつけるケイタに、サチがでもー、と反論する。
仲良さげな二人――――いや、ギルドそのものを見て、なにか私の疲れきった心が安らぐような感覚を感じた。
微笑ましそうにふたりを見る私を、ケイタは照れたように笑って言った。
「いやさ、うちのギルド実は、現実だとみんな同じ高校の部活仲間なんだよね。特に僕とこいつは家が近所で……ああ、心配しなくていいよ。みんないいやつだから、キリトもすぐ仲良くなる。絶対」
ギルメンがみんないい人だってことは、迷宮区を抜けるまでにもう分かっていた。だからこそ、彼らを騙していることにちくちくと罪悪感を感じる。けど、その時は知らないふりをした。
「じゃあ、仲良くさせてもらおうかな。……改めて、よろしく」
※※※※※
月夜の黒猫団に入って暫くすると、前衛に私が増えたことで格段にバランスが改善されていた。
安定した戦闘ができることで、ケイタ達のレベルは順調に上がっていき、加入一週間もすれば狩場を一つ上の階層に移動できるくらいだった。
戦闘の数に比例するようにレベルが上がり、メンバーの連携も研ぎ澄まされる。コルも今までとは比にならないくらいペースで溜まり続け、ギルドハウスの購入も視野に入るようになっていた。
そんな順調な――――最前線から離れたぬるま湯のような日常の中、唯一といって上手くいかなかったのは、サチの片手剣の扱いだった。
「うーん……むずかしいなぁ……」
戦闘の後、決まってばつの悪そうな顔で震えた手を隠すサチを見て、ギルメンの皆は「大丈夫、すぐ上手くなれる」とか「怖がらなければ簡単だよ」とか声を掛けていたけど、実はそんなに簡単な事じゃないということを、私は敢えて言わなかった。サチの片手剣転向は、そんなに急ぐものじゃないと思っていたからだ。
しかし他のメンバーの意見は違うようで、途中加入の私に負担をかけるのを申し訳なく思っていたのか、その分サチへのプレッシャーが強くなっていった。
「なぁ、サチが……サチが、いないんだけど……」
そんな中、ある夜、サチが姿を消した。
ギルドメンバーリストからでもサチの居場所が見えず、ギルメンの面々は大騒ぎになり、すぐにみんなで探すことになった。迷宮区にいる場合、居場所が表示されなくなるので、そうなるとソロプレイによる戦闘死の危険が出てくるからだ。
しかし私は、迷宮区には行かない、と言い張った。
圏内の場合でもいくつか追跡不能の場所があるから、という建前の裏には、私が《索敵スキル》の上位派生、《追跡》を獲得していたという理由があったからだ。
ケイタ達に許しをもらい、彼らが迷宮区へと向かった後、私は追跡スキルを起動し、視界に表示された黄緑色の足跡を辿って走り出した。
「こんな所に、いたんだね」
主街区の外れにある水路の中。
サチはそこで小さく蹲るようにして座り込んでいた。
「……キリト? ……どうしてこんな所が判ったの?」
答えようもないその質問に、私はきついかな、と思いながらも答える。
「カン、かな」
「……そっか」
サチはそう静かに笑った後、また同じように抱えた膝の上に顔を伏せた。
どう言ったものかな、とそんなに無いコミュニケーション能力をフル行使して、言うべき言葉を探す。そうして出てくる言葉は、やっぱりなんの工夫もないありきたりなものだったけど。
「……みんな心配してるよ。迷宮区に探しに行った。早く、帰ろう?」
その声かけに、長い間答えは返ってこなかった。
一分か二分、もしくはそれよりも長く感じられた時間の後、俯いたままのサチの囁き声が耳に入ってきた。
「ねぇ、キリト。一緒にどっか逃げよ」
それは逃避を願うものだった。
「……逃げるって、何から? モンスター? 黒猫団のみんな? ……それとも、」
この、デスゲームから?
私の問いにサチは顔も上げず、小さくうん、と答えた。
逃げる、という行為は果たしてこの世界で許されるものなのか。
そんな疑問がふと湧いた。
モンスターから逃げる。当然、強い敵と出逢えばよくあることだ。
ギルドから逃げる。犯罪ギルドだったら逃げる人もいるだろう。
じゃあ、このゲームから逃げるには、どうすればいい?
