人並外れた洞察眼ゆえ、息苦しい生活を送る新人敏腕プロデューサー、篠原。事務所の物置の整理中に見つけた紙には・・・?
続きです。
不思議なこともあるもんだってのが、正直な感想だった。
ざっと目を通すと、今ここに載っているのは、ほとんどがアイドルの詳しい知識などほぼ皆無の自分でさえ聞いたことある、くらいのグループばかりだった。
スクールアイドル、というのは随分前から流行っていた。今では人気のスクールアイドルは基本的にそのままプロとしてデビューすることも多い。
少なくともモデルだったりとか、芸能人になってるパターンがほとんどのはずだ。
特にラブライブ優勝グループだったら、色んな事務所に引っ張りだこもいいとこなはずだ。
「ふーん。」
(μ’s、ねえ。)
そんな名前は聞いたことがなかった。
というかそもそもなんて読むのだろうか?
(ユーズか?いや違うな。
「u」じゃなくてギリシャ文字のμだ。
確かmの表記のはず。)
ということは、m’sということだ。
日本語読みすると、
「ミューズ・・・」
なんだ?
薬用石鹸か?
石鹸の名前をそのままアイドルの名前につけるなんて斬新すぎるだろ。
キャッチコピーはあなたの心を綺麗にします!みたいな?
おかしな名前をつけたもんだな。
でもあり得ないだろう。
ミューズ・・・。
「あ。」
そういえば、と過去の記憶を掘り起こす。
前にギリシャ神話を学んだことがあった。ミューズ。大神ゼウスの9人の娘たち。
学芸を司り、それぞれに役割が与えられたその女神は、芸能の女神だ。
(私たちは芸能を司る9人の女神たちですってか?それはそれで大層な名前だな。)
「ふうん…っといけない。」
早く済ませてしまわねばならない。
ただ、何となく心に残った。
知らないグループだった。
(この俺が、「知らない」のが。)
まったく、悪い響きだ、と独り言ちた。
腰が痛い。時刻はとっくに昼を回っている。
篠原は痛む腰を抑えながら自分の席へと向かった。
そもそもこんな散らかりようを一人でやれってのが無茶である。自分でなかったら一日かかっていたのではないか、と正直に思った。
文句言ってやろうか。
さぞすっきりするだろうな。
そんな社長に対する発言では到底ないような言葉を呟きながら椅子に座る。
とは言え、とにかく腹が空いた。横にかかってるバッグから、今朝買ってきた弁当を出す。
唐揚げ弁当だ。
弁当はいいな。感情がないから。
(俺はもう弁当と一生付き合っていきたい。)
そんなくだらないことを考えるくらいの達成感を感じながらも、弁当箱を開いた。
冷めてしまっているけど弁当は弁当だ。
すぐに米を口の中に入れる。
ちょっと水っぽいのに、硬い米。
美味しくはないけれど、栄養を欲していた身体には染み渡った。
(それにしても、今日は静かだな・・・)
いつもだったらこの時間だと、仕事先から戻ってきてご飯を食べているアイドルがいて、騒いでいることも少なくない。
ウチの子達だって、ここに来ては色んな人と喋っていて、制御が効かなくなることもある。
でも、今日は不思議と周りにあまり人がいない。結構な人が外に出てっているようだ。
(ま、静かでいいか。)
結局篠原は、こっちの方が好きなのだ。
人がどうしても好きになれない。
それは特異な能力と類い稀なる頭脳を持ってしまった男の、宿命なのかもしれない。
唐揚げを食べていると、ふと、さっきのことが思い出された。μ's、か。
口の中に残る揚げ物の香りをお茶で流しながら、頭の中でその名前を反芻する。
今どんな活動をしているのだろう。
まさか表舞台に出てないなんてことはないはずだ。
ラブライブというスクールアイドルの祭典で優勝するということが、芸能人への道の最短ルートだってことが理解できるくらいには、篠原にも知識があった。
「先輩、ちょっといいでしょうか?」
「へっ!?
し、篠原くん?どうしたの?」
斜め前に座って、パソコンを叩いていた先輩に声をかけた。
それにしても素っ頓狂な声を上げられた。
そんなに俺が話しかけるの珍しいかよ。
いや、珍しいか。
普段は全然話しないしな。
先輩は女性なのだが、中々の美貌で社内でも評判の先輩。
いつも篠原に声をかけてくれる。
優しい人なのは知っている。
少なくともその声からは、自分を嫌うような色は感じない。
まあ自分から声をかけて喋るなんてことはほとんどないし、まともに喋った経験もそう多いわけではないのだが。
それに、優しさというのは「作成」できる。
だから目は見ないようにしてる。
相手が腹の底で自分をどう思っているかはわからない。
そして多分、わからない方が幸せだ。
いつ何時、人が誰かを嫌いになるかどうかは、わからないのだから。
それよりも、だ。
今聞くべきは、聞いたことがないあのグループのことだ。
俺の知的好奇心を満たすだけの情報が手に入ればいいのだけど。
「…先輩、μ'sって知ってますかね?」
「は?君ひょっとして知らないの?μ's?よくやってるよねぇ篠原くん、この仕事。」
ケラケラと笑われた。
なんだ、やっぱり有名なのか?
