穂乃果は篠原に突きつけられた言葉を胸に、再びアイドルをやりたいと誓ったのであった・・・。
さあ、続きです。
篠原浩介28歳。
芸能プロダクションに勤めているこの男は、一言でいえば天才だ。知識、思考力、記憶力。
その全てに非のうちどころは全くないと言っても全く過言ではない。
そしてそんな篠原が働いている場所はと言えば、世界を股に掛ける大企業でもなく、国を動かす国家公務員でもなく、
芸能プロダクションなのである。
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篠原は、家で穂むらの饅頭を頬張っていた。
居間の真ん中にどでかく置かれたちゃぶ台の脇に、片膝をついて座ったまま。
7畳くらいのアパート。
家賃もそこそこ高い駅近の部屋の中は、よく片付けられている。
片付けられているというか、物がないのだ。
篠原は別に、物を集める癖があるわけではない。
せいぜい、気に入っている本を集めるくらい。
物が増えないのだから、部屋が散らかることなどあり得なかった。
無論、ポスターなんかもない。
ベッドとテレビと服の棚。
薄い緑のカーペット。そして、その真ん中におかれたちゃぶ台。
そんな無機質な部屋が、篠原の生活空間だった。
ただ、今日に限っては、机の上のみが若干汚れていた。
机の上には、饅頭の箱とともに、紙が散らばっている。仕事の資料だった。
手の中の饅頭を口の中に放り込む。
いつも通り、甘い。
間髪入れずに口の中に次を放り込む。
間違いなく、甘かった。
口の中に入れた饅頭を噛みながら、資料に眼を通す。明日から担当の子達の仕事再開だ。
朝から東京のとある場所でイベントがあるのでそれに参加する。内容はと言えばゲーム会社の新作の発表会。
幸いなことにウチの曲を何曲か使ってもらえた。
テーマソングというわけにも行かなかったが。
まあその流れで明日はイベントに参加することになってる。段取りを頭に放り込みつつ、饅頭も口に放り込む。
「・・・スタッフが多いな。」
それがちとネックだった。
勿論こっちの話。
今までの人生で苦労したことはそんなにないけれど、一つだけ余計な能力がある。
昔から、人の心を読むのがうまくて、今では目の前の奴の目を見ればその人がどういう気持ちでいるかが頭に流れ込むようになった。
おかげで、相手が自分をどう思っているかがわかる。しかし、人間、目の前の相手がどう思っているかなんて知らない方がいい。たとえ嫌いでも取り繕ってくれるのならそれでいい。
「・・・うっかり目を見ないようにしないと。」
例えば、一緒に仕事をする、4人組のチームがあるとする 。その中に自分のすっごい苦手な人がいるとしよう。
さて、あなたはどうする?仕事を放棄するか?
いや、そんなことはしない。
仕事は一緒にするが、私事で会ったりはしないし、飲みにもいかない。
まあ影で悪口なんか言い始めるかもしれないが。
そもそも、人間というのはそうやって生きているのだ。すごく苦手な相手が目の前にいたとしても、そんなに親しくしなくても、目分量でいい関係を作ることはできる。そんな風に、この社会は回っているのだ。
だから、わかってしまうというだけで傷つくこともある。
うっかりあの人と喋りたくないなんて思われてることがわかったら、面倒ごとが増えちまう。
やれやれ、と思いながら箱に手を伸ばす。
だが、箱の中は白い包み紙の山で埋まってしまっていた。
「って、無くなってるし。」
まだ甘いもの冷蔵庫に残ってるだろうか。
立ち上がると、その足をキッチンの方へ向ける。
「・・・いや、寝るか。」
だが、その足を机に戻した。
座り込むと、資料を揃えて、机の脇に移動させる。
明日も割と朝が早い。寝ておけるなら寝ておこう。どうせ頭に諸々はインプットされたわけだし。
だが、資料の脇にあるあの紙が、篠原の目に止まった。
合わせて手も止まる。
近づいていないのに、その名前が浮かんでくるようだった。
ラブライブの優勝グループの紙だった。
手にとって近くで見てみる。
「μ’s、か。」
名前を呼んでみる。
別に何か特別な感情があるわけじゃない。
ただ知りたいだけだった。あの得体のしれない客を惹きつける何かの正体を、何としても知りたいと思っただけ。
あのステージには何かがある。
自分の担当の子達のステージなんて、何回も見てきた。間違いなく彼女たちは素晴らしい。
だが、μ’sのステージは何かが違う。
色、みたいだと篠原は思う。
自分にはステージに何かを感じたことはない。ただいつも通り、練習で繰り返してきた動きをアイドルたちがしているだけ。
だが、μ’sのあの一曲には、何かそんな違和感があった。
しかも、それだけじゃない。
既に解散したグループだが、行きつけの和菓子屋の店員さんがメンバーであると知った。
解散の理由を聞いてみたのだが、答えてはくれなかった。その代わりに、次会った時、とんでもないことを言われた。
「私、もう一回アイドルやりたいんです!協力していただけませんか?」
驚いた。そして、ふと目を合わしてしまった。しまった、と思った。また何か流れ込んでくるのでは、と。
それなのに、その子の目は何も訴えてはこなかった。能力が発動しなかったのだ。
(・・・一体、どうなってやがる。)
何も頭に流れ込んでこなかった。
(いや、あれは厳密には、能力が発動してないわけじゃない、発動してたんだ。一応だが。)
そう、何か流れ込んできたのはわかったのだが、それがどんな感情かがわからなかったのだ。
こんなことは初めてだった。
(・・・全く、こんなに知的好奇心を擽られれる命題は久しぶりだな。)
だから、興味が湧いた。
なぜ、このグループはあんなに強かったのか。
そして、この子の「目」は一体何を語っているのか。
その俺の知らない答えが、知りたかった。
この人たちといれば、
ーーその答えが得られるだろうか?