「キリト、私……死ぬのが怖い」
思考に落ちる私を、サチの弱々しい呟きが現実へと戻す。
死にたくない。それは私だって同じだ。
「……君は」
これから私が言うのは、きっとなんの根拠もない戯言だ。ただの虚言にも成りうる、その場限りの優しい嘘だ。
いつかこの言葉が彼女を裏切るかもしれない。そうと分かっていても、それでも私は、言わずにはいられなかった。
「君は死なないよ」
できるだけ強がって言ったその言葉を、彼女はどう受け取ったのだろうか。
「このゲームがクリアされるまで、死なない。君は、生きて帰るれるよ」
説得力など欠片のない、薄っぺらい言葉。
サチの隣に座り、彼女を抱き締めてそう言い続ける。
――本当は、そう言って欲しかったのは、私だったんじゃないの?
嗚咽を漏らさないように、ぎゅっと強く私の胸を抱いて、彼女は少しだけ泣いた。
※※※※※
その夜のサチ失踪未遂事件以来、夜になるとサチは私の部屋で寝るようになった。
泣きそうな顔をしてごめんね、とベットに入ってくるサチに、私は何かを言うわけでもなく、小さく「ん」と手を広げ、抱き締める。
赤子をあやすように背中を撫でて、大丈夫、と寝るまで声を掛ければ、次の日は何も無かったかのように振る舞うサチを、私は受け入れ続けた。
それはある種の償いで、またある種の優越感のようなものだったと思う。
偽り続ける私がその時出来たのはサチを、ギルドの皆を守り続けることだけだった。
私のベットで心細そうに丸くなるサチに向かって呪文のように偽りの言葉を掛け続けていると、サチは毛布の下からちらっと私を上目遣いに見て、小さく微笑んでから眠りに落ちていった。
それから一ヶ月も経たない後。
サチとケイタを除くギルドメンバーが、
私の目の前でモンスターに殺された。
△▽△▽△▽
「ああああああああッッッッ!!!」
懇親の一撃がボスを貫き、ついにその巨体を地につけるに至るまで、私のHPゲージは初めて赤の危険域に突入していた。
ボスを倒して、プレゼントが入っているという白い袋を残してポリゴン体になったとき、私のストレージには一つの回復クリスタルも残っていなかった。かつて無いほどに死に近づいて、ギリギリで生き残ったというのに、私はなんの感動も、安堵すらも湧いていなかった。
静かに剣を鞘に収め、予備に一つだけ残していた回復ポーションを煽り、回復を待つ間に、唯一残された例の袋も消滅する。今のでボスがドロップしたアイテムは、全て私のストレージに格納された。
武器やら食材やらで雑多になった新規入手欄から、たった一つのアイテムを探す。
数秒後、あっさりそれは見つかった。
「《環魂の聖晶石》……」
恐る恐るオブジェクト化されたそれに触れる。
そして、表示された簡素な解説文を読んで、私は完全に絶望の底へと叩き落とされた。
【このアイテムのポップアップメニューから使用を選ぶか、あるいは手に保持して《蘇生:プレイヤー名》と発生することで、対象プレイヤーが死亡してからその効果光が完全に消滅するまでの間(およそ十秒間)ならば、対象のプレイヤーを蘇生することができます】
およそ十秒間。
無機質な文字列が、冷徹な程に『もうサチに会うことは出来ない』という現実を私に突き付ける。
真っ白になる頭の中で、目の前で死にゆくギルメンのみんなと、そして、外周から身を投じたサチの最期がリフレインする。
あの時、サチはなんと言って逝ったのだろう。
私に対する呪詛か、それとも悲運を悔いる泣き言か。
今となってはもう、確かめる術はない。
「キリト……?」
モミの木の前で崩れ落ちた私に、よく知る声が掛けられる。
私は力なく手にしたそのアイテムを
「それが、噂の真実だったよ。次、誰か目の前で死んだら、使ってあげてほしい」
ドロップした転移結晶をオブジェクト化して、転移を唱えようとすると、彼――クラインは、泣きながら私の方を掴んで、懇願するように言う。
「キリト……お前ェは、お前ェは生きろよ……! もしお前以外のみんなが死んでも、お前ェが生き残ったなら、最期まで生きてくれよ……」
きっと、彼が泣くなんてこれが最初で最後だろう。
男泣きしながら私の肩に力を入れるクラインから逃れるように、私は転移を唱えた。
△▽△▽△▽
初めてキスをしたのは、きっとどちらからともなく、ぽっかりと空いた胸の隙間を埋める為だった。
ギルドハウスを買うために交渉へ行ったケイタとサチを置いて、待ってる間ダンジョンで暇を潰したいな、なんて言った他のメンバー達と一緒に前線とは言えなくてもそれなりに難易度の高いダンジョンへコル稼ぎへ行った。
