榊原兄妹の日常   作:すぷりんがるど

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ふたつ

 悪とは何なのだろうか――と足りない頭で哲学的な命題を出してみる。

 正義の反対はまた別の正義なんて言葉もあり、勝った方が正義なんて言葉もあるが、それでも悪というものは存在すると俺は思う。

 悪とはきっと少数派の事だ。世間一般的な常識から外れた事をする人間が悪人なのだ。

 だから世界を我がものにしようという悪の組織は、世界はみんなのものだという正義の味方に懲らしめられる。

 だけど正義の味方が悪の組織を倒した時、正義の味方が常識から外れた存在になった時、少数派な正義の味方は正義の味方で居られるのだろうか。

 

 

 

「おー、お肉だーっ!」

 

 パックに入った牛肉が並べられたちゃぶ台を前に、小雪はきらきらと眼を輝かせていた。

 

「狩ったの?」

「おう、買ったんだ」

「強かった?」

「おお、牛肉さんは中々の強敵だったぜ」

 

 スーパーの正肉コーナーで一時間近くあれこれ悩むとは思っていなかった。結局半額シールの張られたものに飛びついたが、牛肉が今目の前にある。う~む、何と感動的なシチュエーション。

 乗り出すようにして小雪は聞いてくる。

 

「食べていいの?」

「今日はお肉祭りだからな」

「やたー!」

 

 飛び掛かられてのしかかられる。まさかこんなにも喜ばれるとは――気苦労をかけていたと改めて自覚させられる。

 むにむにとやわらかい毬が俺の胸板で形を変える。血の繋がった双子の妹だが、女の子特有の甘い香りに鼻腔を刺激されながら密着されるのは気分が良い。

 

 

「どうやって食べるの?」

「もちろん塩コショウで焼いて」

「マシュマロも焼いていい?」

「肉も野菜も焼き終わった後でならな」

「お隣さんに知らせてくるー」

 

 そう言って小雪は俺の首に腕を回して一度力を込めた後、弾けるように外へと飛び出していった。

 小雪を見送りながらはっはっはと精神的な余裕からくる笑みを浮かべて食事の準備にかかる。フライパンを出して、油を引いてから火にかけて――とそこでぴたと俺の手が止まった。

 我が妹はなんと言って飛び出しただろうか。確かお隣さんに知らせると言って――

 

「肉と聞いて!」

 

 思考が帰結する前にでかい音を立ててキッチンの脇にある扉を開けたのは赤髪の少女。二つに束ねたツインテールを揺らしながら、俺を横切りちゃぶ台の前まで一気に駆け寄った。

 

「うほっ、イイお肉っ!」

 

 作業着を着て公園のベンチに座った男のような眼差しで鎮座した牛肉たちに視線をやると、少女はどかりと女らしくない仕草で腰を下ろした。あ、小雪が帰ってきた。

 

「肉だ、ウチに肉をよこせー」

「よこせー」

 

 小雪が少女の隣に座ったと同時に、彼女たちはバンバンちゃぶ台を叩いて欠食児童っぷりをアピールする。赤髪の少女――板垣天使は小雪とハイタッチしながらがるると唸ってみせる。まねをして小雪もうなっていた。もっとも小型の肉食獣のような天使と違い相変らずにこにこ微笑んだままの小雪はどこから見てもアンバランスさがぬぐえなかったが。

 

「焼くだけにするの?」

「せっかくの肉だし、肉々しく食べたい」

「それじゃあ私も手伝うよ」

 

 気づけば隣に立っていた目線の同じ青髪の女の問いかけに答えて久々に贅沢な夕飯メニューを考える。野菜も買ってきたし、肉野菜炒めと焼いただけの肉と白飯にしよう。

 

「メーシ、メーシ」

「ごはん、ごはん」

 

 箸と茶碗を楽器に見立てて鳴る音をBGMに俺と青髪の女は料理を作る。なんというか、牛肉が食べられると思うだけで心躍るな。

 天使の姉である板垣辰子のお陰で作業も倍速、更に踊る心で俺が倍速、何時もの三倍くらいの速さを体感しながら次々と料理が出来ていった。時折り欠伸をしながら頭を揺らす辰子を気にしての作業だったので、実質は二倍速ぐらいだったのだろうが。