全く知らなかったのだけど。
というか笑われる程有名だとしたら、むしろなぜ知らないかの方が疑問だ。
「…まぁ、とはいっても、もう解散してるんだけどね、μ'sは。」
「え・・・」
解散・・・。
(そうか、そういうことか。 )
それなら自分も知らないかもしれない。
篠原が知っているのは最近のグループだけなのだから。 昔有名だったグループなんて、その方面に、この業界に入るまでは疎かった篠原にとっては全く情報としてないに決まっている。
それより前にアイドルなんて接点は・・・
ないわけではないけど、まあないと言ってもいい。
過去に自分をアイドルだと言っていた人のことを、篠原は頭から振り払った。
「そんなすごかったんですか?それこそ、ラブライブで優勝するほどに。」
「そうよ、本当にすごかった。結成から1年もたたずに圧倒的な力で優勝。
1曲と決められたライブでアンコールを受ける程に会場を魅了して、直後に解散した。
その後、残ったメンバーも活躍してたけど、今は皆さんどこで何をしているのかわからない。完全に伝説ね。」
「はぁ・・・なるほど。」
聴きながらも、意味のわからないことだらけだった。
結成から1年もたたず?
それは異常だ。何だ、そのわけのわかんない人気。そんな事が可能なのか?
アイドルなんてのは正直言ってたくさんいる。
たくさんいるから、人気を得るのは難しい。
たくさんの努力をして、ずっと頑張り続けた人たちが少しずつ人気を高めていく。
頂点を極めた後は、少しずつ新しいアイドルに取って代わられていく。
そういうものなのだ。
栄枯盛衰、盛者必衰。それがアイドル界どうこうだけじゃなくて、自然が定めている摂理だ。
篠原がどんなに天才だとしても、それに抗うことなどできはしない。
それを乗り越えられるとしたら、それもまたほんの一握りの天才のみ。
そう、A-RISEのような極々一部の天才だけだ。
だから、ポッと出で人気を得て、そして忽然と姿を消す。そんなアイドルがいるとは考えもしなかった。
それだけで、ただのアイドルではないことは容易に想像がつく。
もちろん自分の担当してるグループも、すごいグループだと思う。でも、そんな力はない。
あっけなく自分が負けたような気がした。
なぜ解散した?それほどすごかったのに。
メンバーの卒業?
それにしてもあっけなさすぎる。
なんだかモヤモヤしてきた。わからない、というのはやはり気分が悪い。
それだけじゃない。
(負けた・・・。)
そんな名も知らないグループに。
完膚なきまでに、負けたと、そう思った。
「なんで誰も今活動してないんです?」
「知らないわ。でも、聞いた話では、卒業後のオファーもみんな断ったそうよ。よく知らないけどね。」
「なぜですか?」
「でも、彼女たちのステージは他とは違った。決してずば抜けて歌が上手いわけでも、踊りがずば抜けてうまかったわけでもない。ただね、何かが見てる人たちを駆り立てたのよ。応援しなきゃってね。
実を言うとね。私も彼女たちを見て、アイドルやってた時期があったのよ。でも、決して追いつけなかった。あのレベルには辿り着くことはできなかった。ほんと、なんでかしらね。」
先輩は顔を赤らめた。
だが、その先輩の比較的大きなカミングアウトすら気にならない。
余計わからない。
評価ってのはつまり数字で、能力で。
誰かが見てきちんと測れるもののはずだ。
実際見たことないから、先輩のその評価が正しいのかわからない。本当は歌もダンスも上手いのかもしれない。
そんなグループが、自分を超えたっていうのか?そんな、何となく、の評価が?
一体何が、「μ’s」だったんだ?
