「―――巻き返すと来ましたか」
此方の会話が盗聴された、と思い、相手を見る。だがシュテルの方へと視線を向けるが、シュテルの周りにはそういう術式の形跡は存在しない。つまり―――はやてが意図的に音声を相手側へと漏らしたという事だ。そしてそれが意味する事が何であるかを、即座に理解する。長年の友人が年々その手段が段々悪辣になって行く様子を見ている。戦闘であれば細かい類の調整が利かないから自分やなのはと戦って敗北するのは間違いなくはやてだ。―――だけど交渉事、舌戦、その類でははやてが私達の中ではズバ抜けている。
だからシュテルが話に乗り、そして檻の外側にはやての姿が現れるのを確認し、もう既に戦いが始まっている事を認識する。
◆
……さて、どうすっかなぁ。
シュテルが言葉に反応した。今は昔の友人との再会を祝福する前に機動六課の部隊長として、部下の命の安全を守る者として果たすべき義務がある。だから生きていた事を喜ぶのは後の話だ。今はその前に責務を果たさなくてはいけない。だからこその会話であり、誘いだ。そしてシュテルが迷うことなくそれに乗っかってきた意味を把握する。
相手の目的はズバリ―――撤退だ。
さて、ここから持っているもんでどう判断するか、という所やな。
リスクマネジメントは当然の事だ。手札と状況を照らし合わせて状況が続行可能かどうかを判断するのは重要なスキルであり、指揮官であるならば当然の技能だ。だから自分の望みを把握し、そして相手が望む事を憶測する。その上でその二つを天秤に乗せて測る。交渉はまずそれを行ってから始まる。この状況、相手が望みを口にしないのであれば状況から証拠として憶測するしかない。だからそこから相手の望みを憶測する。
つまり撤退と判断する。
理由はシンプルに―――これ以上の戦闘理由が存在しないからだ。この戦闘の目的はレリックの確保だ。そしてそれを確保する為にこんな戦闘を派手に行っているのだ。だったらまず疑問が浮かぶ。
―――何故ここまで派手な戦闘を行う必要がある?
その理由と、そして相手の背後関係を繋げて行けば自然と犯人が、黒幕の思惑が理解出来る様になってくる。いや、正確に言えば理解なんてできない。理解できるような相手ではない。ただシュテルが敵であり、緑髪の拳士があの火災現場にいた事実―――彼女たちを結びつける人物は一人しかいない。そして、こういう趣向は間違いなくあの外道の好む所だと思う。故に間違いなくここからの目的は撤退であると判断する。そうでなければそもそもからして話に乗ってこない。
シュテルが話に乗って来た時点で自分の仮説の正しさが証明されているようなものだ。故にここから自分の口の中で転がす言葉は”さて”という言葉になる。どれだけ相手から搾り取れる。どこを妥協ラインとするか。どこまでを相手が想定しているのか―――全く、これほど頭を使うハメになるとは当初は思いもしなかった。ただの小娘もここまでくれば立派になったものだなぁ、と思い、口を開く。
「―――久しぶりの所悪いけど大人しく掴まってもらうでシュテル」
「出来るとお思いですか?」
できるかどうかで問われれば”できる”と答える。だがそれは確実に犠牲と共に発生する。そしてそのメリットデメリットを考えると確実にデメリットの方が大きい。だからこれは所詮ハッタリだ。自分も相手も本気ではない。だがこういうところから会話は始まる。
「言っておくが私には隊長陣のリミッター解除の権限があるで―――Sランク魔導師三対一でどうにかなると思ってんか?」
「じゃあ言いましょう―――その程度で我々を止められると思っているんですか?」
戦力比較だ。相手側と自分側の戦力を比較してどれだけ拮抗しているかを測る。
「言っておきますが私はSオーバー魔導師ですよ? それに相性の良いユニゾン状態、他の二組を襲撃している二人だって実力的には最低限Sオーバーはあります。この状況で貴方達は本気を出さずに倒す事が出来るというのですか? 先の事を見据えても?」
