「店主さん、どうもありがとうございました。おかげさまでウチの者と連絡をとることが出来、迎えを寄越すことが出来ました。なんとお礼を申し上げればよいか」
「いえいえ、とんでもないです! こんな人里離れた場所で車が故障してしまうなんて、そっちこそ大変でしたでしょうに」
ここは人里離れた場所にあるお店、小松屋。
小松屋の料理人であり店主の小松シェフは、二人組のウチのひとり、仲川と呼ばれる者に頭を下げられていた。
「いやいや、本当にありがとうございます。このお礼はまた後日御返しさせていただく」
「え? あ、あの、本当に大丈夫ですのでお構い無く。僕はただここで店を構えていただけですので………あは、あはははは…………………はぁ」
仲川に更に頭を下げられて小松シェフは苦笑いを浮かべながら笑い、最後にため息を吐く。
「今は何のお礼も出来ず大変心苦しいのですが………」
「あ、いえいえ、本当にお構い無く。困っているときはお互い様と言いますので」
小松は仲川に頭を下げ続けられながら遠慮の言葉を口にしていた。
………出口の前で。
「あは、あはははは、あは………はぁ」
実に5年ぶりに初めて小松屋に訪れた人を見て浮かれていた小松シェフは落胆を隠せないでいた。
何故ならば、初めて訪れた二人組はお客様ではなかったからだ。二人は車で東京都の銀座に帰る途中に車が故障し、電話を借りに来ただけであったのだ。
そして、今まさに出口のドアに手をかけて出て行こうとしている。
「店主さん、本当にありがとうございました。ではこれで失礼を。……さっ、先生、今ウチの者が車を寄越して『待て、仲川』………先生?」
仲川が迎えの到着する場所、故障した車の元に戻ろうと先生に声をかけようとすると、先生――海原雄山が待てと言って来た。
仲川は店内に入って来てから一度も言葉を発さず店内を見渡し、調理場を睨んでいた先生、海原雄山に眼を向け次の言葉を待つ。
「仲川、もう少しここで時間を潰すぞ。少しこの店に興味が湧いた」
「え、ここで……ですか?」
仲川は海原雄山の言葉にここまで歩いて来た道程を思い浮かべる。ここまで歩いて来た場所は森の奥であり、道のりも人がやっと歩ける程の幅である。車が止まっている場所からしてもここまで30分程掛かっており、迎えの車が到着するまでの約20分を考えると、今から到着場所に向かわなければ遅くなってしまうと考えていた。
ちなみに遅くなってしまうとは迎えの者を待たせると言う意味ではなく、午後からの海原雄山のスケジュール的な事を考えてのことである。
「ああ、分かっている。午後からの予定は全て無しにしろ」
「なっ!? それは――」
「仲川! 私に二度も言わせる気か!!」
「っ! ………すみません」
午後からの予定を無しにしろ。
その言葉に仲川はついつい否定的な事を口にしょうとしていたが(午後からの予定には大物の人物、京都の商人の大富豪との約束が入っていたため)海原雄山が吠えるように仲川の言葉を封殺する。
そして仲川だけではなく、小松も海原雄山の吠えるような声に体をピクリとさせ、ぶるぶると震えていた。それはまるで何処かの美食四天王を初めて前にしたように。
「うむ。少しこの小松屋の店主に興味が湧いた」
「え、あ……僕?」
突然の海原雄山の指名に驚く小松。
小松は、海原雄山の鋭い視線を感じながらも、え? と、頭を傾げる。
「店主よ、ここは料理屋で間違いないな?」
「え? あ、はい、もちろんです」
「そうか、では料理を馳走になろう」
「……え、あ、はい! かしこまりました!」
やったぁああああああ!!
と、叫ばんばかりに厨房に駆けつける小松。
正にそれはやっと料理を誰かに食べてもらえる、誰かのために腕を振るえると言う喜びで溢れていた。
海原雄山と仲川も、その小松のはしゃぎ用に面をくらいながらも、なら何故森の奥で店を出しているのかと思いながらカウンター席に腰を降ろす。
「店主よ、ここではどんな料理を出しているのだ?」
「あ、はい。ここでは主に山菜料理等を中心に出しておりまして、よければ今朝取ってきた山菜を使った料理をお出ししましょうか?」
「ではそれで始めてくれ」
「はい! かしこまりました!」
山菜料理の注文を受けて調理を始める小松。
小松は今朝取ってきたばかりのタケノコやツクシ、ミツバ等を使って料理を始めていく。
その手際はやはり小松シェフと言うべきか、某6つ星レストランの料理長を任されていたのは伊達ではない。包丁捌きは素早いながらも正確で、一瞬のうちに山菜の下処理が終わる。ご飯は元々炊いてたこともあり、山菜を入れて混ぜほぐす。タケノコは薄切りにしてスライスし、皿にもる。ツクシ等はあらかじめ暖めておいた油に投入し、サッとあげる。他の山菜も目にも止まらぬスピードで炒め盛り付けていく。
そして、簡単で質素ではあるが、山菜料理が完成し、小松はお待たせしましたとカウンターに料理を並べていく。
「………仲川」
「………はい、先生」
カウンターに並べられていく料理に二人は驚きをかくせないでいた。
もちろん、質素な山菜料理に驚いているわけではなく、料理に不満があるわけでもない。
「………?」
小松は口をあけて固まる二人を見て不思議に首をかしげ、何故驚いているか理解が出来ていなかった。
小松は知らない。
いや、知らなかった。
自分がやらかしたことに。
ここはグルメ世界ではなく、地球だと言うことに。
「あの……どうかされましたか?」
小松は気付いていない。
自分がやらかしたこと、それは―――
下処理から始めて料理の完成時間およそ3分。
驚異的なスピードであり、普通ならあり得ない時間だ。
恐らく、海原雄山と仲川がカウンター席ではなく、厨房から離れた座敷の場所ならば、最初から用意されていた物を出されたと思っていただろう。
しかし、二人が座っている場所はカウンター席。
厨房が丸見えな場所である。
そう、丸見えなのである。
二人には厨房で残像を残しながら調理する小松が見えていた。いや、かろうじて見えていたのだ。
料理ガバガバだよ、許して下さい。