というわけで、2年生のお話です!
海未ちゃん視点!
日本舞踊、と聞いて、何を人は思い浮かべるのだろう。
優雅で、華やか。もしくは着物、とか扇子、とかそもそも知らない、という答えが返ってくるのかもしれない。
実は結構きついのです。
まず、筋肉の使い方。
普通は使わない筋肉を酷使します。
更に、毎日の稽古に左右される分、休みもあまりない。
一人前になるのにも、時間がかかる。長い努力を重ね、そして一人前を目指していく。
私がいるのは、そういう世界、というわけです。
今日は近所のホールでの舞台。
規模はそれほどでもないが、大切な演技の機会だ。
その公演を控え、私、園田海末はいつもの緊張の真っ只中にあるのです…。
大人になっても人前は相変わらず苦手で、公演の前はいつも何も考えたくなくなる。トイレはいいな。憩いの場です。まして、今日の出番は一番最初。
私の緊張には絶好の状態だった。
また、着物を着て人前に出なきゃいけない。
たまらなく恥ずかしい。似合っているのだろうか。ちゃんと踊れるのか。
練習の成果は出せるのか。
思えば、こんなことばかり考えて高校の頃もステージに出て行っていた。
ステージに出てしまえば、結局どんなことでもできたのだけれど。
今日は母が引率してくれる。
それだけでも、多少緊張は和らいだのだけれど、鼓動、いや動悸を収めるのには、十分ではない。
移動の車の中では、クーラーが効いているはずなのに、汗が止まらなかった。
会場に着くと、控え室へ向かう。
その部屋の中には、いつものように着物が用意されていた。
一層緊張が高まる。
ああ、もう。穴に入ってずっと座っていたいです…。
「海末、じゃ、着替えましょうか。」
母に促されて、着付けをしてもらう。
今日は紅い着物である。
あっという間に着付けを終え、舞台裏へ。
速いですよ、もう。
一歩一歩、歩を進めるにつれ、その緊張は増していく。
そして、舞台裏からふと客席を見ると、私の思考は完全に停止した。
人が多い。それは私の想像をはるかに超えていた。
「あ、あの、お母様、トイレに行っても・・・」
「何を言っているの、海未。その格好でトイレなんか行けませんよ。」
大ボケをかましても気にならない。ああ、もう、神様…。
ついに、出番だ。
舞台に足を踏み入れると、いつもの明るい光に包まれる。後には引けない。
もういいです。始まりです。
何も考えられなくなってから、ステージは始まった。
私は、今度は客席の一番後ろにで、母と一緒に立っている。
舞台の上では、知らない演者さんが舞っている。さっきまであそこで演技をしていたことなんて、信じられないことだ。自分はどう見られていたのか。
考え出すと止まらない。
うまくいった、と思います。多分。でも、ちらほらミスもあったし、何より緊張でよく覚えていません。
裏に戻るとよかったよ、と言われましたけど、あてになんてならない、とも思っていますし。
演者さんの演技が終わった。
確か、あと1つか2つの演目が残っていた気がする。はあ。早く終わらないかな…。ここにいるだけで、汗が…。
でも、演技をしている時間は、早いものだ。こんなに早く時間がすぎる経験もなかなか無い。少しずつ冷静になっていく頭の中に、拍手が鳴り響く中、こちらへ走ってくる影があった。
それは、よくお世話になっている、別の演者の方だった。
「園田さん、大変です!」
その声は、抑えてはいたけれど、相当に焦っている声だった。ただならぬ予感がした。
「どうしたんです、片桐さん?」
「大変です、舞台裏が知らない誰かに占拠されました!」
え…?
「占拠!?」
思わず声が出た。
とにかく、何か良くないことが起こっている。
興奮する片桐さんを宥めて、詳しく聞くと、事情はこうだった。
先程の公演の後、演者が出た後で、係員が指示を出して、周りの人を誘導したらしい。
「何か変な匂いがします。危険物かもしれませんから、一旦出てください、とか言って。それで、私たちは外に出た。そしたら、ドアが閉まって、鍵がかかって・・・」
「そんな・・・合鍵は?」
「使ったのですが、奥びらきのドアの奥で、何かつっかえさせているみたいで。それで、それだけじゃないんです。あそこには、まだ2人か3人くらい、演者さんがいたんです!」
「なんですって?警察には?」
「連絡しました、それで、ドアの横にこんなものが・・・」
そこには、こう書いてあった。
<園田海未さんにお伝えを。
きちんと向かい合うように、とね。>
「これは、一体・・・」
私はそう言うので精一杯だった。
私に、何か送られてきた。
相手は、舞台を占領したような人。
人質がいる?