「できるで。言ったやろ”リミッターは解除できる”って。つまり嘘でも何でもあらへんよ。ここでシュテルちゃん程の魔導師を落として捕縛できるんなら払うコストは決して高すぎるとは思わないで? なのはちゃんもフェイトちゃんもそこらへんは部下である以上命令には絶対逆らえへん―――この意味、解らんことはないよな?」
もちろんブラフだ。フェイトはともかくなのはは笑顔で”え、何か言った?”とか言って普通に聞き流すので怖い。それに部下に犠牲を強いるやり方は己のスタイルではない。だが言葉として利用するのであれば良い抑止力となる。自分はそういう手段を視野に入れて活用できる、というサインにもなるのだ。実際、ヴァルケンリッターの皆であれば迷うことなく実行してくれるだろうし、躊躇する事も迷うことも疑うこともあるまい。だからこそそんな手段は強いる事が出来ない。
「詰んでるでシュテル」
そう言うと、シュテルは笑みを浮かべる。此方を見て、少しだけ懐かしむ様な表情を一瞬だけ見せる。だがそれは次の瞬間には消えて先ほどと変わらぬ無表情の殲滅者の姿があった。彼女はルシフェリオンを突き付けてくる。
「大分悪辣な手段を取りますね。では言わせていただきましょう―――我々は契約関係で仲間意識はない。その気になれば今から砲撃を叩き込んでもいいんですし、あの二人を囮にすればいいだけの話です。合流すれば足手まといがいる分不利になるのはそちらですよ」
シュテルのその発言に反応したのはフェイトだった。妙に納得した表情で、
「あ、やっぱり同じDNAなんだ」
「フェイトちゃん、後で”お話”しよっか。私の部屋で二人っきりでゆっくりね……?」
「あっ」
フェイトがひっそりと勝手に死亡フラグを建設したがそれを無視して話を進める。シュテルの言っている事は絶対にかなわない。なぜならそれを無理にする手段……いや、状況が既に完成している。それを証明するためにもホロウィンドウを二つ表示させる。戦場の状況はマルチタスクの一部を分割して常に把握している。そうして映し出される状況は二つだ。一つは車両の中で向かい合う眼帯の女とシグナムの姿、もう一つが屋根の上で向き合う拳士の相手とヴィータの姿。
「一応まだ交戦は控えさせてるけどこのまま衝突すれば確実に止められなくなるで」
何が止まらなくなるかは言うまでもないだろう。
この状況での一番の懸念は相手の援軍だ。それが一番不安だからこそ無理に攻める事ができない。ここで負傷して倒しても、相手に控えが存在したのであればそれは一気にこっちを追いこむ事となる。いや、シュテルには他に三人の仲間がいた。アレが生きているか死んでいるかは別として、最低限デバイスを含めた四人が控えに存在すると計算しても間違いではないはずだ。しかも全員がオーバーS―――酷く解りやすい地獄だ。今はそれを回避する事に全力を尽くす。
「……なるほど、解りました」
そう言ってシュテルは悪辣な笑みを浮かべ、此方を見る。
「―――そこまでいうのなら仕方がありません。見逃してあげましょう」
見逃してあげましょう。どこまでも上から目線の発言だ。それは状況の優位性がどちらかにあるのを理解しての発言だ。相手は確実に此方が何を恐れ、回避しようとしているのかを解っていての発言だ。だからこその、その発言だ。そしてそれを否定する要素はない。だが、
「ほぉ、言ってくれるなぁ」
「えぇ、まあ、今回はこの程度でいいとの指示も出ていますし、私達はこれで引き上げますよ」
そう言った瞬間シュテルが杖を振るう。そのアクションと共に体にかかっていたAMFによる軽い負荷が消えるのを感じる。そして同時にヘリ内のリインフォース・ツヴァイから素早く念話が届き、ここら一帯に存在していた全ガジェットのAMFの解除、そして転移離脱が確認された。転移先はロングアーチの方が割り出してくれるとして、シュテルの足元に転移用の魔法陣が出現する。
