マテリアルズRebirth   作:てんぞー

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Prologue ―Rebirth―
ファースト・コンタクト


「しゃ、ら、くせぇ、んだよ……!」

 

 拳に魔力を込め、それで殴る。拳が敵を貫通し、鋼の体に突き刺さる。精密機器で構成されているボディはそれだけで異常を来たし、壊れる。最後の攻撃に、と放たれる爆発は此方のプロテクションによって逸らされる。防ぐ、のではなく逸らす。プロテクションに至近距離からの爆発を防ぐだけの力はない。そこまでの魔力を振り絞るのは悪手だ。だからこそ小賢しい技術で衝撃を横へと流す様にして前へと進む。

 

 そうやって見えるのは更に迫ってくる鋼のオートマタだ。それらが複数、列をなして出現してくる。元々狭い通路での戦闘だ。予め入手しておいたマップによればこの先は行き止りになっているはずだ……隠し通路でもなければ。ともなれば、これが最大戦力だろう。この先にターゲットがいる事は確実だ―――ならばやる事は一つのみ。

 

「回り道を知らんから正面から圧倒する」

 

 通路を埋める程に出現しているオートマタの群に対して先の先を取る。プログラムが攻撃のルーチンを開始する前に体勢を低く、魔力で全身を強化し、一気に瞬発する。狙うのは必殺のコンビネーション。

 

「ふっ!」

 

 接近と同時に浸透勁の拳を叩き込み、それに更に魔力を込めて相手を殴り飛ばす。オートマタが吹き飛び、後続とぶつかり合いながら爆発する。そしてそのまま腕に込めた魔力を砲撃魔法として殴り飛ばす様に発射する。

 

「しっ!」

 

 拳から放たれた砲撃は一直線の蒼いビームとなってオートマタを飲み込み、爆発する。その一撃で大部分が爆発四散し、通路が大分クリアになる。だがそれでもまだ少数残っている。それを確認し、ビームの余波が残っている瞬間に飛び上がり、天井を蹴って体を一気に加速させながらキックを繰り出す。

 

「フィニッシュ!」

 

 蹴りぬいて向こう側に見える最後の一体に対し、前転する様に踵落としを食らわせる事によって砕きつつ着地する。素早く飛び越える様に移動し、背後で爆発を感じる。万が一に備えバリアジャケットを張り直し、首に巻いたぼろぼろのマフラーの位置を調整する。左手で右肩を掴み、右腕を軽く回し、首を左右に振る。軽くばき、ぼき、と音を鳴らして体の調子が良好なのを確認し、両腕の肘までを覆う無骨で鉄色のガントレットの姿をしたデバイスに視線を向けずに声を投げる。

 

「どっちだ」

 

『Straight ahead, then to the right sir. Don't get lost, our dinner is on this』(真っ直ぐ進み、次に左です。くれぐれも迷子にならないでください。夕食がかかっていますので)

 

「あいあい」

 

 適当にデバイスの小言を聞き流しながらゆっくりとした歩みで先へと進む。何度か行ったスキャンで隠し通路の類は見つかってはいない。唯一の懸念は転移による離脱だが、それもジャマーを仕掛けているのでそうそう逃げられる事はない……と、思いたい。相手がデバイスを複数繋げた並列作業での演算を行えばデバイスをおしゃかにする代わりに離脱は可能だろう。そんな手段を取られた場合は流石に逃げられてしまう。まあ、此処に来るまで時間はたっぷりとあった。ソロの仕事で、そしてアタリを引いてしまった手前、こればかりはどうしようもない。最初から”逃げられることが前提”での活動なのだ、これは。

 

 嘱託魔導師なんて管理局にしっかりと所属していなければ所詮使い捨ての駒だ。それを解っていても管理局に所属しないのはこっちの方が制限が緩く、非常にやりやすい事にあるのだが。まあ、この場でそういう思考はいらない。必要なのはここで得る事の出来る結果のみだ。

 

「さて、敵さんがそこまで追い詰められてなければ嬉しいんだがね」

 

 そんな事を呟きながら通路を進み、曲り、そして施設の最奥へと到達する。他の扉と同様メタリックなデザインであるが、ここは他よりも強固な防壁で守られており、そして横にコンソールが見える。つまりコンソールにパスを入力して扉を開けろという事なのだが、かなり複雑な内容となっている。

 

「一応聞いておくけどヒントあったっけ?」

 

『You came all the way destroying everything sir. Do you realy think anything is left?』(ここまで全て破壊してきておいて何かが残っていると思いですか?)

