花陽と凛は真姫の元へ向かうも、追い返されてしまう。一方、海末の家に向かった穂乃果とことりだったが・・・?
小さい頃からずっと一緒だった。
穂乃果、海未、そして南ことりは、そうやって育ってきた。
そして、これからもそうだと3人ともが信じていた。μ’sという9人の空間は彼女たち3人にとって、勿論大事なものであることに間違いないけれど。
でも、その中の3人というのは結局彼女たちにとって、特別な場所。
気を使わなくてもいい。
ありのままの自分のままでも、何にも問題ない。
そういう特殊な場所だった。
高坂穂乃果。
園田海未.。
南ことり。
ああ、ここが居場所なんだと思わせてくれる場所。
だから、3人にとってそれぞれを「失う」ことの恐怖は他のものと比較にならない。
現に、高校時代に失いかけた時、恐怖に飲まれた彼女たちは一度ボタンを掛け違えかけた。
誰も悪くなんかなくって、みんなお互いのことを考えてそれぞれに行動したのに。
それなのに自分たちだけじゃなくて、μ'sごと壊れていく。
何が間違えたんだろう。
どこに問題があったんだろう。
そんなことを考えている間に、全部全部間違えたまま、μ'sは解散して、ことりが海外に行って、離れ離れになりそうになった。
3人とも、互いが好きだった。
互いが互いを想うから、その崩壊が止められなかったのだ。
μ'sが解散して、10年。
3人はスクールアイドルとしての経験を活かして、とんでもなく成長した。
だけれど、3人ともお互いが大事なことは変わっていなくって。
だから、間違える。
そして今だって彼女たちは失いたくないと、必死なのだ。
ーーーーーーーーーー
南ことりは、住宅街を歩いていた。
少しだけ口を結びながら、目はまっすぐに前を見る。夕日に照らされた道を、日陰を踏むようにして歩く。
隣には穂乃果が歩いている。
だけど、特に何か声を交わすようなことはしなかった。穂乃果は覚悟を決めたような毅然とした顔でまっすぐにある場所に向かって歩いていた。
もう目を瞑ってでも行くことができるだろう、海未の家へ。
横を、黄色の軽自動車が走っていった。
キラキラと夕日を照り返す車体に目を細めながら、ことりも黙って歩く。
ことりは高校卒業後、そのまま海外へと旅立った。
理由は服飾の勉強をするためだった。
高校生の時に一度終わってしまった夢を、もう一度追いかけようと思ったのだった。
もちろん、服だ。
ことりは服が好きだった。
それはスクールアイドルとかそういうことじゃなくって、普段着ている服とかそういう意味でも大好きなのだ。
楽しいことがありそうな日は、明るい色の服を着て。
ちょっと気分が前向きに乗らない日は、どんな服を着たら楽しい気持ちになるかな、なんて考えて。
暑い夏の日は涼しい服を選んで。
冬はあったかくなる服を着たりして。
そして、休みの日になったら服を選びにデパートへ出かけて、服を選んで買う。
そんな風に服を選んで着て、ワクワクした気持ちになった。
いい服を見つけてオシャレに着れた日なんか、ついテンションが上がって高いデザートを食べて後悔するくらい好きだった。
だから、本当にずっと望んでいた夢に、向かおうって。
らしくないとは思いながらも、ことりは本当に強く思ったのだった。
とは言え、何とも無茶苦茶な話である。
一度断っておきながら、(というかドタキャン)また留学したいです、なんて先方からしたらふざけてんのかと言われてもおかしくない。
実際ふざけてんのかとそのまま英語で言われたときは当たり前だよね・・・なんて電話口で言うくらいにまあ無理だろうな、と思っていた。
「ことりー、留学の話だけど、大丈夫だって!」
「・・・え?」
・・・。
それでもお母さんのおかげで何とか希望は通った。
お母さんは後で聞いたらあれやこれやと様々に手を尽くしてくれたそうで。
結局向こうがお母さんに根負けする形で、私の留学は実現した。
この時は本気で自分のお母さんが高校の理事長でよかったと思った瞬間だった。
そこから3年ほど。
アメリカで服の勉強をした後、日本でもちょっとだけ大学に行って、念願のデザイナーになったのがちょうど3年前だった。