混乱した。
そして、何かよくないことが起こる。そんな予感がした。
「海未、とにかく私は行ってみます。あなたは、警察が来るまで待っててね。」
母はそう言った。
その時だった。
ステージが不意に明るくなって、
演者さんが出てきた。
その人たちをみて、私は倒れるかと思った。
それは、見知った人だった。
一人は紅葉の柄のついた、オレンジの着物。もう一人は、薄い緑の着物を着ていた。
舞台の中央で自信ありげに立っているのは、紛れもなく大切な幼なじみであった。
「穂乃果ちゃん?ことりちゃんまで・・・」
母の言う通り。それは穂乃果とことりだった。
二人は舞台の中央に出て、顔を見合わせ、そして、こっちを見た。二人と目があった。にこりと笑った。
さっき以上の混乱が私の頭を駆け巡る。
何が、起こっているのです?
二人は、歌い出した。
<うぶ毛の小鳥たちも
いつか空にはばたく
大きな強い翼で飛ぶ>
忘れもしない。何で…?
その曲は、私たちが3人で歌った曲だった。アイドルになって初めてのステージ。集まったお客さんは花陽たった一人だけ。私一人なら逃げ帰っていただろう。
でも穂乃果は歌おうと言った。
それが全部の始まり。
あっという間の1年間。
世界が広がった1年間。
会場がざわついている。
「おい、あれ、高坂穂乃果と南ことりじゃね?あの、昔の、μ's?だっけ?
あれのさ・・・」
そんな声もちらほら聞こえた。
「穂乃果ちゃん・・・。ことりちゃん・・・。
海末、何が起きているの?」
答える代わりに、私は歌った。
なぜ、あなたたちがここにいるのか。
考えなくてもわかる。
幼馴染への答えは一つ。
ーーー私ももう一回みんなで歌いたい。
あのとき、公園で出した答え。
ずっとほんとは後悔してた。
二人の伸ばしてくれた手を、初めて払いのけてしまった。
穂乃果。ことり。
あなたたちは私を、
どこまでも引っ張っていってくれました。
あともう一回だけ、チャレンジしてもいいでしょうか。
やりたいから、やる!
頭の中に、穂乃果の声が浮かんできた。
<悲しみにとざされて
泣くだけの君じゃない
熱い胸 きっと未来を切り開く筈さ
悲しみにとざされて
泣くだけじゃつまらない
きっと 君の
チカラ いまを うごかすちから
信じてるよ だから START!>
「穂乃果!ことり!」
思い切り叫んだ。いや、叫んでいた。
「私に、もう一度、新しい世界を見せてくれますか!?引っ張っていってくれますか!?私も、一緒に連れて行ってくれますか!?」
「海未ちゃん!こんなやり方でごめんね!でも、私も穂乃果ちゃんも、ちゃんと伝えたかった!大切な友達に、自分の思いを!」
「だから、海未ちゃん!ちゃんと答えてほしい。もう一度、アイドルやりませんか?」
まだ小さかった頃。臆病で引っ込み思案。人前が大嫌い。
そんな私は、公園で遊んでいる同い年くらいの女の子たちを、いつも影から眺めていたことをよく覚えている。
そんな私を、二人の少女が手を引いてくれた。
「海未ちゃん!」
「海未ちゃん!」
今、ステージの上で光を浴びているその二人は、また私を連れて行ってくれるというのか。今を失うのが怖くて、何もしようとしなかった私を。私を待っててくれたというのか。一度は、断ったというのに。
「海未・・・?」
母を見た。笑みを浮かべている。
「あなたの答えは、それでいいのね?」
「お母様・・・。」
「いいのよ。あなたの舞は綺麗だわ。でも、まだやりたいことがあるのなら、やりなさい。全て吹っ切ってから、あなたが本当に真剣にこのことだけを考えて舞えるようになったら。また、戻ってきなさい。この世界へ。半端な覚悟じゃ、どうせ後悔してしまうから。」
「ごめんなさい・・・。」
「海の、その未来を…あなたは見てきて。あなたを連れて行ってくれる船を、きちんと守ってね。」
そうですね。
私は支える。
後ろから、二人を支え続ける。
友達だから。
大切な、恩人だから。
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私がアメリカから帰ってきて次の夜。
穂乃果の家は賑わっていた。
「海末ちゃん、早く食べて食べて!」
「海末ちゃん、こっちも!」
「ちょ、ちょっと、そんなに食べれません!穂乃果!それ焦げてますよ!」
「はいはい、真姫ちゃん、早くたべるにゃー?」
「そうだよ!お肉とご飯。最強タッグです!」
「あなたたち、太りたいの?やめときなさいよ!」
「はいはい、皆さん?肉持ってきましたよ?」
