ソードアート・オンライン ヒーロー・ガール   作:城田 海光

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さてさて来ました、シリカさんのターン。
前話のサチ? ……知らない子だ(逃避)
あ、ユニークアクセスが知らぬ間に千件突破していました。……え、これマジですか?(マジです)
これからもこの作品共々、応援よろしくお願いします。
なお、アスナさんの出番は……orz
sideシリカで始まります。


四話『青龍使いと黒の剣士』

『青龍使いと黒の剣士』

 

 

 吐いた息が白く濁る。

 がちがちと恐怖で歯が鳴り、腰が抜けてべしゃりと座り込んだ。

 顔を上げれば三体の大きな猿型モンスター【ドランクエイプ】があたしを見下ろしていて、HPゲージに意識を向ければもうイエローに突入している。……このまま袋叩きにされれば、死ぬ。そういう場面だった。

 

 【ドランクエイプ】は、今あたしのいるダンジョン、『迷いの森』の中でトップクラスの戦闘能力を持つ知能型モンスターだ。団体行動を好み、なんと戦闘中にスイッチまで仕掛けてくる。例えば、二体いるうちの一体が負傷したら後ろに下がり、腰に下げてある酒瓶(回復薬)を煽って体力を回復する、というように、このモンスター単体ならあたし一人でも申し分ないのだが、群れに出会ってしまえばその限りでない。

 きっちり前衛、後衛が揃ったパーティならまだしも、ある些細なきっかけで単独行動をしていたあたしの場合、攻撃を受け、一度スタン状態に陥れば――もう、命はないも同然だった。

 

『ギャアアアアアアッ!!』

 

 モンスターの凶暴な棍棒攻撃があたしに迫る。

 もうここまでか、と身を縮めると、視界の隅に青いものが飛び出すのを捉えた。

 

「きゅるっ!!」

 

 ガンッ、という重苦しい衝撃音。眩しいまでのエフェクト光に目を細めると、それは―――

 

「ピナっ!」

 

 それは、この残酷な閉鎖された世界で唯一あたしを支え続けてくれた愛獣……使い魔モンスターの、ピナだった。

 果敢にも主を守らんと飛び出したピナは、重い棍棒攻撃を真っ向から受け、地面に叩きつけられた。

 

「きゅる……」

 

 地に落ち、首をあたしに向けて見つめながら、そう弱々しく鳴いたピナは……直後、割れたガラス細工のように光の欠片とその長い尾羽を残して、消滅した。

 ふっ、と何か目の前が真っ暗になった気がして、すぐさまもう一度攻撃を加えようとする【ドランクエイプ】の姿が目に入る。

 

 今度こそ、あたしは死を覚悟した。

 体力、気力共にギリギリだった。

 手にしていた短剣は最初に弾き飛ばされ、身を守るものは何もない。

 振りかざされた棍棒がライトエフェクトを纏いながら近付いてくるのを見て、ついぎゅっと目を瞑って迫り来る衝撃を耐えようとして―――

 

 キィン、となにか硬いものを弾く音(・・・・・・・)に身を竦める。

 が、来ると思っていた衝撃はいつまで経っても来ない。

 恐る恐る目を明けると、そこには。

 

「……ごめん。君の友達、助けられなかった」 

 

 掛けられたのは、そんな優しい声。

 黒いコートに身を包んだプレイヤーが、あたしの前に立っていた。

 恐ろしいあのモンスター達はもう、居なかった。

 声を聞いたあたしは、身体を強ばらせていた緊張の糸が切れるのを感じ、脇目も振らず泣き出してしまった。

 

「なん、で……ピナ、なんで……」

 

 強い喪失感が胸を襲い、嗚咽と一緒にそんな後悔が溢れ出る。

 ピナが残した青い尾羽を手に取り、止めどなく泣き続けていると、あたしを助けてくれたプレイヤーの人が頭を撫でてくれた。

 

「うっ……ぐすっ、うわああああああ……」

「ごめんね……」

 

 風貌を見るに男の人なのに、何故だか女性的な……お姉ちゃんみたいな、そんな雰囲気を漂わせる彼に、私は身を任せて泣くのだった。

 

 

※※※※※

 

 

「……よし、無事抜けられたみたいだね」

 

 親切な黒髪黒コートのプレイヤーさんに連れられ、あんなに苦労した『迷いの森』を危なげなく出ることが出来たあたしは、順調に迷宮区を進み、無事第三十五層主街区『ミーシェ』へと辿り着いた。

 

「ありがとうございます……あ、あの、さっきのことは……」

「大丈夫、何も見てないよ」

 