「ふぅ。」
家のベッドに寝転がる。
μ’s。
家に帰っても頭から離れなかった。
とんでもない力を持った、アイドル界の摂理さえも無視するようなアイドル。
そんなアイドルはやはりA-RISEしか知らない。
A-RISEは、すごい。
今もその実力は圧倒的だ。
彼女たちは間違いなく天才だ。
中でも綺羅ツバサというあのアイドルには、おそらく天性の資質がある。
だが、それと並ぶかもしれない異質なアイドル、μ’s。
(ラブライブ、優勝か・・・。)
携帯を開いて動画アプリを起動した。
「μ's」と打ち込んでみる。
一瞬のロードの後に出てきた動画たちは、明らかに異常な再生回数を記録していた。
「マジか・・・。」
一つ一つ、再生回数は優に100万を超えてるものばかり。
すごいことになっていた。
これほどのアイドルの名前を知らなかったというのは、自分でも驚いた。
「とりあえず聞いてみるか。」
その中の一つを再生した。
ラブライブのアンコール曲。
(僕らは今のなかで、ねえ。)
流れている最中、じっくりと観察する。
歌は流れるようなテンポのいい曲。
歌詞はなるほど、共感する人もまあ多そうだ。
ただ、余りにも拙い。
確かに曲や歌詞は悪くないと思う。ラブライブ優勝グループだけあって、よっぽどいい作詞作曲者がいたんだろう。高校生とは思えない。
でも、歌もダンスも正直高校生のレベルを出ていない。
決して上手くない。
篠原の担当のグループの方が、間違いなく上手い。
とても、そんな力を持ったアイドルには見えなかった。
パフォーマンスは、プロと比べれば平均以下。
間違いない。
だが、その異常さにはすぐに気がついた。
(この雰囲気を、高校生が作るかね。)
会場の雰囲気を彼女たちが完全に捉えていた。
これほどまでに一体感を感じた会場というのも珍しい。
会場の声が、彼女たちの声が、会場の光が、彼女たちの拙いパフォーマンスが。
会場をμ’sの色に染めていた。
こんな異質な光景は初めて見た。
「・・・へぇ。」
(・・・ん?何で今俺、へぇって言った?)
篠原は自分の今さっきの言葉を反芻する。
ひやりと背筋が凍った気がした。
あれ?なんだ?
どうした?
何だ、これ。
少しだけ、胸の中で何かが叫んだような気がした。まるで自分の体の中で、誰かが叫んでるみたいな。
まるで、あの穂むらの饅頭を食べた時のような感覚が全身を襲った。
何なんだ、こいつら。
(いや、それにしても・・・。)
もう一つ、気になることがあった。
一人の女の子だ。
ポジションが変わりながらも、センターによくでてくる女の子。飛びっきりの笑顔を振りまいている。髪は、横で縛っているものの、茶色で長い。
ほっそりとしたスタイル。
一番の輝きを放つ女の子。
この女の子が、最もこの会場作りに貢献してるのは間違いない。
間違いなく、この子だけ他の子と違う。
ひょっとしたら、この子も綺羅ツバサと同じーー。
嫌、だとしても。
「・・・なんで?」
穂むらの店番の女の子。間違いなかった。
「さて・・・。」
何で俺はここにいるのだろう、と篠原はとりあえず自身に問う。
次の日の仕事帰り、何となしに穂むらの前に来てしまった。
まあ答えは簡単なのだが。
昨日の夜から一日中あの曲が頭から離れない。
なんであんなに惹きつけられたのか。
その答えが欲しかった。
そして、自分がなぜ負けたのか。
その答えもついでに欲しかった。
それだけの話だった。
だけど、それを真面目に何で貴方達のステージはあんなに会場をわかせられたんですか?と聞いたとして、答えが返ってくるだろうか。
いや、それはないな。
最初はそうだな、解散の理由とか聞いてみて、それからじっくりと・・・。
だが、それも迷惑だろうか。あれほどのグループが解散するにはきっと何かわけがある。掘り返したくない過去なのだろうか。
「まいっか。何でも。」
店内に入ると、いらっしゃいませ!という元気な声が響く。
いつものあの子だ。
動画との映像が重なっていく。
(間違いねえな。やっぱりあの女の子だ。)
「あ、いつもありがとうございます!穂むらまんじゅうですか?」
画面の外で見ると、やはり可愛いと言えるだろう。でも、あのとびきりの笑顔ではないような気がした。
あの謎の魅力は、すっかりと成りをひそめてる。
さて、どうするか。
ここまで来て後には退けないしな。
何より篠原は、答えを知りたかった。
「あの・・・ちょっといいですか?」
「はい、なんでしょう?」
ふう、とため息をつく。
「どうして、アイドルをやめてしまったのですか?」
我々は、他人のふとした言葉や行動に傷つく事がある、というのはよく聞く話だ。
ただ、それなら。
何気ない一言が人生を変える。
そういうこともあるのだろうか。
そんなことを言ってくれる人を、我々は心のどこかで待ってはいないだろうか。
はい。というわけで、篠原さんがμ’sと出会いを果たします。10年経てば伝説にもなりますよね・・・
次回もよろしければみていってください