穂乃果や海未には、帰国してからは言わずもがな、合間を見つけるように会っていたし、アメリカにいた時も帰国しては会っていた。
デザイナーになってからはとある会社で服のデザイナーとして働いていた。
すごく出来過ぎな人生だと思う。それくらい、自分の仕事と生活はうまくいっていた。
大人になって、色んなことを知って、ちっぽけな恋とか、ちょっと広がった友人関係とか、いろんな経験もした。
お金を稼いでちょっぴり贅沢して、幸せな気持ちになったこともある。
自分のデザインした服を着てる人を見つけて、誇らしい気持ちになったこともある。
でも、そこで疲れることもいっぱいあった。
デザイナーは辛い仕事だ。頑張っても認めてもらえなければ価値なんてつけられない。
新人の頃は中々評価されず、打ちひしがれたこともある。
そんな時にも、ことりを支えてくれたのは、穂乃果と海未だった。
ここに帰ってきさえすれば、辛いことなんて一気に吹っ飛んだ。
だから、今の生活に満足していたけど。
それとは別に、ことりは思っていた。
いつか、二人とまた一緒にいられないかな、と。
無理なのはわかっていた。
家を継ごうとしている穂乃果や海未と自分とでは、あまりにも状況が違いすぎた。
だから、まあそうなればどんなに嬉しいことかと思うくらいで、真剣に考えることもしなかった。
だが、一通のメールが来て、声を上げそうになった。
ことりは嬉しかった。
またみんなでアイドルを、なんて。
全くもって考えもしなかった。
というか、無理に決まってると。
そりゃことりにとってもスクールアイドルをやっていた頃の思い出はとっても大事だ。
でもまさかまたやろうなんて言われると思ってなかったし、そうなったらどうしようなんて考えたことなかったのだ。
そして、実際に言われた時、ことりの頭に浮かんだのは、意外と悪くないかも、だった。
今の仕事は大好きだ。
それだけは間違いなくって。
(でも、もう一度穂乃果ちゃんと海未ちゃんと3人で何かできるとしたら・・・。
今、ここしかチャンスはないのかな。)
そう思ったら、やりたくてしょうがなくなっていた。
ーーーまた、やってみたいんじゃないの?
そう、心に聞かれた気がしたのだ。
「よし、着いた!」
「海未ちゃんいるかな・・・?」
ただ、μ’sを復活させるとしたら、それは9人じゃなきゃだめだとことりは思う。
何よりも、海未がいなければ意味がない。
だからこそ、二人はは海未の家の前に、こうしてやって来たのだった。
彼女の本当の声を、聞きたかった。
「それにしても、おっきいなぁ・・・。」
「だよねえ・・・。」
もうさすがに見慣れているけれど、子供の頃は海未の家に行くとなったら、それこそ遊園地に行くみたいにワクワクするくらいだった。
つまるところ、海未の家は、相変わらずの豪邸だった。
教科書で見たみたいな、木造の大きなお屋敷が海未の家だ。
真姫が洋なら、海未の家は和の大豪邸。門の中から見える庭も、綺麗に手入れされているし、縁側なんかも綺麗に掃除されている。
それが夕日を受けて、あるところはオレンジに染まり、あるところに影が落ちている様子は、本当に綺麗だ。
μ'sが誇る二大令嬢の一人は、変わらず道ゆく人の足を止める立派なおうちに住んでいる。
そんな大きな家は、高校の時から10年経ってるのに、いつも通り二人を出迎えた。
「インターホン、押すね。」
「・・・あ、うん。お願い。」
穂乃果がインターホンを押す。
ことりは緊張していた。
本当に、本気で海未に戻ってきてほしかった。
一緒に、やってほしかった。
理屈も、ひょっとしたら無理かもとか、そういう感情がないわけじゃない。
でも、海未がやりたくないわけがないって何となく思うから。
だから海未の口から何が出てくるのか、余計に期待と不安でいっぱいだった。
穂乃果も緊張しているのが横顔でわかる。
穂乃果もことりも、周りも見えないし、頭も良くないし。
でも、後ろから彼女が支えてくれるから。
穂乃果もことりも、思い切り前を向いていられた。
(海未ちゃん、あなたの本音が、聴きたいな。)
だから正直にそう思った。