 泣いていたことを黙秘してくれる、と口に指を立てて示した彼に、冷めたはずの頬の熱が上がってくる。……うぅ、恥ずかしい……。

 

 あの後、泣き止んだあたしは彼――キリトさんの好意で取り敢えず安全圏まで送られることになった。キリトさんは高価な『迷いの森の地図』を持っていて、クエスト消化中にたまたまあの場面に遭遇したのだという。

 俯いてピナの残した形見――青い羽をアイテムストレージに入れたあたしに、キリトさんは小さく「もしかしたら……」と呟いた。

 

「ちょっと、そのアイテムの名前を確認して貰えないかな」、と言われた通りにストレージから名前を確認してみると、そこには『ピナの心』と称されたあの青い羽が入っており、またうるっと泣き出しそうになったあたしを彼は慌てて慰める。

 

「あのね、ここから十二層上の……第四十七層に、思い出の丘っていうダンジョンがあるんだ。そこに行けば、使い魔蘇生用のアイテムが手に入るってクエストが起こるんだけど……」

 

 どうかな、とクエストの話を教えてくれたキリトさんに、私は喜び半分、悔しさ半分といった気持ちだった。

 あたしのレベルは今、44。この第三十五層のダンジョン程度だったらまだ、安全マージンは取れている。

 が、キリトさんの話すクエストが起こるのは、その更に十二層も上のダンジョンだと言う。……常識的に考えて、無茶だった。

 

「お気持ちは嬉しいんですけど、レベルが……でも、教えてくれてありがとうございます。何時か、チャレンジしたいと思います」

 

 まだ生き返る可能性があるなら、どれ位時間がかかってもいい。いつか、絶対ピナを生き返らせよう。あたしはそう決意し、キリトさんに告げる。

 しかし、キリトさんが返したのは、厳しい現実……それと、意外な相談だった。

 

「……残念だけど、《心アイテム》は死後三日が経つと、新しく《形見》ってアイテムになって、その後の蘇生は不可能になるんだ」

「えっ……」

「そこで、だけど。もし良ければ、俺が着いていこうか、って……」

 

 キリトさんはなにやらシステムウインドウを操作しながら、そんなことを簡単に言ってのけた。

 数秒後、私の目の前に何故か《トレードウインドウ》が開かれた。中を確認すると、聞いたこともないようなアイテムがざっと十種類ほど記されていた。

 

「それを装備すれば、なんとかレベルも五、六くらいは上がると思う。あとは俺がいれば何とか安全マージンが取れたとは言えないけど、それなりに危険もなく行けるかな、って思うんだけど……」

 

 えっ、と間の抜けた返事が勝手に出る。

 どうしてそんな、会って間もないあたしに、こんなに良くしてくれるんだろう。何か目的があるんじゃないか……そんな失礼な疑いが、あたしの中に生まれてくる。

 

「っと、ああ、別になにか要求する訳じゃないよ。安心して欲しい」

 

 不安でじっと押し黙るあたしに、キリトさんは困ったように笑ってそう言った。

 じゃあ、何故? そんな目で彼を見ると、彼は迷うような……なにか恥ずかしいことを隠そうとしているみたいな、打ち明けようかと迷うような、そんな表情でうぅんと唸り始めた。

 

「……笑わない?」

 

 笑わない、とはなんだろう? そんな疑問顔で「はい」、と答えてみれば、キリトさんは照れ臭そうに打ち明けた。

 

「君が……その、妹に似てたから、かな」

 

 あまりにもベタベタな言い分に、ついあたしは噴き出してしまった。慌てて口を抑えると、キリトさんは「うぅ、笑わないって言ったのに……」なんて顔を抑えて渋い顔。

 ……うん、この人、悪い人じゃないかも。

 いつの間にか疑いは何処かへ消え去り、そんな予感が確信へと変わる。

 

「っと……じゃあ、その。せめて……これじゃ、足らないと思いますけど……」

 

 ありったけのコルをトレードウインドウに入力してトレードボタンを押そうとすると、それはキリトさんに止められてしまった。

 

「お金はいいよ。俺じゃ使えないものだから、誰か使える人が使った方が装備たちも喜ぶだろうし」

「ええ……じゃ、じゃあ、その! ここを抜けたら、あたしにご飯をご馳走させてほしい、です!」

「……ふふ、うん。じゃあ、君に美味しいもの奢ってもらおうかな」

 

 少年のような出で立ちのはずなのに、女性のような笑い方をするキリトさんになんだか不思議な感覚を抱きつつも、その場はあたしが夕飯をご馳走することで収め、有難くプレゼントされた装備達を受け取ってすぐに装着する。キリトさんの言う通り、それだけであたしのステータスは一回りかそれ以上強化された。

