「し、篠原さん、ごめんなさい・・・」
「いいから、早く乗って。そしてシートベルトしめてしっかり掴まってるように、いいですね?」
ドアを閉めながら篠原さんが言う。そのまま運転席に回って、ドアを開けて篠原さんが飛び乗る。
私も、シートベルトを締めた。
ああ、やってしまった。
今朝だった。簡潔に言えば、思い切り遅刻が確定した。
混乱する頭で、辛うじて鳴り響く電話の音を拾った私の耳。
出ると、篠原さんからだった。
「高坂さん、何してんですか!?」
「ね、寝坊しました!すいません!」
「はあ。わかりました。バカなんですね?あなたは想像の上をいくバカだったんですね!?ほんっとに、もう・・・
もういいです!
いいですか、15分後、家の前で。朝ごはんは食べてくださいね!」
そう言って、電話は切れた。
思い切り罵倒されたけど、それに頭を費やしてる暇はない。15フンゴ…15分!
私も大慌てで準備して、きっかり15分後に外に出ると、玄関に前も見た黒い外国車が乗りつけた、というわけだ。
ちなみに、多分母はもう会場にいる。いい席取るために朝早く行くから、何とか自分で起きてと言っていたのを忘れていた。
今日は一段と寒い。車の中にも冷気が浸透している。
でも、手袋すらちゃんと着けてる暇はない。
「うう〜どうしてこんな日に・・・」
「いいから!出発しますよ、掴まっててください!」
今日はいよいよ本番の日。
前の日は緊張と焦りで寝付けなかった。そして、今、こうなってしまったというわけだ。
ああ、やってしまった。ほんとに。
ちなみに、海末ちゃんには連絡した。
「穂乃果!あなた、何やっているのです?今日がどれだけ大事か!」
「ごめんね、海末ちゃん。でも、どうしよう?ほんとにやばい!」
「篠原さんから連絡は来ています。とにかく、私たちは準備していますからね!篠原さんの言うことちゃんと聞いてくださいよ!あと、朝ごはん、ちゃんと食べてくださいね!」
二人とも、私の母親か父親か何かなんだろうか…
「はぁ・・・って、うわわ?!」
車が急発進した。ぐんぐん路地の中、スピードが上がる。ガコガコと手元のレバーを動かす篠原さん。
私はちなみに、免許を持っていない。東京ではあんまり使わないし、自転車で十分。
だから、よくわかんないけどさ・・・
あの…明らかにこれ、制限速度超えてるような・・・。
路地を抜け、大通りでもどんどん車を追い越して行く。これなら、花陽ちゃんにぶつからなかったのも納得だ。すごい。改めて、この人は凄すぎる。そう思った。
わずか5分足らずで学校に到着した。
ちなみに、学校まで普通に車に行くと12、3分はかかる。速すぎる。
後で篠原さん、捕まったりしないだろうか…
だけど、目を高校の方へ向けて驚いた。
小さな会場には、お客さんがつめかけていた。
見た感じ、年齢はまちまち。
10年前のアイドルの復活に、これだけの人が集まってくれた。
笑顔が溢れるのが自分でもわかる。
よかった。
このライブに関わってくれた人たちのために、絶対成功させたかった。
人が集まるのはとりあえず大きな壁。でも、それは乗り越えたっぽい。
ライブをやるのは屋上。一番の思い出の場所。
でも、映像で講堂や外のステージでも見られるようになっていた。
<任せろ、最高の機材、揃えてやったからな!>
希ちゃんの会社の社長さんの、おかげだ。
あとで饅頭を持って行ったらすごく喜ばれた。
ついでに、飲み会にも誘われたけど遠慮しておいた。
すごく残念そうな顔をされたのはなんでだろ。
そんなお祭り騒ぎの会場。会場の小ささ故、お客さん自体は、そんなに多くないと言えるだろう。でも、この賑わいだけで、十分だった。
私たちのことなんか、気にもとめてもらえなかったあの頃。
私たちは、長い年月の後、また帰って来て、こうして応援してもらえている。
裏口から入って、控え室にした教室に飛び込むと、みんなが待っていた。
「みんな、本当にごめん!」
「穂乃果ぁぁ!なにしてんの!」
真姫ちゃんに怒られる。
「ごめんなさい!」
思い切り頭を下げる。これは完全に私が悪い。
「穂乃果、いいから着替えるのです。」
よく見ると、すでにみんな着替えが完了していた。
ことりちゃんのデザインの衣装は、一人一人特徴があって、どれも鮮やかにまとまっている。
「みんな、綺麗!」
「いいから早く着替えなさい!」
「そうや、遅刻したのは仕方ないやん。」
「早く着替えてくるにゃ!」
「穂乃果。私たち、先に裏に行ってる。早く来てね。」
「うん、絵里ちゃん。ごめん!…って、篠原さんは?」
「いいから、早くしてね穂乃果ちゃん!」
みんなが出て行く。
ガヤガヤという音が消えていく。
「さて…着替えよっと。」
すぐに一人で着替えを始める。
って、篠原さんいつのまにかいなくなってるし。
相変わらず、不思議な人だ。
