ごゆっくりご覧ください!
「よし、これで曲順も決定ね?」
「そうね、お疲れ様。」
ふう、と言って手を後ろにつく絵里ちゃんとにこちゃん。
「お疲れ様!」
とベットの上から声をかける。
「だあああ!穂乃果、あんたも考えなさいよ!頭パンクしそうだわ!」
にこちゃんが顔を上げて思い切り叫んだ。
ほんとに申し訳ないと思う。この話し合いが始まったのはお昼過ぎ。
曲順会議のほとんどは私以外が盛り上がるようにと、考えてくれた。その間私は、ベッドの上から少し意見を言ったりとか、ご飯持ってきたりとか、饅頭食べたりとか、えーっと、えーっと、漫画読んだり?とか?
うん、ごめんね、ほんと。
でも、私はほんとに昔からそういうのを考えるのが苦手だった。盛り上げたい、とは思うけど、じゃあどうするの、なんで言われてもわからない。
「ご、ごめん…でも、みんなが考えた方が絶対いいものになるし…」
「あんた、サボってるわけじゃないでしょうね!?」
「そ、そんなことない、と思うけど…。」
にこちゃんがジト目で睨んでくる。
ツインテールのにこちゃんは、背がずいぶん伸びた。
当時の私たちくらいはあると思う。
そして、当時の可愛さはそのまま。何で、にこちゃんは卒業の後、アイドルやらなかったんだろう…
まあ、とにかく。
蛍光灯の光に照らされた部屋の中。
その中で、また一つ進展があった。
ただ、それだけではない。
私の家に、またみんなが来る。
たったそれだけの事が、どんなに嬉しいか。
高校の時は、この部屋でいっぱい集まった。学校の部室の次くらいに、ここは使われてただろう。
みんなで私の家で余ったものをつまみながら、次のライブに向けて色んな話をしていた。
そう、そして今も、こんな風に話している。
私がどうしてもまた見たかった絵だった。
「お姉ちゃんたちー?もう遅いよー?」
可愛い妹の声が外から響いた。
「あ、雪穂、今日はいるのー?」
「久しぶりに帰ってきたの。」
襖を開けて入ってきたのは、妹の雪穂。
大人になって、本当にグッと美人になった感じ。そんな妹をテレビで見るのは、誇らしくもあり、羨ましくもある。
いつかわたしもそのステージに立ちたいと強く思っている。そして、今、それは現実になるかもしれない。
ここまで来たら、ステージはそこまで。
頭の中で描き続け、思い返し続けたあのステージ。
ワクワクが止まらない。
「あ、雪穂!最近人気よね。亜里沙をいつもありがとう。」
「いえいえ、絵里さん。亜里沙には、本当にいつも助けてもらってますから。」
「雪穂、私たちもすぐ追いつくからね。見てなさいよ?」
「いやー、にこさんに追いかけられるなんてなんというか・・・」
「不愉快よねー?」
「真姫、あんた最近態度悪いわね。」
「もう先輩も後輩もないじゃない?」
ははは、という笑い声。歳はとったが、この声が響くだけで若返る気分だった。
ずうっとずっと聞きたかった。
にこちゃんと真姫ちゃんの憎まれ口も、絵里ちゃんのなだめる声も。
ああ、嬉しい。楽しいな。
たったこれだけの会話が、嬉しいのだ。
少し涙を流してしまったのは、バレてないかな。
「それじゃあねー!」
「穂乃果、早く寝るのよ。明日から準備しなくちゃいけないんだから。遅刻したらダメよ。」
「うん、大丈夫!またねー!」
みんなを見送って、中に戻った。
明日から、準備だ。つまり会場の準備。
会場に関しては、ことりちゃんのお母さんにも頼みつつ、今の理事長さんと話をした。幸い、私たちを応援する、と言って、すぐに了承してくれた。以前に学校を救った英雄として、名前が残っていたらしい。ことりちゃんのお母さんの押しが強くって、理事長さんたじたじだったな。
なにもかも、花陽ちゃんのおかげだ。
高校でライブ…
最後にやったのは、多分ことりちゃんを連れ戻した後が最後、かな。
私たちが何か切れた糸を握ってる時、そして、それが繋がった時。その時は、必ず高校でライブをしていた。
私は会場を考えていた時、ずっと何か引っかかる思いがあった。
ほしい答えは知ってるはずなのに、喉に引っかかって出てこない、みたいな感じ。それを、花陽ちゃんが引っ張り上げてくれた。
ぴったりな場所だ。
そして、そのきっかけをくれたのはやっぱり篠原さんだった。
あの人、ほんと何者なんだろう。
私は、彼のことを何も知らない。歳が近いらしいってことと、芸能プロにいるってことくらい。
あ、でも、にこちゃんの同級生か。
でも、この人は大丈夫。
信頼していいよって、心が叫んでる。
だから、大丈夫!