 とにかく久々に真っ当な食事が我が榊原家の食卓に並べられた。本当に、割りの良いバイトを紹介してくれた辰子と天使の姉――板垣亜巳に足を向けて眠れない。

 

「竜兵は?」

「今日は楽しむから帰って来ないって」

 

 あふぅと欠伸する辰子の言葉に取り分がこれ以上減ることはないと安心して、座布団の上に腰を下ろす。既に箸が料理を飛び交っており、怒涛の勢いで肉が量を減らしているのは俺の気のせいではないだろう。仏壇――というより写真一枚にお茶を供えている間にこの有様とは。

 

「天使、お前遠慮しろ」

「その名前で呼んでんじゃねぇっ!」

 

 飛んでくるのは握り固められた拳。何でも最近師匠が出来て武術を始めたらしい彼女のそれは唸りをあげて俺の鼻っ面に叩きつけられた。

 喉奥を刺激する血の味は気分のいいものではないのでそのまま勢いをつけて後頭部を畳の方へ加速させる。がつんと火花が視界で散った気がした。まだ余熱のあるフライパンと会合して、俺の意識はそこで途絶えた。

 

 

 

 俺が目を覚ましたのと隣で寝ていたらしい辰子がご飯食べるぞー、と言って起き上がったのはほぼ同時だったらしい。テレビに繋がったレトロゲームに熱中している小雪から聞いたことなので本当かどうかは解らないが、少なくともいただきますと俺と辰子が手を合わせたのは同時だった。

 ちゃぶ台の上の皿には肉が少し、野菜ばかりが残っていた。口に含んでじっくりと咀嚼する。胃が、体全体がラッパを鳴らしているような錯覚を受けた。

 

「俺、今まで頑張って来て本当に良かった」

「うわっ、キモッ!」

 

 天使の暴言も先ほどの暴力も路傍の石のように感じ取れた。それくらい俺の心と身体は久方ぶりの贅沢に満たされていたのだ。

 まくまく身体の大きい割に小さな口で食事する辰子を正面に食事は驚くような速さで終わった。楽しい出来事は短く感じると言うが、それは事実だったらしい。今日俺は身を持って体験した。

 

「そーいえばふーくん、学園って楽しい?」

 

 辰子が口を開いたのは食後の一服を入れていた時だった。もう五年以上お隣さんで、小中と同じ学校に通っていた彼女の言葉に俺は首をかしげた。

 

「勉強は大変だからついていくのが辛い。でもやることがド派手なとこだからな、川神学園は。その点は楽しいぞ」

「フブキ、この前のテスト全部真っ赤だったもんねー」

 

 思い出させないでくれ、担任である小島梅子先生にこってり絞られたのは面倒な時間を。将来の事は考えてるのか――って、そうじゃなかったら無理して川神学園に通ってないんだがな。

 

「私も行った方が良いのかな?」

「さあ? 俺は頭悪いから解んないが、世間的には拙い最終学歴なのは間違いないんじゃないのか」

 

 辰子含め彼女の双子の弟である竜兵も、昨年卒業したばかりの天使も川神学園には通っていない。この一帯から手軽に通えるところといえばそこくらいのものなのだが、竜兵と天使は勉強したくないとシンプルに、辰子は勉強せねば届かない学力だったのに寝てばかりで受験に臨み、見事この有様だ。

 とはいえだからどうしろ、と俺が説教するつもりはない。最終的に決めるのは自分自身で辰子の家族――この言い方をすれば保護者でもある亜巳さんか――しかないからな。

 小雪のリクエストで作った焼きマシュマロを口に放り込まれながら辰子を観察してみる。

 どうやら喉奥に引っ掛かっているものがあるようだ。

 

「何かあったのか?」

「うん。この前ふーくんたちを河原で待ってたらすごく弟っぽい子を見つけたんだ」

 

 姉オーラを溢れださせながら辰子は続ける。決して背中にもたれかかってくる小雪や奇声をあげてテレビ画面に向かう天使からは感じ取れないオーラだ。

 

「リュウちゃんは弟だけど弟っぽくないし、ふーくんもそうだし、その子はふーくんと同じ服着てたし、お話したいなーって」

「俺が紹介してやろうか?」

 

