「「………」」
静まりかえる小松屋の店内。
「………?」
そして、その意味を理解していない小松屋の店主、小松。
「店主、お前は何者だ?」
「は? は、はい。私は小松屋のシェフをしている小松ですが……」
違う。
海原雄山が言った何者だと言う問いはそういう意味ではない。
海原雄山が言いたかった意味は『お前は人間なのか』と言う意味である。
まあ、小松は良い意味で小松なのでこの問いには気づかないだろう。
「せ、先生……」
「落ち着け、仲川」
若干戸惑いながらも震える仲川を海原雄山がなだめる。
この時、海原雄山と仲川はグルメ細胞覚醒マッハ小松の調理を見て、ある仮説を立てていた。
私達は神界に紛れ込んでしまったのか? と。
「あの~……よければ冷めないうちに、どうぞ?」
「あ、ああ、頂こう」
色々と気になることはあるが、二人はこの際目の前の料理に集中することにした。
まずは仲川が恐る恐る料理に手をつけ、口に運ぶ。
「……美味しい」
海原雄山も料理に手をつける。
「これは……」
それぞれが料理を口にし、その美味しさに言葉を震わせる。
「……!!」
一方、小松は5年ぶりに料理を振る舞うことができ、二人から美味しいと言われたことで喜びをあらわにしていた。
「……店主よ」
「あ、はい!」
海原雄山が全ての料理を一口ずつ食べ終えると、箸を置き、小松に静かに問い掛ける。
「いくつか問いたい事があるのだが、これは……なんだ?」
その言いながら海原雄山が指す料理はシソとツクシの天ぷらだ。
「はい、これはこの森で取れたツクシとシソの天ぷらを高温の油でサッと揚げ、柚子塩を少しかけたものです」
「この森で、だと? いや、そうじゃない。この味は山菜ではなく、調味料……塩ではなく、油だ! 店主、この油は一体何だ!?」
「えっと、モルス油ですけど……お口に会わなかったでしょうか……?」
そうじゃない。
そうじゃないんだと、海原雄山は立ちあがり厨房を覗きこむ。
そして、油を見てしまう。
山菜を揚げたばかりだというのに汚れが全く無い油を。
「あの、店主さん。こちらの料理をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
今度は仲川が恐る恐る料理を指す。
「え、あ、はい。これもこの森で取れた山菜とキノコの炊き込みご飯です。まず始めに研いだ米とキノコを炊き、炊き終えたら直ぐに炒めた山菜を入れて少し蒸したものです」
「………店主さん、この米は一体どうやって炊かれているのですか? いえ、どのような水で炊かれているのでしょうか!?」
「ひぇっ!? あ、あのですね、お米は少し先の農家の方から分けてもらったもので、水はエアアクアを使ってます」
「……エアアクア? それはどのような水なのでしょうか!」
「え、エアアクアならそこにお出ししてるコップの水と同じですが…」
そう言いながら小松は最初に出したお冷の水を見る。
お冷の水は海原雄山、仲川共に減ってはいない。小松の調理に目を奪われて飲むどころではなかったのだ。
「こ、これは!?」
お冷の水を一口含んだ仲川が驚きの声を上げる。
それに気づいたなのか、海原雄山もモルス油を見ることを一旦止め、お冷の水を一口含む。
「なんだこれは……空気のように軽く、そしてこののど越し……これがただの水だと? しかもお冷の水……」
お冷で出された水を飲み、その味とのど越しに驚愕を隠しきれない二人。
「………?」
そして二人がここまで驚いていることに不思議に思いながらも嬉しそうにしている小松。
「――っ!」
海原雄山はお冷の水をもう一口飲み、歯噛みをしながら小松を睨み付ける。
この海原雄山、美食倶楽部の主にして食を追求し、極めんとしてきた。食材に置いても調理人にしても全て一流を揃えてきた。
そして、海原雄山は美食倶楽部こそが唯一日本で、世界でも本当に食を追求し、うまいものを食せる場所と自負をしていた。
「ひぃっ!?」
しかし、何だこれは。
海原雄山の目の前にいる小松と言う料理人(雄山の圧力に怯えている)が作る料理は美食倶楽部で出されている料理とはまるで次元が違う。
小松本人の腕前もさるながら、一番の注目するべき点は食材……ではなく、その調味料と水であった。
食材は小松が今朝早くに取ってきたと言うこともあり、確かに新鮮で美味しいものであった。だが、そのような食材は海原雄山が経営する美食倶楽部では珍しくもなんともない。
雄山が驚いているのは調味料の油と水なのだ。
小松がモルス油と呼ぶこの油。
先程山菜を揚げたばかりだというのに全く濁りがなく、まるで永久に使用可能とばかりに輝いている。
味にいたっても山菜を揚げたにもかかわらず、サラサラと油を感じさせなく、それでいて濃厚なゴマ油のようなコクがある風味。
もはやこれは本当に油なのかと海原雄山が疑う程のものであった。
エアアクアと言う水もしかしり。
美食倶楽部で使われている鞍馬の水とは比べるもなく、隔絶とした味と透明度。
口に含めばまるで空気よりも軽いのではないかと思わせ、喉を通ればそののど越しの良さに心を奪われる。
仲川はこの水があればどんな料理にでも合い、なおかつ食材の味を引き出すのではないかと考えていた。
エアアクアとモルス油、それは地球には存在しないものであり、グルメ世界でもかなり貴重でどの料理人にも重宝されているほどのものだ。
二人は今までの生涯で味わったことのない体験、料理を食した際に全身の細胞が活性化するかのような感覚にとらわれていた。
「店主、この油と水は何なのだ! この海原雄山、生涯をかけて食を追求し研究してきたが、このようなものには出会ったことがない! 店主! 答えろ、これは一体なんなのだ!」
「ひぃっ!?」
海原雄山の獅子のような声に怯える小松。
仲川にいたってもカウンター席から身を乗り出し、小松に飛びかからんとしてる始末だ。
本来の仲川なら先生を落ち着かせる役目を果たすのだが、料理人としてエアアクアやモルス油を味わってしまっては理性が飛んでいた。料理人の性である。
「答えろ店主! これはお前が作った調味料なのか!?」
この世界ではあり得ない調味料に、海原雄山は小松が開発した調味料なのかと問い掛ける。
「ひいぃぃっ!? す、すみません! 違います、洞窟で僕が発見した自然の油ですぅ!」
しかし、小松の精神は目の前の獅子のように吠える男にタジタジであった。
「な、なんだと………いや、まさか、しかし、この味は決して人に作れるものでは……」
海原雄山は小松の言葉を確かめるようにモルス油を薬指に付け、味わう。
「……確かにこれは自然の、正に天然の味だ。しかし、なんだこれは……本当にこんなものが自然にあると言うのか……」
海原雄山は続いてエアアクアを見つめる。
このエアアクアにいたっても純粋に自然のものだと自分の舌が分かっていた。だがそれもあまりの衝撃に頭では分かっても、とても信じられなかった。
もしこの水が人工的に作られたものであれば、ここまでの味と、料理の素材の良さを引き出すのは不可能だ。素材の良さを最大限に引き出せるのは自然のものが一番なのだからだ。
そして、海原雄山が小松にこのモルス油とエアアクアの事を問おうとした瞬間、別の低い声が店内に響き渡った。
『ちょーしに乗っている奴がいるなぁ』