「はい、」
「あの、穂乃果です、海末ちゃんいますか?」
海末ちゃんのお母さんの声だった。
「あら、穂乃果ちゃん、久しぶりねぇ。待ってね、今呼ぶからね」
「はい、ありがとうございます!」
いつも通りの海未ちゃんのお母さんの、落ち着いた声だった。
多分、海未ちゃんが話していないんだろうな、とことりは思った。海未のお母さんは、海未のこととなると真剣そのものだ。
小さい頃なんて海未に怪我をさせた二人が雷を落とされたのだって、一度や二度ではなかった。
それはそれは大きな雷を落とされて、流石の穂乃果だって涙目だったくらい。
そんなお母さんが普段通り玄関に出てきたってことは、つまりは。
(海未ちゃん、抱え込んじゃってるんだな・・・。)
しばらくして、ドアが開いた。
そこに立っていたのは、まぎれもない海未だった。
服は白いシャツにジーパンという、二人にとっては見慣れたいつもの海未のラフスタイル。
ただ着ている本人の美貌のせいで、正直最早その格好は歩く凶器と化している。
本当に、世の男性が放っておくのが理解できない美しさだった。
余談だけれど、昔、ことりはデパートで、本気で海未を着せ替え人形にしてみたことがあるのだけど、結局2時間でやめてしまった。
結論。
ーー海未ちゃんに似合わない服は、ない。
そんな海未だけれどただ今日はその表情が、とても悲しい顔で。
夏だというのに、嫌に乾いた風が吹いた気がした。
家の庭から聞こえていたはずの、蝉の声が遠くなっていく。
見つめあう3人の中で、時が止まったようだった。
「海未ちゃん・・・こんにちは。」
ことりは、挨拶しか出てこなかった。
聞きたいことが、山ほどあるのに。
海未のその顔が、ことりの質問を拒んでいた。
聞くに聞けなかった。
確証はない。
でも、聞かないでください、と。
そう言われている気がしてしまった。
「穂乃果、ことり・・・。
要件はわかっています。」
「どうしたの?どうして返事もくれないの?私たち、どうしても納得できなくて、それで・・・」
「2人とも、少し歩きませんか?」
海未は、穂乃果の言葉を遮って、歩き出した。
少し、ためらった。
でもここでついて行かなきゃ、もうずっと分からないままだ。
海未の本当の声も、彼女の悲しそうな顔の意味も。
だから、ことりも穂乃果も、着いていくしかなかった。
角をいくつか曲がって、歩くことりたち。
足は、懐かしい場所へと向かっていた。
あそこだ、とことりはすぐにわかった。
そこは、公園だった。
小さい頃、ずっと遊んでいた場所。
今は夕方で誰もいない。
3人は、ベンチに腰掛ける。
誰も、何も喋らない。
もうほとんど隠れてしまった太陽の下で遊ぶ子供は、いなかった。
「・・・不思議なものです。あれから、もうこんなに時間がたってしまったのですね。」
海未が、ポツポツと言葉を話し始めた。
「海未ちゃん・・・」
「今の私は、あの時、木に隠れる私に、2人が声をかけてくれたからこそあるのだと思っています。だから、これからもずっと友達です。
ですが・・・私は今回の件に参加できません。」
その言葉が発せられた瞬間、ことりの汗が、止まった。全部の紡ごうとしていた言葉が、頭の奥深くのゴミ箱に一気に捨てられてしまった。
最初は、聞き間違いだと思った。
カラスの鳴き声が遠くで聞こえて。
だから、きっとそれのせいで何か間違って聞こえているのだと思った。
でも、少しずつその言葉の意味が頭で翻訳されていく。
それは、つまり海未には、ことりや穂乃果とアイドルをやる気がないってことだった。
「え・・・。」
心が締め付けられる。声が出ない。
苦しい。
「どうして?どうしてなの?」
穂乃果は聞いた。
ことりは、何も言えない。
さっきの言葉の意味を頭で理解するだけで精一杯だった。
「私は、家を継がなくてはなりません。」
海未の言葉が、続ける。
「誘ってくれたことに、本当に感謝しています。ですが、私は園田の家を守っていかなくてはなりません。兄弟がいない私には、それしかないのです。私の家の歴史を守れるのは、私だけなのですよ。
穂乃果も、そうなのではないですか?
