やはり昨晩は何も食べなかったせいかお腹がかなり空いている。寮の食堂で頼む朝食は普段よりも多めに頼んでしまった。目の前に重ねられている数枚のホットケーキを見ていると自分としては結構な量のつもりだが、すぐ横に座っているスバルのと比べると些事に思えてくるからナカジマ家の消費数は凄まじいと思う。……まあ、スバルとギンガには体質的部分が大きいのだと思う、この暴食とも言える量の摂取は。まあ、自分はある程度知っているからそこまで違和感を覚えることもなくなった。が、周りはそうもいかない。朝から山盛りのスパゲティをズルズルと掃除機の如く吸い込んで行くスバルの姿に恐怖に似た感情を抱いているように思える。その姿に軽く苦笑しつつ自分もホットケーキの中にフォークとナイフを沈める。切るのと同時に甘い匂いが広がって、食欲を誘ってくる。やはり朝はこれとミルクが一番だなぁ、と確信しつつ、お腹を満たす為にホットケーキを食べ始める。
と、そこに、
「おはようございます……」
エリオとキャロの姿が食堂に現れる。その背後でおろおろと右往左往するフェイトの姿がある。あぁ、この人結構過保護系なんだなぁ、と思いつつ同じテーブルにエリオとキャロが座る。フェイトが何か言おうと口を開くが、その瞬間には何かが背後から現れてフェイトを掴む。
「フェイトちゃーん」
「な、なのは……!」
「こっちおいでー」
「ちょ、ちょっと待って私にはエリオとキャロの―――」
フェイトが全てを言いきる前になのはにフェイトが拉致されてどこかへと消えて行ってしまった。最後まで何も言う事が出来ずに引きずられていった辺りに凄い憐れな感じがある。フェイトにだけは少しだけ、優しくした方がいいのかもしれない。なんだか物凄い苦労している気配を感じる様な気がしないでもない。とりあえず、
「おはようエリオ、キャロ、あとフリード」
「きゅくるー」
エリオとキャロの返事が薄い中、唯一フリードだけが元気な返事を返してきた。一応フリードもハイパー桃色デスビームに巻き込まれていた記憶があるのだが、やはりそこらへんは小さくても竜種という事なのだろう、もう昨日の気絶した姿を思い出させない元気さを見せている。まあ、動物やらの生き物は結構楽な感じでいいなぁ、と少しだけ羨ましくなる。
「アンタ達元気ないわねぇ」
「むしろスバルさんとティアナさんが元気過ぎなんですよ」
「私をこっちの元気馬鹿と一緒にしないでよ。失礼ね」
「ティアナの私に対する扱いが激しく何時も通りで安心する」
お前そこは心配しておけよって言いたいがスバルが満足げな表情を浮かべているので何も言えない。相変わらずこいつの頭の中は幸せそうだなあと思いつつもホットケーキを食べる。目の前で何も食べたくなさそうな顔をしているエリオとキャロを見て、一応言っておかなきゃいけないと思い、口を開く。
「言っておくけど何も食べないでおくと本当に辛くなるからね? 少しは無理してでも食べておかないと午後に響くわよ。というか初日からあのペースなのに何も食べないまま朝の演習始めたらまず間違いなく沈むわよ貴方達」
「う……確かにそうですね、何かもらってきます」
「私も頑張る……」
ロリっ子二人組にはそこまで力がないなぁ、と思考するが当たり前の話か、と思う。よく考えればエリオとキャロは年齢でいえばまだ10歳前後の子供なのだ。あの頃の自分はまだこんな無茶をしていなかったし、相当凄い状況で育っているのだと思う。まあ、管理局全体からみると8歳が最前線で活躍してしまうのでそこまで珍しい、という話でもないが―――あの人は大人として、子供を戦わせるのは嫌がるだろうなぁ、と思う。
「ティアー?」
「スバルはもうちょい自重しよう」
「うん?」
何時の間にか二枚目の山盛りスパゲティを食べているスバルの姿には苦笑する以外に選択肢を得る事が出来なかった。環境や状況が変わってもマイペースに何時も通りの事をしていそうだが―――そういう所に救われるのが自分という生き物なんだろうな、と。こんな所まで迷うことなく一緒についてきてくれている相棒の存在に感謝しつつ、ミルクを口の中に流しこんで食べるペースを上げる。今日もやることは一緒だ。食べて、鍛えて、休んで、そして明日を迎える。