 

 

 ※※※※※

 

 

「さて、君は何を食べさせてくれるのかな」

「あたしの泊まってる宿屋さんのNPCコックのチーズケーキが本当に絶品なんです! 他の料理は、まちまちですけど……黒パンよりは美味しいですよ」

「はは、それはいい。チーズケーキ、わた……んん、俺も好きなんだ」

 

 そんな長閑な会話をしながら宿屋に向かって歩いていると、前方からやって来たプレイヤーに声をかけられた。

 

「やぁ、シリカちゃん! 調子はどう?」

「あ、こんばんは……」

「もし良ければ明日、パーティ組んでダンジョン行かない?」

 

 二人組の男性プレイヤーに声を掛けられ、思わず隣にいたキリトさんの裾を掴んで一歩引いてしまう。その反応が気に食わなかったのか、二人組はキリトさんをじろりと睨み、威嚇するように言う。

 

「おいお前、抜け駆けかよ」

「……?」

 

 なんだこの人、と言った顔であたしと彼らを交互に見るキリトさんに、あたしは内心溜息をつく。

 中層プレイヤー達の中ではそれなりにハイレベルな所に位置していたあたしは、たまたまテイムしたピナのお陰もあって、所謂アイドルプレイヤーの仲間入りをしていた。そのせいか、マスコット的扱いでパーティに誘われることも多くなり、何故だかこんな諍いも増えていった。

 

「……なるほど」

 

 キリトさんは小さく聞こえないくらいの声で確かにそう呟くと、あたしの手を握って彼らに見せ付けるようにして言い放った。

 

「ごめんね、少しの間君らのところのアイドルを借りてるよ」

「!?」

 

 にやり、と意地悪そうに笑ってキリトさんは颯爽とあたしの手を引いて駆け出した。いたずら少年のような無邪気さを見せるキリトさんに、なんだか鼓動が早くなるような気がして――走ってるせいかな、と思い直すあたしだった。

 

「……ふぅ、いきなり走らせてごめんね。ここまで来れば大丈夫かな」

「あ、ありがとうございます……」

 

 宿屋の近くまで走ると、キリトさんはそう微笑みながら謝って手を離した。なんとなくそれが惜しいような気がして、気のせいかな、と彼の方に向き直る。

 ……すると、今あまり見たくないものまで視界に入ってしまった。

 

「あらぁ……? シリカじゃないの」

「君は……」

 

 意地悪な――さっきのキリトさんとは全く別種の、心の底から相手を嘲るような笑顔を浮かべた女性が、あたしを見つけてにやりと笑った。

 

「ロザリアさん」

 

 真っ赤な髪を派手にカールさせた女性……私が単独行動するに至った直接の原因である彼女が、にやにやと口の端を歪めるように笑う。

 

「へぇーえ、森から抜けられたんだ。オメデト。……でも、今更帰ってきても遅いわよ。ついさっきアイテムの分配は終わっちゃったわ」

「要らないって言った筈です! ……急ぎますから」

 

 今度はあたしがキリトさんの手を掴んでずんずんと前に進む。今は一刻も早く、彼女から離れたい。

 

「あら? あのトカゲ、どうしちゃったの?」

 

 ぴく、と彼女の挑発があたしの琴線に触れる。

 ――ああ、わざとだ。わざとそう言ってあたしを貶めているんだ、とすぐ分かった。

 使い魔は、ストレージに格納することも、どこかに預けたりすることも出来ない。使役主の近くにいないということは、もう一つしか理由はないのを、この槍使いが知らないわけがない。

 

「――死にました。でも、生き返らせますから、心配はいりません」

 

 自分でもびっくりするくらい、冷たい声が出る。

 そしてそんなあたしを、彼女はやっぱりバカにしたように笑った。

 

「へぇ、あんた、『思い出の丘』に行くんだ?」

「そんなに難易度の高いダンジョンじゃないそうですので。……それに、助けてくれるって人がいるので」

 

 ちらりとキリトさんの方を見ると、キリトさんは心做しか険しそうな顔をしてロザリアさんの方を見ていた。

 そんな彼を、ロザリアさんは値踏みする様に眺め回す。

 

「あんたもその子にたらしこまれた口? みたところ、そんな強そうじゃないけど」

 

 失礼な、とあたしが言われたわけでもないのに反論したい気分だった。

 

「うーん、どうだろ。まあ、今ここで証明する方法も気力もないし、どう思ってくれてもいいよ。さ、行こう」

 