 

「ですよねー」

 

 ならばやる事は一つ。拳に魔力を込め―――コンソールへと向けて右拳を叩きつける。衝撃と共に拳がコンソールに突き刺さり、扉の横の壁が一気に陥没する。

 

「お、アタリだな」

 

 そのまま左拳にも魔力を込め、開けた穴へと腕を突き刺し、力技で扉の横の壁をこじ開ける。予想通りというべきか、壁の中はワイヤーやら配線やら、施設を維持するためのコードで溢れている。必然的に空洞が少々ある―――扉を破壊するのよりははるかに楽なのだ。

 

「っらぁ!」

 

 力を込めて横へと引き裂く様に力を込めれば、壁が左右へと裂け、人が通れるほどの道が出来上がる。この壁の中身が全て金属でできているのであればまた話は違ったのかもしれないが、こういう研究所は廃棄の可能性を考慮して基本的に、施設機能以外では作りこみが甘くなっている。これも今までの研究所への襲撃の経験が教えてくれることだ。

 

「とうちゃぁーく」

 

『Nice smile mister』(いい笑顔をしていますね)

 

 それを人は威嚇と呼ぶ。

 

 踏み込む部屋は暗く、電気がついているようには思えない。どうやらハズレ……ではなく撤収された後だったらしい。ある意味で言えば予想通りの結果だ。元からそれを予想していただけに驚きは少ない。電気がついてないのも電気を消して去るだけの余裕があったのか、もしくはオートなのか。まあ、どちらにしろふざけているのには違いない。

 

『There is someone in the room sir』(部屋の中に誰かいます)

 

「カッ、逃げ遅れか?」

 

 前へと踏み出していた足を引っ込め、素早くバックステップを取る。そうしてデバイスが感知した生体反応を肌で感じようと、気配を探る。そして感じる人の気配は―――四人分だった。予想外に多い事に戸惑い、そして別の事に戸惑う。

 

 この部屋へと踏み込んで既に数秒以上が経過しているのにアクションがない。

 

「ベーオウルフ」

 

『Yes sir』

 

 口にしなくてもしてほしい事を相棒は理解してくれる。魔力を少しだけ消費し、それで光源を生み出す魔力の球体を生み出す。それを天井に浮かべれば、部屋の中身が見えてくる。

 

「……ッチ」

 

 部屋に存在する物を確認し、そして照明のスイッチを見つける。一旦球体を消し、そして今度は部屋の電気をつける。部屋に電気が回ったことにより部屋にあったものが更に良く見える様になりそれらを腕を組んで、見る。

 

 ―――それはポッドだった。

 

 ポッドの乱立する部屋であり、その多くの中には人間らしき形をしたものがある。いや、人間になれなかった者たちだろう。上半身だけ出来上がっている者がいれば、皮膚のない者、骨と内臓のみの者と、激しくグロテスクな絵が延々と続いている。準インテリジェントデバイスであるベーオウルフは生体反応を四つ見つけたと言った。そういう事ならば、ここの研究の完成品、もしくは研究の生存者が四人残っているという事になる。

 

 衝動に任せてそれを探す前に、頭を冷静にする。

 

「ふぅー……オーケイ。心は熱く、頭は冷静に、だ」

 

『Your heart beat is telling me that you are not cool at the moment』(心拍数がクールではない事を証明していますが)

 

「黙って見逃せよお前」

 

『I must also say that the age of 18 is that not yet old』(あと一応付け加えておきますが18歳ではそこまで歳を取っているとは言えません)

 

「少なくとも9歳から嘱託魔導師やってんだからそれなりにやってるだろ。それよりも」

 

 近くの端末へと移動する。此方もまたコードやらIDを必要とされている。が、勿論そんなものは一つもない。端末を軽く調べ、下の方にメンテナンス用ハッチを見つける。魔力で強化した指をハッチの隙間に突き刺す、そして指をフック状にしてこじ開ける。

 

『Nice work master』(良い仕事かと主)

 

「じゃあお前の番だッ、と」

 

 そのままメンテナンスハッチの中へと拳を叩きこむ―――もちろん、壊すつもりはない。

 

 ここで白状するのであれば、俺という魔導師はそこまで”魔導師”というスタイルではない。魔力で自分をブーストし、接近して殴るガチガチのタンク、陸戦タイプのパワーファイターが俺のスタイルとなる。故にデバイスも特別頑丈なものが要求され、そして必要される術も非常に少ない。強度をアームドデバイスとしておけば特に変形機構もいらない。……ともなれば、それなりのデバイスであれば領域が結構開く。ここでソロによる仕事が多い嘱託魔導師はどうする? その答えはシンプルであり、