◆
「はーい皆、とりあえずいい感じに昨日はトラウマ叩き込まれた感じかなー? とりあえず”アレ”クラスを受け慣れて置けば同じクラスが来たとき”あぁ、アレか”って結構納得できちゃうから受けること自体は悪くないんだよね。というわけで定期的にぶち込んでいくから心の覚悟だけはしておいてねー。あ、フェイトちゃんから救いがあるとは思わないでね。フェイトちゃんの弱みは握って黙らせているから。ほら、この間なんて―――」
『なのはぁ―――!!』
廃棄都市を再現した空間シミュレーターの上で、バリアジャケット姿のなのはが説明を始める。即座に現れたフェイトの顔を映したホロウィンドウをチョップで叩き割りながら、笑顔をなのはは向けてくる。唯一の救いが一瞬で敗北した事にロリショタが恐怖から震えているが、大丈夫大丈夫、絶対に死なないとなのはが恐怖を煽る様に言ってくる。おかしい、昨日の夜お風呂の中で話し合った時は凄まじく常識的な気がしたのだが、これが公私のチェンジというか、プライベートと仕事モードの違いなのか。こんな芸風を使い分けなきゃいけない戦技教導隊という組織は絶対にどこか間違っている。
「ま、ふざけるのはここら辺で止めるとして、暫くはコンビネーション訓練のみを追求するからね? ……じゃあまず簡単に何でコンビネーション訓練をするのか説明してもらおうかな。うーん、ティアナにやらせたら簡単すぎるだろうしキャロにお願いしようかな」
そこで自分の名前を出してくる辺り、少しだけなのはの手段が嫌らしいと思った。”君の仲間には解っている奴がいるよ”とある程度追い込みをかけているのだ、今の一言で。キャロの心には今”ティアナが解っているのだから、自分が解らなきゃおかしい”という考えも生まれているはずだ。徹底してスパルタだなぁ、となのはの方針を思うが、そういえばこの隊の戦闘要員で自分たちは唯一Bランクと全く別次元の”弱さ”にあるのだ。ハードにいかなきゃ”ナニカ”に追いつかない、と言ったところなのだろうか。
「え、えーと」
キャロが少しだけ焦りながらも、言葉を口にしてゆく。
「私達が新人で、一緒に行動する回数が多いから……ですか?」
キャロの答えにそうだね、となのはが答え、そして視線をスバルへと向ける。
「じゃあスバルはどう思う?」
なのはの視線を受けたスバルはえっと、と声を零し、
「機動六課のフォワード陣の中で唯一お互いに面識がなくて、そして練度が低いのが私達です。ですから、えーと、キャロの言った通り一緒に行動させる回数が多いのも一つの要因なんでしょうけど、たぶん本当の目的はそれとは別に”団体での行動の仕方”を覚える事が本命じゃないかな、と思います。話を聞いた感じエリオとキャロも団体での戦闘経験はないようですし、私とティアも基本はコンビ活動で大人数での活動・戦闘経験はないので」
「うん。ほとんど正解だね」
なのはがスバルの正解を褒めると、おぉ、とエリオとキャロが声を零す。……スバルは決してバカではないのだ。ちゃんと考えて行動する事も出来る―――そうじゃなきゃワンツーで主席卒業なんてできなかったのだから。ただスバルはそこらへん、考える事や悩む事は完全に此方の仕事だと割り切っている。思考放棄でも思考停止でもなく、全幅の信頼を此方へと預けているのだ。
「正確に言うと集団戦の回数が圧倒的に増える予定ではあるんだよ。一度に戦場には最大で11人も出る可能性があるんだよ? 今までの経歴を確認する限りコンビでの活動まではあるみたいだけど、これからは仲間を入れ替え、合流したり数を減らしたり変則的なチームの組み方が十分にあり得るからね。だからまずはチームとしての戦い方を徹底的に叩き込んで集団戦のキモを教えるつもりだから」