 そんなロザリアさんの挑発をものともせず、キリトさんは笑顔でその場からあたしを離れさせる。

 

「せいぜい頑張ってね〜」

 

 なんとなく馬鹿らしくなって熱が冷めたあたしは、後ろでふざけたように笑う彼女を、振り向いて睨むこともしなかった。

 

 

※※※※※

 

 

「さて、まずは食事にしよっか」

「……はい」

 

 先ほどの彼女の非礼、面倒なことに巻き込んでしまったことを謝ろうとしたら、キリトさんはそんな風に手で制して止めてしまった。

 なんとなく気まづい空気の中、NPCウェイターが飲み物を運んでくる。

 

「いただきます…………!」

 

 湯気の立つそれを一口飲むと、じんわり温まるようなスパイスの香り、果実の甘みが口いっぱいに広がる。これは、ワインかな……?

 この宿屋に泊まり始めて二週間、およそここにあるメニューはあらかた頼んで試したあたしでも、この飲み物は心当たりのないものだった。

 目を白黒させて思案顔をするあたしに、キリトさんは小さく笑いながら言う。

 

「びっくりした? これ、『ルビー・イコール』ってワインなんだ。ワンカップ飲めば敏捷が1上がるめずらしい代物なんだって」

「そ、そんな貴重なもの飲んじゃっていいんですか?!」

「うん、全然。こういう持ち込みありのレストランとかじゃなきゃ飲まないし、ソロプレイヤーだから開ける機会もないしね」

 

 自嘲気味に笑うキリトさんと手にもった温かいワインを交互に見て、またちびちびと飲んでいく。……もしかしたらこの人、想像を絶するくらいレベルの高い凄い人なんじゃ、という疑念も出てきた。

 

 

 取り留めもない談笑をしながら食事を終え、一息ついたところで、あたしはぽそりとつぶやくように言った。

 

「どうしてあんな、ひどいこと言うんだろう……」

 

 先ほどのロザリアさんの言いようが悲しいやら悔しいやら、暗い顔をするあたしに、キリトさんは苦々しい顔をして答える。

 

「どこのゲームにも、ああいう……なんていうか、リアルと性格が変わる人って居るんだよ。現実じゃ真面目でも、ゲームでは乱暴になったり、その逆もしかりで。まあ、その辺のことは『普通なら』気にするだけ無駄なんだけどね……」

 

 普通なら。

 そこを強調して、キリトさんは一層顔を顰めて続ける。

 

「今はこんな状態なのにな……犯罪者が、特にプレイヤーを殺すような人が多すぎるよ……隣人間で殺しあってる場合じゃないのに」

 

 一番最初の……『始まりの日』以来、犯罪者プレイヤーというのが増えている、ということは中層プレイヤーであるあたしもなんとなくは知っていた。

 アイテムを盗んだり、詐欺をしたり――人殺しを、したり。

 あの赤ローブのゲームマスターが言うことを信じてのことか、違うのか、おそらく後者だと言い張り己を正当化する犯罪者プレイヤーが、ここの所やはり増えている。比例するように、あたしを含めた女性プレイヤーたちに対するセクハラのような言動、行動もなんとなく増えた気がしていた。

 

「……ま、俺も人のこと言えた義理じゃないんだけどね。人助けの数だって両手で数えられるくらいだし……助けた仲間を、今度は見殺しにもした」

 

 ふと、彼の藍色の瞳に影が掛かる。

 華奢でまるで女の子のような……力を入れれば折れてしまいそうな腕が小刻みに震えて、キリトさんはぐっと力を込めた。

 

「……キリトさんは、いい人です。だってあたしを、助けてくれたから」

 

 なにか気の利いたことでも言えればよかったんだけど、生憎あたしの語彙力は小学六年生で止まっている。……本当に大変なところに来ちゃったなぁ、帰るのがそれはそれで怖い。

 いたわりの言葉の代わりに、彼の震える右手をあたしの両手で包み込み、顔を見てそんな説得力のないことを言う。彼にとって彼が優しくない人だとしても、あたしからしてみれば、お人好しなくらい、いい人だと言うのは分かりきっていた。

 

「……俺が慰められちゃったなぁ。ありがとう、シリカ」

 

 自分の手にあたしの手が添えられたことに、キリトさんは一瞬驚いたような顔をして、そしてふわりと穏やかな微笑を浮かべた。

 その顔を見て、あたしは何故か胸の奥の方が痛むような、そんな感覚を覚えた。訳もなく全力疾走した後のような鼓動の音が耳に付き、頬は熱く熱を持つ。顔が熱い。

 慌ててキリトさんから手を離し、無意識に胸をぎゅっと抑える。

 