ことりも、そうなのではないですか?
高校を卒業して、大学を卒業して、大人になって。私たちは、もう好きなことをしていてよいのか。そう、考えてしまうのです。」
「でも、でも、そんなの…」
そんな情けない、声にならない言葉しか、ことりの口からは出てこなかった。
もっと言いたいことはいっぱいあるはずなのに。
私が留学しようとしてた時、話を聴いてくれた海未。今度は私が。
そう思ってここへ来たはずなのに。
さっき捨てられてしまった言葉が、帰ってこなかった。
「私は二人と喧嘩したくはありません。これからも、仲良くしてください。」
そういって海未ちゃんは立ち上がって、歩いていく。
まだ、海未の声が遠くに聞こえる。
信じられなかった。
こんな簡単に、海未は話を終えてしまうような人じゃないはずだった。
海未の声が、ことりには聞こえなかった。
「海末ちゃん!」
穂乃果が呼びかける。
海末は振り向いて、笑顔で、
「穂乃果、ことり、また今度!」
そう言って歩いていった。
「あ・・・。」
「ま、待って!」
海未が離れていく。
呼び止めようと穂乃果が手を伸ばす。
でも穂乃果に呼び止められても、彼女は振り返らなかった。
穂乃果は、海未に伸ばしかけた手をそのままに、呆然としている。
追いかけなかった。
海未の背中が離れていく。
とっても小さい後ろ姿を見送りながら、ことりはの頭の中には、さっきのまた今度の言葉と、さっきの笑顔がこびりついていた。
悲しい笑顔だった。
今まで見たことないくらいの、全部諦めた、みたいな。
ことりは、何にも喋れなかった。
海未を目の前にして、あの女の子があんな顔をしていたのに、何にも。
あんなに意気込んでおいて、結局その場で、怖くなってしまった。
「・・・そんな。」
穂乃果の口からポツリと出た言葉だけが、公園に木霊する。
すっかり辺りが、暗くなっていた。
<海未ちゃん。>
さっき捨てたはずの言葉が、今更やっと戻ってきた。
もう遅いよ、なんて思いながら、その言葉が頭に残る。
言葉が形になって、私を押しつぶそうとしてるみたいに、身体が重かった。
<ほんとは、やりたいんじゃないの?>
って。
[newpage]
(甘かったなぁ。)
穂乃果は正直、そう思った。
メールを送れば、自分の気持ちをきちんと正面から伝えたら、みんなわかってくれるのだと心のどこかで思っていた。
意外と、みんなやりたいんじゃないかな、なんて思っていたのだ。
でも、そんなことはなかった。
(・・・なんか、私バカみたい。)
あの後、穂乃果とことりは、にこや希、絵里の家にも行った。けれど3人とも留守だった。
結局話を聞くこともできず、その日は終わってしまった。
後で、凛と花陽から真姫の話を聞いた。
ただただ、ショックだった。
言葉にならなかった。
言葉にする方法が、見つからなかった。
(やっぱり、無理なのかな。)
あの時の何の気のない思いつき。あの場の衝動。
よく考えたら、計画も何にもなかった。
(それで、復活したいなんて、よく言えたよね。)
頭が、そう考えた時になって、一気に冷静になった。
無理に決まってるじゃん。当たり前じゃん。
私たちもう27だよ?そもそも、なんの考えもなかったんじゃん。
歌も踊りも無理じゃん。ファンもいない。
そもそも元手もない。
なあんだ。簡単だった。無理じゃん。
その時やっと、穂乃果の頭は冷静になった。
そしてたどり着いたのは、とっても簡単な結論だった。
そうだ。無理だったのだ。
いくらやりたいからって、9人が揃うはずがない。
だって、もう皆自分の仕事がある。
やりたいことだって、新しくある。
今更じゃん。
アイドルなんて、結局高校の部活だったんじゃん。
諦めちゃえば、楽じゃん。
そんな簡単な、結論だった。
それでも、だった。
いや。
なのに。
諦めればよかったはずだ。
そうすれば全部無くなって、また元どおり。
和菓子を作って、お客さんと少し話しながら、楽しく生活する日々が始まるだけだった。
それだけの、はずなのに。
(なんで、私の頭から、離れないの?)