それで、連絡先を教えた。
高坂穂乃果。そう名乗っていた。
(最高に、面白い。)
出会いというのは、つくづく不思議なものだ。
篠原浩介、28歳。
その男は、今日も生きていく。
そんな知的好奇心を満たすためだけに、そのモノクロの世界の中で。
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巻き戻って、その前日。
下町の一角、長い階段の先にある神田神社で、一人立ち尽くす巫女服姿の女性がいた。
その人、東條希は、片方の手で持つ箒を握りしめたまま、携帯に魅入っていた。
あたりは真っ暗。
ポツポツと照る街灯の光が唯一、足元を照らしてくれている。
まあ掃除をする上では、本当に最低限の暗さだった。
というか、こんな時間に掃除する巫女は希しかいない。どうも根っからの綺麗好きが災いしてか、はたまたこの神社が好きだったというのもあるかもしれないが、就職してからもこの神社の巫女手伝いはやめられなかった。
そして、出した答えはこの真っ暗で、誰もいない神田明神でたまに掃除をするこの生活だった。
そしてこの日は二日連続での掃除。
で、さっき連絡が来たと、そういうわけである。
(…そうか、穂乃果ちゃん。
決意、したんやね)
前に、穂乃果とした話を希は思い出す。
μ'sの話が出たのには、驚いた。
正直、何と言っていいかわからなかった。
だってそうじゃないか。
久しぶりにあった昔の仲間に、あの時何でやめたのか、なんて話をされてしまったら、いやでも思い出してしまう。
何でやめたか。
その答えは、何で続けなかったのかという問いを、投げかけられたのと同じだ。
何回も聞かれた問いだった。
答えも、一つだった。
ここでμ’sを終わらせないと、9人で感じたことが消えてしまいそうだったと。
少なくとも、あの時に迷いなんてさらさらなかった。
でも、彼女は誰だか知らないが、その常連客の言葉に飲み込まれていた。
だから、黙っていたのだけど、穂乃果はもう一度アイドルをやりたがっているような気がした。
でも、それを言うのはやめておいた。
希にはわかる。高坂穂乃果という女の子が何も変わっていないなら、そして本当にアイドルに対して、そう思っているのなら、他人の希が何かする必要はない。
結論は、きっとすぐに出るだろう、と思った。
そして、穂乃果は結論を出したのだ。
(・・・私は、どうするかな。)
決めかねていたのは、自分だった。
そんな自分が、少し意外だった。
希は自分のことを、ひどくわがままな人間だと思っている。
逆に言えば、今までやりたいことがわからない、なんてことはあんまりなかった。
大人になって思ったことは、意外と人って、やりたいことはあるのに、自分の気持ちに蓋をしてしまうことが多いんだってことだった。
みんな、嫌なやつになりたくないのだ。
やりたいことをするのは、ひどく傲慢で独りよがりなことだと、嫌でも思ってしまうのだろう。
だからあの時にやりたいことに蓋をせず、どうしたら実現できるか考えてきた希にとっては、それはとってもバカらしいことだった。
だって、同じように思ってる人は、必ずいるということを、希はよく学んだからだった。
だからこそ、こうやって本当にやりたいことがわからなくなってしまうと、手も足も出ないわけで。
(私は、どう思ってるんだろう。)
希は自分で問いかける。
私たち3年生が高校を卒業して、μ'sの活動は終わった。それは、みんなで決めた私たちなりの終わり方。
(・・・だとしても、か。)
でも、やりたい、という気持ちが消えたわけではない。あの時あのタイミングで、続けるという決断を、みんながしたら続けていただろう。
それは希の意思として、みんなで決めたことを実行するのが、希の「やりたいこと」だったからだ。
なら、今迷ってる希の気持ちの答えは。
希の中にあるこの感情の答えはきっと、やりたいってことなのだろう。
<やってみればええやん?