「ど、どうかした……?」

「いっ、いえ! そ、それよりもうこんな時間ですよ!! キリトさんは、どこ泊まってくんですか?!」

 

 無理矢理話題を変えるあたしに、キリトさんはきょとんとしながら、「ホームがあるわけじゃないしなぁ」となにやら思案顔をする。

 

「じゃあ、ここに泊まってこうかな。明日は一緒に『思い出の丘』まで行くわけだしね」

「あ、わ、わかりました……えと、本当にありがとうございます」

「いえいえ」

 

 笑いながら席を立つキリトさんにあたしも続く。

 胸の痛みは、まだ取れなかった。

 

 

 ※※※※※

 

 

「ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!?」

 

 触手を持つ植物型モンスターに足を取られ、あたしは絶賛真っ逆さまを体験中。……いや、笑えない。

 

「だ、大丈夫ー……?」

「大丈夫じゃないですぅ!! き、キリトさん! 見てないで助けっ――もぉぉーーー!!」

 

 力を入れて奮った新しい短剣《イーボン・ダガー》が紫色のライトエフェクトを放ちながらモンスターの触手を断ち、そのまま本体までも攻撃する。どうやらキリトさんの援護でHPは削られていたらしく、その一撃のみで撃破することに成功した。

 

「……お、おめでとう……」

「……キリトさん」

「っな、なにかな?」

 

 地面に着地し、スカートを押さえて、後ろの彼に問う。

 

「……見ました?」

「み、見てな――……少しだけ」

「うわぁぁぁん!!!!」

 

 昨日とは違う意味で顔が赤くなる。このままじゃ装備の色と同化して湯でトマトみたいになりそうだった。

 

「ご、ごめん……」

「キリトさんのばかぁ……」

 

 

 初めは苦戦した戦闘だったけど、五回ほど似たようなモンスター達と戦えばその姿にも慣れ、危なげなく目的地までの道のりを消化していく。……二つ前くらいの戦闘で、イソギンチャクみたいなモンスターの粘液まみれの触手に全身をぐるぐる巻きにされた時は、気絶するかと思ったけど。

 

「あともう少し、だよ」

「そうですね……あと、少しで」

 

 ピナを蘇生してあげられて、そして。

 キリトさんと、別れることになるだろう。

 なんとなくそれが寂しいような気がしたけど、あたしは頭を降って気持ちを切り替える。昨日から湧き続ける感情については、まだなんとも言えなかった。

 

「そういえば……リアルのことを聞いちゃいけない、とは思うんですけど……キリトさんの妹さんのこと、教えてもらえたりしますか?」

 

 比較的安全なゾーンに入ったというので、少し気になっていたことを聞いてみる。このゲーム、というかオンラインゲーム全般じゃリアルの話題というのは一部を除いて御法度なのだが、なんだか自分に似てるというその妹さんのことが気になっていた。

 

「あぁ、別に構わないよ。……といっても、そんなに仲良しって訳じゃなかったから、あんまり話せることもないんだけどね」

「そうなんですか?」

「うん。……妹って言ったけど、本当は従姉妹なんだ。事情があって、あの子が生まれた時から一緒に居るから相手は知らないはずだけど、こっちはたまたま知っちゃってさ。それから、なんか、自分が距離を取っちゃって」

 

 どこか遠くを見るように、昔の懐かしいことを思い出すような顔をするキリトさんに、やはりきゅっと胸を痛める。

 

「祖父が厳しい人でね。八歳の時に、俺も妹も近所の剣道場に通わされててさ。……二年間、殆ど暴力みたいな祖父の指導も受けて、自分の出自を聞いて、辞めちゃった。じいちゃんにはすっごい殴られたよ、それこそ立ち上がれないくらい。でも、妹がさ、二人分頑張るからって、助けてくれて。自分はそれからコンピュータにどっぷりはまったけど、妹はずっと剣道続けて、じいちゃんが亡くなる寸前は全国大会でもいい成績を残してたりしてたんだ。……ただ、それで本当に良かったのかなって。やりたいこと、他にもあったんじゃないか? 妹の未来を奪ってたりはしないか? って、引け目を感じたら、余計顔を合わせられなくて。それでここに来て、こんな状況だろ? 恨まれても仕方ないなぁって、ちょっと後悔してる」

 

 キリトさんはそう言って言葉を止めると、そっとあたしの顔を見下ろした。

 

「……だから、君を助けたのは、俺の勝手な自己満足なのかもね。ごめんね、なんか、勝手に変な罪滅ぼしみたいな真似しちゃって」

 