<あなたたちが、答えを持ってると思ったんです。>
篠原さん。
私は、あなたが欲しがった答えの内容を知りません。
教えてくれないでしょうし。
でも、一つ聞きたいです。
見つかりましたか?って。
私たち、何かしてあげられましたか?って。
だから、このライブをやりきって、尋ねたいと思います。
衣装台の服と向き合う。オレンジの衣装。胸の真ん中にはリボンが付いていて、私好みだ。
「って、急がなきゃ。」
ああ、もう。
ライブで遅刻なんてしたことなかったのに。
でも、私らしい結果だと思ってしまった。
不思議と笑顔で着替えられた。
ライブ前なのに、昨日の夜とは嘘みたいに緊張していない。
散々みんなに迷惑をかけても、みんなは全部受け入れてくれた。ライブできちんと恩返ししなきゃな。
最高の笑顔で。みんなの、μ'sのリーダーとして。
みんなの前で、ライブをやりきること。
それが、1番の償いで、お礼だ。
舞台裏には、みんなと、篠原さんが待っていた。
相変わらず表情がない篠原さん。
「あ、来た!」
「もう、ギリギリではありませんか。」
「ほら、リーダー!早くこっちへ!」
「急ぐにゃー!」
「全く、もう…」
「焦らせるのはやめてほしいわ…」
「まあまあ、ええやん?な、えりち。」
「まあ、結果オーライね。ハラショー!」
「あはは…ごめん。」
さっきの覚悟を反芻する。みんなの元に駆け寄った。
奥を見ると、ちらりと見えたステージ。
たくさんのお客さん。
そして、思い出の屋上。
「「穂乃果、遅れてますよ。凛も。」」
「「海末ちゃん厳しいにゃ〜」」
「「凛ちゃん、頑張って!」」
「「絵里ち、水は飲まなあかんよ?」」
「「希、ありがと。」」
「「真姫、新しいにこにこにー見たい?」」
「「いやよ、また気持ち悪いんでしょ。」」
「「穂乃果ちゃーんお疲れ様!」」
屋上での思い出。
目の前に蘇ってくるあの日々。
復活を決めたあの日から、町中どこででも思い出した。
この街には、一つ一つ、どこにでもたくさんの思い出が転がっている。
私たちのために、動いてくれた篠原さん。
納得してくれた家族。
手伝ってくれた同級生。
みんなの手を借りて完成したライブ。
みんなで叶える物語、か。
みんなで、叶おうとしている。
だから、後は私たちがこの物語を完成させる。
そして、新しい物語を始めるんだ。
きっと。必ず!
「それじゃあ、行こう!」
「うう、緊張してきました・・・あの、こんな短いスカートでこんな歳の人が踊るのは・・・ババアが踊るというのは……。」
「海末ちゃん、さっきからそればっかりだにゃー?」
「うう、でも私もすっごい恥ずかしいんだけど・・・」
「ま、まあ、大丈夫・・・」
「声が震えてるわ、真姫。」
「にこっちも、震えてるやん?」
「みんな、落ち着きなさい!」
って、みんな!?
「みんな、緊張してるの!?」
「そ、そりゃそうやん!」
みんなの目を見る。嫌、覚悟は決まってるはず。
なのに、最後の緊張の、糸がほぐれてない。
不安な顔が、それを語っていた。
「みんな、目を閉じて。」
だから、これしかないって思った。
私が、そうやっておまじない、かけてたから。さっきからずっと、それで元気をもらってたから。
みんなが、黙って目を閉じる。
「助けてくれた人たちの顔、思い出してみよ?」
それから、しばらく待つ。
みんなの口が、閉じていく。
そして、みんなの顔がほころぶ。
そして、目が開く。
うん、大丈夫。
「みなさん。」
不意に、口を開いたのは篠原さんだった。
「頑張ってください。」
ただ、一言だった。
その一言が、空気を変えた。
この人が、答えをくれたことは一つもない。
でも、たしかに。私たちの背中にいてくれた人。
いつだって、逃げそうな私たちを、支えて、声をかけて、ここまで連れてきてくれた人。
μ'sの、道しるべをしてくれた大切な人。
「篠原。本当に、感謝してる。」
「ありがとうございました!」
篠原さんは、表情を変えなかった。
代わりに、うんと頷いた。
この人の表情は、結局ずっと変わらなかった。
でも、その言葉だけで、私たちはまた歩き出せるんだ。
ーーーもしかしたら、これからも。
「さあ、行くよ!」
手を出すと、みんなも手を重ねた。
もう不安な顔はみんなにはない。みんな、笑顔で、自信に満ちた表情で手を重ねる。
いよいよ、復活!
「1!」
「2!」
「3!」
「4!」
「5!」
「6!」
「7!」
「8!」
「9!」
みんな一斉に篠原さんを見た。
「はい?」
「みんな、を代表して!さあ!」
「・・・10?」
いろんな思いを載せて、私たちは。
「μ's、ミュージック、スタート!」
そして、私たちの復活は果たされたのだ。
夢が叶った瞬間の感動は、何にも変えられない。そして、その先の人生すら、変えてしまう感動にもなるのだ。
さあ、第1シーズンもいよいよ大詰めです!