 

 苦手な分野をカバーさせるという事に尽きる。

 

 嘱託魔導師は本人が一芸特化、そして苦手な分野を使い魔かデバイスの領域一杯にぶちこむことで、シングルでも最大限の結果が引き出せるようになるのが理想的だ。故にそれは俺にも適用され、こういう仕事の場合は余分な術式を全てそぎ落とし、容量領域いっぱいをハッキングやクラッキング用の術式で埋めてある。

 

 端末のコードを力いっぱい握り、ベーオウルフにデータの中身を洗わせる。

 

「どうだ?」

 

『Sorry sir, most of the data are deleted』(すみません、ほとんどのデータが削除されています)

 

「ま、敵さんもマヌケじゃないって事だな。ま、十中八九プロジェクトFの残滓か何かだろうな」

 

 人工的に人間を、魔導師を作り上げようとするプロジェクトはそれぐらいだ。噂によれば、管理局の暗部でも安定した戦力を生み出せないかとプロジェクトFを引き継いで何かをやっている、なんて話があるが、

 

「あぁ、怖い怖い」

 

 それは噂の領域を超えない。いや、噂の領域を超えてはいけない。それを噂の領域から超えさせようとする存在がいれば、間違いなく管理局によって消される。特に嘱託魔導師一人、消すのは簡単すぎる話だ。適当な任務で辺境へと送り、別の命令を与えた魔導師に撃墜させる。適当に情報改竄し、ハイ、終了。権力を持つ連中に逆らう事だけは絶対にしたくない。さて、

 

「―――永遠の眠りへつけぬ者達へ慈悲と安息を」

 

『Amen』

 

 ベーオウルフの操作により生存者と思わしき四つのポッド以外、十数もあるポッドの稼働が終了する。魔導科学により死んでもなお、大地へと還る事が許されなかった命はこれからゆっくりと他の命と同様に腐り、散る事が出来るだろう。死んでいるどころか魂すら宿ってはいない肉塊だろうが、それでもやらない善よりはやる偽善という言葉があるだろう。少なくともこれで自分は満足できたので良しとする。問題は残された四つのポッドだ。

 

 他のポッドの光が消えた中、四つだけまだ稼働しているポッドが存在する。手を端末から抜き取ってベーオウルフのハッキング作業を終わらせ、部屋の一番奥に並ぶ四つのポッドを見る。他のポッドと比べ、この四つだけは繋げられているコードの数が多く、一回り大きいように見える。近づきながらまずその中身を見る。

 

 その中で浮かんでいるのは予想通り少女の姿だった。いや―――少女にしては少々成熟している。

 

「12……いや、13歳くらいか?」

 

 裸の少女が目を瞑り、ポッドの中に満たされた液体の中に浮かんでいる。どうやら液体に酸素を運ぶ役割があり、そのおかげで溺れていないように見える。詳しくは知識がないので判断することができない。

 

『You must notice its a girl in this』(その中にいるのが女の子だという事には気づいていますか?)

 

「見りゃあ解るだろ。ロリコンでもペドでもねぇから観察程度なら問題はないだろ」

 

 管理局へと報告すれば彼女たちも保護されて、里親を見つけてそれなりに幸せな生活を送る事になるだろう。その後管理局に入局するかどうかは完全に彼女たちまかせの話だ。

 

「さて、此方は、っと……」

 

 横へとズレ、他のポッドの中身を確認する。次の少女も特に肉体的欠損は存在しない健康体らしく見える。此方も前と同様12、13歳ほどの少女で、次に確かめる少女も年齢は似た所、そして健康体に見える。医者でもなければそこらへん詳しい事は解らないが、自分にはそう見える。そして最後のポッドも同じく、12歳、13歳ほどの少女だった。彼女たちの姿を見て、軽く頭を掻く。

 

「チッ、何か引っかかる」

 

『Master?』

 

「どうにも釈然としない……」

 

 ポッドの中身の無事は確認できた。これは研究の成果に見えるけど―――少々おかしい。

 

 ……何故、こうも綺麗なんだ?