考えてみたら、やっぱりあの時の少しの思いつきだってことはわかる。
でも、どうにも頭から離れないアイドルの四文字が、穂乃果の頭の中を埋め尽くしていた。
次の日、穂乃果は店番だった。
とりあえず普段の生活をしようと言うことで、凛や花陽、ことりと決めた。
また集まって話すとは言ったけど、どうしたらいいかはわからなかった。
何もできない自分と、なんとかしたい自分とのぶつかり合いで、頭の中が混乱していた。
穂乃果は結局、あまり身が入らなかった。
「って、もう夕方かぁ。」
窓から見える景色をぼんやりと眺める。
季節はすっかり夏だ。
日が落ちて来ているのに、蒸し暑さは変わらない。
その時、のれんをくぐってお客さんがやってきた。
いけない、と頭を切り替える。
(仕事はきちんとしないと!)
「いらっしゃいませー…」
「どうも、お久しぶりです。また饅頭頂けますか?」
「あ・・・。」
最近よく聞く、あの声だった。
いつも通りの真っ黒なスーツに一定のトーンの落ち着いた声。
切れ長の目が、怪しく光っている。
「篠原さん!」
「はぁ。どうも、こんにちは。」
顔は一切変わらないまま、感情のないは、はぁ。を向けられた。
篠原さんだった。
咄嗟に、声が出かかった。
<実は、あの事で相談が・・・>
(って、ダメダメ!!)
そんなの言ってどうするつもりだったのよ!
「あ、いつもありがとうございます。わかりました、饅頭ですね。」
ふう、と息をついて一息に言い切った。
それも、できるだけ口調が変わらないようにしたつもりだった。饅頭を袋に詰め、渡した。
「あのー・・・。」
「はい?・・・。」
その時だった。
篠原さんの少し変わった口調に、ふと気を取られた。
その落ち着いた声に、顔をあげると、目があった。
「・・・。」
「・・・。」
時が、止まったみたいだった。
吸い込まれるような黒い瞳が、私の目を捉えている。
その時感じたのは、何だか不思議な感覚だった。
そして、少しずつ見える。頭の中に色んな景色が再生されるような。
そして、その映像の中心は、私だった。
その映像の中で、色んな表情をしている私がいる。
何だか今までの人生全部、この人に知られているような感覚だった。
小さい時から、今こんなことで悩んでいる自分まで。とにかく全部見られて、観察されているみたいな。
走馬灯みたいだった。
思わずそんな感覚に息を飲んでしまう。
あの時の目だ。
おかしな人だ、と思われてしまうかもしれない。
客の目をじっと見つめる店員なんて、お世辞にもまともとは言えないだろう。
でも、篠原さんの綺麗な目に、吸い込まれてしまう。
その次に、穂乃果の頭に溢れて来たのは色んな感情だった。
今の自分を振り返ってしまって、初めて生まれた感情だった。
これまで頭で否定していたような感情。
抑え込んでいた。
無理なんだから、無理だったんだからと。
あの時、海未の手を握ろうとして、伸ばさなかった時に感じていたのに。
あの時、あんな笑顔をする海未がどれほど辛かったかわかっていたのに。
話を聞いてあげなきゃいけなかったのに。
後悔、だった。
「えーっと、どうです?復活、するんですよね?」
静寂を破って、篠原さんが言う。
「あ・・・はい、そのつもりですけど・・・。」
言われるままだった。
でも、その言葉を終わらないうちに篠原さんの顔頰がピクリと動く。
穂乃果は、涙が、止まらなかった。
どこからこんな水滴が出ているかすらわからない。
泣こうなんてこれっぽっちも思っていない。
なのに、気がついたら涙がこぼれてしまっていて。
くだらない、なんて思うけど止まらなかった。
いやだ。やってみたい。できるなら、やってみたいよ。
たしかに普通に考えれば無理だけど。
(諦め、きれないよ…。)
悔しかった。
ただひたすらに、みんなの本当の声を聞いてやるとか息巻いていたのに、結局穂乃果は踏み出せなかった。