ダンジョンに潜ることも、アラームトラップのことも、全部止められたはずなのに、私は失敗した。
トラップを踏んで結晶無効化空間に飛んだ時、私は咄嗟に『手鏡』を使用することを思い付いた。性別を元ある姿に戻して、【両手装備禁止】を解禁して、あの『スキル』――――発現していたエクストラスキル、『二刀流』を使えば、あの場を脱することは出来たはずなのに。私はそれを、躊躇した。
……躊躇した結果、みんなが死んだ。
私一人だけが生き残り、宿屋に戻った時、ケイタは酷く狼狽していた。それはそうだ。帰ってきたらみんなが居なくて、死んでいて、連絡が取れなくなったんだから。
サチはなぜだかその場に居なかったけど、私はケイタに事の顛末を打ち明けた。
自分のレベルとスキル。本当は前線を攻略する攻略組だということ。
全てを聞き終えたケイタは、もはや何の感情のない表情で、ただ一言、無感情に言い放った。
「ビーターのお前が、僕達に関わる資格なんてなかったんだ」、と。
彼はそのまま町外れのアインクラッド外周部へ向かい、追い掛けた私の目の前で何のためらいもなく飛び降りた。
程なくして訪れる絶望。しかしまだ一人残っていることを思い出して、私は一人ノロノロと宿屋へ戻った。着いた頃には、もう夜だった。
「……死ん、だ?」
宿屋の自分の部屋に戻れば、そこには当然の如くサチがいた。
ただ淡々と、起きてしまったこと、隠してきたことを報告すれば、彼女は小さくそう呟き、しばしの沈黙に陥った。
程なくして、サチは部屋の電気を消し、何事も無かったかのように、いつものように私のベットに寝転がり、私に隣へ来るよう催促する。
「サチ……」
許しを乞うように音が漏れる口を、サチは短くその唇を押し付けて塞いだ。
驚きはしなかった。
彼女と私は決して恋をしていたわけじゃない、と今でも断言出来るけど、なぜだかあの時はなんの困惑も覚えなかった
ふと頬を冷たいものが伝い、泣いていることに気付く。そんな自分に、なぜだか許し難いことをしているような気がして、よくわからない怒りが湧いてきた。
どうして、泣きたいのはサチの筈なのに、私だけが泣いている。
「キリト、珍しいね。……これじゃあ、いつかと立場が逆だよ」
私の涙を指で拭って、サチはくすりと微笑んだ。
どうして彼女は、いつの間に強くなってたのだろう。泣いてもいい、泣くはずの場面なのに、彼女は決して泣かなかった。
「ごめん……ごめん……! 私が、私のせいで……!」
一人称を取り繕う事もせず、ただただ咽び泣く私を、彼女は胸に抱いて撫で付ける。彼女の言うとおり、いつかとまるで逆だった。
「忘れよ、キリト。……みんなの事は、忘れなきゃ。
いつかはただ蹲って泣くだけだった彼女が、今度は私を勇気づける。言い方に違和感があったのに気付かなかったのは、私の落ち度だった。
泣いて泣いて、そしてサチの胸で泣き疲れて、いつしか意識が飛んだ。
次に目が覚めた時、隣にサチは居なかった。
慌てて着の身着のまま追跡スキルを起動して、昨夜ケイタが飛んだ外周部へと駆け付ければ、柵を越えて朝焼けを眺めるサチがいた。
「意外と早かったね」
「サチ、サチ、サチ! やめて、ダメだよ!」
振り返り、私に微笑む彼女になりふり構わず近付いて、その肩を掴む。ここで今、彼女を離せば、永遠に失ってしまう。
「あのね、キリト。私、本当に、キリトと会えて良かったよ。でも、皆を置いていくのは、多分、ダメだから」
小さく微笑む彼女に、私は尚更取り乱す。
それでも彼女は、こちらには戻ってこない。
「……昨日はごめんね。それと、これからも、ごめん。だからこれは、お詫びみたいなものだと思ってほしいな」
サチはそういうと、私の頬に手を添えて、昨日より幾分か長く口付けをした。
えっ、と小さな驚き。
身体から力が抜けたその一瞬をついて、サチは私の肩を強く押して、後ろに飛んだ。
「――――サチ!!」
「ばいばい、キリト…… 」
柵に手をかけて手を伸ばしても、もう届かない。
サチは、眩しい朝焼けの中に飲まれて、永遠に消えていった。
△▽△▽△▽
さて、これからどうしようか、と、宿屋の自室で虚空を見つめる。
今までの私を支えていたものは、先ほど『存在していたけど望んでいたものではなかった』という残酷な現実により、消え失せてしまっている。
いっそのこと、死んでしまおうか。
そんな浅ましい気持ちが思考を支配する。
ぼう、と何をするでもなく時間だけを空費していた私を現実に戻したのは、聞き覚えのないアラーム音だった。