 自分は一人っ子だったので、悲しそうに笑う彼の気持ちを、すべて理解することは出来なかった。

 けど、何故かキリトさんの妹さんの方の気持ちは、なんとなく分かるような気がした。

 

「妹さん……恨んでなんか、無いと思いますよ。なんでも、好きじゃないのに頑張れることって、そんなにないと思うから。……剣道、本当に好きなんじゃないかなって、そう思います」

「君には――君には、本当に慰められてばかりだね。……そうかな。そうだと、いいな」

 

 話を終えて、代わり映えのしない道をしばらく進んだとき、キリトさんがぴたりと止まって前方の小高い丘を指さした。

 

「あれが『思い出の丘』だよ」

「あそこが……」

 

 逸る気持ちを抑えて、ポップするモンスターを丁寧に倒しながらゆっくりと進む。それでもいつもより早いスピードで戦闘を繰り返しているので、経験値も加速的に増えてゆき、ついにレベルが一上がってしまうくらいにはモンスターを倒していた。

 HPゲージに気を遣いながらもさほど長くない――けれどモンスターは大量だった――道を超えると、ついに小さな丘の頂点へとたどり着く。

 

「そこに立ってごらん」

 

 言われるがままに、丘の上で一つだけ置いてあるオブジェクトの前に立てば、何も無かったはずの石のようなオブジェクトに、白い花弁の花が咲いた。

 手折ってみると、すこしして手から消え、アイテム獲得の知らせがシステムウインドウに映される。

 

「《プネウマの花》……」

「その花の中に入ってる雫を《心》アイテムに振りかけると、組成させることが出来る。……けど、ここら辺は厄介なモンスターも多いし、街に戻ってからがいいかな。大丈夫?」

「はい……はい!」

 

 無事、アイテムを手に入れられたことに安堵と喜びから泣きそうになりながらも、元来た道を引き返す。幸い、モンスターと殆ど遭遇することなく丘を降りることが出来た。

 帰路は石橋の手前に差し掛かり、その橋さえ越えれば主街区――というところで、キリトさんは突然歩みを止めた。

 

「……そこに隠れてる人、出ておいでよ」

「え……?!」

 

 何の変哲もない木に向かって言った彼に釣られて、よく目を凝らして観察する。が、ただの木だ。何も無い。

 どうしたんだろう、とキリトさんの方を見ると、がさがさ音を立てながら何かが木立から出てきた。

 プレイヤーカーソルである逆三角形のアイコンは緑色、グリーンプレイヤーだ。……が、驚くべきことにそのプレイヤーの顔は、見知った人のものだった。

 

「ロザリアさん……? なんで、こんなところに」

 

 目立つ真っ赤な髪や同じくらい赤い唇、軽いレザーアーマーに身を包んで片手に細身の十字槍を持つその姿は、つい昨日までの二週間パーティを組んだロザリアさんだった。

 

「アタシのハインディングを見破るなんて、随分高い索敵スキルのようね。剣士サン、侮ってたかしら?」

 

 そこでようやく、あたしに視線が移される。

 

「その様子だと、首尾よく《プネウマの花》を手に入れたようね。おめでと、シリカちゃん」

 

 突然の祝福に面を食らう。

 にこり、そう笑う彼女の姿に薄気味悪いなにかを感じた。

 

「じゃ、早速だけど、そのアイテム渡してちょうだい」

 

 ごく普通に、当たり前のように彼女はそう言った。

 

「は……?」

 

 絶句するあたしをキリトさんは背に庇うと、昨日見たような険しい顔で、ロザリアさんに相対した。

 

「そうは行かないよ、ロザリアさん。……いや、犯罪者(オレンジ)ギルド『タイタンズハンド』のリーダーさんって行ったほうがいいかな」

 

 それを聞いたロザリアさんの顔から、意地悪な笑顔が消えた。

 オレンジギルド……? タイタンズハンド……?

 事態についていけないあたしを差し置いて、二人は続ける。

 

「へぇ……そんなことまで知ってるんだ。ふーん」

「シリカの……いや、シリカがいたパーティに二週間加入してたみたいだね。それも獲物だったのかな」

「そうに決まってるでしょ。本当は今日、お金たんまり貯めたところで襲おうと思ってたのに、一番楽しみなアンタは抜けちゃうしさぁ」

 

 こっちを見ていつものように(バカにしたように)嗤う彼女に、ぞくりと恐怖の念が湧いてくる。……あそこで、あの迷いの森でパーティから抜けなかったら、死んでいた。そんなこと、信じたくなかった。

 