この人がどうやって私たちを繋いでくれたかは正直知らない。
でも、私たちの一回切れた糸を繋いでくれたのはこの人だった。
すごかった。あの時の舞台を思い出す。
変な匂いがするからって周りにいた皆さんを外へ出す篠原さん。私たちもほかの演者さんに紛れてこっそり忍び込んでいたけど、篠原さんに言われた通り、端の方で待っていた。
心臓がドキドキしていた。
手を繋いでいたことりちゃんの手も震えている。
これって、犯罪だよね?多分。
<ほ、穂乃果ちゃん…>
<だだ、大丈夫だよ、きっと…>
そして、全員が出た途端、鍵が閉まった。
ロックの音にびくっとする。やっちゃったよ…。
<そっち閉めてください、高坂さん。>
言われて、後ろの扉を閉める。
海未ちゃんのため。多少強引でも、これが一番だと説得されていた。
ずっと友達で、なにもかも海未ちゃんのことは知ってる。
だから、あの性格の海未ちゃんだから、それくらいはしないとと思ったけど、それを話を聞いただけで見抜いた篠原さん。
すごい。って、そんな場合じゃないよ、これは!
<し、篠原さん。これ、大丈夫なんですか?犯罪じゃないですか?>
<わかってますよ。でも大丈夫です。>
ドアの後ろで、大騒ぎの声がする。声をあげたくなったけど、我慢した。
<さ、行ってもらいましょうか。きちんと連れ戻して来てください。さっさと終わらせましょう>
<でも…>
ーーー犯罪は、と言おうとした。
だけど、その次の篠原さんの言葉が、私の思考を止めた。
<うっさいなぁ、もう。>
その篠原さんの声のトーンは、今までのものとは違っていた。
相談サービスとかで聞くような、すごく丁寧な声だったはず。
でも、その声は完全にマフィアとかの声だった。
マフィアとかの声、聞いたことないけど。
身体中の細胞が、叫んでる。
怖いって。
篠原さんは、きっと怒ってる。
<復活させたいんだろ?さっさと行けよ。なんのために俺はここまでしたんだ?
やりたくないなら、最初からやめちまえ。>
だけど、それを聞いて、思い出した。
怖かったはずの、震えてた身体がぴたりと止んだ。
そっか。
やりたくない…いや!
そうだ。やりたかったんだ、私。復活したかったんだ。
浅い覚悟じゃなかったはず。
乗り越えたい。絶対に復活させたい。
それくらい、私たちの前の壁は大きい。
だから、賭けるんだ。賭けるためにここにきた。こんなの、乗り越えてみせる!