そういえばそういう集団戦の経験は全くなかったな、と軽く声を零す。なのはがちゃんと此方を見て教導のプランを組み立てているのだなぁ、と解った所でなのはが腕を振るうと、先日と同様床からガジェットが出現する。今回は前回の倍以上出現している。その数は二十近く出現している。これ全部を倒さなくてはいけないと思うと少々キツイのではないかと思う。
「基本的に君達はまだ限界を知らないだろうし、まずは軽く損耗仕切るまで戦い続けて貰うよ。と言っても、まあ、このぐらいの数ならギリギリ捌けるかなぁ、って目安なんだけどね。さ、チーム演習始めるよ」
そう言うとなのはが空へと浮かび上がり、見下せる位置へと浮かび上がると、ホロウィンドウを出現させる。魔法による視力強化でホロウィンドウの内容を盗み見る。
―――ガジェット・ドローンプラグラムAIレベルB、攻撃レベルC。
確か昨日相手にしたガジェットの設定がどちらもGだったはずだ。
「AIレベルBとかばっかじゃないの……!?」
やっぱりまともに見えて高町なのはの頭の中はおかしい。楽しそうな表情を浮かべながら空から見下ろしている。こいつ、絶対にこうやってこっちが苦しむ姿に楽しみを覚えているサディストだ。今決めた。そう決めた。絶対にそうに違いない。教導隊にいる教導官は絶対にどいつもこいつもサディストに違いない。そうじゃなきゃあんな笑顔を浮かべる事が出来る筈がない。
「僕、来るところ間違えたかなぁ」
「助けてフリード」
「きゅくるー」
「はいそこ現実逃避は止めましょうねー。私達は精神的に強くなることを求められているのよきっと」
たぶん自分の声も震えているが、それは今は忘れておこう。問題はこの難易度が一気に高くなった状況にどうやって対応するか、だ。とりあえずエリオとキャロも戸惑ってはいるが、ちゃんと構えている所を見ると戦意は失っていない。スバルは―――確認するまでもない。既に拳を構えて戦闘態勢に入っている。彼女が何も言わず、動かずにいるのは私の言葉を待っているからだ。だからタスラムを何時も通り構え、口を開く。
「私がチームのブレインでいいのよね?」
「お願いします」
「ティアナさんが一番適任でしょうから」
「ティアー、如何すればいいの?」
うっし、と気合を入れ直す。昨日は流れで自分が指揮をとったが、ちゃんとそのポジションを確立させる。やる事は解っているし、出来る事も解っている。だとすれば―――勝てない事はない。頭の中でそれぞれの得意分野、苦手分野を把握しつつ素早くプランを組み立ててゆく。
「よし、行くわよ」
「おー!」
勢いのいい返事と共に動き出す。
◆
「ヴィータ?」
「ん? あぁ、シグナムか」
機動六課の隊舎から、空間シミュレーターで戦う新人たちの姿を眺めているとシグナムがやってくる。基本的に自分とシグナムの役割は戦う事だ。隊長ではなく副隊長なので必要な書類仕事も少なく、現状はやる事はなく手持無沙汰だ。まだ新人たちに対して自分やシグナムが出っ張って教導に混ざるのも早いし、出動が無ければもうしばらくはこの状況が続く事となる。まあ、それもそれでいい事ではあるのかもしれない。それはつまり争いがないと言う事だ。隊の目的からしたら残念だろうが、何もない方が良いに決まっている。
「新人たちの様子はどうだ」
「まだまだヒヨッコだな。アタシらが手を出すのもまあ、後の話だろうけど―――羨ましい話だな」
「あぁ、そうだな」
ヒヨッコという事はつまり未来が定まっていないという事だ。まだ先がある。まだ成長の余地が残されている。ヴォルケンリッターは生まれた時から完成されたプログラム生命体だ。肉体的に完成された存在であるがゆえにこれ以上の成長はプログラム的アップデートか装備品の質の向上、技量を鍛える以外では存在しないのだ。技量にしたって大体完成してしまっている。これ以上高めるのは正直難しい話になってくる。だから羨ましい。
「選択肢が残された連中、一体どういう風になるやら」
「悪くはならないさ」
「あぁ、その為の―――」
自分達だ。選択肢はもう間違えないと。そう誓いながら訓練を続ける姿を見る。
まだ平和。