みんなの本音から目を背けてしまった。
情けなくって、あの時聞けなかった自分に心底後悔していた。
それが、篠原の目を見ていたら、なぜか溢れ出てしまったのだ。
篠原は表情を変えない。
ただ、淡々とした声で、
「あの、すみません、僕何かしたでしょうか?」
と言った。
穂乃果は気がついたら、話していた。
海未のこと。真姫のこと。3年生組のみんなのこと。
吐き出すように、店員と客の関係も忘れて。
この時に、客が来なかったのが幸いだった。
誰かに話をしなくてはもたなかった。
もう、わからなくなっていた。
篠原はじっと穂乃果の話を聞いている。
頷くこともない。同情の言葉もなく、ただ黙って、一人の女性の話を聞いた。
話が終わっても、黙っていた。
当たり前だ、と穂乃果は思った。
穂乃果は涙を拭って、ごめんなさい、と謝った。
「すみません、こんな話をして。
篠原さんには、関係ないですから。
本当にすみません。」
答えをくれるはずもない人に、こんなことをぶちまけてどうするつもりだったのか。
思いつきで何かを始めて。
全然思いは届かなくて。
息巻いて直接会いに行って、結局何にもできなくて。
自分の感情の整理もつかない。
よりによって、それを吐き出す相手は何の関係もない人で。
なんて、情けないのだろう。
なんて、どうしようもない人間なんだろう。
「・・・その方達の名前を教えてください。」
「へ?」
だから、そんな言葉が投げかけられて、びっくりしてしまった。
「え?どうしてです?」
穂乃果は面食らってしまった。
てっきり有耶無耶にされて、気まずくなると思っていたから。
その言葉の意味を飲み込むのに、少し時間がかかった。
何を言っているのか、わからなかった。
(タスケル?ドユコト?)
「・・・何かできることがあるかもしれないからです。と言うか、忘れたんですか?そもそも、あなたが助けてほしいと言ったのです。」
(・・・言った気は、するけど。)
涙が、収まった。
確かに穂乃果は、助けて欲しいと言ったんだけど、まあそれは多少ノリというかなんというか、穂乃果自身も忘れていたくらいのことで。
そもそも助けるって、どゆこと?
「私に、情報をください。
あなたの持つその方達に関する情報があれば、あるいは。
わかるでしょう?私なら、できるかもしれません。」
「い、いや。でも、何で?どうしてそんなこと・・・」
「理由、ですか・・・。」
目の前の常連さんは、いつになくはっきりした声で話していた。少し、口調が激しくなる。
「答えが欲しいんです。僕の知らない答えを、あなたたちが持っていると思ったからです。
だから、それが見つかるまで、私は引くわけには行きませんね。このままじゃわかりませんし。
つまり私の知的好奇心のためです。これでいいですか?」
何を言っているのやら、わからない。
ただ、感じていた。
さっきまでの暗い気持ちが嘘みたいに、温度が上がっていく。身体が、少しずつホッとしていった。
(あったかいな。)
穂乃果にとっては、この一言が嬉しかった。
言葉は何なら少しだけ高圧的だったけど。
でも、穂乃果にはわかった。
「・・・はは。」
助けてくれる、とその言葉が、嘘じゃないってことだ。
篠原のことは、名前くらいしかわからなくって。
本当は危険なのかもしれないけど。
でも、この人の目は、何となくわかるんだけど。
高校の時に、ラブライブで優勝した頃のμ’sのメンバーの目に、ほんの少しだけ似ている気がした。
最初は気まぐれだと思っていても、後で明確な理由があったのだと気がつくこともある。そうやって、人生が変わることもあるのだ。
篠原さんが動き始めます。リアルチートのこの方にもぜひご注目ください!
コメント、お待ちしています!
篠原さんの求める答えは、なぜμ’sがすごいのか。穂乃果ちゃんの目から感じたものについてです。前の話より。