その時、篠原さんと目があった。
冷徹だった。暖かさも何もない。
だけど、私たちをしっかりと見ている。
彼が、見てくれている。
<本気じゃん。行ってこい。>
表情を、変えず、私たちの方へやってくる。
もう、逃げない。
<ことりちゃん。>
<うん、行こう!>
背中を向けた。
背を、押された。
そのまま、私たちは舞台に出て行ったーーー。
彼がいなければ。彼がいなかったら、きっとこうはなってない。
大きな壁を目の前に、やりたいことに蓋をして生きていっただろう。
だから、ただの復活ライブにはしたくない。
あの人に、きちんと見てもらえるライブにしたかった。
明日、会場の準備だ。残り1週間。
季節は、もうすっかり冬だ。
随分長い時間がかかった。正直言って、私たちの体は戻ってないし、踊りとか歌もあの頃に比べたら不完全だと思う。それほど、ブランクという壁は大きかった。
ちなみに、明日から、高校は冬休み。私たちは、何とも壮大な年の瀬ライブを実行しようとしていた。
たしかに緊張する。準備の不完全さ自体は、当時の比じゃない。でも、きっとできる。自信はあった。
今まで、練習を積みながら、ビラを配り、安いチケットを売ったりした。やればやるほど、今までライブというものを企画していた人たちの苦労がわかった。
それでも、一つ一つ進んでいくあの感覚が、私には懐かしくて、やめられなかった。
積み上げたものが、きっと答えをくれるはずだ。
ただ、明日からは、更に忙しくなるだろう。何せ、9人しかいない。会場を作るとは、一体どの程度大変だろう。
篠原さんはたまに手伝ってくれるけれど、毎日来てもらえるとは限らない。明日から、本当に時間との戦いになりそうだ。機材とかの手配や準備は希ちゃんが請け負ってくれた。
会社がその関係なんだという。
いろんな巡り合わせで、奇跡みたいな確率で、私たちのライブは完成しようとしていた。後は私たちが頑張るだけ。
篠原さんに、応援してくれる人に、届くように。
どんなに大変だって、好きなことだから頑張れる。
私は、今は店の手伝い半分、練習や準備半分といった形で行動している。
自分の好きな事がたくさんできて、嬉しい限りだ。
このまま、復活ライブに向けて、本当に楽しんで頑張ろう。
「お疲れ様。」
「お母さん!お疲れ様!」
和室に戻ると、こたつに入っていたお母さんに尋ねられた。
お母さんも、わかってくれた。
私の気持ちを聞いて、応援してくれた。
<穂乃果のやりたいことをやって、気が済んだらまた和菓子作ってくれればいいわ。
あなたは、一つのことしかできないものね。>
そう言って笑われた。
…なんか不服だけど、仕方ない。
ほんとのことだ。わたしには、何もない。
不器用だし、バカだし。
<でも、あなたを応援してくれる人に、助けてくれる人に、きちんと答えられる人になりなさい。>
絶対、成功させてみせる。
それが、リーダーの役目だから。
明日から、私が一番頑張るんだから!
「今日は、他の子達は?」
「うん、海末ちゃんとことりちゃんは家の人と色々話してるみたい。これから、どうするのかーってね。花陽ちゃんと凛ちゃんも、学校と話し合ってるんだって。真姫ちゃんも同じかな。」
みんな、それぞれの元の居場所をどうするか。それは、大きな課題だった。気持ちが許しても、立場というのは待ってくれないのだ。
でも、みんなの意志は固い。今更揺るぐはずがない。それは、この数ヶ月で感じた、本当の自信だった。
私たちの考えは、きっと、同じ。当時と変わらない。
ーーーみんな、同じ気持ちだ。
布団に入って、天井を見ていた。
思えば、何年も何年もこの光景を見ていた。
高校生の時も。
なんでか、最近は高校の時も、なんて考えることがおおくなった。
あの頃のことを何回も思い出すのも、今楽しい証拠なんだ。
私は、明日からの準備にワクワクしながら、目を閉じた。
なんの音もしない部屋。なのに、私の頭の中には、いつか聞いた、美しい音楽が流れていた。
さあ、いよいよ会場準備です!