特に理由なんか必要ない。やりたいからやってみる。本当にやりたいことって、そんな感じで始まるんやない?>
「・・・全く、誰が誰に言ったんだかなぁ。」
笑ってしまった。
後悔ではなく、もう一回。
これは参ったなあ。
でも。
手に持っていた携帯を握りしめて、東條希は電源を落とす。
ーーー私はついてくよ、穂乃果ちゃん。
ただ、今じゃない。
希は、頭の中に考えを巡らせた。
頭の中に浮かぶのは、一人の女の子。
自分には一人、絶対に一緒に行かなければならない子がいる。彼女の背中を押さなければならない。
それが、自分の使命だ。
μ’sのの誰にも、私は欠けてほしくない。
だから、やるなら全員でやらなきゃいけなかった。そのためにどうするか、考えなきゃいけない。
「必ず、連れてくから。
穂乃果ちゃん、任せたよ。」
覚悟を決めた東條希は、夜の闇の中を、帰り支度のために、社に向かって歩いていった。
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また、別の日。 別の場所。
「…穂乃果・・・」
そこそこに広い自分の部屋で、言葉を詰まらせる一人の女性の姿がそこにあった。
黒くストレートに伸ばした髪の毛。
そして今まで一人の彼氏もできたことがないとは思えないほどの、整った顔立ち。
穂乃果からのメールを見ているのはμ'sの元メンバーの一人、園田海末その人である。
海未は、今は家を継ぐため、園田流の稽古、特に日本舞踊の稽古に精を出している。
昔からずっと、家を継ぐのは当たり前だと思ってきたし、スクールアイドルをやっていた時も決して思いが変わったわけではない、はずだった。
園田流という由緒ある家に生まれた海未にとってそれは別に嫌なことでも何でもなく、むしろ望むべきことだった。
そして、今はその当たり前、に向かって進んでいる。
勿論後悔はない。だって、今の生活には充実していると感じているからだ。
(ならなぜ、私はこんなにも動揺しているのでしょうか・・・)
椅子に腰掛けながら、自分に問うてみた。
穂乃果のメールの内容が、頭を駆け巡っている。
確かに、スクールアイドルを確かに楽しかった。本当に、忘れられない思い出をくれた。
だが、あの時納得した上で、海未たちはμ’sの活動をここで終えると決めたはずだった。
それが一番いいことだと、疑わなかったし、いま思い返してみても何にも後悔なんかしていない。
だが、海未はだからと言って、穂乃果を即座に否定できなかった。
海未にはどうしても、忘れられない光景があった。
あのラブライブの決勝で、歌い終えて、裏にいた時、アンコールを受け取ったあの時の親友の顔だった。
泣いていた。
穂乃果は、ビー球みたいな涙をボロボロと流して、顔をティッシュペーパーみたいにクシャクシャに歪めて泣いたのだ。
穂乃果は、昔から人前では泣かない女の子だった。
もちろん家族の前で泣いていたとか、そういう話は特に妹の雪穂から聞いたことはある。
でも一歩家の外に出れば辛いことがあっても悲しいことがあっても、いつもニコニコと話して飛んで跳ねてボケをかます女の子。
怪我をしても、涙を流しながら笑って見せていたほどだった。
バカだバカだと言いながらも、そういうところは本当にすごいと思っていた。
そんな彼女が本気で泣いているのを見て、ああ、この子はこうやって泣くんだと幼馴染だったはずの海未は初めてその時に知った。
そして、その時初めて、いやその時一瞬だけ、後悔したのだ。
終わってしまうんだな、と。
これからアンコールを歌う時に初めて思った。
あの穂乃果をこんな顔にするほどの何かを、私たちは終わらせようとしてるんだな、と。
その気持ちが、海未の頭に再び到来したのだった。
(もし、もう一回アイドルをやることができたのなら・・・。
私は、ことりは、穂乃果は、どう感じることができるのでしょうか・・・。)
立ち上がって、窓を開く。
庭に面している海未の部屋は、窓を開くと縁側から綺麗な緑が見える作りになっている。
ジトッと暑い空気に構わず、目線を緑に向ける。
もし、やるとして。
それがどんなに素晴らしいことだとしても。
それは、家を否定することになるのではないか。私の今の楽しみを、生活を否定するのではないか。
両方は無理、というのは何となくわかる。
雪穂がアイドルをやっているのも見ている。
やっぱり忙しそうだ。
普通に考えても、両立は難しいだろう。
(それに、どうせ穂乃果には多分何の計画もありませんしね。)
それくらいは長い付き合いだ。よくわかる。 すごく大変だろう。
そして海未は、結局答えを出せなかった。
大人は青春時代に戻りたいと願っても、できることではない。色々な立場や経験が邪魔をする。
そうしたいと願うことさえ、阻まれているかのように。
本日も厨二パワー全快でした。
希ちゃんと海末ちゃん、そして他のメンバーがどこへ向かうのか。
次回もよかったら見ていってください。
あと、私は伏線大好きですので、張ったつもりの伏線はまとめます。
1 篠原さんが穂乃果ちゃんから読み取った感情は何か。
2 希ちゃんの背中を押さなければならない人、とは。