 画面には配管工とキノコ頭がゴーカートのようなものに乗っていた。ぐりんぐりん身体を揺らしながらコントローラー操作をする小雪にチョップを一発くれてやってから、辰子へとそう言葉を返した。

 ぽかんと、のほほんとした顔が一層と緩んでいた。どうやら思考の外にあった答えらしい。しかし気になる男が居るから編入試験を受けようかと考えるとは――人並み以上に膨らんだ胸に思わず視線が引き寄せられる。メロンのようなそれはぐでりとちゃぶ台に突っ伏しているせいで形を変えていて――ガンとコントローラーが後頭部に当たる。

 だからね小雪よ、レースゲームでヒートアップしすぎ。小雪は身体ごとコーナリングするタイプだ、俺と同じで。

 

「紹介してくれるの?」

「まあそれくらいなら全然構わないが」

「えへー、ありがとー」

 

 細めた眼で笑う辰子の頭を撫でながら、目の前のお隣さんの想い人を夢想する。しかし弟っぽい人と言われても男をそんな目で見たことが無いから良く解らんな。姉っぽい――というより娘っぽい――女子なら俺のクラスに居るが。

 恋ってなんなんだろうな。寝息を立て出した辰子といつの間にか膝枕していた小雪の髪に触れながらそんなことを思ってしまう俺は男としてどうなのだろうか。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 ちゅるんと白い麺が喉の奥に吸い込まれていく。醤油ベースの和風スープを飲めば心がほっとするのは日本人に限らずだと思う。いつもなら素うどんの上にセルフサービスなネギを大量に乗っけただけのシンプルなものだが今日は違う。黄金色の衣に包まれたエビは至上の名品のように見える。

 

「はぐはぐ……ん~てってれーっ!」

 

 学食の天ぷらうどんに感動する目の前で、小雪はサクサクと小気味のいい音を立てながらトンカツ定食を食べていた。川神学園二年目にしてようやく真っ当な食事だ。金欠気味らしく素うどんをかき込むかつての俺のような男子学生を見ると、優越感のようなものが満ち溢れてくる。

 しかし俺がしょうが焼き定食を頼もうか必死に悩んで食券売場の前を占拠しているうちにとっととトンカツを口に運んでいた小雪を思うと、どうも主婦的感覚が抜け落ちていないらしい。結局数十円程度の壁を踏み越えきれず今に至るのだが。

 

「天ぷら食べないの? じゃあ僕が食べてあげるー」

「テメェコラ小雪っ! 何してくれてんだっ!」

 

 だん。薄い学食の机を叩いて大声を上げる俺へと視線が集まるが気にしているような事態じゃない。箸を進ませ小雪の指をがっしりとつまむと、元々悪い目つきに力を込めて目の前の盗人を睨んでやる。がっぷり口を開けて鼻先が触れ合うほどの距離まで近づきがちり歯を合わせた。

 

「これは俺の天ぷらだ。んーまいっ!」

 

 れろれろ行儀悪く口の中でエビを転がしながら王様のような気分で小雪を見下ろした。接近した際に額同士がぶつかっていたせいだろう、粉雪のような白い髪から覗く白磁のような肌は赤く染まっていた。

 数か月と夢見てきた俺の天ぷら、譲れねぇな。あぁ譲れねぇよ。

 

「僕のなのっ!」

「アホか、これは俺の天ぷらだ」

「だから僕のっ!」

 

 何事かと周りに人垣ができ始め、人を呼んで来いという声も聞こえる。小雪の耳にその声は届いていないようで、肉付きの良い太股を起点にした蹴りが白い学食机の上を奔った。足首をつかみ、スカートが翻った際に垣間見えた水色の下着を視界に収めて俺は声を張る。

 

「あぁ゛?」

 

 我ながらドスの利いた声だった。

 

「フブキは僕のトンカツ食べればいいでしょ! その代わり――」

 

 小雪の右手が翻った。平手打ちの衝撃で思わず口から天ぷらがこぼれ落ちる。それをひょいと掴みぱくりと食べると、

 

「これば僕のなの」

 