 

 この四人の少女達が間違いなくこの研究施設の研究対象―――いや、完成品と見た方がいい。それはこの部屋を見れば一目瞭然なのだ。だからこそ嘱託魔導師としての勘がおかしいと声を上げている。なぜなら、先ほど思ったように状態が綺麗過ぎるのだ。

 

 ギリギリ逃げるとしても、俺が次元犯罪者であれば自分へと繋がるような証拠は絶対に残したくない。データの消去は完璧だったのに、何故こうも実物が残っている。そこがおかしいのだ。削除されたデータはベーオウルフでさえサルベージは無理だったのに、こうやって実物を残してしまえばどうぞ調べてくださいと言わんばかりだ。研究者なら、データさえあれば実物を破壊してもいいはずだ。だからこそのイタチごっこ、面倒、終わらない悪行だ。だがここには明確に残る証拠を残してしまった。

 

 何故だ。

 

 良く解らない苛立ちが襲う。少しだけ乱暴にぼさぼさの髪を掻き、既に乱れていた髪を更にめちゃくちゃにする。ポッドの裏にデスクがある。その上には何も置かれてはいないが―――引き出しを引っ張れば、その一段目に書類と手紙が置いてあるのを見つける。

 

「Present for you……”貴方への贈り物”か。ふざけやがって」

 

 書類をチェックする。書類の中身はここで行われている実験の詳細を抜いた、大まかな報告書だった。プロジェクトFによって生み出す検体の効率化、安定化、質の向上、とにかく節操なくプロジェクトFに関する追及が行われていた。

 

 数年前”地球”という世界で発生したジュエルシード事件。

 

 この事件はプロジェクトFに対してある価値観を与えた。

 

 つまりクローニングによる質の高い魔導師の作成は有効、という事だ。

 

 フェイト・T・ハラオウンを見ればその有用性が見えてくる。クローンでありながら、確実にプレシア・テスタロッサの娘としての素質をすべて引き継いで生まれてきた存在。彼女を安定してプロジェクトFで生み出す事ができれば―――なるほど、それは素晴らしい。初期の教育さえ気を付ければ忠実な兵士を作り上げる事が出来るのだ。この報告書は必要なデータや手段を見せずに説明する内容だった。

 

 簡単に言えばこうだ。

 

 ―――これを使って管理局へと攻撃を仕掛けるぞ、と。

 

「クッソくだらねぇ……」

 

 破り捨てたい衝動に駆られながらも自制心でそれを抑え込み、書類を読み進める。この報告書がこの四つのポッドの事を知る手掛かりとなるはずだ。そして見つける。

 

「……なんだこれ」

 

 ―――マテリアルズ事件の三つのマテリアル、そして盟主のプロジェクトFを通した再現再生。同一存在をそれぞれに適応する人物の遺伝子を持って―――。

 

 マテリアル事件なんて事件を初めて聞くが、この四つのポッドは、クローン、それも今、管理局で有名になってきている人物たちのクローンだ。

 

 ヤバイってレベルじゃない。

 

 しかもマテリアル事件なんて事件―――。

 

「ベーオウルフ、マテリアルなんて名称の事件は過去に存在したか?」

 

『Searching……date not found』(検索中……該当なしです)

 

 つまり”なかった”という事になる。いや、”された”という認識の方が正しい。

 

 あ、ヤバイ。俺消される。

 

 管理局がなかったことにする事件なんてよほどの事ではない。厄ネタってレベルじゃない。知っていてはいけない事実なのだ。しかもそれにエース・オブ・エースや金色の死神が関わっていたとなると更にヤバイ。高町なのはと言えば管理局の”お気に入り”だ。彼女に対して傷がついてはならない。

 

「消す……か?」

 

 この書類のマテリアルズ等という事に関する記述、そしてこの四つのポッドを破壊すればそれで済む。人を殺める事となるが、正直自分が死ぬよりはいい。知らない誰かを犠牲にするのと、自分を犠牲にするのと、どちらがいいと言われれば間違いなく他人を犠牲にする。

 

『Master』

 

 ベーオウルフが意志の最終確認をしてくるが、迷う必要はない。一番近いポッド―――最後のポッドの前に立つ。右拳を引き、魔力を込める。

 

「慈悲深き者に―――」

 

 ベルカ式の略式で葬送の言葉を吐こうとした時、

 

「―――」

 

 ポッドの中にいた少女が目を開けて此方を見る。馬鹿な、と口から言葉を漏らし、拳を構えたまま動きを止める。長い金髪の少女はポッドの中から此方を見て、そして、口を動かした。

 

 ―――た、す、け、て。

 

「……あぁ、クソがっ」

 

 拳を叩きつけた。


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