「で、そんなこと聞いてどうするワケ? まさか、助けるなんて馬鹿なこと言わないわよねぇ?」

「それもある、けどそれとは別件で君を探しててね」

 

 それまで余裕そうにキリトさんと退治していたロザリアさんは、その言葉にピクリと反応して、訝しげな顔をした。

 

「君たち、十日前に三十八層で『シルバーフラグス』ってギルドを襲っただろう? リーダーだけが生き残って、それ以外は全滅した」

「あぁ……あの貧乏な連中ね」

「リーダーの奴はさ、毎日朝から晩まで最前線のゲート前広場で泣きながら仇討してくれる人を探してたよ」

 

 穏やかな言い様が、だんだん冷たく厳しい言い方になっていく。

 

「五日経っても、彼はそこに立ってた。……依頼を受けたよ。でも、彼はそんな俺になんて言ったと思う? 彼は、全財産を掛けて購入した《回廊結晶》を俺に預けて、君達を『牢獄に入れてくれ』と頼んだんだ―――君に、彼の気持ちがわかる?」

「解んないわよ」

 

 ロザリアさんは呆れた風に言う。

 

「大体さ、ここで死んでも現実で本当に死ぬのかどうか分からない。そもそも帰れるかだってわからないのに、馬鹿みたいに正義とか法律とかさぁ。アタシ、そういう奴が一番キライ」

 

 彼女が指を弾き、ぱちんと軽い破裂音が辺りに響くと、至るところからぞろぞろと曲刀やら槍やらを持った盗賊が現れる。その数は十人、カーソルは偵察用のグリーン一人を除き全員オレンジで、身体にじゃらじゃらとサブアクセサリーを提げ、粘着質な視線をあたし達に向ける。

 

「……シリカ、下がって。もし何かあったら、最初に渡した結晶を使ってどこかの街へ飛んでね」

 

 キリトさんはあたしを下がらせて、そう小さく呟いた。

 

「き、キリトさん!」

「キリト……? ……黒いコートに盾なし片手剣――姐さん! こ いつ、攻略組の『黒の剣士』じゃぁ……!」

 

 盗賊の一人がキリトさんを指差し、そう叫ぶ。が、ロザリアさんは相手にしない。

 

「攻略組がこんな下層にいるわけないでしょ? そんなのいいから、あんたら、早くやっちまいな!」

『『『へ、へいっ!!』』』

 

 橋の上で、キリトさんを取り囲んだ盗賊達が次々と攻撃を仕掛ける。

 赤いエフェクト光がキリトさんを包み、絶えること無く攻撃は続いていく。

 

「やっ、やめ……?!」

 

 悲痛な叫び――を、上げようとして、違和感に気付く。

 休む間もなく攻撃を受け続けているというのに、キリトさんのHPゲージの色が変わる様子はない。というより、減っては戻ってを繰り返しているようだった。

 

「あんたら何やってんだ! さっさと殺しな!!」

 

 いつまで経っても倒れないキリトさんに、ロザリアさんは苛立ちを募らせる。そのおかしさを、異変を盗賊達がようやく理解した頃には、誰も彼もが息を上がらせていた。

 

「お、おい……どうなってんだよコイツ……」

 

 そのうちの一人が、なにか異常なものを見るような顔をして数歩後ろに下がる。それが呼び水になったのか、残りの八人も同様に距離を取った。

 そしてようやく、キリトさんは口を開く。

 

「――十秒辺り400ってところかな。それが君たちが俺に与えるダメージの総量だよ。俺のレベルは78、HPは14500……あと、戦闘時回復スキル(バトルヒーリング)を取ってあるから、自動回復が十秒に600ポイント。……わかる? 何時間攻撃し続けたところで、君たちは俺を倒せない」

 

 盗賊達は愕然としたように口を開け、立ち尽くした。

 レベル78と言えば、最前線の安全マージンも取ってなお余るくらいのレベルだ。あたしと比べても、二倍近いレベル差があった。

 

「そんなのアリかよ……!」

「アリだよ」

 

 優しさなど欠片もない、吐き捨てるように彼は言う。

 

「だって、こういうゲームなんだから。……レベル差が、それまでの努力、これからの生存率に直結する。理不尽でしょう? 俺と君達なら、こんなことだってできるよ」

 

 ぶん、と羽音のような空気の震える音がして、それと同時に彼は瞬間移動のようにロザリアさんの目前に現れ、剣を突きつけていた。

 

「転移……させると思う?」

 

 キン、と硬いものを金属で叩くような甲高い音が鳴り響き、ロザリアさんの手に持たれていた青色の結晶――《転移結晶》が弾かれて、コロコロと地に転がる。

 