 それが当然のようにがちがち顎を動かしごくりと喉を鳴らした。

 眉を潜ませる小雪を一瞥、まだ何切れか残ったトンカツに目をやるとため息が思わずこぼれた。

 

「庶民共よ! 神聖なる食事場で何事であるか!」

 

 高慢な声が食堂に木霊したのはそんな折。人垣が二つに割れて形作られた道を進むのは額に十字傷のある男。傍らにメイドなんか侍らしている男。川神学園2-Sに在籍する九鬼英雄だった。

 

「む、榊原兄妹か。この騒ぎは何事か?」

「別に何でもないさ小雪」

「ねー」

 

 掴んでいた足首を離すといつものような笑みで小雪は応えた。そして何事もなかったかのように椅子に座ると俺の天ぷらうどんを引き寄せ食べ始めている。くそぅ、いも天も食べたかったんだがなぁ。

 

「それより貧乏人な俺たちは大事な食事の時間なんだ。あんま邪魔しないでくれよ」

「もー、英雄様がせっかくお声をかけてくださっているのにそんな態度は駄目ですよー」

 

 かしかしと頭をかく俺のほうにメイド――忍足あずみは寄ってくると小さな声で――図に乗ってると潰すぞ、と呟いて英雄のほうへと戻って行く。首筋にナイフでも添えられた、一般的日常では決して感じることのできないほの暗い空気感。俺たちの家近くにある親不孝通りよりもっと重かった。

 

「あずみよ構わぬ。諍いも我の手を煩わせず終息したのならば飲み込むのが王としての役目だ」

「さっすが英雄様! 寛大なそのお心にあずみは感動いたしました!」

 

 紙吹雪を持ち出してきて讃えるその光景を傍目に俺は少しさめたトンカツを口に運ぶ。あぁ、やっぱりしょうが焼き定食にすればよかった。しかし二日連続で肉が食べられるとは亜巳さんには感謝の念しか浮かばないな。

 

「それよりも榊原兄妹よ、貴様らは親不孝通り近くに住んでいたな」

 

 人垣が段々とまばらになっていった頃、英雄はどっかり安っぽいパイプ椅子――ではなくどこから取り出したのか高級そうな革張りの椅子に腰を下ろすとそう切り出した。

 

「それがどうかしたのか?」

「ならば元チームメイトとして忠告してやろう。最近付近で怪しい薬が出回り始めたのを九鬼の情報網が掴んだ。貴様らならあり得んとは思うが、一つ片隅に置いておけ」

「世も末だな」

 

 金持ちが増えたもんだ。俺の感想はそんなところだった。

 

 

 

 明日から黄金週間である。毎年ならばバイトに励める絶好の機会だが、今年は懐具合に余裕があるので一日くらい休みを取ろう。せっかくの学生生活がすべてバイトに消えるのは如何なものかと思うからな。

 

「では明日からのゴールデンウィークを問題なく過ごすように」

「きりーつ、礼」

 

 ちっちゃな委員長とハリのある担任の声を聞いて各々が明日からの展望を語りだす。

 さて、俺は俺で済ませることを済ませておかないとな。

 

「うっえーい」

 

 後ろから飛びかかってきた小雪を引きずり目指すのは我がクラス、2-Fでも有名な仲良しグループの一員の下へ。どうやらまだ集まりきっていないようだ。

 

「直江、ちょっと頼みごとがあるんだが」

「榊原が俺に? 珍しいね」

 

 理知的な顔を向けてきたのは直江大和。小雪と同じく頭が良いくせにSクラス入りをけった男だ。うーむ、もったいない。

 ちなみに双子で同じクラスの俺と小雪は主にクラスメイトから榊原と榊原さん、あるいは下の名前で呼ばれていることが多い。中には榊原兄と榊原妹と呼ぶやつらもいるのだが、直江は普通に前者で俺たちのことを呼ぶ。

 

「探して欲しい人がいる」

「対価は?」

「人手がいるときに俺が手伝おう。貴賎は問わないからよ」

「了解、契約成立だね」

 

 直江は広い情報網を持っている。だからだろうが情報や紛いのことをしている。ギブアンドテイクを信条として仲良しグループ以外は友人ではないと割り切っているらしいのだから、同年代としてはひどく大人びた考え方をしていると思う。将来デカイ会社でも立ち上げるんじゃないのか。