「……?」
周りを見てもアイテムの類は存在しない。そもそも、私はアラームを掛けた覚えが無いのでそのアラームは『私のもの』ではないだろう。
いつまで経っても鳴り止まないアラーム音に、たった一つの心当たりを開いてみる。
サチとの共用ストレージ……未だに残してあるそのストレージは、結婚する程でもないけどそれなりに仲の進んだ人達のためにあるようなものだ。私とサチの共用ストレージは、サチが亡くなる少し前に作ったものだった。
サチが亡くなってもなお、残り続けるストレージを開き、ゆっくりと下へ向かう。
すぐに『タイマー式録音クリスタル』と名の付いたアイテムを見つけた。アラームの主は、このクリスタルだったようだ。
身に覚えのないアイテムをオブジェクト化してみると、聞き覚えのある――――懐かしいサチの声が、再生された。
メリークリスマス、キリト。
君がこれを聞いている時、私はもう死んでいると思います。生きていたらクリスタルを取り出して、自分の口で言うつもりだからです。
えっと……、最初になんでこんなメッセージを録音したのか、説明するね。
多分私、そんなに長く生きられないと思います。
キリトが助けてくれても、みんながいても。
あ、いや、別にみんなが弱いからってわけじゃないんだ。キリトの言うように、どんどん強くなってるし。
あのね、なんて説明したらいいかな……。
……この前、仲良くしていたほかのギルドの友達が、死んじゃったんだ。私と同じくらいの怖がりで、全然安全なはずの場所でしか狩りをしなかった子なんだけど、運悪く一人のところをモンスターに襲われて、死んじゃった。それから、色々考えて、やっぱり、本人に生きようっていう意思がないと、この世界じゃ生きられないって思ったよ。
だからね、キリト。私が死んじゃったのは、やっぱり私が弱いからなんだよ。キリトは多分私が死んだら自分を責めると思うけど、違うよ、君のせいじゃないよって、そう言いたくて、このメッセージを録音しました。タイマーを次のクリスマスにしたのは、せめてそれくらいまでは生きていたいなって思ったからです。君と一緒に、雪の街を歩いてみたいから。
あのね、私本当は、キリトがどれだけ強いか知ってるんです。君のベットで目覚めた時、後ろからキリトが開いてたウインドウ、見ちゃったんだ。どうしてキリトが本当のレベルを隠して私たちと一緒に戦ってくれるのかは、たくさん考えたけどよく分からなかったよ。でも、君が強いって知ってから、私、すごく嬉しくて、君の隣なら夜も怖がらずに眠ることが出来たよ。それに、もしかしたら、私と一緒にいることが、君にとっても必要なことなのかもって思えたことも、すごく嬉しかった。それなら、私みたいな怖がりが、ムリして上の層に登ってきた意味もあったってことになるよね。
……あとは、私が言いたいのは、もし私が死んでも、キリトは頑張って生きてね。生きてこの世界の最後を見届けて、この世界が生まれた意味、私みたいな弱虫がここに来ちゃった意味、そして、君と私が出会った意味を見つけてください。それが私の願いです。
えっと……だいぶ時間余っちゃったね。これ、すごいいっぱい録れるんだね。えっと、じゃあ、クリスマスだし、『赤鼻のトナカイ』でも歌います。覚えてるの、これだけなんだ。
伴奏も何も無い、サチのアカペラで赤鼻のトナカイが歌われる。
私は、泣いていた。
あの日以来一度も流さなかった涙が、とめどなく頬を伝い、机を濡らす。
……私にとって君は、 暗い道の向こうでいつも私を照らしてくれた星みたいなものだったよ。
じゃあね、キリト。君と逢えて、一緒にいられて、ほんとによかった。
ありがとう。
さようなら。
声が途切れ、クリスタルが光を失い、再生を終えて机に落ちても、私の嗚咽が止まることは無かった。
サチはどうしたって死にます。
生き残らせるには矛盾やら何やらでめちゃくちゃになるので……
というか文字の多さは今までで一番かもしれません。
なんと驚異の11602文字!!!(前回9千弱、平均7千文字)
……なんで?
ところでこれ、百合なんですかね?????
申し訳程度のキスシーン(2回)とハグくらいしかしてませんね……しかもキリ子♂のままだし……
ああ、癒しが欲しい……
ちなみにですが、キリ子さんがプレイヤーのことを初期のように「アスナさん」やら「エギルさん」と呼んでいたように「さん付け」をしなくなったのは、ネトゲ廃人のクラインに「あんまり下手に出るとなめられる」といったアドバイスを貰った、というバックヤードがあったりなかったり……