「あぁ、そうそう。レリックはどうぞ持って行ってください。此方もあちらも必要のないやつでしたので―――ではお仕事お疲れ様でした」
そう言ってシュテルの姿が消失する。その姿を何も言わずに見送り、そして領域から完全に全ての敵が消えたという報告を受けるまでそのまま動かず待機する。数秒後、今度はツヴァイから敵の完全離脱、そして列車の停止とレリックの確保の報告を受ける。相手に伏兵やら控えがいたかどうかは判断がつかないが、今の会話で色々と掴めた事はある。
「面倒な敗北やったけど、代わりに色々とリップサービスは貰ったな。面倒な話になってきたのぉ」
頭を掻きながら近づいてくるヘリのローター音を聞く。フェイトもなのはもどちらも自分の隊の子達を迎えに行くように指示してからヘリの到着を待つ間、思考を巡らせる。今の会話は短かったが、色々と面白い情報を手に入れる事が出来た。いや、改めて戦闘ログを確認しながら発言を再び確かめる必要が出てくるが、あの発言は間違いなく、
「面倒な話やなぁ」
シュテルは此方側とあちら側、とレリックの必要な陣営を分けていた。つまり相手は一枚岩というわけではなく、最低限でも二つの陣営に分かれているという事だ。そして元々このレリックに関する件の黒幕、候補としては一番可能性の高かった男が今回の件で確信へと至った。相手の戦力もある程度は把握できて実りのある一件だったと判断するが、同時に厄介な事にもなったと思う。
「はやてちゃーん!」
「お仕事中は部隊長やでリイン」
「はわわ、しまったです!」
「リインは可愛いなぁ!」
近づいてきたヘリに乗り移るのと同時にバリアジャケットを解除して報告と確認用のホロウィンドウを五枚ほど浮かべる。そして手を振って操縦しているヴァイスに作業を続行する様に指示を送る。ヴァイスが他の面子を回収するための動きを始めている間に、ツヴァイのサポートを得て素早く思考を加速させ、この先どうするかを考える。もし自分の考えが正しいのであれば、敵はかなり面倒な存在なのだ。いや、面倒ってレベルじゃない。―――この件が四年前、もっと前から続いている事件の流れだとしたら、
「根が深いってレベルやないな」
まあ、そこらへんの考案などはまた後の話だ。それよりも自分が考えるべきはどう説明するかだ。控えめに言って機動六課は味方が多い部隊であるとは言えない。最新の設備、潤沢な資産、身内で固められた隊員達、各方面に挑発しているようにしか取れないのが機動六課の状態だ。そして一つでもミスを起こせば潰そうと躍起になっている連中が責めてくるのは目に見える事だ。今回の戦い、賢い人間であればどう見るのか―――考えなくても解るだろう。
「こうならんように気を付けてたんやけどなぁ」
「ファイトですよ八神部隊長」
指の先で生意気な事を言うツヴァイの事を小突きながら、確実に管理局、それも機動六課に関して詳細な情報を得られる立場の人間にスパイが混じっているのを自覚する。今回は計算された動きだ。隊が駆けつけるまでにかかる時間、戦力、そして”自分達が増援として駆けつけるまでの時間”をも計算に入れた作戦だったのだ。機動六課の詳細なデータを掴める立場の人間なんて限られている。
借りになるんやろうなぁ、これも。
動かせる手札は限られていて、この状況で頼めるのは外部から此方を見る事の出来る人間だ。となると必然的にカリム等の聖王教会組―――もしくはアコースか。味方だと解っていても”アラ”を探すのがあの仕事の内容なので出来る事なら機動六課の内部は探ってほしくない……結構ズルしているし。まあ、それも一旦考える事を止めておこう。
それよりも、
「新人共はどうやねぇ」
初めての出動、初めての実戦、初めての敗北。彼らはその経験に対してどういう答えを拾ってゆくのか。そしてここからどうやって進んで行くのか。彼らのこれからが楽しみだ、と列車に近づく光景を目にしながら思う。
そのまま戦闘かと思ったか。偶には頭も使おう。
交渉戦が書きたいなぁ。