 

「人物像は?」

 

 早速本題を切り出してきた。できる男とはこういう人間のことを言うんだろう。

 

「川神学園に通う弟っぽい男。少し前に川神大橋の近くの河川敷で背の高い青髪の女に会ったやつを探してる」

「おっけ、それ俺」

「そうか――ってマジか?」

「眠そうな顔したおねーさんだろ。だったら俺だな、頭撫でられたし弟っぽく感じられても間違いないと思う」

「なん……だと……」

 

 灯台下暗しとはこのことかね。直江に頼らず自分で探してても良かったな。

 

「大和、頭撫でられたって聞いてない」

「京に言ってないからな」

「酷い、いつもそうやって私を弄ぶ。でもそんな大和も好き」

「お断りします」

 

 一方はやれやれと言いたげに、一方は桜色に染めた頬に手を当てながら、クラスの名物でもある夫婦漫才を直江と青髪の女――椎名京が繰り出し始めた。痴話喧嘩に巻き込まれるのも得策じゃないし、とっとと俺は退散しよう。

 

「直江、俺のアドレスは知ってるか?」

「前に食券十枚で売ってもらった」

 

 そんなこともあったかのか、まるで覚えがない。

 

「じゃあ何かあればメールしてくれ。ついでに写真もいいか?」

「写真ダメ、ゼッタイ」

「良いよ、簡単すぎたしそれくらいはサービスする」

 

 了承も得たところで一枚。これがあれば辰子も納得するだろ。間違ってたらまた再捜索を頼めば良い。

 珍しくおとなしい小雪を引きずりながら、俺は彼らの喧騒を背中に教室を出て行った。喧騒には次々と声が重なり大きくなっている。

 

「僕はフブキが好きだよ」

「はいはい、俺もですよ」

 

 ぱっと手を離して俺の前に現れ、可愛いことを言ってくれた妹の頭を撫でたのは下駄箱に着いてからだった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 足元に転がっている男の鼻はへし曲がっていた。後方にいる男はあらぬ方向に捻じ曲げられた腕を抑えて喚いていた。血糊の張りついた壁に新たな赤を付け加えた暴虐の主は、先ほどまで痛めつけていたもう一人の男の首を後ろから抱え込むようにして腰を振っていた。

 

「……何やってんだお前」

「吹雪か。なに、滾りを沈めているんだ」

「こんな趣味お前にあったか?」

「数日前、俺は運命を見つけたのさ」

 

 可憐な容貌の女が言えば絵になる一言を、大型の肉食獣を思わせる筋骨隆々の男が吐いた。得も言えぬ気分だ。

 親不孝通り。太陽はまだ沈んでいないのにほの暗い雰囲気を加速させるとある路地裏で、板垣竜兵は牙を剥くようにして笑った。

 

「歪んでいるぜ。俺たちみたいに、お前らみたいに」

「はぁ、そりゃ良かったな」

 

 足元の男が縋るように手を伸ばしてくる。ったく、買い物帰りなのに野菜に血が付いたらどうすんだっての。スーパーの袋を少し持ち上げてから、俺は一歩横へと動いた。

 

「小雪はどうした? 学校帰りじゃねぇのか」

「久々にゲーセン寄ったら天がいてな。二人で格ゲーに勤しんでる」

 

 大切な野口さん、大事に使ってくれよ。

 

「で、お前は何しに来た」

「辰子から電話に出ないから探して来てくれって頼まれてな」

「電池切れでポケットの中だ」

「晩飯はどうするのだと」

「ああ、今日は帰って食う」

 

 そう告げると唇を真一文字に閉じて、男を捉えていた太い腕から力を抜いた。

 ベルトを結び直し、竜兵は俺の方へと歩みよってくる。

 

「タツ姉、晩飯は何だって言ってた?」

「さあ、そこまでは聞いてないからさ。ちなみにウチはサバの塩焼き」

「分厚い肉が食いたい。肉汁したたるヤツ」

「贅沢な野郎だな」

 

 脇を抜ける竜兵に呼応して俺も歩みを合わせる。路地裏を抜ければ夕焼けに空が赤く染まっていた。今日もいつも通りに一日が終わっていく。

 

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