「ひっ……!」

「ああ、ちなみに、俺はソロプレイヤーだから、一日二日オレンジになるくらいは厭わないよ」

 

 にこ、と剣を肩において笑う彼に、盗賊達は未だ動かない。動けなかった。

 

「さて、大人しく入ってもらえるね?」

 

「コリドー・オープン」と結晶を掲げて宣言すると、たちまち結晶は砕け散り、目の前に青い渦を巻いた光が現れる。

 剣を持ち、再び表情を険しくするキリトさんに、盗賊達は諦めたように光へ飛び込んでいく。

 が、一人だけその例に溢れる存在がいた。……ロザリアさんだ。

 

「で、最後は君だけだけど」

「は、そんなこと言われて入るとでも?」

 

 未だ虚勢を崩さないロザリアさんに、キリトさんは呆れたように言う。

 

「あのね、俺は『入ってください』とお願いしてる訳じゃないんだよ。――入れ、と命令しているんだ」

 

 冷たい言い草に、あたりの空気が冷たくなるような錯覚さえ覚える。

 彼の本気の殺気を目の当たりにしたロザリアさんは、がくんと腰を抜かしたように座り込んだ。

 

「いつまでも入らないなら、俺が入れてあげるよ」

 

 がしり、とロザリアさんの襟首を掴み、ズルズルと地面を引きずって回廊へと彼女を運ぶ。

 

「や、やめておくれよ!」

 

 最後まで往生際の悪い彼女に、キリトさんは冷たく言い捨てた。

 

「やめてと言って……君は彼らを助けたの?」

 

 青い渦にロザリアさんが吸い込まれる。

 ……終わった、の?

 

「……」

 

 剣をしまい、こちらに向き直ったキリトさんは、なんだか言い辛そうに黙り込む。

 聞きたいこと、知りたいこと、確かに沢山あったけど、今は、無事に生きてくれたという安堵の方が大きい。

 

「怖がらせちゃって、ごめんなさい。大丈夫?」

「い、いえ、大丈夫なんですけど……腰が、抜けちゃって」

「あちゃー……」

 

 結局、帰りはロザリアさんが落として行った《転移結晶》にお世話になったのだった。……情けない。

 

 

※※※※※

 

 

「と、いうわけだったんだ。……囮みたいな扱いをして、ごめんね」

「いえいえ、大丈夫です。……どっちにしろ、キリトさんが居なかったら死んでたかもですし……」

 

 宿屋に戻り、事の顛末を聞いて、キリトさんから謝罪の言葉をもらう。が、助けてもらったことに変わりはないし、なによりこうしてあたしは生きているので、感謝はしても非難することなんてなかった。

 

「それより、キリトさんが『攻略組』だったって言うのがびっくりです……いや、なんとなくレベルは高いんだろうなぁくらいは考えてましたけど、まさかそこまでとは……」

「ははは……でも、さっきはああ言ったけどね、実はレベルなんて大したものじゃないんだよ。ただ、戦闘が有利になる、それだけ。結局最後は、その人の『意思』とか『心の強さ』がものをいうんだと思うな」

 

 寂しそうな笑顔でそう言うキリトさんに救われる。

 が、差し迫って別れが近いのも事実だった。

 片や中層プレイヤー、片や攻略組のハイレベルプレイヤーだ。いつまでも一緒に居られるほど、この世界は甘くないし、なにより世間も優しくない。

 刻一刻と迫る別れを惜しみながらも、キリトさんの話に耳を傾ける。

 

「……さて、宿屋にも戻ってこれたし、そろそろ蘇生してあげよっか」

「は、はい!」

 

 言われた通りに、《ピナの心》と《プネウマの花》をオブジェクト化して、ドキドキしながら花を傾ける。

 きらりと光る雫が、ピナの忘れ形見の尾羽を濡らし、淡い光を放った。

 

 ピナが生き返ったら、まずは今日の冒険のことを話そう。

 そして、昨日であったキリトさんのこともたくさん話して、たくさん撫でてあげよう。

 

 そんなことを思いながら光を眺めていると、光はいつしか姿を変え、見慣れた小動物を形作る。

 

 楽しみにしててね、ピナ。

 いなかった時間の分、たった一人のお兄ちゃんのお話をたくさん語っちゃうんだから、なんて。

 

 そんなことを思いながら、横で淡い光を眺める彼をちらりと盗み見た。

 




ほぼほぼ原作に忠実にした結果

キリ子ハーレム要員がまた増えました。
ですがこの小説はあくまでキリ♀アスです。

なお、この小説の行き着く先は…………
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