「篠原さーん!こっちにくださいー!」
「はぁ・・・穂乃果さん?あなた何枚食べるんです?もうこれで5人前分・・・一人でペロリって・・・」
「ちょっと、穂乃果?これからアイドルやろうという人が何を・・・」
「いいのいいの、今日だけ今日だけ!」
全員もう三十路と言われてもおかしくないのに、今だけは高校へタイムスリップしたみたいだった。
私も当然楽しかった。
これで7人。あと二人。だけど、暗い雲は私に濃くまとわりつく。
宴もたけなわ。
「それでは、僕は帰りますから。また後日。」
篠原さんが戸に手をかけた時。
「篠原さん!」
穂乃果が声をかけた。
「本当に、ありがとうございます!」
篠原さんは、穂乃果の目を見返して、他のメンバーの目を見て、私の目を見た。また、あの感覚がした。この人の目は、一体なんなんだろう。
この人には、何が見えているんだろう。
私たちの前に突然現れた男。
素性はしれない。
かといって、今までおかしなことをされたこともないし、実際私たちを助けてくれた恩人。
篠原浩介さん。
そんな彼に、私の疑問を尋ねた。
<あの二人は、ま、任せてくださいよ。>
そう、はぐらかされてしまった。
「それでは。また。」
篠原さんは出て行った。
「私は、トイレに行ってくる。」
真姫も部屋を出て行った。
希。にこ。あなたたち、一体何を考えているの?
どうして私には何も言ってくれないの?いつも一緒だった。そう信じていた。
希は何か役目があると言ったらしい。
なぜ私には何も言ってくれないのか。
にこは失踪しているらしい。
私は、相談してもらうことはできなかったのか。
ーーーいや、何を言ってるのかしら、私。
アメリカに行く、なんて自分勝手に夢を追いかけて、私は大切な何かを失おうとしている。彼女たちを疑うなんて、もうまっぴらだ。
不安に駆られた。
「ちょっと、外の空気吸ってくる。」
みんなに断って、外に出た。
8月の終わり。蒸し暑い空気は、この時期になっても衰えることはない。
この夜のどこかに、二人はいる。
私は、私は何もできないのか。
許してもらうチャンスが、ほしい。
そのときだった。
「だから、何もないと言っているではありませんか?」
突然、遠くからそんな声が聞こえた。
家の横に回り込むと、そこでは篠原さんと真姫が話をしていた。
私はとっさに家の陰に隠れた。
「いいえ、そんなはずはない。多分、にこちゃんね?あなた、何か掴んだのでしょう?」
「だったら、何です?」
「私も行く。」
「あなたが?」
「二人には言いたいことが山ほどある。私たちに隠し事なんてして、後悔するに決まってる。
もう私みたいな思いをする人は必要ない。それに、絵里をほっとけるわけない。あの二人はきちんと連れ戻したいの。」
大事な話を聞いた子供のような気待ちになった。
篠原さんが、何か掴んでる、ですって?
篠原さんは考え込んでいるようだった。
「それに、あなたは信用できない。
あなた一人に任せて、また何をするかわからない。
この前も警察ざたになりかけたみたいだし、これからアイドルをやろうとしている私たちに、被害が及ばないとも限らない。」
「つまり、監視したい、と。大丈夫です、迷惑は絶対かけませんし。」
「何で言い切れるのよ。それに、あなたの目よ。あれは何?何もないわけがない。あなたと目があったのは一度だけれど、何かあるわよね?今だって私のおでこを見て、どうしたっていうのよ。」
真姫はもう一度息を吸って、
「私も連れて行って。」
そう言った。篠原さんは考え込んでいるようだった。
「この週末、朝6時から〇〇駅で張り込みます。希さんを待ちましょう。お金を多めに用意して。待ってます。」
そう言って、篠原さんは歩いて行った。私は家に入って、部屋に戻った。
ドキドキが止まらない。
ーーーもし、これが神様のくれた、チャンスなら…
続けて、真姫も戻ってきた。
「おかえりー随分遅かったにゃー?」
「いいから、もう少し食べる気になったわ。花陽、お肉取ってくれる?」
「おお、いけますねー!どんどん食べちゃってください!」
「真姫ちゃんすごいにゃー!」
「よおし、私も食べるぞー!」
「穂乃果はもうやめなさい!」
私は、行かなければならない。
そんな気がした。
あの子のことを、もっと知りたい。
隠し事をしてほしくない。ちゃんと向き合いたい。思いは、必ず通じ合うはず。
最初に戻ってきたのは海末と真姫ちゃん。
次が絵里という時間軸です。
次はにこちゃんの元へ、二人が乗り込みます!